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2017/07/22

吉田博展

損保ジャパン日本興亜美術館で開催中の『吉田博展』を観てまいりました。

昨年、千葉市美術館で開催され、話題になった展覧会。郡山や久留米などを巡回しての最後の開催が東京になります。千葉に行かなかったので一年越しでようやく拝見することができました。

去年はちょうど同じ時期に、吉田博と対立した黒田清輝の展覧会も重なり、そうした話題性があったのは確かですが、昨今の明治期の洋画を見直す機運の中、半ば忘れられていた吉田博の再評価されるきっかけになったのも事実でしょう。

混み合いそうな休日の昼間は避け、土曜日の16時に入ったのですが、この時間でも結構人が入っていて、吉田博の人気の高さに驚きました(混雑というレベルではありませんでしたが)。木版画の評価が高い人ですが、水彩や油彩の技術も大変優れていたこともよく分かりました。さすが黒田清輝に楯突いただけのことはあります。


会場の構成は以下のとおりです:
第一章 不同舎の時代:1894-1899
第二章 外遊の時代:1900-1906
第三章 画壇の頂へ:1907-1920
第四章 木版画という新世界:1921-1929
第五章 新たな画題を求めて:1930-1937
第六章 戦中と戦後:1938-1950

吉田博 「冬木立」
明治27-32年 横浜美術館蔵

小学生の頃のスケッチがあって、小学生にしては上手だし、10代後半の水彩画もその写実性といい、色の感じといい、明治20年代で、しかも10代でここまでの作品が描けるのかと驚きます。会場の解説によると、明治中期は海外からの水彩画家の来日もあり、水彩画ブームが起きていたのだとか。確かに明治期の洋画では水彩画をよく見かけますが、吉田の20歳前後の作品なんか観ても、当時の水彩画のレベルの高さがよく分かります。

吉田博 「雲叡深秋」
明治31年 福岡市美術館蔵

明治期は水彩の方が作品としては多いようですが、油彩もちらほらあって、こちらもとても巧い。後年の作品に比べればまだ少し硬かったり、奥行き感に乏しかったり、描き過ぎている感じがあったりしますが、十分に写実的だし、吉田ならではの構図の巧さや迫真性が光ります。水彩にしても油彩にしても、朝靄だったり、霧だったり、夕暮れだったり、大気や時間を感じる作品が多く、これは後の吉田の木版画でも特徴的に表れています。

吉田博 「チューリンガムの黄昏」
明治38年 福岡市美術館蔵

吉田は何度か渡米しては展覧会で絵を売って、そのお金でアメリカやヨーロッパに遊学してるのですが、各地を取材して風景を描くだけでなく、ベラスケスやレンブラントを模写したり、最新の西洋画を吸収することにも余念がなかったようです。明治後期の油彩画「チューリンガムの黄昏」や「昼寝-ハンモック」などはホイッスラーを彷彿とさせるような平板で暗い色調が印象的。「瀧」や「街道の春」はどことなくセザンヌぽさも感じます。山岳風景の壁画連作「槍ヶ岳と東鎌尾根」 や「野営」はホドラーを思わせ興味深い。

吉田博 「ヴェニスの運河」
明治39年 個人蔵

「ヴェニスの運河」は夏目漱石の『三四郎』にも登場する作品。美術に造詣の深かった漱石も吉田博の作品には注目していたということでしょう。構図的にも表現的にもオーソドックスでありますが、明治期の主流だった黒田清輝率いる白馬会系のアカデミズムな洋画とは違う感じがします。吉田が渡米したのは黒田がフランスから帰国して6年後ぐらいのなのですが、やはり急激な変化を遂げた19世紀末の欧米の美術動向を考えると、目にしたもの吸収したものは全然違うでしょうし、吉田の渡米後の作品を観ていると、黒田の作品は一時代古いものに映ります。

