琳派ファン待望の鈴木其一単独の回顧展。酒井抱一のもとでの修行時代の若描きから晩年の意欲作まで、抱一門下や其一の弟子の作品も途中挟みながらの充実の展示内容です。
過去の主だった琳派の展覧会にはだいたい行ってますし、なんだかんだ其一の作品も随分観てるので、個人的には初見の作品は意外と少なかったのですが、10年ぐらいかかってやっと観てきたものが一堂に観られるのですから、こんな贅沢なことはありません。
「琳派の真打、其一登場!」という宣伝文句の正にそのとおり、琳派400年の企画も落ち着いた今、真打・其一の評価を決定付けるだろう重要な展覧会です。
序章 江戸琳派の始まり
まずは江戸琳派の始まりをおさらい。まあ、其一を観に来る人は、前段階として琳派を多少なりとも知ってる人でしょうから、この辺りはさらりとしています。注目は其一の兄弟子で早世した鈴木蠣潭(れいたん)の作品が複数展示されてること。画風は師・抱一を追随していますが、僅か数点しか現存しないという貴重な作品からは蠣潭の卓越した技量がよく分かりますし、その中にあって植物の描写力は其一に繋がっていくものを感じます。其一は蠣潭の姉と結婚し、鈴木姓を継ぎます。
鈴木蠣潭 「白薔薇図扇面」
江戸時代後期 個人蔵(展示は10/3まで)
江戸時代後期 個人蔵(展示は10/3まで)
第一章 抱一門下の秀才
其一の最も早い作例という21歳の頃の若描きが展示されていました。まだそれほどこなれた感じはしませんが、初期作品の多くには抱一が賛を揮毫したものが多く、抱一に目をかけられていたんだろうなと分かります。
鈴木其一 「群鶴図屏風」
江戸時代後期 ファインバーグ・コレクション蔵
江戸時代後期 ファインバーグ・コレクション蔵
初期作品の中ではメトロポリタン美術館蔵の「蓮に蛙図」がいい。たらしこみを活かした蓮の葉にちょんと乗る蛙。蓮の葉の露は俺(蛙)の小便だという狂歌師・大田南畝の賛が笑えます。『ファインバーグ・コレクション展』にも出品されていた「群鶴図屏風」も初期の代表作。光琳の「群鶴図」に倣いつつ、大胆にアレンジを加え、自分なりの「群鶴図」に造り変えています。
第二章 其一様式の確立
抱一の死後、其一は独自の画風を確立し、さらに飛躍を見せます。宗達や光琳を意識した作品も見られますが、其一は一捻りあるのが面白い。琳派の継承を象徴する「風神雷神図」を襖にしたり(其一の「風神雷神図襖」は10/5から展示)、宗達や光琳が手掛けた「松島図」も小襖にしてみたり、光琳の「三十六歌仙図」と「檜図」をベースに大胆に一双の屏風にしたり、元の形に囚われないところもこの人らしさなのかもしれません。
鈴木其一 「松島図小襖」
江戸時代後期 ファインバーグ・コレクション蔵
江戸時代後期 ファインバーグ・コレクション蔵
其一作品の色の美しさは上質な顔料を使っているからという話は聞きますが、「萩月図襖」や「風神雷神図襖」は贅沢に絹地が使われていて、とても上品な雰囲気があります。其一の作品を観ていると、お金を持ってて、風流で、センスの良いいいお客がついていたんだろうなと感じます。其一の交遊関係は実はあまり詳しく分かってないそうで、会場には其一の交遊や人物像を知る上で貴重な史料も展示されていました。パトロンの日本橋の蝋油問屋・大坂屋松澤孫八宛の書状には光琳画の鑑定や好物の漬物の話から納めた衝立の代金の話まであって、いろいろと興味深い。
鈴木其一 「萩月図襖」
江戸時代後期 東京富士美術館蔵(展示は10/3まで)
江戸時代後期 東京富士美術館蔵(展示は10/3まで)
