2013/06/29

川合玉堂展

山種美術館で開催中の『川合玉堂展』で、“青い日記帳×山種美術館 ブロガー内覧会”がありましたので、参加してまいりました。

今年は川合玉堂の生誕140年にあたるそうで、有数の日本画コレクションで知られる山種美術館が所蔵する玉堂作品71点が全点公開されるほか、奥多摩・御岳の玉堂美術館や東京国立近代美術館などから玉堂の代表作が集められています。東京で川合玉堂単独の展覧会が開かれるのは実に31年ぶりのこととか。まさしく待望の展覧会です。

川合玉堂は、明治から昭和にかけての日本の近代日本画を代表する画家。素朴な農村や山村の季節の風景やそこで生きる人々の姿や動物などを描いた作品に定評があります。

本展では、玉堂の初期の作品から晩年の作品まで、その画業の変遷も辿りつつ、玉堂の日本画の素晴らしさだけでなく、人となりまで伝わってくるような充実した展覧会になっていました。



第一章:研鑽の時代(青年期から壮年期へ)

まずは明治から昭和初期にかけての作品から玉堂のが画風の変遷を辿ります。

会場に入ると、最初に登場するのが玉堂22歳の頃の作品「鵜飼」。岩山の描き方など非常にかっちりしたタッチの山水画ですが、前景には鵜飼をする人々が描かれていて、日本的な情緒が感じられるのはいかにも玉堂らしいところです。玉堂が生まれ育ったのが長良川のそばということもあり、玉堂は“鵜飼”をたびたび取り上げているようです。

この頃、玉堂は京都で円山四条派の望月玉泉や幸野楳嶺に師事し日本画を学んでいましたが、「鵜飼」を出展した博覧会で橋本雅邦の作品を見て衝撃を受け、雅邦の門を叩くため上京したといいます。

川合玉堂 「渓山秋趣」
1906年(明治39年) 山種美術館蔵

初期の玉堂は漢画的な山水表現が多いというのが印象的でした。このようにして研鑽を積んだ人なんだなというのが分かります。山にしても川や滝など水辺にしても、玉堂の作品に頻繁に登場するモチーフですが、前半期の作品には円山四条派や狩野派などの影響が感じられるというか、まだそこから抜け出せていない感じがあります。この「渓山秋趣」も奥行きある深山の風景や岩のグラデーション、また紅葉の木々の感じなど、雅邦の代表作「白雲紅樹」を思い起こさせます。

川合玉堂 「行く春 小下図」
1916年(大正5年) 玉堂美術館蔵

玉堂の作品で個人的に一番好きなのが、昨年の東京国立近代美術館の『美術にぶるっ! 第Ⅰ部 MOMATコレクションスペシャル』でも展示されていた「行く春」(本展では出展されていません)なのですが、本展ではその“小下図”が展示されていました。比べてみると、左隻の桜の枝の張り出し方や右隻に川の流れ(勢い)が完成作では手が加えられているようです。“小下図”にはスケッチした小さな紙が貼られていたり、試行錯誤していた過程が窺えます。

同じく“小下図”としては、昭和天皇の大嘗祭(即位後の最初の新嘗祭)のために献納した「悠紀地方風俗屏風」の“小下図”が展示されています。やまと絵風の屏風に自転車に乗った人を描くなど遊び心を感じさせる作品でした。

川合玉堂 「写生画巻 花鳥 15歳写生」
1888年(明治21年) 玉堂美術館蔵

会場の途中には玉堂の写生帖なども多く展示されていました。15歳のときの写生帖は今は画巻に張り替えられていましたが、撫子の花やカワセミなどとても丁寧に描きこんでいるのが印象的です。イヌの絵がまたかわいい。

川合玉堂 「写生帖 縮図写生」(一部)
1891年(明治24年)頃 玉堂美術館蔵

川合玉堂 「写生入り玉堂筆書簡」(参考出品)

玉堂の娘婿に送った手紙というのも展示されていました。娘に子どもが生まれたことを香港に赴任中の夫に知らせるために、当時は写真は現像に時間がかかったので、玉堂が赤ちゃんの絵を描いて送ったそうです。玉堂の人柄が偲ばれる貴重な手紙です。

