2015/03/22

動物絵画の250年

府中市美術館で開催中の『動物絵画の250年』展(前期)に行ってきました。

恒例の“春の江戸絵画まつり”。初めて府中市美術館に観に行った展覧会が2007年の『動物絵画の100年』だったのですが、今回は好評だったその展覧会をさらにバージョンアップしての企画展。前回は江戸後期の100年にスポットを当てていましたが、今回は江戸時代の250年を通して動物絵画を展観していきます。

作品数は前後期合わせ166点。前期と後期で作品は総入れ替えされます。府中市美術館の所蔵作品をはじめ全国の美術館から作品を借り受けていますが、2/3の作品が個人蔵なので、この機会を逃すと観られないだろう作品も多くあるんだと思います。


序 動物という存在

府中市美術館の春の江戸絵画まつりで好きなのは、あまり名の知られていない江戸の絵師の、優れた作品を探してきて見せてくれるところ。最初に登場する橘保国なんて全然知りませんが、やはり最初に持ってくるだけあり、鯉のとろそうな感じが出てて面白い。

森徹山 「檜に栗鼠図」
江戸時代後期(19世紀前半) 熊本県立美術館蔵(前期展示)

本展には“猿画の名手”森祖仙の作品がいくつかあるのですが、「手長猿図」はいつものリアルな猿とも違い、中国画のような筆致と、それでいて祖仙らしい豊かな猿の表情が秀逸。

森徹山は森祖仙の養子で後に応挙の弟子になった人。リスの毛のふわふわ感なんて祖仙譲りだなと感じます。 図録で観ただけですが、後期展示の徹山の「群鳥図」もまた別の意味で凄いですね。絵画とはいえ自然の迫力に息を呑みます。

森徹山 「群鳥図」
江戸時代後期(19世紀前半) 熊本県立美術館蔵(後期展示)

迫力といえば、国芳の大きな鯨もさすがのインパクト。いまの品川沖に実際に迷い込んだ鯨で、誇張はあるでしょうが、鯨の迫力と人々の驚きが伝わってきます。

国芳 「大漁鯨のにぎわい」
嘉永4年(1851) (前期展示)


第Ⅰ章 想像を具現する

ここでは、<縁起物の素晴らしい世界>、<見たことのない動物>、<空想>の3つのパートに分けて紹介。江戸時代の頃までは虎にしても象にしても、実際に見たことのある人は少なく、中国絵画や古画をお手本に想像で描いたものがほとんど。今観れば笑えるものもありますが、逆に知らないからこそ描ける動きや表情、想像を働かすことで生まれる表現が江戸の動物画の魅力だったりします。

英一蝶 「四睡図」
江戸時代中期(18世紀前半) (前期展示)

「四睡図」というと豊干と寒山、拾得、そして虎が眠るところを描く中国絵画の伝統的な画題ですが、一蝶のそれはちょうど目覚めたところのようで、大あくびする面々と猫のようにお尻を上げた虎が可笑しい。そばに展示されていた伊年の「四睡図」も、なんだかほのぼのとしてかわいい。

虎図では円山応挙、長沢雪もあったのですが、諸葛藍や片山楊谷、百川子興の並んでいた3点がどれも虎の毛の一本一本まで超極細の線で描いていて見事。構図や色合いも中国絵画の影響を感じさせます。諸葛藍は時々見る絵師ですが、ほかの2人は全然知りませんでした。こういう発見があるから面白い。

原在明 「水呑虎図」
江戸時代後期(19世紀前半) (前期展示)

“水呑虎”もよくある画題ですが、原在中の子・在明の「水呑虎図」は岩の上から水面を覗きこみ、水を飲もうにも少し距離感があります。水を飲むというより、自分の姿を映し何か思慮しているようにも見えます。

ほかにも曽我二直庵の二幅の見事な鷹図や黒田綾山のダイナミックな「琴高仙人図」などが印象的。鹿の輪郭線を破線で描いた狩野洞雲の「唐松白鹿図」や人面犬にしか見えない不気味な司馬江漢の「ライオン図」、また猿蟹合戦や孫悟空、狐火を描いた作品、国芳の戯画などもあって目を楽しませてくれます。

司馬江漢 「ライオン図」
江戸時代中期(18世紀後半)
摘水軒記念文化振興財団蔵(府中市美術館寄託)  (前期展示)


