あっという間の1年。今年もこの季節になりました。
今年は5月に新型コロナウイルスが5類に移行し、とりあえずはようやく新型コロナウイルスの影響を受けることなく展示会が開催され、何とかコロナ禍前の状況に戻りつつあるということを実感する1年でした。
ここ数年はあれここれも観に行くというより、選んで観に行くようになったり、今年は地方出張が少なくてあまり遠征もしなかったので、意外と少なく、約70の展覧会を観に行っていたようです(ギャラリーの個展は除く)。月平均5〜6本ぐらいでしょうか。
というわけで、2023年のベスト10はこんな感じです。
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1位 『やまと絵 -受け継がれる王朝の美-』(東京国立博物館)
今年はダントツで『やまと絵展』!
東博のやまと絵の特別展は実に30年ぶり。待望の展覧会です。現存数の少ない貴重な平安時代や鎌倉時代のやまと絵の屏風や絵巻を観る機会など滅多にないし、それらが一堂に介す機会など更にないし、次回30年後?はまず生きてないと思うので、じっくり時間をかけて堪能しました。都合2回観に行きましたが、前期も3時間、後期も3時間、それでも時間が全然足りませんでした。
近世以降は本館の特集展示に回し、室町時代以前のやまと絵に絞ったのが潔いし、それだけ密度の高いやまと絵体験ができました。過去のやまと絵や室町絵画の展覧会の図録で観ていて一度は実物を観たいと願ってた作品にやっと出会えたときの感動と言ったら。もうほんと感謝です。
2位 『あこがれの祥啓 -啓書記の幻影と実像-』(神奈川県立歴史博物館)
関東水墨画を展観する展覧会としては実に25年ぶり、祥啓に焦点を当てたものとしては初だそうです。祥啓を中心に師・芸阿弥や仲安真康、門人とされる啓孫や興悦など、さらには後年狩野派による再評価の流れにも触れ、関東画壇について知る貴重な機会でした。
祥啓や関東画壇の作品は根津美や東博で時々見かけることはありましたが、その根津美や東博の所蔵作品はもちろん、関東水墨画のコレクションが充実している栃木県立博物館をはじめ全国の美術館から祥啓や関東画壇の作品が一堂に介し、ほんと素晴らしかったです。こちらも前後期拝見。祥啓を語る上で重要な山水図や重文作品は前期に集中していましたが、後期は後期で中国画学習の人馬図や花鳥図、人物画などが多く、そのレベルの高さに唸りました。
3位 『合田佐和子展 帰る途もつもりもない』(三鷹市美術ギャラリー)
没後初、約20年ぶりという待望の回顧展。初期の立体作品やオブジェから銀幕スターなどの肖像画、唐十郎や寺山修司の舞台美術、オートマティズム作品や晩年の鉛筆画までずらり。然程広くない会場はまるで迷路のようで凄く濃密でとても充実していました。
合田佐和子のことを初めて知ったのはそれこそ寺山修司の映画や雑誌Juneで紹介された頃なので相当昔ですが、これだけの数の作品を観るのは初めて。写真では分からない立体作品や、退廃的な画風からパステル調に変化する様子など実際に観られてほんと良かったし、作品がどれも想像以上に素晴らしかったです。
4位 『幕末土佐の天才絵師 絵金』(あべのハルカス美術館)
絵金の展覧会が高知県外で開かれるのはなんと約50年ぶりということでGWを利用して観に行きました。絵金は江戸博の奇才展で観ただけなので、これだけ沢山の作品を観るのは初めて。狩野派で学び、一度は土佐藩家老の御用絵師になったという人だけあり腕は確か。想像以上に凄い絵師で驚きました。
歌舞伎の芝居絵が多く、屏風だったり絵馬提灯だったりで、割と残酷な場面や劇的な場面が多いのですが、歌舞伎に馴染んでないと描けないような表現も多く、伽羅先代萩とか鈴ヶ森とか葛の葉とか加賀見山とか寺子屋とか名場面や型を描くのも的確。歌舞伎の絵看板や浮世絵の役者絵とも全然違って、芝居の登場人物の表情や姿が屏風にびっしり描き込まれ、過剰なまでに盛ってるのも面白かったです。
5位 『クリスチャン・ディオール、 夢のクチュリエ』(東京都現代美術館)
これは美しすぎるというか素敵すぎるというか、部屋ごとの演出も凝っていて目眩く美の洪水に圧倒されました。歴代のクリエイティブディレクターによる洗練されたドレスは最早芸術品ですね。ファッション系展覧会と甘くみたら危険。気づいたら2時間観てました。
この展覧会で初めて知ったのですが、クリスチャン・ディオールはメゾンを創業する前、ギャラリーを経営していて多くの芸術家と交流があり、最初期のシュルレアリスム展を開催したこともあったそうで、そうした芸術的感性が服に活きてるのが分かりました。日本との関係も深く、ジャポニスム的な作品も興味深かったです。
