2018/07/07

長谷川利行展

府中市美術館で開催中の『長谷川利行展』を観てきました。

気づいたら会期末。やっとのことで府中まで出かけることができました。なんでこんな素晴らしい展覧会を後回しにしていたんだろうと思うぐらい素晴らしい内容でした。

長谷川利行の作品は東京国立近代美術館の常設や、昭和初期の洋画を取り上げた展覧会などでときどき観たりして、もともと好きな画家ではあったのですが、去年でしたでしょうか、Eテレの『日曜美術館』で長谷川利行の特集を観て、その人となり(というか生き方ですかね)に衝撃を受け、なかなかすごい画家だったんだなぁと強く興味を持つようになりました。

本展は、回顧展としては18年ぶり。初期から晩年まで150点近い作品が紹介されています。客層は年配が中心かなと思ったのですが、意外と若い人も多く、近年の利行に対する関心の高さが伺えます。


会場の構成は以下のとおりです:
Ⅰ 上京-1929 日暮里:震災復興の中を歩く
Ⅱ 1930-1935 山谷・浅草:街がアトリエになる
Ⅲ 1936-死 新宿・三河島:美はどん底から生じる

長谷川利行 「夏の遊園地」
昭和3年(1928) 個人蔵

利行はもともとは文学を志していて、歌集を出したり小説も書いたりしていたのですが、いつからか絵画にシフトし、30歳で上京、32歳で洋画の展覧会に初入選します。若い頃、水彩画の指南を受けたりというのはあったみたいですが、絵画はほぼ独学。フォーヴィズム風だけどフォーヴィズムとはどことなく異なる激しいタッチや強烈な色彩は、“イズム”のようなものに縛られない独学故の自由さにあるのかもしれません。

長谷川利行 「汽罐車庫」
昭和3年(1928)頃 鉄道博物館蔵

初期の作品は鉄道や変電所、陸橋、駅といった無機質な都市の風景を主題に選ぶことが多かったといいます。ほかの作品よりもひと際大きい「汽罐車庫」は赤茶けたレンガ色の堂々とした車庫とどっしりとした地面、そして黒々とした蒸気機関車という重厚な色彩感と構図の迫力に圧倒されます。

どう見ても稚拙なんだけど、夏の光の眩しさや遊園地の楽しさが不思議と伝わってくる「夏の遊園地」や、全体的に雑なんだけどカフェの高い天井や人が捌けたのか談笑する女給さんたちの雰囲気がとても魅力的な「カフェ・パウリスタ」など、なんかとても惹かれてしまいます。追加作品として展示されていた「子供」の絵具のチューブから直接塗ったような激しさと青と白の格子の浴衣の可愛らしさのアンバランスがまた面白い。

長谷川利行 「靉光像」
昭和3年(1928) 個人蔵

利行は文学青年だったという知的さもあったのか、面倒見が良かったのか、後輩の洋画家たちに慕われていたといいます。ひと回り下の同時代の洋画家・靉光の家に泊まった際、靉光のパレットとカンヴァスを使って30分ぐらいで描き上げたという「靉光像」なんか観ると、まるで画用紙にクレヨンでさささと描いてしまうような仕事の速さと的確なのに無駄のない筆の動きに驚いてしまいます。

さささと描いてしまう一方で、肖像画の「岸田国士像」は珍しく4、5日かけて丁寧に描いたそうです。岸田の本を持って行っていいの一言に風呂敷で本をありったけ持って行ったとか毎日のように金を無心に来たとか、利行のエピソードもかなりのもの。利行のそうした態度に友人知人も離れていったようです。

長谷川利行 「水泳場」
昭和7年(1932) 板橋区立美術館蔵

今回の展覧会でとても好きだったのが「水泳場」。震災復興事業として墨田公園に造られたという屋外プールを描いた作品で、プールを囲む大勢の人々やプールで泳ぐ人、飛び込む人、プールの賑やかな歓声が聴こえてきそうです。空は眩いばかりの青空、プールの向こうには隅田川の青い水面も望めます。