[写真右] 川合玉堂 「瀑布」
1909年(明治42年)頃 玉堂美術館蔵
[写真中] 川合玉堂 「二日月」
1907年(明治40年) 東京国立近代美術館蔵(※展示は7/7まで)

今回の展覧会で、新しい発見というか、玉堂という画家のイメージが一番大きく変わったのが、この三枚の作品でした。

「瀑布」は円山四条派が得意とした画題の一つで、勢いよく流れる滝の轟音と飛沫が感じられるような、しかしどこか閑寂で、荘厳な雰囲気のする作品でした。真っ白な滝と黒々とした岩山のコントラストがまた素晴らしい。「二日月」は玉堂の代表作の一つということで、本展での見ものの一つかと。水墨を没骨法で描きつつ、ターナーなど自然主義表現も意識した作品といわれています。空の色に輸入化学顔料が使われていて、当時はその美しさが評判を呼んだそうですが、後年退色し玉堂をがっかりさせたというお話でした。それでも十分に自然主義的な印象を与えながらも日本の湿潤な空気を感じさせる素晴らしい作品だと思います。

川合玉堂 「紅白梅」
1919年(大正8年) 玉堂美術館蔵

大正時代というと琳派の再発見ブームがあり、多くの日本画家が“琳派的”な作品に取り組んでいますが、ご他聞に漏れず玉堂もありました。館長さんによるギャラリートークでは、光琳の「紅白梅図屏風」を意識して制作されたという話でしたが、自分はパッと見、円山応挙の「藤花図」を思い出しました。なにより構図が同じ。また、幹はたらし込みで描き、花は一枚一枚丁寧に描きこんでいるのも「藤花図」を彷彿とさせます。



第二章:玉堂をめぐる日本の原風景

玉堂的なといいますか、玉堂のイメージってこうだなという作品が並びます。時代的には昭和10年以降の作品で、玉堂はすでに60歳を超えています。老年に差し掛かり、画風が落ち着いたのか、さらに日本的な風景を極めようとしたのか。また、たびたび写生に訪れていた奥多摩に、戦争をきっかけに疎開をしたことも、こうした作品の制作に拍車をかけたのかもしれません。

[写真右] 川合玉堂 「柳蔭閑話図」
1922年(大正11年) 個人蔵(※展示は7/7まで)

「柳蔭閑話図」は大正時代の作品で、出展作品リストには<第一章>にありましたが、スペースの関係か、実際には<第二章>に展示されていました。朝鮮旅行の際の印象をもとに描いた作品で、暫く行方不明になっていたものだとか。玉堂にしては珍しく、外国の風俗を描いたもので、紙の素材なども特殊な手の込んだ方法を用いているそうです。

川合玉堂 「荒海」
1944年(昭和19年) 山種美術館蔵

「荒海」は玉堂唯一の戦争画といわれる作品。どこが戦争と関係するのか?と思いますが、『戦時特別美術展』に出展された作品で、荒々しい波の表現に玉堂の心情が込められているのではないかとのことでした。波や岩が実に写生的で、特に波の表現は荒れる波の様子を様々に描き分けていて、見入ってしまいました。

川合玉堂 「山雨一過」
1943年(昭和18年) 山種美術館蔵

今回の展示作品の中で、個人的にとても印象深かった作品。玉堂が住んでいた奥多摩の浅間嶺や笹尾根の尾根道を思い起こさせます。奥多摩や桧原村のあたりは昔は谷がきつく、ゆるやかな山の尾根道や峠道が交易路として発展したと聞きます。古き時代ののどかな風景がよみがえるようです。

川合玉堂 「湖畔暮雪」
1950年(昭和25年) 山種美術館蔵

「湖畔暮雪」もかなり好きな作品。湖畔に並ぶ家々の屋根に積もった雪は色を塗らずに絹本の地の色で表しているそうで、これは応挙がよく使った技法ということです。

川合玉堂 「水声雨声」
1951年(昭和26年) 山種美術館蔵

玉堂の代表作に「彩雨」(東京近代美術館所蔵)という作品があるそうで、その絵が評判を呼び、そうした依頼にこたえて描いた一枚とのこと。没骨法による水墨画と玉堂らしい人物の点景が印象的です。こうして玉堂の作品を観ていると、玉堂の絵に小さく添えられた人物は副次的なものではなく、実は周りの風景の方が脇役で、そうした自然の中で生きる小さく描かれた人々の方が主役なのだろうと思うのです。

