2015/11/30

村上隆の五百羅漢図展

森美術館で開催中の『村上隆の五百羅漢図展』を観てまいりました。

もともと現代アートを積極的に観て来なかったというのもあるのですが、個人的にマンガやオタク文化的なノリがどうも苦手で、村上隆も真面目に観たことがありませんでした。

正直、先日拝見した増上寺の『狩野一信の五百羅漢図展』の延長で観に行ったのですが、これが面白い。日本美術的なアプローチというんでしょうか、現代アートなりのオマージュや対抗意識がとても楽しく感じました。客層も老若男女と幅広く、みんな作品を楽しんでるのがまたいいですね。

狩野一信の「五百羅漢図」やほかの絵師の作品なんかもさまざまに取り入れていて、いろいろと比較して観られたのも良かったです。現代アートファンなら現代アートなりの見方があるでしょうし、日本美術ファンなら日本美術なりの見方もできると思います。いろんな発見があって観てて飽きません。

村上隆 「宇宙の深層部の森に蠢く生命の図」(部分) 2015年

会場に入ってまず目に飛び込んでくるのが、村上隆的な世界が絵巻のように繰り広げられる長大な「宇宙の深層部の森に蠢く生命の図」。過去の作品のモチーフがいろいろと凝縮されているそうで、いわばベスト・オブ・ベスト的な作品。

達磨絵もあって、このあたりは現代アートに疎い日本美術ファンにも楽しい。雪舟の絵でも有名な、自ら左腕を切り落として決意を示し、ようやく達磨に弟子入りを許されたという慧可のエピソードをモティーフにした「慧可断臂」シリーズ、まるで禅画ような「円相」シリーズなど、日本美術の現代的な解釈として強く惹かれます。

村上隆 「達磨大師」 2007年 個人蔵
「慧可断臂 直指人心見性成仏更問如何南無阿弥陀仏」 2015年
「慧可断臂 心、張り裂けんばかりに師を慕い、故に我が腕を師に献上致します」 2015年

村上隆 「絵難房」改め、、、「笑!難。。。茫~」 2010年
「Reborn」 2012年

会場の途中には、『芸術新潮』で連載されていた日本美術史家・辻惟雄との「ニッポン絵合せ」を紹介したコーナーもあって、ここがまた面白い。伊藤若冲や葛飾北斎、曽我蕭白といったお題が辻先生から出され、村上隆がそのお題に沿った作品を制作するというもの。その実際の作品なども展示されています。

狩野一信 「五百羅漢図 第49幅、第50幅」
1854-63年 増上寺蔵 (会期中入れ替えあり)

そのお題のひとつが狩野一信の「五百羅漢図」。この作品を村上隆が取り組み始めたのは東日本大震災のあった2011年。自然の驚異になすすべもなく無力感いっぱいでいる中、「震災という死生観のぎりぎりのところが問われるような状況が出現し、五百羅漢というモチーフは俄然リアリティを帯びてきた」のだといいます。

村上隆の「五百羅漢図」は「青竜」「白虎」「朱雀」「玄武」の中国の古代思想で東西南北を司る四神の名を冠した4つから成り、1面が3m×25m、4つで100m。十六羅漢を中心に500体の羅漢と霊獣、霊長などさまざまなモティーフが描かれています。

村上隆 「五百羅漢図 白虎」 2012年 個人蔵

村上隆 「五百羅漢図 青竜」 2012年 個人蔵

初めて公開されたドーハでは同じ空間に全面が展示されていたようですが、日本では2つのスペースに分けて作品を紹介しています。それでも、森美術館ってこんなに広かったんだと、あらためてその大きさにビックリ。

「白虎」だけでも約220人の羅漢が描かれているそうで、顔や持ち物、衣服、その色に至るまで、一つとして同じものがないのがスゴイ。作品はよく見ると、シールを貼ったように感じところがあるのですが、実はシルクスクリーンを4000枚重ねているんだそうです。

村上隆 「五百羅漢図 玄武・朱雀」 2012年 個人蔵

「青竜」「白虎」「朱雀」「玄武」の構成は村上隆の創作で、一信の「五百羅漢図」をはじめ、先人たちの五百羅漢図や五百羅漢像などをいろいろと調べ、それらを参考にしているのだとか。「ニッポン絵合せ」に登場した若冲や蕭白などのモティーフや、「伴大納言絵巻」 や「北野天神縁起絵巻」の特徴的な炎、須弥山など仏画によく見る構図なども見られます。



