2018/06/23

江戸の悪 PARTⅡ

太田記念美術館で開催中の『江戸の悪 PARTⅡ』を観てきました。

2015年に同じ太田記念美術館で開催され、好評を博した『江戸の悪』の第2弾。単純に前回の続きなのかなと思ってたのですが、前回の内容をさらにパワーアップして、出品作品数も約220点に倍増し、あらためて焼き直しした展覧会なのですね。

だから、前回の展覧会と被っている作品も結構あります。前回は“悪”をテーマにするならこれを出さなきゃという作品も多かったので、そうした作品がまた観られて、さらに前回ラインナップから漏れた作品も加わるとなれば、こんなに嬉しいことはありません。

今回は前期・後期に分けて2カ月に渡っての展覧会とあり、かなり力が入ってます。前回は間に合わなかった図録もちゃんと用意されていました。解説も読みごたえがあり、江戸の“悪”を知る上で資料性も十分です。展示作品も太田記念美術館の所蔵作品だけでなく、個人蔵の作品も多くて、内容的にも充実しています。


会場の構成もほぼ前回の展覧会を踏襲しています。
Ⅰ 悪人大集合
Ⅱ 恋と悪
Ⅲ 善と悪のはざま
Ⅳ 言葉としての悪

歌川国貞(三代豊国) 「東都贔屓競 二 清玄 桜姫」
安政5年(1858) (※展示は6/27まで)

まずは<悪人大集合>。盗賊、侠客、浪人、悪僧、悪臣、悪女、女伊達、妖術師…。ずいぶん悪い奴らがいるものです。

歌舞伎や人形浄瑠璃といった芝居を題材にしているものがやはり多いのですが、それらも元を辿れば、実際に起きた事件や史実、古くから伝わる伝説だったりするわけで、“悪”というのは、いい意味でも悪い意味でも、昔も今も人の興味を引く格好の素材なのかもしれません。「怖い事件だね~」「嫌な世の中だね~」「くわばらくわばら」などといいながら、目と耳は“悪”に向いていたのでしょう。

葛飾北斎 「仮名手本忠臣蔵 初段」
文化3年(1806) (※展示は6/27まで)

展示作品の多くは19世紀に入ってからのもの。19世紀後半に集中しているのは、華麗でダイナミックな役者絵で人気を博した歌川国貞をはじめとする歌川派の隆盛が大きく関係しているのでしょうが、その裏には幕末の不穏な時代の空気というのもあったのかもしれません。同じ歌舞伎の芝居を題材にした葛飾北斎や歌川広重、勝川派など一時代前の浮世絵師による作品と見比べても、“悪”がずっと引き立てられているというか、魅力的に見える気がします。明治に入ってからの月岡芳年や豊原国周、楊洲周延らの作品も多く、過剰なまでに“悪”の魅力が演出されていると感じるものも多々あります。

落合芳幾 「英名二十八衆句 佐野治郎左エ門」
慶応3年(1867) (※展示は6/27まで)

巨大な蝦蟇の背中に乗った天竺徳兵衛という定番の構図の絵はいくつか観たことがありますが、歌川国芳の「尾上梅寿一代噺」は何匹もの巨大な蝦蟇が画面を覆い尽くすというユニークな作品。ここまで来るともう歌舞伎の舞台演出を超えています。国芳の「清盛入道布引滝遊覧悪源太義平霊討難波次郎」もさすがのインパクト。四方に走る稲妻と恐ろしげな清盛に度肝を抜きます。『鬼一法眼三略巻』に取材した国周の「明治座新狂言 摂州布引瀧之場」も悪源太義平の亡霊も雷光と炎に包まれるという歌舞伎というより映画的な感じさえします。

残酷な殺害場面がある歌舞伎は多く、『東海道四谷怪談』の民谷伊右衛門や『夏祭浪花鑑』の団七九郎兵衛、『伊勢音頭恋寝刃』の福岡貢など本展にも惨たらしい殺害シーンを描いた作品がいくつも出ていますが、やはり“無惨絵”の芳年はほんと酷いなと思います(褒めてます)。芳年の「英名二十八衆句」シリーズの「直助権兵衛」や「団七九郎兵衛」は正に血みどろでしたが、今回観た作品の中では『籠釣瓶花街酔醒』の八ツ橋を惨殺する場面を描いた「新撰東錦絵 佐野次郎左衛門」が秀逸。同じシーンを描いた落合芳幾の「英名二十八衆句 佐野治郎左エ門」も迫力がありますが、芳年の「佐野次郎左衛門」は懐紙が宙に舞うストップモーションのような描写と妖刀にべっとりついた血糊のような赤が鮮烈です。歌舞伎の名場面がありありと目に浮かびます。

月岡芳年 「新撰東錦絵 佐野次郎左衛門の話」
明治19年(1886) (※展示は6/27まで)

今回の『江戸の悪 PARTⅡ』に併せて“多分野連携展示”として、関連企画が開催されています。
 
東洋文庫ミュージアム『悪人か、ヒーローか Villain or Hero』
國學院大學博物館『惡-まつろわぬ者たち-』
ヴァニラ画廊『HN【悪・魔的】コレクション~evil devil~』
国立劇場伝統芸能情報館『悪を演る -歌舞伎の創造力-』


