2018/11/18

江戸絵画の文雅

出光美術館で開催中の『江戸絵画の文雅』を観てきました。

‟文雅”とはあまり聞き慣れない言葉ですが、『日本国語大辞典』には「詩文を作り歌を詠むなどの、文学上の風流な道。また、文学に巧みで風流なこと」と書かれています。漢文学や和歌といった古来の伝統の‟雅”と、俳諧や戯作といった新興の‟俗”。本展は、その江戸の‟雅俗”の文学を絵画に置き換え、‟文雅”というキーワードで江戸絵画を観ていこうという試みです。

会場の解説では、‟文雅”つまり‟文芸”とありましたが、あまり小難しいことは考えずに、文学的で風流な江戸絵画を集めた展覧会ぐらいに思えば、いいのではないでしょうか。


会場の構成は以下の通りです:
第1章 孤高の美学-大雅・蕪村の競演
第2章 文雅の意匠-琳派のみやび
第3章 禅味逍遥
第4章 王朝文化への憧れ-「見立て」の機知
第5章 幻想の空間へ-「文雅の時代」を継承するもの

大雅と蕪村は出光美術館で割と観る機会がありますが、今回は蕪村の国宝「夜色楼台図」が期間限定で公開されているというので慌てて訪問しました。2008年の東博の『対決展』で観て深い感銘を受けて以来、「夜色楼台図」は何度か拝見していますが、個人的に蕪村で一番好きな作品。胡粉を下塗りした上に濃淡の墨を施し厚い雪雲を表現した墨の階調。ところどころ胡粉を重ねて雪の重みを表した屋根や人の営みを感じる淡彩の家々。夜空の重厚さと生活の温かみが感じられ、実に素晴らしいと思います。

与謝蕪村 「夜色楼台図」(国宝)
江戸時代 個人蔵 (展示は11/18まで)

蕪村では晩秋の山合を鹿が駆ける「寒林孤鹿図」も印象的。細密な筆致で表現された背景の山肌や樹木も見どころです。六曲一双の「山水図屏風」は左右に屹立した山々を、中央に広い湖と湖畔右手に東屋を配した元信様式の山水図。中国趣味の屏風なのですが、左隻に伸びる細長い砂州が天橋立に見えなくもありません。絖(ぬめ)と呼ばれる高価な絹本に描かれていて、光沢のある素地の上を走る墨の滲みや擦れが独特の風合いを醸し出しています。

与謝蕪村 「山水図屏風」(重要文化財)
宝暦13年(1763) 出光美術館蔵

大雅の「十二ヶ月離合山水図屏風」は一見すると1月から12月までの季節の移ろいを描いた山水図屏風ですが、各扇に満開の花を愛でる隠士や酒盛りをする人、家鴨と遊ぶ子供、木陰で語らう人々など風俗が描かれていて、月次絵といった趣になっています。不思議な枝ぶりの木や印象派ばりの点描の柳、中国・明末期の奇想派のようなデフォルメされた山容などユニークさも目を引きます。

四幅対の小さな軸物「四季山水図」は「十便十宜図」を思わせる大雅らしいタッチと水彩画のような豊かな色調が魅力的。30代の頃の作品という「竹裏館図」、「洞庭秋月」「江天暮雪」と揮毫が朴訥として味わいのある「瀟湘八景図」、急峻な山の谷間を馬を乗り上がっていく人々の姿が印象的な「蜀桟道図」など良い作品が出ています。

