2018/11/25

ピエール・ボナール展

国立新美術館で開催中の『ピエール・ボナール展』を観てきました。

ナビ派を代表するボナールの国内では37年ぶりとなる回顧展。オルセー美術館の所蔵作品を中心に、国内外のコレクションを含め、油彩画や素描、版画、写真など130点超の作品が集められています。

これまでもドニやヴァロットンの展覧会があったり、ボナールも2015年に三菱一号館美術館で開催された『ワシントン・ナショナル・ギャラリー展』や昨年同館で開催された『オルセーのナビ派展』でまとまった形で観る機会があったり、ナビ派は近年再評価が進んでいるので、今回のボナール展は待望の展覧会といえるのではないでしょうか。

昨年の『オルセーのナビ派展』は好評でしたし、お客さんもそこそこ入っていたと思ったのですが、ボナール展はガラガラだなんて話も聞き、ちょっと心配してましたが、私が行ったのは開幕してから1ヶ月以上たった11月の日曜日の午後ということもあり、混んでるというほどではないけれど、適度にお客さんが入っていて一安心しました。


会場の構成は以下の通りです:
1 日本かぶれのナビ
2 ナビ派時代のグラフィック・アート
3 スナップショット
4 近代の水の精たち
5 室内と静物 「芸術作品-時間の静止」
6 ノルマンディーやその他の風景
7 終わりなき夏

ピエール・ボナール 「黄昏(クロッケーの試合)」
1892年 オルセー美術館蔵

ボナールがパリで日本美術展を観て、日本の浮世絵に衝撃を受けたのが1990年のこと。昨年の『オルセーのナビ派展』ではそれ以前の作品も展示されていましたが、本展では日本美術の影響を受けたあとの作品から始まります。

当時、日本美術に影響を受けた画家は大勢いますが、その中でもボナールは‟日本かぶれのナビ(ナビ・ジャポネール)”と呼ばれ、日本美術に特に傾倒していたことが知られています。屏風仕立ての「乳母たちの散歩、辻馬車の列」や、後ろ姿だけ見たらまるで日本の女の子のような「砂遊びをする子供」、遠近法を無視した平坦な色面や装飾的な表現で構成された「黄昏(クロッケーの試合)」や「白い猫」など、日本美術の影響を随所で感じることができます。

ピエール・ボナール 「白い猫」
1894年 オルセー美術館蔵

「庭の女性たち」は、『オルセーのナビ派展』にも出展されていましたが、「白い水玉模様の服を着た女性」「猫と座る女性」「ショルダー・ケープを着た女性」「格子柄の服を着た女性」から成る4点組装飾で、女性を大きくフィーチャーした構図や横顔を少し覗かせた後ろ姿が浮世絵の美人図を思わせます。草花や木々をあしらった装飾性は四季美人図といった様相です。

ピエール・ボナール 「庭の女性たち」
(左から「白い水玉模様の服を着た女性」「猫と座る女性」
「ショルダー・ケープを着た女性」「格子柄の服を着た女性」)
1890-91年 オルセー美術館蔵

日本かぶれな中にも、インティメイトな雰囲気の小品や象徴主義風の作品、点描を中心とした新印象派的な作品など、ボナールの個性がさまざまな作品から知ることができます。

ピエール・ボナール 「ランプの下の昼食」
1898年 オルセー美術館蔵

ボナールというとマルトの裸婦画も有名。1925年以降晩年にボナールが手掛けた‟浴槽の裸婦”は今回来てないのが不満ですが、1908年ごろから描き始めたという身体を洗う裸婦画や鏡に映った裸婦画など複数の裸婦画があるほか、マルトを描いた作品は裸婦画に限らず複数展示されています。

ピエール・ボナール 「化粧台」
1908年 オルセー美術館蔵

1990年代末から20世紀初頭にかけてのボナールと妻マルトのスナップショットもいくつかあって、二人のヌード写真なんかもあったりするのですが、マルトを描いた一連の作品群の一瞬の動きや表情を切り取ったようなスナップ的な光景は、こうした写真の影響もあるのだろうなと感じます。

実際ボナールは「不意に部屋に入ったとき一度に目に見えるもの」を描きたかったと語っていて、目にした光景をその場で素早くスケッチし、スケッチと記憶に頼りにアトリエでカンヴァスに向かったといいます。