利行はアトリエを持たず、浅草や新宿といった繁華街や、人々の集まる駅や演芸場など、その場でカンヴァスに絵を描いたといいます。だからなのか、どの作品からも臨場感というか、リアルな感覚に満ちていて、その躍動感に圧倒されます。溢れる色彩と荒く奔放なタッチのその画面からは酒場やカフェの賑わい、汽車の音、街の騒めきが響いてくるようです。昭和初期の東京をここまで魅力的に描く画家が他にいたでしょうか。

長谷川利行 「ノアノアの少女」
昭和12年(1937) 愛知県美術館蔵

個人的に好きな利行の人物画もたくさんあって嬉しい。とりわけカフェの女給や市井の女性たちを描いた作品の味わいは格別。利行とモデルになった女給さんの近さというか、親しさがなんか感じられるようです。そして都会的でモダンな雰囲気と昭和初期独特の退廃的なムード。賑やかさとか温もりとかとは裏腹な寂寥感が見え隠れするところも利行の絵の魅力という気がします。

演芸場やビアガーデンで30分程で描きあげたというエピソードも面白いですね。手拍子したり酒を飲みながらカンヴァスにひょいひょいと描く光景が目に浮かびます。

長谷川利行 「青布の裸婦」
昭和12年(1937) 個人蔵

長谷川利行 「女」
昭和12年(1937) 横須賀美術館蔵

後期は薄塗りになり、時として抽象画のような作品も残しています。晩年は酒の飲み過ぎから胃痛に苦しみ、三河島の路上で倒れ、胃ガンのため49歳で亡くなります。

会場には昨年同じ府中市美術館で開催された『ガラス絵 幻惑の200年史』でも紹介されていた利行のガラス絵も展示されていました。

長谷川利行 「白い背景の人物」」
昭和12年(1937) 個人蔵


【長谷川利行展 七色の東京】
2018年7月8日(日)まで
府中市美術館にて


美術の窓 2018年 4月号 [雑誌]美術の窓 2018年 4月号 [雑誌]

2018/07/01

歌仙と古筆

出光美術館で開催中の『歌仙と古筆』を観てきました。

「人麿影供(ひとまろえいぐ)」という言葉をよく知らなかったのですが、歌会の儀礼として“歌聖”柿本人麻呂(人麿)の肖像を掲げることを「人麿影供」というそうで、今年は歌人・藤原顕季が歌会の繁栄を念じて人麿像を床に懸けてから900年になるんだそうです。

本展はその人麿の図像を中心に、歌仙の図像がどう受け継がれたのかをとても丁寧に追っています。

まずは「佐竹本三十六歌仙絵」をはじめ、土佐光起や狩野永納などの人麿を描いた歌仙絵がいくつか並んでるのですが、いわれてみて気づいたのですが、そういえば歌仙絵に描かれる人麿って、みんな同じなんですね。句を考えているのか筆と紙を手にちょっと上を見つめ、傍らには硯箱があって。人麿の絵姿をパターン化することで、これ人麿ね、と誰にでも認識されるということがあったのでしょうか。和歌の神とされた住吉明神、玉津島明神とともに、神格化された人麿が描かれた三幅対の「和歌三神像」というのも興味深かったです。

「佐竹本三十六歌仙絵 柿本人麿」(重要文化財)
鎌倉時代 出光美術館蔵

土佐光起 「人麿図」
江戸時代 個人蔵

面白かったのが、「佐竹本三十六歌仙絵」の「山邊赤人」。わたしは知らなかったのですが、人麿と同一人物説というのがあるんですね。だからなのか、人麿と赤人は図像が左右を反転したみたいになっています。

「佐竹本三十六歌仙絵」は元は鎌倉時代に制作された絵巻で、大正時代に37枚(36人の歌仙と住吉明神)に分割され、今に至ります。そのほとんどが重要文化財で、上巻の頭を飾る「柿本人麿」を出光美術館が持ってるというのは流石です。本展では出光美所蔵の「柿本人麿」と「僧正遍照」、加えて前期(7/1まで)には「山邊赤人」(個人蔵)、後期(7/3~)には「住吉大明神」が展示されます。