この内、東洋文庫ミュージアムの『悪人か、ヒーローか Villain or Hero』と國學院大學博物館の『惡-まつろわぬ者たち-』も一緒に回ってきました。

國學院大學博物館は「悪」の意味するところは何なのかを古代中国の「悪」という言葉の根源から日本に伝わりどのように「悪」が受容されたのかを振りかえるという、少ない展示ながらもとても示唆に富んだ内容でした。東洋文庫ミュージアムは中国と日本を中心に古今東西の悪人列伝といった様相。歴史上の有名な「悪人」(そうでない人もいるけど)を歴史資料や浮世絵などを通して観て行きます。パネル解説も多く、分かりやすくていいですね。こちらもオススメです。


【江戸の悪 PARTⅡ】
前期:6月2日(土)~6月27日(水)
後期:6月30日(土)~7月29日(日)
太田記念美術館にて


悪の歴史 日本編(上)悪の歴史 日本編(上)


悪の歴史 日本編(下)悪の歴史 日本編(下)

2018/06/03

京都画壇の明治

ゴールデンウィークのときの話なので、書くのがすっかり遅くなってしまいましたが、京都市学校歴史博物館で開催中の『京都画壇の明治』を観てきました。

京都市学校歴史博物館と聞いて、どこよそれ?と調べてしまいましたが、四条河原町から徒歩10分圏内。河原町や祇園で買い物や食事をした足で歩いていけるし、バスで五条まで出れば京博にも行けるし、割と都合の付けやすい場所にありました。

そもそもは明治2年に開校した小学校を改修整備して開設した博物館で、京都の学校の歴史や、教科書・教材・教具などの資料が展示されています。ときどきこうした京都にまつわる日本美術の企画展もしているようです。

今回の企画展はその常設展示の奥をはじめ、3つの部屋を使って作品が展示されています。あまり話題になっていないのですが、幕末から明治20年代ぐらいまでの近代京都画壇の作品がなんと100点近く公開されるという結構なボリューム。前・中・後期に分かれていて、わたしが観に行った前期(4/28~5/15)では69点の作品が展示されていました(前中後期あわせて97点が公開されます)。明治初期の京都画壇だけでここまでの数の作品が観られる機会もなかなかないのではないでしょうか。

鈴木松年 「鬼の念仏・座頭」
個人蔵

円山・四条派や土佐派、岸派、森派など江戸から続く流派に始まり、京都府画学校の学校系や如雲社といった団体系など近代京都画壇を特徴づける明治期の動きもしっかり触れられています。

ふだん東京の美術館・博物館ばかりで観ているからなのか、そもそも近代日本画史の中で京都画壇が顧みられていないからなのか、たとえば鈴木派の活躍ぶりなど初めて知るようなこともあり、非常に興味深いものがありました。明治に入り狩野派や土佐派といった幕府や宮廷とつながりの深かった流派が衰退し、円山・四条派や鈴木派のような町絵師が残ったといわれています。

鈴木百年とその息子・松年は京都画壇のことを多少かじっていれば名前ぐらいは知ってますが、じゃあどんな画風かというとパッとは思い浮かびません。百年の門下には今尾景年や久保田米僊といった近代京都画壇の中心になる人がいて、さらに松年の弟子には上村松園もいたりと、鈴木派は幕末から明治前期にかけてかなりの勢いがあったようです。景年の「群芳百蟲図」や米僊の「因掲陀尊者図」なんかを観ると、このあたりはもっと評価すべきところなのではないだろうかと強く感じます。

久保田米僊 「因掲陀尊者図」
明治30年 個人蔵

京都画壇というと円山・四条派の流れを汲んだ画家が多く、望月玉泉、岸竹堂、原在泉などにいくつか印象的な作品がありました。やはり京都画壇の重鎮・幸野楳嶺や今尾景年、森寛斎あたりの作品には優れたものも多く、とくに森寛斎は南画風の「瓢風吹衣図」や伝統的な耕作図に南画的表現も取り入れ再構築した「四季耕作之図」など森狙仙を祖とする森派のイメージと大きく違い、ちょっと驚きました。

森寛斎 「瓢風吹衣図」
明治5年 敦賀市立博物館蔵

森寛斎 「四季耕作之図」
嘉永5年(1852) 横山商店蔵

東京の美校系の近代化した日本画に比べれば、京都画壇は全体的に旧態依然としたところはありますが、その中でも写実への目覚めや西洋画の影響などを見て取れる作品もあり、明治後期の竹内栖鳳や木島櫻谷、西村五雲といった近代京都画壇に移行していくだろうなという過渡期的なものも感じます。

幸野楳嶺 「敗荷鴛鴦図」
明治10~20年代 敦賀市立博物館蔵

ほかにも巨勢小石の「白衣観音図」や斎藤松洲の「群鶴図」など、あまり知らない画家にも見どころのある作品がありました。いやいや京都画壇は侮れません。

巨勢小石 「白衣観音図」
明治45年 個人蔵

出品作の半分が個人蔵なので、画家のマイナーさを考えると滅多に公開されないでしょうし、京都画壇に興味のある人はこの機会を逃さない方がいいかもしれませんね。受付の方に伺ったところ、図録(?)は現在製作中で、このブログを書いた時点でまだ販売されていないようです。