ピエール・ボナール 「猫と女性 あるいは 餌をねだる猫」
1912年頃 オルセー美術館蔵

本展のメインヴィジュアルにもなっているのがマルトとお馴染みの白猫を描いた「猫と女性」。子どもたちと一緒に白猫がお行儀よく食卓に並んで座っている「食卓の母と二人の子ども」も愛らしい。

今回の展覧会で印象に残った作品の一つが「桟敷席」。ボナールにしては薄暗い色彩で、中央に立つ人は顔の上部が描かれてなく、桟敷席には似つかわしくない倦怠感が伝わってきて、先日観たムンクを思わせもします。ボナールの作品には、不穏な空気が漂っていたり、人々の視線が交わらなかったり、こうした憂鬱な人物を描いた作品が時々あります。

ピエール・ボナール 「桟敷席」
1908年 オルセー美術館蔵

パリ郊外ヴェルノンに移り住んでからの作品は、明るい陽光と色彩溢れる華やかな自然の描写が美しく、遠近感のない平坦な描写も相まって、マティスのようだったり、まるでホックニーのようだったり、これまでの室内を中心とした作品とはかなり違った印象を受けるようになります。ウジェーヌ・ブーダンを思い起こさせるトゥルーヴィルを描いた作品もありました。

晩年のボナールの作品には、大画面の装飾壁画や古代アルカディアのような風景画など、神話や牧歌的な傾向が強まり、南仏ル・カネに移り住んでからは、さらに原色に近い単純明快な色彩が増し、とても興味深いものがあります。南仏のカラフルな風景とふくよかな女性が描かれた「地中海の庭」などはまるで晩年のルノワールを観るような思いがしました。

ピエール・ボナール 「花咲くアーモンドの木」
1946-47年 オルセー美術館蔵

会場の最後には、甥の手を借りて描いたという遺作の「アーモンドの木」があります。出来栄えに満足せず、最後に足した左下の黄色の絵具はボナールの色彩へのこだわりが感じられて涙ものです。


【オルセー美術館特別企画 ピエール・ボナール展】
2018年12月17日(月)まで
国立新美術館にて


もっと知りたいボナール 生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたいボナール 生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)

2018/11/21

ムンク展

東京都美術館で開催中の『ムンク展 -共鳴する魂の叫び』を観てきました。

ムンクの展覧会は5年に1回ぐらいのペースでやってる気がしますが、東京で『ムンク展』が開催されるのは約10年ぶり。今回最大の目玉は、約25年ぶりの来日となる「叫び」。10年前の『ムンク展』には「叫び」が来てないので、そういう意味では待望の展覧会です。

本展は、ムンクの世界最大のコレクションを有するオスロ市立ムンク美術館の所蔵作品を中心に、約60点の油彩画に版画や素描などを加えた約100点の作品が集まっています。

10年前に国立西洋美術館で開催された『ムンク展』は、装飾画家としての観点でムンクを見直し、会場もムンクの代表的な装飾プロジェクトごとに構成するという内容でしたが、今回はムンクの軌跡を初期から晩年まで辿り、その多彩な画業を振り返るという回顧展になっています。ムンクを初めて観る人にも、ムンクを見直したい人にも、広くお勧めできる内容です。

会場の構成は以下の通りです:
1.ムンクとは誰か
2.家族-死と喪失
3.夏の夜-孤独と憂鬱
4.魂の叫び-不安と絶望
5.接吻、吸血鬼、マドンナ
6.男と女-愛、嫉妬、別れ
7.肖像画
8.躍動する風景
9.画家の晩年

ムンク 「自画像」
1882年 オスロ市立ムンク美術館蔵

最初に登場するのがムンクの自画像。肖像画というのは画家の内面性がリアルに現れるなと感じることが多いのですが、ムンクも全く同じで、黒い背景に顔だけが白く浮かび上がったモノクロームのリトグラフからは自己を見つめる何か鬱々としたものを感じます。「叫び」や「不安」を思わせる色彩に上半身裸という異様な雰囲気の「地獄の自画像」は恋人に拳銃で撃たれるという事件が発生したあとに描かれたということを知ると、なんか妙に納得したりして。