川合玉堂 「早乙女」
1945年(昭和20年頃) 山種美術館蔵

今回の展覧会のチラシや図録などのメインのイメージに使われている作品。どこか微笑ましく、とても長閑で、心温まる感じがしますが、この作品が描かれたのは戦争の真っ只中とのことで、玉堂には強く意味するものがあったのかもしれません。みんなが田植えに勤しむ中、腰を伸ばす姿を一人描くだけで、絵がとても生き生きしたものになるのが凄いと思います。俯瞰で描いた構図もユニークです。

川合玉堂 「加茂女十三首」(参考出品)

会場には玉堂の書も展示されていました。かなり達筆というか、とても美しい字を書きます。


第三章:玉堂のまなざし

こちらには玉堂のちょっと珍しい作品や他の画家との共作、また動物を描いた作品などが展示されています。

川合玉堂 「氷上(スケート)」
1953年(昭和28年) 山種美術館蔵

“余技の楽しみ”として展示されていた玉堂ファンには意外と知られた(?)一枚。モデルは日本の女子フィギュアスケートの草分け、稲田悦子選手だそうです。玉堂はなぜかフィギュアスケートが好きだったようで、戦前のスケッチも残されているのだとか。時にこうした現代的な風俗も描いていたんですね。

[写真右から] 横山大観 「松」、 川合玉堂 「竹」、 竹内栖鳳 「梅」
1934年(昭和9年) 山種美術館蔵(※展示は7/7まで)

“松竹梅”として、大観、栖鳳との三幅対と、同じく大観と龍子との三幅対が展示されていました。近代日本画を代表する三人の合作の“松竹梅”とは贅沢なものです。

[写真右] 川合玉堂 「双馬」 1954年(昭和29年) 山種美術館蔵
[写真中] 川合玉堂 「猿」 1955-56年(昭和30-31年)頃 山種美術館蔵
[写真左] 川合玉堂 「松上双鶴」 1942年(昭和17年)頃 山種美術館蔵

入口をはさんだ第二会場には、“動物をいつくしむ”として動物を描いた作品がまとめて展示されています。上の写真の「双馬」と「猿」はそれぞれ干支の絵として描いたもののようです。松竹梅にしても干支にしても、縁起のいい画題として人気があったんでしょうね。

川合玉堂 「虎」
1945年(昭和20年)頃 山種美術館蔵

日本画にはお決まりの「虎」。虎の絵は、“千里往還”ということで武運と無事の帰還を祈って、戦争への出征に際して多く依頼を受けて描いていたそうです。薄墨と濃墨で描き分けた虎や岩の描写が見事です。

川合玉堂 「猫」
1951年(昭和26年) 山種美術館蔵

隣にはネコも。

こうしてあらてめて川合玉堂の作品を観てみると、その技量の高さと、そこに描かれる自然や人物への洞察力の深さに感心しました。玉堂はもっと評価されてもいい画家だと思ってるのですが、そうした意味でも多くの人に観てもらいたい展覧会です。


※会場内の写真は主催者の許可を得て撮影したものです。

【生誕140年記念 川合玉堂 ―日本のふるさと・日本のこころ― 】

会期: 2013年6月8日(土)~8月4日(日)
〔一部展示替 前期:6/8~7/7 後期:7/9~8/4〕
開館時間: 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日: 月曜日(但し、7/15は開館、7/16休館)
会場: 山種美術館


美術館併設の≪Cafe 椿≫では、川合玉堂の絵にちなんだ期間限定オリジナル和菓子も愉しめます。




画集 川合玉堂の世界画集 川合玉堂の世界

2013/06/15

ファインバーグ・コレクション展 -江戸絵画の奇跡-

江戸東京博物館で開催中の『ファインバーグ・コレクション展 -江戸絵画の奇跡-』に行ってきました。

“ファインバーグ・コレクション”はアメリカの実業家で化学者のロバート・ファインバーグ氏が蒐集した日本美術のコレクションで、本展では江戸絵画を中心に約90点の作品が里帰りをしています。

