2016/09/23

鈴木其一展

サントリー美術館で開催中の『鈴木其一 江戸琳派の旗手』を観てまいりました。

琳派ファン待望の鈴木其一単独の回顧展。酒井抱一のもとでの修行時代の若描きから晩年の意欲作まで、抱一門下や其一の弟子の作品も途中挟みながらの充実の展示内容です。

過去の主だった琳派の展覧会にはだいたい行ってますし、なんだかんだ其一の作品も随分観てるので、個人的には初見の作品は意外と少なかったのですが、10年ぐらいかかってやっと観てきたものが一堂に観られるのですから、こんな贅沢なことはありません。

「琳派の真打、其一登場!」という宣伝文句の正にそのとおり、琳派400年の企画も落ち着いた今、真打・其一の評価を決定付けるだろう重要な展覧会です。


序章 江戸琳派の始まり

まずは江戸琳派の始まりをおさらい。まあ、其一を観に来る人は、前段階として琳派を多少なりとも知ってる人でしょうから、この辺りはさらりとしています。注目は其一の兄弟子で早世した鈴木蠣潭(れいたん)の作品が複数展示されてること。画風は師・抱一を追随していますが、僅か数点しか現存しないという貴重な作品からは蠣潭の卓越した技量がよく分かりますし、その中にあって植物の描写力は其一に繋がっていくものを感じます。其一は蠣潭の姉と結婚し、鈴木姓を継ぎます。

鈴木蠣潭 「白薔薇図扇面」
江戸時代後期 個人蔵(展示は10/3まで)


第一章 抱一門下の秀才

其一の最も早い作例という21歳の頃の若描きが展示されていました。まだそれほどこなれた感じはしませんが、初期作品の多くには抱一が賛を揮毫したものが多く、抱一に目をかけられていたんだろうなと分かります。

鈴木其一 「群鶴図屏風」
江戸時代後期 ファインバーグ・コレクション蔵

初期作品の中ではメトロポリタン美術館蔵の「蓮に蛙図」がいい。たらしこみを活かした蓮の葉にちょんと乗る蛙。蓮の葉の露は俺(蛙)の小便だという狂歌師・大田南畝の賛が笑えます。『ファインバーグ・コレクション展』にも出品されていた「群鶴図屏風」も初期の代表作。光琳の「群鶴図」に倣いつつ、大胆にアレンジを加え、自分なりの「群鶴図」に造り変えています。


第二章 其一様式の確立

抱一の死後、其一は独自の画風を確立し、さらに飛躍を見せます。宗達や光琳を意識した作品も見られますが、其一は一捻りあるのが面白い。琳派の継承を象徴する「風神雷神図」を襖にしたり(其一の「風神雷神図襖」は10/5から展示)、宗達や光琳が手掛けた「松島図」も小襖にしてみたり、光琳の「三十六歌仙図」と「檜図」をベースに大胆に一双の屏風にしたり、元の形に囚われないところもこの人らしさなのかもしれません。

鈴木其一 「松島図小襖」
江戸時代後期 ファインバーグ・コレクション蔵

其一作品の色の美しさは上質な顔料を使っているからという話は聞きますが、「萩月図襖」や「風神雷神図襖」は贅沢に絹地が使われていて、とても上品な雰囲気があります。其一の作品を観ていると、お金を持ってて、風流で、センスの良いいいお客がついていたんだろうなと感じます。其一の交遊関係は実はあまり詳しく分かってないそうで、会場には其一の交遊や人物像を知る上で貴重な史料も展示されていました。パトロンの日本橋の蝋油問屋・大坂屋松澤孫八宛の書状には光琳画の鑑定や好物の漬物の話から納めた衝立の代金の話まであって、いろいろと興味深い。

鈴木其一 「萩月図襖」
江戸時代後期 東京富士美術館蔵(展示は10/3まで)

琳派的な構図や装飾性の中にも、生き物のリアルな生態を描きこむのは其一の特徴の一つでしょう。花鳥図など花や鳥は琳派の伝統的なモチーフとしてたびたび描かれてきましたが、其一の動植物の描写は時に円山四条派の影響も感じさせます。

鈴木其一 「水辺家鴨図屏風」
江戸時代後期 細見美術館蔵(展示は10/3まで)

「芒野図屏風」は其一の中でも個人的に大好きな作品の一つ。ススキの野原に漂う靄が幻想的なムードを醸し出しています。銀地に描かれたというその色の取り合わせがまた素晴らしい。