岩佐又兵衛_三十六歌仙図柿本人麿

歌仙絵では岩佐又兵衛の「三十六歌仙図」が6点、さらに「三十六歌仙・和漢故事説話図屏風」と「三十六歌仙図屏風」が出ているのが嬉しいところ。又兵衛の「三十六歌仙図」は複数の絵師の手が認められるとのことでしたが、第一章に展示されていた4点(人麿、赤人、高光、宗于)は又兵衛らしい豊頬長頤も見られます。屏風2点はともに伝又兵衛。「三十六歌仙・和漢故事説話図屏風」は『岩佐又兵衛と源氏絵』のときにも出品されていたもの。もうひとつの「三十六歌仙図屏風」は初めて観ました。前者は上部に三十六歌仙、下部に和漢故事説話図という凝った作りで、表現も又兵衛風。工房の手によるものと解説にありましたが、又兵衛作品に見られる「勝以」印と「道蘊」印があるので又兵衛も何らか関与してるのだろうなと想像します。後者は歌仙の表情が判を押したように単調で面白味がなく、あまり又兵衛らしさも感じられず、ちょっとどうなのかなという気もします。

俵屋宗達 「西行物語絵巻」(重要文化財)
寛永7年(1630) 出光美術館蔵

宗達の「西行物語絵巻」が出光美術館所蔵の三巻の内、最初の一巻がまるまる展示されてます。宗達の「西行物語絵巻」は室町時代の海田采女佑源相保が描いたとされる絵巻の模写本ですが、そこには同じコーナーに展示されていた「中殿御会図」や「時代不同歌合絵」といった歌仙絵のパターンが継承されているのが分かります。こうして歌仙絵と比較してみると、観る視点ががらりと変わってきて面白い。

鈴木其一 「三十六歌仙図」
弘化2年(1845) 出光美術館蔵

後半には、国宝の古筆手鑑「見努世友」や伝・紀貫之の「高野切 第一種」、伝・藤原公任の「石山切 伊勢集」などの名筆がずらり。ちょうど直前に東京国立博物館で「高野切」の特集展示を観ていたので、とても興味深く観ることができました。

最後には近世の歌仙絵として又兵衛と鈴木其一が並びます。其一の「三十六歌仙図」は何度か観ていますが、表装の模様まで描きこんでいるのがいかにも其一らしいというか、面白いですね。


【人麿影供900年 歌仙と古筆】
2018年7月22日(日)まで
出光美術館蔵


古今和歌集 (岩波文庫)古今和歌集 (岩波文庫)

2018/06/23

江戸の悪 PARTⅡ

太田記念美術館で開催中の『江戸の悪 PARTⅡ』を観てきました。

2015年に同じ太田記念美術館で開催され、好評を博した『江戸の悪』の第2弾。単純に前回の続きなのかなと思ってたのですが、前回の内容をさらにパワーアップして、出品作品数も約220点に倍増し、あらためて焼き直しした展覧会なのですね。

だから、前回の展覧会と被っている作品も結構あります。前回は“悪”をテーマにするならこれを出さなきゃという作品も多かったので、そうした作品がまた観られて、さらに前回ラインナップから漏れた作品も加わるとなれば、こんなに嬉しいことはありません。

今回は前期・後期に分けて2カ月に渡っての展覧会とあり、かなり力が入ってます。前回は間に合わなかった図録もちゃんと用意されていました。解説も読みごたえがあり、江戸の“悪”を知る上で資料性も十分です。展示作品も太田記念美術館の所蔵作品だけでなく、個人蔵の作品も多くて、内容的にも充実しています。


会場の構成もほぼ前回の展覧会を踏襲しています。
Ⅰ 悪人大集合
Ⅱ 恋と悪
Ⅲ 善と悪のはざま
Ⅳ 言葉としての悪

歌川国貞(三代豊国) 「東都贔屓競 二 清玄 桜姫」
安政5年(1858) (※展示は6/27まで)