宗達や抱一、若冲、蕭白、北斎といった人気絵師の作品がずらりと並び、いずれ劣らぬ逸品揃い。こうした作品を一代で蒐集したというファインバーグ氏(正確には奥様のベッツィ・ファインバーグ夫人との共同コレクション)の趣味の良さと鑑識眼の確かさ、そして財力に驚かされます。

現在、同じアメリカの日本画コレクター、ジョー・プライス氏の“プライス・コレクション”も東北の美術館を巡回中ですが、プライス氏もファインバーグ氏も蒐集したものをこうして日本の私たちに見せてくれるというその心の広さに感謝と敬意を表せずにはいられません。ただ、こうした日本美術の優品の数々が海外流出してしまっていることが恨めしくもあります。


第1章: 琳派

まずは琳派から。
最初に登場するのが宗達の「虎図」。猛々しい虎のイメージはなく、どこか猫のような愛嬌すら感じられる優しげな虎。毛のふわりとした感じに見せる技巧的な筆致は流石です。

俵屋宗達 「虎図」
江戸時代・17世紀 ファインバーグ・コレクション蔵

酒井抱一 「十二ヶ月花鳥図」(内、紫陽花・立葵に蜻蛉)
江戸時代・19世紀 ファインバーグ・コレクション蔵

会場の一角には、抱一お得意の画題「十二ヶ月花鳥図」がズラリ。ファインバーグの「十二ヶ月花鳥図」は2008年に東京国立博物館で開催された『大琳派展』のときも来日しているので、久しぶりの再会です。解説によると、抱一の「十二ヶ月花鳥図」は現在5セット(三の丸尚蔵館(宮内庁)、プライスコレクション、出光美術館、畠山記念館、そして本作)が確認されているとのこと(私自身は畠山記念館本のみ未見)。どれも甲乙つけ難いのですが、ファインバーグ本は状態がとてもきれいで、構図や色が品良くまとめられているという印象を受けました。

鈴木其一 「群鶴図屏風」
江戸時代・17世紀 ファインバーグ・コレクション蔵

ファインバーグ・コレクションで一番有名な作品といえば、この其一の「群鶴図屏風」でしょう。『大琳派展』のときも来日しているので、ご覧になった方も多いかもしれません。完全に意匠化された川と鶴の群れ。斬新かつリズムカルな構図。其一のデザインセンスの高さを見事に表した傑作です。プライス・コレクションにも其一の「群鶴図屏風」がありますが、プライス版より、ファインバーグ版の方がデザイン性という点ではすっきりしていて、より洗練された感じを受けます。

そのほか≪琳派≫の中では、深江蘆舟の「秋草に瓜図」、俵屋宗里の「楓図屏風」 、抱一の「宇津の細道図屏風」、其一の「山並図小襖」が個人的には非常に好みでした。


第2章: 文人画

文人画でまず目に入るのが、池大雅の六曲一双の傑作「孟嘉落帽・東坡戴笠図屏風」。風で帽子が飛ばされた孟嘉と急な雨で笠と履物を農家で借りた東坡の二人の中国の高士を描いた作品です。おおらかな人物描写と岩や木々の太く勢いのある墨線の対比が素晴らしい。


池大雅 「孟嘉落帽・東坡戴笠図屏風」
江戸時代・18世紀 ファインバーグ・コレクション蔵

池大雅はほかにも、なかなか立派な墨竹画の名品「雪竹図」や指頭画による初期作「唐人合奏図」などが展示されていました。

谷文晁 「秋夜名月図」
江戸時代/文化14年・1817年 ファインバーグ・コレクション蔵

今回の出品作品の中で、一番の収穫というか、一番感動したのが、この谷文晁の「秋夜名月図」。横170cm近い横長の大きな水墨画で、少し霞のかかった中秋の名月と背の高い葦、そして巨大な落款と、とてもインパクトのある作品です。構図の妙もさることながら、霞の淡墨や葦の茎葉の濃淡の加減が何とも言えません。一目見て、思わず唸ってしまいました。谷文晁の作品でも最高傑作の一つじゃないかと思います。

