Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の『英国の夢 ラファエル前派展』を観てまいりました。
本展はイギリスのリバプール国立美術館が所蔵する作品で構成された展覧会。リバプール国立美術館とはリバプールの7つの美術館の総称で、特にウォーカー・アント・ギャラリー、レディ・リヴァーアート・ギャラリー、サドリー・ハウスの3館はラファエル前派の傑作を有する美術館として知られているのだそうです。今回はその中から65点の作品が来日しています。
ラファエル前派は昔は苦手で、真面目に観るようになったのはブログを初めてから。まぁいろいろ観ているうちに、最近では免疫もできてきたようです(笑)
ここ数年のラファエル前派の展覧会みたいな特別有名な作品が来てるわけじゃないですし、ちょっと地味という感想も聞こえるように少し玄人好みな気もしないでもないですが、その分クオリティで勝負というか、なかなか充実した内容になっています。
Ⅰ ヴィクトリア朝のロマン主義者たち
展覧会の構成は、基本的に時代に沿った流れになっているのですが、ラファエル前派の変遷をただ追うのではなく、それぞれテーマを設けて、ラファエル前派の魅力を探っていこうとしています。
まずはミレイ。ミレイとロセッティ、ハントの3人により「ラファエル前派兄弟団」が結成されたのが“ラファエル前派”のはじまりといわれていますが、ここではミレイの作品を中心に、ロセッティや同時代のシメオン・ソロモンやフォード・マドックス・ブラウンらの作品が紹介されています。
ジョン・エヴァレット・ミレイ 「いにしえの夢-浅瀬を渡るイサンブラス卿」
1856-57年 レディ・リヴァー・アートギャラリー蔵
ジョン・エヴァレット・ミレイ 「春(林檎の花咲く頃)」
1859年 レディ・リヴァー・アートギャラリー蔵
ロセッティは、まあ耽美的なムードだけで、技巧の面では正直言って下手ですが、その点ミレイは天才少年として早くから才能を開花した人だけあって、イメージを喚起する豊かな物語性やその細緻な表現力には舌を巻きます。ただ、「いにしえの夢」は馬が不釣り合いに大きいからと後年になっても手直していたり、ほかの絵でも背丈に比べて顔が小さ過ぎたりと時々バランスが悪かったりするのがあって、リアリズムよりもイメージに走ったところがあるのかなとも感じます。
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 「シビラ・パルミフェラ」
1865-70年 レディ・リヴァー・アートギャラリー蔵
Ⅱ 古代世界を描いた画家たち
古代神話を主題としたスタイルはラファエル前派の大きな特徴のひとつですが、ここでは古代の憧憬を謳った画家たちにスポットを当てています。
フレデリック・レイトン 「プサマテー」
1879-80年 レディ・リヴァー・アートギャラリー蔵
イギリスにおける新しい絵画形式はフレデリック・レイトンが英国へ帰国したことにはじまったと解説がされていて、そのあたりは詳しくないのでよく分からないのですが、レイトンはフィレンツェやパリで学び、1859年に帰国してるんですね。19世紀のロマン主義や新古典主義を本場で学んできたレイトンの作品は反アカデミー芸術を掲げた若い画家たちに大きな影響を与えたことは想像に難くありません。レイトンはラファエル前派の画風とはちょっと違いますが、確かにアングルあたりに近いなと感じるところがいくつかあって、「プサマテー」や「書見台での学習」など印象深い作品があります。
ローレンス・アルマ=タデマ 「お気に入りの詩人」
1888年 レディ・リヴァー・アートギャラリー蔵
ローレンス・アルマ=タデマ 「テピダリウム」
1881年 レディ・リヴァー・アートギャラリー蔵
本展は、いわゆるラファエル前派の中心メンバーに固執することなく、幅広くヴィクトリア朝絵画の画家をしっかり取り上げていて、またそれが興味深い画家や作品が多く、個人的には一番の収穫だったかなと思います。
そのひとりがローレンス・アルマ=タデマ。2014年の
『ザ・ビューティフル展』にも作品は出ていましたが、今回は5点もあって、何れも素晴らしく目を見張るものがあります。古代の神話に触発された作品と違い、まるで古代ローマの日常生活にタイプスリップしたかのような古今折衷的なものが多く、その写実性の高さもさることながら、幻想性や官能性、またファッション性の高さといった点でも想像を掻き立てるものがあります。
チャールズ・エドワード・ペルジーニ 「シャクヤクの花」
1887年に最初の出品 ウォーカー・アート・ギャラリー蔵
もうひとり特筆したいのがペルジーニ。洗練された家庭の日常の何気ない光景を描いた画家だそうですが、女性のちょっとした視線や表情、その美しさといい、衣服や花の質感や表現力といい、抜群の巧さです。