吉田博 「穂高山」
大正期 個人蔵

明治時代はスポーツや趣味としての登山は一般的でありませんでしたが、吉田は全国の山々を歩いては作品を描いています。やはり登山家の憧れ、日本アルプスには強く心惹かれたのか作品も多く、次男の名前も「穂高」としたほどとか(長男にも山の名前を付けようとしたが反対されたといいます)。山を描いた吉田の作品は山を登る人ならではの視点があり、その雄大な景色だけでなく、山を登った人だけが味わえる感動のようなものが伝わってきます。

吉田博 「日本アルプス十二題 劔山の朝」
大正15年 個人蔵

関東大震災後、資金集めのために渡米したアメリカで目にしたものは幕末の浮世絵がいまだ持て囃されている現実。当時日本で人気だった川瀬巴水や伊東深水の新版画にも物足らなさを感じていた吉田は自ら木版画の制作にも手を染めるようになります。吉田の木版画には“自摺”を記されたものがあって、これは彫師や摺師は別にいるわけですが、画家自身が厳しく監修をした証のようなものなのだそうです。“絵の鬼”と呼ばれただけあり、木版画制作も他人任せにせず、その仕上がりには強いこだわりを持っていたのでしょう。

吉田博 「瀬戸内海集 帆船 朝」「帆船 午後」
大正15年 個人蔵

やはり木版画の味わいは格別。巴水と違うと感じるのは吉田の出発が洋画だからでしょうか。吉田博の木版画の特徴は、水彩画と見紛うような繊細で精緻な描写と、色の加減が複雑に表現された見事なグラデーション。同じ版木で朝、昼、夕方といったように色を変えて別摺したシリーズもいくつかあって、光や大気の変化にこだわりを持っていたことも感じます。木版画ではあまり見ない大判の作品も多く、実際に技術的にも制作が非常に難しかった作品もあったようです。

吉田博 「フワテプールシクリ インドと東南アジア」
昭和6年 個人蔵

木版でここまで微細な表現ができるの?と思うような作品もあって、木版画の概念が覆ります。特にインドに取材した作品に精緻な描写が多く、「フワテプールシクリ インドと東南アジア」のアラベスク模様の極めて精緻な文様や床に反射する光の表現には驚愕しました。どれだけ手がかかってるのか。

吉田博 「空中戦闘」
昭和16年 個人蔵

木版画に没頭するようになってから十数年、まだまだこれからという時期に不幸にも戦争が始まります。ご多分に漏れず吉田も従軍画家として中国に赴き、戦争画を描いています。「空中戦闘」は中国軍との空中戦を描いた作品、「急降下襲撃」は戦闘機からの視点で爆撃の様子を描いた作品。ともに戦闘機に搭乗した経験がないと描けないような構図で、現場主義の吉田ならではの作品という気がします。そばには似た構図の写真やスケッチがあって、実際に見た光景をもとにフィクションとして描いていることが分かります。

吉田博 「初秋」
昭和22年 個人蔵

吉田の作品はアメリカで人気が高かったということもあり、戦後米軍関係者がこぞって吉田のもとを訪れたといいます。自宅でアメリカ人と歓談する写真が展示されていましたが、どこかで観たことあるなと思ったら、川瀬巴水にも戦後外国人が作品を買い求めに来たというエピソードがあったのを思い出しました。日本の新版画は技術の高さだけでなく、その美しい風景や詩情性も人気が高かったのでしょうね。

会場入口で『痛快!吉田博伝』という13分ほどの紹介映像が流れています。ここで予習してから作品を観てまわるといいと思いますよ。


【生誕140年 吉田博展 山と水の風景】
東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館にて
2017年8月27日(日)まで


吉田博 全木版画集吉田博 全木版画集

2017/06/09

ランス美術館展

損保ジャパン日本興亜美術館で開催中の『フランス絵画の宝庫 ランス美術館展』を観てまいりました。

ここ数年、損保ジャパン日本興亜美術館は年に2回のペースでフランス絵画の展覧会をやっていて、とりわけ印象派の周辺への切り口には定評があります。

今回はフランス北東部シャンパーニュ地方の小都市ランスにあるランス美術館のコレクションを紹介。ランスは、シャルル7世の戴冠式が行われたノートルダム大聖堂もある古い街で、ジャンヌ・ダルクゆかりの地として知られます。日本人にとってはレオナール・フジタ(藤田嗣治)が晩年を過ごした地といった方が分かりやすいかもしれないですね。