時間の関係で残念ながら私は寄れなかったのですが、京都国立近代美術館の『明治150年展 明治の日本画と工芸』(5/20まで開催)と併せて観ると充実した京都画壇体験ができるんじゃないかと思いますよ。


【京都画壇の明治】
2018年6月19日まで
京都市学校歴史博物館にて


京都のちいさな美術館めぐり京都のちいさな美術館めぐり

2018/05/27

琳派 -俵屋宗達から田中一光へ-

山種美術館で開催中の特別展『琳派 -俵屋宗達から田中一光へ-』を観てまいりました。
(※展示会場内の写真は特別に主催者の許可を得て撮影したものです)

あちらこちらで琳派400年の展覧会が開催された2015年から早いもので3年。琳派の展覧会も落ち着いた感がありますが、そろそろ琳派の良さげな展覧会がまたあるといいなと思っていたところでした。先月は根津美術館で『光琳と乾山』があり、つづいての琳派の展覧会。琳派熱がまたふつふつと湧いてきます。

山種美術館の琳派の展覧会としては、こちらも2015年の『琳派400年記念 琳派と秋の彩り』以来3年ぶり。2015年は琳派400年であると同時に尾形光琳の300年忌だったのですが、今年は光琳に私淑し江戸琳派を盛り上げた酒井抱一の没後190年、そして鈴木其一の没後160年でもあるんだそうです。

今回の内容は、俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一と花開いた琳派が、近代・現代の日本画家やデザイナーにどう受け継がれたのか、その伝統を紐解いてみるというもの。東博の『名作誕生 つながる日本美術』ではありませんが、まさに“つながる”にポイントをおいた構成になっていました。 


第1章 琳派の流れ

会場に入ってすぐのところにあるのが、今回のチラシにも使われているグラフィックデザイナー・田中一光の「JAPAN」のポスター。宗達が「平家納経」の願文見返しに描いた鹿をアレンジした琳派リスペクトな作品ですね。

俵屋宗達(絵)、本阿弥光悦(書) 「鹿下絵新古今集和歌巻断簡」
17世紀・江戸時代 山種美術館蔵

当の「平家納経」は出てませんが、田中親美による模本があって、そのとなりには宗達=光悦コンビの「鹿下絵新古今集和歌巻(断簡)」が並びます。“鹿”のモチーフのつながりが分かりやすいし面白い。「鹿下絵新古今集和歌巻」はもとは約22メートルという長大な巻物だったそうですが、戦後分断され、山種美術館の所蔵品はその巻頭にあたるもの。光悦ののびやかな筆で西行の和歌が散らし書きれています。

俵屋宗達(絵)、本阿弥光悦(書) 「四季草花下絵和歌短冊帖」
17世紀・江戸時代 山種美術館蔵

つづいてこちらも宗達=光悦コンビの「四季草花下絵和歌短冊帖」。現在は画帖になっていますが、もとは屏風に短冊が貼られていたものとか。銀泥が変色してしるものの、さまざまに装飾された料紙は今観てもとても華やか。躑躅や萩、夕顔など季節々々のモチーフが描かれた短冊に新古今和歌集の和歌が書写されています。

[左から] 酒井抱一 「秋草図」「菊小禽図」「飛雪白鷺図」
19世紀・江戸時代 山種美術館蔵(※「秋草図」のみ展示は6/3まで)

山種美術館は江戸絵画や近・現代の日本画コレクションで知られていますが、そのきっかけは創立者・山崎種二が酒井抱一の絵を見たことにはじまるといいます。それもあってか、琳派は充実していて、抱一、其一も優品がずらり。抱一はやはり季節を感じる優美で瀟洒な花鳥画が絶品。「菊小禽図」と「飛雪白鷺図」はもとは十二ヶ月花鳥図でそれぞれ9月と11月にあたるものとか。「菊小禽図」にはたらしこみが用いられていたり、「飛雪白鷺図」には胡粉を散らし雪を表現していたり、描き方がとても丁寧。

[左から] 酒井抱一 「宇津の山図」「月梅図」
19世紀・江戸時代 山種美術館蔵

「月梅図」は月に外隈を施していて、よく見ると墨ではなく金泥をはき、ぼんやりとした月明かりを演出しています。「宇津の山図」は『伊勢物語』の第九段東下りの場面。東博の『名作誕生』でも取り上げられていましたが、宗達以来、琳派が継承していった主題のひとつですね。

其一は濃厚な色彩が美しい「牡丹図」や「四季花鳥図」といった其一らしさを感じる作品に目が行きますが、其一には珍しい神話を題材にした「神功皇后・武内宿禰図」(展示は6/3まで)も装束や武具の描写がこれまた細かく、良質の絵具を使っているとかで色もきれい。抱一の人物画を継承したというより、もう一歩踏み込んで近代日本画の歴史画を思わせます。

伝・俵屋宗達 「槇楓図」
17世紀・江戸時代 山種美術館蔵

(※会場ではこの写真のみ撮影可です)