琳派的な構図や装飾性の中にも、生き物のリアルな生態を描きこむのは其一の特徴の一つでしょう。花鳥図など花や鳥は琳派の伝統的なモチーフとしてたびたび描かれてきましたが、其一の動植物の描写は時に円山四条派の影響も感じさせます。
鈴木其一 「水辺家鴨図屏風」
江戸時代後期 細見美術館蔵(展示は10/3まで)
江戸時代後期 細見美術館蔵(展示は10/3まで)
「芒野図屏風」は其一の中でも個人的に大好きな作品の一つ。ススキの野原に漂う靄が幻想的なムードを醸し出しています。銀地に描かれたというその色の取り合わせがまた素晴らしい。
鈴木其一 「芒野図屏風」
江戸時代後期 千葉市美術館蔵(展示は9/26まで)
江戸時代後期 千葉市美術館蔵(展示は9/26まで)
「木蓮小禽図」も「群禽図」もどこか幻想的なところがあって、これも其一ならではの味わい。強いコントラストで木蓮の存在感が際立つ「木蓮小禽図」はよく見ないと小鳥に気付かないほど。中国画の百禽図を思わせる「群禽図」も面白い。
鈴木其一 「木蓮小禽図」
江戸時代後期 岡田美術館蔵(展示は10/3まで)
江戸時代後期 岡田美術館蔵(展示は10/3まで)
本展には少しですが墨画も出ています。其一の場合、比較的色味の強い作品が多いので、水墨の良さに気付きづらいのですが、濛々とした雲を割き昇る龍を描いた「昇龍図」にしても、必死で牛を引っ張る牧童と抵抗する牛の描写がユーモラスな「牧童図」にしても、墨の自在な線と多彩な表現が魅力です。どちらも禅宗的な画題であることも興味深い。
鈴木其一 「牧童図」
江戸時代後期 個人蔵(展示は10/3まで)
江戸時代後期 個人蔵(展示は10/3まで)
あまり琳派のイメージではありませんが、能絵や仏画なども展示されています。仏画は抱一も描いていましたが、其一は其一で濃彩の仏画がユニーク。能絵といえば、其一の娘婿の河鍋暁斎も数年前に『河鍋暁斎の能・狂言画』という展覧会も開かれたほど多くの作品を残しています。暁斎の絵に其一の影響は全くといっていいほど感じませんが、能絵を通じて2人の間で何か繋がるものがあったのかも気になります。
鈴木其一 「夏宵月に水鶏図」
江戸時代後期 個人蔵(展示は10/3まで)
江戸時代後期 個人蔵(展示は10/3まで)
其一らしいといえば、掛け軸の描表装も有名。表装に模様を入れるにとどまらず、絵が境を越え、表装も含めて一つの作品になっています。よく見ると軸木も黒漆に金蒔絵だったり螺鈿だったりして、其一の強いこだわりを感じます。ちなみに本展の図録のカバーのデザインは「夏宵月に水鶏図」の表装をもとにしています。
第四章 其一派と江戸琳派の展開
章としては一番最後ですが、会場では吹き抜けの階段を下りた第2展示室にあります。其一の弟子を中心に琳派の系譜は昭和に入るまで続いたといいます。スペースの関係もあり、展示作品は少ないのですが、其一の息子・守一や弟子の其明、また抱一に学んだ池田孤邨らの作品が並んでました。抱一、其一以降の江戸琳派については『酒井抱一と江戸琳派の全貌』の図録が詳しいので、そちらも参照されるのが良いかと。
鈴木守一 「楓桜紅葉図」
江戸時代後期~明治時代前期 細見美術館蔵(展示は10/3まで)
江戸時代後期~明治時代前期 細見美術館蔵(展示は10/3まで)
同じ第2展示室には、其一の扇絵や節句用のミニ掛軸、凧や羽子板など多様な作品が揃ってます。個人的には、噂に聞いていた浅草寺の絵馬(「迦陵頻図絵馬」)をやっと観られて感動。となりに展示されていた行田八幡の「神功皇后伝図絵馬」も大画面の力強い表現がまた素晴らしく、其一の画技の幅広さを思い知りました。
