2015/04/01

若冲と蕪村

サントリー美術館で開催中の『若冲と蕪村』を観てきました。

伊藤若冲と与謝蕪村はなんと同い年。しかもご近所さん同士だったといいます。なのに交流した形跡が残ってないというから不思議です。

本展は、来年生誕300年を迎えるそんな若冲と蕪村の作品を通して、江戸絵画を代表する二人の作風や共通点、また周囲の交流を見ていこうという展覧会。

出品数は全部で223点で、一部二人以外の関連作品もありますが、若冲が約90点、蕪村が約100点。展示替えもあって一度に見られるのは約85点前後で、だいたい半分ずつぐらいの割合で若冲と蕪村の作品が並びます。全作品をコンプリートするには3回通う必要があるようです。

土日の混雑を避け、平日の開館前に並んで観たのですが、朝から結構な人の入り。若冲人気の高さを感じます。(来年の『若冲展』はどんなことになるんでしょうか…)


第1章 18世紀の京都ルネッサンス

まずは導入部として、京都に住む学者や書家、画家などを記した「平安人物誌」や、当時人気の絵師が絵を寄せた贅沢な寄合膳などが並びます。同じ時代の京都には、若冲と蕪村以外に円山応挙や池大雅もいたわけで、奇跡ともいえる江戸絵画の密度の濃さにただただビックリ。


第2章 出発と修行の時代

若冲はずっと京都の人ですが、蕪村は摂津に生まれ、20歳の頃から江戸、そして北関東や東北を回り、36歳のとき京に上るも、その後また丹後に行ってしまいます。若冲はもとは八百屋、蕪村は俳人。二人ともいつ頃から絵を描いていたのか分からないといいます。

初期の作品とはいえ、若冲も蕪村も既にその技量は高く、八百屋や俳人の余芸の域をはるかに超えているのに驚きます。若冲のお得意の鶏でさえ、すでに完璧で、素人目には初期のものと晩年のものと見分けは尽きません。

伊藤若冲 「糸瓜群虫図」
江戸時代・18世紀 細見美術館蔵 (展示は4/13まで)

若冲の展覧会でよく見る「糸瓜群虫図」も初期の作品なんですね。もう若冲の特徴が余すところなく発揮されています。蕪村は「天橋立図」のセンスの良さといったらなんでしょう。


第3章 画風の確立

40歳を過ぎ、脂がのった時期の作品を展観。若冲は「動植綵絵」の制作に取り掛かり、蕪村はようやく京に腰を落ち着けた頃にあたります。

伊藤若冲 「月夜白梅図」
江戸時代・18世紀 (展示は4/13まで)

若冲は「動植綵絵」を彷彿とさせるような極彩色かつ精緻な花鳥画やユーモア溢れる水墨画がずらーっと並んでいて、もう楽し過ぎます。

蕪村は水墨の山水図なんかも中国の山水画の影響を受けているという独特の筆触が分かって興味深かったのですが、掛軸の連作「山水花鳥人物図」や6曲1双の「飲中八仙図屏風」の素晴らしさには目を見張ります。文人画の面白さはもちろん、特に人物表現の巧さに惹かれます。

伊藤若冲 「寒山拾得図」
江戸時代・18世紀 (展示は4/13まで)


第4章 新たな挑戦

若冲が次から次へと斬新な表現や新たな技法を生みだしたのは有名なところ。ここではそんな例を紹介しています。一つは“筋目描き”で、吸水性の強い紙に淡墨を重ねて塗ることで墨の面と面の間に輪郭線のような白い筋が残るという若冲独特の水墨技法。若冲はこの筋目描きを、花びらや魚の鱗などの描写にうまく活用しています。

伊藤若冲 「菊図」
江戸時代・18世紀 (展示は4/13まで)

もうひとつは“拓版画”。先日テレビ東京のテレビ番組『美の巨人たち』でも取り上げられていた「乗興舟」が展示されています。スペースの関係で観られる部分は一部だけですが、現代の拓版画家の技術をもってしても再現できないという「乗興舟」を間近で拝見できるチャンス。「乗興舟」は複数存在しているそうですが、今回展示されているのはその中でも最も早い頃の版のものではないかと考えられているそうです。

与謝蕪村 「奥の細道」(重要文化財)
安永7年(1778) 京都国立博物館蔵(※写真は部分)

蕪村は独自の世界を切り拓いた俳画。自分の句に画を添えた“自画賛”と呼ばれる作品や、松尾芭蕉の「奥の細道」の全文を筆写し、俳画風の挿画を添えた画巻などがあって、いずれも軽妙洒脱な筆致とゆるさが面白い。


第5章 中国・朝鮮絵画からの影響

若冲も蕪村も中国絵画の影響を受けているのは有名ですが、ここでは当時多くの絵師に影響を与えた沈南蘋の作品や、若冲が学んだという宋元画、またその影響下にある若冲と蕪村の作品などに焦点を当てています。

