2016/06/25

ほほえみの御仏

東京国立博物館で開催中の『ほほえみの御仏』を観てまいりました。

日韓国交正常化50周年を記念しての特別展。日本と韓国それぞれを代表する2体の弥勒菩薩半跏思惟像を通じて、日本と韓国のいにしえの交流を探る展覧会です。

日本からは中宮寺の国宝・菩薩半跏像(伝如意輪観世音菩薩)、韓国からは韓国国立中央博物館所蔵の半跏思惟像(国宝78号像)がそれぞれ出品。先に展覧会が開かれた韓国では4万6000人超の来場者を集め、大きな反響があったといいます。

仏像2体のみの展示なので、観ようと思えばものの数分で観終えてしまうかもしれませんが、別に何時間いてもいいわけで、ひたすら眺めるもよし、仏像のまわりをぐるぐる回るもよし、2体を見比べるもよし、ただ物思いに耽るもよし。広いスペースに距離を開けて展示されているので、人それぞれ思い思いに観ていられます。

中宮寺の菩薩半跏像は仏像を好きになるきっかけになった個人的にも思い入れのある仏さま。中学の修学旅行で法隆寺に訪れたとき、迷い込んだように門をくぐった先にあったのがこの菩薩半跏像でした。誰もいない静かな砂利道の先に突然現れた美しい仏像に雷に打たれたような衝撃を受けたのを今でも覚えています。その後2005年に同じ東博の特別展で公開されたときに再会していますので3度目の対面ですが、今回は韓国の半跏思惟像と一緒に拝見することで感慨もひとしお。1400年の時を隔て、2体の半跏思惟像がこうして出会うことができたと思うだけで心打たれます。

「半跏思惟像(菩薩半跏像)」(国宝)
飛鳥時代・7世紀 中宮寺門跡蔵

中宮寺の菩薩半跏像はクスノキ材の寄木造りで、飛鳥・白鳳期を代表する木彫りの仏像であるだけでなく、現存する寄木彫刻の仏像としては世界最古のものといいます。よく見ると左右の横面に木材を繋ぎ合わせた隙間があるのが分かります。寄木造りの仏像はこの後300年以上造られなかったそうで、当時としてはかなり珍しい作例のようです。黒光りした木の肌が美しいのですが、表面の黒漆はもともとは下地で、その上に鮮やかな彩色がされ、装飾品を付けていたともいわれています。

対する韓国の半跏思惟像は銅製の鋳造仏。中宮寺の菩薩半跏像が7世紀中頃の作とされるのに対し、こちらは6世紀後半の作といいますが、制作地や伝来は異説あって今も不明。大きさは中宮寺の菩薩半跏像の168cm(頭丁から左足裏までは126cm)に対し68cmと小振りですが、アルカイックスマイルと呼ばれる口角の上がった優しく微笑んだような表情や細くくびれた腰の滑らかな曲線、流麗で柔らかな衣の襞のラインなど、共通する点が多くあります。一方で韓国の半跏思惟像にはサザン調ペルシャにまで起源が遡るという宝冠を冠り、台座の文様もどこか西方的なイメージがあります。中宮寺の菩薩半跏像の頭のぼんぼりのようなものは実はカールしたおさげ髪。時代が少し下っているのと鋳造仏と木像という違いもあって、造形もより自然で、和様化していることも感じます。

「韓国国宝78号 半跏思惟像」
朝鮮・三国時代・6世紀 韓国国立中央博物館蔵

『ほほえみの御仏』は当初、中宮寺の菩薩半跏像ではなく広隆寺の弥勒菩薩像で企画されていたのだそうです。しかし広隆寺から出品の承諾が得られなかったのだとか。広隆寺の弥勒菩薩像と酷似しているといわれる韓国の国宝83号半跏思惟像と一緒に展示するという計画だったとの話ですが、もし広隆寺の弥勒菩薩像と韓国の国宝83号半跏思惟像の展示が実現していれば、それはそれで素晴らしかったでしょうね。

