2019/03/24

屛風をひらけば

神奈川県立歴史博物館で開催中の『屛風をひらけば -神奈川県立歴史博物館所蔵の屏風絵-』を観てきました。

暢気にしてたら、前期の最終日というのに気づき慌てて訪問。神奈川県立歴史博物館は横浜の馬車道にあり、建物は元は明治30年代に建築された横浜正金銀行本店という横浜らしい洋風建築。現在は国の重要文化財に指定されています。

神奈川県の博物館ということもあり、横浜の開国に関する史料や鎌倉幕府に関する史料などが常設展では観られますが、実はここは日本美術も割と充実しているんですよね。

本展はその館蔵展とはいえ、優品も多く、ほぼ屏風尽くしなので出品数は通常の展覧会に比べ少ないですが、やはり大型の屏風が並ぶ光景は見ごたえがありました。入り口には屏風の観るポイントが解説されていたり、出品リストの裏には鑑賞の手引きがあったりと初心者にも親切。

岡本秋暉 「花鳥図屛風」 江戸時代

最初に登場するのが岡本秋暉の「花鳥図屏風」。秋暉というと南蘋派や円山四条派の影響を受けた花鳥画、とりわけ孔雀を描いた作品に定評があります。本作も秋暉らしい色彩豊かな花鳥図ですが、華美になりすぎず、すっきりと上品にまとまっています。

狩野探幽 「四季耕作図屛風」 江戸時代

「四季耕作図」は狩野派定番の画題。探幽らしい瀟洒な画面構成と墨の濃淡を活かした詩情性を感じさせる豊かな表現が素晴らしいですね。

前島宗祐 「四季耕作図屛風」 室町時代

前島宗祐(古い資料だと狩野玉楽と同一人物と紹介ているものもありますが、現在は別人とされているらしい)は狩野元信の直弟子で、室町時代後期に主に小田原を拠点に活躍した関東狩野派の絵師とされる人。作品は元信様式の謹直な耕作図で、現存するのは右隻のみですが、春から夏にかけての農耕風景と田園風俗が描かれていて、初期狩野派の数少ない現存作例として貴重です。

元信印 「四季花鳥図屛風」 室町時代

その元信印のついた「四季花鳥図屏風」もなかなかの傑作。現存は一隻のみですが、力強い線描とコントラストを効かせた墨の諧調、勢いある滝壺の表現など素晴らしいなと思います。元信印が付いているからといって元信の筆によるものとは限りませんが、元信から永徳の間の確かな腕を持つ絵師による屏風なんでしょう。永徳の聚光院方丈障壁画に繋がるものすら感じます。

「平家物語図押絵貼屛風」 室町時代

漢画系の屏風に続いて、次はやまと絵の「平家物語図押絵貼屛風」。六曲一隻の押絵貼屛風で、第六扇が一の谷の合戦になっているので、恐らくは対となる一隻に後半部が描かれていたのでしょう。室町時代の屏風ということでも貴重ですが、線描の確かさ、表現の豊かさなど、かなり腕のある絵師による作品なのだと分かります。

「源平合戦図屛風」 江戸時代(展示は3/17まで)

前期と後期で一部作品の入れ替えがあって、前期は源平合戦に関わるもの、後期は東海道に関わるものが展示されます。

「源平合戦図屏風」が2点展示されていて、とりわけ六曲一双の「源平合戦図屛風」が様々な合戦の様子が事細かに活き活きと描かれ、見ごたえたっぷり。右隻に一の谷の合戦、左隻に屋島と壇ノ浦の合戦になっていて、迫力ある合戦シーンや有名なエピソードがドラマティックに描かれています。武士の甲冑や女御たちの着物の紋様なども緻密で、構図としてのバランスも優れ、全体的にとても丁寧に描かれている印象を受けます。一説によると土佐光起の筆とも。


屏風のどこに何が描かれているのか説明パネルもありました。写真は那須与一の扇の的の場面と安徳天皇の入水の場面。

/
「木賊図屛風」 江戸時代

個人的にとても印象に残ったのが「木賊図屛風」。木賊(トクサ)とは細竹に似たシダ植物で、いまでも生け垣などに時々見られます。水辺に生える木賊のリズミカルな配置や、金屏風に映える緑青と濃紺の色彩は装飾性も豊かで、琳派的なものも感じます。