大雅と蕪村に混ざり、円山応挙の円満院時代の作品という中国風の山水図屏風という興味深い屏風もありました。

池大雅 「十二ヵ月離合山水図屏風」(重要文化財)
明和6年(1769)頃 出光美術館蔵

琳派がまた面白い。出光美術館で琳派の展覧会があるとだいたい来てるので、ここの琳派作品も随分観てるつもりですが、伝・俵屋宗達の「果樹花木図屏風」は初めて観たかも。金地に「蔦の細道図屏風」風のこんもりした緑の土坡と橙?や朴など樹木との組み合わせがユニーク。深江芦舟の4扇の小型屏風「四季草花図屏風」は銀が黒変しているのが残念ですが、金地と銀地が複雑に交錯し、まるで加山又造のような斬新さ。光琳の「紅白梅図屏風」に似た細い枝ぶりの紅梅やひょろりと伸びた蕨、白い躑躅や秋海棠といった四季の草花がいかにも芦舟らしい逸品です。

ほかにも、伝・光琳の扇面の軸装に其一が薄を描いた「富士図扇面」や、花弁を銀(ただし黒変している)、葉を金泥と緑青で描き、まるで蒔絵工芸のような意匠を凝らした光琳の「芙蓉図屏風」、『伊勢物語』に取材し、弧を描く御手洗川が「白楽天図屏風」や「太公望図屏風」を思わす伝・光琳の「禊図屏風」、おおらかな筆致で白梅や撫子など四季の草花を描いた画面の余白に和歌を散らせた乾山の「梅・撫子・萩・雪図」などが出ています。

伝・尾形光琳 「富士図扇面」
江戸時代 出光美術館蔵

禅画では白隠の弟子・遂翁元盧の「祖師図」が傑作。祖師と弟子の構図も面白いが粘りのある独特の筆線、墨調が強い印象に残ります。白隠、大雅、蕪村も一点ずつあって、中でも大雅の「瓢鯰図」は禅僧が巨大瓢箪で巨大ナマズを押さえつけるという如拙の「瓢鮎図」のパロディ的なユーモアを感じます。

浮世絵では江戸の人々の機知ぶりが窺える見立て絵が中心。江口の君が普賢菩薩の乗り物である白象に乗るという見立て絵は過去にも観たことがありますが、竹田春信の「見立江口の君図」は菩薩の乗る白象が徐々に小舟に変わっているのがユニーク。解説によると謡曲では江口の君は小舟に乗っているのだとか。春章の「美人鑑賞図」は女性たちが探幽の「竹鶴図」を覗き込んだり、寿老人図の掛軸を掛けようとしていたり、まるで絵画鑑賞会といった様子。中国文人画の雅集図を美人図に見立てているのだそうです。

筆者不詳の「酒呑童子絵巻」も興味深い。絵的には狩野元信風の酒呑童子なのですが、解説にもあるように武者の顔が又兵衛風。女性は又兵衛的な豊頬長頤とまでいきませんが、岩佐派の手による作品なのでしょうか。気になるところです。

勝川春章 「美人鑑賞図」
江戸時代 出光美術館蔵

文人画から琳派、禅画、肉筆浮世絵とジャンルは幅広いのですが、‟文雅”というテーマでまとまりがあり、作品の質の高さも相まって、とても満足度の高い展覧会でした。1時間ぐらいで観終わるかなと思ったら、結局1時間半以上観てました。


【江戸絵画の文雅 -魅惑の18世紀】
2018年12月16日(日)まで
出光美術館にて


蕪村句集 現代語訳付き     (角川ソフィア文庫)蕪村句集 現代語訳付き     (角川ソフィア文庫)

2018/11/03

フェルメール展

上野の森美術館で開催中の『フェルメール展』を観てきました。

17世紀オランダを代表する画家ヨハネス・フェルメールの35作品中9点(会期中、展示作品には変更あり)が来日すると話題の『フェルメール展』。今年一番のブロックバスター展覧会と言っていいでしょうね。

当然、どれだけの人が押し寄せるのか、ということは軽く想像できるので、今回の展覧会は『若冲展』や『怖い絵展』のような数時間にも及ぶ大行列を避けるため、日時指定入場制を導入したことも注目されています。