第Ⅱ章 動物の姿や動きと、「絵」の面白さ

日本画に描かれる動物絵は造形の面白さにあると思ってるのですが、ここではそんな動物絵画の造形の魅力を、<迫真描写の斬新さと、その思わぬ展開>、<姿や動きから生まれる「形」>のテーマで紐解きます。

土方稲嶺 「糸瓜に猫図」
江戸時代中期(18世紀後半) 鳥取県立美術館蔵 (前期展示)

岸駒の「枇杷に蜻蛉図」や沖一峨・九皐親子の「水辺鷺図」、土方稲嶺の「糸瓜に猫図」といった中国絵画や南蘋派の影響を感じさせる作品もあれば、動物絵ではおなじみの伊藤若冲の鶏や、逆にいつもの画風とは全然違う森祖仙の鹿や葛飾北斎の兎など、次から次へと様々なタイプの作品が出てきて、観ていて飽きません。

安田雷洲 「鷹図」
安政3年(1856)  摘水軒記念文化振興財団蔵(府中市美術館寄託)
(前期展示)

印象的だったのが安田雷洲の「鷹図」で、キュビズムかと思うような個性的な波模様と異様な存在感の鷹が強烈なインパクトを与えます。衣笠守昌の「牛馬図屏風」も、はっきりとした強い線で動的に馬を描いた右隻と輪郭線も曖昧でまったりとした牛の左隻という対照的な描き方で面白い。鍬形蕙斎の「鳥獣略画図」もあって、ゆるさに和みます。

鍬形蕙斎 「鳥獣略画図」(一部)
近代 ※初版は寛政9年(1797) (前期展示)


第Ⅲ章 心と動物

最後は、<動物が醸し出す抒情とおかしみ>、<人と動物の境界線>、<人と同じ命>、<子犬に惜しみなく愛を注ぐ>とに分け、動物絵の中に「人の心と動物の関係」を見ていきます。

しみじみとした絵やほのぼのとした絵など、なんとなく心にすーっと入ってくる作品が多くあります。ここは森祖仙や長沢雪、中村竹洞、若冲や蕪村、応挙、仙厓といった江戸絵画を代表する絵師の作品も多い。

岸勝 「猿の座禅図」
江戸時代後期-明治時代(19世紀)
摘水軒記念文化振興財団蔵 (前期展示)

ここで印象的だったのは岸勝の「猿の座禅図」。猿を擬人化したかわいらしさの反面、何か哲学的な意味が込められているような趣があります。まんまるとした姿形も秀逸。上田公長の「芭蕉涅槃図」は芭蕉の俳句に登場した所縁の生き物たちが横たわる芭蕉のまわりに集い悲しむという、 おかしみと優しさに溢れた作品。応挙と名乗る前の作品という「芭蕉と虫図」は墨のみで描かれたシンプルで洒脱な作品ですが、蜘蛛の巣から逃れた虫を描くことで、命の大切さと慈しみが伝わってきます。

円山応挙 「麦穂子犬図」
明和7年(1770) (前期展示)

さすが250年分の楽しさ、江戸時代のバラエティに富んだ動物絵画の魅力を存分に堪能できます。ここの“江戸絵画シリーズ”はマイナーな絵師にもスポットを当ててくれるし、個人蔵などなかなかお目にかかれない作品も多く、日本画ファンは必見だと思います。後期は作品が全て入れ替わりますが、半券を持っていけば半額というサービスもあるのでチケットは捨てないように。


【春の江戸絵画まつり 動物絵画の250年】
前期: 2015年3月7日(日)~4月5日(日)
後期: 2015年4月7日(火)~5月6日(水)
府中市美術館にて


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かわいい江戸絵画かわいい江戸絵画


鳥獣略画式鳥獣略画式

2015/03/20

花と鳥の万華鏡

山種美術館で開催中の『花と鳥の万華鏡』に行ってきました。

本展は山種美術館の所蔵作品の中から花と鳥をテーマに、江戸末期以降の日本画、特に明治以降の作品を集めた展覧会。色とりどりの美しい季節の花々や可憐な鳥たちなど、写実的な作風から、装飾性豊かな作風にいたるまで、バラエティに富んだ花鳥画を展観できます。

