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2019/11/24

佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美

京都国立博物館で開催中の『流転100年 佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美』に行ってきました。

ほんとはもっと早くに観に行くつもりで、10月に新幹線もホテルも予約していたのですが、台風19号と重なり残念ながらキャンセル。11月の連休は仕事があり、今回は無理かなと思ってたのですが、幸いなことに仕事の調整がつき、なんとか観に来ることができました。

「佐竹本三十六歌仙絵」は鎌倉時代に制作された歌仙絵を代表する名品。もとは下鴨神社に所蔵されていたとされ、江戸時代末期に秋田藩主佐竹家に伝わったことから佐竹本と呼ばれています。

しかし、ちょうど100年前の大正8年(1919)、佐竹家から売りに出されますが、その高価さから買い手がつかず、各歌人ごとに分割され、それぞれ異なる買主の手に渡ることに・・・。今回タイトルにある『流転100年』はそこに由来します。

1986年に「佐竹本三十六歌仙絵」が20点集まる展覧会があったそうですが、今回はそれを遥かに超える30歌人(下巻巻頭の「住吉明神」を入れると31点)が分割されて以来100年ぶりに集結します。近年だと、2016年に東京国立博物館で6点が集まる歌仙絵の特集展示があったり、2018年に出光美術館の『歌仙と古筆』で4点が集まるなど、数点を観る機会はありましたが、ここまでまとめて観る機会というのは恐らくそうはないと思います。今度集まるのはいつになることやら。


会場の構成は以下の通りです:
第1章 国宝《三十六人家集》と平安の名筆
第2章 ‟歌聖”柿本人麻呂
第3章 ‟大歌仙”佐竹本三十六歌仙絵
第4章 さまざまな歌仙絵
第5章 鎌倉時代の和歌と美術
第6章 江戸時代の歌仙絵

詫磨栄賀 「柿本人麻呂像」(重要文化財)
応永2年(1395)・室町時代 常盤山文庫蔵

まずは古筆の名品から。平安の三色紙(継色紙「いそのかみ」、升色紙「かみなゐの」、寸松庵色紙「ちはやふる」)や、古今和歌集最古の写本である「高野切」と本阿弥光悦旧蔵の「本阿弥切」、三大手鑑のひとつ「藻塩草」や豪華な「西本願寺本三十六人歌集」など、流麗な仮名文字や美しい料紙装飾にうっとり。すでに気分は雅やか。

つづいて、歌聖・柿本人麻呂像がずらり。人麻呂の図像には筆や紙も持たず脇息にもたれ虚空を見つめる姿と、右手に筆、左手に紙を持ち、同じく左上を見やる姿の2系統が主なパターンだといいます。前者の系統の最古例として京博本と、同系統の常盤山文庫本が展示されていて、藤原信実の筆と伝わる京博本はどこか悲しげな精緻な願望表現が印象的。でも重文指定は常盤山文庫本だけなんですね。中国の維摩居士図のポーズとの類似が指摘されていたのも興味深い。東博所蔵の伝・信実筆の人麻呂像は珍しく右向き。顔の表情もかなり違うのが面白い。

先の出光美術館の『歌仙と古筆』展でも同様の章がありましたが、人麻呂がなぜ歌聖として崇められたのかについては出光美の方が、人麻呂の図像については今回の京博の方が解説も詳しく、また分かりやすかったかなと思います。ちなみに、出光美術館の『歌仙と古筆』展では特に人麿影供について詳しく触れていて、また柿本人麻呂と山部赤人の同一人物説を取り上げ、図像の近似性を分析していたのも興味深かったです。

詞・伝後京極良経、絵・伝藤原信実 「佐竹本三十六歌仙絵 柿本人麻呂」(重要文化財)
鎌倉時代・13世紀 出光美術館蔵 (展示は11/10まで)

2階に下りると、そこは「佐竹本三十六歌仙絵」一色。まずは「佐竹本三十六歌仙絵」がどのような経緯で誰が決断し分断されたのか、抽選はどこでどのように行われたのか、などが少しドキュメンタリー仕立てに構成され、関連展示とともに解説されていました。

くじで使われ今は花入れに仕立てられた竹筒や実際のくじなんかもあったり、いろいろ興味を引きます。東京国立博物館の庭園に「応挙館」がありますが、なんとあそこが抽選会場だったんですね(もとは名古屋市郊外の明眼院の書院として建てられものを、益田孝(鈍翁)が品川の邸内に移築。その後東博に移築)。