入場開始時間にはどうしても入場の待機列はできますが、それでも長時間並んで体調を崩すとか、折角観に行ったのに行列が長くて諦めたなんてことがなくなることを考えれば、日時指定制は正解。上野の森美術館は過去に『進撃の巨人展』で日時指定制を実施しているので、そうしたノウハウもあるのでしょう。欧米に比べて日本は日時指定制の導入が遅れているので、これを機に他館でも日時指定制が広がるといいなと思います。

よく日時指定制の反対意見としてお年寄りには無理という声を聞きましたが、前売り券を持って並んでる人の中には高齢者の方も多く、また値段は前売りに比べると若干高めですが、当日券も用意されているので、あまり心配することはないんじゃないかと実感しました。

さて、わたしも早速、開幕最初の日曜日(10/7)に行ってきました。前売り券を持ってるとはいえ、朝一で入りたかったので開館50分ぐらい前に行き、会場に入ると真っ先“フェルメール・ルーム”へ。人もまばらな空間でしばし8点のフェルメールに囲まれるという至福のひとときを過ごすことができました。


[写真左から] ヨハネス・フェルメール 「マルタとマリアの家のキリスト」
1654-1655年頃 スコットランド・ナショナル・ギャラリー蔵
「ワイングラス」 1661-1662年頃 ベルリン国立美術館蔵

1階の真っ白な通路の先に現れるフェルメール・ブルーの壁で覆われた広い空間が“フェルメール・ルーム”。8点のフェルメール作品が一部屋に集められているという贅沢さ。作品の素晴らしさは言うに及ばず、照度を落とした空間で照明の反射に悩まされることもなく作品に集中できました。

最初に展示されていた「マルタとマリアの家のキリスト」はフェルメール初期の宗教画。小型の作品が多いフェルメールの中ではかなり大きめな作品で、しゃがみ込んでキリストの話を熱心に聞き入るマリアとキリストの間に割って入るマルタの三角形の構図とバロック的な光のコントラストがバランスよくまとまっていて安定感があります。

「ワイングラス」は今回日本初公開の作品の一つ。ワインを飲み干すのをじっと見つめる紳士とワイングラスで顔の見えない女。何かちょっと意味ありげな様子に思えます。フェルメール初期の風俗画ですが、左からの光や壁にかけられた絵画、テーブルや椅子、リュートなどフェルメールならではのモチーフを早くも観ることができます。テーブルクロス(実は絨毯とか)や女性の赤いドレス、窓のステンドグラスなど繊細な描写や質感も素晴らしい。

[写真左から] ヨハネス・フェルメール 「リュートを調弦する女」
1662-1663年頃 メトロポリタン美術館蔵
「真珠の首飾りの女」 1662-1665年頃 ベルリン国立美術館蔵
「手紙を書く女」 1665年頃 ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵

「リュートを調弦する女」「真珠の首飾りの女」「手紙を書く女」に共通するのは黄色の服を着た女性。特に「真珠の首飾りの女」と「手紙を書く女」の服は全く同じで、恐らくモデルの女性も同じ人なのでしょう。リボンも色違いですし、耳飾りも同じ感じ。「手紙を書く女」のテーブルの上には真珠の首飾りが置かれていたりします。こうして実際の作品を見比べてみることができるのも今回の展覧会の贅沢ポイントですね。

[写真左から] ヨハネス・フェルメール 「赤い帽子の娘」
1665-1666年頃 ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵
「手紙を書く婦人と召使い」 1670-1671年頃 アイルランド・ナショナル・ギャラリー蔵

左手の窓から差す明るい光源、手紙を書く女性、使用人。「手紙を書く婦人と召使い」はフェルメールらしい構図とモチーフでありながら、本来は作品の中心になるはずの手紙を書く女性より後ろの外を見つめる召使いの方が存在感があるのが気になります。意図的なのか、どんな意味が隠れているのか、謎です。