「槇楓図」も琳派で継承された画題。藝大にある光琳の「槇楓図」はこれを模写したといわれています。現在は一隻のみですが、もう片隻があって一双になっていたんじゃないかという話もあります。光琳の「槇楓図」も一隻なので、光琳が観たときには既になかったんでしょうか。宗達では「鳥図」も印象的。鳥(鴉)の輪郭線が塗り残しなのかと思ったら薄墨を引いてるんですね。爪も薄墨で表現。宗達の「狗子図」を思い出しました。

光琳は「白楽天図」が見もの。同構図の屏風が根津美術館にあって、先日『光琳と乾山』で観たばかりですが、根津美術館所蔵のものより若干小さいかな?という印象。本展に展示されている「白楽天図」(個人蔵)は緑の土坡や金雲(?)の色合いが濃く、波もいくつもの色でコントラストを強調しているのに対し、根津のものは少し褪色しているのか、トーンが抑え目です。

酒井鶯浦 「紅白蓮・白藤・夕もみぢ図」
19世紀・江戸時代 山種美術館蔵

鶯浦は抱一の弟子で、後に養子となり、其一より12歳も年下にもかかわらず抱一の正式な後継者となった絵師。「紅白蓮・白藤・夕もみぢ図」は本阿弥光甫(光悦の孫)の「藤・蓮・楓」の三幅対を忠実に再現したもの。抱一も全く同じ作品を残していますが、抱一は絵の外に落款を入れてるのに対し、鶯浦は絵の中に紛れて隠し落款風に光甫の印章まで書き写しています。

明治に入り衰退した琳派をモダンデザインとして生き返らせたのが神坂雪佳。図案家のイメージも強いけど、日本画家としても優れた人だと思っていて、ちゃんと観たいんですが、なかなか機会がないんですよね。「蓬莱山・竹梅図」なんてすごくいい。雪佳の図案を集めた作品集『百々世草』も展示されていました。


第2章 琳派のまなざし

つづいては近代・現代日本画と琳派の“つながり”を展観。<構図の継承>、<モティーフと図様の継承>、<トリミング>、<装飾性とデザイン性>の4つのテーマに分け、作品が紹介されています。

速水御舟 「翠苔緑芝」
昭和3年(1928) 山種美術館蔵

御舟の「翠苔緑芝」は金地に緑の土坡がいかにも琳派的なのですが、猫やら兎やら枇杷やら紫陽花やら琳派の作品ではあまり見かけない(宗達には兎を描いた作品がありますが)モチーフがユニーク。習学時代から琳派を意識していたという御舟の琳派研究の成果ともいえる傑作です。胡粉に卵白を交ぜたり、重層を交ぜたり、火で炙ったり、いろいろ試行錯誤して作り上げたといわれる紫陽花の萼(ガク)の独特の色合いも見どころ。

[左から] 小林古径 「夜鴨」 昭和4年(1929)頃 山種美術館蔵
速水御舟 「錦木」 大正2年(1913) 山種美術館蔵

同じく御舟の「錦木」は薄の描写が琳派の意匠を思わせます。解説を見て気づいたのですが、たらし込みを使ってるんですね。古径の「夜鴨」は光琳の「飛鶴図」を参照しているそうで、となりには光琳作のパネルがありました。

山元春挙 「春秋草花」
大正10~12年(1921-23)頃 山種美術館蔵

近代京都画壇でも好きな画家の一人、春挙の「春秋草花」もいいですね。春挙というと円山四条派の流れを汲んだ水墨画、写生的な風景画の印象が強いのですが、こうした琳派的な作品も残しているんですね。菜の花にはモンシロチョウが、薄には鈴虫が描かれ風情を添えてます。

ここでは春草の「月四題」が嬉しい全幅展示。一幅、二幅で出品されることはときどきありますが、全て揃うのは久しぶりなのでは。春は桜、夏は柳、秋は葡萄、冬は梅の老木。月と四季の草木の組み合わせは抱一を意識してるのでしょうか。

菱田春草 「月四題」
明治42~43年(1909-10)頃 山種美術館蔵

現代の琳派といえば加山又造。なんといっても、散りばめられた金銀箔や切箔、季節の草花を描いた扇面などさまざまに装飾を施した「華扇屏風」のゴージャスさに目を奪われます。美術館の入り口に飾られている「濤と鶴」の小下絵も展示されてました。


第3章 20世紀の琳派・田中一光

そして、琳派の意匠を意識的に視覚表現に取り入れたのが昭和を代表するグラフィック・デザイナー、田中一光。光琳の「紅白梅図屏風」の流水を彷彿とさせる「Toru Takemitsu:Music Today 1973-92」や、光琳、抱一と継承された燕子花をデザイン化した「グラフィックアート植物園#1」、宗達の「波濤図」を取り入れた「武満徹-響きの海へ」など琳派ファンならピンとくるデザインの数々。とりわけ平安王朝の料紙装飾の傑作「本願寺本三十六人家集」をモチーフにした「人間と文字:日本」がとても良かったです。古典的なのに全く古さを感じない。お見事。