会場は
第1章 花と鳥の競演
第2章 花の世界
第3章 鳥の世界
で構成されています。


まず目に飛び込んでくるのが、御舟の最晩年の傑作「牡丹花(墨牡丹)」。妖艶であり、気高くもあり、なにか深遠な美しさがあります。墨の濃淡と滲みだけで花弁を描いていて、いつ観てもその高度な技巧に惚れ惚れとしますが、パネルの解説によると、花弁に礬水(どうさ)と呼ばれる滲み止めの技法を用いずに描いたか、もしくは滲ませたい部分に熱湯で礬水を抜くというテクニックを使っているのではないかということでした。

速水御舟 「牡丹花(墨牡丹)」
1934年(昭和9年)

つづく岡本秋暉、狩野芳崖、橋本雅邦もなかなかいいのですが、個人的には今尾景年の作品に深い感銘を受けました。墨による松と青紅葉の「松楓啄木鳥図」、同じく墨の松と鮮やかな紅葉の「有紅葉小禽図」。墨と色絵の対比、構図の妙が素晴らしい。後半に展示されていた「朧月杜鵑図」も傑作ですね。いいものを観ました。

松林桂月 「春雪」
19-20 世紀(明治-昭和時代)

大好きな桂月も。笹の葉に積もった雪の表現が絶品。ただの白ではなく、溶けかかった雪の、水分を含んだような重みのある白。ただただ素晴らしい。南天の赤と小鳥がまた風情を演出しています。

菱田春草 「白牡丹」
1901年(明治34年)頃

御舟の「墨牡丹」が大人の色気なら、春草の「白牡丹」には清楚な若さがあります。27歳の頃の作品だそうで、春草の清新さがその筆から伝わってくるようです。牡丹を描いた作品では渡辺省亭の「牡丹に蝶図」も素敵でした。圧巻なのが川端龍子の「牡丹」。花びらの白と朱のコントラストが激しく、まるでハイキー効かせた写真のよう。なんとも艶やか。

鈴木其一 「四季花鳥図」
19世紀(江戸時代)

其一の「四季花鳥図」にも目を奪われます。右隻に春夏の草花、左隻に秋冬の草花。それぞれに鶏と鴛鴦が描かれています。金屏風に映える生命力に溢れた草花と濃厚な色彩。向日葵や朝顔の表情がいかにも其一らしい。

荒木十畝 「四季花鳥」
1885年(明治18年)

御舟の代表作「翠苔緑芝」と隣り合わせて展示されていたのが荒木十畝の「四季花鳥」。御舟の作品さえ霞んでしまうようなインパクト。右から「春(華陰鳥語)」「夏(玉樹芳艸)」「秋(林梢文錦)」「冬(山澗雪霽)」と四季の花木や鳥を描いた華麗な四幅対で、びっしり描き込んだ濃密な空間と中間色を多用した明るい色彩に目が眩みそうです。

速水御舟 「桃花」
1923年(大正12年)

<近代日本画への院体花鳥画の影響>として御舟の「桃花」などが紹介されていました。御舟は徽宗の名作「桃花図」の粉本を模写したりしていたそうで、この「桃花」も桃の花の色や枝の感じが徽宗の作品を思い起こさせます。落款も徽宗の書風を真似ているのだとか。

ほかに個人的に好きだった作品だけを挙げても、春草の「月四題(春)」や橋本関雪の「白梅に月」、横山大観の「叭呵鳥」、福田平八郎の「春」、小茂田青樹の「水仙」などなど、どれも優品揃い。別室にあった小山硬の四曲半双の「海鵜」にはしばし時間を忘れ見入ってしまいました。

菱田春草 「月四題のうち「春」」
1909-10年(明治42-43年)頃

何度か観てる作品もありますが、やはり良いものは良いですね。出品作が充実したいい展覧会でした


【花と鳥の万華鏡 -春草・御舟の花、栖鳳・松篁の鳥-】
2015年4月12日(日)まで
山種美術館にて


菱田春草 (別冊太陽 日本のこころ 222)菱田春草 (別冊太陽 日本のこころ 222)

