2016/04/25

若冲展

東京都美術館で開催中の『生誕300年記念 若冲展』に行ってきました。

さまざまな雑誌やテレビで特集が組まれ、今やアートファンに限らず、猫も杓子も若冲状態。肩肘張らずに楽しめるポップさやいい具合に力の抜けたユーモラスさ、思わず凝視してしまう驚異の超細密画は取っつきにくい日本画の敷居を低くし、多くの人の関心を集めてるのでしょう。

これまでも若冲の展覧会はたびたび開催されてきましたが、実は若冲単独の展覧会は東京では初めて。出品数は90点ぐらいなので過去の若冲展に比べて決して多くありませんが、生誕300年のメモリアル・イベントとあって厳選された代表作が集まっています。どうだ!これが若冲だ!みたいなノリの展覧会なので、若冲ビギナーからいろいろ観てきた若冲ファンまで圧倒されること必至です。

会場の東京都美術館はロビー階(地下1階)から2階までの3フロアー。1階(2フロアー目)に本展の目玉である「釈迦三尊像」と「動植綵絵」を展示し、ロビー階と2階にそれぞれ若冲の他の代表作を並べるという構成になっています。


画遊人、若冲(1)

ロビー階は若冲の軸物や襖絵などが中心。本展は作品解説が一切ないので分かりづらいと思いますが、会場入ってすぐのあたりは「隠元豆・玉蜀黍図」や「糸瓜群虫図」、「雪中雄鶏図」など若冲30代から40歳前後の比較的初期の作品が並んでいます。「動植綵絵」に比べるとまだあっさりとしてますが、それでも野菜や虫、葉の虫食いなど既に若冲らしさはありますし、自然の写実的な形態や造形感覚、細部への描写のこだわりといった後の作品と共通する部分が早くも見られます。「牡丹・百合図」や「花卉雄鶏図」など南蘋派や中国絵画の強い影響を受けた作品もこの時期ならでは。

伊藤若冲 「糸瓜群虫図」
江戸時代(18世紀) 細見美術館蔵 (展示は5/8まで)

そばには鹿苑寺大書院の障壁画のうち4作品が紹介されています。古い記録は分かりませんが、少なくとも近年の展覧会に限っては関東初出品かと。鹿苑寺大書院は金閣寺の池を挟んで東側にある方丈で、障壁画は「動植綵絵」と重なる時期に制作されたものといいます。水墨ですから味わいは異なりますが、重文にも指定されてる若冲を代表する水墨障壁画です。ただ印象が地味なのか、ここは人だかりもなく、みなさん素通り。いい作品なのにね。

伊藤若冲 「鹿苑寺大書院障壁画葡萄小禽図」(重要文化財)
宝暦9年(1759) 鹿苑寺蔵

やはり一般的には若冲は極彩色の作品や超細密描写というイメージなのでしょう。人気の作品の前には2重3重の列ができて、みんなガラスにへばついて観るものですからなかなか列が動きません。

伊藤若冲 「孔雀鳳凰図」
宝暦5年(1755)頃 岡田美術館蔵

今年1月に83年ぶりに発見され、幻の花鳥画と話題になった「孔雀鳳凰図」も見もののひとつ。本展での展示は大正15年を最後に行方不明になって以来初めての一般公開なのだそうです。孔雀と鳳凰の2幅からなり、それぞれ「動植綵絵」の「老松孔雀図」と「老松白鳳図」に酷似していることから、「動植綵絵」に先駆けて制作されたものと考えられています。

ほかにも「梅花小禽図」や「旭日鳳凰図」、「白梅錦鶏図」など、「動植綵絵」の直前もしくは同時期に制作されたとされる作品が多く並んでいて、画題、色彩、図様など「動植綵絵」を彷彿とさせます。緻密とはいっても「動植綵絵」のような常軌を逸する徹底ぶりとまではいかなかったり、色の使い方もおとなしかったりしますが、こうした作品が進化して「動植綵絵」が生まれたことも分かりますし、何より「動植綵絵」がいかに若冲の画技や表現を追求した作品であることも実感します。

伊藤若冲 「花鳥版画 櫟に鸚哥図」
明和8年(1771) 平木浮世絵財団蔵

若冲のアイディアで生まれたという拓版画もいくつか出ています。「乗輿舟」は京博本を一巻まるまる展示。花鳥版画も並んでます。今回の展覧会でちょっと不満なのが水墨画が少ないことですが、「鳳凰之図」や「虻に双鶏図」には若冲の水墨の特徴の一つである筋目描きもよく分かります。


《釈迦三尊像》と《動植綵絵》

1つ上がって、1階はワンフロアーを埋め尽くす「釈迦三尊像」と「動植綵絵」が圧巻。真ん中に「釈迦三尊像」の3幅を並べ、その左右に「動植綵絵」全幅を配すというでパノラマ的な展示構成で、過剰なまでの濃厚さと緻密さに感嘆の声しきりです。