「菩薩五尊像」
中国・北斉時代・6世紀 東京国立博物館蔵

いまトーハクでは他にも半跏思惟像が展示されていますので、併せてご覧になるとより充実した体験になると思います。半跏思惟像はもとはシッダールタ太子(出家前の釈迦)の悩む姿を表したものとされ、中国では太子思惟像として信仰を集めたといいます。のちに韓国に伝わり、弥勒信仰と相俟って弥勒菩薩として広まり、それが日本に入ってきたとされています。東洋館では、中国・北斉時代の半跏思惟像と朝鮮・三国時代の菩薩半跏像があって、中国の「菩薩五尊像」は石彫仏特有の古様の浮彫りの中にも柔らかな質感と整った美しさが印象的です。

「菩薩半跏像」
朝鮮・三国時代・7世紀 東京国立博物館蔵

法隆寺宝物館にも飛鳥時代(7世紀)を中心に菩薩半跏像が複数展示されています。中には朝鮮からの渡来品と伝わる仏像もあり、三国時代の朝鮮半島と日本との関係の深さが窺えます。こちらはいずれも金銅仏ということもあり、造形的には朝鮮・三国時代のものと大きくは変わらないですね。



『ほほえみの御仏』は会期中無休、毎日20時まで開館(入館は19:30まで)していますが、東洋館、法隆寺宝物館、平成館と特別展『古代ギリシャ展』は通常どおり(平日17時、金曜20時、土日18時まで。入館は閉館の30分前まで。月曜は休館)なので、他も観て回りたい人はご注意を。本館の常設展(総合文化展)は20時まで観られますが、通常の閉館時間以降は常設展観覧のみでの入館はダメみたいです。会期中、入口でセキュリティチェックがありますので、日中、特に土日は入場の際に混雑が予想されます。


【日韓国交正常化50周年記念 特別展「ほほえみの御仏-二つの半跏思惟像-」】
2016年7月10日(日)まで
東京国立博物館 本館特別5室にて


日本仏像史講義 (平凡社新書)日本仏像史講義 (平凡社新書)

2016/06/19

鏡の魔力/若き日の雪舟

根津美術館で開催中の『若き日の雪舟』を観てまいりました。

本展は特別展という扱いでなくミニ企画展という感じで、1階のメインの展示室のつづきにある小さめの展示室(展示室2)でひっそりと開催されています。

今年の3月に新発見とニュースになった雪舟の“拙宗”時代の「芦葉達磨図」を中心に雪舟/拙宗作品が前後期で11点、他に史料や参考作品などが出品されています。

「芦葉達磨図」は後年の雪舟のように際立った特長があるかというとそういうわけではないのですが、達磨の何ともいえない表情や細緻な髪や髭の筆致など優れた墨技を感じることができます。もちろん渡明前の作品として貴重です。

目玉はこの「芦葉達磨図」なんでしょうが、雪舟=拙宗の同一人物説という問題に焦点が当てられていて、そちらの方が個人的にはかなり興味深かったです。現在では拙宗等揚は雪舟等楊(「よう」の字が手辺と木辺で異なる)の前半生時代に語っていた名前という認識がほぼ固まっていますが、それでも決定的な証拠はなく、まだ推測の域を出ないのが実情のようです。

拙宗等揚 「芦葉達磨図」 スミス・カレッジ美術館蔵

拙宗筆とされる現存作品はそれほど多くないといいますが、それでも前期(6/19まで)だけで6点の拙宗作品が出品されています。その中で人物や山の描写、筆触などを挙げて、拙宗と雪舟に共通する特徴を比較してるわけですが、雪舟の代表作の一つ「倣玉澗山水図」との類似を指摘されている根津美術館所蔵の「溌墨山水図」なんて観ると、一見同じ人の絵のようにも見えるし、もともとあった絵を別々の人が模写したとも見えるし、素人目には正直分かりません。

[写真左] 拙宗等揚 「溌墨山水図」 根津美術館蔵
[写真右] 雪舟等楊 「倣玉澗山水図」(重要文化財)
岡山県立美術館蔵 (※本展には出品されていません)