ムンク 「地獄の自画像」
1903年 オスロ市立ムンク美術館蔵

もう少し先のコーナーに最初期の自画像が展示されていましたが、こちらはオーソドックスな描き方。同時代に描かれた家族の肖像画なんかも印象派的なところがあって、ムンクがどういうところから出発したのかということを知る上でも参考になります。今でいう自撮り写真もいくつかあって、写真という新しいメディアに興味津々だった様子も窺えます。

ムンク 「夏の夜、人魚」
1893年 オスロ市立ムンク美術館蔵

ムンクの画風が変化するのはパリ留学から戻ってきたあと。「病める子」からは早くに亡くした母や姉の記憶、運命の残酷さや命の儚さ、生きていくことの不安などが見えてきます。一般的なイメージの人魚とはかけ離れて何処か疲れた様子の「夏の夜、人魚」、浜辺で肩を落とし海を見つめる青年を描いた「メランコリー」、女性の二面性を象徴したような背中合わせの女性の姿が印象的な「赤と白」、背をぴんとさせ湖畔に佇む女性から官能的なムードが漂う「夏の夜、声」など、どの作品もどこか内面的で、ムンクの不安や苦悩、憧憬など様々な思いが滲み出てるように感じます。

ムンク 「叫び」
1910年? オスロ市立ムンク美術館蔵

そして、「叫び」。観に行った日は日曜日で、16時頃に会場に入ったのですが、「叫び」の前はさすがに黒山の人だかり状態。一旦後回しにし、最後まで一通り観終わってから閉館30分前に戻ると、あれだけいた人もほとんどいなくなり、じっくり「叫び」と観ることができました。

「叫び」には複数のバージョンがあって、今回来日するのはムンク美術館所蔵のテンペラ画バージョン(1910年制作)で日本では初公開。25年前の出光美術館の『ムンク展』ではわたしも長い行列に並んで「叫び」を観ましたが、あのとき来たのはオスロ国立美術館所蔵のテンペラ画バージョン(1893年制作)でこれがオリジナル。今回来日している「叫び」はオリジナルの「叫び」が売却(その後、オスロ国立美術館に寄贈)されたのを受けてあらためて制作されたものだといいます。

このほか「叫び」は、ムンク美術館が所蔵しているパステル画バージョン(1893年制作)と数年前にサザビーズで競売にかけられ現在個人が所蔵しているパステル画バージョン(1895年制作)があって、限定45枚が摺られたリトグラフ版(1895年制作)というのもあります。

「叫び」は何度か盗難に遭ったことでも有名。オスロ国立美術館所蔵の「叫び」が盗まれたのが出光美術館の『ムンク展』が終わってノルウェーに戻った直後だっただけにとても驚いたことをよく覚えています。今回来日している「叫び」も2004年にムンク美術館から盗まれていて、2年後に発見されるも液体による損傷を受け、その後修復され今回こうしてお目にかかることができたというわけです。

ムンク 「絶望」
1894年 オスロ市立ムンク美術館蔵

ムンク 「不安」
1896年 オスロ市立ムンク美術館蔵

ムンクの名前を知らなくても、美術に全く興味がなくても、誰でもそのタイトルと画像を知っている作品としては「叫び」はダ・ヴィンチの「モナ・リザ」と双璧を成すのではないでしょうか。縦90cm以上ある比較的大きな絵で、やはり実物を観ると圧倒されますし、見れば見るほど不思議な絵ですし、全然飽きません。

血のように赤くなった夕陽がフィヨルドと街を覆い、自然を貫くような叫びが聞こえたという体験から生まれたという「叫び」ですが、「叫び」に先駆けてムンクが描いたのが「絶望」。エーケベルグ三部作と呼ばれる「叫び」「絶望」「不安」は並んで展示されていて、これほどまでにネガティブで鬱々としたイメージを与える連作もないのですが、ムンクがオスロで体験した原光景をどのように追い求め、表現していったかも感じ取れて、とても興味深いものがあります。

ムンク 「森の吸血鬼」
1916-18年 オスロ市立ムンク美術館蔵

続いては、これもムンクを代表する「接吻」と「吸血鬼」と「マドンナ」。ムンクは「接吻」「吸血鬼」「マドンナ」のモチーフを繰り返し描いていて、本展でもさまざまなバリエーションが展示されています。前回の国立西洋美術館の『ムンク展』でも取り上げられていましたが、ここまで複数の作品の展示はありませんでした。このコーナー以外に展示されている作品にも「接吻」や「吸血鬼」などのモチーフを思わせる作品があったりして、ムンクがこれらのテーマにとてもこだわっていたことが窺えます。

