2017/05/15

海北友松展


京都国立博物館で開催中の『海北友松展』に行ってまいりました。

河原町のホテルをチェックアウトし、祇園から建仁寺、法観寺とぶらぶら散歩し、京博に着いたのが8時半。東博の特別展に朝並ぶときはだいたい開館1時間前ぐらいに行くことが多いので、いつもの癖で早く来たら、まだ5人しかいませんでした(笑)。でもバスが着くたびに、あれよあれよと列が伸び、開館時には長蛇の列。そんなに人気の絵師でもないのにと正直ビックリ。


海北友松(かいほう ゆうしょう)は安土桃山時代から江戸時代初期にかけて活躍した絵師。絢爛豪華なイメージのある桃山画壇の中にあって、水墨の名手として名を馳せます。しかし、同時代の狩野永徳や長谷川等伯に比べると、知名度はかなり落ちますし、海北友松と聞いてパッとその作品が浮かぶ人は相当の日本美術通なんじゃないでしょうか。わたし自身も過去に東博の『妙心寺展』や『栄西と建仁寺展』で友松の作品は観ていますが、ほんとそのぐらいで、実際それ以上のことは知りません。

それなのに何故ここまで大勢の人が朝も早くから行列をつくるのか。開幕早々テレビで紹介されたりしたので、その影響もあるかもしれませんが、ここ数年、桃山画壇をテーマに取り組んでいる京博の展覧会ということで関心を集めたのもあるでしょうし、京都ツウの人なら建仁寺のあの「雲龍図」の絵師ということで興味を覚えた人もいるでしょう。絶賛ツイートをいくつか見たので、口コミもあるのかもしれません。

そんな海北友松ですが、過去に回顧展はあったものの、ここまで大規模な展覧会は初めて。出品数76点の内、57点が友松の作品(期間中展示替えあり)で、友松の代表作はほぼ網羅されています(出品されていない主要作も図録に掲載されています)。大画面の屏風や障壁画も多く、大変見応えがあり、充実した内容になっていました。

海北友雪筆・海北友竹賛 「海北友松夫妻像」
個人蔵 (重要文化財)


会場は、一階の仏像コーナーを除き、平成知新館の全フロアーを使っています。まずは3階から。
第一章 絵師・友松のはじまり -狩野派に学ぶ-
第二章 交流の軌跡 -前半生の謎に迫る

海北友松 「菊慈童図屏風」
由加山蓮台寺蔵

海北友松は浅井長政の家臣・海北綱親の五男(三男説も)として生まれ、父が討死にしたのをきっかけに東福寺に入り、後に狩野派を学んだといわれます。狩野元信の弟子とも、永徳(友松より10歳年下)の弟子ともいわれますが、狩野派から独立したのは永徳の死がきっかけとされています。そのとき既に友松は60歳近く。作期の分かる最も古いものは60歳の頃なので、非常に遅咲きの絵師なわけです。

狩野派在籍中、または初期作品は何れも無款で、友松と決定づけるものはなく、友松の他の作品との類似性に拠るところが大きいようです。もちろん狩野派の弟子の身分では落款など残せませんし、その作風も狩野派風の域を出ません。現存最初期の作品という「菊慈童図屏風」や、かつて狩野山楽の作品とされていたという「山水図屏風」はいかにも狩野派という筆ぶり。牧谿猿がかわいい「柏に猿図」は狩野派というより等伯を思わせます。

海北友松 「柏に猿図」
サンフランシスコ・アジア美術館蔵


つづいて2階。
第三章 飛躍の第一歩 -建仁寺の塔頭に描く-
第四章 友松の晴れ舞台 -建仁寺大方丈障壁画-
第五章 友松人気の高まり -変わりゆく画風-

友松の持ち味が発揮されるのは60代後半、狩野派臭が薄れ、独自の画風を確立する頃からで、その後の傑作の連発は正に怒涛の嵐。友松は83歳で亡くなるので当時の平均寿命からするとかなり長生きですが、晩年にこれだけの作品を残したことはほんと奇跡だと思います。老いてますます冴えわたる墨技と老練な筆から滲み出る枯淡の趣は驚くばかり。

海北友松 「松竹梅図襖(松に叭々鳥図)」 (重要文化財)
慶長2年(1577) 禅居庵蔵

独立後の友松は、秀吉の知遇を得て屏風絵の依頼を受けたり、伏見城の障壁画の制作に携わるなど、徐々に頭角を現したようです。そうした中で抜擢されたのが焼失した建仁寺の復興事業で、まずは塔頭を手始めに、大方丈の障壁画を手掛けるに至ります。

建仁寺塔頭の作品は、大胆に余白をとらえた構図だったり、没骨法による水墨表現だったり、狩野派的なものからの脱却を図ろうとしていることが窺えます。その画面から受ける静寂さ、空気感は、永徳の死後、装飾性の強い桃山的な画風を引き継いだ京狩野とは真逆の、非常に禅的なもの、幽玄的なものを感じます。

海北友松 「雲龍図」 (重要文化財)
慶長4年(1599) 建仁寺蔵

建仁寺といえば、「雲龍図」。友松を代表する作品です。画面全体が暗黒の闇と化し、渦巻く雲の中から現れる龍は迫力満点。ダイナミックな画面構成と墨気の凄まじさに圧倒されます。解説には、鼻の描写は元信や永徳の、神獣としての不気味さは牧谿の龍図に学んだ可能性があるとありますが、友松がかつて籍を置いた東福寺の法堂天井には室町時代の画僧・明兆による蟠龍図が描かれていたといわれるので、もしかしたら友松の龍図の源泉には明兆の蟠龍図があるのではないかとも思いました。