鈴木其一 「芒野図屏風」
江戸時代後期 千葉市美術館蔵(展示は9/26まで)

「木蓮小禽図」も「群禽図」もどこか幻想的なところがあって、これも其一ならではの味わい。強いコントラストで木蓮の存在感が際立つ「木蓮小禽図」はよく見ないと小鳥に気付かないほど。中国画の百禽図を思わせる「群禽図」も面白い。

鈴木其一 「木蓮小禽図」
江戸時代後期 岡田美術館蔵(展示は10/3まで)

本展には少しですが墨画も出ています。其一の場合、比較的色味の強い作品が多いので、水墨の良さに気付きづらいのですが、濛々とした雲を割き昇る龍を描いた「昇龍図」にしても、必死で牛を引っ張る牧童と抵抗する牛の描写がユーモラスな「牧童図」にしても、墨の自在な線と多彩な表現が魅力です。どちらも禅宗的な画題であることも興味深い。

鈴木其一 「牧童図」
江戸時代後期 個人蔵(展示は10/3まで)

あまり琳派のイメージではありませんが、能絵や仏画なども展示されています。仏画は抱一も描いていましたが、其一は其一で濃彩の仏画がユニーク。能絵といえば、其一の娘婿の河鍋暁斎も数年前に『河鍋暁斎の能・狂言画』という展覧会も開かれたほど多くの作品を残しています。暁斎の絵に其一の影響は全くといっていいほど感じませんが、能絵を通じて2人の間で何か繋がるものがあったのかも気になります。

鈴木其一 「夏宵月に水鶏図」
江戸時代後期 個人蔵(展示は10/3まで)

其一らしいといえば、掛け軸の描表装も有名。表装に模様を入れるにとどまらず、絵が境を越え、表装も含めて一つの作品になっています。よく見ると軸木も黒漆に金蒔絵だったり螺鈿だったりして、其一の強いこだわりを感じます。ちなみに本展の図録のカバーのデザインは「夏宵月に水鶏図」の表装をもとにしています。


第四章 其一派と江戸琳派の展開

章としては一番最後ですが、会場では吹き抜けの階段を下りた第2展示室にあります。其一の弟子を中心に琳派の系譜は昭和に入るまで続いたといいます。スペースの関係もあり、展示作品は少ないのですが、其一の息子・守一や弟子の其明、また抱一に学んだ池田孤邨らの作品が並んでました。抱一、其一以降の江戸琳派については『酒井抱一と江戸琳派の全貌』の図録が詳しいので、そちらも参照されるのが良いかと。

鈴木守一 「楓桜紅葉図」
江戸時代後期~明治時代前期 細見美術館蔵(展示は10/3まで)

同じ第2展示室には、其一の扇絵や節句用のミニ掛軸、凧や羽子板など多様な作品が揃ってます。個人的には、噂に聞いていた浅草寺の絵馬(「迦陵頻図絵馬」)をやっと観られて感動。となりに展示されていた行田八幡の「神功皇后伝図絵馬」も大画面の力強い表現がまた素晴らしく、其一の画技の幅広さを思い知りました。


第三章 絢爛たる軌跡

最後に意欲作が次々と生み出された晩年の作品を紹介。過剰なんだけれども洗練されているし、濃厚なんだけれども繊細だし、そのバランス感覚が絶妙です。掛軸全体を覆う巨大な藤、すーっと伸びた茎の先に真っ直ぐ正面を見据える大輪の向日葵。一歩間違えると奇を衒ったようにも見える主張の強い構図にもかかわらず、いやらしい感じは一切せず、その明快な色調と端正な画面構成に釘付けになります。

鈴木其一 「藤花図」
江戸時代後期 細見美術館蔵(展示は10/3まで)

鈴木其一 「向日葵図」
江戸時代後期 畠山美術館蔵(展示は10/3まで)

今回初見の作品の一つ、「花菖蒲に蛾図」も印象的。博物学的なまでに写実性の高い花菖蒲と、蝶ではなく蛾という組み合わせに何かこだわりを感じます。同じく初見のものでは、今回初出という「富士千鳥筑波白鷺図屏風」もいかにも其一。金屏風に雪をいただく富士、銀屏風に濃紺の筑波、それぞれに千鳥と鶴が舞い、其一らしい鮮烈な色彩とデザイン性が華やかさと吉祥的なめでたさと相俟って強く印象に残りました。

