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2019/02/23

奇想の系譜展

東京都美術館で開催中の『奇想の系譜展 江戸絵画のミラクルワールド』へ行ってきました。

辻惟雄先生の『奇想の系譜』が出版されたのが1970年(1968年に『美術手帖』で連載)、筑摩書房から文庫本が出版されたのが2004年。以来、『奇想の系譜』で紹介された、かつて異端、前衛と呼ばれた江戸絵画の非主流の絵師に関心が集まり、特にこの20年の江戸絵画ブームの火付け役になったのは紛れもない事実でしょう。

本展ではその『奇想の系譜』で紹介された又兵衛、山雪、若冲、蕭白、芦雪、国芳に、さらに白隠と其一を加えた総勢8人の絵師たちの奇想ぶりを紹介しています。まさに江戸絵画の奇想オールスータズ大集合。同書に強く感化された身としては夢のような企画です。

思い返せば、ここ10年ほどの奇想の絵師たちの展覧会の充実は目を見張るものがありました。それまでなかなか作品を目にする機会のなかった絵師も多く、遠い地方であってもわざわざ観に行った人も多いのではないでしょうか。当ブログで紹介した主な展覧会だけでも、以下のようなものがありました。

伊藤若冲
『伊藤若冲 アナザーワールド』(2010年/千葉市美術館)
『若冲と蕪村』(2015年/サントリー美術館)
『若冲展』(2016年/東京都美術館)
『伊藤若冲展』(2016年/承天閣美術館)
曾我蕭白
『蕭白ショック!!』(2012年/千葉市美術館)
長沢芦雪
『長沢芦雪展』(2017年/愛知県美術館)
岩佐又兵衛
『岩佐又兵衛展』(2016年/福井県立美術館)
『岩佐又兵衛と源氏絵』(2017年/出光美術館)
狩野山雪
『狩野山楽・山雪展』(2013年/京都国立博物館)
白隠
『白隠展』(2012年/Bunkamura ザ・ミュージアム)
鈴木其一
『鈴木其一展』(2016年/サントリー美術館)
歌川国芳
『歌川国芳 奇と笑いの木版画』(2010年/府中市美術館)
『破天荒の浮世絵師 歌川国芳』(2011年/太田記念美術館)
『歌川国芳展』(2012年/森アーツセンターギャラリー)
『国芳イズム』(2016年/練馬区立美術館)
『俺たちの国芳 わたしの国貞』(2016年/Bunkamura ザ・ミュージアム)

こうして見ると、本展はこれら過去の展覧会の集大成であり、ダイジェストであり、満を持しての展覧会と言ってもいいでしょう。そうした今や江戸絵画を代表する人気絵師が集まるということもあって、スペースの関係で十分とはいいませんが、それでも代表作を中心になかなかのラインナップが揃ったのではないでしょうか。奇想系(?)ファンにも、若冲だけ知ってるみたいな人にも納得の内容になっていると思います。


伊藤若冲 「象と鯨図屏風」
寛政9年(1797) MIHO MUSEUM蔵

幻想の博物誌 伊藤若冲(1716-1800)

最初に登場するのは、同じ東京都美術館で開催され、最大5時間待ちという大混雑で話題になった『若冲展』が記憶に新しい伊藤若冲。研究も進まず、評価も決して高くなかった若冲を今や知らぬ人のいないぐらいの人気絵師に押し上げたきっかけが『奇想の系譜』なのです。

会場に入るといきなり「象と鯨図屏風」がお出迎え。右隻に鼻を高々と上げた大きな白象、左隻に鯨の大きな黒い背中。もうこれだけで若冲の奇抜さが分かるというものです。「象と鯨図屏風」は2008年に北陸の旧家から見つかった作品なので、『奇想の系譜』には載ってませんが、執筆時に知られていれば、絶対『奇想の系譜』でも取り上げられていたことでしょう。

伊藤若冲 「旭日鳳凰図」
宝暦5年(1755) 宮内庁三の丸尚蔵館蔵(展示は3/10まで)

代表作の「動植綵絵」は今回出品されていませんが、同じ三の丸尚蔵館所蔵の「旭日鳳凰図」が展示されています。「動植綵絵」以前に制作された作品とのことですが、「動植綵絵」同様に超絶技巧的な緻密な描写と濃密な色彩、そして裏彩色を駆使した、これぞ若冲という作品です。

伊藤若冲 「糸瓜群虫図」
細見美術館蔵(展示は3/10まで)

ここ10年の間に若冲の作品を観る機会はずいぶんあったので、「乗輿舟」や「糸瓜群虫図」、プライス・コレクションの「虎図」など何度か観ている作品もあるのですが、やはり好きな絵師ですし、個性豊かな作品なので、観てて飽きないし驚くものは何度観ても驚きます。ほかにも所蔵先以外での公開は初めてという「雨中の竹図」や新出の「鶏図押絵貼屏風」といった初めて観る作品もあり、興味は尽きません。


醒めたグロテスク 曽我蕭白

インパクトという点では蕭白も江戸絵画屈指の異色絵師。毒々しいぐらいの濃密な色遣いもすれば、コントラストを効かせた水墨画も描き、執拗なまでに精緻な表現も見せれば、描きなぐったような荒々しい筆遣いもする。『ボストン美術館 日本美術の至宝』と『蕭白ショック!!』で立て続けに蕭白の傑作の数々を目にし衝撃を受けてから早7年。久しぶりに再会した蕭白はやはりエキセントリックで狂気じみてました。