与謝蕪村 「寒林山水図屏風」
江戸時代・18世紀 ファインバーグ・コレクション蔵

≪文人画≫では、蕪村の「寒林山水図屏風」、中林竹洞の「四季花鳥図」、山本梅逸の「畳泉密竹図」、岡本秋暉の「蓮鷲図」など、優品が多く展示されていました。


第3章: 円山四条派

次のコーナーは円山応挙から。最初に展示されていた「鯉亀図風炉先屏風」(展示リストでは6/18からになっていましたが既に展示されていました)の上品な美しさにいきなりノックアウト。水紋を描いた絹地を裏に貼り透明感のある水面を再現するという技巧を凝らした小屏風で、応挙ならではの写実性と情緒豊かな画面作りが堪能できる逸品です。調べると徳川美術館にも同じ画題の作品があるようなので、応挙は同様の作品を複数制作しているようです。

円山応挙 「孔雀牡丹図」
江戸時代/明和5年・1768年 ファインバーグ・コレクション蔵

「孔雀牡丹図」も応挙の得意とした画題。写実を極めた応挙らしい精細で、極彩色の牡丹と孔雀が見事です。応挙はほかにも美人画なども展示されていました。

森祖仙 「滝に松樹遊猿図」(左幅)
江戸時代・19世紀 ファインバーグ・コレクション蔵

森祖仙といえば猿の絵。この「滝に松樹遊猿図」は猿の親子の生き生きとした、仲睦まじげな描写が何とも心を和ませます。左幅に松と猿、右幅に滝というシンプルな構図で、滝の音や猿の鳴き声が聴こえるようでした。

そのほか、≪円山四条派≫には、下絵ということですが下絵には見えない迫力ある岸駒の「滝に鷲図」や、貴族の端午の節句と農家の桃の節句を描いたユニークな柴田是真の「二節句図」あたりが良かったと思います。


第4章: 奇想派

ここでは最近京都国立博物館で展覧会があったばかりの狩野山雪をはじめ、若冲、蕭白、蘆雪ら、自由奔放で奇抜な画風の、いわゆる≪奇想派≫と呼ばれる絵師たちの作品が展示されています。

伊藤若冲 「松図」
江戸時代/寛政8年・1796年 ファインバーグ・コレクション蔵

期待の山雪の作品は、京博の展覧会で観たほどのインパクトは受けませんでしたが、素晴らしかったのが若冲最晩年の作という「松図」。このデフォルメされ、勢いよく描かれた松の強さ、迫力。老いてなお意気軒昂な若冲の創作意欲に驚かされます。

葛蛇玉 「鯉図」
江戸時代・18世紀 ファインバーグ・コレクション蔵

面白かったのが葛蛇玉(かつ じゃぎょく)の「鯉図」で、勢いよく流れる川の瀬に逆らうように泳ぐ大きな鯉。一度観たら忘れられないようなユニークな構図が印象的です。葛蛇玉という絵師の作品は初めて観たのではないかと思いますが、Wikiによると、現存する作品は極めて少なく、現在6点しか確認されていないそうです。

曽我蕭白 「宇治川合戦図屏風」
江戸時代・18世紀 ファインバーグ・コレクション蔵

そのほか、蕭白が3作品、蘆雪が3作品展示されています。蕭白は彼の多面的な技量を物語るように、ダイナミックな「宇治川合戦図屏風」に、お得意の「鉄拐仙人図」、細密水墨の「山水図」とバラエティに富んでいました。


第5章: 浮世絵

最後は≪浮世絵≫。といっても木版画ではなく、肉筆画のみの展示でしたが、これがなかなかの優品揃いで、趣味がいいなと感じました。

鳥文斎栄之 「遊女と蛍図」
江戸時代・18-19世紀 ファインバーグ・コレクション蔵

≪浮世絵≫のコーナーで個人的に良いと思ったのが、東燕斎寛志の「見立孟宗図」と鳥文斎栄之の「遊女と蛍図」。浮世絵は詳しくないので、二人の絵師のことはあまり知りませんが、「見立孟宗図」は、孟宗という人が病気の母のために雪をかき分けて筍を掘ったという有名な故事に見立てたもので、当世風の女性に置き換えたところがユニーク。ちょっと現実離れしていて、雪の描写も印象的で、なかなか面白い作品でした。鳥文斎栄之は歌麿のライバルといわれたほどの美人画の名手だそうで、「遊女と蛍図」は蛍を愛でる遊女の、なんとも品のある一幅でした。酒井抱一が琳派に傾倒する以前の若い頃に描いた浮世絵肉筆画というのもありました。

