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2016/05/27

團菊祭五月大歌舞伎

『團菊祭五月大歌舞伎』に行って来ました。

去年はちょっと歌舞伎から足が遠のき、歌舞伎座に行くこともあまりなかったのですが、今年に入ってからまたちょろちょろ観てまして、今月は昼も夜も拝見したので、メモ程度に。

昼の部は幕開けて3日目に観劇。
最初は54年ぶりの上演という新歌舞伎の『鵺退治』。すいません、この手の時代狂言はあまり好きでなく…。淡々と物語が進んで、最後に変な化け物が出てきて盛り上がるかと思いきや、どこかゆるく。可でもなく不可でもなく。

つづいて『寺子屋』。期待と不安が入り交じりつつ臨んだ海老蔵の松王丸。先にご覧になった方々の感想を小耳に挟んで、もっと酷いかのと覚悟してたのですが、思ったほど悪くなかったように思います。海老蔵ならこんなものかなと。それより気になったのが松緑の武部源蔵で、なんかテンションが高くて落ち着かない。戸浪役の梅枝も釣られてしまってるように映りました。千代役の菊之助は安定感がハンパない。1人だけ格が違う感じです。

『十六夜清心』は黙阿弥でも有名な話なのに何故かあまりかからないので初めて観ます。清心の役が意外に難しいんだろうかと観ていて思いました。菊之助は芝居が真面目だから、ここが笑っていいところなのかどうか迷ってしまう。そのへん菊五郎や仁左衛門なんて上手かったんでしょうね。まあ観たのが3日目だし、清心は初役なので回を重ねれば、もっと馴染んでくるんでしょう。時蔵の十六夜はいいですね。正に適役。

昼の部最後は『楼門五三桐』。旧・歌舞伎座のさよなら公演と同じ顔合わせ。播磨屋のでっかい五右衛門、音羽屋の清々しい真柴久吉。もう最高です。気持ちよく打ち止め。

そして夜の部。こちらは21日に鑑賞。
まずは菊之助の長男・寺嶋和史くんの初お目見得となる演目『勢獅子音羽花籠』。音羽屋、成田屋の面々以外にも、吉右衛門や彦三郎、左團次、梅玉、時蔵、雀右衛門など豪華。若手も松也と巳之助が獅子舞で華を添え、お祝い気分を盛り上げます。初日の様子をテレビで拝見しましたが、この日も手で顔を隠して、ご挨拶できず。最後に手を振るところは同じで、最早これも芸の内?(笑)

つづいて『三人吉三巴白浪』。菊之助・海老蔵・松緑の花形による大川端。過去に菊之助・愛之助・松緑で通し狂言を観たことがありますが、大川端だけじゃなくて、ちゃんと通しで観たいなと思わせる顔合わせ。きっと見応えあるでしょうね。

『時今也桔梗旗揚』はちょっと苦手な狂言なのですが、「馬盥」がとても良かった。松緑の正にワンマンショー。光秀を思う存分たっぷり演じてて見応えありましたし、ピーンと張り詰めた緊張感が凄かったです。ぐいぐい芝居に引き込まれて、食後の眠気も吹っ飛びました。

最後は海老菊の「男女道成寺」。二人の花子で登場する序盤は、流石に菊之助と海老蔵では踊りのレベルが違うというか、海老蔵が滑稽に見えてしまうのですが、それを逆手に取ったその後の展開。とても楽しめました。なんだかんだいって海老蔵は華がありますし、美しい菊之助との「男女道成寺」は正に眼福でした。

2015/07/11

歌舞伎鑑賞教室「義経千本桜」


最近歌舞伎から足が遠のき気味なのですが、菊之助が『義経千本桜』で平知盛を初役で務めるというので、早速観てまいりました。

歌舞伎鑑賞教室に行くのも実に5年ぶり(笑)。昼間だと学校の行事で見に来ている学生さんでいっぱいですが、この日は『社会人のための歌舞伎鑑賞教室』だったので、まわりは仕事帰りのサラリーマンやOLさんばかり。とはいえ、そこは『歌舞伎鑑賞教室』なので、昼間と同じく<歌舞伎のみかた>があるわけです。

解説は中村時蔵の次男・中村萬太郎。もう慣れたもので、説明も卒なくこなしてましたが、ちょっとマニュアル的かな?

休憩を挟んで、『義経千本桜』から「渡海屋」と「大物浦」。菊之助の知盛は決してニンではないけれど、それを補って余りある完成度の高さ。さすが器用というか勉強熱心というか、声色もいつもとは違って低く深く発声し、目つきも強く、いろいろ研究してるんだろうなということが伝わってきます。播磨屋の指導もあるんでしょうけど、菊之助の挑んでる感がハンパありません。菊之助、こんなに大きかったっけ?というぐらい、貫録も感じます。

梅枝の典侍の局がまたいい。元来の古風な雰囲気に高貴さや深い感情表現という実を伴った印象を受けました。これも玉三郎に教えの賜物でしょうか。菊之助といい梅枝といい、本興行じゃないのがもったいない出来です。

亀三郎の相模は活き活きと動きもよく、場を盛り上げます。この人の個性が出たいい役だと思います。立役が珍しい右近の入江もまずます。ただまだ役に成り切れてない感じも。萬太郎の義経が清々しい。

恐らくいつか菊之助の知盛は本興行でも演じられるのはないでしょうか。『勧進帳』の弁慶をやりたいと以前語っていた菊之助ですから、弁慶に挑戦する日も近いのかもしれません。


【平成27年7月歌舞伎鑑賞教室「義経千本桜」】
2015年7月24日(金)まで
国立劇場にて


菊之助の礼儀菊之助の礼儀

2015/05/07

團菊祭五月大歌舞伎

團菊祭五月大歌舞伎の昼の部に行ってきました。

前の記事を見ると、去年の12月から何も書いてないのですね。一応時折り歌舞伎座には行ってるのですが…。

今月の昼の部は、菊之助が読売演劇大賞を受賞するなど高い評価を受けた『摂州合邦辻』の玉手御前を約4年半ぶりに演じるというのが話題です。

今回は「合邦庵室の場」のみの上演。継子・俊徳丸に恋をした玉手御前が俊徳丸の後を追いかけ、父・合邦の庵室に辿りつくというお話です。

菊之助は玉手御前も3度目なので、とても演技がこなれているというか、動きも全て計算され尽くしてるんだろうなと思わせます。日生の時は汗か涙か化粧が落ちるぐらい力が入っていましたが、今回はそのようなこともなく、十分に激しい感情を出しているとはいえ前回ほどの激情は感じませんでした。激しい役なのに冷静に演じているという印象を受けました。

自分でも気になって、家に帰って日生劇場の公演の録画を見直したのですが、やはり前回の菊之助の玉手には何かが取り憑いたような凄まじさがあります。情念というか、情欲というか。あんたほんとは俊徳丸を好き好きでたまらないでしょみたいな。それが今回は薄かったのかなという気がします。

奇しくも演劇評論家の渡辺保さんが今回の玉手御前を「空虚」「色っぽくない」と言っていましたが、そういうことかもとも感じます。「最近立役ばかり手がけて地の芝居の色気が薄くなったためか」という言葉は、先だってテレビで玉三郎が案に菊之助を批判したことに通じているかもしれません。

ただ、それでも十分素晴らしかったし、この役は菊之助の当たり役としてこれからも磨かれていくんだろうなと思います。

今月はもうひとつ、通し狂言で『天一坊大岡政談』。こちらも主役は菊之助。菊之助や器用だし、何を演じさせても上手くこなしてしまうので、十分観ていられますが、物語としていま一つというか、これは演出の問題もあるのかもしれませんが、少々冗長な感じがします。黙阿弥らしい流れやキレもあまり感じられませんでした。まあ、観に行ったのがまだ幕が開いて数日だったので、これから改善されていくのでしょう。

今月は菊之助が大活躍。ただ今月は團菊祭なので、昼の部に限っていえば、成田屋の存在が薄く、菊五郎劇団に海老蔵が客演したという感じ。しかもその海老蔵もいまひとつ。ちょっともったいない気がします。

2014/12/26

伊賀越道中双六


国立劇場の12月歌舞伎公演『通し狂言 伊賀越道中双六』を観てきました。

『伊賀越道中双六』は歌舞伎では「沼津」しか観たことがありませんが、今回は通し狂言なのに「沼津」はなし。その代わり、44年ぶりに「岡崎」を上演するというのが話題です。

先に観た方の感想や劇評もすこぶる高評価でしたが、その評判どおり非の打ち所のない芝居でした。役者が適材適所で、かつ最善の演技をしています。構成もよく練られていて、ここ最近になく充実した舞台だったと思います。

序幕「和田行家屋敷の場」は橘三郎・京妙の行家夫婦が出色。家老という家の格と、娘と息子を勘当したという厳格さが二人のやりとりから伝わってきます。やはり役者がうまいと芝居が引き締まりますね。錦之助はニンではありませんが、狡猾な股五郎を好演。志津馬は菊之助。結婚後、吉右衛門との共演が増えましたが、菊之助が入るだけで芝居に華が出ます。

二幕目は「誉田家城中」。又五郎の城主の前で行われる吉右衛門の政右衛門と桂三の林左衛門による御前試合と、そのあとの顛末への流れがいい。仇討ちの旅に出るためにわざと負けた政右衛門とそれを見抜いていた城主。城主の政右衛門への深い思いが滲み出ています。

三幕目は「藤川新関」。ここは米吉のお袖がいい。菊之助の志津馬に一目惚れする娘ののぼせ具合といじらしさ、それでいて積極的なところがよく出ていました。一方の志津馬はお袖を利用して関を越えようとするわけですが、それが芝居としてちょっと分かりづらかった感じもします。