2015/03/14

小杉放菴展

出光美術館で開催中の『小杉放菴展』に行ってきました。

去年、東京都美術館の『世紀の日本画』で観た小杉放菴(未醒)の作品に感動して、一度ちゃんと観ておきたいなと思っていました。昨年が没後50年だそうで、本展はその記念しての展覧会。ちょうどいいタイミングでした。

小杉放菴は洋画家から出発し、日本画的なテーマや手法を取り入れつつ、やがて日本画へ転向していきます。出光美術館の展覧会では「放菴」としていますので、そう書きますが、この人は時代時代に名前を三回変えています。最初が洋画家時代に名乗っていた「未醒」。その後、日本画に転向し、大正12年頃から用いるようになる「放庵」。そして晩年の「放菴」。本展はほぼ年代順に約90点の作品(一部入れ替えあり)を紹介しています。


展覧会の構成はこちら:
〈第1章〉 蛮民と呼ばれて-日光~田端時代
〈第2章〉 西洋画による洗礼- 文展入賞~パリ時代
〈第3章〉 洋画家としての頂点- 東京大学大講堂大壁画
〈第4章〉 大雅との出会い-深まりゆく東洋画憧憬の心
〈第5章〉 麻紙の誕生と絵画の革新-〈東洋回帰〉と見られて
〈第6章〉 神話や古典に遊ぶ
〈第7章〉 十牛図の変容
〈第8章〉 画冊愛好-佐三との出会い
〈第9章〉 安らぎの芸術-花鳥・動物画

放菴は日光の二荒山神社の神官の息子で、父の紹介で門を叩いた画家が高橋由一の門人の五百城文哉なのだそうです。日光東照宮を描いた20歳の頃の作品が出ていましたが、初期の作品群はバランスや色彩に細部までこだわりを見せ、由一も師事したフォンタネージに連なる実直で丁寧な油彩画という感じです。

一方で若い頃は生計を立てるため新聞に挿絵は漫画を描いていたそうで、放菴が描いた漫画なども展示されています。油彩画とは違う飄逸な線で面白いですが、明治時代の漫画の例としても貴重です。

小杉放菴 「水郷」
明治44年(1911) 東京国立近代美術館蔵

放菴の出世作というのがこの「水郷」。この作品と翌年の「豆の秋」(現存不明)で文展の最高賞を2年連続受賞しています。非常に丁寧に描きこまれているのが印象的ですが、この頃からフランスの象徴派の画家シャヴァンヌの影響を受けているようで、2010年の『オルセー美術館展』にも来日したシャヴァンヌの代表作「貧しい漁夫」との関係も指摘されています。

小杉放菴 「飲馬」
大正3年(1914) 小杉放菴記念日光美術館蔵

会場には『世紀の日本画』にも出ていた「飲馬」も展示されていました。仕事が終わったあとでしょうか、少年と馬の温かな関係、牧歌的な雰囲気が伝わってくるいい絵です。シャヴァンヌの壁画装飾の影響を感じさせつつ、なんとなく東洋画的な味わいもあります。よく見ると、岩の輪郭線が片ぼかしになっていて、これはセザンヌの絵に学んだ技法だそうですが、これがやがて横山大観も取り入れ、大観の代名詞的な表現になるのだから面白いですね。

スペインの小村を描いた作品が数枚あって、これがまた雰囲気あっていいです。この頃の油彩画はシャヴァンヌ以外にもセザンヌやマティスを思わせるところもあり、ヨーロッパ遊学で本場の西洋画に触れたことでリアリズムからの脱却に果敢に挑戦していたことが見て取れます。

小杉放菴 「湧水」
大正14年(1925) 出光美術館蔵

放菴は東大の安田講堂の壁画を描いていて、その習作も展示されてます。フランスのソルボンヌ大学にあるシャヴァンヌの壁画を念頭に制作したそうで、放菴の装飾壁画の集大成と言われています。安田講堂内部は現在非公開のためパネルで紹介されていましたが、一度実物も観てみたいものです。

小杉放菴 「瀟湘夜雨」
昭和時代 出光美術館蔵

放菴が日本画に転向するきっかけになったのが滞欧時にパリで観た池大雅の絵。西洋画の勉強に行った先で日本画に感銘を受けるなんて運命だったんでしょうね。ここでは池大雅や浦上玉堂らの作品とともに、南画に感化された水墨の作品が並んでいます。後年の放菴の作品に見られる軽妙さや純朴な味わいというのは大雅の洒脱さから来てるところもあるのでしょう。放菴は晩年は妙高高原の別荘に移り住み、文人画家のごとく創作活動に励んでいたようです。