葛飾北斎 「源頼政の鵺退治図」
江戸時代/弘化4年・1847年 ファインバーグ・コレクション蔵

会場の最後に展示されていたのが、北斎の「源頼政の鵺退治図」。『平家物語』にも登場する“鵺”退治の逸話を描いた作品です。鵺を描かず漆黒の闇と頼政の勇壮な姿で怪物退治の臨場感を表した傑作です。


恐らくファインバーグ氏の趣味だと思いますが、全体的にきれいな感じの、あまりこってりとせず、品の良い江戸絵画が多いという印象でした。なかなかの優品揃いなので江戸絵画ファンにはお勧めです。なお、当ブログで紹介した作品の中には、一部展示替えになる作品もありますので、事前に公式サイトでご確認ください。


【ファインバーグ・コレクション展 -江戸絵画の奇跡-】
2013年7月15日まで
江戸東京博物館にて


江戸絵画の非常識―近世絵画の定説をくつがえす (日本文化 私の最新講義)江戸絵画の非常識―近世絵画の定説をくつがえす (日本文化 私の最新講義)


すぐわかる琳派の美術すぐわかる琳派の美術


江戸の人気浮世絵師 (幻冬舎新書)江戸の人気浮世絵師 (幻冬舎新書)

2013/06/08

夏目漱石の美術世界展

東京藝術大学大学美術館で開催中の『夏目漱石の美術世界展』のブロガー特別内覧会がありましたので、参加してまいりました。

『坊っちゃん』『吾輩は猫である』『三四郎』などで知られる文豪・夏目漱石の小説に登場する画家や美術作品、また漱石本の装幀や挿画など、漱石に関わりの深い美術作品を集めた展覧会です。

お恥ずかしい話、夏目漱石の小説を読んだのなんて、学生の頃のことで、数々の画家や作品のことが言及されていたなど、全く覚えていませんでした。

そこにはターナーやミレイ、応挙や抱一、蕪村をはじめ、当時はそれほど高い評価を得ていなかった宗達や若冲といった絵師の名前まで出てきているというから驚きです。

少年の頃から絵が好きだったという漱石は、ロンドン留学中もたびたび美術館を訪問し、美術に対する教養を深めたといいます。当時のロンドンはラファエル前派や象徴主義派、そしてアールヌーヴォーといった世紀末美術華やかなりし頃。漱石はそうした新しい芸術運動やルネサンス、印象派といった西洋絵画の洗礼を大いに受けたようです。


序章 「吾輩」が見た漱石と美術

まずは漱石の処女作『吾輩は猫である』から。このデビュー作から既にダ・ヴィンチやラファエロ、レンブラント、そして蕪村や元信といった古今東西の画家の名前が登場しています。ここでは橋口五葉の装幀による『吾輩は猫である』の初版本や五葉の画稿などが展示されています。



第1章 漱石文学と西洋美術

ここでは漱石の小説にも登場する、彼がロンドンで観たであろうターナーやミレイの作品、また『文学評論』の中で触れているホーガス、さらには漱石旧蔵の絵画カタログや漱石が帰国後も定期購読していた美術雑誌などが展示されています。

[写真右] ウィリアム・ターナー 「金枝」
1834年 テイト所蔵
[写真左] ブリトン・リヴィエアー 「ガダラのブタの奇跡」
1883年 テイト所蔵

『坊ちゃん』に出てくる“ターナー島”の元となる松を描いたターナー作品、『夢十夜』の豚の挿話のイメージソースといわれるリヴィエアーの絵、またアーサー王伝説を題材にした短編『薤露行』やロンドンでの見聞を元にした短編『倫敦塔』を思わせるウォータハウスや、ロセッティ、ミレイなどの作品が展示されています。

[写真左] ジョン・エヴァレット・ミレイ 「ロンドン塔幽閉の王子」
1878年 ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ絵画コレクション蔵
[写真右] ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 「シャロットの女」
1894年 リーズ市立美術館蔵