狩野一信の「五百羅漢図」に触発されたと思しき箇所もいろいろ。こちらはその一部。左が一信の「五百羅漢図」、右が村上隆の「五百羅漢図」。

長澤蘆雪 「方寸五百羅漢図」 寛政10年(1798年) 個人蔵(写真は複製)
村上隆 「平成方寸五百羅漢図」 2011年, 「五百羅漢図 白虎」(部分) 2012年

辻先生との問答コーナーにあった長澤蘆雪の「方寸五百羅漢図」を村上隆流のアレンジした作品も「五百羅漢図」の中に発見!


途中には「五百羅漢図」の100冊を超えるという制作ファイルの一部が展示されています。全国の美大生から募った200人に及ぶスタッフが24時間のシフト制を組んで短期間で制作にあたったとか。もともと多くのスタッフを抱えた会社組織(カイカイキキ)で制作活動していて、分業体制や人員管理などのノウハウはあるでしょうから、こうしたまるで狩野派の障壁画プロジェクトのような村上隆的工房システムは慣れたものなのかもしれません。


膨大なファイルを見ていると、制作の苦労が伝わってきます。村上隆からの制作指示やダメ出しなど、ちょっと笑えるようなものもあったりします。

村上隆 「死の淵を覗き込む獅子」「この世の無常を喰ろうて候」 2015年

村上隆 「Superfat DOB:DNA」
「たんたん坊:a.k.a.ゲロタン:輪廻転生」「Superfat DOB:叫び」 2015年

ほかにも村上隆の最新作も多く展示されています。“DOB君”や“たんたん坊”といったお馴染みのシリーズや、京博所蔵の「早来迎」に着想を得たと思しき「来迎図」など。

村上隆 「円相 アトランティス」「円相 シャングリラ」 2015年 個人蔵


よく見ると、ドクロがエンボス加工されている。

村上隆 「萌える人生を送った記憶」 2015年
「知りたくないことであったのだが、、、実は、、、死んでも、魂は生き続けるらしい。そんなに、、、何万年も、何十億年も魂が劣化しないとは言えないであろうに。」 2015年
「欲望の炎―金」 2013年 「見返り、来迎図(制作中)」 2015年

村上隆の大規模な展覧会は日本ではなかなか珍しいようですし、スペースのことを考えると、「五百羅漢図」のような大型の作品はもう日本では観られないのではないかともいわれているので、この機会を逃さない方がいいんじゃないかと思います。期間も長いのがありがたいですね。


【村上隆の五百羅漢図展】
2016年3月6日(日)まで
森美術館にて


村上隆の五百羅漢図展村上隆の五百羅漢図展


熱闘! 日本美術史 (とんぼの本)熱闘! 日本美術史 (とんぼの本)

2015/11/29

狩野一信の五百羅漢図展

増上寺の宝物展示室で開催中の『狩野一信の五百羅漢図展』のブロガーナイトがありましたので参加してまいりました。

今年4月に本堂地下1階に開館した待望の宝物展示室。開館第2弾企画として10月から、幕末の絵師・狩野一信の傑作仏画「五百羅漢図」を公開しています。前期(10/7~12/27)は第21幅~40幅を、後期(2016/1/1~3/13)は第41~60幅を展示。2011年に江戸東京博物館で開催された『五百羅漢展』の感動がよみがえります。

展示室はそれほど広くないのですが、一信の「五百羅漢図」を展示することを念頭に置いて設計したそうで、作品がちょうどいい具合にフィットしています。それにしても本殿の地下にこんな空間があったとは。

今回のブロガーナイトでは、≪弐代目・青い日記帳≫のTakさんと森美術館のシニア・コンサルタント・広瀬麻美さんのギャラリートークがあり、これがとても面白かったのです。途中から、なんと明治学院大学の山下裕二先生も飛び入り参加して、たぶん予定より時間オーバーしたんじゃないかと思いますが、その分、充実したトークを聴くことができました。