詞・伝後京極良経、絵・伝藤原信実 「佐竹本三十六歌仙絵 平兼盛」(重要文化財)
鎌倉時代・13世紀 MOA美術館蔵 (展示は11/10まで)

本展では、凡河内躬恒、猿丸大夫、斎宮女御、藤原清正、伊勢、中務の6点が未出品。中務以外は全て個人所蔵なので、なかなか理解が得られなかったのかもしれません。残念。わたしが観に行った日(11/3)は27点が展示されていたのですが、展示替えで観られなかった作品の内、山部赤人と藤原敦忠と源順は過去に観ているので、これで「佐竹本三十六歌仙絵」の内、30点を観たことになります。

詞・伝後京極良経、絵・伝藤原信実 「佐竹本三十六歌仙絵 素性法師」(重要文化財)
鎌倉時代・13世紀 個人蔵

「佐竹本三十六歌仙絵」は絵を藤原信実、詞書を後京極良経とされていますが、あくまでも伝承で、特に絵は複数の絵師が関わっているといわれています。佐竹本以外にも本展では歌仙絵がいくつか展示されていて、結構な割合で藤原信実筆というのを目にするのですが、筆致に共通性はあまり見られなかったりします。それだけ信実が当時評価されていたということなんでしょうね(信実は「北野天神縁起絵巻(承久本)」の筆者ともされている絵師)。書のことはよく分かりませんが、後京極良経の書はお世辞にも流麗とは言えないと思ったのは内緒(笑)。

絵はそれぞれ詠歌に込められた作者の心情などが反映されているというようなことが解説にあったのですが、そこまでの深読みは素人にはなかなか難しいのが正直なところ。鎌倉時代の絵画によく見る似絵ですが、顔の表情というより、平安貴族の装束やその文様、下を向いていたり後ろ姿だったりという、全体のムードやちょっとした仕草が繊細に描かれていて、その点ではいろいろ比較しては楽しんでいました。

詞・伝後京極良経、絵・伝藤原信実 「佐竹本三十六歌仙絵 藤原高光」(重要文化財)
鎌倉時代・13世紀 逸翁美術館蔵

佐竹本の他にも「上畳本三十六歌仙絵」や「時代不同歌合絵」などさまざま歌仙絵が出ているのですが、佐竹本より同じ伝・信実筆の「上畳本三十六歌仙絵」の方が人物表現が細やかで、表情や仕草にも個性があって、どちらかというと個人的には好みでした。佐竹本では女性歌人は(わたしの行った日は)小野小町しか観られなかったのですが、「後鳥羽院本三十六歌仙絵」では小大君と伊勢と中務が出ていて、少し丸みを帯びた顔も可愛らしく、ちょっと素朴絵っぽい雰囲気もあって面白い。表具がまた華麗。

出光美の『歌仙と古筆』展では俵屋宗達の「西行物語絵巻」が出てましたが、こちらは鎌倉時代のオリジナルが、今は徳川美術館と文化庁に分蔵されている2巻とも出品されていて感動しました。人々の表情や屋敷内の様子も細かく丁寧に描かれてる一方、山や樹木の描写が当時のやまと絵に比べるとちょっと個性的なのが印象的でした。

詞・伝藤原為家、絵・伝藤原信実 「上畳本三十六歌仙絵 藤原仲文」
鎌倉時代・13世紀 個人蔵

江戸時代の歌仙絵は屏風が3点のみで、ちょっとあっけない。やまと絵の土佐光起と京狩野の狩野永岳は完全に装飾で、歌仙絵も様式化されていますが、その中で其一はユーモラスで楽しい。狩野探幽や岩佐又兵衛の歌仙絵も出てれば、より充実したものになったのにと思ったりもしました。

 鈴木其一 「三十六歌仙図屏風」
江戸時代・19世紀 個人蔵


【流転100年 佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美】
2019年11月24日まで
京都国立博物館にて



古今和歌集 (岩波文庫)

2019/11/16

福美コレクション展

京都・嵐山に先月新しくオープンした福田美術館に行ってきました。

嵐山は観光客で混んでるし行きたくないなと思ったのですが、コレクション展のラインナップを観たら、これは行かなくてはいけないだろうなと思い、十数年ぶりに嵐山へ。

嵐山のお土産屋さんが並ぶメインの通りは原宿の竹下通りか鎌倉の小町通りかというぐらい混んでるので、裏道を通っていくのをお薦めします。美術館は嵐山屈指の観光名所、渡月橋のすぐそば。人気のアラビカ京都嵐山に隣接した桂川沿いにあります。超絶いい場所。