「誰が袖図屛風」 明治時代

面白かったのが「誰が袖図屛風」。「誰が袖図」は江戸時代初期によく制作された屏風の画題で、衣装の部分に型紙で文様を摺り出すなど工芸的な趣向が屏風ですが、本作は実際の小袖を屏風に直接貼り付けてあるのがユニーク。香炉の蓋も金糸で表現されています。昨年サントリー美術館で観た『扇の国、日本』にも同じように小袖を貼り付けた「小袖屏風」が出てましたね。

「南蛮屛風」 江戸時代

会場の最後にあったのが恐らく江戸時代初期の作と思われる「南蛮屛風」。本願寺大津別院の旧蔵品で、徳川家康から拝領したと伝わる屏風とか。かつてはなんと岩佐又兵衛の作品とされていたそうですが、どこが又兵衛かと思うぐらい又兵衛の「ま」の字もなくて笑らいます。南蛮人たちの沈んだ表情が印象的です。


なお本展は商用利用を除き、写真撮影OKです。(写真撮影は周りの鑑賞者に配慮して行いましょう)


【屛風をひらけば -神奈川県立歴史博物館所蔵の屏風絵-】
2019年3月31日(日)まで
神奈川県立歴史博物館にて


屏風をひらくとき (阪大リーブル) -どこからでも読める日本絵画史入門屏風をひらくとき (阪大リーブル) -どこからでも読める日本絵画史入門

2019/03/10

創作版画の系譜

茅ヶ崎市美術館で開催中の『創作版画の系譜 青春と実験の季節』を観てきました。

明治末から昭和前期にかけての創作版画運動を展観するという企画展。創作版画で知られる山本鼎や石井柏亭、長谷川潔らの初期作品が中心ということもあって、その時代特有のムードや、若き版画家たちの実験や批判精神が伝わってきます。

個人的にこの時代の創作版画は好きなので楽しみにしていました。2月頭まで開催していた『現代版画の可能性』にも行きたかったのですが、結局都合が合わず、創作版画だけとなってしまったのが少し残念。

創作版画は作者自らが描く、彫る、摺るという一連の作業を行い制作した版画のこと。伝統的な浮世絵や、昨年同じ茅ヶ崎市美術館で『小原古邨展』が開催された小原古邨や川瀬巴水などの新版画が、絵師、彫師、摺師と分業で制作されるのとは対照的で、より画家の創意が反映される傾向があります。


会場の構成は以下の通りです:
Ⅰ 山本鼎 芸術としての版画の目覚め
Ⅱ 石井鶴三 創作版画とは何かをめぐって
Ⅲ 『月映』 死と生へのまなざし
Ⅳ 長谷川潔 躍動する生と死
Ⅴ 広がる創作版画

山本鼎 「漁夫」
明治37年(1904) 上田市立美術館蔵

最初に登場するのが山本鼎。早いものは明治20年代の最初期の作品からありますが、それから10年足らずで雑誌『明星』に発表した「漁夫」は彫刻刀の跡も生々しく、褞袍を着て海を見つめる漁師の大きな姿に社会的リアリズムを感じさせます。

フランス留学以降の山本鼎の作品は、一転ヨーロッパの風景など洋画的に。でも、高度な技術を持った専門家たちの分業により、ピクチャレスクな風景をよりピクチャレスクに具現化した新版画とは異なり、たとえ技術は拙くても作家の個性が滲み出ていて、心象風景のように胸の奥まで伝わってくるものがあります。

その中でもやはりひと際目を引くのがメインヴィジュアルにもなった「ブルトンヌ」。物思いに耽るようにうつむく女性の表情も秀逸ですが、海面のかすかな斑の線や敢えて鑿跡を残した空の表情がシンプルな背景に独特のトーンを与え、とても味わい深い作品に仕上がっています。