6位 『原派、ここに在り -京の典雅-』(京都文化博物館)
京都画壇に注目が集まる中で目にする機会も増えた原派にスポットを当てた初の展覧会ということで、このためだけに京都に行きました。
原在中は古画や漢画、有職故実も研究したという人だけあり、水墨画や山水画、仏画もあれば、装飾的な花鳥図や真景図もあり幅がとても広い。そして精緻で丁寧。なるほど一代で一派を興すだけあり実に巧い。真面目な職人気質の人だったんだろうなという印象を受けました。息子の在正、在明はこれまであまり気に留めて観たことはなかったのですが、印象的な作品が多く、在中に劣らず素晴らしい。原派を見直す大変良いきっかけになりました。
7位 『デイヴィッド・ホックニー展』(東京都現代美術館)
ホックニーは現代アートでは最も好きな画家。高校生の頃、初めてホックニーの作品に触れ、衝撃を受けました。いわば、ぼくがアートに興味を持つきっかけのアーティストです。だから、ほんと待ちに待った展覧会。とても楽しみにしてました。ここ10数年のデジタル作品が半分で個人的に一番好きな70~80年代の作品が思ったほどなかったのが残念でしたが、テートからも代表作が来ており、近作もカラフルでとても素晴らしかったし、何よりまだまだバリバリ活躍していることに元気づけられました。
ただ、今回の展覧会は近年の作品が多いからか「iPadを使ってカラフルでポップな絵を描くおじいちゃん」みたいな売り方をしているのが少し不満で、ホックニーは特に70年代までは彼の性的指向を抜きに語れないし、ウォーホルと違って積極的に同性愛を表現してアート界で恐らく初めて成功した画家なわけだけど、そういうところにほとんど触れずに済まそうとしているところが片手落ちという感じがしました。
8位 『東海道の美 駿河への旅』(静岡市美術館)
東海道図屏風をはじめ東海道や富士山を描いた実景図や浮世絵、さらには駿河の旧家に伝わるコレクションや有名絵師や文人との交流のエピソードなどなど実に良かったです。東海道図屏風から伝わる旅の楽しさ。街道景観図としてだけでなく名所図や風俗図としても興味深かったです。東海道図屏風は古くは室町~安土桃山の頃のものからあり家康により整備される前の街道の賑わいを知ることができました。東博所蔵の狩野山雪の有名な「猿猴図」が東海道の原宿の名家に伝わったものだったと初めて知り驚きました。
9位 『大阪の日本画』(東京ステーションギャラリー)
ここ数年、再評価の流れにある大坂画壇の近代の画家たちにスポットをあてた展覧会。北野恒富は別格として、菅楯彦や生田花朝、矢野橋村、さらに船場派といった馴染みない画家も大きく取り上げられ、東京とはまた違った文化的背景、特に船場派や女性画家たちが活躍した背景がとても興味深かったです。北野恒富、中村貞以も優品揃いでしたが、恒富門下の島成園、木谷千種、生田花朝といった女性画家の素晴らしさに驚きました。なぜ東京にはこうした女性画家が生まれなかったのか。
展覧会関連の講演会も聴講しました。関大の中谷先生の基調講演の、大阪がいかに日本美術史から切り捨てられてきたか、また大阪と京都の対比などの話がとても興味深く、「京都だけで京都を見ていると何かを見逃してしまう」という言葉に納得でした。
10位 『橋本関雪 生誕140年 KANSETSU -入神の技・非凡の画-』(白沙村荘 橋本関雪記念館、福田美術館、嵯峨嵐山文華館)
嵐山と東山の3会場で開催された橋本関雪大回顧展。3館廻ると京都の端から端の大移動で1日がかりでしたが、3館廻って分かる橋本関雪の素晴らしさ。関雪はそんなに詳しく知らなかったのですが、こうしてまとめて観ると、人物や動物にしても南画にしても器用。特に屏風の作品構成、空間の使い方はどれも巧くて唸りました。嵐山の2館では橋本関雪記念館の所蔵作品が多く展示されていて、橋本関雪記念館には京都近美や足立美術館など他館の作品も多く、全国の美術館にある代表作がもれなく観られました。新緑の嵐山や白沙村荘の庭園を一緒に巡れるたのも良かった。
今年はもう一つ、どうしてもベスト10に入れたかったのが、八幡市立松花堂美術館の『居初つな展』。江戸時代の女性絵本作家・居初つなの初の展覧会です。奈良絵本の作家かと思いきや、実は女性向け教養書を何冊も執筆しベストセラーになったり、母親も作家だったりと初めて知ることばかりでビックリしました。著作物や奈良絵本の展示の他、豪華な金地の百人一首かるたや歌仙絵、絵巻などもあり大変素晴らしく、小さな展示スペースを何度も何度もぐるぐるしてしまいました。美術館はとても不便なところでしたが、観に行った甲斐がありました。