これだけの土地、どれだけのお金があれば買えるんだろうとは野暮な話ですが、福田美術館のオーナーは消費者金融大手・アイフルの創業者の方。つまり私設美術館なんですね。「京都という土地に対して、恩返しがしたい」という思いから美術館を設立したといいます。

所蔵点数は約1500点。琳派から円山・四条派、京都画壇など京都に馴染みの深い近世・近代日本画の作品が多くあるようです。で、今回の『福美オールスターズ』と題したコレクション展は、その膨大なコレクションの中から選りすぐりの作品、日本画は75点(2期計)、洋画は7点(展示替えなし)が2期に分けて公開されるわけですが、噂には聞いてましたが、いやーこんなに優品揃いとは思いませんでした。

[写真右] 竹内栖鳳 「金獅図」 明治39年(1906)
[写真左] 竹内栖鳳 「猛虎」 昭和5年(1930)

まずは受付。事前にオンラインチケットの購入がオススメです。受付でチケットを購入するより割引になってます。音声ガイドはスマートフォンを持っていれば、無料。作品リストの裏面には音声ガイドに利用方法が書いてあります。イヤホンのレンタルは有料なので、イヤホンは忘れずに持って行きましょう。

2階は明治から昭和初期にかけての近代日本画。展示室内に入ってすぐ目に飛び込んでくるのが竹内栖鳳の獅子と虎。いきなりインパクトのある栖鳳の写実に目が釘付けです。獅子の迫力も凄いけど、正面から虎をリアルに描いた観察力に感服します。

横山大観 菱田春草 「竹林図・波濤図」 明治40年(1910)頃

[写真右] 菱田春草 「梅下白猫」 明治36年(1903)
[写真左] 菱田春草 「春庭」 明治30年代(1897-1906)

隣には竹林に淡い青を刷き、靄の中にも奥行きを感じさせる大観の「竹林図」と、波が打ちつける荒磯にこちらも青色を効果的に使った「波濤図」。大観らしい雲海に浮かぶ富士の屏風を挟んで、ここにも春草の掛軸が2点。水墨も良いですが、春草の彩色の清新な美しさはまた格別ですね。特に「春庭」の若草の緑から春の陽光へと変わるグラデーションの綺麗なこと。朦朧体に印象的な色彩を用いることにより独自のスタイルを築いた春草らしい逸品です。

木島櫻谷 「遅日」 大正15年(1926)

とても印象的だったのが木島櫻谷の対幅の「遅日(ちじつ)。比較的大きな掛軸で、墨一色なのに非常に繊細にグラデーションをつけることで、モノトーンの独特の色合いが柔らかさと深みを与え、他にない新しい水墨の世界を創り出すことに成功しています。

[写真右] 上村松園 「軽女悲離別図」 明治33年(1900)
[写真左] 上村松園 「長夜」 明治40年(1907)

松園が2点。行灯のもと読書に夢中の若い娘と灯芯を上げて明るくしてあげる年上の女性を描いた「長夜」。髪型や着物を描き分けることで二人の女性の年齢や性格を表しています。「軽女悲離別図」は赤穂浪士・大石良雄と愛妾・お軽の別れを描いた一枚。いずれも松園初期の作品で、後年の美人画と異なり、作品に物語性があるのが個人的には好きなところ。

そばには速水御舟の巨大な「山頭翠明」。いわゆる群青中毒にかかっていた頃の作品と思われますが、別にこんなに大きく描く意味なかったでしょ…というところがあって、なんだなかなーという感じ(笑)。

六曲一双の大きな屏風で写真に収まりきらなかったのですが、橋本関雪の「後醍醐帝」が素晴らしかった。右隻に尊氏、左隻に女性の格好(よく見ると髭がある!)をして御所を抜け出す後醍醐帝を描いていて、その緊張感のある構図もさることながら、人物表現の巧さ、馬の丁寧な描きこみ、鎧の精緻な描写など見れば見るほど唸るばかり。長く所在不明だったものが近年発見され、107年ぶりに公開されたのだそうです。

[写真右から] 竹久夢二 「秘薬紫雪」 昭和3年(1928)頃
「切支丹波天連渡来之図」 大正3年(1914)、「待宵」 大正元年(1912)頃、「庭石」 昭和6年(1931)頃

近代日本画の最後は竹久夢二の肉筆画がずらり。福田美術館は夢二のコレクションでも国内有数なのだとか。個人的に夢二はそれほど好きではないのですが、こうした掛軸の夢二もなかなか雰囲気があっていいですね。

