ピーテル・ブリューゲルは16世紀フランドルを代表する画家。ブリューゲルといっても、親子で同じ名前で、しかも2人とも画家なので、父はピーテル・ブリューゲル1世とかピーテル・ブリューゲル(父)、息子はピーテル・ブリューゲル2世とかピーテル・ブリューゲル(子)とか呼ばれます(まぁ普通にブリューゲルといえば父の方を指しますが)。それで、今回の「バベルの塔」は父・ブリューゲル1世の作品。現存するブリューゲル1世の油彩の真作は世界に40点ほどしかないといわれていて、その最高傑作が「バベルの塔」なのです。
父ブリューゲルの「バベルの塔」があまりに人気なので、息子のブリューゲル2世もいくつか「バベルの塔」を描いてるんですが、本家の「バベルの塔」は実際には2つあって、ロッテルダムのボイスマン美術館のものと、オーストリアのウィーン美術史美術館のものがあります。その絵のサイズからそれぞれ「小バベル」「大バベル」と呼ばれていて、今回展示されているのはボイスマン美術館の「小バベル」。オランダでは国宝クラスの作品です。
そんな人気作なので、ほんとは混雑を避けて観に行きたかったのですが、なかなか行けず、やっと時間ができたのがゴールデンウィーク。とりあえず混雑は避けようと金曜日の夜間開館を狙ったところ、GWとはいえ夜間は思ったほど混んでなく行って正解でした。連休中の夜間開館は穴場だったかも。
枝葉の刺繍の画家 「聖カタリナ」「聖バルバラ」
1500年頃 オランダ文化遺産庁より、
ボイスマンス・ファン・ベーニンゲン美術館に寄託
1500年頃 オランダ文化遺産庁より、
ボイスマンス・ファン・ベーニンゲン美術館に寄託
最初のフロアーはネーデルラントの絵画や彫刻を紹介。ネーデルラントやフランドルの有名画家や有名作品がウリの展覧会というと、だいたい同時代の風俗画が一緒に展示されるというのが常ですが、本展は古くは15世紀後半からのネーデルラントの宗教画が多く展示されていたのが珍しいし、またこの時代の彫刻を観る機会というのも滅多にないので興味深かったです。会場入口近くにあったアルント・ファン・ズヴォレの「四大ラテン教父」の写実的な木彫彫刻はとても素晴らしかった。
ただ、やはりイタリアの宗教画とは違い、名の知れた画家がいるわけでなく、優れた作品だろうとは思うのですが、ルネサンスの作品のように面白みがあるわけでもなく、マイナー過ぎてちょっと退屈。その中で印象に残ったのが“枝葉の刺繍の画家”の対幅の「聖カタリナ」と「聖バルバラ」。画家の名前が不明のため、枝葉を刺繍のような筆致で描くことからそう呼ばれているだけなのですが、その名の通り草木や衣服の模様の精緻な描写、美しい色彩には目を見張ります。
ヒエロニムス・ボス 「放浪者(行商人)」
1500年頃 ボイスマンス・ファン・ベーニンゲン美術館蔵
1500年頃 ボイスマンス・ファン・ベーニンゲン美術館蔵
ヒエロニムス・ボス 「聖クリストフォロス」
1500年頃 ボイスマンス・ファン・ベーニンゲン美術館蔵
1500年頃 ボイスマンス・ファン・ベーニンゲン美術館蔵
一つ上の階は、ブリューゲルに大きな影響を与えたヒエロニムス・ボスとその模倣者の作品。こちらは殊のほか充実していて面白かったです。ボスあってのブリューゲルということがよく分かります。
ボスも現存する作品がとても少ない画家で、以前はボスの絵とされた作品も近年の科学的調査の結果、実は模倣者の作品だったということも分かってきたとか。ボスの真作と断定されているものは油彩で25点、素描で10点ほどに過ぎないといい、その内の真作2点が本展に出品されています。
「放浪者(行商人)」は背中の籠に猫の皮と柄杓が結びつけられてたり、樹の上から梟が男を見ていたり、後ろの小屋には白鳥の看板が掛けられ、屋根には水差しが付いていたり、あちこちに不思議なものが描かれています。水差しや白鳥の看板は娼館であることを示唆しているとありました。男は後ろから声をかけられ、驚いてるのか、去ろうとしてるのか、表情も面白い。
「聖クリストフォロス」もこれまた可笑しな絵で、杖から生えた新芽は子どもがキリストであることを、枝に吊るされた魚はキリストの磔刑を意味しているといいます。樹の上に変な家があったり、奥の方には熊が吊るされていたり、火事が見えたり、見るもの全てが不思議。ボスの絵は描かれているもの一つ一つが何か暗示や寓話に思えてきますし、あそこにも変なのある、ここにも変なのあると観ていて飽きません。
ピーテル・ブリューゲル1世 「大きな魚は小さな魚を食う」
ボイスマンス・ファン・ベーニンゲン美術館蔵
ボイスマンス・ファン・ベーニンゲン美術館蔵
ピーテル・ブリューゲル1世 「アントウェルペンのシント・ヨーリス門前のスケート滑り」
ボイスマンス・ファン・ベーニンゲン美術館蔵
ボイスマンス・ファン・ベーニンゲン美術館蔵
ボス風の油彩画や版画に続いて、ブリューゲルの版画作品が並びます。ブリューゲルの版画というと、2010年の『ブリューゲル 版画の世界』が思い出されますが、本展では22点。作品は多くありませんが、「大きな魚は小さな魚を食う」や「聖アントニウスの誘惑」、『七つの大罪(原罪)シリーズ』や『七つの徳目シリーズ』など割と有名な作品もチョイスされていました。ボスやその摸倣者の作品と続けて観ると、ブリューゲルの版画作品が16世紀半ばに起きた“ボス・リバイバル”の流れの中で生まれたものであること、そしてその中でも傑出していることが分かります。
ピーテル・ブリューゲル1世 「バベルの塔」
1568年頃 ボイスマンス・ファン・ベーニンゲン美術館蔵
1568年頃 ボイスマンス・ファン・ベーニンゲン美術館蔵
そして最後のフロアーは『バベルの塔』。“小バベル”というのでもっと小さな絵かと思いましたが、横75cm×縦60cmとそこそこの大きさはあります。ただ想像以上に絵が細かくて、単眼鏡で見ても何だかよく分からないのと、展示がフェルメールの『真珠の耳飾りの少女』みたいに1列目は立ち止まらず、じっと観たい人は仕切りの後ろというパンダ状態なので、肉眼で細かなところを観るのは不可能。それでも単眼鏡で覗くと覗かないとでは大違いで、単眼鏡で覗くとまるで3Dのように『バベルの塔』の世界が浮かび上がるから不思議です。同じフロアーでは映像やパネルでも観ることができるので、細かなところはそちらで観るしかないですね。
近くの東京藝術大学では期間中、バベルの塔を最先端技術で立体化した『Study of BABEL』も開催されています。1/150の立体模型というバベルの塔は圧巻です。こちらも忘れずに。
【ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展】
2017年7月2日(日)まで
東京都美術館にて
【Study of BABEL】
2017年7月2日(日)まで
東京藝術大学にて(入場無料)
ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展公式ガイドブック (AERAムック)
謎解き ヒエロニムス・ボス (とんぼの本)