曽我蕭白 「雪山童子図」
明和元年(1764)頃 継松寺蔵

「雪山童子図」は羅刹(実は帝釈天)の餌食になることと引き換えに真理の言葉を聞いた雪山童子が約束通り身を投げるという場面ですが、けばけばしい色もさることながら、歓喜に満ちた童子の顔と拍子抜けしたような羅刹の顔が強烈な印象を与えます。

「仙人図屏風」の白痴感のある仙人の表情や個性的でグロテスクな表情ばかりの「群仙図屏風」(後期展示)、鬼より不気味な「柳下鬼女図屏風」(後期展示)など、蕭白の描く人物はどれも超が付くほど個性的。それでいてどこか本質を捉えているのが凄いところです。まるで箒で描きなぐったような「唐獅子図」も一見雑そうに見えて、唐獅子はこうあるべきという荒々しさがよく出ています。

曽我蕭白 「楼閣山水図屏風」(重要文化財)
近江神宮蔵(展示は3/10まで)

蕭白はそのアクの強い作品ばかりに目が行きがちですが、たとえば「富士・三保松原図屏風」はおおらかな淡墨の諧調と奥行きと広がりを強調した構図に雪舟に繋がる水墨画の伝統を感じさせます(富士の山容の奇矯さと江戸絵画にはあまり見ない虹が特異ですが)。奇抜な構図と緻密描写に圧倒される「楼閣山水図屏風」もじっくり見ると、技巧に優れた真体の筆の確かさとダイナミックでありながらも考え抜かれたリアルな空間構成に唸らされます。


京のエンターテイナー 長沢芦雪

こちらも一昨年の『長沢芦雪展』の感動が記憶に新しい芦雪。東京で全然展覧会をやってくれないものですから名古屋まで観に行ったのですが、芦雪の代表作がここまで東京に集まるのは初めてではないでしょうか。しかも前後期合わせた16点の出品作の内、10点は『長沢芦雪展』にも出ていなかった作品。『奇想の系譜』で取り上げられながらも『長沢芦雪展』では観ることのできなかった芦雪の代表作、大乗寺の「群猿図屏風」や西光寺の「龍図襖」、方向寺大仏殿が焼失したときのスケッチを基に描いたという「大仏殿炎上図」が今回出品されているというのは嬉しいところです。

長沢芦雪 「白象黒牛図屏風」
エツコ&ジョー・プライスコレクション蔵

六曲の屏風からはみ出さんばかりに(実際にははみ出してますが笑)描かれた巨大な白象と大きな黒牛。白象の背中には黒々とした鴉が、黒牛の腹には寄り掛かるように白い仔犬が描かれ、白と黒、大と小の二重構造になってるというその斬新な発想に唸ります。大きな鯨と牛の白と黒の対比は若冲の「象と鯨図屏風」を彷彿とさせますが、図録の解説によると同時期に描かれたものとされ、どちらが先か後かは現段階では不明なのだとか。もしどちらかがどちらかの作品に影響されて描かれたとすると、それはそれでとても面白い気がします。若冲の屏風にヒントを得た芦雪が、さらに誇張しアクセントに黒い鴉と白い仔犬を足したと見るのが自然な感じがしますが、どうでしょうか。

長沢芦雪 「方寸五百羅漢図」
寛政10年(1798) 個人蔵

巨大な白象と黒牛の屏風があれば、3センチ四方の、これまた前代未聞の小ささの仏画を描いたりもするのが芦雪のユニークなところ。「方寸五百羅漢図」は小さすぎて肉眼ではちゃんと見えないので、拡大パネルも展示されています。細かに描かれた羅漢は単眼鏡がないとまず見えません。


執念のドラマ 岩佐又兵衛

そして又兵衛。辻惟雄先生の『奇想の系譜』で一番最初に登場し、最も紙面を割かれているのが又兵衛でした。又兵衛の現存作品は決して多くありませんが、本展にはその代表作が集まり、とても充実しています。又兵衛でこれだけの作品が集まるのは、関東では2004年の『岩佐又兵衛展』(千葉市美術館)以来ではないでしょうか。

岩佐又兵衛 「山中常盤物語絵巻」(※写真は第四巻の一部)(重要文化財)
MOA美術館蔵(展示は3/10まで)

又兵衛の奇想を語る上で外せないのが『山中常盤物語絵巻』。牛若伝説の御伽草子をベースにした全12巻、全長150mという長大な絵巻で、本展では絵巻前半のクライマックスにあたる、常盤御前が盗賊に襲われる第四巻と、常盤が息絶え、母・常盤の夢を見た牛若が山中に辿り着く第五巻が前後期に分けて展示されます。中世・近世を通し、ここまで凄惨な描写の絵巻があっただろうかというぐらい劇的でサディスティックで、なおかつリアル。2年前のMOA美術館での全巻展示(『奇想の絵師 岩佐又兵衛 山中常盤物語絵巻 』)など、これまで何度か拝見してるのですが、やはりこの絵巻は何度観ても釘付けになりますし、圧倒されます。豊かで独創的な表現や細密描写もさることながら、絢爛豪華な装飾性の高さも大きな見どころです。

岩佐又兵衛 「豊国祭礼図屏風」(重要文化財)
徳川美術館蔵(展示は2/24まで)

福井県立美術館の『岩佐又兵衛展』で最も感動した作品の一つが「豊国祭礼図屏風」。六曲一双の屏風にびっしりと描かれた無数の人、人、人。皆が皆、表情豊かでバイタリティに満ちていて、その生き生きした群像表現や祭礼のグルーヴ感は、傑作「洛中洛外図屏風(舟木本)」(展示期間は2/26〜3/10)に通じるものがあります。又兵衛の絵巻や屏風はほんと1日観ていても飽きないし、何度も観ていても必ず新しい発見があります。


「豊国祭礼図屏風」や「洛中洛外図屏風(舟木本)」は是非単眼鏡でご覧ください。単眼鏡があるとないとでは面白さは雲泥の差です。たけのこおじさんも探してね!