10月には丸善丸の内本店のギャラリーで開催された『第35回慶應義塾図書館貴重書展示会 へびをかぶったお姫さま~奈良絵本・絵巻の中の異類・異形』も無料にも関わらず、奈良絵本や絵巻、屏風などが所狭しと展示され、そこでも居初つなの作品を拝見でき、とても良かったです。
そのほか惜しくも選外となりましたが、日本美術では、千葉市美術館の『亜欧堂田善展』や板橋区立美術館の『椿椿山展』、東京ステーションギャラリーの『甲斐荘楠音の全貌 絵画、演劇、映画を越境する個性』、洋画では同じく東京ステーションギャラリーの『佐伯祐三 自画像としての風景』など、なかなかまとめて観る機会の少ない絵師・画家の展覧会が今年は特に印象に残っています。それぞれ彼らの個性や人となりみたいなところまで垣間見れて、非常に興味深い内容だったと思います。
北宋時代の中国絵画を中心とした根津美術館の『北宋書画精華』も大変素晴らしかったです。南宋・元になると禅宗絵画や雪舟、狩野派などの関連もあって割と観る機会がありますが、北宋は意外と観ることがなく貴重な機会となりました。
企画展としては、サントリー美術館の『虫めづる日本の人々』が素晴らしかったですね。和歌や物語の世界の虫を描いた絵画、若冲や中国画の草虫図、工芸や衣装など暮らしの中で愛された虫の造形、さらには博物学まで、虫と日本人の関係を探るというサン美らしい企画展でした。出光美術館の『江戸時代の美術 -「軽み」の誕生』も出光美らしい企画展でした。探幽の淡麗瀟洒からはじまる江戸絵画を芭蕉の「軽み」と同じひとつの価値観と捉え、江戸時代の美術に通底する美意識を見直すという意欲的な展覧会だったと思います。府中市立美術館の『春の江戸絵画まつり 江戸絵画お絵かき教室』も流石の企画力で楽しめました。ハードル低いのにとても専門的で勉強になりました。
太田記念美術館で開催された新版画の『ポール・ジャクレー フランス人が挑んだ新版画』もとても良かったです。南洋の島々や満州、朝鮮などの風俗、市井の人々が繊細な線と鮮やかな色彩。浮世絵から連なる伝統とオリエンタリズムの融合の面白さを感じました。
西洋絵画では、東京都美術館の『マティス展』と国立西洋美術館の『キュビスム展 美の革命』とアーティゾン美術館の『ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開 セザンヌ、フォーヴィスム、キュビスムから現代へ』が特に印象に残っています。『マティス展』は初期から晩年まで画風の変遷や葛藤もよく分かり、評判通り大変充実してましたし、全てマティスの作品で構成されているということに軽く感動しました(笑)。『キュビスム展』は、ピカソやブラック、レジェといった王道だけでなく、東欧のキュビスムやロシアの立体未来主義までいろいろ作品が観られたのも良かったです。ポンピドゥーだけでなく国内所蔵の作品もあり、こちらもとても充実していました。アーティゾン美術館の『ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開』は抽象画の歴史や流れを展観するという意味で大変素晴らしい展覧会だったと思います。
ユニークなところでは足利市立美術館の『顕神の夢 霊性の表現者 超越的なもののおとずれ』はいい意味でキョーレツでした。神懸かりとか霊的なものとか幻視体験とか狂気とか、そういうところから作品を表現した人たちばかりで、画家もいれば宗教家もいて、上手い下手ではなくどこまで精神的みたいなところもあり、オカルト的な感じもあっていろいろ凄かったです。年末に観た文化学園服飾博物館の『魔除け展』も面白かったです。世界各地の民族衣装は古来さまざまな魔除けの役割を果たしていたとはあまり知らず、「魔」を遠ざけるための真珠や鏡片、音の鳴る物を装飾した衣服や装身具を身につけたり、衣服の開口部に結界を築いたり、威圧的な模様を施したり、どれも凄く考えられていて驚きました。
良かった展覧会を挙げると切りがないのですが、今年も素晴らしい展覧会、作品にたくさん出会えました。コロナ前と違って、展覧会の値段も上がりましたし、図録の値段も上がりましたし、昔みたいに気軽に行けるという感じではなくなってしまったのが悲しいところではありますが、来年もマイペースでいろいろと展示会めぐりをしたいなと思います。
今年も一年お付き合いいただきありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。
【参考】
2022年 展覧会ベスト10
2021年 展覧会ベスト10
2020年 展覧会ベスト10
2019年 展覧会ベスト10
2018年 展覧会ベスト10
2017年 展覧会ベスト10
2016年 展覧会ベスト10
2015年 展覧会ベスト10
2014年 展覧会ベスト10
2013年 展覧会ベスト10
2012年 展覧会ベスト10