鈴木其一 「花菖蒲に蛾図」
江戸時代後期 メトロポリタン美術館蔵

そして圧巻はやはり「朝顔図屏風」。12年ぶりの来日になります。思った以上に大きな屏風で、サントリー美術館の決して高くない天井もギリギリで窮屈に感じるぐらい。そのダイナミックさやモダンなデザイン、鮮烈な色彩もさることながら、こんなスタイリッシュな屏風の注文主はどんな人で、こんな大きな屏風を飾れたお屋敷ってどんなに立派だったのだろうと想像も広がります。個人的には『岩佐又兵衛展』のときにも触れましたが、狩野派の図様との関係も気になります。

鈴木其一 「朝顔図屏風」
江戸時代後期 メトロポリタン美術館蔵

今回の展示で強い興味を覚えたのが琳派の枠に囚われない多様なスタイルで、たらしこみなど琳派の技法を多用しつつ、やまと絵のような情緒豊かな風景を描いた「四季歌意図巻」や谷文晁の真景図を思わせる「近江八景図巻」、青緑山水的な色味とユニークな山並みのフォルムが印象的な「山並図小襖」など、其一の引き出しの多さ、図抜けた表現力には驚かされます。「琵琶湖入江遠望図」の山容の描き方も気になりました。こういう山の表現はこの時代の日本画ではあまり観た記憶がありません。こうして其一を集中して観ると、応挙や文晁の影響も含め江戸絵画の総括的な要素が強いことに気づきます。最早琳派を超越しています。

鈴木其一 「山並図小襖」
江戸時代後期 ファインバーグ・コレクション蔵

年表を見て気づいたのですが、其一は江戸末期のコレラ禍で亡くなってますが、その4日前には歌川広重が同じくコレラで亡くなってるんですね。二人ともコレラに罹ってなければ、どんな作品を残していたのか。二人の死は大きな損失であるとともに江戸絵画の終焉を象徴しているようにも思えます。

本展は途中展示替えがあり、大きく分けて前後期に分かれます。出品全作を観ようとすると3回は足を運ぶ必要がありますが、2度3度と足を運びたくなる展覧会ですし、その価値が十分にある展覧会だと思います。


【鈴木其一 江戸琳派の旗手】
2016年10月30日(日)まで
サントリー美術館にて


鈴木其一―琳派を超えた異才 (ToBi selection)鈴木其一―琳派を超えた異才 (ToBi selection)

2016/09/17

驚きの明治工藝

東京藝術大学大学美術館で開催の『驚きの明治工藝』の特別内覧会に行ってまいりました。

最近、明治時代の工芸品、特に超絶技巧の作品に注目が集まっていて、しばしば展覧会が開かれていますが、今回は台湾人コレクター・宋培英氏のコレクションを集めた展覧会になります。

自在置物や根付、七宝、ビロード友禅をはじめ、漆工、金工、彫刻、陶磁器など約130点。よくまあこれだけ集めたなと感心するのですが、どれも超が付く一級品ですし、いろいろ凝ってて面白い。日本の伝統工芸が西洋化の波と殖産興業政策の中で最後の輝きを放った時代。その技術の粋を集めた“明治工藝”の世界に魅了されます。

なお、会場は一部の作品を除き撮影も可能です。会場が地下なので、フリーWi-Fiも設置されています。


第1章 写実の追求-まるで本物のように-

会場に入ると全長3メートルあるという世界最大の龍の自在置物が天井から吊るされていて、思わず声を上げてしまいます。実際に宋氏の自宅でもこんな風に天井に吊るして飾ってあるのだとか。照明が創り出す影もかっこいい。

宋義 「自在龍」 明治-昭和時代

自在置物はヘビや鷹、伊勢海老、蟹など、結構数があります。そばにはヘビの自在置物をコマ撮りで撮ったちょっとユニークな「じざいヘビ、にょろニョロ」なる映像も流されていたりします。自在蛇がどんな風に動かせるのかが分かるので参考になります。

[写真上] 宗義 「自在蛇」 明珍宗春 「自在蛇」
[写真下] 明珍吉久 「自在鯉」 明珍宗春 「自在烏」

鯱の自在置物がカッコよかった! このスチームパンク感がたまりませんね。

(無銘) 「自在鯱」 江戸時代

ホンモノと見紛うような作品もあったりします。蜆の根付なんて、知らずに手にしたら味噌汁の具にしてしまいそうなリアル感。これ、木でできています。蝉もスゴイ。体は木で、足は銀、羽は水牛の角でできているのだとか。写真が上手く撮れなかったのですが、「塩鮭」なんて素材感が物凄くあって笑いますよ。