小杉放菴 「帰院」
大正15年(1926) 出光美術館蔵

ヨーロッパから帰国して以降は日本画の画材で西洋画、また東洋的な表現を試みたり、逆に西洋画の主題を屏風や絵巻など日本画の画材に描いたりと、いろいろ模索していたようですが、徐々にそのベースが西洋画から日本画へシフトしていったことが作品からも分かります。

大正時代の作品は菱田春草や今村紫紅を思わせる作品も多く、放菴も参加していた日本美術院とのつながりも感じます。特に「秋色山水長巻」は紫紅の代表作「熱国之巻」を彷彿とさせます。

小杉放菴 「さんたくろす」
昭和6年(1931) 出光美術館蔵

サンタクロースが描かれてる水墨画というのも初めて見ました。こういうユーモアもこの人の魅力かもしれません。サンタクロースというより杖を持った仙人風なのが面白い。

小杉放菴 「天のうづめの命」
昭和26年(1951) 出光美術館蔵

小杉放菴展のメインヴィジュアルにもなってる「天のうづめの命」のモデルは笠置シヅ子なんだそうです。天照大御神を天の岩戸から誘い出そうと踊るリズムがブギだったとは!

小杉放菴 「太宰帥大伴旅人卿讃酒像」
昭和22年(1947) 出光美術館蔵

かつて用いていた未醒という詩的な名前からはイメージできませんが、放菴は酒好きの豪傑だったとか。自画像も展示されてましたが、何も知らないとどこぞの組の親分かと思いそう。でもそのイカツイ風貌にもかかわらず、その絵はどれも繊細でとても雰囲気があります。酒好きだったとされる大伴旅人を描いた作品を眺めてると晩年の好々爺然とした放菴に重なってくる気がします。

小杉放菴 「田父酔帰」
昭和3年(1928) 出光美術館蔵

金太郎や牧童と牛の組み合わせという作品が複数あって、これもまた放菴の遊び心が溢れていて秀逸。童話的世界というんでしょうか、物語世界も放菴の魅力の一つですね。どの絵からも温もりが伝わってきます。

小杉放菴 「金時遊行」
昭和時代 出光美術館蔵

今回個人的に一番衝撃を受けたというか唸ってしまったのが放菴の花鳥画を集めた最後の章。鶏もコノハズクもウサギも猫も写実的で精細なのに、なんとなく可愛らしさを感じます。構図の妙と色の美しさ。そして何といっても、麻紙の醸し出す独特の質感と滲みの面白さ。この滲み具合、独特の筆触はクセになります。「梅花小禽」のたらしこみもとっても新鮮に感じます。

小杉放菴 「梅花小禽」
昭和時代 出光美術館蔵

没後50年ということもあって放菴の代表作が揃っていて、明治から昭和に至る画風の変遷とそれぞれの時代の魅力をあますことなく伝える回顧展です。シャヴァンヌに影響を受けた頃の洋画もいいのですが、東洋回帰した以降の作品、特に南画に傾倒した作品や後年の日本画が物凄くいいのも初めて知りました。かなり満足度の高い展覧会でした。


【没後50年 小杉放菴 -〈東洋〉への愛】
2015年3月29日(日)まで
出光美術館にて

2015/03/07

ワシントン・ナショナル・ギャラリー展

三菱一号館美術館で開催中の『ワシントン・ナショナル・ギャラリー展 』で、“青い日記帳×ワシントン・ナショナル・ ギャラリー展 ブロガー特別内覧会”がありましたので参加してまいりました。

ワシントン・ナショナル・ギャラリーは、その名の通りアメリカの国立美術館ですが、西洋美術だけを集めた唯一の国立美術館なのだそうです。今回日本に来ている作品は、ワシントン・ナショナル・ギャラリーの創設者の娘エイルサ・メロンが中心になって集められたコレクション。印象派やポスト印象派で占められています。