そして四幕目「山田幸兵衛住家」。通称「岡崎」。志津馬はお袖を騙し、また股五郎と偽り匿われることで仇討ちを遂げようとし、十数年ぶりの師弟の再会した政右衛門は雪の中倒れる妻を追い返し、我が子を手に掛けてまでも素性を隠し通そうとします。何も赤子もまで…と思わずにいられませんが、そのことで芝居のピークを大詰の敵討にもっていくようにしてるのでしょう。ここはやはり終始一貫堅固な老人を演じる歌六の素晴らしさに尽きます。歌六あっての「岡崎」、そんな芝居でした。そして難しい芝居を吉右衛門と芝雀、菊之助がきちっとまとめていきます。岡崎の重さは滅多にかからないだけのことはあるなと思いましたが、岡崎を中心に構成したことで仇討ちという目的がくっきり浮かび上がった気がします。

今年の歌舞伎はこれで最後となりましたが、とても良い歌舞伎納めになりました。


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2014/10/17

伊勢音頭恋寝刃

今月は歌舞伎座の昼の部と名古屋・錦秋顔見世大歌舞伎の夜の部を観てきました。

ともに共通する演目が『伊勢音頭恋寝刃』。

福岡貢を演じるのは、歌舞伎座では一昨年の御園座につづいて二度目の勘九郎、名古屋では初役の菊之助。

歌舞伎座はお紺に七之助、万野に玉三郎、喜助に仁左衛門。福岡貢は仁左衛門の当たり役。玉三郎も万野やお紺を過去に何度も演じているので、この2人が勘九郎と七之助の後ろ盾となり、芸の伝承といった意味合いの強い舞台という感じがしました。特に仁左衛門は一昨年の御園座の舞台でも勘九郎と組んでおり、自分の後継として勘九郎に芸を伝えようとしているのが明らかでしょう。

松嶋屋のファンとしては、仁左衛門が出るなら、そして玉三郎が一緒ならなおのこと、仁左衛門の貢に勘九郎の喜助でしょと思いますが、本公演は十七世勘三郎・十八世勘三郎の追善公演。まぁしょうがありません。

その勘九郎も七之助も、2人の指導に応えるように熱演をしており、出来は上々。勘九郎・貢はもちろん仁左衛門・貢にはまだまだ遠く及びませんが、中村屋らしい貢ができつつあるように感じました。

さて、名古屋の『伊勢音頭』。こちらは菊之助の貢、時蔵の万野、松緑の喜助、梅枝のお紺と、みんな初役というからビックリ。それより何より歌舞伎座の『伊勢音頭』と雰囲気が違うのにまたビックリ。

菊之助はまだちょっと堅いというか、もう少し柔らかさが欲しい気はしましたが、役作りはほぼ完成されていて、緊迫感のある芝居でした。貢がだんだんと憎悪をたぎらせていく様も芝居に説得力があります。時折笑いが起きる歌舞伎座の『伊勢音頭』とは違い、無駄な笑いも起きません。時蔵の万野は玉三郎の嫌みたらしさとも違う嫌な女。亀三郎のお鹿も喜劇に走らない。ただ萬太郎の万次郎はいただけない。つっころばしという感じが全然しませんでした。

そして“青江下坂”が妖刀だということが分かるということがポイント。歌舞伎座の『伊勢音頭』ではそれが伝わってきませんでした。大量殺人も妖刀であることで納得します。この辺りは『籠釣瓶』に近いかも。

同じ福岡貢でも菊之助と勘九郎ではアプローチというかスタンスが違うのでしょう。勘九郎は仁左衛門から芸を引き継ぎ、中村屋らしい貢を作ろうと苦心してる気がします。菊之助は菊五郎型の伝統を守り、それをなんとか形にしようとしている感じがします。

ところで、2つの『伊勢音頭』を観ていて、いくつか芝居の構成や演出の違いに気づきました。たとえば、歌舞伎座では座敷の上手には障子の部屋があるのですが、名古屋ではその部屋が二階(中二階)になっていたりします。『伊勢音頭』には東京型と上方型があるのは知っていましたが、特に愛想尽かし以降で違うところが多いようでした。

万野にキレた貢が腰の刀を探すが場面で、松嶋屋/中村屋の型では両手を後ろ手にして見得を切りますが、音羽屋の型では扇子を折って刀に見立てて見得を切ります。松嶋屋/中村屋型では折紙は最後の最後にお紺が貢に渡しますが、音羽屋型では刀の中身が違うことに気づいた貢が油屋に戻って来たときにお紺が二階から折紙を投げます。万野の殺され方も違いますし、音羽屋版では二階で寝ていた岩次の首を斬り落とすという場面もありました。貢の頬の血糊も音羽屋型では最初からついて登場します。名古屋で惣踊りがなかったのはどうも演出の都合のよう。

ただ、松嶋屋/中村屋版は上方型なのだろうと思っていたら、渡辺保氏の本を読む限り、東京型に近いようです。本来の松嶋屋型は花道は外ではなく廊下という設定で、奥庭の場の舞台設定も異なるよう。殺しは奥庭には出ず、お紺まで斬ってしまう。最後に駆けつけるのは喜助と万次郎。どういう経緯で東京型を取り入れるようになったのでしょう。少なくとも13代目仁左衛門までは上方型でやってたみたいです。

2つの『伊勢音頭』のおさらいに仁左衛門の『伊勢音頭』の録画を鑑賞しました。やっぱり福岡貢といったらこれですよ、これ。そしてこれが「ぴんとこな」ですよ。素晴らしい。勘九郎も菊之助もそれぞれ仁左衛門の福岡貢という極みを目指して頑張って欲しいです。

2014/07/25

七月大歌舞伎「夏祭浪花鑑」


今月は昼の部のみ鑑賞。夜の『天守物語』は前にも観てるしなぁとモタモタしてたら売り切れてしまいました。

昼は『夏祭浪花鑑』。玉三郎が25年ぶりにお辰を演じるというので、これだけは観たいと思い早々に席を確保しました。

今回は、東京では久しぶりという「お鯛茶屋」から芝居が始まります。演出的に若干カットされているようですが、やはり前段としてお梶(吉弥)を中心とした人間関係が分かりやすくなり、後半の登場人物同士の繋がりが生きてきます。

海老蔵の『夏祭浪花鑑』は2009年のさよなら公演のときに観ていますが、どうも以前の方が勢いがあった気がします。血気盛んな若い侠客の物語というか、 無頼な雰囲気というのが前回ほどあまり感じられませんでした。公演を重ねた分、何か芝居が平凡になってしまった感じ。姿・形は男伊達だし、頑張ってるのは分かるんですけどね。

中車が義平次を演じるというのも話題。平成中村座では笹野高史さんもやってますから、そういう前例があっての抜擢なのでしょうか。その中車は怪演といっていい力の入れ具合で、演技派俳優の腕の見せどころといったところなのでしょうが、芝居がクサイというか、少々やり過ぎな感じが。義平次というよりまるで『あしたのジョー』の丹下で、長町裏が凄惨ではなく滑稽な場になってしまいました。残念。

玉三郎のお辰は私がちょっと期待しすぎてしまったかもしれません。想像していたお辰と違いました。とはいっても以前に観ているのが勘三郎と勘九郎のお辰なので、その印象の違いもあるかもしれません。リアルな巧さ、世話物としての味わいはあるし、考え抜かれた玉三郎の世界ではあるのでしょうが、少しあっさりとした感じに映りました。

さすがに良かったのがお梶の吉弥と三婦の左團次。一寸徳兵衛の猿弥も良かった。琴浦の右近(尾上)は芸者の色気がないというか、ただきれいなだけという感じ。

全体的に義太夫味の薄い夏祭でした。いつか上方勢だけのちゃんとした『夏祭浪花鑑』が観たい。浪花らしく人情味豊かで、こってりと、ギラギラしたやつを。

2014/06/25

六月大歌舞伎

歌舞伎座で六月大歌舞伎を観て参りました。今月は右肩の手術による休養から復帰の仁左衛門と、尾上松緑の長男・藤間大河くんの三代目尾上左近襲名が見どころ。

まずは昼の部。
最初は舞踊で『お国山三 春霞歌舞伎草』。
新作舞踊なのかと思ったら、初演は大正3年、六代目菊五郎なんですね。出雲の阿国一座の歌舞伎踊りを披露しているところに名古屋山三の亡霊が現れるという幻想的かつ春らしい舞踊で、時蔵、菊之助に加えて若手花形衆が華やか。中でも、成長株の米吉の可愛らしさと上手さが目立っていました。ただ、時蔵・菊之助で舞踊なら、他に何か適した演目がなかったのかな、と。

つづいて 『実盛物語』。実盛に菊五郎、小万に菊之助、葵御前に梅枝、瀬尾十郎に左團次。菊五郎の実盛はたっぷりした味わいを見せつつも、時代物の重厚さはあまり感じられず。これはこれで菊五郎の味なのでしょう。梅枝が実に良く、武家の品格を見せ素晴らしい。菊之助はさすがの安定感ですが、今月は先ほどの舞踊とこの小万と夜の水無瀬御前というのがファンには物足らない。左團次もこの人ならではの大きさと手堅さ。家橘と右之助の九郎助夫婦は少々地味というか、味わいに欠けるというか、劇団の芝居にちょっと染まってない感じがしました。

次に真山青果の『大石最後の一日』。討ち入りのあとに“お達し”を待つ重苦しい空気の中の芝居ということもあり、また昼食後の動きに乏しい台詞劇ということもあって(しかも場内暗転)、睡魔との闘い。何度か寝落ちしました(笑)。大石の幸四郎がとうとうと語る台詞は長く、さして面白いものではありませんが、孝太郎のおみのと彌十郎の堀内のやりとりは聞かせるものがありました。ただ、やはり暗い芝居。