画風の面から雪舟=拙宗の同一人物説の論拠とされるのが拙宗時代の「山水図」と雪舟時代の「山水図」で、ここでは実際の作品を並べて展示されています(雪舟時代の「山水図」の内、前期は「夏景」、後期は「春景」を展示)。山水の特徴的な表現や人物の描き方が酷似している点などが挙げられていました。こうして見ると、確かに近しいものを感じますし、特に「春景」のロバに乗った人物は全く同じで、雪舟=拙宗の同一人物説に説得力が出てきます。

[写真左] 拙宗等揚 「山水図」(部分) (重要文化財) 京都国立博物館蔵
[写真左] 雪舟等楊 「山水図(春景)」(部分) (重要文化財)
東京国立博物館蔵 (6/21~7/10のみ展示)

個人的にはずっと観たかった“山水小巻”が観られたのも嬉しい。ここに描かれている人物も拙宗時代の「山水図」の人物によく似ています。

雪舟等楊 「四季山水図巻」(部分) (重要文化財)
京都国立博物館蔵 (会期中巻き替えあり)

順番が逆になりましたが、メインの展示室では根津美術館に寄贈された中国の古鏡コレクションを展示しています。これがとても面白い。

古鏡(銅鏡)って割と観ているようで実は何も知らなかったというか、時代や文様などに分けて詳細に解説されていて、初めて納得することもあり、銅鏡を見るときのポイントも分かって、とても勉強になりました。銅鏡の見方が変わると思います。

もともと鏡は霊力が見えるものと考えられ、祭祀に使われていたということは知っていましたが、時代時代で流行があるようで、文様の意味するものがあったり、それがどのように変遷していったのか体系的にまとめられています。古代中国の宇宙観を表した方格規矩鏡、外来の異獣・狻猊の立体的な造形が特徴的な海獣葡萄鏡、もとは天界の様子を表したという神獣文、エジプトやメソポタミア由来の文様も見られる植物文。文様だけでなく詩が刻まれていたり、時代が下るに連れ、鳳凰文や吉祥文など婚礼の調度品や身近な生活道具として広まっていったり、実に多彩なものがあることも分かります。

「方格規矩四神鏡」
中国・前漢時代~新時代(前1~後1世紀) 根津美術館蔵

2階の展示室にも青銅器コレクションがありますし、また南宋時代を中心に中国絵画のコレクションでは国宝の「鶉図」(伝李安忠筆)も展示されていますので、こちらもお忘れなく。


【コレクション展 鏡の魔力 村上コレクションの古鏡
 特別企画 若き日の雪舟 初公開の「芦葉達磨図」と拙宗の水墨画】
2016年7月10日(日)まで
根津美術館にて


もっと知りたい雪舟 ―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたい雪舟 ―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)

2016/06/18

ルノワール展

国立新美術館で開催中の『ルノワール展』を観てまいりました。

ルノワールの展覧会は毎年どこかでやっていて、またルノワールか…と思ってしまうのですが、いやぁ~これはスゴい!

今年は京都や名古屋でも別のルノワールの展覧会があるのでちょっと混乱しますが、本展は世界有数の印象派コレクションで知られるオルセー美術館とオランジュリー美術館からルノワール作品を中心に100点を超える絵画やデッサンなどを集めた展覧会。その8割がルノワール。

ルノワール・ファンなら誰でも知っている傑作がいくつも来てるし、ここ何年かで観たルノワールの展覧会ではダントツの充実度じゃないでしょうか。初期から最晩年までルノワールの全貌に触れられます。


会場は10の章で構成されています:
Ⅰ章 印象派へ向かって
Ⅱ章 「私は人物画家だ」:肖像画の制作
Ⅲ章 「風景画家の手技(メチエ)」
Ⅳ章 “現代生活”を描く
Ⅴ章 「絵の労働者」:ルノワールのデッサン
Ⅵ章 子どもたち
Ⅶ章 「花の絵のように美しい」 
Ⅷ章 《ピアノを弾く少女たち》の周辺
Ⅸ章 身近な人たちの絵と肖像画
X章 「芸術に不可欠な形式のひとつ」