海北友松 「竹林七賢図」 (重要文化財)
慶長4年(1599) 建仁寺蔵

海北友松 「飲中八仙図屏風」 (重要文化財)
慶長7年(1602) 京都国立博物館蔵

今回の展覧会の収穫の一つが友松の人物画。『栄西と建仁寺展』で観た友松の“袋人物”が強く印象に残ってるのですが、本展ではさまざまな人物画に触れられ、大変興味深かったです。友松の人物表現、特に線の肥痩には狩野派の流れを感じますが、筆勢はより力強く、それでいてしなやかさ。そして人物が堂々と大きく描かれているのも面白い。中には馬を“袋人物”風に描いた「野馬図屏風」というユニークな作品もありました。

画題は中国の故事に因んだものが多く、中でも「琴棋書画図」は複数展示されています。「琴棋書画図」は狩野派のお家芸的な画題なので、もともと友松も得意としていたのかもしれませんが、その作品はちょっと一風変わっています。霊洞院蔵の「琴棋書画図屏風」は琴・碁盤・書・画は描かれているのに、琴を弾く人も碁を打つ人も書や画を見る人も誰もいません。妙心寺蔵の「琴棋書画図屏風」では碁盤の上に琴を乗せ、その上で居眠りする始末。前期展示のため残念ながら未見ですが、「婦女琴棋書画図屏風」は高士を女性に置き換えていたりします。こうしたユーモアも友松らしさなのかもしれません。

海北友松 「婦女琴棋書画図屏風」 (重要文化財)
MIHO MUSEUM蔵 (展示は4/30まで)

狩野派というと真体・行体・草体の三体画法ですが、友松の草体では掛幅の「瀟湘八景図」と「楼閣山水図屏風」が印象的。「瀟湘八景図」は破墨を用いた典型的な草体画という感じがしますが、「楼閣山水図屏風」は減筆の舟や楼閣の描写がアクセントになり、なんとも言えない情趣を感じます。

海北友松 「楼閣山水図屏風」 (重要文化財)
MOA美術館蔵


そして1階。
第六章 八条宮智仁親王との出会い -大和絵金碧屏風を描く-
第七章 横溢する個性 -妙心寺の金碧屏風-
第八章 画龍の名手・友松 -海を渡った名声-
第九章 墨技を楽しむ -最晩年期の押絵制作-
第九章 豊かな詩情 -友松画の到達点-

海北友松 「浜松図屏風」
慶長10年(1605) 宮内庁三の丸尚蔵館蔵

海北友松というと墨画のイメージが強いのですが、意外なことに大和絵風の屏風もいくつか残しています。「浜松図屏風」は過去に何度か観ていますが、これまでどうしても建仁寺の「雲龍図」と同じ絵師ということが結びつきませんでした。ただ今回並んで展示されていた「扇面貼付屏風」と併せて観て思うのは、大和絵や琳派の絵師の手慣れた作品と違って、よくよく見ると微妙なバランスの悪さやデザイン的にこなれていないところもあって、そこはやはり還暦を過ぎた老齢の絵師がいきなり脚光を浴びたばかりに、なんとか作ってみました的なところもあるのかなと、そんなことを考えたりしました。

海北友松 「花卉図屏風」 (重要文化財)
妙心寺蔵

その点、「花卉図屏風」は狩野山楽らと制作した“妙心寺屏風”の一具だけあり、岩や樹木の描写にも狩野派的なものを思わせ、狩野派が得意とした濃彩華麗な桃山時代らしい金碧屏風という感じがします。

同じ妙心寺の「寒山拾得・三酸図屏風」が秀逸。なんとも憎めないユニークな人物の表情と友松らしい略体の衣文の描写も実に巧いのですが、全体から漂うおおらかな雰囲気がとてもいい。恐らく個性の強い山楽の屏風と並んでも決して負けなかったのじゃないでしょうか。

海北友松 「寒山拾得・三酸図屏風(左隻)」 (重要文化財)
妙心寺蔵

そしてふたたびの雲龍図。晩年に手掛けた雲龍図を、朝鮮の高官が友松の雲龍図を所望したというエピソードとともに紹介しています。神獣たる龍を操るかのように自在に筆を運ぶ友松の墨技の妙。照明が落とされた空間で観る雲龍図は何か畏怖のようなものさえ感じます。闇の中、蝋燭の灯りだけで観る雲龍図はこんな風に見えたのだろうかと、そんなことを思いながら観ていました。

海北友松 「雲龍図屏風」 (重要文化財)
北野天満宮蔵

最後の部屋には、約60年ぶりにアメリカから里帰りした「月下渓流図屏風」が展示されています。全体を淡墨の微妙な濃淡だけで表し、渓谷を流れる水は月明かりに照らされたように明るく、土筆やタンポポなど花々はそこだけスポットが当てられたように着色され、どこか神秘的で、幻想的な世界が広がります。山深い渓谷の空気感と静寂さ。京博はこれを等伯の「松林図屏風」と比肩する作品と評価していますが、その評価は別としても、展覧会の締めくくりに相応しい傑作です。

海北友松 「月下渓流図屏風」
ネルソン・アトキンズ美術館蔵

海北友松の作品の素晴らしさ、こんなに凄い絵師だったのかという衝撃もあるのですが、それよりも何よりも、日本美術に余程関心がないと知らないような絵師に光を当て、ここまで深く掘り下げていることにとても感動しました。友松の作品をただ展観するというのではなく、正統な評価を与える意義深い展覧会だったと思います。


【開館120周年記念特別展覧会 海北友松】
2017年5月21日まで
京都国立博物館蔵


聚美 Vol.23 (Gakken Mook)聚美 Vol.23 (Gakken Mook)

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