俵屋宗達 「益田家本 伊勢物語図色紙 第二段 西の京」 江戸時代・17世紀

さて、ひとつ上の階は江戸絵画。いきなり宗達芸術を代表する「伊勢物語図色紙(益田家旧蔵本)」があってビックリ。状態も良く、小さな画面に凝縮された構図のまとまりと金地の濃密な色彩に見惚れてしまいました。

隣には尾形乾山の珍しい歌仙絵「三十六歌仙絵 伊勢」。乾山らしいおおらかで愛嬌のある歌仙絵ですが、十二単が実に丁寧に描かれていて、実はとても繊細な作品でした。その隣には光琳の「十二ヶ月歌意図屏風」も。

深江芦舟 「草花図屏風」(重要文化財) 江戸時代・18世紀前半

琳派では深江芦舟の「草花図屏風」も印象的。芦舟というと「蔦の細道図屏風」が有名ですが、出光美術館で以前見た「四季草花図屏風」が斬新で殊の外素晴らしかったのですが、この「草花図屏風」もどこか幻想的な草花の美しさで、宗達や光琳ともまた違う装飾性が目を引きます。

[写真右] 曽我蕭白 「荘子胡蝶之夢図」 安永年間(1772ー1781)
[写真左] 長沢芦雪 「薬玉図」 天明8年(1788)

若冲があって、応挙があって、蘆雪があって、蕭白があって、つくづく良い作品を持ってるな〜と感心。蕭白の「荘子胡蝶之夢図」の胡蝶の夢を見てるのか荘子の眠る姿がほのぼのとしてかわいい。

呉春 「三羅漢図」 天明3年(1783)

こちらにも呉春。退色してるのか色が少し薄めでしたが、とても細かに描きこまれていて、アクの強い羅漢の表情も良い。象が並んだ表装裂もユニーク。

隣には呉春の師・蕪村のなんだかとても豪華な屏風が。よく見ると一般的な絹本ではなく高価な絖(ぬめ)絹に描かれていて、蕪村のいわゆる屏風講時代の作品だと分かります。絖の屏風に描きたいという蕪村の希望を叶えるため、弟子たちが屏風講を組んで資金を集めたという逸話が残されていて、この作品もいつになく緻密な筆致と鮮やかな色彩で、人物も実に丁寧に描かれています。

与謝蕪村 「茶筵酒宴図屏風」 明和3年(1766)

伊藤若冲 「群鶏図押絵貼屏風」 寛政9年(1797)

今回最も驚いた作品のひとつが筋目描きも見事な若冲の「群鶏図押絵貼屏風」。若冲の群鶏図の屏風はいくつか観ていますが、本作が特徴的なのは各扇の構図が極めて似通っているのと、雌鶏が描かれているものはあるものの雛や蔬菜など余計なものは一切描かれず、ほぼ雄鶏が大きくクローズアップされていること。パターン化されているとはいっても、濃淡使い分けた巧みな筆さばきで鶏のさまざまな姿態を描いていて、見飽きることはありません。家に帰って過去の若冲の展覧会の図録をひっくり返して調べたら、千葉市美の『若冲アナザーワールド』や山種美術館の『ゆかいな若冲・めでたい大観』に出品された個人蔵のものと同じでした。その図録によると左隻第六扇と他の11図では制作された時期が異なるとありました。

来年3/20からは『若冲誕生-葛藤の向こうがわ』という企画展を開催するそうで、どんな若冲作品が出てくるのか、今から楽しみです。

[写真右から] 勝川春章 「桜下美人図」 安永9年〜天明2年(1780ー1782)
歌川広重 「美人と猫図」 安政4年(1857)、葛飾北斎 「砧美人図」 文化8年〜文政3年(1811ー1820)

最後に肉筆浮世絵。春章、広重、北斎。特に北斎「墨堤三美人図」がいいですね。着物の表現がとても繊細。

葛飾北斎 「墨堤三美人図」 文化年間(1804-1818)

同じ階には桂川沿いの展望室を兼ねた展示スペースがあり、こちらには西洋画が展示されていました。数は多くありませんでしたが、モネやマティス、ローランサンなどが展示されています。2階にはカフェもあって、嵐山の風景を眺めながらゆっくりできるのでこちらもオススメです。

福田美術館のコンセプトが「100年続く美術館」だそうで、これかもコレクションは増えていくんでしょうね。嵐山は混むからこれまで避けてましたがが、今後来る機会が増えそうな気がします。


【開館記念 福美コレクション展】
[Ⅰ期] 2019年10月1日(火)~11月18日(月)
[Ⅱ期] 2019年11月20日(水)~2020年1月13日(月・祝)
福田美術館にて