[写真左から] 岩佐又兵衛 「伊勢物語 梓弓図」(重要文化財) 文化庁蔵(展示は3/10まで)
「弄玉仙図」(重要文化財) 摘水軒記念文化振興財団蔵(展示は3/10まで)
「龐居士図」(重要美術品) 福井県立美術館蔵(展示は3/10まで)
「官女観菊図」(重要文化財) 山種美術館所蔵(展示は3/12から)

[写真左から] 岩佐又兵衛 「伊勢物語 烏の子図」(重要美術品) 東京国立博物館蔵(展示は3/12から)
「老子出関図」 東京国立博物館蔵(展示は3/12から)
「羅浮仙図」(重要美術品) 個人蔵(展示は3/26から)
「雲龍図」  東京国立博物館蔵(展示は3/12から)

そして今回の展示で必見なのが「旧金谷屏風」と呼ばれる一連の作品。もとは屏風で、その後ばらばらに軸装され、現在の形になっています。2016年の『岩佐又兵衛展』では現存する10図(2図は行方不明)が約100年ぶりに集結ということで話題になりましたが、本展ではそのうち8図が前後期に分けて展示されます。和漢さまざまな画題が取り上げられた作品で、又兵衛の極めて高い筆技が存分に発揮されています。


狩野派きっての知性派 狩野山雪

恐らく今回の奇想の絵師の中で一番馴染みが薄いのが山雪かもしれませんね。山雪は関東ではこれまであまり観る機会がなかったと思います。東博の常設展でときどき展示されていたり、『禅 - 心をかたちに』(2016年)で代表作「龍虎図屏風」が出品されたりということはありましたが、そもそもこれだけ山雪の作品が集まるというのも『狩野山楽・山雪展』以来ではないでしょうか。

狩野山雪 「梅花遊禽図襖絵」(重要文化財)
寛永8年(1631) 天球院蔵

山雪は京狩野の二代目で、京狩野の祖・山楽の娘婿。山楽も永徳の弟子なので、京狩野家は血縁を重んじる狩野派にあっては外様的立ち位置にありますが、永徳に代表される装飾的な桃山の画風を最も色濃く継承しているといわれています。「梅花遊禽図襖絵」は永徳を彷彿とさせる大画様式で、蛇のように曲がりくねった奇怪な枝ぶりが独特な印象を与えます。今回紹介されている絵師の中では岩佐又兵衛とほぼ同時代の江戸時代初期に活躍した絵師。又兵衛が和漢折衷の独自のスタイルを築き上げるのに対し、山雪は桃山文化の余韻を感じさせながらも“山雪ワールド”と呼ばれる理知的な画面構成と独創的な造形美に特徴があります。

狩野山雪 「寒山拾得図」
真正極楽寺真如堂蔵(展示は3/10まで)

寒山と拾得は伝統的に不気味な表情がお決まりですが、山雪の「寒山拾得図」はその画面の大きさも手伝って、グロテスク極まりないと言っていいほど。濃密な色彩と緻密に計算された構図が印象的な「蘭亭曲水図屏風」は四隻(八曲二双)という絵巻のように長い屏風で、この異様に長い水辺の詩会の様子は先日『酒呑童子絵巻展』で観た師・山楽(伝)の「酒呑童子絵巻」の無駄に長い四方四季の庭の場面を思い出しました。


奇想の起爆剤 白隠慧鶴

江戸時代中期の禅僧で、臨済宗中興の祖といわれる白隠。ユニークな禅画で知られますが、実はとても偉いお坊さんなんです。一万点以上ともいう禅画や墨跡を残し、江戸絵画や禅画の展覧会などでは以前からたびたび作品を見かけましたが、初の本格的な展覧会というのが2012年の『白隠展』だったので、白隠に注目が集まるようになったのもここ10年くらいのこと。あれから研究も随分進んだようで、白隠画の影響が蕭白や若冲など広く江戸絵画におよんでいたことが本展では明らかにされています。

白隠 「達磨図」
萬壽寺蔵

白隠というとやはり達磨図。白隠が最も多く描いた画題とされ、現存している達磨図だけでも200点ぐらいあるいいます。太い墨で丹念に描いた初期のやぶにらみの「達磨図」や、縦2m近い大画面に堂々と描かれた達磨が強烈なインパクトを与える「達磨図(半身達磨)」、太筆で一気に描いた横顔の「達磨図」など三者三様の面白さ。「すたすた坊主図」や「蛤蜊観音図」といった白隠らしいユーモアあふれる作品もあって和みます。


江戸琳派の記載 鈴木其一

其一というとこれまで宗達・光琳・抱一に次ぐ2番手的な位置づけで扱われることがほとんどでしたが、ここ10数年の琳派ブームの中で、師匠・酒井抱一と並ぶ人気絵師になったと言っても過言ではないのではないでしょうか。