まずは<悪人大集合>。盗賊、侠客、浪人、悪僧、悪臣、悪女、女伊達、妖術師…。ずいぶん悪い奴らがいるものです。

歌舞伎や人形浄瑠璃といった芝居を題材にしているものがやはり多いのですが、それらも元を辿れば、実際に起きた事件や史実、古くから伝わる伝説だったりするわけで、“悪”というのは、いい意味でも悪い意味でも、昔も今も人の興味を引く格好の素材なのかもしれません。「怖い事件だね~」「嫌な世の中だね~」「くわばらくわばら」などといいながら、目と耳は“悪”に向いていたのでしょう。

葛飾北斎 「仮名手本忠臣蔵 初段」
文化3年(1806) (※展示は6/27まで)

展示作品の多くは19世紀に入ってからのもの。19世紀後半に集中しているのは、華麗でダイナミックな役者絵で人気を博した歌川国貞をはじめとする歌川派の隆盛が大きく関係しているのでしょうが、その裏には幕末の不穏な時代の空気というのもあったのかもしれません。同じ歌舞伎の芝居を題材にした葛飾北斎や歌川広重、勝川派など一時代前の浮世絵師による作品と見比べても、“悪”がずっと引き立てられているというか、魅力的に見える気がします。明治に入ってからの月岡芳年や豊原国周、楊洲周延らの作品も多く、過剰なまでに“悪”の魅力が演出されていると感じるものも多々あります。

落合芳幾 「英名二十八衆句 佐野治郎左エ門」
慶応3年(1867) (※展示は6/27まで)

巨大な蝦蟇の背中に乗った天竺徳兵衛という定番の構図の絵はいくつか観たことがありますが、歌川国芳の「尾上梅寿一代噺」は何匹もの巨大な蝦蟇が画面を覆い尽くすというユニークな作品。ここまで来るともう歌舞伎の舞台演出を超えています。国芳の「清盛入道布引滝遊覧悪源太義平霊討難波次郎」もさすがのインパクト。四方に走る稲妻と恐ろしげな清盛に度肝を抜きます。『鬼一法眼三略巻』に取材した国周の「明治座新狂言 摂州布引瀧之場」も悪源太義平の亡霊も雷光と炎に包まれるという歌舞伎というより映画的な感じさえします。

残酷な殺害場面がある歌舞伎は多く、『東海道四谷怪談』の民谷伊右衛門や『夏祭浪花鑑』の団七九郎兵衛、『伊勢音頭恋寝刃』の福岡貢など本展にも惨たらしい殺害シーンを描いた作品がいくつも出ていますが、やはり“無惨絵”の芳年はほんと酷いなと思います(褒めてます)。芳年の「英名二十八衆句」シリーズの「直助権兵衛」や「団七九郎兵衛」は正に血みどろでしたが、今回観た作品の中では『籠釣瓶花街酔醒』の八ツ橋を惨殺する場面を描いた「新撰東錦絵 佐野次郎左衛門」が秀逸。同じシーンを描いた落合芳幾の「英名二十八衆句 佐野治郎左エ門」も迫力がありますが、芳年の「佐野次郎左衛門」は懐紙が宙に舞うストップモーションのような描写と妖刀にべっとりついた血糊のような赤が鮮烈です。歌舞伎の名場面がありありと目に浮かびます。

月岡芳年 「新撰東錦絵 佐野次郎左衛門の話」
明治19年(1886) (※展示は6/27まで)

今回の『江戸の悪 PARTⅡ』に併せて“多分野連携展示”として、関連企画が開催されています。
 
東洋文庫ミュージアム『悪人か、ヒーローか Villain or Hero』
國學院大學博物館『惡-まつろわぬ者たち-』
ヴァニラ画廊『HN【悪・魔的】コレクション~evil devil~』
国立劇場伝統芸能情報館『悪を演る -歌舞伎の創造力-』