[写真左] 平井汲哉 「蜆根付」 明治-昭和時代
[写真右] 竹江 「蝉」 明治時代

素晴らしく精緻な細工やリアルな造形を見るのも楽しいのですが、素材の意外さを知るとさらにビックリ。これ木なの?とか、これ紙でできてるの?とか、鉄もこんなになるの?とか驚くことばかり。の木彫家・宮本理三郎という方の作品がまたビックリするほど凄かった。今にもチョロチョロ動きそうなトカゲや、ピョンと飛んじゃいそうなカエル。これ木に彫ってるんですよ。

宮本理三郎 「春日 竹に蜥蜴」 昭和時代

宮本理三郎 「柄杓蛙」 昭和時代


第2章 技巧を凝らす-どこまでやるの、ここまでやるか-

明治の超絶技巧といえば、今年没後100年記念の大規模回顧展も開かれた宮川香山ですが、香山は5点ほど出品されています。高浮彫の作品は蝉がのった蓮葉水盤だけでしたが、晩年の作品でしょうか、釉下彩が美しい白磁や青磁の花瓶などが展示されています。

[写真左] 宮川香山 「染付菖蒲文花瓶」 明治-大正時代
[写真右] 宮川香山 「留蝉蓮葉水盤」「菖蒲文花瓶」「兎文鉢」 明治-大正時代

手の込んだ美しい七宝も明治工藝ならでは。革新的な明治の七宝焼を代表する並河靖之や濤川惣助、林小伝治などの繊細優美な作品が並びます。

涛川惣助 「秋草鶏図花瓶」 明治時代

太田甚之栄 「菖蒲文花瓶」 明治時代

海野勝珉の彫金の香炉、諏訪蘇山の竹の花入など、伝統の技の中にも新しさを感じます。

[写真左] 海野勝珉 「背負籠香炉」 明治-大正時代
[写真右] 諏訪蘇山 「蝸牛付竹花入」 明治-大正時代

パネルで紹介されていた山田宗光という方の鉄器もユニークでした。独自のアイディアで鉄を打出し、鉄とは思えない柔らかな線を生み出したその造形は、これまでにない新しい技術を創ろうという明治の時代の熱い思いが伝わってくるようです。

[写真左] 山田宗光 「古獣文壺」 明治時代
[写真右] 山田宗光 「紫陽花文瓶掛」 明治時代

エレベーターホールを挟んだ第二会場も盛りだくさん。

[写真左] 善拙 「猫置物古獣文壺」 江戸-明治時代
[写真右] 大島如雲 「狸置物」 明治-昭和時代

ネコやクマのかわいい置物があったかと思えば、髑髏に蛇が這う気味の悪い木彫もあります。

亮之 「髑髏に蛇」 江戸-大正時代

根付も充実。単眼鏡があるといいかもしれないですね。

[写真上] 藻泉 「魚五趣根付」 小林盛良 「三猿根付」
[写真下] (無銘) 「邯鄲夢根付」 正照 「群猿根付」

ビロード友禅もいくつか。写真と見紛うような素晴らしい作品でした。

[写真左] (無銘) 「厳島神社鳥居図壁掛」「月下港辺図壁掛」 明治時代
[写真右] (無銘) 「港湾図壁掛」 明治時代

図録にはこれまた素晴らしい象牙の彫刻が載っていたので、あれ見落としたかな?と思って、もう一周してもないので、係りの方に伺ったところ、直前まで展示予定だったが、ワシントン条約の関係で日本に持ち込めなかったのだそうです。残念。


【驚きの明治工藝】
2016年10月30日(日)まで
東京藝術大学大学美術館 本館 展示室1、2にて


明治の細密工芸: 驚異の超絶技巧! (別冊太陽 日本のこころ 217)明治の細密工芸: 驚異の超絶技巧! (別冊太陽 日本のこころ 217)

2016/09/11

杉本博司 ロスト・ヒューマン

東京都写真美術館で開催中の『杉本博司 ロスト・ヒューマン』に観てまいりました。

約1年半にわたる改装工事を終えてのリニューアル・オープン記念展。待ちに待ったリニューアルということもあるでしょうし、人気の杉本博司ということもあるのでしょう。切符売り場には長い行列ができてました(前売り券があれば、会場まで直接行けます)。