鈴木其一 「夏秋渓流図屏風」
根津美術館蔵(展示は3/10まで)

人気の高まりとともに、其一の作品もたびたび見かけるようになりましたし、2016年には待望の初の回顧展『鈴木其一展』も開かれました。本展では代表作の「夏秋渓流図屏風」や「藤花図」、山種美術館所蔵の「四季花鳥図」や「牡丹図」といったよく観る作品も展示されているのですが、所蔵館以外では初公開という「四季花鳥図屏風」や、初の里帰り公開という「百鳥百獣図」といったなかなか観る機会のない作品もあります。

鈴木其一 「百鳥百獣図
キャサリン&トーマス・エドソンコレクション蔵

今回の展覧会で注目されるのがその「百鳥百獣図」。さまざまな鳥とさまざまな動物が描かれた二幅からなる作品で、其一らしい鮮やかな濃彩である一方で、多くの動物や鳥を描くという構図やそのモチーフはどこか若冲を思わせるところがあります。割と大きな作品でしたが、動物や鳥が細かくびっしりと描かれているので、これも単眼鏡が欲しいところ。そばで観ていた小学生ぐらいの女の子がガラスに張り付いて動物や鳥の数を一生懸命数えていましたが、図録で見ても正確に分からないぐらい沢山いて驚きます(恐らく動物で70頭前後、鳥が100羽を超えるぐらいでしょうか)。


幕末浮世絵七変化 歌川国芳

最後は国芳。今や浮世絵界きっての人気浮世絵師となり、毎年のように大きな展覧会があるぐらいですが、『奇想の系譜』が書かれた50年前はほぼ無視をされていたようです。本展では、「鬼若丸の鯉退治」や「讃岐院眷属をして為朝をすくう図」、「相州江ノ嶋の図」、「東都首尾の松」、「一つ家」など『奇想の系譜』で取り上げられた作品を中心に、国芳ファンにはお馴染みの傑作が集まっています。

歌川国芳 「讃岐院眷属をして為朝をすくふ図」
寛永4年(1851) 個人蔵(展示は3/10まで)

奇想はやはり発想力やデザイン力など、学んで身につけるものというより、生まれ持った個性やその人のセンスに拠るところ大きいんだろうなと思います。京狩野や又兵衛の工房など師の画風を引き継いでいる例は多少あるものの、やはりここでいう奇想はその代限りで、弟子や後継者に受け継がれることはありませんでしたが、国芳だけは異例で、門下の月岡芳年や河鍋暁斎のように奇想の絵師といっていいような個性的な絵師を輩出しているのがなかなか凄いところです。

歌川国芳 「相馬の古内裏」
弘化2~3年(1845-46)頃 個人蔵

今は目が慣れて奇想を奇想と思わなくなってるところもありますが、江戸絵画の中でいかに彼らが異質だったかをあらためて考えるいい機会だと思います。これでまた奇想の絵師たちの人気が高まるのかなと思うと、少し複雑な気分もありますが、ぜひ多くの人に楽しんでもらいたい展覧会です。


【奇想の系譜展 江戸絵画のミラクルワールド】
2019年4月7日(日)まで
東京都美術館にて


奇想の系譜 (ちくま学芸文庫)奇想の系譜 (ちくま学芸文庫)


新版 奇想の系譜新版 奇想の系譜

2018/11/21

ムンク展

東京都美術館で開催中の『ムンク展 -共鳴する魂の叫び』を観てきました。

ムンクの展覧会は5年に1回ぐらいのペースでやってる気がしますが、東京で『ムンク展』が開催されるのは約10年ぶり。今回最大の目玉は、約25年ぶりの来日となる「叫び」。10年前の『ムンク展』には「叫び」が来てないので、そういう意味では待望の展覧会です。

本展は、ムンクの世界最大のコレクションを有するオスロ市立ムンク美術館の所蔵作品を中心に、約60点の油彩画に版画や素描などを加えた約100点の作品が集まっています。

10年前に国立西洋美術館で開催された『ムンク展』は、装飾画家としての観点でムンクを見直し、会場もムンクの代表的な装飾プロジェクトごとに構成するという内容でしたが、今回はムンクの軌跡を初期から晩年まで辿り、その多彩な画業を振り返るという回顧展になっています。ムンクを初めて観る人にも、ムンクを見直したい人にも、広くお勧めできる内容です。

会場の構成は以下の通りです:
1.ムンクとは誰か
2.家族-死と喪失
3.夏の夜-孤独と憂鬱
4.魂の叫び-不安と絶望
5.接吻、吸血鬼、マドンナ
6.男と女-愛、嫉妬、別れ
7.肖像画
8.躍動する風景
9.画家の晩年

ムンク 「自画像」
1882年 オスロ市立ムンク美術館蔵

最初に登場するのがムンクの自画像。肖像画というのは画家の内面性がリアルに現れるなと感じることが多いのですが、ムンクも全く同じで、黒い背景に顔だけが白く浮かび上がったモノクロームのリトグラフからは自己を見つめる何か鬱々としたものを感じます。「叫び」や「不安」を思わせる色彩に上半身裸という異様な雰囲気の「地獄の自画像」は恋人に拳銃で撃たれるという事件が発生したあとに描かれたということを知ると、なんか妙に納得したりして。