ピエール=オーギュスト・ルノワール 「陽光のなかの裸婦(エチュード、トルソ、光の効果)」
1876年頃 オルセー美術館蔵

まずはイントロダクションとしてルノワール初期の作品が2点。
「猫と少年」はルノワールには珍しい少年の裸体画。写実的な筆致や青みがかった肌はマネの影響を感じさせます。小さなお尻をこちらに向けた少年の猫に寄り添う姿が愛らしい。もうひとつはその8年後の作品で、第2回印象派展に出品されたルノワールの代表作「陽光のなかの裸婦」。さまざまな色の絵具を塗り重ねることで色彩は調和し、木漏れ日のような繊細な光が見事に表現されています。柔らかで筆触と明るく豊かな色彩からは自然の中をそよぐ風までも伝わってくるようです。

ピエール=オーギュスト・ルノワール 「ジョルジュ・アルトマン夫人」
1874年 オルセー美術館蔵

会場はおおよそジャンルごとに分けられていて、最初は肖像画(人物画)。 ルノワールは生涯に4000点以上の作品を残していますが、その多くが人物画で、ルノワール本人も人物画家と自負していたといいます。

まだ“光”を発見してない頃の作品がいくつかあって、たとえばアルフレッド・シスレーの父親を描いた「ウィリアム・シスレー」なんてかなり写実的。まだ際立った特徴もなく、ルノワールだと言われないと分からないでしょう。

やはり筆触や色彩が大きく変わってくるのは70年代中頃からで、「ジョルジュ・アルトマン夫人」は変化に富んだ黒の色彩感が見事。シックな黒いドレスに身を包んだブルジョア的雰囲気も印象的です。この絵は何年か前の『オルセー美術館展』にも来てましたね。初期印象派時代のルノワールらしい作品といえば、「読書する少女」や「ポール・ベラール夫人の肖像」もいい。

ピエール=オーギュスト・ルノワール 「クロード・モネ」
1875年 オルセー美術館蔵

昨年の『モネ展』ではルノワールが描いた新聞を読むモネの肖像画が展示されていましたが、本展に出品されているモネは絵筆とパレットを持ち、より画家らしい雰囲気が漂っています。モネとルノワールの近しさも伝わってきます。

ピエール=オーギュスト・ルノワール 「草原の坂道」
1875年頃 オルセー美術館蔵

ルノワールは風景画も多い印象があるのですが、1870年代の油彩画に限れば風景画は1/4ぐらいなのだそうです。パリ郊外の自然やセーヌ川の風景を描いた作品がいくつかある中で、個人的なお気に入りは「草原の坂道」。暖色系の色彩が溢れる緑豊かな草原を楽しそうに進む子どもたちとその後ろをパラソルをかざして優雅に歩いてくる母親。草原の爽やかな空気と家族の幸せそうな雰囲気が伝わってきます。ルノワールは「その中を散歩したくなるような絵画が好きだ」という言葉を残しているそうですが、正に散歩したくなうような風景。

ピエール=オーギュスト・ルノワール 「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」
1876年 オルセー美術館蔵

Ⅳ章の<“現代生活”を描く>は本展のメインのコーナー。もうルノワールの傑作のオンパレードという感じで、すごーく贅沢な空間になっています。

目玉はルノワールの最高傑作「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」。ルノワールの中でも恐らく1番有名な作品でしょうし、まさかこれが日本に来るとは思いませんでしたよ。“ムーラン・ド・ラ・ギャレット”は屋外のダンスホールで、庶民の遊び場として人気だった場所。割と大きな作品で、構図、人の配置、色彩が綿密に計算されているんだろうなと感じます。画面手前で談笑する若い男女はルノワール作品でお馴染みのモデルたちや画家仲間なのだとか。群像を描いたこの時代のルノワール作品はどれも開放的で、観ているだけで気分が昂揚してきます。会場には楽しげなミュゼットも流れていて雰囲気満点。

そばにはルノワールの息子ジャン・ルノワール監督の映画の中から父ルノワールの絵画のベル・エポックの世界を描いたようなシーンがダイジェストで流されています。

ピエール=オーギュスト・ルノワール 「ぶらんこ」
1876年 オルセー美術館蔵

「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」と一緒に第3回印象派展に出品された「ぶらんこ」もルノワールの傑作の一つ。たぶん「ぶらんこ」が来日しただけでも目玉になるぐらいでしょ。ルノワールのアトリエの裏庭で描いたそうで、木立の中を降り注ぐ光とくつろいだ雰囲気が平和でいいですね。みんな木漏れ日の中に溶け込んでいるかのようです。