第三章 絢爛たる軌跡
最後に意欲作が次々と生み出された晩年の作品を紹介。過剰なんだけれども洗練されているし、濃厚なんだけれども繊細だし、そのバランス感覚が絶妙です。掛軸全体を覆う巨大な藤、すーっと伸びた茎の先に真っ直ぐ正面を見据える大輪の向日葵。一歩間違えると奇を衒ったようにも見える主張の強い構図にもかかわらず、いやらしい感じは一切せず、その明快な色調と端正な画面構成に釘付けになります。
鈴木其一 「藤花図」
江戸時代後期 細見美術館蔵(展示は10/3まで)
江戸時代後期 細見美術館蔵(展示は10/3まで)
鈴木其一 「向日葵図」
江戸時代後期 畠山美術館蔵(展示は10/3まで)
江戸時代後期 畠山美術館蔵(展示は10/3まで)
今回初見の作品の一つ、「花菖蒲に蛾図」も印象的。博物学的なまでに写実性の高い花菖蒲と、蝶ではなく蛾という組み合わせに何かこだわりを感じます。同じく初見のものでは、今回初出という「富士千鳥筑波白鷺図屏風」もいかにも其一。金屏風に雪をいただく富士、銀屏風に濃紺の筑波、それぞれに千鳥と鶴が舞い、其一らしい鮮烈な色彩とデザイン性が華やかさと吉祥的なめでたさと相俟って強く印象に残りました。
鈴木其一 「花菖蒲に蛾図」
江戸時代後期 メトロポリタン美術館蔵
江戸時代後期 メトロポリタン美術館蔵
そして圧巻はやはり「朝顔図屏風」。12年ぶりの来日になります。思った以上に大きな屏風で、サントリー美術館の決して高くない天井もギリギリで窮屈に感じるぐらい。そのダイナミックさやモダンなデザイン、鮮烈な色彩もさることながら、こんなスタイリッシュな屏風の注文主はどんな人で、こんな大きな屏風を飾れたお屋敷ってどんなに立派だったのだろうと想像も広がります。個人的には『岩佐又兵衛展』のときにも触れましたが、狩野派の図様との関係も気になります。
鈴木其一 「朝顔図屏風」
江戸時代後期 メトロポリタン美術館蔵
江戸時代後期 メトロポリタン美術館蔵
今回の展示で強い興味を覚えたのが琳派の枠に囚われない多様なスタイルで、たらしこみなど琳派の技法を多用しつつ、やまと絵のような情緒豊かな風景を描いた「四季歌意図巻」や谷文晁の真景図を思わせる「近江八景図巻」、青緑山水的な色味とユニークな山並みのフォルムが印象的な「山並図小襖」など、其一の引き出しの多さ、図抜けた表現力には驚かされます。「琵琶湖入江遠望図」の山容の描き方も気になりました。こういう山の表現はこの時代の日本画ではあまり観た記憶がありません。こうして其一を集中して観ると、応挙や文晁の影響も含め江戸絵画の総括的な要素が強いことに気づきます。最早琳派を超越しています。
鈴木其一 「山並図小襖」
江戸時代後期 ファインバーグ・コレクション蔵
江戸時代後期 ファインバーグ・コレクション蔵
年表を見て気づいたのですが、其一は江戸末期のコレラ禍で亡くなってますが、その4日前には歌川広重が同じくコレラで亡くなってるんですね。二人ともコレラに罹ってなければ、どんな作品を残していたのか。二人の死は大きな損失であるとともに江戸絵画の終焉を象徴しているようにも思えます。
本展は途中展示替えがあり、大きく分けて前後期に分かれます。出品全作を観ようとすると3回は足を運ぶ必要がありますが、2度3度と足を運びたくなる展覧会ですし、その価値が十分にある展覧会だと思います。
【鈴木其一 江戸琳派の旗手】
2016年10月30日(日)まで
サントリー美術館にて
鈴木其一―琳派を超えた異才 (ToBi selection)