「赤い帽子の影」も初来日の作品。フェルメール作品の中でも最も小さく、ほぼB5サイズ。ソフトフォーカス気味に描かれた赤い帽子をかぶった女性はどことなく少年のようにも見えます。「真珠の耳飾りの少女」を反転させたような構図と、フェルメールにしては珍しい右からの光源が逆にユニークで強く印象に残ります。

“フェルメール・ルーム”の最後は「牛乳を注ぐ女」。11年ぶりの再会です。今回は目の前でゆっくり観られたのと、単眼鏡を持っていたので、細部までじっくり鑑賞することができました。服の生地の質感や抑制の効いた色の加減、硬さまで伝わってくるようなパンや濃度も感じられるような牛乳、籠の細密な描写など、どれも驚くほど繊細で丁寧に描かれていて驚きの連続でした。そして小さな窓から入る光による室内の明暗の微妙な調子。フェルメール作品で最も完成度が高いと言われるのも頷けます。

ヨハネス・フェルメール 「牛乳を注ぐ女」
1658-1660年頃 アムステルダム国立美術館蔵

今回8点のフェルメール作品を観たわけですが、個人的にはこれまで『フェルメール『牛乳を注ぐ女』とオランダ風俗画展」(2007年・国立新美術館)、『フェルメール展 ー光の天才画家とデルフトの巨匠たち』(2008年・東京都美術館)、『ルーヴル美術館展』(2009年・国立西洋美術館)、『フェルメールからのラブレター展』(2011年・Bunkamura ザ・ミュージアム)、『ベルリン国立美術館展』(2012年・国立西洋美術館)、『マウリッツハイス美術館展』(2012年・東京都美術館)、『ルーブル美術館展』(2015年・国立新美術館』)でフェルメールを観ていて、今回初見の「ワイングラス」と「赤い帽子の女」を含めて計16点のフェルメール作品を観たことになります。国立西洋美術館に所蔵されている「聖プラクセディス」(真筆かどうかは異説あり)を含めれば17点。日本にいながらフェルメール作品の半分近くを観ることができたのですから凄いことです。

[写真左から] ハブリエル・メツー 「手紙を書く男」
1664-1666年頃 アイルランド・ナショナル・ギャラリー蔵
「手紙を読む女」 1664-1666年頃 アイルランド・ナショナル・ギャラリー蔵

さて、再び2階に戻り、最初から鑑賞。オランダ黄金期の絵画が、肖像画、神話画と宗教画、風景画、静物画、風俗画に分かれて紹介されていて、コンパクトにまとめられているのでオランダ絵画の流れがよく分かります。やはりオランダの風俗画は魅力的で、噂のメツーもなるほど傑作。黄色の服の質感はフェルメールに劣りますが、光沢のある光の表現はフェルメールに優るとも劣りません。メツーの作品はかつてはフェルメールよりも高額だったとか。ダウの「本を読む老女」もいいですね。厚い本を読み耽る老女の表情、その写実性も素晴らしいのですが、本の文字が本当に印刷されたように細かい。今回の展覧会はフェルメール以外の作品も優品が多く、見ごたえがありました。

[写真左から] ヘラルト・ダウ 「本を読む老女」
1631-1632年頃 アムステルダム国立美術館蔵

会場に入ると、作品解説の書かれたミニカタログがいただけて、音声ガイドも無料で借りられます(音声ガイドは借りなくてもOK)。チケットの入場開始時間はどうしても並ぶので、入場時間枠の後半に入るのが良さそうです。


【フェルメール展】
2019年2月3日 (日)まで
上野の森美術館にて


フェルメール会議 (双葉社スーパームック)フェルメール会議 (双葉社スーパームック)