もちろん1階の≪Cafe 椿≫では、青山の老舗菓匠「菊家」による琳派をイメージした特製和菓子が今回も用意されています。見た目の美しさだけでなく、柚子あんだったり、胡麻入りあんだったり、黒糖風味あんだったり、素材や味にもこだわりが。これは寄らずにいられませんね。



【琳派 -俵屋宗達から田中一光へ-】
2018年7月8日(日)まで
山種美術館にて


田中一光とデザインの前後左右田中一光とデザインの前後左右

2018/05/20

名作誕生 つながる日本美術

東京国立博物館で開催中の『名作誕生 - つながる日本美術』を観てきました。

『国華』という値段のたかーい日本美術の専門誌がありまして、明治22年(1889)に岡倉天心と高橋健三が中心となって創刊したという、現在も発行されている雑誌としては日本で最も古いんだそうです。本展はその『国華』の創刊130年を記念した展覧会。ちょうど10年前に同じ東博で『対決 -巨匠たちの日本美術』という展覧会がありましたが、あれが『国華』の創刊120年記念、今回が創刊130年記念。ということは10年後にも創刊140年記念で、日本美術をテーマにした大々的な展覧会があるんでしょうか(かなり先の長い話ですが…)

そんな本展は、仏像や仏画、雪舟や花鳥画、若冲に宗達、物語絵に風俗画など、それぞれに継承された技術やモチーフを日本美術史上の名立たる絵画・工芸品を通して具体的に例解していくという、まるで観る美術教科書。ツッコンで日本美術をもっと知りたい人にはもってこいの企画ではないでしょうか。

ここ数年で観た東博の特別展の中ではズバ抜けて良い展覧会だと思うのですが、お客さんの入りがいまひとつのようで、フツーなら混んでる日曜日(4/22訪問)の午後だというのに、とーっても快適な中で作品を観ることができました。いいのか悪いのか。


第1章 祈りをつなぐ

“つなぐ”といってもどれを取り上げるか難しいところではありますが、ここでは一木造りの仏像と普賢菩薩と祖師画という3つテーマに絞っています。

まずは仏像。『仏像 一木にこめられた祈り』というそれこそ一木造りにフォーカスした展覧会が東博でもありましたし、昨年は大阪市立美術館で『木×仏像』という“木”にポイントを置いた展覧会で一木造りを取り上げてましたし、そうした展覧会に比べると触りの触りという感じもなくもありませんが、展示を見てると、ただ仏像の代表作を並べるのではなく、あくまでも“つながり”を知ることが主であることが分かります(このあとも基本的に同じ)。

展示は観音菩薩像と薬師如来像に絞っていて、中国から日本にもたらされた仏像と日本で作られた仏像を並べ、白檀の仏像に似せるために着色したとか、身体や衣文表現の変化なんかを観て行くのですが、“つながる”というテーマで簡潔で要領を得た解説がされていて、少ない点数ながらも納得感のある展示でした。

「普賢菩薩像」(国宝)
平安時代・12世紀 東京国立博物館蔵(展示は5/6まで)

今回一番感動したのが<祈る普賢菩薩>。東博所蔵の国宝「普賢菩薩像」はこれまで何度も拝見している作品ではありますが、本展の陳列ケースが作品との距離が浅く、またガラスがクリアーで、さらに空いてたので張り付いてじっくり観られたこともあり、こんな素晴らしい仏画だったかと甚く感動しました。

並べて展示されている普賢菩薩像も仏画だけでなく大倉集古館蔵の「普賢菩薩騎象像」もあったりして、普賢菩薩像だけでこれだけまとめて観る機会はそうはないので、これには感動のあまり身震いが。十羅刹女の唐装から和装への変化も興味深かったし、後期では四天王寺の「扇面経」の表紙というものを初めて観ました。

泰到貞 「聖徳太子絵伝」(国宝)
平安時代・延久元年(1069) 東京国立博物館蔵

祖師画は出光美術館蔵の「真言八祖行状図」を除けば、すべて聖徳太子絵伝。聖徳太子絵伝は8世紀にはすでに描かれていたそうですが、その系統にあるという現存最古の遺品「聖徳太子絵伝」を観るだけでも説話画としての面白さややまと絵としての美しさは伝わってきます。


第2章 巨匠のつながり

日本美術最大の画家といえば、雪舟。昨年の京博の『国宝展』では雪舟の国宝全6点が集結すると話題になりましたが、本展では国宝2点を含む10点の雪舟作品が前後期に分かれて出品されます。こちらは数で勝負。

雪舟等楊 「破墨山水図」(国宝)
室町時代・明応4年(1495) 東京国立博物館蔵(展示は5/6まで)

雪舟等楊 「倣玉澗山水図」(重要文化財)
室町時代・15世紀 岡山県立美術館蔵(展示は5/6まで)

雪舟は周文から薫陶を受け、中国(明)留学で本場の技術を身につけ、独自の水墨画を発展させていくわけですが、雪舟が手本とした玉㵎や夏珪の模倣、明の花鳥図から和への変換、山水図や風景画に見る中国絵画の継承と変容にスポットを当てていて、雪舟と中国絵画のつながりがよく分かります。

