高校生の頃、初めて買った画集がデ・キリコとマグリット。その2人の展覧会が相次いで東京で開かれるなんて、なんという偶然でしょう。
デ・キリコといえば、“形而上絵画”と呼ばれる作品群で注目を集め、それこそルネ・マグリットやマックス・エルンストなどシュルレアリスムの画家たちに大きな影響を与えた20世紀を代表する画家。奇妙な建築物や脈絡のないオブジェ、歪んだ遠近感に意味も分からないながらも、強く惹かれていたのを覚えてます。
東京でのデ・キリコの展覧会は約10年ぶりになるのだとか(大丸ミュージアムで観た記憶がありますが、それかな?)。本展では、パリ市立近代美術館に寄贈された未亡人の旧蔵品を中心に、国内外の所蔵作品から代表作を含む約100点を紹介しています。
Ⅰ 序章:形而上絵画の発見
1910年代の作品4点を展示。モディリアーニやマティスを発掘し、デ・キリコにとっても最初な画商だったというポール・ギヨームを描いた『ポール・ギヨームの肖像』をはじめ、典型的なデペイズマンを描いた“形而上絵画”を象徴する作品として、「福音書的な静物」や「謎めいた憂愁」があります。しかし、この画家の一番見どころのある時期の作品がたったこれだけとは…。
デ・キリコ 「謎めいた憂愁」
1919年 パリ市立近代美術館蔵
1919年 パリ市立近代美術館蔵
Ⅱ 古典主義への回帰
シュルレアリスムが盛り上がりを見せる中、一転デ・キリコは古典主義に傾倒します。第一次世界大戦後、それまでの前衛美術からの反動で古典美術に回帰する風潮が起こったのだとか。ピカソの新古典主義もちょうどこの頃だと考えると、時代の流れが見えてきます。ここではシュルレアリスムと決別し、古典に回帰した1920年代から1940年代の作品を中心に紹介。
デ・キリコの形而上絵画に注目が集まり、1925年の『第1回シュルレアリスム展』でシュルレアリスムの先駆的作品として称賛を浴びる一方、1919年には既に古典主義の絵画技法に戻ることを訴えた「メティエへの回帰」を美術雑誌に発表していたりするので、割と早い段階でデ・キリコの中では形而上絵画は終わっていたのかもしれません。しかし、形而上絵画から古典主義へと画風は変わっても、古代ローマや古代ギリシャの絵画や彫刻を想起させる剣闘士や馬、また海といったモチーフは終生描き続けていたようです。
デ・キリコ 「白い馬」
1930年頃 パリ市立近代美術館蔵
1930年頃 パリ市立近代美術館蔵
会場には素描画もたくさん展示されています。デ・キリコはデッサンを重んじていたそうで、油彩画を見ると下手なのか上手いのかよく分からないところがありますが、素描画を見ると、基礎はできている人なんだろうなと感じます。形而上絵画とは異なり、とても真面目にデッサンしていて、いろいろと研究していた様子が見て取れます。
Ⅲ ネオバロックの時代-「最良の画家」としてのデ・キリコ
デ・キリコの形而上絵画は初めの10年ぐらいで収束してしまうので、そのあとからが画家デ・キリコの真価が問われるところかもしれません。ピカソは新古典主義からシュルレアリスムへと変化を見せますが、デ・キリコは1940年代に入るとネオ・バロックにシフトしていきます。
「赤と黄色の布をつけた座る裸婦」は妻イザベッラ・ファーを描いた作品。ティツィアーノやルーベンスの影響もあるとか。伝統的な裸婦画の系譜を感じさせるも、赤と黄色の布の対比や背景の海に不思議な感覚を覚えます。
デ・キリコ 「赤と黄色の布をつけた座る裸婦」
制作年不詳 パリ市立近代美術館蔵
制作年不詳 パリ市立近代美術館蔵
自画像も数点あって、これがまた印象的。デ・キリコは自画像を30点ほど残していて、自然な姿のものと騎士などに扮装をしたものと2つに分かれるそうです。1920年代に描かれた「母親のいる自画像」やテンペラによる「自画像」は興味深いところがあります。
ほかにも裸婦画や静物画などもあって、どれも写実的で巧いのですが、強い個性を感じるまでのものは正直ありませんでした。その中で面白かったのが、絵ハガキのように美しい「ヴェネツィア、パラッツォ・ドゥカーレ」。一瞬印象派的な感じも受け、こういう絵も描くんだなと意外な発見。「ノートルダム」や「赤いトマトのある風景」はこの時代の特徴的な画風が出ていて割と好きでした。
Ⅳ 再生-新形而上絵画
形而上絵画を再び描き始めてからの作品を紹介。多くは過去の作品の自己複製なので、初期の作品の出品が少ない分、デ・キリコの形而上絵画がどういうものかを知るという点では参考になるのですが、結局は摸倣であり、何かクオリティーが上がっているかというとそういうわけではなく、新しさがないという点でこの時代の作品は面白味に欠けます。
デ・キリコ 「吟遊詩人」
1955年 ガレリア・ダルテ・マッジョーレ蔵
1955年 ガレリア・ダルテ・マッジョーレ蔵
「吟遊詩人」はデ・キリコの形而上的主題で最も古いもの。「吟遊詩人」が2作、「不安を与えるミューズたち」も2作、「イタリア広場」が2作、形而上的室内やギリシャ神話に材を取ったものも複数。こうしたデ・キリコの典型的な主題を立体化したようなブロンズ像も数点あり、これがいい。ちょっと欲しくなるレベル。
デ・キリコ 「慰める人」
制作年不詳 パリ市立近代美術館蔵
制作年不詳 パリ市立近代美術館蔵
デ・キリコのドキュメンタリーが会場(の外)で流れていて、その中でデ・キリコが「私の絵を完全に理解している人は、世界に2~3人しかいない」と語っていたのですが、晩年に過去の自分の作品をコピーして再び形而上絵画を制作するようになった背景にはどんな思いがあったのでしょうか。
Ⅴ 永劫回帰-アポリネールとジャン・コクトーの思い出
かつてデ・キリコが制作したアポリネールやコクトーの詩集の挿絵を、再構成して描いた晩年の作品を紹介。発想が相変わらずユニークだなとは感じますが、このひとの晩年は思い出を求めることでしか生きられなかったのかなと思ったりもしました。
「神秘的な動物の頭部」は一説にはデ・キリコの肖像画ともいわれる最晩年の作品。まるで肖像画を野菜や花などの集合体として描いたアルチンボルドを思わせます。
デ・キリコ 「神秘的な動物の頭部」
1975年 パリ市立近代美術館蔵
1975年 パリ市立近代美術館蔵
個人的には一番観たかった、初期の勢いのあった頃の作品が少ないというのが残念に思いました。出品作のほとんどが未亡人の旧蔵品ということもあるので、それは致し方ないのかもしれません。中期の古典回帰の作品や後期の自己模倣作品は充実しているので、デ・キリコのことはひと通り分かりますが、ここはやはりオリジナルの形而上絵画を集めた回顧展をいつか望みたいところです。
【ジョルジョ・デ・キリコ -変遷と回帰-】
2014年12月26日まで
パナソニック汐留ミュージアムにて
シュルレアリスム宣言・溶ける魚 (岩波文庫)