この内、東洋文庫ミュージアムの『悪人か、ヒーローか Villain or Hero』と國學院大學博物館の『惡-まつろわぬ者たち-』も一緒に回ってきました。

國學院大學博物館は「悪」の意味するところは何なのかを古代中国の「悪」という言葉の根源から日本に伝わりどのように「悪」が受容されたのかを振りかえるという、少ない展示ながらもとても示唆に富んだ内容でした。東洋文庫ミュージアムは中国と日本を中心に古今東西の悪人列伝といった様相。歴史上の有名な「悪人」(そうでない人もいるけど)を歴史資料や浮世絵などを通して観て行きます。パネル解説も多く、分かりやすくていいですね。こちらもオススメです。


【江戸の悪 PARTⅡ】
前期:6月2日(土)~6月27日(水)
後期:6月30日(土)~7月29日(日)
太田記念美術館にて


悪の歴史 日本編(上)悪の歴史 日本編(上)


悪の歴史 日本編(下)悪の歴史 日本編(下)

2018/06/03

京都画壇の明治

ゴールデンウィークのときの話なので、書くのがすっかり遅くなってしまいましたが、京都市学校歴史博物館で開催中の『京都画壇の明治』を観てきました。

京都市学校歴史博物館と聞いて、どこよそれ?と調べてしまいましたが、四条河原町から徒歩10分圏内。河原町や祇園で買い物や食事をした足で歩いていけるし、バスで五条まで出れば京博にも行けるし、割と都合の付けやすい場所にありました。

そもそもは明治2年に開校した小学校を改修整備して開設した博物館で、京都の学校の歴史や、教科書・教材・教具などの資料が展示されています。ときどきこうした京都にまつわる日本美術の企画展もしているようです。

今回の企画展はその常設展示の奥をはじめ、3つの部屋を使って作品が展示されています。あまり話題になっていないのですが、幕末から明治20年代ぐらいまでの近代京都画壇の作品がなんと100点近く公開されるという結構なボリューム。前・中・後期に分かれていて、わたしが観に行った前期(4/28~5/15)では69点の作品が展示されていました(前中後期あわせて97点が公開されます)。明治初期の京都画壇だけでここまでの数の作品が観られる機会もなかなかないのではないでしょうか。

鈴木松年 「鬼の念仏・座頭」
個人蔵

円山・四条派や土佐派、岸派、森派など江戸から続く流派に始まり、京都府画学校の学校系や如雲社といった団体系など近代京都画壇を特徴づける明治期の動きもしっかり触れられています。

ふだん東京の美術館・博物館ばかりで観ているからなのか、そもそも近代日本画史の中で京都画壇が顧みられていないからなのか、たとえば鈴木派の活躍ぶりなど初めて知るようなこともあり、非常に興味深いものがありました。明治に入り狩野派や土佐派といった幕府や宮廷とつながりの深かった流派が衰退し、円山・四条派や鈴木派のような町絵師が残ったといわれています。

鈴木百年とその息子・松年は京都画壇のことを多少かじっていれば名前ぐらいは知ってますが、じゃあどんな画風かというとパッとは思い浮かびません。百年の門下には今尾景年や久保田米僊といった近代京都画壇の中心になる人がいて、さらに松年の弟子には上村松園もいたりと、鈴木派は幕末から明治前期にかけてかなりの勢いがあったようです。景年の「群芳百蟲図」や米僊の「因掲陀尊者図」なんかを観ると、このあたりはもっと評価すべきところなのではないだろうかと強く感じます。

久保田米僊 「因掲陀尊者図」
明治30年 個人蔵

京都画壇というと円山・四条派の流れを汲んだ画家が多く、望月玉泉、岸竹堂、原在泉などにいくつか印象的な作品がありました。やはり京都画壇の重鎮・幸野楳嶺や今尾景年、森寛斎あたりの作品には優れたものも多く、とくに森寛斎は南画風の「瓢風吹衣図」や伝統的な耕作図に南画的表現も取り入れ再構築した「四季耕作之図」など森狙仙を祖とする森派のイメージと大きく違い、ちょっと驚きました。