最後は、待ってました!の仁左衛門の『お祭り』。仁左衛門丈の元気そうな様子と千之助くんの成長ぶり、何よりいつまでも若々しい仁左衛門ですが孫を見て嬉しそうな様子が微笑ましい。


さて、夜の部。
こちらは左近くんの襲名興行で『蘭平物狂』。奴蘭平実は伴義雄に松緑、一子繁蔵に左近、女房おりく実は音人妻明石に時蔵、水無瀬御前に菊之助、そして在原行平に菊五郎。左近くんは既に堂々としたもので、子役の危なげなさもなく立派。松緑も力が入っていて、実に魅せる芝居でした。蘭平・繁蔵の父子関係と松緑・左近の父子関係が重なり、左近を見つめる松緑の目が蘭平のものなのか、松緑としてのものなのか交錯します。

アクロバティックな大立ち回りも素晴らしく、ちょっとしたサーカス気分。花道寄りのかぶり席で観ていたものですから、梯子の真下でハラハラドキドキしておりました(笑)。やゑ亮くんは大活躍ですね。テーピングやシップ(?)巻いてる人や、舞台袖で足をモミモミしてる人もいて、これ大変だわと痛感。みなさん怪我なく千秋楽まで務められたでしょうか? 最後に襲名口上。

つづいて松羽目物で『素襖落』。太郎冠者に幸四郎。観る前は少し不安だったのですが、幸四郎のコミカルさと大名某の左團次、次郎冠者の彌十郎の軽妙さが相まってなかなか面白かったです。ただ、『素襖落』は初めて観たので比較対象がないのですが、こんなものですかね。吉右衛門や三津五郎も演じているようなので、機会があれば観てみたいなと思います。高麗蔵の姫御寮も良し。

最後は『名月八幡祭』。縮屋新助に吉右衛門、芸者美代吉に芝雀。婀娜っぽさで売る深川芸者にはどうしても見えないのですが、根っからの男に甘い女というか、悪気のない浅はかさというか、福助とはまた違う美代吉。芝雀にしては珍しい役でこれが意外な発見でした。ここの見ものはやはり播磨屋。段々と狂っていく様子が非常にリアルで、『籠釣瓶』とはまた別の気狂い。その心理描写は抜群ですが、少し作り込みすぎていて、芝居から浮いてしまってるような気もしないでもありません。脇が充実していて、三次の錦之助、魚惣の歌六、女房の歌女之丞、藤岡の又五郎をはじめ、美代吉の母の京蔵、松本女房の京妙、幇間の吉三郎といった面々が要所要所をしっかり固め、ドラマに重層的な厚みと江戸のリアリティを与えていました。

2014/05/26

團菊祭五月大歌舞伎


歌舞伎座で『團菊祭五月大歌舞伎』の夜の部を観てきました。

東京で團菊祭も久しぶり。歌舞伎座が閉場していたときは、ずっと大阪で行っていたので、東京では実に6年ぶりなんだそうです。

さて、最初は『矢の根』。
一時期痩せたなぁと思ってましたが、少し元に戻ったか、隈取りも良く似合い、松緑らしい荒事が楽しめます。ただ、なんでしょう、どうも一本調子な感じで、いまひとつ面白味に欠けたように思います。大きさも大らかさもあるのに、たとえば三津五郎のようなパーッとした明るさがなく、祝祭劇の有り難さが伝わってこないのです。田之助さんがお元気そうで何よりでした。

つづいて『幡随長兵衛』。
長兵衛に海老蔵、女房お時に時蔵、唐犬権兵衛に松緑、十郎左衛門に菊五郎。やはり海老蔵の長兵衛は若い気もするのですが、目障りな若造を十郎左衛門が潰すと見れば面白いし、海老蔵の大きさがそれを可能にしてると思います。血気盛んなところを感じさせつつ、ちょっと影のある男というようにも見えました。長兵衛内の場は悲壮感が強いものの悪くなし。時蔵、松緑もしっかり海老蔵に歩調を合わせ、子役も涙を誘います。子分衆は安定の亀三郎、亀寿、名題昇進の荒五郎は巧いのですが、若手がどうも侠客に見えず。右近が珍しく立ち役で頑張ってました。水野邸の場は長兵衛の覚悟の程がいまひとつ分かりづらく、物足らなさが残ります。だまし討ちをするため長兵衛をおびき出してはみたものの、殺すに惜しい人物だということに真実味が感じられなかったのが残念。

最後は菊之助の『春興鏡獅子』。
菊之助の弥生が流れるように滑らかで柔らかく美しく、絶品。獅子頭もまるで生きているようで、獅子に逆らえず本当に引っ張られて行くように見えます。以前観たときはおとなしめに感じた獅子の精もより勇壮に。毛ぶりも以前より多かったように思いますが、そこは丁寧にしっかりと、そして優美に演じ、獅子の風格を感じさせました。これで獅子の豪壮さが加われば文句なし。


團十郎のいない團菊祭は寂しくもありましたが、あと何年かすれば海老蔵の子も菊之助の子も舞台に上がり、賑やかになるんだろうなと思うと益々楽しみな團菊祭でした。


十二代目市川團十郎 (演劇界ムック)十二代目市川團十郎 (演劇界ムック)


悲劇の名門 團十郎十二代 (文春新書)悲劇の名門 團十郎十二代 (文春新書)

2014/03/26

鳳凰祭三月大歌舞伎

久しぶりに歌舞伎を観てまいりました。

もともとは中村福助の歌右衛門襲名公演の予定だったのですが、福助の急病により公演延期となったため、代わって≪歌舞伎座松竹経営百年≫を銘打ち、鳳凰祭としての公演となりました。

座頭クラスの役者さんはだいたい一年ぐらい前にはスケジュールが決まっているといいますから、もともと襲名公演に出演予定だった役者さんもいるでしょうが、空いてしまった穴を埋めるために急遽借り出された役者さんもいるのでしょう。皮肉にも柿葺落公演の最後にふさわしい豪華な布陣となりました。

さて昼の部。まずは『壽曽我対面』から。梅玉の工藤、橋之助の五郎、孝太郎の十郎、芝雀の大磯の虎とそれぞれみな丁寧でいいのですが、インパクトが弱いというか、少々物足らなさ感も。そんな中で魁春が舞鶴をうまく演じていたと思います。

つづいて菊五郎と吉右衛門の『身替座禅』。これが傑作。菊五郎の憎めない右京と吉右衛門の誇張せずとも滲み出る山の神ぶり。菊五郎らしい味わいがたまらなくいい。吉右衛門の奥方も右京を愛しすぎる故の行き過ぎた愛情に溢れ、これもこの人の風合いだと感じます。笑いを取ろうとか滑稽に演じようとか、そんなわざとらしさややり過ぎ感がなく、二人の役者の息のあった演技が素晴らしく、ほのぼのと楽しい舞台でした。太郎冠者の又五郎、侍女の右近も安定の巧さ。

次は『封印切』。さすがに藤十郎が何言ってるんだか分からなくなってきていますが、まぁよく動くこと。年齢のことを考えると凄いと思います。今回はみんな上方の役者ということで、前回観たときよりも個人的には楽しめました。翫雀の八右衛門も良かったのですが、我當の治右衛門が素晴らしい。

昼最後の『二人藤娘』は噂に違わぬ美しさ。玉三郎と七之助で釣り合うのだろうかと思っていましたが、全く遜色なし。ただ、なんと言うんでしょうか、私たち綺麗でしょ可愛いでしょ、みたいなアピール度が強すぎる気がしないでもありません。某歌舞伎評論家に“女子会”と揶揄された意味も分かる気がします。まぁいかにも女子ウケしそうですし、玉三郎の趣味なのだからしょうがないなとは思いますが。

つづきまして夜の部。(実際にはこちらを先に観てますが)
最初は高麗屋の『加賀鳶』。昔観たときはなんだか暗くて面白くない芝居だなという記憶があったのですが、今回はなかなか楽しめました。去年の『不知火検校』にも似て按摩でしかも極悪人。幸四郎はこういう悪人風情が妙にうまい。特に後半は、ちょっととぼけた味も絡め、幸四郎カラーが良い感じで出ていて飽きません。

梅玉の松蔵も颯爽としていて安定のうまさ。秀太郎のお兼は下卑た色気があって面白いのですが、江戸のあの手の中年女とはちょっと違う気も。出色は歌女之丞のおせつ。リアルにうまい。「木戸前」は橋之助や勘九郎、最後の左團次あたりは台詞を聞かせて様になるのですが、若手は黙阿弥調に気風の良さが感じられず、語る人が多い分、弛んだ感じになり残念でした。

そしてすこぶる評判のいい『勧進帳』。弁慶に吉右衛門、富樫に菊五郎。菊五郎の富樫は昨年四月の杮葺落公演と同じですが、吉右衛門や5年ぶりの弁慶。先に観た方の感想、また劇評もすこぶる良く、“ネ申レベル”なんてツイートも見かけました。

自分はそんなに勧進帳の数をこなしてないので、そこまで絶賛するものかは分かりませんが、それでも名舞台を観たなという感慨に打たれました。吉右衛門の弁慶は決して派手さはなく、抑制された感じがありますが、たっぷりと丁寧に演じている印象を受けました。その分、人間ドラマとしての説得力、面白さが前に出て、弁慶と冨樫、また義経との関係や思いがクローズアップされていたように思います。吉右衛門の存在感に比して負けない大きさを見せる菊五郎の富樫の深い芝居。途切れぬ緊張感と圧倒的な気迫。藤十郎の威厳のある義経も素晴らしい。勧進帳とはこういうものだったのかと初めて感じたような気がしました。