ムンク 「生命のダンス」
1925年 オスロ市立ムンク美術館蔵

「生命のダンス」はムンクが1890年代に制作した《生命のフリーズ》というシリーズの中核をなす作品。「叫び」や「絶望」「不安」も《生命のフリーズ》の中の作品という位置づけで、ムンクは自分の展覧会やアトリエで装飾プロジェクトとしてその構成や並びにこだわったといいます。豊かな色彩も印象的です。「叫び」もカラフルといったらカラフルなのですが、もともとゴーギャンやセザンヌなど後期印象派の影響を受けている人だけに(初期の作品にもゴーギャンやセザンヌの影響を感じさせる作品がありますが)、特に1910年前後あたりを境に、カラフルな色使いにしばしば目が留まります。

ムンク 「星月夜」
1922-24年 オスロ市立ムンク美術館蔵

「星月夜」はタイトルからしてそうですが、星空なんかゴッホへのオマージュなのかなと思います。最初の方のコーナーにあった「星空の下で」にも「星月夜」と同じ星空の描き方がされていました。

ムンクは意外なことに肖像画家として人気があったといいます。ニーチェの肖像画の背景なんて最高ですね。「叫び」のような背景を描いて、まるでセルフパロディなのかと思いました。ニーチェはどう思ったのか知りませんが、こんな肖像画を描かれたら、ムンクのファンなら泣いて喜ぶのではないでしょうか。

ムンク 「フリードリヒ・ニーチェ」
1906年 オスロ市立ムンク美術館蔵

10年前の『ムンク展』と被ってる作品も多いのですが、やはり「叫び」が来ているというだけでも観る価値がありました。死や不安、愛や生命、ムンクの様々な顔を知ることができます。


【ムンク展 -共鳴する魂の叫び】
2019年1月20日(日)まで
東京都美術館にて


『ムンク展 共鳴する魂の叫び』 公式ガイドブック (AERAムック)『ムンク展 共鳴する魂の叫び』 公式ガイドブック (AERAムック)

2018/11/18

江戸絵画の文雅

出光美術館で開催中の『江戸絵画の文雅』を観てきました。

‟文雅”とはあまり聞き慣れない言葉ですが、『日本国語大辞典』には「詩文を作り歌を詠むなどの、文学上の風流な道。また、文学に巧みで風流なこと」と書かれています。漢文学や和歌といった古来の伝統の‟雅”と、俳諧や戯作といった新興の‟俗”。本展は、その江戸の‟雅俗”の文学を絵画に置き換え、‟文雅”というキーワードで江戸絵画を観ていこうという試みです。

会場の解説では、‟文雅”つまり‟文芸”とありましたが、あまり小難しいことは考えずに、文学的で風流な江戸絵画を集めた展覧会ぐらいに思えば、いいのではないでしょうか。


会場の構成は以下の通りです:
第1章 孤高の美学-大雅・蕪村の競演
第2章 文雅の意匠-琳派のみやび
第3章 禅味逍遥
第4章 王朝文化への憧れ-「見立て」の機知
第5章 幻想の空間へ-「文雅の時代」を継承するもの

大雅と蕪村は出光美術館で割と観る機会がありますが、今回は蕪村の国宝「夜色楼台図」が期間限定で公開されているというので慌てて訪問しました。2008年の東博の『対決展』で観て深い感銘を受けて以来、「夜色楼台図」は何度か拝見していますが、個人的に蕪村で一番好きな作品。胡粉を下塗りした上に濃淡の墨を施し厚い雪雲を表現した墨の階調。ところどころ胡粉を重ねて雪の重みを表した屋根や人の営みを感じる淡彩の家々。夜空の重厚さと生活の温かみが感じられ、実に素晴らしいと思います。

与謝蕪村 「夜色楼台図」(国宝)
江戸時代 個人蔵 (展示は11/18まで)

蕪村では晩秋の山合を鹿が駆ける「寒林孤鹿図」も印象的。細密な筆致で表現された背景の山肌や樹木も見どころです。六曲一双の「山水図屏風」は左右に屹立した山々を、中央に広い湖と湖畔右手に東屋を配した元信様式の山水図。中国趣味の屏風なのですが、左隻に伸びる細長い砂州が天橋立に見えなくもありません。絖(ぬめ)と呼ばれる高価な絹本に描かれていて、光沢のある素地の上を走る墨の滲みや擦れが独特の風合いを醸し出しています。