沈南蘋の作品のほかにも、若冲が大きな影響を受けたという沈南蘋の孫弟子にあたる鶴亭の作品が観られたのも嬉しいところ。沈南蘋が江戸絵画に与えた影響を見る点でも興味深く、願わくばいつか沈南蘋とその影響を受けた絵師の作品を集めた展覧会をどこかで是非やって欲しいなと思います。

伊藤若冲 「象と鯨図屏風」
寛政9年(1797) MIHO MUSEUM蔵

与謝蕪村 「山水図屏風」
天明2年(1782) MIHO MUSEUM蔵

4階から3階へ降りた吹き抜けのホールには、近年発見され話題になった若冲の「象と鯨図屏風」や蕪村の「山水図屏風」が展示されています。特に蕪村の「山水図屏風」は銀地の大型の屏風で、図録の写真だと分かりづらいのですが、非常に状態が良く、銀箔も変色せず、また墨絵の上の淡彩もきれいで驚きます。


第8章 隣り合う若冲と蕪村

別の章でも、若冲の描いた画に蕪村とも交流の深い俳人が賛を寄せているという作品があって、若冲と蕪村の接点の近さを物語るものは多いのに、蕪村が残した日記には若冲の名前すら出てこないといいます。

会場には二人の住んでいた四条烏丸近辺の地図があったのですが、若冲宅と蕪村宅は歩いてほんの数分の距離。近所付き合いがなかったとなると、余程ライバル心があったり仲が悪かったのかと疑心を抱いてしまいます。

伊藤若冲 「猿猴摘桃図」
江戸時代・18世紀 (展示は4/13まで)

強く印象に残ったのが若冲の「猿猴摘桃図」。桃の木や葉、実が南蘋風に描かれているのですが、桃の実の大胆なグラデーションや、葉の縦の葉脈の左右で色を違えたり、枝の上下で墨のトーンを変えたりと、観れば観るほど若冲の斬新さに唸ります。


第7章 翁の時代

最後は晩年の作品群。蕪村は68歳、若冲は85歳で生涯を閉じますが、ともに最晩年まで旺盛な制作活動を続けます。特に若冲は、江戸時代の平均寿命が40代後半ということを考えると、80過ぎても卓越した作品を残しているのですから驚異的です。

与謝蕪村 「蜀桟道図」
江戸時代・18世紀 LING SHENG PTE. LTD蔵 (展示は4/13まで)

まずは蕪村の充実ぶりが素晴らしい。「蜀桟道図」の山のうねるような筆のラインはなんでしょう。「鳶・烏図」は見入りますね。吹き荒れる風雨に耐える一羽の鳶と、しんしんと降る雪の中に体を寄せ合う二羽の烏。動と静、黒と白のコントラスト。雪を塗り残しで表現するテクニックも実に巧い。画境の極みと解説にありましたが、まさしくその通りだと思います。

与謝蕪村 「鳶・鴉図」(重要文化財)
江戸時代・18世紀 北村美術館蔵 (展示は4/13まで)

一方の若冲は、かつてほどの精緻さと過剰さは薄れるとはいっても、そこは若冲、十分にまだ濃密です。表現にも磨きがかかり、イマジネーションは広がり、老いてなお、いや老いを全く感じさせないのだからすごい。最晩年の水墨画の傑作「果蔬涅槃図」なんて若冲でしか描けない世界ですよね。この自由でポップで豊かな表現力!

伊藤若冲 「果蔬涅槃図」
江戸時代・18世紀 京都国立博物館蔵 (展示は4/8まで)

若冲で初めて観た作品の中では、会場の最後に展示されてた六歌仙の面々がなぜか味噌田楽を作っているユニークな「六歌仙図」がツボでした。大友黒主が味噌田楽を炙ってる姿なんてサイコーです。

伊藤若冲 「六歌仙図」(※写真は部分)
寛政5年(1793) 愛知県立美術館蔵 (展示は4/13まで)

若冲は事あるごとに展覧会で作品を観ているので、何度か観ている作品もあるのですが、蕪村はまとめて観る機会が意外とないのでかなり有り難かったです。若冲の作品だけをただ並べて見せるのとは違い、同時代の蕪村との比較の中で、二人の特性が浮き彫りになって、非常に興味深い展覧会でした。

聞くところによると、もう会場には展覧会のチラシが終わってしまって、また図録は売れ行きも大変好調で、会期途中で完売してしまうんじゃないかとのこと。図録の購入を考えている方は早めに行った方がよさそうですね。


【若冲と蕪村】
2015年5月10日(日)まで
サントリー美術館にて


若冲百図: 生誕三百年記念 (別冊太陽 日本のこころ 227)若冲百図: 生誕三百年記念 (別冊太陽 日本のこころ 227)


Pen(ペン) 2015年 4/1 号 [若冲を見よ]Pen(ペン) 2015年 4/1 号 [若冲を見よ]


与謝蕪村 (別冊太陽 日本のこころ)与謝蕪村 (別冊太陽 日本のこころ)

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