和樂(わらく) 2019年 10 月号 [雑誌]

2019/05/31

因幡堂平等寺

龍谷ミュージアムで開催中の『企画展 因幡堂 平等寺』に行ってきました。(といってもゴールデンウィーク(汗))

烏丸通りの四条と五条のちょうど中間という京都の真ん中にある古刹・因幡堂(平等寺)。幾度となく京都には訪れているのに、これまで縁がなく行ったことがなかったのですが、展覧会が評判が良いようなので、お寺とセットで回ってみました。

因幡堂は平安時代の創建で、かつては七堂伽藍を備える大きなお寺だったようですが、幕末の蛤御門の変で全て焼失。いまは明治時代に再建された本堂のみのこじんまりとしたお寺です。展覧会を観た足で因幡堂にお参りに行きましたが、お寺の入り口には奉納提灯がずらりと並び、お参りに訪れる人も多く、賑わっていました。

龍谷ミュージアムからだと、バスだと少し歩いて堀川五条か烏丸通りの烏丸七条まで出て烏丸松原まで行くのですが、バス停での待ち時間を考えると歩いても20分ぐらいなのであまり変わらないようです。自分はちょっと時間の関係でタクシーで行きましたが、10分もかかりませんでした。折角ですから、展覧会と一緒に回るといいと思いますよ。

「薬師如来立像懸仏」
明治19年(1886) 平等寺蔵

さて、展示会は龍谷ミュージアムの4階のワンフロア―。1階のロビーには因幡堂の本堂向拝の軒下に掛けられた懸仏が展示されています(これだけ写真撮影可)。外縁、特に対の昇龍や薬師如来の上部の天蓋など精巧な彫刻が大変素晴らしく、明治時代の工芸のレベルの高さを実感します。

会場の入り口に入った途端、広いフロアーに絵巻やら仏像やら沢山並んでいるのが見渡せて思わずオーッとなってしまいました。平安時代創建の古刹だけに寺宝は素晴らしく、鎌倉時代後期の作という「因幡堂縁起」(重要文化財)は本尊の薬師如来が因幡の海から引き上げられて京に飛んできたというストーリーが素朴なタッチで分かりやすく描かれていて見入ってしまいます。

仏像は20躰近くあって温和なお顔が印象的な11世紀の作という本尊・薬師如来像や古式の清涼寺式釈迦如来像、近年の調査で秀吉が建立した大仏殿の大仏に関わったとされる康正の遺作であることが分かったという弘法大師坐像、やたら大きい大黒天などなど、見応えがあります。ほかにも鈴木松年の迫力ある金剛力士像など見事でした。



【企画展 因幡堂平等寺】
2019年6月9日(日)まで
龍谷ミュージアムにて


京都 傑作美仏大全 (エイムック)京都 傑作美仏大全 (エイムック)

2019/05/24

国宝 一遍聖絵と時宗の名宝

京都国立博物館で開催中の『国宝 一遍聖絵と時宗の名宝』に行ってきました。

「一遍聖絵」といえば、4年近く前ですが、初の全巻公開ということで3会場(スタンプラリーは東博入れて4館)で同時開催された『国宝 一遍聖絵』を覚えている方も多いはず。藤沢と金沢文庫と横浜と上野を何度も行ったり来たりして、「一遍聖絵」を観て回ったあの苦労は何だったのかと思うのですが、1館で(あちこち行かずに)全巻鑑賞できるということと、時宗に関連した仏画や仏像も多く公開されるというので、京都に行ったついでに観てきました。

時宗は鎌倉時代末期に興った浄土教の一宗派。「南無阿弥陀仏」と念仏を称えるだけで極楽浄土に往生できるという浄土宗の教えに、開祖・一遍上人は鉢を打ち鳴らして踊りながら六字名号を称える「踊念仏」を組み合わせ、鎌倉新仏教の中では後発にもかかわらず、たちまち日本全国に一大ムーブメントを巻き起こします。

総本山は藤沢の清浄光寺(通称・遊行寺)で、『国宝 一遍聖絵』も遊行寺宝物館を中心に開催され、やはり地元の人なら誰でも知ってるお寺ということでかなり盛り上がったわけですが、今回は時宗の有名寺院があまりない京都という土地のせいか、いまひとつパッとしないようです。 夜間開館の日(とはいえゴールデンウィーク真っ只中)に行ったのですが、絵巻を観るには理想的な環境(つまりガラガラ)でした。