雪舟等楊 「四季花鳥図屏風」(重要文化財)
室町時代・15世紀 京都国立博物館蔵(展示は5/6まで)

狩野元信 「四季花鳥図」(重要文化財)
室町時代・15世紀 大仙院蔵(展示は5/6まで)

前期では日本の花鳥図に大きな影響を与えたことで知られる呂紀の花鳥図と雪舟の花鳥図、さらに元信の花鳥図が並んでいて、なんとも贅沢でした。

俵屋宗達 「扇面散貼付屛風」(展示は5/15から)
江戸時代・17世紀 出光美術館蔵

宗達は俵屋工房で量産された扇絵を貼りつけた扇面貼の屏風がいくつかあって、扇面に描かれた古典からの引用を紐解くという趣向。前期は「平治物語絵巻 六波羅合戦巻」、後期は「西行物語絵巻」からの古典学習に絞って解説していて、これはこれで面白いのですが、宗達の扇絵には人物にしても草花にしても、文様にしてもさまざまなモチーフが描かれているので、それらがどこから来てるのかをもっと知りたかったかなと思いました。たまたま前の章で、叡福寺本の「聖徳太子絵伝」を観てたら扇面散屏風が描かれてるのを見つけて(波濤図屏風もあった)、屏風に扇を貼るという発想はいつからあったのか、このあたりもとても気になりました。

文正 「鳴鶴図」(重要文化財)
中国・元〜明時代・14世紀 相国寺蔵(※写真は右幅)

狩野探幽 「波濤飛鶴図」
江戸時代・承応3年(1654) 京都国立博物館蔵

そして若冲。若冲が出てるのに来場者が少ないなんて話も聞きましたが、かわいかったり派手だったりする絵じゃないと、みんな興味を示さないんですかね。明代初期の画家・文正の「鳴鶴図」を探幽、若冲がそれぞれ模倣した絵が並んで観られるなんて、「動植綵絵」を観るより余程貴重なんじゃないかと思います(文正と若冲の比較はサントリー美術館の『若冲と蕪村』でも取り上げられていましたが)。探幽と若冲というそれぞれ個性の違う絵師が、どこをどのように忠実に描き、省略し、逆に強調したか。羽根はどう描いてる、脚はどう描いてる、波はどう描いてる。古典の模倣の中に自分らしさをどう出したのか、同じ題材を扱っても、探幽は探幽らしいし、若冲は若冲らしいのがとても面白い。

若冲は“鶏”についても触れらてますが、これは若冲の作品の中だけの“つながり”なのでつまらない。余程、南蘋派や黄檗絵画と若冲の繋がり(すでに語られ過ぎて手垢のついた感がありますが…)の方が良かったのでないでしょうか。

伊藤若冲 「仙人掌群鶏図襖」(重要文化財)
江戸時代・18世紀 西福寺蔵


第3章 古典文学につながる

古典文学といえば、『伊勢物語』と『源氏物語』。燕子花で知られる第九段「八橋」と蔦と楓の山道を行く「宇津山」、紅葉を連想する第百六段「竜田川」が取り上げられていて、よく引き合いに出される場面ですが、絵画だけでなく、漆工の硯箱や染織の打掛などもあり、物語から派生するイメージがどのように絵画や工芸品に展開していったかとても勉強になります。

尾形光琳 「伊勢物語 八橋図」
江戸時代・18世紀 東京国立博物館蔵(展示は5/6まで)

『源氏物語』も同様ですが、絵画に描かれたり、連想させるイメージが多く、また深いので、これだけのスペースだとちょっと物足らなさ感もありますね。


第4章 つながるモチーフ/イメージ

こちらは基本的に近世以降。まずは長谷川等伯の「松林図屏風」のイメージがどこから来たのか問題。能阿弥の「三保松原図」との関係性は以前から知っていて、前に観たときもその点を考えたりしたのですが、今回は実際に「松林図屏風」と等伯が松林図に先行して描いた「山水松林架橋図襖」と並んで展示されていて、牧谿(牧谿の作品は出てないが能阿弥は牧谿の水墨画に強く影響されている)からの流れ、等伯の松林図にみる水墨表現の変化がとても興味深かったです。

伝・能阿弥 「三保松原図」(重要文化財)
室町時代・15〜16世紀 頴川美術館蔵(展示は5/6まで)

そういう意味で興味深かったのが、蓮のイメージの“つながり”。宗達の「蓮池水禽図」と宋元画との比較は過去にほかの美術館でも観たことがありますが、本展は数も多く、着色もあれば水墨もあり、宋元画もあれば、古くは鎌倉時代の法隆寺伝来の屏風もあり、抱一に受け継がれた琳派もあり、ものすごく充実しています。

能阿弥 「蓮図」(重要文化財)
室町時代・文明3年(1471) 正木美術館蔵(展示は5/6まで)

酒井抱一 「白蓮図」
江戸時代・19世紀 細見美術館蔵

個人的に一番楽しみにしていたのが風俗画。初期風俗画の傑作として知られる「湯女図」(前期展示)も「彦根屏風」(後期展示)も過去に一度しか観たことがなく、それらと岩佐又兵衛の「洛中洛外図屏風(舟木本)」や菱川師宣の「見返り美人図」などと並べて観られるなんて鼻血ものです。

