昨年、先に京都の泉屋博古館で開催され、ツイッターやNHKの日曜美術館などでその評判を目にし、ぜひ拝見したいなと思っていた展覧会です。
木島櫻谷(このしま おうこく)は、明治・大正・昭和と活躍した京都画壇を代表する画家の一人で、一時は竹内栖鳳と人気を二分したともいいます(年齢的には栖鳳の一回り下にあたります)。
本展は櫻谷の作品を <青年期> <壮年期>に大きく分け、各時代の代表作を展示しているほか、泉屋博古館が住友財閥の蒐集した美術品を展示する美術館ということで、住友家ゆかりの櫻谷作品を紹介。東京では初の櫻谷展なのだそうです。
青年期
櫻谷は公家に茶道具や調度品を納める商家に生まれ、16歳の頃、京都画壇の大家で円山四条派の今尾景年のもとに弟子入りしたといいます。(余談ですが、今尾景年の作品は東京国立博物館や山種美術館で拝見していますが、前々から個人的に気になっていて、一度まとめて作品を観たいところです。)
木島櫻谷 「奔馬図」
明治時代
明治時代
会場を入ってすぐのところで出迎えてくれたのが、櫻谷27~28歳の頃の作品という「奔馬図」。「奔馬図」は、円山応挙が生み出したという没骨技法で、墨の濃淡を一筆で表現する付立(つけたて)で描かれています。迷いのない筆の勢いと的確な描写力。午年ということでの展示なのでしょうが、馬の生き生きとした躍動感が伝わる逸品です。
櫻谷は円山四条派が得意とした花鳥画や山水画、動物画から、歴史画まで幅広いレパートリーを持っていたといいます。どうも歴史画は好きだったようで、「剣の舞」や、夭折した弟の草稿をもとに仕上げたという「一夜の夢」など腕の良さを感じさせる作品がありました。
木島櫻谷 「咆哮」
明治35年(1902年) 石川県立美術館蔵 (展示は1/26まで)
明治35年(1902年) 石川県立美術館蔵 (展示は1/26まで)
木島櫻谷 「和楽」
明治42年(1909年) 京都市美術館
明治42年(1909年) 京都市美術館
そうした中で、櫻谷の技量、面白さが一番出ているのが動物画で、四条派の伝統的な写生力、天性の観察眼と表現力は卓越したものがあるなと感じます。「咆哮」は逃げ惑う鹿の群れと追う虎を描いた作品で、虎は素早い筆致で大胆かつ技巧的に、鹿はより写実的で丁寧に描き分けています。櫻谷のズバ抜けた巧さが良く分かり、非常に素晴らしいものがありました。こうした颯爽とした筆さばきは30代前半頃までの特徴だそうです。
一転、「和楽」の穏やかな農村の風景と、のんびりとした牛の描写も秀逸。
木島櫻谷 「寒月」
大正元年(1912年) 京都市美術館蔵 (展示は1/11~1/19、2/1~2/16)
大正元年(1912年) 京都市美術館蔵 (展示は1/11~1/19、2/1~2/16)
櫻谷の代表作の一つがこの「寒月」で、夏目漱石が酷評した絵としても知られています。昨年、東京藝術大学美術館で開かれた『夏目漱石の美術世界展』でも紹介されていたのですが、後期展示だったため未見で、今回初めて目にすることができました。漱石は不愉快だと語っているようですが、竹林の黒さと雪の白さのコントラストが美しく、モノクロームの世界はモダンな様式美さえ感じさせます。竹は竹の、雪は雪の、下草は枯れ草の、狼の毛は獣の、そうした物体の質感が伝わってきます。よく見ると下草は墨に黒青色を重ねていたり、とても繊細に表現しています。
木島櫻谷 「しぐれ」
明治40年(1907年) 東京国立近代美術館蔵 (展示は1/21~2/9)
明治40年(1907年) 東京国立近代美術館蔵 (展示は1/21~2/9)
2期と3期には「寒月」に代わり、櫻谷の代表作「しぐれ」が展示されます。
壮年期
30代後半以降の作品は、西洋絵画の影響を受けているのか、顔料を厚く塗るなど油彩画のような筆致を見せ、より精緻で端正な作風に変化を遂げます。
「葡萄栗鼠」は葉を付立で描きつつも重ね塗りして質感を加え、リスは写実的に毛の一本一本まで丁寧に描くなど独自の試みがされています。「獅子」はまるで油彩画のような精緻な描写で、栖鳳の獅子の絵を思わせる力強さとリアルさがあります。
木島櫻谷 「葡萄栗鼠」
大正~昭和時代
大正~昭和時代
木島櫻谷 「獅子」
大正~昭和時代 櫻谷文庫蔵
大正~昭和時代 櫻谷文庫蔵
動物画ではほかに、草陰から顔を覘かせるタヌキのとぼけた顔がかわいい「月下老狸」や、毛の粗さと細密な頭部の描写が素晴らしい「野猪」が印象的。櫻谷の動物画はどれも表情に感情が出ているというか、目が何かを語っているというか、ここまで動物の内面を描き出す画家もそうはいないと思います。
木島櫻谷 「画三昧」
昭和6年(1931年) 櫻谷文庫蔵 (展示は1/26まで)
昭和6年(1931年) 櫻谷文庫蔵 (展示は1/26まで)
昭和に入ると櫻谷は画壇から一定の距離を取るようになり、静かに制作活動に専念する生活を送ったといいます。「画三昧」はそうした櫻谷自身を描いたものとかで、絵を描き終えたところなのでしょうか、何かの境地に達したような、どこか恍惚とした表情が印象的です。
この時期の作品で良かったのが、南画の影響を感じさせる「幽渓秋色」(参考出品)や 「峡中の秋」で、特に「峡中の秋」は晩秋の山や樹木の色彩、山肌の質感に熟達した技量が遺憾なく発揮されています。
木島櫻谷 「峡中の秋」
昭和8年(1933年) 櫻谷文庫蔵 (展示は1/26まで)
昭和8年(1933年) 櫻谷文庫蔵 (展示は1/26まで)
四季の金屏風
展示室2では、住友家の邸宅を飾った櫻谷の作品が展示されています。櫻谷曰く琳派風とのことですが、琳派というより応挙の「雪松図屏風」を思い起こさせる「雪中梅花」や、華麗で典雅な「柳桜図」、光琳の屏風を再現した「燕子花図」、伊年あたりの草花図屏風を彷彿させる「秋草図」など、どれもとても華やか。このあたりは大正時代の琳派ブームの影響もあるのでしょう。ここまで金屏風が集まると壮観です。
木島櫻谷 「柳桜図」
大正6年(1917年) 泉屋博古館分館蔵
大正6年(1917年) 泉屋博古館分館蔵
個人的な好み、評価もあると思いますが、私自身は明治から大正にかけての作品は筆勢が生む息づかいと天性の表現力があって特に面白いと感じました。会場のホールに「まぼろしの優品」という写真パネルがあり、どれもみんな素晴らしい屏風ばかりで、これがまた驚きでした。震災や戦災で失われたり、海外流出だったり、行方不明だったりということなんでしょうか。櫻谷の代表作の「若葉の山」もあって、こうした作品が観られないことはつくづく残念だなと思いました。
【木島櫻谷展 -京都日本画の俊英-】
2014年2月16日まで
泉屋博古館分館(東京・六本木)にて