最後は玉三郎で『日本振袖始』。生贄になる稲田姫の米吉がいい。玉三郎から相当仕込まれてるのでしょうが、岩長姫の嫉妬を買うような若さと美しさに溢れ、動きや仕草が実に丁寧で好感が持てます。最近の玉三郎は若手を抜擢して芸を仕込むという方に注力しているようですが、今後はこうした活動がメインになるのでしょうか。その玉三郎は顔の表情一つとっても体の流れや動き一つとっても無駄がなく、視線や指先まで細やかに表現。乱れた髪さえ美しい。ここまで魅せる女形は玉三郎の他にいないと改めて思わさられる一方、その玉三郎を観られる時間にも限りがあるということと、その域に並ぶ女形が他にいないという現実を痛感させられるのです。

今月の歌舞伎座は夜も昼も充実した内容で満足度が高く、特に菊五郎・吉右衛門の活躍ぶりに当代一の役者の域をあらためて思い知った気がします。願わくば、玉三郎が舞踊ではなく、芝居でこの二人と絡むのを観たいと強く思います。


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2013/11/23

吉例顔見世大歌舞伎 仮名手本忠臣蔵

歌舞伎座で吉例顔見世大歌舞伎・通し狂言『仮名手本忠臣蔵』を観てきました。

歌舞伎座新開場の柿葺落で初めての顔見世興行。本来ならば、現役最高峰の歌舞伎役者たちが顔を揃えるお祝い的なものになったであろう公演ですが、仁左衛門の休演や、今度は福助までも体調不良で休演とあって、柿葺落公演の疲れや無理がここにきてドッと出たのではないかと心配になります。

12月にも同じ演目を花形で行うということもあり、今月はベテラン勢を中心とした座組になりましたが、それでもさよなら公演の顔見世の『仮名手本忠臣蔵』に比べると寂しさを感じずにはいられません。

とはいえ、見どころたくさんの演目。菊五郎・吉右衛門の今が最高の円熟の芸を堪能いたしました。

さて昼の部。
まずは「大序」と「三段目」。高師直は当初予定されていた吉右衛門が由良之助を演じることになったので代演で左團次。若狭之助への嫌みたらしさや顔世御前への態度の嫌らしさが左團次独特の個性と大きさと相俟って素晴らしい師直でした。ただ、塩冶判官への辱めはもう少し憎々しさがあっても良かったかもしれません。菊五郎の塩冶判官はどちらかというとおっとり型なので、塩冶判官が激情するほどのネチッコさが欲しかった気もします。対する若狭之助は梅玉が気迫漲る演技を見せ、塩冶判官の悲劇へと繋がる緊迫感を作りあげています。芝雀の顔世御前も貞節を頑なに守ろうとする強さが見えて出色。松之助の伴内が笑いを誘います。

昨年の花形歌舞伎で塩冶判官を演じた菊之助は怒りを抑えに抑え、感情が爆発していくプロセスを巧みに演じていましたが、菊五郎の塩冶判官は菊之助のように感情を表に出さず、ハラで丁寧に演じ、そこに強い説得力を生みだしています。同じ音羽屋の親子でもこうも違うのだなとちょっと驚きでした。

「四段目」も無念さを滲ませた菊之助とは異なる菊五郎の判官で、静かなその表情からは覚悟とともに悔しさ、無念さが強く伝わってきます。由良之助を待つ感情の揺れが芝居に厚さを与えて秀逸。そしてその重く辛い空気を吉右衛門演じる由良之助が引き継ぎ、緊張感が途切れることなく評定場の見事なドラマに結実していく様はさすが大歌舞伎です。ここでは先ほどの師直とは打って変わっての左團次の右馬之丞、また梅枝の力弥が印象的でした。

「道行」は梅玉の勘平に時蔵のお軽。お家の一大事に不忠を犯し、顔色すぐれぬ勘平を元気づける姉さん的なお軽を時蔵が好演。昼の部の幕にふさわしい舞台でした。

さて、夜の部は「五段目」から。
菊五郎の勘平は音羽屋の家の芸。菊五郎型といわれるカタで見せる様式の面白さ。そこに風情さえ感じさせるのは円熟の味でしょうか。また二つ玉の松緑が斧定九郎を一分の隙のない流れるような動きで見事。「六段目」も菊五郎の存在感。この勘平を見るだけでも歌舞伎座に行く価値はあります。やや淡白な嫌いはありますが、心理描写の積み重ねで丁寧に見せていく様はやはり熟達した役者のなせる技。

「六段目」では東蔵のおかやが田舎の母親を熱演していたのが目を引きます。いつもは少し控えめな感じの東蔵ですが、菊五郎の勘平に負けない押しのある演技で強い印象を残しました。時蔵も、「道行」の勘平を引っ張っていくお軽の愛の強さがこの「六段目」にも通じていて、勘平への深い愛情がひしひしと感じられる良いお軽でした。又五郎の千崎も勘平への憐憫の情だけでなく、その無念さを引き受けようという心の深さが感じられ素晴らしかったと思います。

「七段目」は播磨屋。酔態の軽妙さの表現の豊かさと、そこに隠す本心の確固とした思いの見せ方が見事。お軽は福助休演のため芝雀。個人的には六段目の流れで時蔵のお軽で見たかったのですが、ここは相手が吉右衛門ですし、また今年の一月に七段目でお軽を演じていることもあっての選択なのでしょう。その芝雀のお軽はとても健気で、可愛らしさを感じるお軽でしたが、遊女の風情に物足らなさも。平右衛門はこれも代役で梅玉。そつなくこなしているのですが持ち役でないので気の毒というか、梅玉と芝雀の兄妹のやり取りは少々退屈な感じがしました。昼の部に引き続き、幹部昇進の橘三郎の九太夫と松之助の伴内が安定の上手さを発揮しています。

最後は「十一段目」。場面転換が多く、緊迫した雰囲気も途切れ途切れで、折角の浪士たちが本懐を遂げる場面も今ひとつ盛り上がりに欠けるのは演出の問題でしょうか。その中でも錦之助と歌昇の立ち廻りが見もの。七段目に続いての鷹之資の力弥には客席の拍手も大きく、感慨深いものがありました。


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2013/10/19

十月大歌舞伎「義経千本桜」

歌舞伎座で十月大歌舞伎『義経千本桜』の夜の部を観てきました。

昼の部は今回はパス。夜の部は歌舞伎座では実に6年ぶりの仁左衛門の“いがみの権太”ということもあり、今月はこちらのみ観て参りました。

本公演の幕が開いて早々、その仁左衛門が右肩腱板断裂のため今月の公演を千秋楽まで務めたあと、来月以降の舞台を休演し、手術を受けるというニュースがあり、非常に驚かされました。夏には三津五郎が病に倒れ、そして今度は仁左衛門かと、暗澹たる思いになりました。しかもその満身創痍の公演の最中、肩をかばってバランスを崩したのか、舞台で転倒したという話もあり、正直休演していいから一日も早く手術を受けて欲しいとすら思いました。いくら若々しい仁左衛門といっても、年齢的なことを考えるとあとあと後遺症が残ることも心配です。

さて、その夜の部は「木の実・小金吾討死」から。
仁左衛門が登場すると万雷の拍手。権太の悪巧みさえその憎めない愛嬌からつい許してしまう、もうこれは仁左衛門でしか出せない味です。それを受ける妻・小せんの秀太郎がまた抜群にいい。なんだかんだ言いながらも、そこに流れる二人の愛情の深さがひしひしと伝わってきます。仁左衛門はやはり右腕の動きは最小限に抑えられ、怪我を知っているだけに右腕をかばう姿が痛々しく感じられます。倅をおんぶするところなどは片腕だけで抱えていましたが、大変だろうにと心配になりました。ただ、それを感じさせないというか、動きに制限がかかる分、とても情感豊かな演技を見せてくれていたと思います。

ここでの見ものは梅枝の小金吾で、仁左衛門とのやり取りでは小金吾の真っ直ぐさ、そして何ともいえない哀感が出ていて、とても良かったと思います。これが初役で仁左衛門が抜擢したといいますが、梅枝の確かな演技と端正な魅力を引き出して余りあるものがありました。梅枝の立ち回りも初めて観ましたが、そのキレといい、柔らかさといい、何より動きが丁寧なので形もキッチリときれいで、非常に美しい立ち回りでした。

「すし屋」も仁左衛門が上方らしい生き生きとしたリアリティを感じさせ、権太の軽さの裏に隠れた情の厚さに目頭が熱くなります。お米に竹三郎、お里に孝太郎、弥助に時蔵と達者な芸に加え、歌六の弥左衛門に気骨さと重みがあり、芝居に深みを出します。実に完成度の高い感動的な舞台でした。

最後は、菊五郎の「川連法眼館」。
歌舞伎座さよなら公演のときでさえ菊五郎は四の切はもうやらないと思ってましたみたいなこと言っていたので、新しい歌舞伎座でまさかまたやることになるとは思ってなかったのではないでしょうか。さすがに菊五郎の忠信は抜群に巧いのですが、ケレンとなると年齢故に俊敏性を欠き、さよなら公演の時と比べると実際その負担を減らした動きになっているようでした。その分、どうしても単調な四の切になってしまったように思います。川連法眼に彦三郎、静御前に時蔵、義経に梅玉とこちらも安定の配陣。

久しぶりに大歌舞伎を観たという満足感でいっぱいになった今月の歌舞伎座でした。


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2013/09/20

九月大歌舞伎「不知火検校」


新橋演舞場で九月大歌舞伎・夜の部を観てきました。

今月は歌舞伎座では若手による花形歌舞伎、演舞場ではベテラン勢による大歌舞伎。歌舞伎座の影であまり話題になってないのですが、高麗屋の『不知火検校』の評判が良いようなので、急遽チケットを求め、観劇して参りました。