現在ワシントン・ナショナル・ギャラリーは大規模な改修中だそうで、日本初公開作品38点を含む全68点が今回紹介されています。

当日は仕事の関係で途中からの参加になり、ギャラリートークが最後の方しか聞けなかったのが残念ですが、時間の許す限り、上質のコレクションを堪能いたしました。


1 戸外での制作

ヨンキントやブーダンといった外光派から、モネやルノワールなど印象派、そしてセザンヌやスーラ、ゴッホらポスト印象派の作品まで。自然な陽光の表現や明るい色彩を見ていると、仕事帰りの疲れた頭が一気に癒されます。

[写真左から] アルフレッド・シスレー 「アルジャントゥイユのエロイーズ大通り」 1872年
カミーユ・ピサロ 「ルーヴシエンヌの花咲く果樹園」 1872年
カミーユ・ピサロ 「柵」 1872年

会場に入ってすぐのところに、たぶん意図的なんでしょうが、モネとピサロとシスレーの制作年の同じ作品が4点並んでいます。モネにしてもピサロにしても、これは展示されていた作品がたまたま何でしょうが、バルビゾン派の影響を感じるところがまだあったり、一方のシスレーは村の家並みや斜めの構図がシスレーぽいなと感じます。

[写真左から] ヴジェーヌ・ブーダン 「トゥルーヴィルの浜辺風景」 1863年
ヴジェーヌ・ブーダン 「ドーヴィスのカジノの演奏会」 1865年

ブーダンの作品は多くて、計8点出品されています。よく見るトゥルーヴィルの浜辺の光景だけでなく、あまり目にしない感じの作品もあって、なかなか興味深いです。最晩年も作品もあり、この人は年を経ても画風が変わらず、また印象派に影響を与えながらも、変に印象派にかぶれなかったのだなということが分かります。

[写真左] エドガー・ドガ 「競馬」 1871-72年
[写真右] エドゥアール・マネ 「競馬のレース」 1872年

競馬を題材にしたマネとドガの作品が並んでいたのも、二人の表現や視点の違いが見えて面白い。ドガのは競馬の始まる前の一コマ、マネのはターフを疾走する競走馬。小さな絵なんだけど、マネの絵の躍動感に惹かれます。

[写真左] ジョルジュ・スーラ 「《グランド・ジャット島》の習作」 1884/1885年
[写真右] ジョルジュ・スーラ 「海の風景(グラブリーヌ)」 1890年

『新印象派展』と同様に、こちらにもスーラの「グランド・ジャット島」の習作が。隣りには亡くなる前年の作品。粗めのドットと表現主義のような色彩感が90年代以降の新印象派の展開を予感させます。ちなみにスーラは額縁にあたるところもまで点描で埋め尽くしたり、額そのものも自ら指定したりしたそうですが、「海の風景」の額は画商がアメリカ用に勝手につけたもので、スーラの全く意図しないものだという話でした。

[写真左] オディロン・ルドン 「ブルターニュの村」 1890年頃
[写真右] オディロン・ルドン 「ブルターニュの海沿いの村」 1880年頃

ルドンが象徴主義に染まる前の作品でしょうか、こんな明るい青空のルドンは初めて観た気がします。こうした風景画の小品も描いていたんですね。ちなみに三菱一号館美術館のコレクションルームにはルドンの「グランブーケ」も展示中です。


2 友人とモデル

本展はルノワールが9点と最も多くて、その内の5点がこのコーナーに展示されてます。いずれも女性を描いたルノワールらしい優雅で美しい作品。本展のメインヴィジュアルにもなっている「猫を抱く女性」のモデルはルノワールお気に入りの小劇場の女優(ジャンヌ?)とのこと。柔らかな筆のタッチと温かみのある明るい色彩が素敵です。猫も写真で見るよりかなりモフモフ。

[写真左] ピエール=オーギュスト・ルノワール 「髪を編む若い女性」 1876年
[写真右] ピエール=オーギュスト・ルノワール 「猫を抱く女性」 1875年頃

ピエール=オーギュスト・ルノワール 「アンリオ夫人」 1876年頃

アンリオ夫人ことアンリエット・アンリオもルノワールのお気に入りのモデルの一人。彼女自身がこの絵を気に入り、ずっと手元に置いていたといいます。パステル調の背景もあいまって、清楚で優美な美しさに溢れています。それにしてもルノワールの描く女性は皆さん美しくて魅力的ですよね。