会場の構成は以下のとおりです。
第1章 浄土教から時宗へ
第2章 時宗の教え 一遍から真教へ
第3章 国宝一遍聖絵の世界
第4章 歴代上人と遊行 時宗の広まり
第5章 時宗の道場とその名宝

遊行寺や神奈川歴博の所蔵品が中心だった『国宝 一遍聖絵』とは違い、こちらは全国の時宗や浄土宗の寺院から集められているので展示品はとても充実していて、小さな展示室に分散して展示されいた展覧会とはやはり規模感が違います。

最初に展示されていたのが、鎌倉仏教の浄土信仰や一遍にも大きな影響を与えたという念仏聖の「空也上人立像」。有名な口から小さな阿弥陀仏が出してるあれですが、こちらは六波羅蜜寺のものではなく、近年発見されたという遊行寺のもの。造形は似ていますが、六波羅蜜寺の「空也上人立像」より一回り小さく、六波羅蜜寺の空也上人が若い修行僧であるのに対し、遊行寺の空也上人は晩年の姿なのだそうです。

浄土宗の宗祖・法然の現存最古の画像という「法然上人像」は面貌は精緻に描かれているのが何となく見て取れるのですが、如何せん状態が悪い。一遍が全国を遊行し立ち寄ったとされる善行寺や当麻寺、熊野にまつわる品もあり、「善行寺如来像」や「当麻曼荼羅図」など優れた仏像や仏画も多く展示されています。

「二河白道図」(重要文化財)
鎌倉時代・14世紀 萬福寺蔵 (展示は5/12まで)

興味深かったのは、珍しい作例という時宗系の「二河白道図」(島根・萬福寺蔵)。画面の上段に極楽浄土、下段に現世、その間には火河と水河があり、白道が彼岸と此岸を結ぶというよく見る「二河白道図」の図様ではなく、極楽浄土や現世の様子は描かず、阿弥陀と釈迦の二尊が大きく強調されているのがユニークです。

仏像では、鎌倉後期から南北朝時代にかけての七条仏師による歴代上人の仏像がとても素晴らしい。いずれも写実的な面貌で、その人がどんな人柄だったのか特徴までよく表されています。運慶六代を称した康俊の重文「一鎮上人坐像」も良いのですが、別の七条仏師とされる西郷寺蔵の「一鎮上人坐像」は表情がよりリアル。蓮台寺蔵の「真教上人坐像」は晩年病いで歪んでしまった容貌まで忠実に表し、その中にあって穏やかな表情がとても印象的です。

円伊 「一遍聖絵」(国宝)
正安元年(1299年) 清浄光寺蔵 ※写真は部分

全国を遊行して念仏を広めた一遍上人の生涯を辿る「一遍聖絵」は2階の4つの展示室を使ってゆったり展示されています。全巻で12巻40段、全長130mという長大な絵巻なので、全場面が展示されているわけではありません(会期中場面替えあり)が、展示されていない場面は模本で補っていたりもします。

巻一から巻十二まで全巻が、当たり前ですが順番に並んでいて、各展示室の中央には一遍がどう旅したのかも地図で図解されていて絵巻を見る理解に役立ちます。4年前の『国宝 一遍聖絵』は3つの会場に絵巻が分散され、順番もバラバラだったので、絵を観るのはいいのですが、一遍の歩んだ行程はなかなか分かりづらいものがありました。踊り念仏がどのようにして生まれ、どのように盛り上がっていったのか、初めて正しく理解できたように思います。

円伊 「一遍聖絵」(国宝)
正安元年(1299年) 清浄光寺蔵 ※写真は部分

驚くのは謎の絵師・法眼円伊の優れた技量で、人々の表情や仕草まで細かに描き、髪の毛一本まで丁寧に描いた写実的な人物表現や躍動的な群像表現の素晴らしさ、伝統的なやまと絵に加え当時最先端の宋画技法を用いた山水表現、名所図・景観図としての面白さ、裏彩色まで用いているという鮮やかな色彩、この時代の絵巻にしては珍しい奥行き感のある巧みな構図、鎌倉時代の絵巻の最高傑作とされる理由がよく分かります。現存最古とされる絹本絵巻ということからも、この絵巻に対する制作側の力の入れ具合は想像でき、絵師に抜擢された円伊の腕の高さも納得するものがあります。

「一遍聖絵」の他にも、一遍上人と二祖他阿(真教上人)の伝記を描いた「遊行上人縁起絵(一遍上人縁起絵)」も展示されています。清浄光寺本や真光寺本、金蓮寺本などいくつかの系統が展示されていますが、こちらは 「一遍聖絵」のような謹直な画風ではなく、少し緩いというか、広く模本が伝わったことからも時宗寺院の画僧たちが描いたのだろうなと思わせます。