『不知火検校』は宇野信夫・作の新歌舞伎。初演は昭和35年で実に36年ぶりに上演だそうです。後に勝新太郎主演で映画化され、それが進化を遂げたのが『座頭市』。本公演では「松本幸四郎悪の華 相勤め申し候」と添え書きされているように、幸四郎がその極悪非道の限りを尽くす検校を見事に演じています。

非道な話ではありますが、筋が良くできていて、世話物の面白さもあります。また、検校の台詞一つ一つが小気味よく、そこに不思議な魅力というか、悪のカリスマ性(=悪の華)を感じます。金にも色にも欲深く、いろんな意味で“オトナ”の歌舞伎でした。

この検校を幸四郎がしっかりと自分のものにしていて素晴らしいの一言。勧善懲悪などではなく、徹底して悪(ヒール)なのですが、ときおり見せるとぼけた味もユーモアと悪賢さが表裏一体になっていて、そのあたりの見せ方はさすが巧いなと思いました。声や表情の変化が巧みで、ただただ圧倒されます。謡い弾きもあり、幸四郎の芸を存分に堪能できました。これまで観た幸四郎の役では一番好きかも。

悪行の仲間の橋之助、彌十郎、亀鶴がそれぞれに持ち味を上手く活かして好演。孝太郎、魁春、友右衛門、錦吾、高麗蔵、左團次といったベテラン勢が要所要所をしっかりと押さえ、舞台に厚みを持たせていました。初代検校の桂三、妻の鴈之助の金に目が眩んだ夫婦も特筆に値する上手さ。検校の子供時代を演じた玉太郎が器用。唯一若手の巳之助・壱太郎のカップルも華を添えてました。

途中、歌舞伎座で上演中の『新薄雪物語』の一節を口にしたり、座頭市ネタがあったりというサービスも。初演が十七世勘三郎だっただけに、勘三郎が演じても良かっただろうなとも思いました。幸四郎の悪の華とはまた違った悪というか、より凄惨な味がでたのではないかと。叶わぬ夢でありますが…。

〆は『馬盗人』。翫雀が三津五郎休演の代役をかって余りある健闘ぶり。翫雀のユーモラスな味が十二分に発揮されて楽しい。巳之助も大活躍。橋之助もこういう芝居は上手い。この狂言の主役はなんといっても馬(大和・八大)で、これが傑作。客席もやんややんやの大喝采でした。最後は六方で花道を引込みます。救いのない芝居のあとだけに、笑って帰れて良かったと思います。

九月花形歌舞伎「新薄雪物語」


歌舞伎座で九月花形歌舞伎を観てきました。今月は昼の部のみ。創作歌舞伎はあまり好みでないので、『陰陽師』はパス。

さて、昼の部は古典で『新薄雪物語』の通し狂言。難しい演目とされ、あまりかからない芝居です。

幕が上がると桜満開の清水寺が舞台の「花見」。左衛門と薄雪姫の恋の駆け引きが繰り広げられます。薄雪姫に梅枝、左衛門に勘九郎、薄雪姫の腰元籬に七之助、左衛門の奴妻平に愛之助。さすが若手が揃う花形歌舞伎だけあり、華やかで楽しい雰囲気があります。ただ薄雪姫の梅枝は折角のいい役なのに、役を活かしきれていないというか、印象が薄いのが残念。七之助も少し浮き足立ってる感じで、大名の腰元にあまり見えないのが難。海老蔵の秋月大膳はさすがの迫力。海老蔵はこうした役が似合います。愛之助の立ち回り(といっても動き回るのは名題下の方ですが…)は見応えがありました。

つづいて「詮議」。奉納された刀に天下調伏のやすり目を入れたとして、左衛門と薄雪姫に謀反の疑いがかかるという場面。左衛門の勘九郎が優男というか柔な感じで、興奮すると声が高くなる悪い癖が出て、しめなくてはならない場面が軽くなってしまいます。海老蔵はここでは執権葛城民部として今度は善役を抑制を利かせた演技で見せ、なかなか良いのですが、どうしても先ほどの悪役のイメージが重なり、この裁きが温情ではなく何か裏があるのではないかと思えてしまいました。これは難しいところですが、もう少しおおらかさがあっても良かったかなとも思います。

最後は、左衛門が松緑・吉弥の幸崎家、薄雪姫が染五郎・菊之助の園部家に預けられての「広間」と「合腹」。若手実力派の松緑と染五郎はさすがに巧いのだけれど、やはり老熟の味を出すにはまだまだ若く、声の出し方や動きに工夫は見られても、若さがチラついてしまうというか、肝で演じようとしているのは伝わるけれども、ハラに深みがまだ足らない気がします。このあたりはしょうがないのかもしれませんが、全体に重厚感が欠けてしまったのは否めないところです。陰腹を見せるところで客席から笑いが起きてしまい、若手にはまだ荷が重かったのかなと思わざるを得ませんでした。

さすがに吉弥と菊之助は安定していて、特に菊之助の存在感が群を抜いていたのは特筆すべきところ。難しい「三人笑」の菊之助は圧巻でした。松緑も染五郎もそれなりに良かったと思うのですが、なにせ菊之助が素晴らしいために、差が開いて見えてしまった気がします。

もちろん30代中心の花形役者に60代のベテラン役者のレベルを求めることが無理なことは誰も分かってるわけで、若手花形役者なりに健闘していることは十分評価に値すると思います。花形役者のファンはみんな素晴らしいと言うでしょうが、それを真に受けてしまっては役者の成長はありません。歌舞伎に求められる技術はその程度ではないはずで、そもそも今回の公演は若手の勉強も兼ねてのものだと思います。10年後、20年後の彼らの姿に期待したいと思います。

2013/07/28

七月花形大歌舞伎

歌舞伎座新開場の柿葺落公演も三部制の三ヶ月を終え、通常(?)の公演パターンとなりました。これまではベテラン勢中心の公演でしたが、今月はこれからの歌舞伎を担う若手役者による花形歌舞伎。昼の部は『加賀見山再岩藤』、夜の部は『東海道四谷怪談』。いずれも幽霊が登場する夏らしい狂言になります。

まずは昼の部『加賀見山再岩藤』。通称『骨寄せの岩藤』。
ここ最近は澤瀉屋での上演が続いていますが、音羽屋型での上演は久しぶりとのこと。五代目菊五郎の当たり役として人気狂言となり、その後も五代目の養子・六代目梅幸、六代目菊五郎と引き継がれたといいます。平成2年には当代菊五郎も岩藤と又助の二役を演じてます。

本公演ではその岩藤と又助の二役を松緑が引き継ぎました。要の役で大健闘のなのですが、何ぶん主役の存在感に欠けるというか、巧い人なんですが、もう少し何か欲しいところ。大きさなのか華なのか。亡霊の恐さもいま一つ。もっとねっちり演じても良かったのではないでしょうか。それとこれは演出の問題でもあるけれど、全体にゆったりとして緊迫感に欠け、“ふわふわ”も盛り上がらなかったのが残念。

菊之助と染五郎もそれぞれ二役。二人とも安定した演技で、安心して観られるのですが、もう少し二役の演じ分けがくっきりしていてもいいのではないかと思いました。菊之助の二代目尾上がしっとりと演じ、さすがなのですが、お柳の方との違いがもっとはっきりした方が良かったかもしれません。周りには同一人物と思っていた人もいたみたい。

愛之助の望月弾正は悪の魅力が引き立ち、さすがのインパクト。梅枝のおつゆ、松也の求女がともにニンにあった役で好演。玉太郎も琴の演奏も見事に披露し敢闘賞もの。奥女中の廣松もなかなかいい味を出していて、今後の活躍に期待がもてます。壱太郎の梅の方ももうひと工夫欲しいところですが、若くして正室の雰囲気があって印象は良かったと思います。

夜の部は『東海道四谷怪談』。
四代目鶴屋南北による『東海道四谷怪談』の初演(文政8年(1825))が実は三代目菊五郎なのだそうです。三代目はお岩・小平・与茂七の三役を早替りで演じたといいます。今回は菊之助がお岩と与茂七の二役を務めます。

その菊之助のお岩さんの完成度の高さ。菊之助らしいリアリズムの演技で真に迫った等身大の女性を創り上げています。口跡の美しさもあって、格式と品の良さが見え、もとは武家の娘であるということが伝わってきます。だまされた女の悲劇、哀しさというものがひしひしと伝わってくるお岩さんでした。一昨年の勘九郎のお岩さんとは明らかにアプローチが異なり、どちらがいいというのは難しいところですが、勘九郎の方がお岩さんの悲劇性が前に出て、より心情に訴えてきた気がします。勘九郎はどちらかというと芝居として創り上げられたお岩さんで、菊之助は本当のお岩さんはこういう女性だったのだろうというリアルさがあったような気がします。

染五郎の伊右衛門も良く練られていて、一昨年の海老蔵とはまた異なる悪の華を見せてくれます。海老蔵のような目先の欲に囚われた、行き当たりばったり的な悪さではなく、仕組んで女を騙す非情さというものが感じられます。この伊右衛門はお岩さんに愛情など端からはなかったんだろうなと思わせます。本公演では、30年ぶりに「蛍狩りの場」という幻想的な舞踊の一幕があり、これは菊之助と染五郎だからできたものだろうなと感じました。

市蔵の宅悦、小山三のおいろ、錦吾の四谷左門、萬次郎のお弓、歌女之丞の乳母など、ベテラン勢が脇をしっかりと締め、安定感のある芝居に仕上がっていたと思います。小山三丈は元気で何よりですが、意外と出番が多く、あちこち歩き回るもんだから、見てて少しハラハラしました(笑)