山本鼎 「ブルトンヌ」
大正9年(1920) 上田市立美術館蔵

山本鼎が石井柏亭や森田恒友ともに創刊した美術文芸雑誌『方寸』も35冊ほど出品されていました。表紙が展示されていましたが、山本、石井、森田のほかにも、坂本繁二郎や小杉未醒、青木繁、平福百穂、浅井忠、黒田清輝、バーナード・リーチなど明治末期を代表する幅広い画家たちの表紙絵が観られて、とても興味深いものがありました。

石井柏亭の弟・鶴三の木版画も印象的でした。イラスト的なものや民藝的なものなど、味のあるタッチが秀逸です。女性が浴槽につかる「温泉」は俯瞰気味の構図が小倉遊亀の「浴女」を思わせますが、鶴三の方が早いんですね。

藤森静雄 「あゆめるもの」

大正期の創作版画といえば、『月映』ですね。東京ステーションギャラリーの『月映展』は今でも語り草になるぐらいに素晴らしい展覧会でした。本展でも『月映』から40点近くが展示されています。恩地孝四郎の作品は東京国立近代美術館などで観る機会はありましたが、『月映』の作品がここまで多く展示されるのは『月映展』以来ではないでしょうか。展示は恩地孝四郎の作品が多いのですが、藤森静雄や田中恭吉も数点出品されています。やはり久しぶりに観る『月映』は素晴らしく、心の奥の奥までじーんと沁みてくるものがあります。

谷中安規 「少年画集2 桜(『版芸術』第13号より)」
昭和8年(1933) 須坂版画美術館蔵

興味深かったのが長谷川潔で、出品作は何れもフランス留学前の初期作品で、後年の銅版画とはかなり画風が異なり、表現主義や象徴主義の影響を感じさせるものもあり、まるでムンクのような作品もありました。

東京国立近代美術館の常設展で観て以来気になっていた谷中安規も10数点ありました。近代都市的な風景と幻想性が一体となったような作風にあらためて感心します。ほかにも、やはりムンク的な永瀬義郎や、貧困や労働などプロレタリア美術的な上野誠、小林朝治や平塚運一など印象的な作品が多くありました。

長谷川潔 「女の胸像」
大正3年(1914)頃 横浜美術館蔵

新版画には新版画の良さがありますが、またそれとは異なる自画自刻自摺の味わいと20世紀前半のモダニズムがとてもいいなと思います。


【開館20周年記念-版の美Ⅳ- 創作版画の系譜 青春と実験の季節】
2018年3月24日(日)まで
茅ヶ崎市美術館


版画芸術 159―見て・買って・作って・アートを楽しむ 特集:山本鼎版画芸術 159―見て・買って・作って・アートを楽しむ 特集:山本鼎


谷中安規 モダンとデカダン谷中安規 モダンとデカダン

2019/03/02

江戸の園芸熱

たばこと塩の博物館で開催中の『江戸の園芸熱』を観てきました。

浮世絵に見る江戸の園芸ブームがテーマなんですが、タイトルが園芸「熱」なのがミソで、武家から庶民まで園芸ブームの盛り上がりぶりがとてもよく伝わってきますし、園芸が江戸の人々の身近にあったことも分かり、とても興味深いものがありました。6年前に江戸東京博物館で同様の展覧会があったそうなのですが、そちらも観たかったなと思います。

たばこと塩の博物館は渋谷にあった頃は何度か行ったことがありますが、2015年に墨田区に移転してから実は初めて。なんでこんな場所にというところにありますが、日曜日の午後とあって結構お客さんが入ってました。自分は下町方面が不案内なので隅田川から向こうに行くこともあまりなく、なかなか訪問の機会もなかったのですが、近くには東京スカイツリーがありますし、浅草もすぐなので、遊びに行ったついでに寄れるといえば寄れますね。

その名の通り、タバコと塩に関する資料の収集や調査を行うことを目的に開設された博物館ではありますが、ここは浮世絵のコレクションでは大変定評のあるところで、これまでもたびたび興味深い展覧会が開かれています。今回の展覧会もとても評判がいいようで、久しぶりに足を運んでみました。