ギャラリートークの様子

ギャラリートークで興味深かったのは羅漢信仰のお話で、全国のさまざまな羅漢像などを紹介していただいたのですが、羅漢といってもいろんな羅漢があるのですね。結構ユニークなものもあり、五百羅漢というと京都・石峰寺の五百羅漢の石仏ぐらいしか見たことがなかったので、機会があれば訪ねてみたいものです。

現在は残念ながら撮影禁止になってしまった石峰寺の五百羅漢:
the Salon of Vertigo: 石峰寺 ~若冲の石仏を訪ねて~

江戸時代は五百羅漢巡りブームというのがあって、五百羅漢の中から亡くなった人に似た羅漢を探しては亡き人を忍んだりしたそうです。一信が「五百羅漢図」を制作している最中には安政の大地震も起きていて、そうした時代背景や震災で命を落とした人々への思いというものもあったのでしょう。

狩野一信 「五百羅漢図」(右から31幅〜40幅)

一信は熱心な仏教徒だったそうで、縁のあった増上寺の支援を受け、「五百羅漢図」を制作したといいます。制作には10年を費やし、また最高級の顔料も使っていたことも分かっていて、現在のお金でいうと1億円規模のプロジェクトだったんじゃないかとのこと。

しかし、これだけの大型で手の込んだ掛軸を一人で描くのはあまり現実的でないので、弟子と分業をしていたのではないかというのが広瀬さんのお話。今回展示されている掛軸でも、第21~30幅は一信の手によるものだろうが、第31~40幅はクオリティ的に弟子の手によるところも多いのではないかとの意見でした。言われてみると、なるほどと思うところも。

狩野一信 「五百羅漢図」(右から21幅~24幅)

狩野一信 「五百羅漢図」(右から25幅~28幅)

今回展示されている第21幅~40幅は生前に罪を犯した人たちが巡る六道の世界が描かれています。たとえば21幅~24幅は“地獄”の場面で、地獄に堕ちた罪人たちが釜茹でにされたり、火焔を浴びせられたりしているのを羅漢が救い出していたりするんですね。それでも救われない人たちは正に地獄の責め苦を味わうのですが、ようやく救出された罪人は羅漢の足元で手を合わせています。


ほかにも、強欲で嫉妬深い人が堕ちるといわれる“鬼趣(餓鬼道)”では、羅漢が与える食べ物を我先にと奪い合ったり、空腹のあまり我が子を食べようとする母親が描かれていたり、本能のまま快楽に溺れた者が堕ちる“畜生道”では鳥や猿の姿に変えられた人間たちが羅漢の姿に合掌する様子などが描かれています。五百羅漢図には実は決まったルールといったものがなく、描かれているストーリーはオリジナルなのだそうです。ちなみに光背があるのが羅漢で、ない人はお付きの人とか。


漫画チックな表現がよく話題にされる一信の「五百羅漢図」ですが、その筆致は非常に細密かつ巧妙、表現も多彩で、優れた絵師であることがよく分かります。「五百羅漢図」は裏彩色も施されていて、徹底した技巧を尽くした作品であることが明らかになっているそうです。ギャラリートークではその調査内容も詳しく解説していただきました。

まさに寝食を忘れて命がけで「五百羅漢図」に取り組んだ一信は48歳で亡くなるのですが、晩年はノイローゼのような状態だったといいます。あと4幅というところで一信が亡くなってしまったため、残りは弟子の一純が描き上げます。


一信が亡くなったあと妻は出家し、一信の五百羅漢図を飾るための羅漢堂を増上寺に建立します。拝観者に自ら解説もしていたそうですが、あまりにしつこいので“羅漢ばばあ”といわれていたとか。

一信は婿養子として逸見家に入るのですが、本展ではその逸見家から寄贈された貴重な資料や、近年発見されたという「布袋唐子像」などが紹介されています。「五百羅漢図」で一躍有名になりましたが、なかなか一信の他の作品って観る機会はないんですよね。

狩野一信 「布袋唐子像」 個人蔵

森美術館で開催されている『村上隆の五百羅漢図展』と併せて観ると、さらに面白さアップすること間違いなしです。


【狩野一信の五百羅漢図展】
前期:2015年10月7日(水)~12月27日(日)| 第21幅~第40幅展示
後期:2016年1月1日(金)~3月13日(日)| 第41幅~第60幅展示
増上寺宝物展示室にて