ただ、これは演出上の問題か、正攻法の音羽屋型だからか、わたしが観たのがまだ3日目だったのでしょうがないのか分かりませんが、全体的に少し慎重というか、テンポがいまひとつでした。髪梳きとか戸板返し、提灯抜けみたいな仕掛けはやはり中村屋は見せ方が上手かったなと思います。中村屋型はもっとおどろおどろしく、怪談としての怖さ(面白さ)がありましたが、今回の芝居はドラマ性が高く、少しあっさりしすぎていたかもしれません。

昼の部も夜の部も共通しての感想なのですが、みんな真面目に取り組んでいるのはいいのですが、まだ探り探りなところがあり、少し優等生過ぎて、カッチリ演じすぎている嫌いがありました。これが自分の役として変貌を遂げたとき、見ものになるのでしょう。それを楽しみにしたいと思います。

2013/05/31

杮葺落五月大歌舞伎

さて、今月も歌舞伎座の杮葺落五月大歌舞伎に行ってまいりました。今月は第二部と第三部のみ拝見。

まずは『伽羅先代萩』で「御殿」と「床下」。女形の大役・政岡を演じるのは人間国宝の坂田藤十郎。

藤十郎の政岡を観るのは初めて。上方流というんでしょうか、“山城屋型”というんでしょうか、たとえば玉三郎の政岡とは演出が若干異なるようです。分かりやすいところだと、よく見る『先代萩』では、千松が八汐に刺されると、政岡が鶴千代を打掛で覆って守るという場面がありますが、“山城屋型”では政岡が鶴千代を奥の間に避難させ、その襖の前で懐剣を握ったままじっと立っているという演出でした。

『先代萩』の見どころの一つ“飯炊き”は、今回は時間の関係かカットされていましたが、前回藤十郎が政岡を演じた御園座の公演でもカットされているようなので、年齢を考慮してのことかもしれません。藤十郎の政岡は、お家の大事と母の苦しみの狭間でグッとこらえる心情が見事で、また息子・千松の亡骸を抱き悲しむ場面では義太夫に乗せてクドキをたっぷりと見せ、濃厚な味わいがありました。梅玉の八汐、秀太郎の栄御前、時蔵と扇雀の沖の井と松島と役者も揃い、総じて華やかで格調もあり、とても良かったと思います。一転荒事の「床下」は吉右衛門の荒獅子男之助に幸四郎の仁木弾正という兄弟競演で、大歌舞伎らしく見応えがありました。

つづいては『廓文章』。通称「吉田屋」。さよなら公演のときにも同じ仁左衛門と玉三郎でかかっていますが、前回は見逃しているので、杮葺落公演での再演を大変楽しみにしていました。

仁左衛門演じる伊左衛門はどうしようもない放蕩息子で、今は家を勘当され、夕霧会いたさに紙衣姿で吉田屋にやって来ます。夕霧に会ったら会ったで、素直になれず拗ねてそっぽを向く始末。その子供っぽさ、憎めなさ、じゃらじゃらした感じがたまらなくいい。一方の玉三郎の儚げな美しさ、艶やかさ。この玉三郎を何年も待ち望んでいたのだと思わずにはいられませんでした。ただ、伊左衛門の恋焦がれる思いほどの思いというか、同じ熱さを玉三郎からはあまり感じられなかったようにも思います。もう少し嬉しそうな感情が表に出てるといいのにと。

さて、第三部は『梶原平三誉石切』から。景時に吉右衛門、景親に菊五郎、景久に又五郎、そして六郎太夫に歌六、梢に芝雀。吉右衛門の景時は声といい表情といい堂々とした大きさといい、素晴らしい。その向こうを張るのが菊五郎。團十郎の代役ということで菊五郎にしては珍しい役回りですが、その景親が実に骨太で、芝居に一層の厚みを増していました。また、歌六、芝雀の親子が情感たっぷりで、吉右衛門・菊五郎の大きさと比べても遜色なく、ここまでドラマティックな石切梶原は初めて観た気がします。

最後は、五月最大の目玉、玉三郎と菊之助の『京鹿子娘二人道成寺』。さよなら公演のときにも拝見していますが、今回は少し志向を凝らし、後半の“ただ頼め”を日替わりで踊ったようです。私が観た日は玉三郎の“当番”でした。恐らく玉三郎はもう一人で道成寺を踊らない気がする(気がするだけですが)ので、「もしかしたら見納めかも」と思いながら目に焼き付けました。

この玉三郎と菊之助の『二人道成寺』は現代の歌舞伎舞踊では最高峰のものでしょう。もちろん玉三郎の極みの域に菊之助はまだまだ辿りつけていませんが、それでもその玉三郎と肩を並べて踊ることができるのは若手女形では菊之助しかいないわけです。その二人の妖艶な絡みは夢幻のようであり、「鐘入り」のときの、ああもう終わってしまう…という寂しさ、そして観終わったあとの、夢から覚めて現実に引き戻されたときのような何とも言えない気持ち、これは他の役者、他の演目では決して感じないものです。これからもいくつも名舞台と呼ばれるものを観ることになるでしょうが、この二人の『二人道成寺』ほどの水準のものはそうそう現れない気がします。

2013/04/30

杮葺落四月大歌舞伎

さてさて、3年の工事を経て、ようやく開場を迎えた新生・歌舞伎座の杮落し公演に行って参りました。

4月から6月までは3部制で、今月はとりあえずご祝儀(?)と思い3部全て観て参りました。(しかも全て一等席で!おかげで大大大赤字!!!)

この3年の間に富十郎、芝翫、雀右衛門、勘三郎、そして團十郎と、まるで人柱にでもされたかのように、歌舞伎界の至宝と呼ぶべき役者たちが次々に天に召されてしまいました。特に、新生・歌舞伎座の中心にいたであろう團十朗と勘三郎が亡くなったのは本当に残念なこと。この2人が生きていれば、どれだけ歌舞伎のレパートリーの幅も、観に行く楽しみも広がっていただろうに…。

まぁ、いつまでも嘆いていても何も始まりません。もう前に進むのみ。

備忘録的な個人的感想の羅列で恐縮ですが、まずは第一部から。

幕開けはおめでたく、藤十郎、染五郎、魁春、そして次世代を担う若手御曹司たちによる『壽祝歌舞伎華彩』から。祝祭的な舞踊で、弥が上にも気分は盛り上がります。それにしても藤十郎の若さは何でしょう。動きに老いを全く感じません。いつまでも元気で、素晴らしい芸を見せていただきたいと思います。

二幕目は“十八世勘三郎に捧ぐ”として『お祭り』を。中村座や勘三郎に所縁の面々が賑やかに繰り出します。勘九郎と七之助が勘九郎の息子の七緒八くんを連れて登場するともう割れんばかりの拍手。勘三郎の追悼的な意味合いの、ややもするとしんみりしてしまいそうな演目を、七緒八くんがどれだけ明るく、前向きな気持ちにしてくれたことか。しかも2歳とは思えないしっかりした様子で、少し早いですが、将来の役者としての片鱗を見た思いがしました。

三幕目は『熊谷陣屋』。吉右衛門の熊谷直実に、玉三郎の相模、菊之助の藤の方、そして仁左衛門の義経と豪華な大顔合わせ。舞踊2本が続いたあと、ようやく歌舞伎らしい狂言の登場に、これを待ってたんだよ、と思わずにいられませんでした。

さよなら公演でも吉右衛門で『熊谷陣屋』がかかって、吉右衛門の熊谷に非常に感動したのを覚えています。さよなら公演のときは歌舞伎座が閉場するという気持ちの高ぶりもあったかもしれませんが、今回は前回より気持ちを抑えて少し冷静に見ることができたような気もします。もちろん吉右衛門は素晴らしかったのですが、今回は玉三郎の相模と仁左衛門の義経に感情移入されるところも多かったかもしれません。特に玉三郎はここまでやるかというぐらい感情的というか、生々しい気さえしましたが、その分ストレートに感情に訴えてきました。ただ相模という役としてはちょっとやり過ぎではないかと思うところもなきにしもあらず。

さて、第二部。

まずは菊五郎の弁天小僧による『弁天娘女男白浪』。さよなら公演のときは「浜松屋」と「稲瀬川」のみでしたが、今回は「浜松屋見世先の場」から「滑川土橋の場」まで。メンバーも南郷力丸に左團次、赤星十三郎に時蔵、浜松屋の倅に菊之助と、いつもの菊五郎劇団の面々で、息の合ったところを見せます。團十郎が予定されていた日本駄右衛門は吉右衛門が演じ、貫録を見せつけました。菊五郎は極楽寺の屋根上の立ち回りもあり、大変だったと思いますが、やっぱり菊五郎の弁天小僧はかっこいい。今月の演目の中ではこれが個人的に一番満足度が高かったです。

つづいては玉三郎の『忍夜恋曲者(将門)』。ここ最近、大宅太郎光圀を獅童が務めていましたが、本公演では松緑。痩せたからか動きが軽やかで、もともと舞踊には定評のある方ですから安心して観ることができ、玉三郎の相手役としては申し分なかったと思います。ただ、玉三郎が少し精彩を欠いていたような気がしたのは、観た日が楽前で疲れでも出てたのでしょうか。この日は常磐津が調子外れでかなり残念に思いました。