2018/10/27

小倉遊亀展

平塚市美術館で開催中の『小倉遊亀展』を観てきました。

小倉遊亀は近代日本画を代表する女性画家であり、昭和から平成にかけての長きに渡り第一線で活躍した日本画家の第一人者。

代表作であれば、東京国立近代美術館の常設展や東京藝術大学大学美術館の所蔵品展などでときどきお目にかかりますし、戦後の日本画や日本美術院をテーマにした展覧会でも割と観る機会のある画家だと思います。つい先日も山種美術館の『日本画の挑戦者たち』で作品を目にしたばかり。ただ、75年にも及ぶ長い画家人生にあって、時代々々の作風、その変遷を意外と知らない画家でもあります。

そんな本展は、戦前から鎌倉に住み、大磯の安田靫彦の家に通い指導を受けるなど、小倉遊亀と所縁の深い湘南での回顧展となります。神奈川県内では17年ぶり、関東でもここまで大規模な展覧会は2002年の東京国立近代美術館の特別展以来ずいぶん久しぶりなのではないでしょうか。


会場の構成は以下の通りです:
1.黎明 画家としての出発
2.飛躍 遊亀芸術の開花
3.挿絵と愛蔵陶器
4.成熟

小倉遊亀 「苺」
1932年 国立大学法人奈良女子大学蔵

小倉遊亀は父の事業の失敗で美術学校への進学を断念し、師範学校で国文学を学び教職になります。その後、安田靫彦に師事し、教師を務めながら画道に精進。教師と画家を両立させていくところなどは同じ時代を生きた片岡球子を思い起こさせます(しかも二人とも長命!) 。1階のホールでは遊亀のドキュメンタリーが上映されていて、遊亀本人が安田靫彦の門を叩いたときのエピソードを語っていたりして面白いですよ。

初期作品は、大正期のもの1点を除いては昭和初期から戦前にかけてのものが展示されていて、俯瞰の構図がユニークな「苺」や、草花を一生懸命に写生する女の子の様子を描いた「首夏」、虫篭を持った浴衣姿の女の子を円窓に描いた「虫籠」など印象的な作品がいくつかありました。強くしなやかな線や清新な色彩はやはり師の安田靫彦や、時代的にも小林古径など新古典主義の影響を窺わせます。

小倉遊亀 「浴女 その一」
1938年 東京国立近代美術館蔵

遊亀の初期の代表作「浴女その一」は古径の「髪」や「出湯」を参考にしてるんだろうなと感じますし、緑の芝生の上で犬が寝そべっている「晴日」はどことなく速水御舟の「翠苔緑芝」を思わせます。2面に一人ずつ着物姿の女性を描いた「夏の客」になってくると戦後にも繋がる遊亀らしい女性画という感じが出てきます。

小倉遊亀 「良夜
1957年 横浜美術館蔵

1951年に東京国立博物館で開催されたアンリ・マティス展に強く感化され、遊亀の画風が一変。明るくヴィヴィッドな色彩、時にデフォルメした自由な造形や明快な構図が現れます。時同じく1951年には日本で大規模なピカソ展が開かれ、日本の美術界に大きなインパクト与えたのは昨年の『日本におけるキュビスム - ピカソ・インパクト』でも詳しく取り上げられていたところ。『月』や『良夜』、『母子』といった1950~60年代の作品からはマティスやピカソの影響を感じることができますし、最早日本画と現代美術の境界さえ曖昧になっているというか、完全に溶解しているというか、大きく変化を遂げる戦後の日本画を取り巻く空気までも伝わってきます。

小倉遊亀 「コーちゃんの休日」
1960年 東京都現代美術館蔵

越路吹雪をモデルにしたことで有名な「コーちゃんの休日」の背景の赤もマティスから来てるんでしょうね。情熱的な背景の赤といい、ウッドチェアに寝転ぶ越路の格好といい、越路吹雪のイメージがとても良く出ていると思います。当の越路本人は完成された作品を観て、「わたしの悪い癖がみんな出てる。手にも足にもどこにも」と言ったというエピソードが残されています。