そんなランス美術館は中世美術から現代美術まで幅広いコレクションを所蔵しているといいます。本展では、17世紀から20世紀までのフランス絵画を中心に約70点が出品。後半はランスと縁の深い藤田嗣治の作品を展示しています。


会場の構成は以下のとおりです。
1.国王たちの時代
2.近代の幕開けを告げる革命の中から
3.モデルニテをめぐって
4.フジタ、ランスの特別コレクション

リエ=ルイ・ぺラン=サルブルー 「ソフィー夫人(またの名を小さな王妃)の肖像」
1776年 ランス美術館蔵

フランスならではの絵画様式が確立するのは17世紀を過ぎてから。それまではカラヴァッジョやカラヴァジェスキに代表されるイタリア絵画や、レンブラント、ルーベンスといった巨匠のいるネーデルランド/フランドルの絵画の影響を強く受けていたといいます。

最初の部屋にはカラヴァジェスキの作品や、フランドル絵画などもあって、あまりフランス絵画という感じがしませんが、貴族の肖像画やユベール・ロベール風の風景画など、少しずつフランスらしさも見えてきます。ルイ15世の娘ソフィーを描いたとされるリエ=ルイ・ぺラン=サルブルーの「ソフィー夫人の肖像」はドレスの刺繍の細密な描写が秀逸。まわりの肖像画が無背景のバストアップや頭部の肖像が多い中、書斎の椅子に腰をかけた全身像で、細部に及ぶ丁寧な描き込みも素晴らしかったです。

ジャック=ルイ・ダヴィッド(および工房) 「マラーの死」
1793年7月13日以降 ランス美術館蔵

時代も19世紀になると、新古典主義やロマン主義が登場します。貴族階級の衰退とともにロココ趣味の反動として生まれたのが新古典主義といわれますが、それを物語るように展示されている作品も貴族的なものから革命や一般市民をモチーフにしたものへと移って行きます。

今回『ランス美術館展』に来た目的の一つが「マラーの死」。フランス絵画史に名を残すダヴィッドの傑作です。といってもこれは実はダヴィッド(もしくは工房)による複製作品で、オリジナルはベルギー王立美術館にあります。木箱に記された文字が異なるのと、手にする手紙の描写に違いはあるものの、ほぼほぼオリジナルに忠実な様子。何よりその劇的な構図に釘付けになります。

ウジェーヌ・ドラクロワ 「ポロニウスの亡骸を前にするハムレット」
1854-56年 ランス美術館蔵

テオドール・シャセリオー 「バンクォーの亡霊」
1854-55年 ランス美術館蔵

ロマン主義ではジェリコー(と思われると注釈つき)やシャセリオー、対する写実主義ではクールベ、バルビゾン派ではコローやミレー、印象派ではブータンやシスレー、ピサロ、さらにはゴーギャンやドニ、ヴュイヤールなど、19世紀から20世紀初頭にかけてのフランス絵画の優品が並びます。

ドラクロワの描くハムレットやシャセリオーのマクベスなんていうのもあって、フランス絵画が描くシェークスピアというチョイスも面白かったです。シャセリオーはユゴーの詩を題材にしたという「とらわれの女」も良かった。西美の『シャセリオー展』に行けなかったのが悔やまれます。

エドゥアール・デュビュッフ 「ルイ・ポメリー夫人」
1875年 ランス美術館蔵

誰でも知ってる傑作が来てるという訳ではありませんし、一地方都市の美術館ということもあってか、どちらかというと地味といったら地味なんですが、あまり有名でない画家でも優品がいくつもあって、なかなか侮れないところがあります。名前を知らなかった画家で印象的だったのはエドゥアール・デュビュッフの「ルイ・ポメリー夫人」やフランソワ・ボンヴァンの「昼食、一杯のカフェ」。アンリ・ファンタン=ラトゥールはよく見る花の静物画ではなく人物画があって、こういう絵も描くんだというのが新しい発見でした。

