おととし、出光美術館では『源氏物語』と『伊勢物語』の世界を絵画化した作品を集めた『源氏絵と伊勢絵』という展覧会がありましたが、今回は『源氏物語』や『伊勢物語』に加えて、『平家物語』や『西行物語』、『曽我物語』など、よりバラエティに富んだ物語絵の魅力を紹介しています。
会場の構成は以下の通り:
第1章 物語絵の想像力 -〈ことば〉の不確かさ
第2章 性愛と恋 -源氏絵を中心に
第3章 失恋と隠遁 -ここではない場所へ
第4章 出世と名声 -成功と失敗をめぐって
第5章 荒ぶる心 -軍記物語と仇討ち
第6章 祈りのちから -神仏をもとめて
まず足を止めたのが、復古大和絵の絵師・冷泉為恭の「雪月花図」。右に『源氏物語』、左に『枕草子』に材を取った作品で、為恭らしい緻密で細い墨の線と丁寧に施された彩色が美しい。遠景と前景のバランス、たなびく霞の濃さを金泥で表した程良さもいい。
冷泉為恭 「雪月花図」
江戸時代・19世紀 出光美術館蔵
江戸時代・19世紀 出光美術館蔵
第2章の「性愛と恋」は“源氏絵”を中心に、第3章の「失恋と隠遁」では“伊勢絵”が中心となり、前回の『源氏絵と伊勢絵』のダイジェストのような感じ(出品作品中、前回の展覧会と重なる作品は宗達の「源氏物語図屏風断簡」の2点と「伊勢物語 武蔵野図色紙」のみ)。物語絵というと、やはり“源氏絵”と“伊勢絵”の人気は根強く、登場人物やキーワードを観ただけでそれが何を表すのか、当時の人々は頭に刷り込まれているというか、教養の一つでもあったのでしょうね。
岩佐勝友 「源氏物語図屏風」(部分)
江戸時代・17世紀 出光美術館蔵
江戸時代・17世紀 出光美術館蔵
『源氏物語』では岩佐又兵衛の近親者あるいは岩佐派の絵師とされる岩佐勝友の「源氏物語図屏風」が素晴らしい。一扇に4~5ずつ、六曲に全54帖の場面を描いた一双の屏風で、線描は細部まで緻密かつ丁寧。金雲には紗綾形の文様が盛られています。人物の顔立ちや線にあまり又兵衛風を感じませんが、源氏が朧月夜を抱きかかえていたり、「須磨」の場面に雷神を書き加えていたりと、場面描写もドラマティックで生き生きとしていて又兵衛工房らしい濃厚な味わいを強く受けます。
俵屋宗達 「伊勢物語 武蔵野図色紙」
江戸時代・17世紀 出光美術館蔵
江戸時代・17世紀 出光美術館蔵
宗達(“伝”も含め)の作品が本展には5点出展されています。“源氏絵”や“伊勢絵”は注文も多く、工房も含め量産されていたのでしょう。その中で興味深かったのが「西行物語絵巻」で、宗達の作品で唯一、制作年が作中に示されているのだそうです。わたしが観に行ったときは宮廷の場面が展示されていましたが、会期中に展示替えがあり、後半には僧として放浪の旅に出る場面などもあります。出光美術館が所蔵する巻(一巻・二巻・四巻)だけでも約54mあるので、全て展示はできないでしょうが、図録には出光所蔵分の三巻全てが掲載されています。
絵・俵屋宗達、詞・烏丸光広 「西行物語絵巻」(部分)(重要文化財)
寛永7年・1630年 出光美術館蔵
寛永7年・1630年 出光美術館蔵
そのほかにも住吉如慶の「木曽物語絵巻」、狩野派の作とされる「曽我物語図屏風」といった歌舞伎や文楽でおなじみの話や、住吉具慶の「宇治拾遺物語絵巻」、また“放屁もの”の「福富草子絵巻」などが並びます。
「天神縁起 尊意参内図屏風」(重要美術品)
室町時代・16世紀 出光美術館蔵
室町時代・16世紀 出光美術館蔵
『平家物語』の合戦図を表した屏風が二つあり、内「一の谷・屋島・壇ノ浦合戦図屏風」は八曲一双の大画面に三つの合戦が描かれていて見ごたえあり。大勢の人物を一つ一つ表情まで細かく描き分けるその緻密さや、その豪壮な合戦描写の迫力に圧倒されます。
「平家物語 一の谷・屋島・壇ノ浦合戦図屏風」(部分)
江戸時代・17世紀 出光美術館蔵
江戸時代・17世紀 出光美術館蔵
今回の展覧会で個人的に一番興味深かったのが伝・又兵衛の「蟻通・貨狄造船図屏」。右隻に観阿弥の謡曲「自然居子」を、左隻に世阿弥の謡曲「蟻通」を描いたものとされていますが、解説によると『源氏物語』の「桐壷」の場面の可能性もあるとのことで、まだ検討の余地が残されているようです。特に右隻には恐ろしげな龍と巨大は鷁(中国の空想上の水鳥)を船首につけた舟が描かれ、なにか怪異的なおどろおどろしさと、映画を観るような面白さがあります。
伝・岩佐又兵衛 「蟻通・貨狄造船図屏」
江戸時代・17世紀 出光美術館蔵
江戸時代・17世紀 出光美術館蔵
尾形光琳 「伊勢物語禊図屏風」(重要美術品)
江戸時代・18世紀 出光美術館蔵
江戸時代・18世紀 出光美術館蔵
出光美術館の所蔵作品だけで構成されていますが、魅力的な作品が多く、興味深い展覧会でした。本展の図録は横長になっているので、横に長い屏風や絵巻も見やすく、また絵のアップも多く、見ていて楽しめます。ただ残念なのは左右反転してる絵が一つあること(代わりに正しい図版のコピーが挟み込まれてます)。展覧会の内容も良く、図録も考えて作られていただけに、ほんともったいない。
【物語絵 -〈ことば〉と〈かたち〉】
2015年2月15日まで
出光美術館にて
まろ、ん?―大掴源氏物語