作品のキャプションがとても丁寧で、小説の一節まで記述されていたりします。漱石の本を読んだことない人や読んでから時間が経っている人にも分かりやすくて優しいです。


第2章 漱石文学と古美術

漱石は牛込の代々続く名主の家に生まれ、家には50~60幅の掛軸があったといいます。その小説や評論の中で日本や中国の古美術に言及することも多く、特に雪舟以後の水墨画や狩野派、円山派、南画など江戸絵画全般に高い関心を持っていたようです。ここでは、漱石が言及した作品やそれに関連した日本画を中心に展示しています。


漱石が高く評価していた雪舟門下の秋月の「達磨図」(展示は6/9まで)や大正時代の宗達展で漱石が観たと思われる宗達の「禽獣梅竹図」、宗達工房(伊年)の「四季花卉図屏風」(展示は6/2まで)、『こゝろ』で“先生”が語る渡辺崋山の「黄梁一炊図」などなど。漱石ファンには、「あゝこれが」となるんでしょうね。

[写真左] 与謝蕪村 「漁父臨雨行」
19世紀 (展示は6/2まで)
[写真右] 伝・秋月等観 「達磨図」
16世紀 東京藝術大学蔵 (展示は6/9まで)

会場には、『虞美人草』で取り上げられている酒井抱一の屏風の“推定試作”として荒井経が制作した「虞美人草図屏風」というものも展示されていました。抱一の現品は存在が確認されておらず、架空の作品ではと考えられているそうです。


第3章 文学作品と美術『草枕』『三四郎』『それから』『門』

ここでは『草枕』『三四郎』『それから』『門』の4作品にスポットを当て、その中で展開される美術世界を具体的な作品により紹介しています。


最初のガラスケースには、池大雅や伊藤若冲、そして長沢芦雪などの絵が並びます。『草枕』には芦雪や若冲の名前が出てきたようですが、読んだ当時は高校生の頃で日本画に興味がなかったので、悲しいかな全く記憶にありません(汗)。確かに画工が主人公なので、引き合いに出されるのも分かる気がします。ちなみに若冲の名は『一夜』『硝子戸の中』にも出てくるそうです。


『草枕』で覚えているのが「オフィーリア」。本展では松岡映丘らが描いた、その名も『草枕絵巻』の一部が展示されています。『草枕絵巻』は漱石の没後に映丘が中心となり、若手日本画家総勢27人で制作した全三巻の絵巻。見ものはミレイの「オフィーリア」を模した山本丘人の「水の上のオフェリア」で、水の上を漂い流れるオフィーリアを大和絵風に描いたなかなか雰囲気のある作品です。

[写真左] ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 「人魚」
1900年 ロンドン・王立芸術院蔵
[写真中] 黒田清輝 「婦人図(厨房)」
1892年・明治25年 東京藝術大学蔵

ウォーターハウスの「人魚」は『三四郎』に登場するマーメイドの絵のイメージソースとして展示されていました。ウォーターハウスは漱石のお気に入りの画家の一人だそうです。そのほか、『三四郎』に記述されている吉田博・ふじをの作品や、登場人物の一人・原口画伯のモデルとされる黒田清輝の作品、また『三四郎』の作品世界を想起させるということで、藤島武二や鏑木清方の作品などが展示されていました。

[写真右] フランク・ウィリアム・ブラングィン 「蹄鉄工」
1904年頃 リーズ市立美術館蔵

『それから』からはブラングィンや青木繁、円山応挙、『門』からは岸駒や渡辺崋山、酒井抱一(期間により展示品は替わります)などが展示されています。


第4章 漱石と同時代美術

漱石は第六回文展(1912年・大正元年)を批評した『文展と芸術』に芸術論を連載していて、ここでは第六回文展で漱石が実際に観た作品を中心に明治末から大正初期にかけての作品を紹介しています。

横山大観 「瀟湘八景」(重要文化財)
1912年・大正元年 東京国立博物館蔵(※展示替えあり)

今村紫紅 「近江八景」(重要文化財)
1912年・大正元年 東京国立博物館蔵(※展示替えあり)