アンリ・ジェルヴェックス 「期待外れ」
1890年以前 ランス美術館蔵

アンリ・ジェルヴェックスの「期待外れ」も面白かった。いかにも期待外れといった感じで、感情が顔に現れています。

レオナール・フジタ 「好色」
20世紀後半 ランス美術館蔵

後半は藤田嗣治の作品が結構充実しています。フジタは平和の聖母礼拝堂の素描が中心ですが、礼拝堂内のフレスコ画やステンドグラスの写真パネルもあって、素描と実際のフレスコ画を見比べられたりするので、なかなか良かったです。素描というと下描き的なイメージがありますが、油彩とはまた異なる筆触やデッサン力、何より素描の完成度の高さには見惚れます。

フジタの油彩画も多くあって、割と初期と思われる作品や1920年代のパリ時代の作品、日本に帰国前に立ち寄った中南米の影響を受けた作品、そして晩年の作品とこんなに来てるとは思いませんでした。本展のメインヴィジュアルはフジタですが、チラシを見る限り、そんなにフジタ推しもしてないし、もっとフジタを全面に出した方がお客さんも呼べたんじゃないでしょうか。

レオナール・フジタ 「授乳の聖母」
1964年 ランス美術館蔵

今、美術館は高層ビルの42階ですが、2019年にはビルの隣に新しい美術館ができるそうで、既に敷地がフェンスで囲まれてました。どんな美術館が立つか今から楽しみですね。


『フランス絵画の宝庫 ランス美術館展』
2017年6月25日(日)まで
東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館にて


藤田嗣治 本のしごと (集英社新書<ヴィジュアル版>)藤田嗣治 本のしごと (集英社新書<ヴィジュアル版>)

2015/09/15

最後の印象派 1900-20's Paris

東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館で開催中の『もうひとつの輝き 最後の印象派 1900-20's Paris』に行ってきました。

今年は『新印象派展』があったり、『ワシントン・ナショナル・ギャラリー展』があったりして、新印象派以降の作品を割りかし観てきましたが、本展では新印象派に限らず、印象派のスタイルを受け継ぎながら、印象主義の光の捉え方や甘美なイメージをさらに展開していった20世紀初頭の若き芸術家たちを取り上げています。

印象派があって、新印象派やポスト印象派が出てきて、20世紀に入るとフォーヴィスムやキュビスムといった前衛に繋がっていくという流れは、『新印象派展』でも解説されていましたが、その一方でそうした前衛的な芸術運動に加わらず、前世紀のスタイルを守りながら、独自の芸術観を貫いた画家たちがいたことはあまり知られていないかもしれません。しかも、彼らの作品が商業的にも批評的にも成功していたことなんて、なおさら知りませんでした。

そうしたモダニズムの影に隠れて、あまり顧みられることのなかった印象派のもう一つの側面を探るという意味で、とても興味深い展覧会になっています。


会場は6つの章で構成されています。
第1章 エコール・デ・ボザールの仲間たち
第2章 北部の仲間たち
第3章 「バンド・ノワール(黒い一団)」の仲間たち
第4章 ベルギーの仲間たち
第5章 遅れてやってきた仲間たち
第6章 最後に加わった仲間たち

アンリ・マルタン 「野原を行く少女」
1889年 個人蔵

本展は、おもにサロン出身の若い芸術家たちが作品を発表する目的で結成され、1900年から1922年までパリの画廊で展覧会を開催した『画家彫刻家新協会(ソシエテ・ヌーヴェル)』のメンバー20名の画家の作品が展示されています。

まずは≪エコール・デ・ボザールの仲間たち≫として、エドモン・アマン=ジャンとエルネスト・ローランとエルネスト・ローランを紹介。エコール・デ・ボザールは17世紀に設立された由緒ある国立の美術学校で、ドラクロワやアングルもいれば、ドガやルノワール、カイユボットも通ったところです。