森寛斎 「瓢風吹衣図」
明治5年 敦賀市立博物館蔵

森寛斎 「四季耕作之図」
嘉永5年(1852) 横山商店蔵

東京の美校系の近代化した日本画に比べれば、京都画壇は全体的に旧態依然としたところはありますが、その中でも写実への目覚めや西洋画の影響などを見て取れる作品もあり、明治後期の竹内栖鳳や木島櫻谷、西村五雲といった近代京都画壇に移行していくだろうなという過渡期的なものも感じます。

幸野楳嶺 「敗荷鴛鴦図」
明治10~20年代 敦賀市立博物館蔵

ほかにも巨勢小石の「白衣観音図」や斎藤松洲の「群鶴図」など、あまり知らない画家にも見どころのある作品がありました。いやいや京都画壇は侮れません。

巨勢小石 「白衣観音図」
明治45年 個人蔵

出品作の半分が個人蔵なので、画家のマイナーさを考えると滅多に公開されないでしょうし、京都画壇に興味のある人はこの機会を逃さない方がいいかもしれませんね。受付の方に伺ったところ、図録(?)は現在製作中で、このブログを書いた時点でまだ販売されていないようです。

時間の関係で残念ながら私は寄れなかったのですが、京都国立近代美術館の『明治150年展 明治の日本画と工芸』(5/20まで開催)と併せて観ると充実した京都画壇体験ができるんじゃないかと思いますよ。


【京都画壇の明治】
2018年6月19日まで
京都市学校歴史博物館にて


京都のちいさな美術館めぐり京都のちいさな美術館めぐり

2018/05/27

琳派 -俵屋宗達から田中一光へ-

山種美術館で開催中の特別展『琳派 -俵屋宗達から田中一光へ-』を観てまいりました。
(※展示会場内の写真は特別に主催者の許可を得て撮影したものです)

あちらこちらで琳派400年の展覧会が開催された2015年から早いもので3年。琳派の展覧会も落ち着いた感がありますが、そろそろ琳派の良さげな展覧会がまたあるといいなと思っていたところでした。先月は根津美術館で『光琳と乾山』があり、つづいての琳派の展覧会。琳派熱がまたふつふつと湧いてきます。

山種美術館の琳派の展覧会としては、こちらも2015年の『琳派400年記念 琳派と秋の彩り』以来3年ぶり。2015年は琳派400年であると同時に尾形光琳の300年忌だったのですが、今年は光琳に私淑し江戸琳派を盛り上げた酒井抱一の没後190年、そして鈴木其一の没後160年でもあるんだそうです。

今回の内容は、俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一と花開いた琳派が、近代・現代の日本画家やデザイナーにどう受け継がれたのか、その伝統を紐解いてみるというもの。東博の『名作誕生 つながる日本美術』ではありませんが、まさに“つながる”にポイントをおいた構成になっていました。 


第1章 琳派の流れ

会場に入ってすぐのところにあるのが、今回のチラシにも使われているグラフィックデザイナー・田中一光の「JAPAN」のポスター。宗達が「平家納経」の願文見返しに描いた鹿をアレンジした琳派リスペクトな作品ですね。

俵屋宗達(絵)、本阿弥光悦(書) 「鹿下絵新古今集和歌巻断簡」
17世紀・江戸時代 山種美術館蔵

当の「平家納経」は出てませんが、田中親美による模本があって、そのとなりには宗達=光悦コンビの「鹿下絵新古今集和歌巻(断簡)」が並びます。“鹿”のモチーフのつながりが分かりやすいし面白い。「鹿下絵新古今集和歌巻」はもとは約22メートルという長大な巻物だったそうですが、戦後分断され、山種美術館の所蔵品はその巻頭にあたるもの。光悦ののびやかな筆で西行の和歌が散らし書きれています。