与謝蕪村 「山水図屏風」(重要文化財)
宝暦13年(1763) 出光美術館蔵

大雅の「十二ヶ月離合山水図屏風」は一見すると1月から12月までの季節の移ろいを描いた山水図屏風ですが、各扇に満開の花を愛でる隠士や酒盛りをする人、家鴨と遊ぶ子供、木陰で語らう人々など風俗が描かれていて、月次絵といった趣になっています。不思議な枝ぶりの木や印象派ばりの点描の柳、中国・明末期の奇想派のようなデフォルメされた山容などユニークさも目を引きます。

四幅対の小さな軸物「四季山水図」は「十便十宜図」を思わせる大雅らしいタッチと水彩画のような豊かな色調が魅力的。30代の頃の作品という「竹裏館図」、「洞庭秋月」「江天暮雪」と揮毫が朴訥として味わいのある「瀟湘八景図」、急峻な山の谷間を馬を乗り上がっていく人々の姿が印象的な「蜀桟道図」など良い作品が出ています。

大雅と蕪村に混ざり、円山応挙の円満院時代の作品という中国風の山水図屏風という興味深い屏風もありました。

池大雅 「十二ヵ月離合山水図屏風」(重要文化財)
明和6年(1769)頃 出光美術館蔵

琳派がまた面白い。出光美術館で琳派の展覧会があるとだいたい来てるので、ここの琳派作品も随分観てるつもりですが、伝・俵屋宗達の「果樹花木図屏風」は初めて観たかも。金地に「蔦の細道図屏風」風のこんもりした緑の土坡と橙?や朴など樹木との組み合わせがユニーク。深江芦舟の4扇の小型屏風「四季草花図屏風」は銀が黒変しているのが残念ですが、金地と銀地が複雑に交錯し、まるで加山又造のような斬新さ。光琳の「紅白梅図屏風」に似た細い枝ぶりの紅梅やひょろりと伸びた蕨、白い躑躅や秋海棠といった四季の草花がいかにも芦舟らしい逸品です。

ほかにも、伝・光琳の扇面の軸装に其一が薄を描いた「富士図扇面」や、花弁を銀(ただし黒変している)、葉を金泥と緑青で描き、まるで蒔絵工芸のような意匠を凝らした光琳の「芙蓉図屏風」、『伊勢物語』に取材し、弧を描く御手洗川が「白楽天図屏風」や「太公望図屏風」を思わす伝・光琳の「禊図屏風」、おおらかな筆致で白梅や撫子など四季の草花を描いた画面の余白に和歌を散らせた乾山の「梅・撫子・萩・雪図」などが出ています。

伝・尾形光琳 「富士図扇面」
江戸時代 出光美術館蔵

禅画では白隠の弟子・遂翁元盧の「祖師図」が傑作。祖師と弟子の構図も面白いが粘りのある独特の筆線、墨調が強い印象に残ります。白隠、大雅、蕪村も一点ずつあって、中でも大雅の「瓢鯰図」は禅僧が巨大瓢箪で巨大ナマズを押さえつけるという如拙の「瓢鮎図」のパロディ的なユーモアを感じます。

浮世絵では江戸の人々の機知ぶりが窺える見立て絵が中心。江口の君が普賢菩薩の乗り物である白象に乗るという見立て絵は過去にも観たことがありますが、竹田春信の「見立江口の君図」は菩薩の乗る白象が徐々に小舟に変わっているのがユニーク。解説によると謡曲では江口の君は小舟に乗っているのだとか。春章の「美人鑑賞図」は女性たちが探幽の「竹鶴図」を覗き込んだり、寿老人図の掛軸を掛けようとしていたり、まるで絵画鑑賞会といった様子。中国文人画の雅集図を美人図に見立てているのだそうです。

筆者不詳の「酒呑童子絵巻」も興味深い。絵的には狩野元信風の酒呑童子なのですが、解説にもあるように武者の顔が又兵衛風。女性は又兵衛的な豊頬長頤とまでいきませんが、岩佐派の手による作品なのでしょうか。気になるところです。