狩野一信 五百羅漢図狩野一信 五百羅漢図

2015/11/22

プラド美術館展

三菱一号館美術館で開催中の『プラド美術館展 -スペイン宮廷 美への情熱』のブロガー内覧会がありましたので、参加してまいりました。

10月に一度拝見しているので、2回目の鑑賞になります。先月伺った日は休日で混んでいて、あまりゆっくり鑑賞できなかったこともあったので、今回はじっくりと拝見してきました。

『プラド美術館展』というので、スペイン絵画がたんまりかと思いきや、ルーベンスやブリューゲルといったフランドル絵画も意外に多く、実はハプスブルク家を介した歴史的な繋がりがあったことも知りました。

比較的小品が多いものの、作品数は100点を超え、さすがスペイン王家所縁の作品が中心になっているだけあって、品の良い作品が多く、質的にも充実しています。三菱一号館美術館の構造からして、このぐらいの小さなサイズの作品の方が映えますし、じっくり対峙するにはちょうどいい感じがします。


Ⅰ 中世後期と初期ルネサンスにおける宗教と日常生活

教会に飾られる祭壇画というより、私的な空間で使われた礼拝用の絵画と思われる小型の作品が並びます。作品はどれも14~16世紀のもので、この時代はまだキャンバスが普及してないので、板にテンペラや油彩で描かれたものばかり。学芸員の方もおっしゃってましたが、板絵は温湿度の管理が難しく、よくこれだけの作品を貸し出してくれたなと思います。

[写真左から] ハンス・メムリンク 「聖母子と二人の天使」 1480-90年
偽ブレス(プレシウス) 「東方三博士の礼拝」「12部族の使者を迎えるダビデ王」「ソロモン王の前のシバの女王」 1515年頃
ヒエロニムス・ボス 「愚者の石の除去」 1500-10年頃

ここでは初期フランドルの画家の作品が多く、ヘラルト・ダヴィト(ダーフィット)やメムリンクの聖母子像に惹かれます。メムリンクの「聖母子と二人の天使」は衣服の質感も素晴らしい。フランドルは織物業が盛んだったこともあって、フランドル画家の衣服の表現はレベルが高いのだそうです。

初期フランドルというとヒエロニムス・ボスですが、ボスの絵も一枚展示されています。どこまで宗教的なのかはよく分かりませんが、頭から石を取り除こうとする医者(実は偽医者)は頭に漏斗(愚行の意味がある)をかぶっていて、愚者の頭には花が咲いています。不思議。


Ⅱ マニエリスムの世紀: イタリアとスペイン

ルネサンス的なところではティッツィアーノの作品も展示されてたのですが、マニエリスムというと、やはりここではエル・グレコでしょう。30cmにも満たない小さな作品でしたが、その小さな額の中に、いかにもエル・グレコといった感じの造形と色彩が溢れています。小さいとはいえ、「受胎告知」が観られたのも嬉しい。

[写真左から] エル・グレコ 「受胎告知」 1570-72年
エル・グレコ 「エジプトへの逃避」 1570年頃
ルイス・デ・モラーレス 「聖母子」 1565年頃


Ⅲ バロック: 初期と最盛期

17世紀というとスペイン絵画の黄金時代。ベラスケスやムリーリョといった巨匠が出現し、スペイン的なリアリズム絵画が展開します。スペイン絵画の展示は少なかったのですが、メインに据えている章だけあり、イタリアやフランドルなど作品は充実しています。

[写真左から] ドメニコ・ティントレット 「胸をはだける婦人」 1580-90年
グイド・レーニ 「花をもつ若い女」  1630-31年
ディエゴ・ベラスケス 「フランチェスコ・パチェーコ」 1619-22年

[写真左から] グイド・レーニ 「祈る聖アポロニア」 1600-03年
グイド・レーニ 「聖アポロニアの殉教」 1600-03年

グイド・レーニの作品が3点あって、清楚な女性の肖像画も良かったのですが、聖アポロニアを描いたバロック的な作品がとてもいい。どこかラファエロ的であり、バロック特有の明暗の激しさとドラマティックな雰囲気があり、それでいて表現や色彩は柔らかい。

