2017/11/10

怖い絵展

上野の森美術館で開催中の『怖い絵展』を観てまいりました。

といっても、もう1ヶ月も前のことですが…。先に公開された兵庫県立美術館も連日混雑、東京の初日も早くも行列と聞いたので、開幕2日目、朝8時半から並びました。

10時開館のところを30分早く開けてくれたので、結局1時間も並ばず。90分近く観てましたが、最後を除いては快適に鑑賞することができました(1か月前のことなので、どこまで参考になるか分かりませんが)。美術館の外に出たら既に60分待ちの大行列。この連休は最大3時間半並んだようですが、昼に並んで混雑する中で観るか、朝一で並んで快適に観るか。連日の混雑ぶりと観客のターゲットから夕方や夜間開館も混むでしょうし、会期後半はどんなことになるのやら…。


さて、会場の構成は以下のとおりです:
第1章 神話と聖書
第2章 悪魔、地獄、怪物
第3章 異界と幻視
第4章 現実
第5章 崇高の風景
第6章 歴史

アート系の本としては異例の大ヒットを記録した『怖い絵』シリーズ。この絵にそんな恐ろしい話があったのかとか、ちょっとした仕草や小道具にそんな意味が隠されていたのかとか、絵の背景を知ることで初めて分かることがこんなにあるんだと、これまで意識したことがなかったような絵の見方を提示してくれたという点で新鮮でした。本展は中野京子さんが監修の展覧会ということで、それぞれの作品にその絵がなぜ怖いのかということが解説されていたり、中野さんの特別解説パネルがあったりするので、『怖い絵』の本を読んだことがない人でも十分に楽しめます。

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 「オデュッセウスに杯を差し出すキルケー」
1891年 オールダム美術館蔵

作品の解説パネルにはそれぞれキャッチフレーズ(?)がついていて、思わずその絵に引き込まれてしまいます。たとえばウォーターハウスの「オデュッセウスに杯を差し出すキルケー」のキャッチフレーズは<さあ、お飲みなさい>。オデュッセウスの部下たちが魔女キルケーの振る舞う料理を食べて豚に変えられてしまったが、オデュッセウスだけが魔法の薬のおかげで助かったというお話。キルケーの後ろの丸い鏡には恐れ慄くオデュッセウスが映っています。

ギュスターヴ・アドルフ・モッサ 「飽食のセイレーン」
1905年 ニース美術館蔵

ギュスターヴ・アドルフ・モッサ 「彼女」
1905年 ニース美術館蔵

そのオデュッセウスがキルケーに、あの女だけには気をつけなさいよ、と警告されたのが半身半鳥の怪物セイレーン。ラファエル前派の画家ドレイバーの「オデュッセウスとセイレーン」はオデュッセウスの船に乗り込み誘惑するセイレーンというある意味イメージどおりの絵になっていますが、同じセイレーンを描いたモッサの「飽食のセイレーン」は口から食べた人間の血を滴らせた巨大な怪鳥で衝撃的。キャッチフレーズが<ごちそうさま>というのも怖い(笑)

モッサは有名な「彼女」も出ていて、これがまたインパクト大。会田誠の100年も前にこういう絵が存在していたのですね。女性の股間には何故か猫が。

ヘンリー・フューズリ 「夢魔」
1800~1810年頃 ヴァッサー大学、フランシス・リーマン・ロブ・アート・センター蔵

今回観たかった作品の一つがフュースリー(本展ではフューズリと表記)の「夢魔」。この作品はいくつかバリエーションがあるようで、本展出品作もそのひとつでしょう。わたしが知っていた作品とは違いましたが、眠る女性の上に悪魔が乗っかっているという構図は一緒。どんな夢を見ているのか、不思議と恍惚とした女性の表情が印象的です。

二コラ=フランソワ=オクターヴ・タサエール 「不幸な家族(自殺)」
1852年 ファーブル美術館蔵

本展はあくまでも“怖い絵”というテーマで作品が集められているので、時代やジャンルで分かれているわけでもなく、また美術史的に名の知れた画家の作品が集められているわけでもありません。タサエールも知らない画家。19世紀以前の西洋絵画は注文主の依頼があって描かれるものがほとんどだと思うのですが、神話や歴史上の出来事ならまだしも、練炭自殺を図る親子の絵にどんな需要があったのか。壁に貼られた聖母マリアの絵をぼんやりと見つめる母親のやつれた表情が痛々しい。

ギュスターヴ・モロー 「ソドムの天使」
1885年頃 ギュスターヴ・モロー美術館蔵

一見、空に現れたお釈迦様か観音様かという絵柄ですが、神の裁きにより滅ぼされた都市ソドムを見下ろす天使なんですね。大地は赤く焼け焦げ、空は煙で霞み、まるでこのようの終わりのようです。

ポール・セザンヌ 「殺人」
1867年頃 ウォーカー・アート・ギュラリー、リパブール美術館蔵

セザンヌの初期の作品「殺人」は、セザンヌがこんな不気味な絵も描いていたのかと、セザンヌのイメージを覆す作品です。黄色や青の色や腕の描き方がセザンヌぽいところはありますが。

そばに展示されていたシッカートの「切り裂きジャックの寝室」もなかなか意味深。シッカートはホイッスラーのアシスタントも務めた画家ですが、近年では切り裂きジャックの真犯人説が浮上しているのだそうです。でも、残忍なシリアルキラーが自分の犯した犯罪を絵に描くものでしょうか?

ゲルマン・フォン・ボーン 「クレオパトラの死」
1841年 ナント美術館蔵

やはり圧巻は「レディ・ジェーン・グレイの処刑」。思ったより大きい絵で、その分、強烈な印象を残します。処刑を暗示する数々の描写についてパネルで説明がされていますが、それよりも精緻な写実性と人物の表情、舞台のような演劇的構図に見惚れます。

ポール・ドラローシュ 「レディ・ジェーン・グレイの処刑」
1833年 ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵

本展は作品の良し悪し、画家の評価は関係なく、作品に描かれる物語や背景を純粋に楽しめました。変に“怖い”推しになってないのもいいです。平日・土日、朝昼晩関係なく混んでるようなので、行列覚悟で行くしかないですね。


【「怖い絵」展】
2017年12月17日 (日)まで
上野の森美術館にて


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