ピエール=オーギュスト・ルノワール 「都会のダンス」「田舎のダンス」
1883年 オルセー美術館蔵

「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」の反対側にはこれもルノワールを代表する作品「都会のダンス」と「田舎のダンス」が並んで展示されています。こちらは45年ぶりの来日。シルクのロングドレスで上品に踊るシュザンヌ・ヴァラドンと木綿のオシャレ着で楽しそうに踊るルノワールの妻アリーヌ。寒色系でシックな前者と暖色系でアットホームな後者。どちらもちょっと紗がかかったような、ふわーっとしたところがあります。シュザンヌは絵画モデルとして人気で、ルノワールとも“関係”があったといわれています。ちなみにシュザンヌは後にロートレックやサティとも浮き名を流しています。

ジャン・ベロー 「夜会」
1878年 オルセー美術館蔵

ルノワールの作品を囲むように、ルノワール以外の画家による同時代のイメージを伝える作品が並んでいるのが良いですね。なかなか良い作品が揃ってます。みなさん立ち止まって凝視しているのがベローの「夜会」。とても写実的で、まるで写真のよう。

フィンセント・ヴァン・ゴッホ 「アルルのダンスホール」
1888年 オルセー美術館蔵

ゴッホが3点並べて展示されていて、ほぼ同時期に描かれた作品なんだけれど、それぞれに雰囲気が違っていてとても面白い。名前のとおりアルル滞在中に描かれた作品「アルルのダンスホール」なんて、いかにもポン=タヴェン派の影響が色濃いというか、輪郭線が強調されていて、エミール・ ベルナールの絵を彷彿とさせます。

ピエール=オーギュスト・ルノワール 「ジュリー・マネ(猫を抱く子ども)」
1887年 オルセー美術館蔵

子どもを描いた絵では有名な「ジュリー・マネ」があって感動。ジュリー・マネはマネの弟ウジェーヌと画家のベルト・モリゾの子ども。柔らかで淡い色彩と少女の穏やかな表情がとてもマッチしています。笑ったような顔でくつろいでる猫もかわいい。ちなみにこの猫のぬいぐるみが会場のグッズ売り場で販売されてます。

ピエール=オーギュスト・ルノワール 「バラを持つガブリエル」
1911年 オルセー美術館蔵

ルノワールの作品によく登場する女性といえば、ルノワールの妻の従姉妹で、子どもたちの乳母として生活も共にしていたガブリエル。ガブリエルを描いた作品も複数展示されていて、有名な「バラを持つガブリエル」や「ガブリエルとジャン」などいい作品が来ています。印象に強く残ったのがガブリエルをモデルにした「横たわる裸婦」で、となりにはほぼ同じ構図、同じサイズの、若くてきれいな女性のヌードを描いた「大きな裸婦」が並べてあります。見た目の美しさでは後者なんでしょうが、ルノワールらしさでいえば、断然前者。

ピエール=オーギュスト・ルノワール 「横たわる裸婦(ガブリエル)」
1906年 オランジュリー美術館蔵

ピエール=オーギュスト・ルノワール 「大きな裸婦(クッションにもたれる裸婦)」
1907年 オルセー美術館蔵

最後は最晩年の裸婦画を中心に紹介しています。晩年はひどいリューマチで、絵筆を握ることもままならなくなったため、手に絵筆を縛り付けて絵を描きつづけたといいます。「浴女たち」はルノワールの最後の数カ月を費やしたという大作。数年前にこの作品を題材にした映画が公開されたのも記憶に新しいところです。晩年のルノワールを特徴づけるボリューミーな造形。それでいてふわっとしている。不自由な手で描いたとは思えないルノワール的な幸福感に満ち溢れています。ルノワールは「ルーベンスだって、これには満足しただろう」と語ったそうです。