「湯女図」(重要文化財)
江戸時代・17世紀 MOA美術館蔵(展示は5/13まで)

「湯女図」は構図的にも女性の表情や視線的にも、左にやはり別の絵が描かれていたんだろうなと明らかに分かり、想像を掻き立てます。又兵衛の「洛中洛外図屏風(舟木本)」は何度も拝見してますが、今回は幸いなことに人が少なく、単眼鏡でじっくりと20分ぐらい屏風の前に食いついて観てました。

又兵衛では初見の「士庶花下遊楽図屏風」(伝岩佐又兵衛)も楽しみにしていました。千葉市美術館の『岩佐又兵衛展』にも福井県立美術館の『岩佐又兵衛展』にも出ていなかった作品。確かにところどころ又兵衛風を感じさせる人物表現があったりもしますが、「洛中洛外図屏風」や「豊国祭礼図屏風」(本展未出品)に比べると、ちょっと違うなという気がします。

岩佐又兵衛 「洛中洛外図屏風(舟木本)」(国宝)
江戸時代・17世紀 東京国立博物館蔵

最後に岸田劉生の「野童図」と「道路と土手と塀」。「野童図」は顔輝の「寒山拾得図」と、「道路と土手と塀」は北斎や国芳の坂を描いた浮世絵と、それぞれ“つながり”を見せてるのですが、なぜに劉生?という気も。ポスト印象派やデューラーの写実表現などに影響された劉生が、その後浮世絵や宋元画に傾倒していくという背景がこの2つの作品にはあるわけですが、そのあたりにも触れないちょっと唐突という感じもなきにしもあらずですね。

岸田劉生 「道路と土手と塀(切通之写生)」(重要文化財)
大正4年 東京国立近代美術館蔵

普賢菩薩や花鳥画、風俗画、雪舟と中国画の関係など、古典との「つながり」を解き明かす見せ方はこれまでもなかったわけではありませんが、さすがはトーハクなのでその質と量は素晴らしく、満足度は高いものがあります。“つながり”を考えだすときりがないですし、あれもこれもと言ってると、凄いことになってしまうので、ここまでの規模じゃなくていいので、常設の特集展示などで、シリーズ化してもらえるとありがたいですね。


【名作誕生 - つながる日本美術】
2018年5月27日(日)まで
東京国立博物館・平成館にて


國華 1468号國華 1468号

2018/05/15

池大雅展

京都国立博物館で開催中の『池大雅 天衣無縫の旅の画家』を観てきました。

半年ぶりの京都です。これまで何十回、京都に来たか分かりませんが、実は今まで一度も雨に降られたことのない晴れ男、、、だったのですが(雪だったことはありましたが)、天気が崩れて春の嵐になるとの予報。青空に新緑を楽しみにしてたのですが、空もどんよりして、ちょっと残念でした。(幸い雨は夜降られただけでした)

さて、今年の春の京博は池大雅。ここ10年ぐらい、『狩野永徳展』にはじまり、『長谷川等伯展』や『狩野山楽・山雪展』『桃山時代の狩野派展』、そして去年の『海北友松展』と、桃山から江戸時代にかけての日本美術が春の京博のテーマになっていますが、今年は池大雅ということで(個人的には大変)楽しみにしていました。

でも、南画って人気ないんですねかね。開館前の行列がないだの土日なのに空いてるだのいろいろ耳に入ってきたり、若冲や応挙に比べて地味だと言ったりする人もいますが、なかなかどうして。江戸絵画の絵師ではトップクラスの指定数を誇る大雅の国宝・重文が全て出品されるだけでなく、この規模の回顧展としては約85年ぶりという質量ともに大充実の展覧会。たっぷり2時間半かかりました。


会場の構成は以下のとおりです:
第1章 天才登場-大雅を取り巻く人々
第2章 中国絵画、画譜に学ぶ
第3章 指墨画と様式の模索
第4章 大雅の画と書
第5章 旅する画家-日本の風景を描く
第7章 天才、本領発揮-大雅芸術の完成

池大雅 「瓢鮎図」
江戸時代(18世紀) 出光美術館蔵

幼くして父を亡くし15歳で扇屋を開いて扇に絵を描いて売っていたこと、早くから書の才能に優れ「神童」と呼ばれたことなど、若かりし頃の大雅のエピソードが語られているのですが、初期作品に交じって、大雅が賛を寄せた鶴亭や彭城百川の作品もあったりして、大雅周辺の人間関係に強い興味を覚えます。昨年観た『柳沢淇園展』でも大雅のことは触れられていて、まだ十代の大雅が淇園のもとに身を寄せていたという話を思い出します。

大雅の作品では出光美術館でも以前観ている「瓢鮎図」がユニーク。瓢箪で鯰を捕まえようとする如拙の有名な「瓢鮎図」がベースにあるわけですが、画面いっぱいに描いた構図や墨の味わいも大らかでいい。大らかといえば、略画の柳に蛙がぶらさがる「青柳蛙図」も大雅らしい楽しい作品でした。