俵屋宗達(絵)、本阿弥光悦(書) 「四季草花下絵和歌短冊帖」
17世紀・江戸時代 山種美術館蔵

つづいてこちらも宗達=光悦コンビの「四季草花下絵和歌短冊帖」。現在は画帖になっていますが、もとは屏風に短冊が貼られていたものとか。銀泥が変色してしるものの、さまざまに装飾された料紙は今観てもとても華やか。躑躅や萩、夕顔など季節々々のモチーフが描かれた短冊に新古今和歌集の和歌が書写されています。

[左から] 酒井抱一 「秋草図」「菊小禽図」「飛雪白鷺図」
19世紀・江戸時代 山種美術館蔵(※「秋草図」のみ展示は6/3まで)

山種美術館は江戸絵画や近・現代の日本画コレクションで知られていますが、そのきっかけは創立者・山崎種二が酒井抱一の絵を見たことにはじまるといいます。それもあってか、琳派は充実していて、抱一、其一も優品がずらり。抱一はやはり季節を感じる優美で瀟洒な花鳥画が絶品。「菊小禽図」と「飛雪白鷺図」はもとは十二ヶ月花鳥図でそれぞれ9月と11月にあたるものとか。「菊小禽図」にはたらしこみが用いられていたり、「飛雪白鷺図」には胡粉を散らし雪を表現していたり、描き方がとても丁寧。

[左から] 酒井抱一 「宇津の山図」「月梅図」
19世紀・江戸時代 山種美術館蔵

「月梅図」は月に外隈を施していて、よく見ると墨ではなく金泥をはき、ぼんやりとした月明かりを演出しています。「宇津の山図」は『伊勢物語』の第九段東下りの場面。東博の『名作誕生』でも取り上げられていましたが、宗達以来、琳派が継承していった主題のひとつですね。

其一は濃厚な色彩が美しい「牡丹図」や「四季花鳥図」といった其一らしさを感じる作品に目が行きますが、其一には珍しい神話を題材にした「神功皇后・武内宿禰図」(展示は6/3まで)も装束や武具の描写がこれまた細かく、良質の絵具を使っているとかで色もきれい。抱一の人物画を継承したというより、もう一歩踏み込んで近代日本画の歴史画を思わせます。

伝・俵屋宗達 「槇楓図」
17世紀・江戸時代 山種美術館蔵

(※会場ではこの写真のみ撮影可です)

「槇楓図」も琳派で継承された画題。藝大にある光琳の「槇楓図」はこれを模写したといわれています。現在は一隻のみですが、もう片隻があって一双になっていたんじゃないかという話もあります。光琳の「槇楓図」も一隻なので、光琳が観たときには既になかったんでしょうか。宗達では「鳥図」も印象的。鳥(鴉)の輪郭線が塗り残しなのかと思ったら薄墨を引いてるんですね。爪も薄墨で表現。宗達の「狗子図」を思い出しました。

光琳は「白楽天図」が見もの。同構図の屏風が根津美術館にあって、先日『光琳と乾山』で観たばかりですが、根津美術館所蔵のものより若干小さいかな?という印象。本展に展示されている「白楽天図」(個人蔵)は緑の土坡や金雲(?)の色合いが濃く、波もいくつもの色でコントラストを強調しているのに対し、根津のものは少し褪色しているのか、トーンが抑え目です。

酒井鶯浦 「紅白蓮・白藤・夕もみぢ図」
19世紀・江戸時代 山種美術館蔵

鶯浦は抱一の弟子で、後に養子となり、其一より12歳も年下にもかかわらず抱一の正式な後継者となった絵師。「紅白蓮・白藤・夕もみぢ図」は本阿弥光甫(光悦の孫)の「藤・蓮・楓」の三幅対を忠実に再現したもの。抱一も全く同じ作品を残していますが、抱一は絵の外に落款を入れてるのに対し、鶯浦は絵の中に紛れて隠し落款風に光甫の印章まで書き写しています。

