琳派誕生から400年。まあ何をして琳派のはじまりとするかは意見もあるでしょうが、本阿弥光悦が徳川家康から京都洛北・鷹峯の地を与えられ、工芸の職人などを集めて「光悦村」を作ってから400年になるといいます。
今年はとにかく記念の展覧会やイベントが多くありましたが、そのトリを飾るのが本展。琳派誕生の地・京都で初めての本格的な琳派展なのだそうです。
会場はいつもの旧本館(明治古都館)ではなく、昨年オープンした平和知新館。館内は広々とし、各部屋が細かく分かれているので、混んでる割にはあまり窮屈な感じはしませんでした。
全期間の出品数は175点。8年前の東博の『大琳派展』が約240点だったので、規模としては『大琳派展』におよびませんが、カブる作品は1/3ぐらいで、琳派ファンには見慣れた作品もあるものの、初めて観る作品も多く、地元寺院や関西圏の美術館の所蔵作品が多く展示されているのも京都らしいところです。
第1章 光悦 琳派の誕生
本展は、本阿弥光悦、俵屋宗達、尾形光琳を中心に据えてるところがさすが京都。あくまでも京都の琳派。全体の8割がこの3人(およびその周辺)の作品で、とりわけ光悦、宗達の充実ぶりはハンパありません。『大琳派展』では大きく取り上げられていた酒井抱一と鈴木其一は琳派の後継者扱い。抱一はん?あ~江戸ん人ですやろ。其一ってどなたはんどすか?状態。
本阿弥光悦 「舟橋蒔絵硯箱」(国宝)
江戸時代・17世紀 東京国立博物館蔵 (展示は11/1まで)
江戸時代・17世紀 東京国立博物館蔵 (展示は11/1まで)
光悦は書状などの史料も多いのですが、琳派の成り立ちを考えると貴重です。本阿弥家はもともと刀剣の研磨、鑑定を家業としていたということで、斬る真似をするだけで骨まで砕けるという名刀「骨喰藤四郎」と、光悦の従兄弟・光徳によるその押型の刀絵図(明暦の大火で焼身となる前の刀文が分かる)も展示されています。陶芸では楽焼の茶碗、蒔絵工芸ではおなじみの「舟橋蒔絵硯箱」、ほかにも螺鈿の経箱や笛筒などが並びます。
第2章 光悦と宗達 書と料紙の交響
つづいて光悦と宗達のコラボ作品。やはり圧巻は「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」の全巻まるまる展示で、宗達の美しい絵と光悦の流麗な書を最初から最後まで通して観られるというのは感動ものです。観終わってもまた最初から観たくなるぐらい惹かれるものがあります。13.5mもの長い絵巻がちょうどケースにうまいこと収まっていて、これはこの絵巻を展示するために合わせた大きさなのかとも思いました。
筆・本阿弥光悦、画・俵屋宗達 「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」(重要文化財)
桃山時代・17世紀 京都国立博物館蔵
桃山時代・17世紀 京都国立博物館蔵
ほかにも繊細優美な下絵に同化する光悦の字が美しい「四季草花下絵千載集和歌巻」や、雲母刷の色とりどりの料紙が贅沢な謡本の数々など、ため息の出るものばかり。
第3章 宗達と俵屋工房
宗達といわれる作品って、宗達筆と「伝わる」ものも多く、いわゆる工房作も含めると数は結構あるので、宗達といわれている作品があっても、これ本当に宗達?みたいな、ちょっと疑問符が付くものがあるのも事実。しかしここは京博。満を持して開催した琳派展だけあり、第一級の宗達作品、あるいは宗達およびその周辺とされる納得のいくクオリティの作品が並びます。
俵屋宗達 「蓮池水禽図」
江戸時代・17世紀 京都国立博物館蔵
江戸時代・17世紀 京都国立博物館蔵
