日韓国交正常化50周年を記念しての特別展。日本と韓国それぞれを代表する2体の弥勒菩薩半跏思惟像を通じて、日本と韓国のいにしえの交流を探る展覧会です。
日本からは中宮寺の国宝・菩薩半跏像(伝如意輪観世音菩薩)、韓国からは韓国国立中央博物館所蔵の半跏思惟像(国宝78号像)がそれぞれ出品。先に展覧会が開かれた韓国では4万6000人超の来場者を集め、大きな反響があったといいます。
仏像2体のみの展示なので、観ようと思えばものの数分で観終えてしまうかもしれませんが、別に何時間いてもいいわけで、ひたすら眺めるもよし、仏像のまわりをぐるぐる回るもよし、2体を見比べるもよし、ただ物思いに耽るもよし。広いスペースに距離を開けて展示されているので、人それぞれ思い思いに観ていられます。
中宮寺の菩薩半跏像は仏像を好きになるきっかけになった個人的にも思い入れのある仏さま。中学の修学旅行で法隆寺に訪れたとき、迷い込んだように門をくぐった先にあったのがこの菩薩半跏像でした。誰もいない静かな砂利道の先に突然現れた美しい仏像に雷に打たれたような衝撃を受けたのを今でも覚えています。その後2005年に同じ東博の特別展で公開されたときに再会していますので3度目の対面ですが、今回は韓国の半跏思惟像と一緒に拝見することで感慨もひとしお。1400年の時を隔て、2体の半跏思惟像がこうして出会うことができたと思うだけで心打たれます。
「半跏思惟像(菩薩半跏像)」(国宝)
飛鳥時代・7世紀 中宮寺門跡蔵
飛鳥時代・7世紀 中宮寺門跡蔵
中宮寺の菩薩半跏像はクスノキ材の寄木造りで、飛鳥・白鳳期を代表する木彫りの仏像であるだけでなく、現存する寄木彫刻の仏像としては世界最古のものといいます。よく見ると左右の横面に木材を繋ぎ合わせた隙間があるのが分かります。寄木造りの仏像はこの後300年以上造られなかったそうで、当時としてはかなり珍しい作例のようです。黒光りした木の肌が美しいのですが、表面の黒漆はもともとは下地で、その上に鮮やかな彩色がされ、装飾品を付けていたともいわれています。
対する韓国の半跏思惟像は銅製の鋳造仏。中宮寺の菩薩半跏像が7世紀中頃の作とされるのに対し、こちらは6世紀後半の作といいますが、制作地や伝来は異説あって今も不明。大きさは中宮寺の菩薩半跏像の168cm(頭丁から左足裏までは126cm)に対し68cmと小振りですが、アルカイックスマイルと呼ばれる口角の上がった優しく微笑んだような表情や細くくびれた腰の滑らかな曲線、流麗で柔らかな衣の襞のラインなど、共通する点が多くあります。一方で韓国の半跏思惟像にはサザン調ペルシャにまで起源が遡るという宝冠を冠り、台座の文様もどこか西方的なイメージがあります。中宮寺の菩薩半跏像の頭のぼんぼりのようなものは実はカールしたおさげ髪。時代が少し下っているのと鋳造仏と木像という違いもあって、造形もより自然で、和様化していることも感じます。
「韓国国宝78号 半跏思惟像」
朝鮮・三国時代・6世紀 韓国国立中央博物館蔵
朝鮮・三国時代・6世紀 韓国国立中央博物館蔵
『ほほえみの御仏』は当初、中宮寺の菩薩半跏像ではなく広隆寺の弥勒菩薩像で企画されていたのだそうです。しかし広隆寺から出品の承諾が得られなかったのだとか。広隆寺の弥勒菩薩像と酷似しているといわれる韓国の国宝83号半跏思惟像と一緒に展示するという計画だったとの話ですが、もし広隆寺の弥勒菩薩像と韓国の国宝83号半跏思惟像の展示が実現していれば、それはそれで素晴らしかったでしょうね。
「菩薩五尊像」
中国・北斉時代・6世紀 東京国立博物館蔵
中国・北斉時代・6世紀 東京国立博物館蔵
いまトーハクでは他にも半跏思惟像が展示されていますので、併せてご覧になるとより充実した体験になると思います。半跏思惟像はもとはシッダールタ太子(出家前の釈迦)の悩む姿を表したものとされ、中国では太子思惟像として信仰を集めたといいます。のちに韓国に伝わり、弥勒信仰と相俟って弥勒菩薩として広まり、それが日本に入ってきたとされています。東洋館では、中国・北斉時代の半跏思惟像と朝鮮・三国時代の菩薩半跏像があって、中国の「菩薩五尊像」は石彫仏特有の古様の浮彫りの中にも柔らかな質感と整った美しさが印象的です。
「菩薩半跏像」
朝鮮・三国時代・7世紀 東京国立博物館蔵
朝鮮・三国時代・7世紀 東京国立博物館蔵
法隆寺宝物館にも飛鳥時代(7世紀)を中心に菩薩半跏像が複数展示されています。中には朝鮮からの渡来品と伝わる仏像もあり、三国時代の朝鮮半島と日本との関係の深さが窺えます。こちらはいずれも金銅仏ということもあり、造形的には朝鮮・三国時代のものと大きくは変わらないですね。
『ほほえみの御仏』は会期中無休、毎日20時まで開館(入館は19:30まで)していますが、東洋館、法隆寺宝物館、平成館と特別展『古代ギリシャ展』は通常どおり(平日17時、金曜20時、土日18時まで。入館は閉館の30分前まで。月曜は休館)なので、他も観て回りたい人はご注意を。本館の常設展(総合文化展)は20時まで観られますが、通常の閉館時間以降は常設展観覧のみでの入館はダメみたいです。会期中、入口でセキュリティチェックがありますので、日中、特に土日は入場の際に混雑が予想されます。
【日韓国交正常化50周年記念 特別展「ほほえみの御仏-二つの半跏思惟像-」】
2016年7月10日(日)まで
東京国立博物館 本館特別5室にて
日本仏像史講義 (平凡社新書)