小倉遊亀 「兄妹」
1964年 滋賀県立近代美術館蔵

小倉遊亀 「家族達」
1958年 滋賀県立近代美術館蔵

1950年代後半から1960年代にかけては息子夫婦やその子どもを描いた作品も多く、その幸せそうな家族の日常風景からは遊亀の温かい眼差しや深い愛情が伝わってくるようです。

その最高傑作が「径」ですね。ほのぼの感が最高の作品ではありますが、解説によると、中国の龍門石窟で見たイメージを別のかたちで表現しようとしたとあって、これはお釈迦様と弟子だったのかという事実が衝撃的でもあります。

小倉遊亀 「径」
1966年 東京藝術大学蔵

会場の一角に、遊亀の描いた小説の挿絵が展示されていたのですが、谷崎潤一郎の「少将滋幹の母」の挿絵がまた素晴らしい。白描の淀みない線、墨を掃いた夜の表現。こういう作品も描いてたのかと初めて知りました。

小倉遊亀 「花屑」
1950年 滋賀県立近代美術館蔵

人間味溢れる人物画もいいのですが、師の安田靫彦に“鎌倉の特産物”とまで評された遊亀の静物がまた魅力的です。会場では要所々々に展示されていて、初期から晩年までコンスタントに静物を描いていたことが分かります。いずれも古九谷や赤絵の皿や花瓶と花や果物、野菜などがセットになっていて、器の趣味の良さと果物や野菜からくる生活感のマッチングが面白いし、とてもいいなと思います。会場には遊亀愛蔵の陶器なども展示されていました。

小倉遊亀 「青巒」
1976年 滋賀県立近代美術館蔵

1960年代後半以降の作品では背景に金箔や銀箔を貼った上に絵具を塗ったり擦ったりと技巧を凝らしたものが多くあります。黒色の絵具の上に銀箔を貼り、さらにプラチナ泥をかけたり擦ったりした衝立「月」や、銀箔の上に胡粉を塗って一部だけ拭き取ったという「舞妓」、ラピスラズリの青々とした壮大な富士山と牛の対比、色のコントラストが鮮烈な「青巒」。地唄舞の「雪」を舞う竹原はんをモデルにした「雪」の素晴らしさといったら。晩年の余白の隅々まで神経を使った円熟の技に感心しきりです。小倉遊亀は2000年に105歳で亡くなりますが、その年に描かれた絶筆まであって、年老いてなお果てることのない創作意欲に驚きます。

小倉遊亀 「雪」
1977年 滋賀県立近代美術館蔵

代表作では「O夫人坐像」がなぜか出てないのですが、代表作と呼ばれる作品は大方揃ってますし、出品数も絵画だけで約60点(前後期で一部展示替えあり)あり、非常に充実した展示になっています。


【小倉遊亀展】
2018年11月18日(日)まで
平塚市美術館にて


少将滋幹の母 (中公文庫)少将滋幹の母 (中公文庫)

2018/10/21

野口小蘋 -女性南画家の近代-

実践女子大学香雪記念資料館で開催中の『野口小蘋 -女性南画家の近代-』を観てきました。

野口小蘋は明治期から大正期にかけて活躍した女性南画家。2015年に同館で開催された『華麗なる江戸の女性画家たち』や、実践女子大からも近い山種美術館で同時期に開催された『松園と華麗なる女性画家たち』で小蘋に興味を持ち、ちゃんと作品を観てみたいと思っていた画家の一人でした。

昨年は小蘋の没後100年ということで山梨県立美術館で大規模な回顧展がありましたが、そちらには伺えなかったので、今回の企画は嬉しい限り。

資料館自体が狭いということもあり、小蘋の作品は10数点とこじんまりしていますが、人物画や美人画から南画、花鳥画まで揃い、少ない点数ながらも小蘋の画業の一端を知ることができるのではないかと思います。