見もののひとつは二つの重要文化財、大観の「瀟湘八景」と紫紅の「近江八景」。大観の「瀟湘八景」は中国旅行からの帰国直後の作品で、水墨山水画の古典的な画題に大観流の独特の世界が広がっています。一方の「瀟湘八景」に因んだ紫紅の「近江八景」は南画や西洋の印象派の画法を取り入れた紫紅の転換期の代表作で、大観とはまた異なるアプローチによる近代日本画として興味深い作品です。そばには寺崎広葉の「瀟湘八景」もあり、比較して観るのも面白いと思います。

平田松堂 「木々の秋」
1912年・大正元年 東京国立近代美術館館蔵

今回の出品作品の中で、個人的に一番好きだったのがこの「木々の秋」。松堂は川合玉堂に師事した方だそうですが、この作品はいかにも琳派の影響を受けた装飾性とリズミカルで自由な構図が印象的です。


漱石が『文展と芸術』で触れている作品には、漱石による評がパネルで掲示されていましたが、かなり辛辣な批評が多いのが笑えます。このほかこの章には、坂本繁二郎や安田靫彦、松岡映丘、黒田清輝、萬鉄五郎、青木繁、中村不折といった近代洋画・近代日本画を代表する錚々たる顔ぶれが並びます。この時代の日本美術界の密度の濃さに驚かされます。


第5章 親交の画家たち

漱石の書籍の装幀を手がけた橋口五葉や中村不折、浅井忠、また漱石の絵画の師でもあった津田青楓ら漱石と進行のあった画家の作品が展示されています。

[写真左] 浅井忠 「収穫」(重要文化財)
1890年・明治23年 東京藝術大学蔵

浅井忠の木版画作品は以前観たことがあるのですが、挿絵なども手がけていたとは知りませんでした。版画にしても挿絵にしても油彩画の雰囲気とは異なり、なかなか魅力があります。そのほか、橋口五葉の作品が充実しているのが嬉しいところ。


第6章 漱石自筆の作品

子どもの頃から絵の好きだった漱石が本格的に絵を学び始めるのは44歳の頃で、一回り下の画家・津田青楓に手ほどきを受けたそうです。


漱石の作品は、一部水彩画も展示されていましたが、主に日本画で、好きだったという南画、また蕪村などの文人画の影響も感じられます。他人の絵にはキツイことを言う割には…という方もいるようですが、さすが美術に造詣が深い人だけあり、味のある作品だと感じました。どことなく師・津田青楓の画風に近い気もします。



そのほか、漱石の書や原稿なども展示されていて、漱石ファン必見のコーナーだと思います。さすが明治の文豪だけあり、書も達筆です。


第7章 装幀と挿画

最後の章は、橋口五葉による漱石本の装幀や挿画を展示しています。漱石の小説は、橋口五葉の美しい装幀も話題になり、売り上げに貢献したといいますが、こんなおしゃれでスタイリッシュな本が書店に並んでいたら、文学に興味がなくとも、確かに手にとってしまいます。



そのほか、漱石が手がけた『こゝろ』の装幀の貴重な原画なども展示されています。


漱石の小説を読んでから行くか、行ってから読むか。美術ファンなら必ずや、もう一度漱石の本を読み、その美術的世界に触れたくなること必至の展覧会です。主催者の漱石への愛と熱い思い、こだわりを強く感じました。図録も解説が充実し、資料的価値も高いのでお勧めです。


※会場内の写真は主催者の許可を得て撮影したものです。


【夏目漱石の美術世界展】

会期: 2013年5月14日(火)~7月7日(日)
時間: 10:00~17:00 (入館は午後4時30分まで)
休館: 毎週月曜日
会場: 東京藝術大学大学美術館

巡回展: 静岡県立美術館 2013年7月13日(土)~8月25日(日)


芸術新潮 2013年 06月号 [雑誌]芸術新潮 2013年 06月号 [雑誌]


吾輩は猫である (新潮文庫)吾輩は猫である (新潮文庫)


三四郎 (新潮文庫)三四郎 (新潮文庫)


虞美人草 (新潮文庫)虞美人草 (新潮文庫)


夏目漱石 (ちくま日本文学 29)夏目漱石 (ちくま日本文学 29)