岡本神草というと、妖艶で奇妙で美人画、いわゆるデロリの画家として有名。デロリの作品は近代日本画の展覧会でもときどき見かけますが、どちらかというと、異端というか、色眼鏡的というか、そういう変な絵を描く人たちがいたね、という感じで正当な評価は得られていなかったように思います。
本展は、岡本神草を中心に同時代のデロリ系の画家の作品を集めた待望の展覧会。デロリとは何だったのか、 あの異様な盛り上がりは何だったのかを探ります。
まだ10代の頃の作品がいくつかあって、ちゃんとしたというか、確かなデッサン力と精緻な表現が見て取れます。変わってくるのは大正3年あたりの作品から。竹久夢二やゴーギャンの模写があったり、それに影響されたような作品がいくつか並びます。
実際の作品が残ってないのか、作品が完成しなかったのか、草稿や未完の作品が多かったのがちょっと残念なのですが、草稿や習作を見ていると神草が構図に苦心していたことがよく分かります。いくつも線を引き、別の紙を重ね、いろいろに試行錯誤している跡が見えます。
元禄あたりの風俗画のような「盆踊(草稿)」 も構図や動きに神草らしさが現れていて、実際にどんな作品に仕上がったのだろう、と興味を引くものがありました。未完に終わった「花見小路の春宵」も舞妓たちが楽しそうで良いのにどうして途中でやめちゃったんだろう、と思うものがあります。
岡本神草 「口紅」
大正7年(1918) 京都市立芸術大学芸術史料館蔵
大正7年(1918) 京都市立芸術大学芸術史料館蔵
数少ない完成形の一つで、神草が注目されるきっかけになったのが「口紅」。独特の妖しげな顔に目が行きがちですが、絵具で凹凸を付けた着物の絞りの文様の精緻な描写といい、金銀を配した華麗な色合いといい、とても素晴らしい。写真では分かりませんが、蝋燭の焔も金粉で表現しています。
岡本神草 「拳を打てる三人の舞妓(未成)」
大正8年(1919) 京都国立近代美術館蔵
大正8年(1919) 京都国立近代美術館蔵
岡本神草 「拳を打てる三人の舞妓の習作」
大正9年(1920) 京都国立近代美術館蔵
大正9年(1920) 京都国立近代美術館蔵
会場の一角に、神草の代表作「拳を打てる三人の舞妓」の断片を含む草稿6点、未完の作品1点、そして一部切り取られた跡のある習作1点が並びます。「拳を打てる三人の舞妓の習作」は展覧会に出品するために制作していたものの間に合わず、舞妓の顔の部分だけを切り取って出品したという作品。分断されていた作品が数年前に接合され、現在は本来の姿を取り戻しています。
「拳を打てる三人の舞妓」は構図的にもまとまっているし、表現性も優れているし、完成しなかったのは惜しいものがあります。仏像の三尊形式をイメージしているのではという指摘があったり、舞妓の顔が仏像の眼差しを想起させたり、これがちゃんと完成されていればと思うばかり。「拳を打てる三人の舞妓(未成)」もこれはこれでいいんじゃないのと思うのですが、本人は納得しなかったのでしょう。一方、「拳を打てる三人の舞妓の習作」は構図は同じですが、色味や着物の表現に違いがあり、確かにより練られている感じがします。ただ、結局煮詰まって一部を切り抜いてしまうとか、神草の性格的なところもあるんでしょうね。
甲斐庄楠音 「横櫛」
大正5年(1916)頃 京都国立近代美術館蔵
大正5年(1916)頃 京都国立近代美術館蔵
会場の要所々々に同時代の画家の作品があって、甲斐庄楠音や稲垣仲静、福田平八郎といった大正時代の名の知れた画家もいれば、木村斯光とか板倉星光とか梶原緋佐子とか初めて聞くような画家もいます。岡本神草と他の画家の作品が2対1ぐらいの割合でしょうか。こうして観て行くと、大正浪漫や大正デカダンスの盛り上がりの中で、京都画壇の一部で流行していたことも伝わってきます。
稲垣仲静 「太夫」
大正8年(1919)頃 京都国立近代美術館蔵
大正8年(1919)頃 京都国立近代美術館蔵
神草はそれほど酷くは感じないのですが、甲斐庄楠音や稲垣仲静になってくると、ちょっとデフォルメしすぎというか、変に強調しすぎという作品もあったりします。高橋由一の「花魁」でモデルになった花魁が完成した絵を見て機嫌を悪くしたなんて話がありますが、デロリのモデルになった舞妓や花魁はどんな風に思ったのでしょうか。とにかく美醜のきわどさの面白さ、官能と不気味のビミョーなバランスが魅力的ではありますが。
菊池契月 「少女」
大正9年(1920) 京都国立近代美術館蔵
大正9年(1920) 京都国立近代美術館蔵
デロリとか妖しいといった言葉で簡単に括られがちですが、神草の初期の作品から観ていくと、デロリが写実の追求の中で発展したものであることも分かります。後年、神草は菊池契月に師事し、真っ当な?美人画を描いていて、このまま展開すれば、美人画の名手として名を馳せただろうなと思わせるのですが、38歳という若さで急逝してしまいます。
甲斐庄楠音 「春宵(花びら)」
大正10年(1921)頃 京都国立近代美術館蔵
大正10年(1921)頃 京都国立近代美術館蔵
ちなみに京近美の常設展にも関連コーナーがあって、甲斐庄楠音や菊池契月、梶原緋佐子などの作品が展示されています。こちらは一部作品を除き写真撮影可。
【岡本神草の時代】
2017年12月10日(日)まで
京都国立近代美術館にて
あやしい美人画 (Ayasii)