野口小蘋 「設色美人図」
慶応2年〜明治元年(1866-68)頃 実践女子大学香雪記念資料館蔵

小蘋は関西南画壇の重鎮・日根対山に師事し、その後ほぼ独学で画技を磨いたといいます。明治10年代までは人物画を多く描いたそうで、会場にも浮世絵風の美人画が数点展示されていましたが、傑出したものがあるかというと正直そこまでの個性は感じられません。淡墨のラフな筆遣いによる「柳下二美人図」や、東洋的な円窓が中国の美人図を思わせる「美人読書図」は浮世絵というより文人趣味的な印象もあり興味深い。

野口小蘋 「美人読書図」
明治5年(1872) 実践女子大学香雪記念資料館蔵

小蘋が詩文を学んだという岡本黄石の肖像画は写実的で、深い皺や白髭の表現が秀逸。小蘋の確かな技量を感じます。「菊花見物図」の江戸絵画の風俗描写を思わせつつ、背景は水墨で描くなど実に巧み。

野口小蘋 「甲州御嶽図」
明治26年(1893) 八百竹美術品店蔵

南画はやはり素晴らしく、明治時代にここまでの高い技術を持った女性画家がいたことに驚きます。力強くボリューム感のある山容と鮮やかな彩色の「甲州御嶽図」、白い霞を大胆に配した奥行き感のある構図と桃源郷の緻密な描写が魅力的な「春山僲隠図」など、どれも見事。

中でも白眉は六曲一双の「春秋山水図屏風」。遠近感のある雄大な山容や青緑のグラデーション、桜や紅葉の丁寧な描写、金砂子を贅沢に使った豪奢な装飾性、非常に見応えがあります。

野口小蘋 「春秋山水図屏風」
明治41年(1908) 東京国立博物館蔵 (展示は11/3まで)

小蘋の花鳥も実に良い。『華麗なる江戸の女性画家たち』でも展示されていた「海棠小禽図」の美しさにまず目が止まります。海棠も綬帯鳥も南蘋派に好まれた吉祥画題。南蘋派ほどの濃密さはありませんが、上品で華やか。「春澗栖鳩図」は躑躅や蘭が咲く濃密な構図が南蘋派風でありながら、南画的な賦彩でまとめているところが面白い。

野口小蘋 「海棠小禽図」
明治43年(1910) 実践女子大学香雪記念資料館蔵

野口小蘋は現在では知名度も低く、作品を観る機会もそうは多くありませんが、女性初の帝室技芸員に任命されるなどかつては高く評価されていました。女性の画家が珍しい時代にあって、ここまで才能を発揮し、しかも認められていたというのは凄いことだと思います。

なお、本展は入場無料ですが、資料館が大学内なので警備員のいる受付で名前を書いて入館証をもらう必要があります。作品解説(主要作品のみ)のパンフレット(プリント)もいただけます。


【野口小蘋 -女性南画家の近代-】
2018年12月1日(日)まで
実践女子大学香雪記念資料館にて


2018/10/20

京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ

東京国立博物館・平成館で開催中の『大京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ』を観てきました。

大報恩寺は京都・洛北にある古刹。千本釈迦堂という通称で親しまれています。毎年12月に行われる大根焚きは有名ですね。

それほど大きなお寺ではありませんが、応仁の乱などの戦火を奇跡的に免れた本堂は鎌倉初期の創建時のまま。本堂の柱には応仁の乱のときの刀傷なども残されていて、京洛最古の木造建築物として国宝に指定されています。

ちょうど昨年の秋、櫻谷文庫を訪れた際、大報恩寺も拝観しました。北野天満宮と上七軒とは隣り合わせのような位置にあり、櫻谷文庫(不定期公開)からも徒歩圏内なので、一緒に回るといいと思いますよ。

さて、今回の展覧会は平成館の2階を上がって右を『大報恩寺展』、左を『マルセル・デュシャンと日本美術』に分けていて、いつもの平成館の特別展に比べると半分のスペース。その分、入場料もちょっとだけ安い。