池大雅 「風雨起龍図」
延享3年(1746) 出光美術館蔵

中国絵画の画譜類がいくつか展示されていたのですが、版本なので決して細かに描き込まれたものではないですし、こうした画譜から画法を学ぶといってもさぞ大変だったろうと思います。解説にもありましたが、一介の町絵師が良質な中国絵画を目にする機会なんてまずなかったでしょうから、初期南画の柳沢淇園や彭城百川、祇園南海らとの交流を通して学ぶものは大きかったのでしょう。自ら描法を図示した絵手本というのもあって、随分研究熱心だったんだと感じます。

24歳の頃の作品という「風雨起龍図」では既に、筆墨の巧みな描き分けや淡い色彩や、山稜や家並み、風雨など斜めに対象物を描くという独特の構図が観られ、大雅の学んだ中国画や日本の文人画の先駆・柳沢淇園や祇園南海らの作品と比べても圧倒的に自由で面白い。20代で描いたとされる「西湖図屏風」や「山水図屏風」、「前後赤壁図屏風」 なども画面の構成力、潤いのある筆墨、没骨法や略筆など技法の引き出しの多さは驚くべきものがあり、割と早い時期に自分なりの表現というものを身につけていたんだろうことが分かります。

興味深かったのは指墨画(指頭画)で、席画などパフォーマンス的なものにとどまらず表現の幅を広げる手段として多用していたのでしょう。指や掌を使った表現が大雅のラフな線描や朴訥とした味わいを醸し出しているのが興味深いところです。「翠嶂懸泉図」や「沈香看花・楓林停車図屏風」などところどころ指墨と思われる表現があるのですが、(当時としては)前衛的でありながら、決して奇を衒ったところがないのが素晴らしい。大雅作品によく見られる点描なんかも、この延長線上にある気がします。

池大雅 「陸奥奇勝図巻」(重要文化財)
寛延2年(1749) 九州国立博物館蔵(写真は部分)

展覧会のサブタイトルに『天衣無縫の旅の画家』とあるように、大雅は全国各地を行脚し、土地々々の風景を絵に残してるんですね。実際に富士山や浅間山に登っているというのも凄い。「白糸瀑布真景図」は富士山と白糸の滝を描いた作品では現在最古。「富士十二景図」は青緑山水だったり描法が多彩で、「浅間山真景図」には遠望に富士山と筑波山が見えたり、「日本十二景図」は全国の名勝地が描かれていたり、「芳野山図」は吉野山の景色が中国絵画風に描かれていたり、いろいろ興味深い作品があります。画譜などからは学べない、そうしたリアルな風景表現がまた自身の南画にも反映されていったのでしょう。

池大雅 「蘭亭曲水・龍山勝会図屏風」(重要文化財)
宝暦13年(1763) 静岡県立美術館蔵

池大雅 「楼閣山水図屏風」(国宝)
江戸時代(18世紀) 東京国立博物館蔵

大雅というと、やはり潤いのある筆墨と柔らかな色彩が醸し出す情感の豊かさと、自由でのびやかな風景や味のある人物表現に見られる軽妙洒脱さ、そして明るく広がりのある空間構成が最大の特徴であり、良さだと思うのですが、40代以降の作品からはいよいよ熟達した味わいという感じが加わってきます。

最後の7章は大型の屏風、障壁画が多く、見応えがあるだけでなく、大半が国宝と重要文化財という贅沢さ。人物表現が豊かで繊細に描かれた「蘭亭曲水・龍山勝会図屏風」、力強く量感に満ちた山水表現が魅力の遍照光院の「山水人物図襖」、東博でもお馴染みの「楼閣山水図屏風」、びっしり岩山が描かれた右隻に対し余白を活かした左隻のバランスが印象的な「西湖春景・銭塘觀潮図屏風」など観るべき作品が多くあります。

池大雅 「五百羅漢図」(重要文化財)
江戸時代(18世紀) 萬福寺蔵(写真は部分)

とりわけ萬福寺の「五百羅漢図」と「西湖図」は圧巻。大画面に広々と描いた「西湖図」と、大雅の人物表現の最高峰とでも評したい「五百羅漢図」は必見です。

池大雅 「西湖春景・銭塘觀潮図屏風」(重要文化財)
江戸時代(18世紀) 東京国立博物館蔵

妻・玉瀾にもスポットが当てられていて、2人の共同作品から伝わる仲睦まじさにほっこりします。ほかにも琳派風の作品や風俗画風の作品もあったりして、大雅が南画にとどまらず幅広く画法に関心を持ち、独自の表現を確立していたことも分かります。

池大雅 「釣便図」(国宝)
明和8年(1771) 川端康成記念館蔵

残念だったのは展示ガラスに貼られた作品解説。ちょうど視線の高さにあるのと、フォントサイズが大きく場所をとるので、掛軸や小画面の書画などは作品解説が邪魔で作品の正面に立たないと観られない(横から覗けない)という弊害を作っていて、逆に混雑の原因になっていたと思います。これは今後改善してほしいですね。


【池大雅 天衣無縫の旅の画家】
2018年5月20日(日)まで
京都国立博物館にて


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