ピエール=オーギュスト・ルノワール 「浴女たち」
1918-19年 オルセー美術館蔵

金曜日の夜間開館に伺ったのですが、意外と空いてて、ゆっくりゆったりと思う存分ルノワールの世界に浸れて最高でした。ものすごーく幸せな気分になります。夏休みに入ると相当混雑すると思うので、早いうちに行った方がいいですよ。


【オルセー美術館・オランジュリー美術館所蔵 ルノワール展】
2016年8月22日(月)まで
国立新美術館にて


ルノワールへの招待ルノワールへの招待


ルノワール 陽だまりの裸婦 [Blu-ray]ルノワール 陽だまりの裸婦 [Blu-ray]

2016/06/15

いま、被災地から

東京藝術大学大学美術館で開催中の『いま、被災地から -岩手・宮城・福島の美術と震災復興-』を観てまいりました。

2011年に起きた東日本大震災では東北の博物館・美術館をはじめ、多くの美術品・文化財に甚大な被害をもたらしました。全国の美術館や賛助会員から成る全国美術館会議により立ち上げられた東日本大震災復興対策委員会が中心となり、現在その被害を受けた美術品の修復、復元作業が行われています。本展はその活動の経過報告とともに、東北3県(岩手、宮城、福島)の近現代の美術品を紹介する展覧会です。

大きな地震が起きると、人的被害はもちろんですが、日頃美術展などに足を運ぶ人間としては博物館・美術館の美術品や文化財の被害も気になります。東日本大震災や先ごろの熊本地震でも、そうしたニュースに深い関心を持っていましたが、ではその後どうなったかはあまり知らなかったりします。わたしは恥ずかしながら、多くの博物館・美術館が協力し合って、こうした救援活動を行っていたことをこの展覧会で初めて知りました。

会場は2部構成になっていて、前半では岩手・宮城・福島を代表する近現代の画家の作品を展示し、後半では震災や津波で被害を受けた美術品・文化財の救出活動の様子や修復・復元作業に触れています。

関根正二 「姉弟」
1918年 福島県立美術館蔵

萬鐵五郎 「赤い目の自画像」
1913年頃 岩手県立美術館蔵

著名なところでは、福島出身の関根正二や岩手出身の萬鐵五郎、彫刻家の舟越保武らの作品が複数展示されています。萬鐵五郎はガチガチにフォーヴィスムの影響を受けた「赤い目の自画像」のほか、“東北”をテーマにした展覧会らしく故郷・花巻を描いた作品もあったりします。関東大震災に揺れる町を描いた「地震の印象」は東日本大震災を思い出さずにいられません。山や建物は歪み、人が宙に飛んでいます。

萬鐵五郎 「地震の印象」
1924年 岩手県立美術館蔵

松本竣介 「盛岡風景」
1941年 岩手県立美術館蔵

東京に生まれ岩手で育った松本竣介も3点出品。代表作の「画家の像」をはじめ、16歳のときに描いた盛岡の風景と後年描いた盛岡の絵があって、画風が全然違うのにあらためて驚きます。

酒井三良 「雪に埋もれつつ正月はゆく」
1919年 福島県立美術館蔵

わたしの勉強不足もありますが、初めて名を知る画家も多くいました。入口を入ったところに展示されていた酒井三良の「雪に埋もれつつ正月はゆく」は北国の冬の暮らしを描いた逸品。正月の餅飾りがしんしんと降る雪のようにも見え、背景も暗く寒々しいのですが、囲炉裏のまわりに集まる家族からは温かでほのぼのとした団欒が伝わってきます。

渡辺亮輔 「樹蔭」
1907年 宮城県美術館蔵

渡辺亮輔は黒田清輝に師事した画家。「樹蔭」からもその影響が感じ取れます。ほかにも同じく黒田に学んだ真山孝治、岡田三郎助に学んだ五味清吉、藤島武二に学んだ若松光一郎、日本画では前田青邨に師事した太田聴雨など、最近割と日本の近代美術の展覧会をいくつか観ていたこともあり、興味深く感じる点が多々ありました。