アーサー・ハッカー 「ペラジアとフィラモン」
1887年 ウォーカー・アート・ギャラリー蔵
アーサー・ハッカーの「ペラジアとフィラモン」にも惹かれました。19世紀に人気のあった歴史小説の一場面らしいのですが、瀕死の女性の肉体的な表現の素晴らしさと、そばでじっと見つめる修道士(実は女性の兄)というドラマを感じさせる描写、画面奥でじっと見つめるハゲタカという構図が印象に強く残ります。
アルバート・ジョゼフ・ムーア 「夏の夜」
1890年に最初の出品 ウォーカー・アート・ギャラリー蔵
ラファエル前派らしいといえば、ムーアの「夏の夜」。その美しさにただひたすら見惚れてしまうという唯美主義の典型のような作品。ほんと綺麗。
Ⅲ 戸外の情景
この章は、19世紀後半の反アカデミズムの一つの流れを紹介するという意味合いなんだと思いますが、ウィリアム・ホルマン・ハントがあったとはいっても、章のテーマはラファエル前派の傾向とも相容れないところがあるし、また別にフランスの自然主義や印象派を意識した作品が並んでるわけでもないし、いまひとつまとまりきれてない感じがしました。
フレデリック・ケイリー・ロビンソン 「バルコニー」
1920年 レディ・リヴァー・アートギャラリー蔵
ここで興味を惹いたのが、フレデリック・ケイリー・ロビンソンの「バルコニー」。写真を意識したような構図と装飾画的な色合いが秀逸です。それと、もう完全にラファエル前派のカラーではありませんが、ジェイムズ・ハミルトン・ヘイの「流れ星」がとても印象的でした。どこかホイッスラーのノクターンを思わすような静謐な画面。小さく星が瞬き、遠くにひと筋の流れ星が走っています。
ジェイムズ・ハミルトン・ヘイ 「流れ星」
1909年 ウォーカー・アート・ギャラリー蔵
Ⅳ 19世紀後半の象徴主義者たち
最後に、バーン=ジョーンズ、ワッツ、ウォーターハウスという19世紀後半のラファエル前派第二世代の作品を中心に展観していきます。
まずはワッツからで、「十字架下のマグダラのマリア」が白眉。よくある画題ですが、宗教画にありがちな表現や構図とは全く違って、生身の人間というか、絶望に打ちひしがれる一人の女性として描いているのが当時としては斬新だったのではないだろうかと感じます。代表作「希望」の下絵もありました。
エドワード・バーン=ジョーンズ 「フラジオレットを吹く天使」
1878年 サドリー・ハウス蔵
エドワード・バーン=ジョーンズ 「スポンサ・デ・リバノ(レバノンの花嫁)」
1891年 ウォーカー・アート・ギャラリー蔵
バーン=ジョーンズは3mぐらいある大作「「スポンサ・デ・リバノ(レバノンの花嫁)」」が圧巻。独特の力強い線や陰影の強い描き方、平面的な構図など、いかにもバーン=ジョーンズらしい作品です。「フラジオレットを吹く天使」も素晴らしい。まるで中世のフレスコ画のような淡い色彩と、色鉛筆で細かく描いたかのような丁寧で繊細な筆触には溜息が漏れます。
ウォーターハウスはどれも大作が並んでいました。メインヴィジュアルにもなっている、美少女・美青年たちが楽しげに会話をする「デカメロン」もいいのですが、泉に映った自分の姿に恋をするナルキッソスにエコーが声をかけられないでいるという神話を描いた「エコーとナルキッソス」に見惚れました。ウォーターハウスって、嫌味なぐらい美しく飾りたてるというか、これ見よがしの美しさがまたたまらないんですよね。
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 「エコーとナルキッソス」
1903年 ウォーカー・アート・ギャラリー蔵
ここではほかに、初めて聞く名前かもしれませんが、スタナップのメルヘンチックな「楽園追放」が面白い。アダムとイヴを追放する天使が甲冑なんか着てるものですから全然天使に見えないのですが、その甲冑がちょっと立体的に描かれていたり、絵全体がとても装飾的である以上に細かな木彫りの細工がされた額がまた見事で、かなり気になる作品でした。
ジョン・ロダム・スペンサー・スタナップ 「楽園追放」
1900年に最初の出品 ウォーカー・アート・ギャラリー蔵
金曜日の夜間開館に観に行ったのですが、金土は21時まで開いているというのが勤め人にはとても嬉しいですね。夜間開館とはいえ仕事帰りに行くと、閉館時間を気にして絵に集中できないこともしばしばなのですが、さすがに21時までやってると時間を気にせずゆっくり観られます。夜は空いてていいですよ。
【リバプール国立美術館所蔵 英国の夢 ラファエル前派展】
2016年3月6日(日)まで
Bunkamura ザ・ミュージアムにて
ウォーターハウス夢幻絵画館 (ToBi selection)
バーン=ジョーンズの世界