伊藤若冲 「釈迦三尊像」
明和2年(1765)以前 相国寺蔵

「釈迦三尊像」と「動植綵絵」が一堂に会するのは2007年に相国寺承天閣美術館で120年ぶりの“再会”として展示されて以来のこと。東京では「動植綵絵」だけ2009年の『皇室の名宝』(東京国立博物館)で全幅展示されていますが、「釈迦三尊像」と一緒に公開されるのは今回が初めてです。

「釈迦三尊像」は両脇侍に文殊菩薩と普賢菩薩を従えたもので、東福寺伝来の仏画の模本だといいます。 わたし自身は今回初めて拝見したのですが、こうして観ると仏画としての素晴らしさにも驚くのですが、「動植綵絵」と一緒になって本来の一具の姿なんだということも実感できます。そういう意味では大変素晴らしい展示です。

伊藤若冲 「動植綵絵」 宮内庁三の丸尚蔵館蔵
※会場入って右側に展示されている作品

伊藤若冲 「動植綵絵」 宮内庁三の丸尚蔵館蔵
※会場入って左側に展示されている作品

「動植綵絵」は30幅ありますが、図様に類似のものが多くあり、対幅を意図して制作されたのではないかという説があります。その組み合わせは確定されていないようですが、本展でも「釈迦三尊像」の右に「老松孔雀図」、左に「老松白鳳図」、次にそれぞれ「薔薇小禽図」と「牡丹小禽図」と類似の図様を左右に呼応するように配置されています。


画遊人、若冲(2)

3フロアー目の2階に上がると、「菜蟲譜」がこれも嬉しい全巻展示。野菜や果物が描かれている前半も虫や両生類が描かれている後半も一気に観られます。『若冲アナザーワールド』や重要文化財指定時の東京国立博物館の特別展示のときも、佐野で修理完了披露展があったときも確か全巻展示ではなかったはずなので、これはじっくり観たいところ。

伊藤若冲 「菜蟲譜」(重要文化財)
寛政4年(1792) 佐野市立吉澤記念美術館蔵

2階は屏風と襖絵が中心で点数は多くないのですが、若冲の代表作といわれる作品がズラリと並んでいて凄いことになってます。「動植綵絵」に棕櫚と鶏を組み合わせたものがありますが、晩年の「仙人掌群鶏図襖絵」はサボテンと鶏で、その取り合わせの妙も面白いのですが、まわりがシンプルな金屏風でゆったりと描かれているせいか、かつての鶏より和やかな感じに見えます。

その裏には打って変わって静かな水墨の「蓮池図」。虫に食われた蓮の葉や枯れた蓮などいかにも若冲らしい。現在は6幅に軸装されていますが、元は「仙人掌群鶏図襖絵」の裏面に描かれていた襖絵だったとされ、今回の展示では「仙人掌群鶏図襖絵」の表裏という本来の形で展示されています。

伊藤若冲 「仙人掌群鶏図襖絵」(重要文化財)
寛政2年(1790) 西福寺蔵

伊藤若冲 「象と鯨図屏風」
寛政9年(1797) MIHO MUSEUM蔵

2008年に北陸の旧家から見つかり話題となった傑作「象と鯨図屏風」ももちろん登場。『若冲アナザーワールド』『蕪村と若冲』でもお目にかかっていますが、勢いよく潮を噴き上げる大きな鯨と高々と鼻を上げる巨象は何度観ても面白いし、海対陸、黒対白の構図も完璧ですし、これぞ若冲という感じです。若冲らしいといえば、「三十六歌仙図屛風」がユニークで楽しいですね。

伊藤若冲 「鳥獣花木図屏風」
江戸時代(18世紀) エツコ&ジョー・プライスコレクション蔵

最後のスペースは、若冲コレクターであるジョー・プライスさんのコレクションが展示されています。自分が初めて若冲に衝撃を受けたのが2006年の『プライスコレクション 若冲と江戸絵画』(東京国立博物館)だったのですが、あれからもう10年になるのですね。ここではプライスコレクションの中から代表的な「鳥獣花木図屏風」や「虎図」、「鷲図」などのほか、ジョー・プライスさんがニューヨークの骨董店で若冲と知らずに初めて購入した記念すべき「葡萄図」も出品されています。

伊藤若冲 「葡萄図」
江戸時代(18世紀) エツコ&ジョー・プライスコレクション蔵

人気絶頂の中での展覧会、しかも1ヶ月の短期開催とあって、開催前から混雑が予想され、初日の夜間開館に勇んで観てきましたが、並ばずに入れたものの館内は大変な混雑でした。1列目で見ようとしなければ割と見られましたが、人気作品や絵巻物は観るのも厳しいので、最低2時間はみておいた方がいいと思います。単眼鏡は必携。一番前で細密画を観るだけでなく、2列目から観るときにも便利です。

2階の最後には物販コーナーがあって、初日には最大1時間の行列もできたといいます。図録と関連本だけなら2階からエスカレーターで降りる途中の1階(2フロアー目)の特設コーナーでも購入できます。


【生誕300年記念 若冲展】
2016年5月24日(火)まで
東京都美術館にて


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