ムンク 「地獄の自画像」
1903年 オスロ市立ムンク美術館蔵

もう少し先のコーナーに最初期の自画像が展示されていましたが、こちらはオーソドックスな描き方。同時代に描かれた家族の肖像画なんかも印象派的なところがあって、ムンクがどういうところから出発したのかということを知る上でも参考になります。今でいう自撮り写真もいくつかあって、写真という新しいメディアに興味津々だった様子も窺えます。

ムンク 「夏の夜、人魚」
1893年 オスロ市立ムンク美術館蔵

ムンクの画風が変化するのはパリ留学から戻ってきたあと。「病める子」からは早くに亡くした母や姉の記憶、運命の残酷さや命の儚さ、生きていくことの不安などが見えてきます。一般的なイメージの人魚とはかけ離れて何処か疲れた様子の「夏の夜、人魚」、浜辺で肩を落とし海を見つめる青年を描いた「メランコリー」、女性の二面性を象徴したような背中合わせの女性の姿が印象的な「赤と白」、背をぴんとさせ湖畔に佇む女性から官能的なムードが漂う「夏の夜、声」など、どの作品もどこか内面的で、ムンクの不安や苦悩、憧憬など様々な思いが滲み出てるように感じます。

ムンク 「叫び」
1910年? オスロ市立ムンク美術館蔵

そして、「叫び」。観に行った日は日曜日で、16時頃に会場に入ったのですが、「叫び」の前はさすがに黒山の人だかり状態。一旦後回しにし、最後まで一通り観終わってから閉館30分前に戻ると、あれだけいた人もほとんどいなくなり、じっくり「叫び」と観ることができました。

「叫び」には複数のバージョンがあって、今回来日するのはムンク美術館所蔵のテンペラ画バージョン(1910年制作)で日本では初公開。25年前の出光美術館の『ムンク展』ではわたしも長い行列に並んで「叫び」を観ましたが、あのとき来たのはオスロ国立美術館所蔵のテンペラ画バージョン(1893年制作)でこれがオリジナル。今回来日している「叫び」はオリジナルの「叫び」が売却(その後、オスロ国立美術館に寄贈)されたのを受けてあらためて制作されたものだといいます。

このほか「叫び」は、ムンク美術館が所蔵しているパステル画バージョン(1893年制作)と数年前にサザビーズで競売にかけられ現在個人が所蔵しているパステル画バージョン(1895年制作)があって、限定45枚が摺られたリトグラフ版(1895年制作)というのもあります。

「叫び」は何度か盗難に遭ったことでも有名。オスロ国立美術館所蔵の「叫び」が盗まれたのが出光美術館の『ムンク展』が終わってノルウェーに戻った直後だっただけにとても驚いたことをよく覚えています。今回来日している「叫び」も2004年にムンク美術館から盗まれていて、2年後に発見されるも液体による損傷を受け、その後修復され今回こうしてお目にかかることができたというわけです。

ムンク 「絶望」
1894年 オスロ市立ムンク美術館蔵

ムンク 「不安」
1896年 オスロ市立ムンク美術館蔵

ムンクの名前を知らなくても、美術に全く興味がなくても、誰でもそのタイトルと画像を知っている作品としては「叫び」はダ・ヴィンチの「モナ・リザ」と双璧を成すのではないでしょうか。縦90cm以上ある比較的大きな絵で、やはり実物を観ると圧倒されますし、見れば見るほど不思議な絵ですし、全然飽きません。

血のように赤くなった夕陽がフィヨルドと街を覆い、自然を貫くような叫びが聞こえたという体験から生まれたという「叫び」ですが、「叫び」に先駆けてムンクが描いたのが「絶望」。エーケベルグ三部作と呼ばれる「叫び」「絶望」「不安」は並んで展示されていて、これほどまでにネガティブで鬱々としたイメージを与える連作もないのですが、ムンクがオスロで体験した原光景をどのように追い求め、表現していったかも感じ取れて、とても興味深いものがあります。

ムンク 「森の吸血鬼」
1916-18年 オスロ市立ムンク美術館蔵

続いては、これもムンクを代表する「接吻」と「吸血鬼」と「マドンナ」。ムンクは「接吻」「吸血鬼」「マドンナ」のモチーフを繰り返し描いていて、本展でもさまざまなバリエーションが展示されています。前回の国立西洋美術館の『ムンク展』でも取り上げられていましたが、ここまで複数の作品の展示はありませんでした。このコーナー以外に展示されている作品にも「接吻」や「吸血鬼」などのモチーフを思わせる作品があったりして、ムンクがこれらのテーマにとてもこだわっていたことが窺えます。

ムンク 「生命のダンス」
1925年 オスロ市立ムンク美術館蔵

「生命のダンス」はムンクが1890年代に制作した《生命のフリーズ》というシリーズの中核をなす作品。「叫び」や「絶望」「不安」も《生命のフリーズ》の中の作品という位置づけで、ムンクは自分の展覧会やアトリエで装飾プロジェクトとしてその構成や並びにこだわったといいます。豊かな色彩も印象的です。「叫び」もカラフルといったらカラフルなのですが、もともとゴーギャンやセザンヌなど後期印象派の影響を受けている人だけに(初期の作品にもゴーギャンやセザンヌの影響を感じさせる作品がありますが)、特に1910年前後あたりを境に、カラフルな色使いにしばしば目が留まります。