会場は2階と3階の2フロアー。3階は人類と文明の終焉をテーマにしたインスタレーション、2階は世界初発表となる新シリーズ<廃墟劇場>と三十三間堂の千手観音像を撮影した<仏の海>の写真展示という構成です。

まずは3階から。今回展示室も改装されたのでしょうが、3階は壁一面がいきなり汚いトタンの覆われていて、ちょっとビックリします。

3階の<今日 世界は死んだ もしかすると昨日かもしれない>は千葉市美術館の『趣味と芸術-味占郷/今昔三部作』とはまた異なる私的蒐集品の見せ方で、ただただ圧倒されます。前回は知的好奇心をくすぐる部分とちょっとスノッブなところが綯い交ぜになった独特の雰囲気と空間演出があったように思うのですが、今回はそこにさらに強いメッセージとフェイクの紙一重の哲学と遊び心、そしてニヒリズムが加わり、渾然一体となっている感じがしました。


33のテーマがカミュの『異邦人』の書き出しをもじったテキストで紹介されています。会場入口で“肉筆考”というリストがいただけるので、それと照らし合わせながら見ると面白いと思います。それぞれユニークな代筆者の個性的な文字を見るのも楽しいし、この人こういう字を書くんだと、意外な発見があったりします。


最初の《理想主義者》は千葉市美の<味占郷>の展示を彷彿とさせる硫黄島の地図と戦艦の模型の床飾り。《遺伝子学者》では牛乳店の木箱の中にバイアグラがあったり、《物神崇拝者》ではストレッチャーの上に男根崇拝の石棒が寝かせられてたり、《ロボット工学者》では機械仕掛けの文楽人形の“かしら”がカタカタ音を鳴らして動いたり、その組み合わせの妙に唸らされます。《バービーちゃん》はレンチドールとバービー人形が卒塔婆で囲まれた空間に置かれ、まるで人形墓場だし、《美術史学者》に置かれていた板や柱が廃材かと思いきや當麻寺の天平時代の古材だったりして、その使い方に驚くことしきり。

出品リストに作家名は記されてませんが、杉本博司の10代の頃の油絵も展示されています。絵の角に“HIROSHI”とあるのでそれと分かるはず。でも何であの部屋に展示されていたのでしょうね。

こうした私的蒐集品を展示するという構成も極めた感じがあって、そろそろ飽きも出てくるでしょうから、次に杉本博司がどんな仕掛けで作品を見せるのか、そのあたりも気になります。


<廃墟劇場>は朽ち果てた劇場のスクリーンだけが明るく光を発しているのですが、その露光として使われた映画のタイトルとストーリーが足元に掲示されています。キューブリックの『博士の異常な愛情』とかスタンリー・クレーマーの『渚にて』とか黒澤明の『羅生門』とか実相寺昭雄の『無常』とか、映画のそのセレクションがまた終末観を醸し出しています。

そして<仏の海>。33の終焉で始まり、観音菩薩の33身を意味する三十三間堂の千手観音の写真で終わる。全体を覆うのは得も言われぬ無常観。無常ゆえの美しさが伝わってきます。人間の叡智で造り上げられた技術や文明、歴史もいつか終わりがあり、そしてその先には浄土の世界がある。杉本博司が構成・演出を手掛けた文楽『曾根崎心中』を思い出さずにはいられませんでした。


【杉本博司 ロスト・ヒューマン】
2016年11月13日(日)まで
東京都写真美術館にて


アートの起源アートの起源

2016/09/10

浮世絵 六大絵師の競演

山種美術館で開催中の『浮世絵 六大絵師の競演 -春信・清長・歌麿・写楽・北斎・広重-』 を観てまいりました。

山種美術館開館50周年を記念した山種コレクション名品選の第2弾。今回は山種美術館が誇る浮世絵の優品を展観します。

六大絵師の競演とはいっても、実際には春信・清長・歌麿・写楽・北斎・広重+αで、中には1、2点しかない絵師もいるので期待してるとガックリくるかもしれません。広重が一番充実していて、本当のことをいえば“歌川広重と六大浮世絵師展”といった方が正解。

山種美術館の浮世絵コレクションは総点数90点ほどだそうですが、今回は浮世絵だけで86点あるので、ほとんどの作品が出てるのでしょうか。とはいえ、どの作品も状態は良く、その絵師を代表する作品が多いので、見応えもあるし、さすが名品展といった趣です。