展示品(仏像以外も含め)には京都の時宗寺院・長楽寺の品も多いのですが、天皇即位の時だけ秘仏の本尊「准胝観音像」が開帳(御開帳は6/16まで)されるということで、次の日に訪れました。長楽寺の宝物館にも七条仏師の仏像が多く展示されてるので、時間があれば一緒に回るのもお薦めです。


【時宗二祖上人七百年御遠忌記念 国宝 一遍聖絵と時宗の名宝】
2019年6月9日(日)まで
京都国立博物館にて


新書748一遍と時衆の謎 (平凡社新書)新書748一遍と時衆の謎 (平凡社新書)

2018/06/03

京都画壇の明治

ゴールデンウィークのときの話なので、書くのがすっかり遅くなってしまいましたが、京都市学校歴史博物館で開催中の『京都画壇の明治』を観てきました。

京都市学校歴史博物館と聞いて、どこよそれ?と調べてしまいましたが、四条河原町から徒歩10分圏内。河原町や祇園で買い物や食事をした足で歩いていけるし、バスで五条まで出れば京博にも行けるし、割と都合の付けやすい場所にありました。

そもそもは明治2年に開校した小学校を改修整備して開設した博物館で、京都の学校の歴史や、教科書・教材・教具などの資料が展示されています。ときどきこうした京都にまつわる日本美術の企画展もしているようです。

今回の企画展はその常設展示の奥をはじめ、3つの部屋を使って作品が展示されています。あまり話題になっていないのですが、幕末から明治20年代ぐらいまでの近代京都画壇の作品がなんと100点近く公開されるという結構なボリューム。前・中・後期に分かれていて、わたしが観に行った前期(4/28~5/15)では69点の作品が展示されていました(前中後期あわせて97点が公開されます)。明治初期の京都画壇だけでここまでの数の作品が観られる機会もなかなかないのではないでしょうか。

鈴木松年 「鬼の念仏・座頭」
個人蔵

円山・四条派や土佐派、岸派、森派など江戸から続く流派に始まり、京都府画学校の学校系や如雲社といった団体系など近代京都画壇を特徴づける明治期の動きもしっかり触れられています。

ふだん東京の美術館・博物館ばかりで観ているからなのか、そもそも近代日本画史の中で京都画壇が顧みられていないからなのか、たとえば鈴木派の活躍ぶりなど初めて知るようなこともあり、非常に興味深いものがありました。明治に入り狩野派や土佐派といった幕府や宮廷とつながりの深かった流派が衰退し、円山・四条派や鈴木派のような町絵師が残ったといわれています。

鈴木百年とその息子・松年は京都画壇のことを多少かじっていれば名前ぐらいは知ってますが、じゃあどんな画風かというとパッとは思い浮かびません。百年の門下には今尾景年や久保田米僊といった近代京都画壇の中心になる人がいて、さらに松年の弟子には上村松園もいたりと、鈴木派は幕末から明治前期にかけてかなりの勢いがあったようです。景年の「群芳百蟲図」や米僊の「因掲陀尊者図」なんかを観ると、このあたりはもっと評価すべきところなのではないだろうかと強く感じます。

久保田米僊 「因掲陀尊者図」
明治30年 個人蔵

京都画壇というと円山・四条派の流れを汲んだ画家が多く、望月玉泉、岸竹堂、原在泉などにいくつか印象的な作品がありました。やはり京都画壇の重鎮・幸野楳嶺や今尾景年、森寛斎あたりの作品には優れたものも多く、とくに森寛斎は南画風の「瓢風吹衣図」や伝統的な耕作図に南画的表現も取り入れ再構築した「四季耕作之図」など森狙仙を祖とする森派のイメージと大きく違い、ちょっと驚きました。

森寛斎 「瓢風吹衣図」
明治5年 敦賀市立博物館蔵

森寛斎 「四季耕作之図」
嘉永5年(1852) 横山商店蔵

東京の美校系の近代化した日本画に比べれば、京都画壇は全体的に旧態依然としたところはありますが、その中でも写実への目覚めや西洋画の影響などを見て取れる作品もあり、明治後期の竹内栖鳳や木島櫻谷、西村五雲といった近代京都画壇に移行していくだろうなという過渡期的なものも感じます。フェノロサが京都で行った講演が京都の画家を大いに刺激したこと、そこから京都画壇が新しい時代に入って行ったということも初めて知りました。