[写真左から] フアン・バン・デル・アメン 「スモモとサワーチェリーの載った皿」 1631年頃
ハブリエル・メツー 「死せる雄鶏」 1659-60年

バロックの見どころの一つとして静物画が取り上げられています。静物画が独立したジャンルとして確立するのがこの時代で、いわゆる“キャビネット・ペインティング”として貴族たちがプライベートな小部屋(キャビネット)に飾り楽しんだといいます。その中で印象的だったのがこの2点。ともに初めて名の聞く画家で、メツーはフランドルの画家、バン・デル・アメンはマドリードに生まれますが、両親はフランドル人。徹底した写実性と強烈な光のコントラストが対象物の質感を劇的に高めています。

[写真左から] ペーテル・パウル・ルーベンス 「聖人たちに囲まれた聖家族」 1630年頃
バルトロメ・エステバン・ムリーリョ 「ロザリオの聖母」 1650-55年

そして、ムリーリョの「ロザリオの聖母」。暗闇に浮かび上がる聖母マリアとキリストの神々しさ、吸い込まれてしまいそうな繊細かつ力のある表情(特に目)。しばし心を奪われました。今年の『ルーブル美術館展』でも「蚤をとる少年」に感動しましたが、宗教画の厳かな味わいはまた格別ですね。

ここではルーベンスも見もの。ルーベンスは主要な部分のみ描いて、あとは指示だけして工房の弟子に任せていたのは有名な話ですが、小品はルーベンス本人が細部まで描き込んでいるので、真価が発揮されているのだそうです。「聖人たちに囲まれた聖家族」のオリジナルはベルギーのアントウェルペン王立美術館にあって、こちらは模写なのですが、小品だからこそ分かる繊細な描写をすみずみまで堪能することができます。

[写真左から] ペーテル・パウル・ルーベンス 「アポロンと大蛇ピュトン」 1636-37年
コルネリス・デ・フォス 「アポロンと大蛇ピュトン」 1636-38年

[写真左から] ペーテル・パウル・ルーベンス 「デウカリオンとピュラ」 1636-37年
ペーテル・パウル・ルーベンス 「狩りをするディアナとニンフたち」 1636-37年

ルーベンスでは他にも小型の作品があったり、ルーベンスの下絵をもとにした作品があったりして、いろいろと比較して観るのも面白い。


Ⅳ 17世紀の主題: 現実の生活と詩情

この頃になると風景画がぐんと増えます。ネーデルラントでは風景画の中に風俗描写を交えた作品が、これもキャビネット・ペインティングとして人気があったそうです。

興味深かったのがベラスケスの珍しい風景画で、まるで外光のもとで描いたのではないかと思うようなところがあり、構図的にも、タッチも、コローなど近代に近いものを感じます。

[写真左から] ディエゴ・ベラスケス 「ローマ、ヴィラ・メディチの庭園」 1629-30年
クロード・ロラン 「浅瀬」 1644年頃

ヤン・ファン・ケッセル(1世) 「アジア」 1660年

異彩を放つのがこの「アジア」。当時の西洋人がイメージするアジアなんでしょうが、ヘビとかサイとか巨大イカとか不気味で奇っ怪な生物ばかり。アジアは未開の野蛮な地と考えられていたんでしょうね。

ピーテル・ブリューゲル(2世) 「バベルの塔の建設」 1595年頃

ブリューゲル家の作品もいくつか。大ブリューゲルの長男ピーテル2世が量産した「バベルの塔」をはじめ、次男ヤン・ブリューゲルやさらにその息子のものなど。ヤン・ブリューゲル2世の「地上の楽園」は熱帯の野鳥やライオン、ヒョウなどが描かれていて、これも大航海時代のオランダの、遠い大陸のイメージなのかもしれません。

[写真左から] ヤン・ブリューゲル(2世) 「豊穣」 1625年頃
ヤン・ブリューゲル(1世) 「森の中のロバの隊列とロマたち」 1612年

[写真左から] ピーテル・フリス 「冥府のオルフェウスとエウリュディケ」 1652年
フランスの不詳の画家 「自らの十字架を引き受けるキリスト教徒の魂」 1630年頃
ヤン・ブリューゲル(2世) 「地上の楽園」 1626年頃