明治に入り衰退した琳派をモダンデザインとして生き返らせたのが神坂雪佳。図案家のイメージも強いけど、日本画家としても優れた人だと思っていて、ちゃんと観たいんですが、なかなか機会がないんですよね。「蓬莱山・竹梅図」なんてすごくいい。雪佳の図案を集めた作品集『百々世草』も展示されていました。


第2章 琳派のまなざし

つづいては近代・現代日本画と琳派の“つながり”を展観。<構図の継承>、<モティーフと図様の継承>、<トリミング>、<装飾性とデザイン性>の4つのテーマに分け、作品が紹介されています。

速水御舟 「翠苔緑芝」
昭和3年(1928) 山種美術館蔵

御舟の「翠苔緑芝」は金地に緑の土坡がいかにも琳派的なのですが、猫やら兎やら枇杷やら紫陽花やら琳派の作品ではあまり見かけない(宗達には兎を描いた作品がありますが)モチーフがユニーク。習学時代から琳派を意識していたという御舟の琳派研究の成果ともいえる傑作です。胡粉に卵白を交ぜたり、重層を交ぜたり、火で炙ったり、いろいろ試行錯誤して作り上げたといわれる紫陽花の萼(ガク)の独特の色合いも見どころ。

[左から] 小林古径 「夜鴨」 昭和4年(1929)頃 山種美術館蔵
速水御舟 「錦木」 大正2年(1913) 山種美術館蔵

同じく御舟の「錦木」は薄の描写が琳派の意匠を思わせます。解説を見て気づいたのですが、たらし込みを使ってるんですね。古径の「夜鴨」は光琳の「飛鶴図」を参照しているそうで、となりには光琳作のパネルがありました。

山元春挙 「春秋草花」
大正10~12年(1921-23)頃 山種美術館蔵

近代京都画壇でも好きな画家の一人、春挙の「春秋草花」もいいですね。春挙というと円山四条派の流れを汲んだ水墨画、写生的な風景画の印象が強いのですが、こうした琳派的な作品も残しているんですね。菜の花にはモンシロチョウが、薄には鈴虫が描かれ風情を添えてます。

ここでは春草の「月四題」が嬉しい全幅展示。一幅、二幅で出品されることはときどきありますが、全て揃うのは久しぶりなのでは。春は桜、夏は柳、秋は葡萄、冬は梅の老木。月と四季の草木の組み合わせは抱一を意識してるのでしょうか。

菱田春草 「月四題」
明治42~43年(1909-10)頃 山種美術館蔵

現代の琳派といえば加山又造。なんといっても、散りばめられた金銀箔や切箔、季節の草花を描いた扇面などさまざまに装飾を施した「華扇屏風」のゴージャスさに目を奪われます。美術館の入り口に飾られている「濤と鶴」の小下絵も展示されてました。


第3章 20世紀の琳派・田中一光

そして、琳派の意匠を意識的に視覚表現に取り入れたのが昭和を代表するグラフィック・デザイナー、田中一光。光琳の「紅白梅図屏風」の流水を彷彿とさせる「Toru Takemitsu:Music Today 1973-92」や、光琳、抱一と継承された燕子花をデザイン化した「グラフィックアート植物園#1」、宗達の「波濤図」を取り入れた「武満徹-響きの海へ」など琳派ファンならピンとくるデザインの数々。とりわけ平安王朝の料紙装飾の傑作「本願寺本三十六人家集」をモチーフにした「人間と文字:日本」がとても良かったです。古典的なのに全く古さを感じない。お見事。



もちろん1階の≪Cafe 椿≫では、青山の老舗菓匠「菊家」による琳派をイメージした特製和菓子が今回も用意されています。見た目の美しさだけでなく、柚子あんだったり、胡麻入りあんだったり、黒糖風味あんだったり、素材や味にもこだわりが。これは寄らずにいられませんね。



【琳派 -俵屋宗達から田中一光へ-】
2018年7月8日(日)まで
山種美術館にて


田中一光とデザインの前後左右田中一光とデザインの前後左右