ムンク 「星月夜」
1922-24年 オスロ市立ムンク美術館蔵

「星月夜」はタイトルからしてそうですが、星空なんかゴッホへのオマージュなのかなと思います。最初の方のコーナーにあった「星空の下で」にも「星月夜」と同じ星空の描き方がされていました。

ムンクは意外なことに肖像画家として人気があったといいます。ニーチェの肖像画の背景なんて最高ですね。「叫び」のような背景を描いて、まるでセルフパロディなのかと思いました。ニーチェはどう思ったのか知りませんが、こんな肖像画を描かれたら、ムンクのファンなら泣いて喜ぶのではないでしょうか。

ムンク 「フリードリヒ・ニーチェ」
1906年 オスロ市立ムンク美術館蔵

10年前の『ムンク展』と被ってる作品も多いのですが、やはり「叫び」が来ているというだけでも観る価値がありました。死や不安、愛や生命、ムンクの様々な顔を知ることができます。


【ムンク展 -共鳴する魂の叫び】
2019年1月20日(日)まで
東京都美術館にて


『ムンク展 共鳴する魂の叫び』 公式ガイドブック (AERAムック)『ムンク展 共鳴する魂の叫び』 公式ガイドブック (AERAムック)

2018/08/26

藤田嗣治展

東京都美術館で開催中の『没後50年 藤田嗣治展』を観てきました。

戦争画の公開や伝記の映画化、数々の関連書籍の刊行など、ここ数年フジタにいろんな意味で注目が集まり、いくつか展覧会で作品を観る機会がありました。東京国立近代美術館の『MOMATコレクション 藤田嗣治、全所蔵作品展示。』(2015年)や東京藝術大学大学美術館の『藤田嗣治 《舞踏会の前》 修復完成披露展』(2015年)、府中市美術館ほかで開催された生誕130年記念の回顧展『藤田嗣治展』(2016年)、第二の故郷ランスでの活動を取り上げた『ランス美術館展』(2017年)などなど。

本展は藤田の没後50年を記念したもので、質量ともに過去最大級という回顧展。府中市美術館の『藤田嗣治展』もずいぶん充実していると感じましたが、それらを凌駕する内容になっていました。初期の外光派から“乳白色の下地”に行き着くまでの過程、エコール・ド・パリ時代、中南米歴訪を経ての戦前の日本での活動と戦争画、そしてフランスへ移ってあとの晩年の宗教画まで幅広く網羅しています。


会場の構成は以下のとおりです:
Ⅰ 原風景-家族と風景
Ⅱ はじまりのパリ―第一次世界大戦をはさんで
Ⅲ 1920年代の自画像と肖像-「時代」をまとうひとの姿
Ⅳ 「乳白色の裸婦」の時代
Ⅴ 1930年代・旅する画家-北米・中南米・アジア
Ⅵ-1 「歴史」に直面する-二度の「大戦」との遭遇
Ⅵ-2 「歴史」に直面する-作戦記録画へ
Ⅶ 戦後の20年-東京・ニューヨーク・パリ
Ⅷ カトリックへの道行き

藤田嗣治 「自画像」
1910年 東京藝術大学蔵

初期の、というより東京美術学校在学中の作品は黒田清輝に反発しながらもやはり外光派の影響が強く感じます。斜に構えて睨みつけるような表情が印象的な「自画像」は黒田の嫌う黒を多用し、案の定黒田からも悪い絵の見本と酷評されたといいますが、それでも今観ると明治期の洋画スタイルの枠からは出ていません。明治時代の肖像画の王道を行くような「父の像」や外光派での優れた腕前を見せる「婦人像」など、僅かながらの作品からも藤田の腕の確かさを感じます。

藤田嗣治 「パリ風景」
1918年 東京国立近代美術館蔵

パリに移って以降は模索の日々が続きます。物寂しいパリの風景を描いた作品や、キュビズムや未来派の影響を受けた作品、親友モディリアーニの人物画を彷彿とさせる作品など、方向性もなかなか固まりません。

藤田嗣治 「二人の女」
1918年 北海道立近代美術館蔵

それでも「目隠し遊び」の女性たちに後年の女性の群像画を思わせるものがあったり、静物画の花や食卓の食材がアンティークや雑貨に変わっていったり、風景画や静物画の背景に乳白色が徐々に使われ出したり、細い墨の線を取り入れてみたり、1920年代以降の活躍の萌芽が見え始めます。

藤田嗣治 「エミリー・クレイン=シャドボーンの肖像」
1922年 シカゴ美術館蔵

東洋人たる自分が現地で売って成功しうる絵画は何かを藤田は自問自答していたといいます。西洋人の絵画をただ真似るだけでなく、そこに東洋人のオリジナリティをいかに出していくか、そこに藤田は挑むようになります。俵屋宗達の鶴を連想させる「鶴」や、画材に金箔を使った作品もいくつか見られました。

パリに暮らす富裕なアメリカ人女性を描いたという「エミリー・クレイン=シャドボーンの肖像」は背景に銀箔を壁紙かタイルのように貼りつけた印象的な作品。女性の顔や長細い肢体はいよいよ藤田らしいと感じます。ドレスの青い絵具が経年劣化かヒビ割れているのですが、それさえドレスの模様に見えてきます。