ボスにはじまる幻想絵画の流れを汲むものでしょうが、ピーテル・フリスの「冥府のオルフェウスとエウリュディケ」も面白い。オルフェウスが死んだ妻を取り戻すために冥府に入るエピソードを描いたもので、グロテスクな魔物がいたり、よく分からない生き物がいたり、まあ何もかも不気味(笑)


Ⅴ 18世紀ヨーロッパの宮廷の雅

18世紀に入ると、長い間スペインを統治していたハプスブルク家に代わり、ブルボン家による王制が始まります。美術の趣味もがらりと変わり、イタリアやフランドル系の絵画に代わってフランス絵画が幅を利かせます。

[写真右から] ルイス・パレート・イ・アルカーサル 「花束」 1780年頃
アントン・ラファエル・メングス 「マリア・ルイサ・デ・パルマ」 1765年
ルイス・パレート・イ・アルカーサル 「花束」 1780年頃

時代的にも新古典主義とかロココとかが主流なので、一気に明るく華やかな作品が並びます。メインヴィジュアルに使われているメングスももちろん良いのですが、個人的にはイ・アルカサールの人物画に惹かれました。この時代独特のムードがあります。メングスが描いた女性を後にゴヤも描いていて、ゴヤの作品がパネルで紹介されています。

[写真右から] マリアノ・サルバドール・マエーリャ 「大地に収穫物を捧げる女神キュペレ」 1798年
ジャンバッティスタ・ティエポロ 「オリュンポス、あるいはウェヌスの勝利」 1761-64年
フランシスコ・バイェウ・イ・スビアス 「オリュンポス、巨人族の戦い」 1764年

仰視法を効果的に用いた作品が並んでいて、これも良かったです。ティエボロの透明感ある絵作りはさすが。マエーリャとイ・スピアスは天井画の下絵ですが、これだけでも十分美しいのだから実物を観たらさぞ興奮するでしょうね。


Ⅵ ゴヤ

ゴヤには一部屋割り当てられてます。ゴヤからイメージする作品かというと、ちょっと物足らないところもありますが、興味深いのは「アルバ女公爵とラ・ベアタ」。アルバ公爵夫人はゴヤの愛人だったことで有名ですが、アルバ公爵夫人が召使いを脅している図で、公爵夫人は赤珊瑚の魔除けを突きつけ、召使いは十字架を振りかざして抵抗しています。この頃ゴヤは耳が不自由だったそうなので、その会話は聴こえいなかったのかもしれませんが、公爵夫人があまりいいように描かれていないように感じます。こんな絵を描いて夫人に怒られなかったのでしょうか。

フランシスコ・デ・ゴヤ 「アルバ女公爵とラ・ベアタ」 1795年

[写真右から] フランシスコ・デ・ゴヤ 「トビアスと天使」 1787年頃
フランシスコ・デ・ゴヤ 「目隠し鬼」 1788年
フランシスコ・デ・ゴヤ 「酔った石工」 1786年


Ⅶ 19世紀: 親密なまなざし、私的な領域

作品はスペイン絵画が中心ですが、印象派の影響を感じる作品も多く、あまり観る機会のないスペインの19世紀近代絵画という点で興味深い。ジャポニスムの影響を感じるマリアノ・フォルトゥーニの「日本式広間にいる画家の子供たち」や、ビセンテ・パルマローリ・ゴンザレスの「手に取るように」が素敵でした。

[写真左から] レオナルド・アレンサ・イ・ニエト 「酔っ払い」 1835年頃
エウヘニオ・ルーカス・ベラスケス 「魔女の夜宴」 1850-55年


ビセンテ・パルマローリ・ゴンザレス 「手に取るように」 1880年

プラド美術館だからといって、スペイン絵画というイメージで来てしまうと、ちょっと期待したものと違うかもしれませんが、スペイン宮廷のコレクションだと考えると、かつての華やかなりし宮廷文化に触れられて、とても楽しめると思います。


【プラド美術館展 スペイン宮廷美への情熱】
2016年1月31日(日)まで
三菱一号館美術館にて


もっと知りたいゴヤ―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたいゴヤ―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)