さてさて、第三部。

まずは『盛綱陣屋』。『熊谷陣屋』ともちろん筋は違うけど“陣屋”つながり、しかも共に首実検があったりして、ときどきこんがらがります(笑)。『熊谷陣屋』では吉右衛門に仁左衛門が付きあい、『盛綱陣屋』では仁左衛門に吉右衛門が付きあうというパターン。團十郎がいなくなると、仁左衛門、吉右衛門、そして菊五郎への負担が予想以上に大きくなるのだなぁと痛感します。大顔合わせというと、もうこの人たちしかいないものね…。仁左衛門の『盛綱陣屋』は個人的には二度目ですが、初めて観たときよりも非常に重いものが伝わってきたのは、仁左衛門の肩にかかる重圧と重なって見えたからかもしれません。

『盛綱陣屋』では女形の三人、東蔵の微妙、時蔵の篝火、芝雀の早瀬がとても良かったのは特筆していいでしょう。東蔵丈の微妙はどうかと思いながら観てましたが、控えめながらも情感豊かで胸に迫るものがありました。そのほか、翫雀の伊吹藤太、橋之助の信楽太郎も舞台に華を添え、また小四郎の金太郎くんと小三郎の大河くんも頼もしい芝居を見せてくれました。

最後は勧進帳。2008年に東大寺奉納大歌舞伎で上演1000回を達成し、本公演の千穐楽の日に1100回を迎えた弁慶・幸四郎の『勧進帳』。富樫を菊五郎が、さらに四天王が染五郎、松緑、勘九郎、そして左團次ということで個人的には今月の演目の中で一番楽しみにしていました。幸四郎が初日からお疲れ気味の様子というツイートをいくつか見たので心配だったのですが、幸四郎の弁慶は自分は初めてだったので、これが公演の疲れによるものか、年齢的なものか、こういう弁慶なのか分からないのですが、義経を守らんとする迫力というか生気があまり感じられなかったような気もしました。

残念でならなかったのが、飛び六方で手拍子が起きたこと。初日のNHKのテレビ中継で手拍子があったので嫌な予感はしたのですが、私が観に行った日もやはり手拍子が起きてしまいました。歌舞伎で手拍子をするという感覚がそもそも理解できないのですが、あの六方にどういう意味があるか、少なくともあのあと弁慶、そして義経がどういう運命を辿るかを考えれば、手拍子などできるはずないと思うのです。手拍子している人は自分の無知をひけらかしているようなもので、杮落し公演ということで歌舞伎にあまり親しんでない人が多いのかもしれませんが、少なくても歌舞伎ファンはそういう見識が疑われるような行動は慎んでほしいと思います。


今月は散在してしまったので、来月以降はちょっとペースを落とすつもりです。。。


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2013/03/24

三月花形歌舞伎


新橋演舞場で三月花形歌舞伎≪夜の部≫を観てまいりました。

歌舞伎座の改築工事に伴い、歌舞伎公演のメイン会場となっていた新橋演舞場も、新歌舞伎座の開場に伴いその役割もひとまず終了。これからも今までのように花形歌舞伎などの興行はあるのでしょうが、まずはお勤めご苦労様でしたといったところ。

さて、今月の夜の部は『一條大蔵譚』と『二人椀久』。終演も7時半ぐらいで少々物足らなかったのですが、来月から始まる杮葺落公演の準備などを考えると無理も言えません。

夜の部は染五郎が出ずっぱり。團十郎と勘三郎という二大看板が亡くなり、また新しい歌舞伎座が開場するというこのタイミングで、次なる世代を担う筆頭の歌舞伎役者として期待も大きいものがありますが、今月はその期待に十分応える活躍ぶりでした。

まずは『一條大蔵譚』。染五郎初役の大蔵卿。叔父の吉右衛門に指導を仰いだそうですが、染五郎の持ち味がよく出た大蔵卿になっていました。もともとコメディセンスのある役者なので、阿呆姿も様(?)になっていて非常に楽しめました。まだ吉右衛門や菊五郎のような“芸”や“味”の域に達するにはもちろん時間が必要でしょうが、染五郎らしい愛嬌と軽妙さが出ていたと思います。

鬼次郎とお京の夫婦を演じた松緑・壱太郎のコンビは初めて見た気がしますが、壱太郎は初々しい中にも所作や台詞回しもしっかりしていて、芝雀や吉弥というベテランに交じっても遜色なく、将来がますます楽しみに感じました。ただ少し鼻声で息が苦しいのか(花粉症?)、所作の最中も口が少し半開き気味だったのが気になりました(最前列だったので、ちょっと目についてしまいました)。

つづいての『二人椀久』は染五郎と菊之助の長唄舞踊。富十郎と雀右衛門のコンビで有名ですが、自分はこの2人の舞踊はテレビでしか観たことがないので実際の舞台は今回初めて。菊之助は富十郎と一度組んでますから、富十郎から直接アドバイスも受けてるでしょうし、恐らく生前の雀右衛門に指導も仰いだのではないかと思います。今や若手女形では独走状態の菊之助に釣り合う相手といえばこれも染五郎しかなく、人気実力とも若手トップの2人の連れ舞いですからつまらないわけがありません。

でも、菊之助の色っぽさ、艶っぽさはなんでしょう。玉三郎の持つ妖しさとも異なる妖艶さがあり、特にここ数年、その妖艶さは明らかに増しています。このまま女形だけをやっていて欲しいと思うのは私だけではないはず・・・。

間違いなくこの『二人椀久』は染五郎と菊之助のコンビでこれからも磨かれ、進化していくのだろうなと感じた三月の花形歌舞伎でした。

2013/02/17

歌舞伎 -江戸の芝居小屋-

サントリー美術館で開催中の 『歌舞伎 -江戸の芝居小屋-』に行ってきました。3年の立て直し工事を終え、ようやく“新”歌舞伎座が開場するのを記念しての展覧会です。

しかし、この3年の間には、とてもとても悲しいことがありました。「歌舞伎座さよなら公演」のとき、新しい歌舞伎座がこのような試練を前にしているとは誰が想像したでしょうか。

中村富十郎、中村芝翫、中村雀右衛門という人間国宝で歌舞伎界の重鎮の三人の相次ぐ死。そして中村勘三郎、市川團十郎という歌舞伎の将来を担う二大看板の突然の訃報。これからの歌舞伎のことを考えると、暗澹たる気持ちになります。

しかし、歌舞伎400年の歴史の中では、こうした看板役者の死が人々を落胆させても、新しい役者が生まれ、新しい芝居が生まれ、歌舞伎が脈々と受け継がれてきたわけです。江戸時代には歌舞伎は幾度となく取締りの対象となり、それでも勢いが衰えるどころか、ますます隆盛を極めたのです。今回の展覧会は、新しく始まる歌舞伎に立ち会うにあたり、歌舞伎の歴史を振り返り、歌舞伎がその時代時代に密接に関わってきた文化や精神、空気を知るという意味で、格好の展覧会なのかもしれません。

「阿国歌舞伎図屏風」 (重要文化財)
桃山時代・17世紀 京都国立博物館蔵 (展示は2/27~3/11)

会場は、
第1章 劇場空間の成立
第2章 歌舞伎の名優たち
第3章 芝居を支える人々
で構成されています。

入口を入ると、“出雲の阿国”を描いた草紙や屏風、また初期の歌舞伎興行の様子を描いた洛中洛外図屏風などが展示されています。

“出雲の阿国”がどうのとか、女郎歌舞伎や若衆歌舞伎はなんたらとか、そういう説明はほとんどなく、割とあっさりした展示内容なので、歌舞伎の歴史にあまり詳しくない人は、歌舞伎の成り立ちなどちょっとは知っておいた方が楽しめるかも。

「歌舞伎図巻」(部分) (重要文化財)
江戸時代・17世紀 徳川美術館蔵 (展示は2/6~2/25)

自分は歌舞伎歴も浅く、まして歌舞伎の歴史になるとあまり詳しくありませんので、“出雲の阿国”が登場した当時は能舞台で演じられたとか、鳴り物(楽器)は能を踏襲していて、初期はまだ三味線を入れてなかったとか今回初めて知りました。

「歌舞伎図巻」は初期の女歌舞伎を描いたもので、舞台裏の様子にも焦点を当てていたりします。お客さんは老客男女、貴賤を問わず、南蛮人もいたり、また役者の胸にはロザリオがあったりと、当時の文化・流行の様子もうかがえて、非常に面白かったです。

伝菱川師宣 「上野花見歌舞伎図屏風」(左隻)
元禄6年(1693)頃 サントリー美術館蔵 (展示は2/27~3/31)

江戸初期の中村座など芝居小屋の内部の様子を描いた作品も多くありました。歌舞伎が江戸で上演されるようになった初期も舞台はまだ能舞台に近く、それでも花道や桟敷席など、だんだんと芝居小屋らしくなってきているのが分かります。芝居そっちのけで喧嘩をしている人がいたり、煙管を吸ったり、鍋(?)や舟盛りを食べながら芝居見物してたり、昔の土間席には屋根がなかったとか、江戸の賑やかな芝居小屋の雰囲気が伝わってきます。

猿若町の屋敷地図「呼子鳥和歌町三町全図」というユニークなものも展示されていました(展示は2/18まで)。江戸三座や人形浄瑠璃の芝居小屋が集まり一番賑やかだった頃の猿若町の地図で、猿若町のどこに役者が住んでいたかも分かる珍品。芝居小屋の並びや町の様子、團十郎や菊五郎、幸四郎などの屋敷の広さや役者の暮らす長屋と思しい通り…いろいろ面白いです。 

歌川国貞 「役者はんじ物 市川團十郎」
文化9年(1812) 千葉市美術館蔵 (展示は2/6~2/25)

浮世絵の役者絵も多く展示されていましたが、こちらはただ無作為に並んでいるという感じで、点数も少なく、ちょっと拍子抜け。おととし渋谷のたばこと塩の博物館で開催された『役者に首ったけ!』展に比べると、物足らなさが残ります。