エドモン・アマン=ジャン 「囚われの女」
1913年 個人蔵

エルネスト・ローラン 「背中」
1917年 個人蔵

アマン=ジャンは甘美な女性の肖像画が多く、特に「アンティミテ」が印象的でした。20世紀以降のものは印象派から脱しようとしているのか、象徴主義やオリエンタリズム、またアカデミズム的な影響も見られます。女性の顔の輪郭だけぼんやりと曖昧なリトグラフ作品も幻想的でユニーク。

エルネスト・ローランはスーラと点描の研究を行ったという人で、スーラとはまた違う穏やかで独特の空気感があります。繊細でソフトなタッチの「背中」と「入浴」が秀逸。アンリ・マルタン(アンリ=ジャン=ギヨーム・マルタン)はこの人も点描が特徴的。光を全面に受けた「野原を行く少女」が美しいですね。

アンリ・ル・シダネル 「日曜日」
1898年 シャルトルーズ美術館蔵

日本で展覧会が開かれたこともあるル・シダネル。アンティミスムな室内画も多いのですが、「日曜日」は白いドレスに身を包んだ女性たちが佇む構図と静謐で穏やかな光の表現がとても神秘的。詩情豊かな物語性は象徴主義や装飾美術の影響も感じさせます。

シャルル・コッテ 「星の夜」
1894年 ティエーリー・メルシエ画廊蔵

ウジェーヌ・カリエール 「カリエール夫人」
1883年 個人蔵

国立西洋美術館で開かれた『世紀末の幻想』で特に印象に残ったシャルル・コッテやウジェーヌ・カリエール、アルベール・ベナールの作品もありました。いずれもこの時代の印象主義を代表する画家で、アンティミスムの傾向があったり、象徴主義や装飾美術の影響を受けていたりするのも共通しているようです。

コッテは国立美術協会展(サロン・ナショナル)の一派“バンド・ノワール”を代表する画家だといいます。ちょっとダークトーンの画面と哀愁を感じる雰囲気が印象的。油彩画以外にも銅版画でも活躍したそうですが、彼の油彩は『世紀末の幻想』で観た画風とはまた違った魅力があります。

カリエールも『世紀末の幻想』で観た肖像版画とはまた違ったボカシというか、茶系の薄い靄がかかったような描法が独特。女性の内面が滲み出るような繊細な表現力が素晴らしい。

ジョン・シンガー・サージェント 「ハロルド・ウィルソン夫人の肖像」
1897年 東京富士美術館蔵

ほかにも、会場の最後に展示されていたジャン=フランソワ・ラファエリの「ヴィクトル・ユゴー80歳を祝う祭り」、参考出品として展示されていたジョン・シンガー・サージェントの「ハロルド・ウィルソン夫人の肖像」が目を惹きました。

ジャン=フランソワ・ラファエリ 「ヴィクトル・ユゴー80歳を祝う祭り」
1902年 ヴィクトル・ユゴー館蔵

あまりメジャーな画家もなく、時代の最先端をいく美術シーンにありがちな熱さもなく、正直地味なところは拭えませんが、印象派の系図にはこうした流れもあり、そしてそれが商業的にも批評的にも成功していたということを知る上では、とても興味深いものがありました。


【もうひとつの輝き 最後の印象派 1900-20's Paris】
2016年11月8日(日)まで
東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館にて


イラストで読む 印象派の画家たちイラストで読む 印象派の画家たち

2014/09/22

ノルマンディー展

この9月に「損保ジャパン東郷青児美術館」から名前が変わった「東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館」(それにしても長い名前ですね…)で開催中の『印象派のふるさと ノルマンディー展』を観てきました。

フランス北西部に位置し、古き良き“フランスの田舎”といったイメージのノルマンディー。その風光明媚なノルマンディーの魅力をとらえた油彩、版画、写真などを紹介し、ノルマンディーが近代風景画や印象派に果たした役割を探るという展覧会です。