藤田嗣治 「横たわる裸婦<」
1922年 ニーム美術館蔵

乳白色の裸婦はこれまでの展覧会にないぐらい充実(といってもそんなに作品数があるわけではありませんが)。乳白色の下地に面相筆の黒く細い輪郭線というスタイルに辿り着くと、藤田は裸婦に取り組みます。黒い背景に透明感のある乳白色の肌とシーツというモノトーンの作品もあれば、背景に色とりどりのタピスリーを描いた華やかな作品もあり、女性1人もあれば、2人の女性のシリーズもあり、群像もあり、横たわる系もあれば、立つ系もある。いくつかのパターンはあるけれど、それぞれに一目で藤田の作品だと分かる個性があって、やはりこの時代の作品はどれを取っても優れてるし、観ていてうっとりします。


藤田嗣治 「舞踏会の前」
1925年 大原美術館蔵

いわゆる乳白色の下地が何を使って描かれているのかは長年謎とされていましたが、キャンバスに硫酸バリウムを塗り、その上に炭酸カルシウムと鉛白を混ぜた絵具を重ねていたことが近年の調査で分かっています。下地からは滑石(タルク)が原料のシッカロールが検出され、それが乳白色の独特なマットなマティエールを生んでいるといいます。しかし、その特殊な技法は経年劣化しやすく、単眼鏡でよく観ると気泡のようなガス穴が開いているのも分かります。「舞踏会の前」は数年前に修復を終えましたが、作品によっては今後公開の機会が減ることもあるのかもしれないですね。

藤田嗣治 「メキシコに於けるマドレーヌ」
1934年 京都国立近代美術館蔵

フランスで人気絶頂の中、藤田は南米を経由し日本に帰国します。この時期の作品は、南米の気候や土俗的な風土に影響されたのか、乳白色の裸婦とは似ても似つかない、時にどぎつい色彩の、グロテスクな絵が続きます。興味深かったのが水彩画で、たぶん面相筆だと思うのですが、細い線で輪郭線を描いているのが印象的でした。

藤田嗣治 「アッツ島玉砕」
1943年 東京国立近代美術館蔵(無期限貸与作品)

そして戦争画。戦争画は東近美から2点と同時代の関連作品が数点のみ。近年、藤田の戦争画へ注目が集まったことが藤田の再評価(それは広い意味で)に繋がっていると思うのですが、それを考えると戦争画の扱いに突っ込みがなく、解説も差し障りのない表現で、正直物足らない。ちなみに、本展では敢えて「作戦記録画」といっています。

藤田嗣治 「カフェ」
1949年 ポンピドゥー・センター蔵

乳白色の肌の裸婦や女性に固執していた(?)1920年代の作品に比べると、戦後のニューヨークやパリで描いた作品はずいぶんバラエティに富んでいるなと感じます。女性もいれば猫もいる。少女もいれば動物もいる。1920年代の作品を思わせるものもあれば、現代の若者を描いた作品もある。そして何より興味深いのは宗教画。これまでも藤田の宗教画は何度か観てますが、過去最大というだけあり良い作品が来ています。1920年前後の比較的古い宗教画もあって、藤田が早くから宗教画を題材として興味を抱いていたのも分かります。戦後の作品では藤田夫妻が修道士・修道女に扮したり、聖母子に祈る姿で描かれたり、何か赦しを請うかのよう。背景や聖母のマントに金箔を用いた装飾性も藤田らしいところ。

藤田嗣治 「礼拝」
1962-63年 パリ市立近代美術館蔵

藤田嗣治の展覧会によく足を運ぶ人なら、過去に何度か観ている作品も多く、目新しさはあまりないかもしれません。「寝室の裸婦キキ」など海外にある重要な作品が来てないのも少し残念。ただ、展示内容は充実していて、全体的に解説も多く、藤田を知るにはちょうどいい展覧会だと思います。


【没後50年 藤田嗣治展】
2018年10月8日(月・祝)まで
東京都美術館にて

2017/05/28

ブリューゲル「バベルの塔」展

東京都美術館で開催中の『ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展』を観てまいりました。

ピーテル・ブリューゲルは16世紀フランドルを代表する画家。ブリューゲルといっても、親子で同じ名前で、しかも2人とも画家なので、父はピーテル・ブリューゲル1世とかピーテル・ブリューゲル(父)、息子はピーテル・ブリューゲル2世とかピーテル・ブリューゲル(子)とか呼ばれます(まぁ普通にブリューゲルといえば父の方を指しますが)。それで、今回の「バベルの塔」は父・ブリューゲル1世の作品。現存するブリューゲル1世の油彩の真作は世界に40点ほどしかないといわれていて、その最高傑作が「バベルの塔」なのです。

父ブリューゲルの「バベルの塔」があまりに人気なので、息子のブリューゲル2世もいくつか「バベルの塔」を描いてるんですが、本家の「バベルの塔」は実際には2つあって、ロッテルダムのボイスマン美術館のものと、オーストリアのウィーン美術史美術館のものがあります。その絵のサイズからそれぞれ「小バベル」「大バベル」と呼ばれていて、今回展示されているのはボイスマン美術館の「小バベル」。オランダでは国宝クラスの作品です。

そんな人気作なので、ほんとは混雑を避けて観に行きたかったのですが、なかなか行けず、やっと時間ができたのがゴールデンウィーク。とりあえず混雑は避けようと金曜日の夜間開館を狙ったところ、GWとはいえ夜間は思ったほど混んでなく行って正解でした。連休中の夜間開館は穴場だったかも。