歌舞伎界の名優が描いた絵なども展示されていましたが、こちらもおととし山種美術館で開催された『知られざる歌舞伎座の名画』でも同様のものが展示されていたので、ちょっと新鮮味に欠けました。もう一工夫欲しかったところ。それでも、九代目團十郎の直筆の俳句と絵による「俳句かるた」は一見の価値あり(展示は2/18まで)。どこぞやの日本画家の手になるものといわれても納得するレベルで、最早玄人の域でした。昔の歌舞伎役者は俳句を詠んだり絵を嗜んだり、どれだけ風流だったことか。そのセンスが役にも活かされたんでしょうね。

最後のコーナーには『助六』で六代目中村歌右衛門が実際に着用した豪華な墨絵白地の打掛が展示されていました。『助六』で揚巻は何度か衣装を替えますが、二度目に登場するときは七夕をモチーフにした短冊柄の帯で登場することになっていて、その時に着る打掛に歌右衛門は絵を描かせたそうです。いずれも日本画壇の重鎮の手によるものばかりで、自分が観に行ったときは山口蓬春と堅山南風の作品が展示されていました。ほかにも前田青邨や東山魁夷作の打掛も展示されます。(雀右衛門は片岡球子に描いてもらったのだそうな。それも観たかった。)

今回の展覧会は出展数だけ見ると、約240点と非常に多いのですが、展示替えが非常に多く、わずか2ヶ月足らずの会期中に7回の展示替えがあります。4回ぐらい来れば全作品観られるようですが、さすがにそうそう何度も足を運ぶことは難しいので、せめて前期・後期で出展作品を網羅できるような構成にしてもらえると、満足感も上がり、有り難かったかなと思います。


『歌舞伎座新開場記念展 歌舞伎 -江戸の芝居小屋-』
2013年3月31日(日)まで
サントリー美術館にて


一冊でわかる歌舞伎名作ガイド50選一冊でわかる歌舞伎名作ガイド50選


大江戸歌舞伎はこんなもの (ちくま文庫)大江戸歌舞伎はこんなもの (ちくま文庫)


2012/12/24

十二月大歌舞伎

今年の歌舞伎の見納めに、新橋演舞場で十二月大歌舞伎≪夜の部≫を観てまいりました。

今月は何といっても『籠釣瓶花街酔醒』。菊五郎初役の次郎左衛門に、同じく初役の菊之助の八ツ橋。“時分の花”という言葉がピッタリの美しい八ツ橋でありました。

『籠釣瓶』はどちらかというと菊五郎劇団とは縁のない演目だったので、ちょっと不思議でした。菊之助の八ツ橋は分かるとして、菊五郎まで初役で次郎左衛門に挑戦するとは。でも、観ていて思ったのですが、これは菊之助に八ツ橋をやらせるために菊五郎が一肌脱いだのかなと。

勘三郎亡き今、次郎左衛門を演じられるのは初世中村吉右衛門が創り上げ播磨屋型を受け継ぐ吉右衛門と幸四郎だけ。そこに菊五郎が新しい解釈で『籠釣瓶』に挑んだような気がします。インタビューでも菊五郎は播磨屋型を真似てやるくらいなら最初からやらなくていいと語っています。

菊五郎自身もかつて八ツ橋を演じてるんですね。過去の上演記録を見ると、戦後、八ツ橋はほとんど歌右衛門の独擅場。特に、昭和40年以降は昭和の終わりまで歌右衛門ばかりなのですが、その中で2度(1度は菊之助時代)ほど菊五郎が八ツ橋を演じています。八ツ橋に音羽屋型があるのかよく知りませんが、今回は菊之助は父・菊五郎からではなく、玉三郎に教えを請うていたようです。

さて、今回の音羽屋の『籠釣瓶』ですが、播磨屋や中村屋とは少し違う音羽屋らしい『籠釣瓶』という印象でした。

菊五郎の次郎左衛門はあまり田舎臭さがありませんし、呆け方も大仰でなくバカっぽく見えません。次郎左衛門の遊郭での遊び方がきれいだと言われる場面がありますが、田舎者で遊び方も知らず、金払いはいいが真面目で羽目も外さない面白くない人という裏の意味もあるのだろうと今までは思っていました。しかし、菊五郎の次郎左衛門を見ると、この人は田舎者だけど実は粋なところがあって、スマートな遊び方をしてるのかもしれない思わせます。

見どころは「縁切りの場」で、愛想尽かしをされた次郎左衛門の目や表情からは屈辱に耐えかねて今にも爆発しそうな恐ろしさが感じ取れます。八ツ橋に恥辱を受け、同行の商人たちにも顔向けができず、意気消沈して郷に帰る次郎左衛門ではなく、よくも恥をかかせたな、絶対に仕返しをしてやるという復讐の念、そしてそこに潜む狂気がじわじわと伝わってきます。それは「大詰」で現実となるのですが、菊五郎の次郎左衛門は、“妖刀”籠釣瓶の魔力ではなく自分の意志で八ツ橋を惨殺したとのだとそう感じさせます。

菊之助の八ツ橋はテレビで見たときは、最後の海老反りもぎこちなく、ちょっと心配していたのですが、自分が観に行った日(22日)は少し自分のものになってきたのか、姿のいい海老反りでした。玉三郎の「縁切りの場」のような満座が凍りついてしまうようなピーンと張りつめた緊張感こそありませんでしたが、これから回を重ねていけば、当代一の八ツ橋になること必至でしょう。

立花屋おきつの萬次郎と長兵衛の彦三郎、栄之丞の三津五郎、釣鐘権八の團蔵と脇も申し分なく、また菊五郎劇団の女形の薄い部分を歌女之丞、芝喜松、芝のぶといった“客演”に助けられ、思った以上に面白かったです。

幕間のあとは三津五郎の『奴道成寺』。白拍子花子だと思ったものが実は狂言師左近だったという“道成寺”もの男バージョンですが、『娘道成寺』とはまた一味違う趣向と“奴”の芸達者ぶりに十分楽しませてもらいました。

2012/11/28

吉例顔見世大歌舞伎

久しぶりに新橋演舞場へ。『吉例顔見世大歌舞伎』の夜の部に行ってまいりました。

片岡仁左衛門が2日目から体調不良で休演していて、とても心配していたのですが、自分が行った前日から舞台に復帰され、ほっと安堵しました。とはいえ、仁左衛門さんは歌舞伎界の宝。無理はしないでほしいですね。

さて、まずは『熊谷陣屋』から。
仁左衛門の『熊谷陣屋』は初めてなので、大変楽しみにしていました。今月はこれが目的だったぐらい。だから仁左衛門丈が復活してくれて、ほんと良かった。

『熊谷陣屋』は歌舞伎座さよなら公演で観ていて、あのときの吉右衛門の直実はあの年のナンバーワンといっていいぐらい素晴らしかったので、仁左衛門はどんなものだろうと思っていました。役者が違えば味わいがまた違うのが歌舞伎の楽しみの一つで、仁左衛門がどうの吉右衛門がどうのといった野暮なことは申しませんが、仁左衛門は仁左衛門らしい重厚さと情を感じる実にいい直実でした。恩人・藤の方への忠義を尽くすも我が子を犠牲にしたことを隠し、その責任から出家するという直実の深い思いをハラで演じ、それが一つの連綿とした流れとなり、感動的な結末を迎えました。松緑の代役版より5分押したようで、それだけたっぷりと演じてくれたのでしょう。

魁春の相模、秀太郎の藤の方が仁左衛門をしっかりと支え、非常にまとまっていて良かったと思います。梅玉の義経もまた素晴らしかった。左團次の弥陀六も左團次らしくて良いのですが、これは前に観た富十郎の弥陀六の印象が強く、少し物足らない感がありました。

次は、20分ほどの短い長唄舞踊で『汐汲』。
もう80歳を超えてるのに、全然危なげがない。晩年の芝翫や富十郎の舞踊は動きも少し鈍く、観ていてちょっとビクビクしたけど、藤十郎はまだまだ全然平気です。後半は翫雀との掛け合いがあって、この辺りは新演出だった模様。最後に花道に差し掛かったところで、地震があって、場内が少しどよめきましたが、そのまま難なく終了。

最後は、河竹黙阿弥の芝居で『四千両小判梅葉』。
江戸城の御金蔵から四千両を盗み出す話と聞いて、『鼠小僧』か『石川五右衛門』か、はたまた映画の『黄金の七人』のようなお話かと思ったら、盗み出す場面や捕まる場面もなく、いきさつと結果だけを舞台にしたような話でした。特に第三幕目の「伝馬町西大牢の場」はほとんど江戸時代の牢屋の実録ものという感じで、笑っていいんだかどうしていいんだか、こういう歌舞伎に慣れていないので、ちょっと戸惑いました。

筋書きを見ると、歌舞伎でかかるのは15年ぶり。これはあまりかからないわけだわ、と観ていて思いました。確かに、これは菊五郎劇団だからできる芝居で、途中、富蔵を勘三郎が演じても面白いだろうなと思ったりもしたのですが、第三幕目の「大牢の場」は、変に笑いに走ってしまうと、牢屋のリアリズムやホモソーシャルな暗喩がなくなってしまい、この芝居の良さが台無しになってしまうので難しいだろうなと感じました。


菊五郎は序幕から出ずっぱりで、菊五郎の巧さ、面白さで魅せる芝居でした。富蔵とコンビを組む藤十郎の梅玉はニンじゃないのですが、藤十郎の気弱さが出ていたと思います。「中仙道熊谷土手の場」の同心役の彦三郎がいい役で泣かせます。菊之助はチョイ役だったのが残念。