ブリューゲルというと、16世紀ネーデルランドを代表する画家で、「雪の中の狩人」や「バベルの塔」などが有名ですが、もともとは版画の下絵を描いていたそうで、今回の展覧会ではそのブリューゲルの版画と、同時代のネーデルランドの画家による版画が約150点展示されています。
第一章は「雄大なアルプス山脈の賛美と近郊の田園風景への親近感」というテーマで、イタリア旅行の際に目にしたアルプスの山並みにインスピレーションを受けたという自然を背景にした牧歌的な風景の版画が展示されています。この頃の作品は、頭の中にパッと浮かぶブリューゲルの作品群とは異なり、新鮮な印象を受けます。
ピーテル・ブリューゲル「悔悛のマグダラのマリア」
第二章以降になると、だんだんと寓意的な画題が現れ、ブリューゲルらしい作品が登場します。
ブリューゲルの版画は、「七つの罪源シリーズ」(傲慢、激怒、怠惰、貪欲、大食、嫉妬、邪淫)や「七つの徳目シリーズ」(信仰、希望、愛徳、正義、剛毅、賢明、節制)など宗教的な教訓譚や、諺や格言をもとにした寓話が多く、ユーモラスの絵の中には諷刺やエスプリを効かせた寓意が散りばめられています。日本の浮世絵がそうであったように、不特定多数の購買層のために制作されたのだそうで、こうした寓話の版画の多くは、恐らくは民衆向けの道徳教育という目的もあったのでしょう。登場人物たちはユニークで、そこに描かれるストーリーは視覚的で、とても惹きこまれやすいのですが、中には魑魅魍魎としたグロテスクなものもあり、こうしたものが受け入れられた時代背景を考えると、当時の民衆文化を垣間見るようで興味深いものがあります。
ピーテル・ブリューゲル 七つの罪源シリーズより「邪淫」
ピーテル・ブリューゲル 七つの罪源シリーズより「傲慢」
それにしても驚くのは、ブリューゲルの発想のユニークさで、奇想天外というか、洒落ているというか、その柔らかな頭の思考回路に驚嘆の連続です。もともと中世のヨーロッパでは、動物の寓意画というのがあったと思うのですが、恐らくそうした絵にも幼い頃から親しんでいたんでしょう。同じネーデルランドの先人ヒエロニムス・ボスからも多大な影響を受けているようで、そのことを考えるとブリューゲルの画風が新奇でとりわけ異色だったというわけではないようですが、本展覧会に展示されていたブリューゲル以外の画家の版画などを見ても、彼の描く奇々怪々な世界は当時の寓意画の中でも群を抜いていたのが分かります。だけど、こうした版画や絵を20代や30代で量産していたんですよね。ものすごく生き急いだ画家だったんだなと、そんなことも思いました。
ピーテル・ブリューゲル「学校でのロバ」
ブリューゲルの版画をこうして見ていると、彼の油彩画にも共通していることだ思うのですが、人間観察の鋭さを感じずにはいられません。さまざまな寓意の裏側には、当時の民衆の気持ちが代弁されているのではないかと感じることもあります。それがどんなものなのか、勉強不足で自分には全てを感じ取ることはでき ませんでしたが、広く民衆(低層の人々も含めて)の眼差しは真摯なものだったのではないでしょうか。それが後に農民画家と呼ばれるような絵を描くに至ったのかなと感じました。
ピーテル・ブリューゲル 「大きな魚は小さな魚を食う」
よく考えてみると、今回の展覧会は版画なので、浮世絵と一緒で、掘り師がいたり、摺り師がいたりするのでしょうが、16世紀にこれだけ版画の技術が発達していたということにも正直驚きました。ブリューゲルの精緻で緻密な描写が素晴らしいのもさることながら、それを版画にしてしまう技術力は驚くべきものがあると思いました。ブリューゲルの代表作の一つである「バベルの塔」を版画化したものが展示されていましたが、その細かさは単眼鏡がなくては分からないレベルです。
最後に一言。とても目が疲れる展覧会でした(笑)
ピーテル・ブリューゲル「聖アントニウスの誘惑」
【ベルギー王立図書館所蔵 ブリューゲル 版画の世界】
Bunkamura ザ・ミュージアムにて
8/29(日)まで
ブリューゲル (ニューベーシック) (ニューベーシック・アート・シリーズ)
ブリューゲルへの旅 (文春文庫)