勝川春章 「美人鑑賞図」
江戸時代 出光美術館蔵

文人画から琳派、禅画、肉筆浮世絵とジャンルは幅広いのですが、‟文雅”というテーマでまとまりがあり、作品の質の高さも相まって、とても満足度の高い展覧会でした。1時間ぐらいで観終わるかなと思ったら、結局1時間半以上観てました。


【江戸絵画の文雅 -魅惑の18世紀】
2018年12月16日(日)まで
出光美術館にて


蕪村句集 現代語訳付き     (角川ソフィア文庫)蕪村句集 現代語訳付き     (角川ソフィア文庫)

2018/11/03

フェルメール展

上野の森美術館で開催中の『フェルメール展』を観てきました。

17世紀オランダを代表する画家ヨハネス・フェルメールの35作品中9点(会期中、展示作品には変更あり)が来日すると話題の『フェルメール展』。今年一番のブロックバスター展覧会と言っていいでしょうね。

当然、どれだけの人が押し寄せるのか、ということは軽く想像できるので、今回の展覧会は『若冲展』や『怖い絵展』のような数時間にも及ぶ大行列を避けるため、日時指定入場制を導入したことも注目されています。

入場開始時間にはどうしても入場の待機列はできますが、それでも長時間並んで体調を崩すとか、折角観に行ったのに行列が長くて諦めたなんてことがなくなることを考えれば、日時指定制は正解。上野の森美術館は過去に『進撃の巨人展』で日時指定制を実施しているので、そうしたノウハウもあるのでしょう。欧米に比べて日本は日時指定制の導入が遅れているので、これを機に他館でも日時指定制が広がるといいなと思います。

よく日時指定制の反対意見としてお年寄りには無理という声を聞きましたが、前売り券を持って並んでる人の中には高齢者の方も多く、また値段は前売りに比べると若干高めですが、当日券も用意されているので、あまり心配することはないんじゃないかと実感しました。

さて、わたしも早速、開幕最初の日曜日(10/7)に行ってきました。前売り券を持ってるとはいえ、朝一で入りたかったので開館50分ぐらい前に行き、会場に入ると真っ先“フェルメール・ルーム”へ。人もまばらな空間でしばし8点のフェルメールに囲まれるという至福のひとときを過ごすことができました。


[写真左から] ヨハネス・フェルメール 「マルタとマリアの家のキリスト」
1654-1655年頃 スコットランド・ナショナル・ギャラリー蔵
「ワイングラス」 1661-1662年頃 ベルリン国立美術館蔵

1階の真っ白な通路の先に現れるフェルメール・ブルーの壁で覆われた広い空間が“フェルメール・ルーム”。8点のフェルメール作品が一部屋に集められているという贅沢さ。作品の素晴らしさは言うに及ばず、照度を落とした空間で照明の反射に悩まされることもなく作品に集中できました。

最初に展示されていた「マルタとマリアの家のキリスト」はフェルメール初期の宗教画。小型の作品が多いフェルメールの中ではかなり大きめな作品で、しゃがみ込んでキリストの話を熱心に聞き入るマリアとキリストの間に割って入るマルタの三角形の構図とバロック的な光のコントラストがバランスよくまとまっていて安定感があります。

「ワイングラス」は今回日本初公開の作品の一つ。ワインを飲み干すのをじっと見つめる紳士とワイングラスで顔の見えない女。何かちょっと意味ありげな様子に思えます。フェルメール初期の風俗画ですが、左からの光や壁にかけられた絵画、テーブルや椅子、リュートなどフェルメールならではのモチーフを早くも観ることができます。テーブルクロス(実は絨毯とか)や女性の赤いドレス、窓のステンドグラスなど繊細な描写や質感も素晴らしい。

[写真左から] ヨハネス・フェルメール 「リュートを調弦する女」
1662-1663年頃 メトロポリタン美術館蔵
「真珠の首飾りの女」 1662-1665年頃 ベルリン国立美術館蔵
「手紙を書く女」 1665年頃 ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵

「リュートを調弦する女」「真珠の首飾りの女」「手紙を書く女」に共通するのは黄色の服を着た女性。特に「真珠の首飾りの女」と「手紙を書く女」の服は全く同じで、恐らくモデルの女性も同じ人なのでしょう。リボンも色違いですし、耳飾りも同じ感じ。「手紙を書く女」のテーブルの上には真珠の首飾りが置かれていたりします。こうして実際の作品を見比べてみることができるのも今回の展覧会の贅沢ポイントですね。