まず最初に北斎の“赤富士”。パスポートの新デザインに採用されたことでも話題の浮世絵の代表作ですね。赤く染まった富士山の雄大な姿がインパクト大ですが、濃い藍色と薄く透明感のあるベロ藍(プルシアンブルー)、そして白い鰯雲の調和が素晴らしいですね。

葛飾北斎 「冨嶽三十六景 凱風快晴」
文政13年(1830)頃 山種美術館蔵

会場には浮世絵を愉しむためのキーワードが紹介されていたりして、浮世絵初心者にもやさしい後世になっています。浮世絵版画のさまざまな用語がパネルで解説されていたりして、“紅絵”や“錦絵”、“美人画”といったテーマごとにその例となる作品が並んで展示されています。最近の山種美術館は日本画の専門的な用語や技法を分かりやすく解説したりしていて、日本画をより広く親しんでもらえるようにとすごく努力しているなと思います。

鈴木春信 「梅の枝折り」
明和4~5年(1767-68)頃 山種美術館蔵

浮世絵前期の彩色技法である“紅絵”の例としては奥村政信が、“美人画”では鈴木春信や鳥居清長といった美人画の名手の作品が紹介されています。浮世絵でなかなか難解な少女と少年の見分け方とかも解説があったりします。春信の「色子と共」は一見すると若い女の子の二人連れなのですが、よくよく見ると片方の子は前髪を残した元結で元服前の男子の若衆髷に似た髪型だと分かります。でも振袖姿だし簪してるし、言われないと気づけません。

鳥居清長 「風俗東之錦 武家の若殿と乳母、侍女二人」
天明4年(1784)頃 山種美術館蔵

喜多川歌麿 「青楼七小町 鶴屋内 篠原」
寛政6~7年(1794-95)頃 山種美術館蔵

清長の頃は十頭身はありそうな長身小顔のモデル体型の美人画が持て囃されたようですが、歌麿は大首絵よろしくバストアップの美人画で人気を博します。当然、顔も接写されるので、“毛割”という髪の生え際の細密な描写技法が生まれるのですが、ここは絵師ではなく彫師の担当だったようで、1ミリに4~5本、中には7本という超絶技巧的な腕を持つ彫師も現れたのだとか。

[写真左から] 東洲斎写楽 「二代目嵐龍蔵の金貸石部金吉」
「三代目坂田半五郎の藤川水右衛門」
寛政6年(1794) 山種美術館蔵

これも最近の山種美術館のサービスの一つですが、一部の作品のみ写真撮影が可能です。本展では写楽の2枚で、ともに大首絵の代表作。雲母摺はとても褪色しやすいのですが、きれいに残っていて、角度を変えて観たりするとその輝きに気付きます。役者絵では北斎と同時代の歌川豊国や、今年展覧会もあった勝川春章などもあります。

歌川広重 「東海道五拾三次之内 日本橋・朝之景」
天保4~7年(1833-36)頃 山種美術館蔵

広重は「東海道五拾三次」が全て出ていてそれだけでも観ていて楽しい。山種美術館所蔵の「東海道五拾三次」は、もとは画帖仕立てのものだったようで、「扉」付きの数少ない例だといいます。かなり最初期の摺りらしく、後摺りとの違いなども説明されていて、たとえば一番目の「日本橋・朝之景」は空の左右に雲が摺られているのですが、後の摺りでは省略されているとか。

「東海道五拾三次」を制作するにあたり、広重は実際に旅したわけではないのですが、その風景の参考にしたという「東海道名所図絵」もパネルで展示されています。比較して見ると、広重は視点を低くとり、俯瞰的な「東海道名所図絵」の説明臭さを失くしていることが分かります。

ほかにも広重では、「近江八景」や「名所江戸百景」、「木曽街道六拾九次」などの作品も展示されています。

歌川広重 「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」
安政4年(1857)頃 山種美術館蔵

奥の第2室には小林古径や東山魁夷、加山又造といった近代日本画の名品を展示。伊藤園の“お~いお茶”の秋ボトルのパッケージに採用されたという酒井鶯蒲の「夕もみぢ図」も出品されています。


【開館50周年記念特別展 山種コレクション名品選Ⅱ
  浮世絵 六大絵師の競演 -春信・清長・歌麿・写楽・北斎・広重-】

2016年9月29日(日)まで
山種美術館にて


歌川広重保永堂版 東海道五拾三次 (謎解き浮世絵叢書)歌川広重保永堂版 東海道五拾三次 (謎解き浮世絵叢書)