会場は3つに章立てされています。
大報恩寺の歴史と寺宝-大報恩寺と北野経王堂
聖地の創出-釈迦信仰の隆盛
六観音菩薩像と肥後定慶

まず最初は寺の歴史から。ここで展示に多くスペースを割かれているのが、北野経王堂のこと。北野経王堂は北野天満宮の南側にあった大きなお寺で、本堂は東大寺大仏殿とほぼ同じ規模だったとか。明徳の乱で討たれた山名氏清を供養するために足利義満が建てたもので、江戸時代に荒廃し、その遺物は大報恩寺に残されています。狩野永徳の「洛中洛外図屏風」には北野経王堂が描かれていて、そのパネルと模本が展示されていました。


本展の目玉は、通常非公開の本尊「釈迦如来坐像」。年に何度かご開帳がありますが、本堂内陣に安置された仏像は遠目でしか見ることができないといいます。その本尊が間近で観られるだけでも行く価値が十分です。行快の手になる「釈迦如来坐像」は台座も光背も造像当初のまま。金色にか輝くその姿は800年も前の仏像とは思えないほど美しい。丸みの強い面部や目尻の上がった目の形は行快の特徴なのだそうです。

そして、本尊「釈迦如来坐像」を囲むように配置されているのが快慶の「十大弟子立像」。十大弟子とは釈迦の弟子の中でも特に優れた十人の弟子のこと。昨年、奈良国立博物館で開催された『快慶展』に出品されなかった快慶の代表作です。本展では「十大弟子立像」を快慶一門によるものとしていますが、「目犍連」と「優婆離」は像内の銘文に快慶の名があり、快慶作といわれています(「優婆離」には快慶とともに行快の名も書かれている)。

照度を落とした展示空間で、計算された照明のもと「十大弟子立像」観るとその素晴らしさが際立ちます。リアルなまでの高度な表現力は驚くばかりで、運慶の写実様式に比べても遜色ない写実的な肖像彫刻として優れています。360度展示なので、大報恩寺の霊宝殿では観られない後ろ姿まで観られるのがいいですね。一部にきれいな模様や鮮やかな彩色も残っていて、造像当初はさぞカラフルだったんだろうなと思います。

本堂の仏後壁画のパネル解説のある通路を通ると今度は肥後定慶作の「六観音菩薩像」。肥後定慶は康慶の弟子(運慶の次男説もあり)とされ、同じ慶派仏師で興福寺に所縁の深い“定慶”と区別する意味で“肥後定慶”と呼ばれています。慶派の力強く男性的な鎌倉彫刻とはまた違うボリューム感、個性的な面貌表現がユニーク。中世に遡る六観音で台座・光背が完存する唯一の作例だそうです。10/30以降は何故か光背が外されてしまうらしいのですが、光背の細かな彫刻も見事なので、これはぜひ光背が付いている状態で観て欲しいですね。

ちなみに、六観音のうち聖観音像のみ写真撮影が可能です。


ほかにも鋳造の原型が行快の可能性があるという「誕生釈迦仏立像」や、丸い襞とシャープな鎬の翻波式衣文が美しい「千手観音菩薩立像」など仏像の優品が来ています。

ただ本尊以外の仏像は大報恩寺の霊宝殿でも観られるので、何か期待以上のものがあるかというとそうでもなかったというのも正直な感想。特に残念だったのは、おかめさんについて何も触れられてなかったこと。千本釈迦堂といえばおかめ信仰。美術品でないという理由で展示されなかったのかもしれませんが、千本釈迦堂を象徴する“おかめ”が一つもないのは片手落ちなんじゃないかなぁと思いました。お寺に奉納された様々な“おかめ”がズラーっと飾られた様は感動しますよ。


【特別展 京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ】
2018年12月9日(日)まで
平成館 特別展示室第3室・第4室にて


運慶・快慶と慶派の美仏 (エイムック 4166)運慶・快慶と慶派の美仏 (エイムック 4166)