金子吉彌 「失業者」
1930年 宮城県美術館蔵

活動の中心が東北で、地元では有名でも全国的には知名度があまり高くないという画家も多くいるようです。非常に重苦しい空気が伝わってくる金子吉彌の「失業者」とその妻・大沼かねよの「野良」は共に非常にインパクトがあり、こんな画家がいたのかと驚きました。杉村惇の「春近き河岸」も黒を基調とした力強い作品、鮭漁の様子を大画面に描いた橋本八百二の「津軽石川一月八日の川開」も迫力満点、澤田哲郎の「小休止」も重そうなリヤカーと痩せた男のアンバランスさが印象的です。渡部菊二の水彩の「勤労の娘たち」もモダンなタッチで秀逸。松田松雄の「風景(民A)」も何か悲しみと静けさに支配されたようなモノトーンの独特のタッチに強く惹かれました。

澤田哲郎 「小休止」
1941年 岩手県立美術館蔵

第2部の会場は大震災による被災と文化財レスキューにスポットがあてられています。宮城・岩手・福島3県の美術品の被災状況やその救出活動、そして修復・復元の様子がパネルや実際に修復された作品によって紹介されています。

あれだけの大震災になると、被災した人々の救援や行方不明者の捜索が優先され、美術品・文化財の救出は後回しされるのは止むを得ないのかもしれません。被災した博物館・美術館のレスキュー活動が本格的に始まったのが震災から数か月後だったりするので、倒壊したり、津波で海水・泥・油などにまみれたり、空調の効かない室内でカビが生えたり、額装や梱包材が貼りついてしまったり、そういう状態のままずっと放置されていたりして、想像以上の酷さだったことがパネルの写真を見るとよく分かります。

高橋英吉 「潮音(海の三部作2)」
1939年 石巻文化センター蔵

3階に上がってすぐのところに展示されていたのが高橋英吉の見事な木彫りの彫刻。「潮音」「黒潮閑日」「漁夫像」で海の三部作と呼ばれているようです。ノミ跡も生々しく、とても写実的で迫力があります。いずれも津波で大きな被害を受けた石巻文化センターに所蔵されていたもの。現在は修復も済み、県内の美術館に管理されているそうです。

最も大きな被害を受けたのが岩手・陸前高田市立博物館で、2階の天井まで達した津波により職員全員が亡くなったといいます。逃げることよりも大事な美術品の保護にまわっていたのでしょうか。しかし、人の命は失われても、酷く損傷した美術品がこうして救い出され、修復されていく様子を見てると熱いものが胸にこみ上げてきます。美術品の修復作業はこれまでも展覧会やテレビなどを通して見知っていますが、大きなダメージを受けた美術品を元の状態にしていく修復技術の高さは正直驚きましたし、その気の遠くなるような作業にあたる人たちには本当に頭が下がります。

福島の沿岸部は原発事故の影響もあり、美術品や文化財の救出は困難を極めたようです。 被曝の危険がある中で放射線防護服に身を包んだ美術館関係者たち…。ここまでして美術品や文化財を守ろうとする姿は胸に迫るものがあります。

中には津波で損壊してしまい、元の姿に戻らないものもあったりします。あえて修復の跡を分かるようにし、津波で被災したことを伝えようとするものもあります。その意義は美術品の価値よりも大きいのかもしれません。

人気の画家の作品を観るのも話題の展覧会に行くのもいいけれど、美術ファンを名乗るなら、震災から5年経った今もこうした活動が続いてることを知らなくてはいけないのではないかと思います。またいつ大きな地震が起き、大切な美術品が失われるかもしれません。そのとき私たちに何ができるのか。こうした事実を多くの人に観てもらうことも復興支援の一つになるのではないでしょうか。

会場では展示作品や文化財レスキューについて詳しく解説されたパンフレットが無料で配布されています。


【いま、被災地から -岩手・宮城・福島の美術と震災復興-】
2016年6月26日(日)まで
東京藝術大学大学美術館・本館にて


図解 日本画の伝統と継承―素材・模写・修復図解 日本画の伝統と継承―素材・模写・修復

2016/06/12

旅するルイ・ヴィトン

『Volez, Voguez, Voyagez – Louis Vuitton (空へ、海へ、彼方へ - 旅するルイ・ヴィトン)』展へ行ってきました。

去年パリのグラン・パレで開催され、話題になった展覧会。創業当時にブランドを支えた人々の話から今日のルイ・ヴィトンまで、約160年におよぶルイ・ヴィトンの壮大な軌跡と全貌に迫ります。

