古美術品の多くは、長い年月のなかで持ち主が変わったり、その間に経年劣化して傷んだり、時代の好みに合わなくなったりして、中には絵巻や古筆なら分断して軸物にしたり、茶道具なら補修したり敢えて破損させたりして、今に至るものも多くあります。
本展は、そうしたオリジナルの形とは違う形に切断されたり、改装されたりして作り変えられた書画、茶道具が集められ、改変された経緯やまた所有者たちの古美術品への愛情と美意識を探るというもの。
根津美術館の新創開館5周年を記念した特別展ということで、根津美術館の所蔵品だけでなく、全国の美術館や個人から国宝4件、重要文化財35件を含む、約100点(全期間計)の名品の数々が集められています。
牧谿 「瀟湘八景図 漁村夕照」(国宝)
南宋時代・13世紀 根津美術館蔵 (展示は10/19まで)
南宋時代・13世紀 根津美術館蔵 (展示は10/19まで)
まずは≪唐絵の切断から≫。牧谿の「瀟湘八景図」は足利将軍家に伝来したもので、義満により巻物から掛物に改装されたそうです。大河で漁をする小舟や村の風景、湿潤な空気、風(霧)の流れ、夕暮れの柔らかな光線が非常に巧みな筆遣いで表現されています。元は八景あったと考えられてますが、真筆とされ現存しているのは4幅のみとか。左下に義満の鑑蔵印が捺されています。
玉澗の「廬山図」は17世紀の茶人・佐久間将監実勝が茶席の掛物にするために3つに切断してしまったもののひとつ。切り方が少々ぞんざいな気もしましたが、当時の文化人はこれを美的だと思ったのでしょうね。雪舟の「倣高克恭山水図巻」も二分され、雪舟の自跋の模写が加えられていたりとオリジナルの姿ではありませんが、雪舟が弟子の雲峰等悦にお手本として与えた絵とされるだけあり、一見の価値あり。
伝・藤原公任筆 「石山切 伊勢集」(重要文化財)
平安時代・12世紀 梅澤記念館蔵
平安時代・12世紀 梅澤記念館蔵
つづいて≪古筆切と手鑑≫。経巻や歌集を掛物にして鑑賞する古筆切は室町時代後半から流行し、古筆のいわば作品集のような手鑑は桃山時代にはじまったのだそうです。
藤原道風の楷書の姿をとどめる唯一の国宝の「三体白氏詩巻」や空海による草書の巻物、装飾古写経の手鑑の傑作として名高い「染紙帖」など見ものが多いのですが、藤原公任の書を収めた「石山切 伊勢集」は絶品。“切り継ぎ”や“破り継ぎ”、“重ね継ぎ”といった技法を駆使した華麗な料紙と流れるような文字が美しい。「石山切」の分割の“すご技”は本展のチラシに詳しく載ってます。
「鳥獣戯画断簡」
平安時代・12世紀 MIHO MUSEUM (展示は10/19まで)
平安時代・12世紀 MIHO MUSEUM (展示は10/19まで)
≪絵巻・歌仙絵の分割≫では、「鳥獣人物戯画」の逸失断簡のほか、伊勢物語を題材にした着色絵巻の現存最古の遺品という「伊勢物語絵巻」、さらには東京国立博物館やボストン美術館と同じ「平治物語絵巻」の「六波羅合戦巻」の断簡といった伝説的な断簡が出品されています。いずれもさまざまな経緯があって、分割され断簡として今に至っているわけですが、「六波羅合戦巻」なんて分割というよりシーンごとにトリミングしたようで何とも無残というか…。完品として残っていればと思わずにはいられません。
ここでは「佐竹本三十六歌仙絵」の俗にいう三美人(斎宮女御、小大君、小野小町)が登場(展示は10/13まで)。「佐竹本」は現存最古の三十六歌仙絵とされ、もとは2巻の巻物だったのですが、高額すぎて買える人がなく、大正時代に各歌仙ごとに分断されて売却されたのだそうです。購入者は思い思いに表装し、披露目の茶会を開いたというから趣味人のすることは風流というか贅沢というか。
岩佐又兵衛 「弄玉仙図(旧金谷屏風)」(重要文化財)
江戸時代・17世紀 摘水軒記念文化振興財団蔵
江戸時代・17世紀 摘水軒記念文化振興財団蔵
岩佐又兵衛 「伊勢物語 梓弓図(旧金谷屏風)」(重要文化財)
江戸時代・17世紀 文化庁蔵
江戸時代・17世紀 文化庁蔵
≪さまざまな改装≫には又兵衛の「旧金谷屏風」の「梓弓図」と「弄玉仙図」の2幅が観られたのがうれしいところ。山種美術館や出光美術館、東博所蔵の旧金谷屏風と同様に細く強く弧を描くように美しい繊細な線描が実に素晴らしい。一度でいいから旧金谷屏風を全て並べて観てみたいと思うのですが、所在不明のものもあるといわれますし、全幅観られる日は来るのでしょうか…。
「大井戸茶碗 銘 須弥(別銘 十文字)」
朝鮮時代・16世紀 三井記念美術館蔵
朝鮮時代・16世紀 三井記念美術館蔵
最後は茶道具から。まあ、茶道具の場合、欠損や傷、窯割れも味わいとしてその景色を愛でる習慣がありますから、傷んだり破れたりすることが命取りになる絵画とは少し違うところがありますが、十文字に切って寸法を縮めたという「十文字」や瀬戸の狛犬の口を千利休が打ち割って香炉に仕立てた「瀬戸獅子香炉」など、美の追求の高さたるや。
極めつけは面白味がないから少し打ち欠こうとしたら、思わず粉砕してしまったという信楽壷、その名も「破全」。そこまでやりますか感満載です。ひび割れたので中国に代わる品を依頼したところ鎹をつけて送り返されたという青磁の「馬蝗絆」も出品されています(展示は10/1まで)。
作品を切ったり継いだりという行為は、年と共に劣化し破損し色褪せていく美術品を保存し、愛蔵するための選択でもあったのでしょう。断簡にしたり古筆切にすることで美しさが際立つものもあって、いにしえの人たちの美意識の高さも感じたりします。伝説の逸品の連続に、ただただ作品の素晴らしさに唸ると同時に 「切らなきゃ国宝だったのに…」と思うものも少なからずあったりした展覧会でした。
【名画を切り、名器を継ぐ 美術にみる愛蔵のかたち】
2014年11月3日(月・祝)まで
根津美術館にて
石山切伊勢集[伝藤原公任] (日本名筆選 21)
本阿弥光悦―人と芸術