[写真左] エドゥアール・マネ 「キング・チャールズ・スパニエル犬」 1866年頃
[写真右] エドゥアール・マネ 「タマ、日本犬」 1875年頃

犬をモデルにした絵がかわいい。2点ともマネで、なぜか一つは犬の名前が“タマ”。お利口にポーズをとっています。ほかにもモリゾやロートレックの作品も良かったです。

[写真左] ピエール=オーギュスト・ルノワール 「クロード・モネ」 1872年
[写真右] ベルト・モリゾ 「窓辺にいる画家の姉」 1869年


3 芸術家の肖像

「この絵、いいなぁ」と思ったらルノワールでした(上の写真)。モネを描いたもので、くつろぐモネの姿に二人の仲の良さを感じさせます。闊達な筆さばきと明るい色彩が印象的なマネの作品も良いですね。ゴーギャンの作品は1888年頃のようなので、アルルでゴッホと共同生活を送っていた頃の作品でしょうか。

ポール・ゴーガン 「カリエールに捧げる自画像」 1888または1889年

いずれも20cm四方ぐらいの小さな作品ですが、ドガ、ヴュイヤール、ファンタン=ラトゥールの自画像が並んでいて、どれも20代前半の若い頃の自画像というのがなかなか興味深いです。

[写真左から] エドガー・ドガ 「白い襟の自画像」 1857年頃
エドゥアール・ヴュイヤール 「21歳の自画像」 1889年
アンリ・ファンタン=ラトゥール 「自画像」 1861年


4 静物画

静物画はどれも食べ物というにがユニークですね。マネのぷりっぷりの牡蠣、ヴァロンのこってりとした山盛りのバター、ファンタン=ラトゥールの写実的な桃とセザンヌやルノワールの印象派の果物・・・。じっと観ているだけでお腹が鳴りそうです。

[写真左から] エドゥアール・マネ 「牡蠣」 1862年
アントワーヌ・ヴォロン 「バターの塊」 1875/1885年

[写真左] ポール・セザンヌ 「3つの洋梨」 1878/1879年
[写真右] アンリ・ファンタン=ラトゥール 「皿の上の3つの桃」 1868年


5 ボナールとヴュイヤール

最後はボナールとヴュイヤールに1章があてられています。ともにナビ派の中でも“アンティミスト”と呼ばれる2人。でもこうしてよく観ると、その画風や方向性は全然違いますね。

[写真右から] エドゥアール・ヴュイヤール 「赤いスカーフの子供」 1891年頃
エドゥアール・ヴュイヤール 「黒い服の女性」 1891年頃
エドゥアール・ヴュイヤール 「コーヒーを飲む二人の女性」 1893年頃
エドゥアール・ヴュイヤール 「会話」 1891年

ヴュイヤールは割と小さな作品ばかりだったのですが、厚紙に油彩で描いているものが多くて、そのマットな質感と小さな空間に閉じ込められた独特の世界のたちまち虜になりました。コーヒーを飲む女性や手をつなぐ親子、女性が食卓で何か作業をしているのを見つめる猫…。静かな時間の流れを感じます。

[写真左から] ピエール・ボナール 「花束」 1926年頃
ピエール・ボナール 「画家のアトリエ」 1900年
ピエール・ボナール 「緑色のテーブル」 1910年頃

ボナールはこれまでちゃんと観る機会がなかったのですが、なかなか味わいがあっていいですね。初期はナビ派的な平坦な構成の作品が多いようですが、後期は色彩豊かな風景画もあって、その移り変わりも分かります。

[写真左] ピエール・ボナール 「画家の庭の階段」 1942/1944年
[写真右] ピエール・ボナール 「庭のテーブルセット」 1908年頃

美術史に名を残すような傑作が来ているわけではありませんが、印象派を代表する画家の作品が充実していて、小品ながらもコレクターの趣味の良さが光る優品が揃ってます。


※展示会場内の画像は特別に主催者の許可を得て撮影したものです。


【ワシントン・ナショナル・ギャラリー展 ~アメリカ合衆国が誇る印象派コレクションから】
2015年5月24日(日)まで
三菱一号館美術館にて


印象派で「近代」を読む―光のモネから、ゴッホの闇へ (NHK出版新書 350)印象派で「近代」を読む―光のモネから、ゴッホの闇へ (NHK出版新書 350)


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