歴史的価値もある貴重な品々にオシャレで凝った室内の装飾、展示品も約1000点というボリューム。これで入場無料とは驚きです。チケットは時間予約制なので、待つことなく観られるのも嬉しいですね。どこかの何とか展とは大違い(笑)

すでに4月下旬から始まっていて、GW中に予約も入れていたのですが、用事ができて行けず、ようやく先週観てまいりました。

会場は赤坂見附のホテルニューオータニと旧赤坂プリンスの間を走る道を麹町方面に行った突きあたりにある広い駐車場だったところ。この展覧会のために特設会場を作ったみたい。外から見ると、そんなに広い場所に思えないんですけど、中は想像以上に広くてビックリです。


先にネットで予約しておけば、予約時に送られてくるQRコードを入口のスタッフに見せるだけなので簡単。予約してなくても入れますが、混雑のときは待たされることもあるみたい。親切にクロークもあるので、仕事帰りや荷物があるときも安心ですね。


会場にはミニガイドも置いてあるし、 無料のオーディオガイドも借りられます。展覧会の解説をしてくれるスマホアプリもあって、あらかじめダウンロードしておくと便利。



会場は10のパートに分かれていて、創業者ルイ・ヴィトンのことや出発点となった木製のトランク、またその道具類、当時の製造工場や職人たちの写真、初期のクラシックなトランクなどが所狭しと展示されています。


さりげなくクールベの風景画とかあるし。



展覧会のタイトルにあるように正しく、空へ、海へ、彼方へ。会場を見てまわるだけでワクワクしてきます。会場の空間デザインはオペラやミュージカルの舞台演出家としても知られるロベール・カーセン。なるほど凝っているわけです。



飛行機や船舶、汽車、自動車の発展とともに旅行も身近になり、遠くへ旅するようになるとともに旅行用鞄の需要も高まります。衣服や身の回りの品々をしまうトランクや鞄だけでなく、それこそ化粧道具や食器、書籍、タイプライター等々、その用途に応じてさまざまなトランクや鞄があったりします。大きな荷物をいくつも持って旅行する風景を映画などで見たことがあると思いますが、そうした品々が目の前にあるんですから。いろいろな世界が想像できて楽しい。ジャック=アンリ・ラルティーグの自動車の写真も飾られてます。



もうヴィンテージのヴィトンのトランクや洋服がかっこいいのなんのって。やっぱりこのステータス感ですよね。ホンモノのセレブリティが持つべきものというか。そのへんの若い子が持っていても安っぽく見えるだけですけど。


セレブリティといえば、ローレン・バコールやグレタ・ガルボ、キャサリン・ヘプバーン、エリザベス・テイラーといったハリウッドの大女優が愛用したヴィトンのトランクや鞄なども並んでて、もう鼻血出そうでした。


グレタ・ガルボのシューズケースとか。ちなみに靴はフェラガモ。


ルイ・ヴィトンといえば、さまざまなクリエイターやアーティストとコラボレートしていますが、会場にもダミアン・ハーストやシンディ・シャーマン、草間彌生、村上隆、リチャード・プリンスと組んだヴィトンのバッグなどが並んでいます。


最後は日本とルイ・ヴィトンのつながりについて。板垣退助が使っていたトランクや白洲次郎愛用のバッグ、ルイ・ヴィトンからプレゼントされたという市川海老蔵の楽屋用の化粧箱とか。ルイ・ヴィトンが紹介されてる1970年のファッション雑誌もありました。昔は“ルイ・ブイトン”っていってたんですね。


なんか自分もヴィトンが欲しくなってしまいました(笑)


【Volez, Voguez, Voyagez – Louis Vuitton (空へ、海へ、彼方へ - 旅するルイ・ヴィトン)】
2016年6月29日(日)まで
東京都千代田区麹町5丁目 特設会場にて


伝説のトランク100 ―ルイ・ヴィトン―伝説のトランク100 ―ルイ・ヴィトン―