幸野楳嶺 「敗荷鴛鴦図」
明治10~20年代 敦賀市立博物館蔵

ほかにも巨勢小石の「白衣観音図」や斎藤松洲の「群鶴図」など、あまり知らない画家にも見どころのある作品がありました。いやいや京都画壇は侮れません。

巨勢小石 「白衣観音図」
明治45年 個人蔵

出品作の半分が個人蔵なので、画家のマイナーさを考えると滅多に公開されないでしょうし、京都画壇に興味のある人はこの機会を逃さない方がいいかもしれませんね。受付の方に伺ったところ、図録(?)は現在製作中で、このブログを書いた時点でまだ販売されていないようです。

時間の関係で残念ながら私は寄れなかったのですが、京都国立近代美術館の『明治150年展 明治の日本画と工芸』(5/20まで開催)と併せて観ると充実した京都画壇体験ができるんじゃないかと思いますよ。


【京都画壇の明治】
2018年6月19日まで
京都市学校歴史博物館にて


京都のちいさな美術館めぐり京都のちいさな美術館めぐり

2017/12/01

末法展

細見美術館で開催中の『末法展』を観てまいりました。

最初行くのを予定しなかったというか、京都の予定を組んでいたときに『末法展』のことを知らなかったので入れてなかったんですが、評判がいいようなので京近美で『岡本神草の時代展』を観た足で覗いてきました。(おかげで『国宝展』を観る時間が短くなってしまいましたが)

細見美術館は京近美からは歩いてほんの数分のところにあります。ここに来るのも何年ぶり。平日だったということもあってか、自分が行ったときはほんの数人しか来館者がいなくて、部屋(三つの部屋からなってます)の中でただ一人、作品と対峙するという贅沢な瞬間もありました。『国宝展』ではこうはいかない。


『末法展』は夢石庵という謎の個人コレクターが蒐集した日本美術の中から、“末法”をテーマにコレクションを再構成したという展覧会。奈良・平安時代の仏教美術から江戸時代の近世絵画までが並びます。抜群の鑑識眼で戦後60年代までに質の高い美術作品を蒐集したというのですが、個人の蒐集品とは思えない上質なコレクションかつその濃密さにクラクラします。

長谷川等伯 「四季柳図屏風」
桃山時代

石の投げ合いと群舞を描いたユニークな「印地内図屏風」は桃山時代の風俗図としてとても興味深いものがありました。輪になって踊ってたり、歌舞伎踊りなどはよく見かけますが、石の投げ合いというのは初めて観た気がします。最初“印地打”の意味が分からなかったのですが英語名(Injiuchi-Rock Fight Held on Children's Day)を見て納得しました。

こんな応挙初めて観た的な円山応挙の「驟雨江村図」も素晴らしい。長谷川等伯の「四季柳図屏風」は出光美術館の『水墨の風』で観た同題作に似てるなと思ったのですが、どうやら同じ作品のようですね。写真だと分かりませんが、柴垣が胡粉で盛り上げられていて立体的な装飾がされています。

「弥勒菩薩立像」
鎌倉時代

仏画では「胎蔵界曼荼羅」の截金の精緻な表現に驚きます。特に火焔光背(単眼鏡必須)。仏像はいくつかあったのですが、とりわけ興福寺伝来の「弥勒菩薩立像」が美仏。光背や装飾も見事でした。法隆寺伝来の「十一面観音立像」(展示は11/19まで)もちょっとふっくらした寝顔のようなあどけない表情が印象的。

最後の部屋の「金峯山経塚遺宝」はいろんな意味で圧倒されます。経筒だったり金剛鈴だったり仏像(蔵王権現像?)の欠片だったりが山のように積み上げられていて、まるでオブジェ。金峯山経塚に埋葬されていた「金銅藤原道長経筒」が京博の『国宝展』に出展されていて、経筒の中に入っていた道長が書写した経典やさまざまな出土品はこちらに展示されているというのも『国宝展』と時期が重なっているだけに面白い。

「胎蔵界曼荼羅」
平安時代

なんか杉本博司的な臭いがするなぁと思っていたら、途中に杉本博司の映像が流れていて、ああやっぱり絡んでいたんだと。

最後に種明かしというんでしょうか、『末法展』の真の答えがあります。なるほど~という感じです。企画の勝利ですね。


【末法 / Apocalypse -失われた夢石庵コレクションを求めて-】
2017年12月24日(日)まで
細見美術館にて


末法 / Apocalypse失われた夢石庵コレクションを求めて (展覧会図録)末法 / Apocalypse失われた夢石庵コレクションを求めて (展覧会図録)