枝葉の刺繍の画家 「聖カタリナ」「聖バルバラ」
1500年頃 オランダ文化遺産庁より、
ボイスマンス・ファン・ベーニンゲン美術館に寄託

最初のフロアーはネーデルラントの絵画や彫刻を紹介。ネーデルラントやフランドルの有名画家や有名作品がウリの展覧会というと、だいたい同時代の風俗画が一緒に展示されるというのが常ですが、本展は古くは15世紀後半からのネーデルラントの宗教画が多く展示されていたのが珍しいし、またこの時代の彫刻を観る機会というのも滅多にないので興味深かったです。会場入口近くにあったアルント・ファン・ズヴォレの「四大ラテン教父」の写実的な木彫彫刻はとても素晴らしかった。

ただ、やはりイタリアの宗教画とは違い、名の知れた画家がいるわけでなく、優れた作品だろうとは思うのですが、ルネサンスの作品のように面白みがあるわけでもなく、マイナー過ぎてちょっと退屈。その中で印象に残ったのが“枝葉の刺繍の画家”の対幅の「聖カタリナ」と「聖バルバラ」。画家の名前が不明のため、枝葉を刺繍のような筆致で描くことからそう呼ばれているだけなのですが、その名の通り草木や衣服の模様の精緻な描写、美しい色彩には目を見張ります。

ヒエロニムス・ボス 「放浪者(行商人)」
1500年頃 ボイスマンス・ファン・ベーニンゲン美術館蔵

ヒエロニムス・ボス 「聖クリストフォロス」
1500年頃 ボイスマンス・ファン・ベーニンゲン美術館蔵

一つ上の階は、ブリューゲルに大きな影響を与えたヒエロニムス・ボスとその模倣者の作品。こちらは殊のほか充実していて面白かったです。ボスあってのブリューゲルということがよく分かります。

ボスも現存する作品がとても少ない画家で、以前はボスの絵とされた作品も近年の科学的調査の結果、実は模倣者の作品だったということも分かってきたとか。ボスの真作と断定されているものは油彩で25点、素描で10点ほどに過ぎないといい、その内の真作2点が本展に出品されています。

「放浪者(行商人)」は背中の籠に猫の皮と柄杓が結びつけられてたり、樹の上から梟が男を見ていたり、後ろの小屋には白鳥の看板が掛けられ、屋根には水差しが付いていたり、あちこちに不思議なものが描かれています。水差しや白鳥の看板は娼館であることを示唆しているとありました。男は後ろから声をかけられ、驚いてるのか、去ろうとしてるのか、表情も面白い。

「聖クリストフォロス」もこれまた可笑しな絵で、杖から生えた新芽は子どもがキリストであることを、枝に吊るされた魚はキリストの磔刑を意味しているといいます。樹の上に変な家があったり、奥の方には熊が吊るされていたり、火事が見えたり、見るもの全てが不思議。ボスの絵は描かれているもの一つ一つが何か暗示や寓話に思えてきますし、あそこにも変なのある、ここにも変なのあると観ていて飽きません。

ピーテル・ブリューゲル1世 「大きな魚は小さな魚を食う」
ボイスマンス・ファン・ベーニンゲン美術館蔵

ピーテル・ブリューゲル1世 「アントウェルペンのシント・ヨーリス門前のスケート滑り」
ボイスマンス・ファン・ベーニンゲン美術館蔵

ボス風の油彩画や版画に続いて、ブリューゲルの版画作品が並びます。ブリューゲルの版画というと、2010年の『ブリューゲル 版画の世界』が思い出されますが、本展では22点。作品は多くありませんが、「大きな魚は小さな魚を食う」や「聖アントニウスの誘惑」、『七つの大罪(原罪)シリーズ』や『七つの徳目シリーズ』など割と有名な作品もチョイスされていました。ボスやその摸倣者の作品と続けて観ると、ブリューゲルの版画作品が16世紀半ばに起きた“ボス・リバイバル”の流れの中で生まれたものであること、そしてその中でも傑出していることが分かります。

ピーテル・ブリューゲル1世 「バベルの塔」
1568年頃 ボイスマンス・ファン・ベーニンゲン美術館蔵

そして最後のフロアーは『バベルの塔』。“小バベル”というのでもっと小さな絵かと思いましたが、横75cm×縦60cmとそこそこの大きさはあります。ただ想像以上に絵が細かくて、単眼鏡で見ても何だかよく分からないのと、展示がフェルメールの『真珠の耳飾りの少女』みたいに1列目は立ち止まらず、じっと観たい人は仕切りの後ろというパンダ状態なので、肉眼で細かなところを観るのは不可能。それでも単眼鏡で覗くと覗かないとでは大違いで、単眼鏡で覗くとまるで3Dのように『バベルの塔』の世界が浮かび上がるから不思議です。同じフロアーでは映像やパネルでも観ることができるので、細かなところはそちらで観るしかないですね。


近くの東京藝術大学では期間中、バベルの塔を最先端技術で立体化した『Study of BABEL』も開催されています。1/150の立体模型というバベルの塔は圧巻です。こちらも忘れずに。



【ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展】
2017年7月2日(日)まで
東京都美術館にて

【Study of BABEL】
2017年7月2日(日)まで
東京藝術大学にて(入場無料)


ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展公式ガイドブック (AERAムック)ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展公式ガイドブック (AERAムック)


謎解き ヒエロニムス・ボス (とんぼの本)謎解き ヒエロニムス・ボス (とんぼの本)