やはりホンモノの宗達を観ると、たとえば先日某美術館で観た同題の伝・宗達の「蓮池水禽図」はなんか違うなと思ってしまいます(たとえ真筆だとしても明らかに水準が違うなと)。水墨なのに色彩を感じるというか、池辺の空気や湿気を感じるというか。すいすい泳ぐカイツブリの静かな水の動きまで見えるようです。
「蓮池水禽図」は蓮の葉のたらし込みも印象的ですが、「牛図」のたらし込みはこれぞ“たらし込み”という感じ。ここまで牛の肉体を表現できるのかと感動します。
俵屋宗達 「舞楽図屏風」(重要文化財)
江戸時代・17世紀 醍醐寺蔵 (展示は10/25まで)
江戸時代・17世紀 醍醐寺蔵 (展示は10/25まで)
醍醐寺の「舞楽図屏風」は『大琳派展』にも出品されなかった宗達の代表作。三島由紀夫はその表現を音楽的と評したといいます。ちょっと俯瞰的な構図が面白いですね。京博のすぐ目と鼻の先の養源院からは「唐獅子図杉戸絵」が出品。養源院といえば宗達の白象の杉戸絵も有名ですが、そちらは貸し出されていませんでした。
俵屋宗達 「唐獅子図杉戸絵」(重要文化財)
江戸時代・17世紀 養源院蔵
江戸時代・17世紀 養源院蔵
数年前に東博の平常展で展示されていて印象深かった「扇面散屏風」や、やまと絵風の「西行物語絵巻」、琳派作品のその図様が多く見られる「伊勢物語図色紙」など興味深い作品があります。「伊年」印の「芥子図屏風」はケシのリズミカルな配置とパターン化された花や葉の組み合わせが光琳の「燕子花図屏風」を思わせます。宗達の後継者では金地草花図を展開させた宗雪の「秋草図屏風」が素晴らしい。
第4章 かたちを受け継ぐ
琳派は家系や師弟関係ではなく私淑により受け継がれ、また先達の作品を模写・模作することで次世代に伝わっていったわけですが、ここではその例を挙げて世代を超えた琳派の継承を紹介しています。
俵屋宗達 「風神雷神図屏風」(国宝)
江戸時代・17世紀 建仁寺蔵
江戸時代・17世紀 建仁寺蔵
まずは琳派の代名詞「風神雷神図屏風」。宗達、光琳、抱一の「風神雷神図屏風」の揃い踏みはここ約10年で3度目だと思いますが、京都では実に75年ぶりとのこと。これが目的で観に行く人も多いのではないでしょうか。宗達の元祖「風神雷神図屏風」は全期間展示ですが、光琳の「風神雷神図屏風」は11/8まで、抱一の「風神雷神図屏風」は10/27からで、3点の揃い踏みは10/27から11/8までになります。
尾形光琳 「三十六歌仙図屏風」
江戸時代・18世紀 メナード美術館蔵
江戸時代・18世紀 メナード美術館蔵
もうひとつは「三十六歌仙図屏風」。こちらは光琳、抱一、其一。絵巻や画帖でよく見る歌仙絵を詠歌を伴わない群像表現に翻案した光琳。それをほぼ正確に模写した抱一。其一は掛軸の「三十六歌仙図」が有名ですが、今回出品されているのは屏風仕立てのもので、光琳と抱一の歌仙図をアレンジしつつ、琳派で同じく継承されている檜図と組にしているのが面白い。其一は「風神雷神図」もそのまま模写するのでなくアレンジを加えていますが、自分なりに創作してしまうのがユニークですね。
第5章 光琳 琳派爛漫
今年は光琳の300回忌でもあるのだそうで、光悦、宗達に劣らず光琳も充実。願わくば「燕子花図屏風」か「紅白梅図屏風」のどちらかでもあればと思いますが、こちらの2作品とも春にMOA美術館と根津美術館で出てしまってますからね、残念です。(国宝・重要文化財の公開は原則年間2回以内とし、公開日数は60日以内とするというルールがあります)
尾形光琳 「孔雀立葵図屏風」(重要文化財)
江戸時代・18世紀 個人蔵 (展示は10/25まで)
江戸時代・18世紀 個人蔵 (展示は10/25まで)
尾形光琳 「白楽天図屛風」
江戸時代・18世紀 個人蔵
江戸時代・18世紀 個人蔵