[写真左から] ヨハネス・フェルメール 「赤い帽子の娘」
1665-1666年頃 ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵
「手紙を書く婦人と召使い」 1670-1671年頃 アイルランド・ナショナル・ギャラリー蔵

左手の窓から差す明るい光源、手紙を書く女性、使用人。「手紙を書く婦人と召使い」はフェルメールらしい構図とモチーフでありながら、本来は作品の中心になるはずの手紙を書く女性より後ろの外を見つめる召使いの方が存在感があるのが気になります。意図的なのか、どんな意味が隠れているのか、謎です。

「赤い帽子の影」も初来日の作品。フェルメール作品の中でも最も小さく、ほぼB5サイズ。ソフトフォーカス気味に描かれた赤い帽子をかぶった女性はどことなく少年のようにも見えます。「真珠の耳飾りの少女」を反転させたような構図と、フェルメールにしては珍しい右からの光源が逆にユニークで強く印象に残ります。

“フェルメール・ルーム”の最後は「牛乳を注ぐ女」。11年ぶりの再会です。今回は目の前でゆっくり観られたのと、単眼鏡を持っていたので、細部までじっくり鑑賞することができました。服の生地の質感や抑制の効いた色の加減、硬さまで伝わってくるようなパンや濃度も感じられるような牛乳、籠の細密な描写など、どれも驚くほど繊細で丁寧に描かれていて驚きの連続でした。そして小さな窓から入る光による室内の明暗の微妙な調子。フェルメール作品で最も完成度が高いと言われるのも頷けます。

ヨハネス・フェルメール 「牛乳を注ぐ女」
1658-1660年頃 アムステルダム国立美術館蔵

今回8点のフェルメール作品を観たわけですが、個人的にはこれまで『フェルメール『牛乳を注ぐ女』とオランダ風俗画展」(2007年・国立新美術館)、『フェルメール展 ー光の天才画家とデルフトの巨匠たち』(2008年・東京都美術館)、『ルーヴル美術館展』(2009年・国立西洋美術館)、『フェルメールからのラブレター展』(2011年・Bunkamura ザ・ミュージアム)、『ベルリン国立美術館展』(2012年・国立西洋美術館)、『マウリッツハイス美術館展』(2012年・東京都美術館)、『ルーブル美術館展』(2015年・国立新美術館』)でフェルメールを観ていて、今回初見の「ワイングラス」と「赤い帽子の女」を含めて計16点のフェルメール作品を観たことになります。国立西洋美術館に所蔵されている「聖プラクセディス」(真筆かどうかは異説あり)を含めれば17点。日本にいながらフェルメール作品の半分近くを観ることができたのですから凄いことです。

[写真左から] ハブリエル・メツー 「手紙を書く男」
1664-1666年頃 アイルランド・ナショナル・ギャラリー蔵
「手紙を読む女」 1664-1666年頃 アイルランド・ナショナル・ギャラリー蔵

さて、再び2階に戻り、最初から鑑賞。オランダ黄金期の絵画が、肖像画、神話画と宗教画、風景画、静物画、風俗画に分かれて紹介されていて、コンパクトにまとめられているのでオランダ絵画の流れがよく分かります。やはりオランダの風俗画は魅力的で、噂のメツーもなるほど傑作。黄色の服の質感はフェルメールに劣りますが、光沢のある光の表現はフェルメールに優るとも劣りません。メツーの作品はかつてはフェルメールよりも高額だったとか。ダウの「本を読む老女」もいいですね。厚い本を読み耽る老女の表情、その写実性も素晴らしいのですが、本の文字が本当に印刷されたように細かい。今回の展覧会はフェルメール以外の作品も優品が多く、見ごたえがありました。

[写真左から] ヘラルト・ダウ 「本を読む老女」
1631-1632年頃 アムステルダム国立美術館蔵

会場に入ると、作品解説の書かれたミニカタログがいただけて、音声ガイドも無料で借りられます(音声ガイドは借りなくてもOK)。チケットの入場開始時間はどうしても並ぶので、入場時間枠の後半に入るのが良さそうです。


【フェルメール展】
2019年2月3日 (日)まで
上野の森美術館にて


フェルメール会議 (双葉社スーパームック)フェルメール会議 (双葉社スーパームック)