会場の構成は以下の通りです。
序章 花見から鉢植へ
第1章 身の回りの園芸
第2章 見に行く花々
第3章 役者と園芸

歌川国房 「植木売りと役者」
たばこと塩の博物館蔵

庶民からお殿様までみんなが熱を上げた江戸の園芸ブーム。江戸時代後期の江戸の町は花見や園芸が大ブームだったというのは割と知られた話ですが、園芸をテーマにした浮世絵がこれだけ集まると、その盛り上がりぶりが手に取るように分かります。庶民の家は狭く、庭があればいい方、あってもたかが知れてますから、鉢植は重宝されたようです。鉢植は露店や振り売りで売られていたと解説にありました。振り売りというのは天秤棒に担いで売り歩く行商で、歌舞伎にも天秤棒で魚や蕎麦を売り歩く芝居がありますが、鉢植もそのような売り方をされていたんですね。

歌川国貞(三代歌川豊国) 「五代目松本幸四郎の福寿草売り」
個人蔵

植木売りの露店や屋台の様子を見ると、松や梅、椿、牡丹といった一般的なものから、サボテンや蘇鉄など江戸時代にこんなものが流通していたのかと思うようなものもあります。正月には松や梅、福寿草、七草かごなどを買い求めたり、朝顔の様子を見ながら歯を磨いたり、園芸好きの様子は昔も今も変わらず、鉢植えを見比べたり、水を上げたりする庶民の姿は微笑ましくもあります。

歌川国芳 「縞揃女弁慶」
個人蔵

これが朝顔?と思うような複雑な形の変化朝顔や、和紙や竹ひごで丁寧に手入れをする菊、見頃より早く出荷できるよう温室で育てた草花など、園芸ブームの盛り上がりぶりがさまざまな浮世絵から知ることができます。国芳の「縞揃女弁慶」は菊の名前を名札に書き入れようとするところですが、弁慶の名と制札形の名札を見て分かるように、『熊谷陣屋(一谷嫩軍記)』の見立てになっているところが面白いですね。

今でいう古典園芸の松葉蘭や万年青がとても人気が高かったことも知りました。斑の入り方で数十両に高騰したと書いてある資料もありました。『切られ与三』の芝居絵のお富の家に朝顔と並んで松葉蘭があったぐらいですから余程人気があったのでしょう。

歌川豊国 「隅田川花屋敷 梅の図」
個人蔵

豊国の描いた一連の「隅田川花屋敷」は今の向島百花園の宣伝チラシのようなものとか。各月の花の見ごろとか、園内で買える名物とか、筑波山が見えて眺めがいいですよとか、情報や宣伝文句がいろいろ書いてあって、商売がうまいなと思いますし、豊国に依頼するなど力が入ってるなと思います。

植木づくしの浮世絵がいくつかあって、これも見入ってしまいました。変化朝顔がいい例ですが、今はもう栽培方法が分からなかったり絶えてしまった品種などもあるんだろうなと思いながら見ていました。瀬戸物の植木鉢づくしや庭道具づくし、箱庭づくしなんていうにもありました。こういうの見ると、どれだけ江戸の人々は園芸に熱を上げていたかが分かります。

歌川貞房 「新板手遊瀬戸物箱庭尽」
個人蔵

浮世絵だけでなく、植木の栽培方法や切花を保育する方法などが書かれた園芸に関する摺本や花の名所のガイドブック、江戸時代の瀬戸物の植木鉢などもいくつか出ていて、いろいろ興味が尽きません。瀬戸物の植木鉢ってなかなかいいものが売ってないんですよね。わざわざ長野で大量買いして、新幹線でえっちらおっちら持って帰ってきたことがありますよ。

歌麿、栄泉、広重、国貞、豊国と人気浮世絵師も多く、これだけ充実していてたったの100円! とても面白い展覧会でした。


【江戸の園芸熱 浮世絵に見る庶民の草花愛】
2018年3月10日(日)まで
たばこと塩の博物館


江戸の園芸―自然と行楽文化 (ちくま新書)江戸の園芸―自然と行楽文化 (ちくま新書)