興味深いのが「孔雀立葵図屏風」。立葵は「伊年」印の草花図の流れを汲んでると思うのですが、右隻の崖は「太公望図屏風」の崖の表現を、梅のジグザグの枝は「紅白梅図屏風」を思い起こさせます。立葵と孔雀という組み合わせも不思議ですし、あまり意匠化されてない左隻に比べ右隻はかなり誇張化されているのも不思議。
京博の公式マスコットにもなった光琳の「竹虎図」もあります。虎というより大きな猫といった憎めなさと軽妙洒脱な水墨の味わいが秀逸です。
尾形光琳 「竹虎図」
江戸時代・18世紀 京都国立博物館蔵
江戸時代・18世紀 京都国立博物館蔵
第6章 くらしを彩る
光琳の編み出した意匠は絵画の世界にとどまらず、たとえば光琳模様として着物や工芸品など江戸時代にブランド化していたのは有名なところ。ここでは生活に密着した香包や団扇、着物、蒔絵など工芸品に加え、弟で陶芸家の乾山の陶器などを紹介しています。
尾形光琳 「扇面貼交手筥」(重要文化財)
江戸時代・18世紀 大和文華館蔵
江戸時代・18世紀 大和文華館蔵
高級呉服商のボンボンとはいえ、やはり優秀な職人たちの仕事ぶりを間近で見て育ったというのは何物にも代え難く、絵師としての能力はあとあと磨かれるとしても、デザイナー的なセンスやディレクター的なカンはやはり育った環境に大きく左右されるのでしょう。そうした光琳のマルチクリエイターぶりがよく分かるコーナーでした。
尾形乾山 「立葵図屏風」
元文5年(1740) 個人蔵 (展示は11/1まで)
元文5年(1740) 個人蔵 (展示は11/1まで)
乾山はサントリー美術館の『着想のマエストロ 乾山見参!』と重なる作品も多いのですが、琳派、特に光琳の工芸意匠の流れの中で見ることで、光琳・乾山のブランド戦略が浮き彫りになってくる気がします。乾山の絵画も出品されていて、「立葵図屏風」は光琳の「孔雀立葵図屏風」を彷彿とさせますが、構図が工夫され、デザイン化されてるのがさすがです。展示の解説に「形式的なたらし込み」と書かれていたのが笑えますが。
第7章 光琳の後継者たち 琳派転生
抱一は光琳の後継者として他の絵師たちと一括りにされています。『大琳派展』では抱一と其一にもスポットが当てられていましたので、そこはやはりポイントが京都に置かれていると感じるところです。それでも展示の多くは抱一の作品で、絵画にとどまらず、光琳の意匠を引き継いだかたちの抱一デザインの団扇や着物などもあり、見応えがあります。
抱一の「青楓朱楓図屏風」は多くの部分を其一が手がけたのではないかとされる作品。確かに、濃厚な色彩感や大胆な構図は其一的で、其一の代表作「夏秋渓流図屏風」を思い起こさせます。
酒井抱一 「青楓朱楓図屏風」
文政元年(1818) 個人蔵 (展示は11/1まで)
文政元年(1818) 個人蔵 (展示は11/1まで)
1階の仏像コーナーは琳派に関係なく仏像なんですが、その一角に≪光琳と同時代の彫刻≫として清水隆慶という仏師の作品が展示されていて、これが面白い。どれも小ぶりで、まるで人形のよう。「風俗百人一衆」なんてその人その人の生活が滲み出てくるようで見事でした。
今年は多くの琳派の展覧会がありましたが、これを観ずして琳派イヤーは語れないという本命の展覧会だと思います。しばらく琳派の展覧会は落ち着くでしょうし、恐らくこの先数年は質・量ともにこの規模を超える琳派展はないでしょうから、琳派好きは観ておいて損はないと思います。
【琳派誕生400年記念 琳派 京(みやこ)を彩る】
2015年11月23日(月・祝)まで
京都国立博物館 平成知新館にて
尾形光琳: 「琳派」の立役者 (別冊太陽 日本のこころ 232)
光悦── 琳派の創始者
俵屋宗達 琳派の祖の真実 (平凡社新書)