作品はフランスのアンドレ・マルロー美術館やウジェーヌ・ブーダン美術館など、ル・アーヴルやオンフルール、トゥルーヴィルといった地元の美術館から約80点の作品を借り受けています(一部国内の美術館や個人蔵の作品もあり)。

作品は1820年代から1930年代までが中心で、テーマやアーティストごとに並べられていますが、ほぼ時代に沿って展示されています。

第1章 ノルマンディーのイメージの創造:イギリスの画家たち、ロマン主義の画家たちが果たした役割
第2章 近代風景画の創造:ロマン主義から写実主義へ
第3章 海辺のレジャー
第4章 近代化に対する印象
第5章 ノルマンディーにおける写真
第6章 自立する色彩:ポスト印象主義からフォーヴィスムへ
第7章 ラウル・デュフィ:セーヌ河口に愛着を持ち続けた画家
第8章 オリヴィエ・メリエル、印象主義の足跡をたどる写真家


1920年代にイギリス海峡に定期船が運航すると、ノルマンディーの“ピクチャレスク”な風景を求めてイギリスの画家たちが訪れるようになったといいます。ここでは海景画で有名なイギリスのターナーの版画や、フランスのロマン主義の画家ウジェーヌ・イザベイの油彩画などを紹介。ノルマンディーの風景画の原点を見ていきます。史上初めて実用的な写真技法“ダゲレオタイプ”を発明したルイ・ジャック・マンデ・ダゲールによるリトグラフ作品や、オンフルールの灯台を描いたジャン=ルイ・プティの海景画、夕暮れのトルーヴィルを描いたイザベイの作品が印象的でした。

カミーユ・コロー 「オンフルール」
ランス美術館蔵

1850年代になると鉄道が敷かれ、パリから数時間で海に出られるノルマンディーには多くの画家たちが足を運びます。絵画の傾向もロマン主義から写実主義、自然主義へと移り、バルビゾン派のトロワイヨンやコロー、そしてブーダンやクールベ、さらにモネの作品が登場します。

ギュスターヴ・クールベ 「海景、凪」
1865-67年 ロン=ル=ソニエ美術館蔵

クールベは2点出ていて、「海景、凪」が秀逸。クールベは1840年頃からたびたびノルマンディーを訪れては海の風景を描いたそうです。モネは5歳のときにセーヌ河口の街ル・アーヴルに移住したといい、モネの代表作「印象-日の出」はル・アーブルの港の風景を描いたものなのだとか。ここでは初期の作品と海辺に佇むカミーユを描いた「海岸のカミーユ」が展示されています。10月初旬からもう1点加わるようです。

ウジェーヌ・ブーダン 「トルーヴィルの海岸にて」
1880-85年 サンリス美術考古博物館蔵

出品作はノルマンディーの地元の画家の作品が多く、その中でも特に多いのがウジェーヌ・ブーダン。国立新美術館で開催中の『オルセー美術館展』にもトルーヴィルの海岸を描いたブーダンの作品が出品されていましたが、本展にもトルーヴィルやル・アーヴルの風景を描いた作品がいくつもあって、ブーダンの魅力に少し触れられた気がします。

ヨハン・バルトルト・ヨンキント 「オンフルール、サント・カトリーヌ教会前の市場」
1865年 オン不ルール、ウジェーヌ・ブーダン美術館蔵

本展のタイトルに“印象派のふるさと”とあるものの、印象派の作品は少なく、モネのほかは第1回印象派展に参加しているスタニスラス・レピーヌや印象派の先駆者の一人といわれるヨハン・ヨンキントぐらい。ナビ派やルーアン派、フォーヴィズム(と呼ぶほどの作品はなかったが)も含めれば広い意味でポスト印象主義の作品は面白いのがありました。

アンリ・ド・サン=デリ 「オンフルールの市場」
ル・アーヴル、アンドレ・マルロー美術館蔵

初めて知った画家でしたが、ロベール・ペンションやアンリ・ド・サン=デリの作品が複数あって、なかなか興味深いものがあります。セザンヌの影響を感じさせるジョルジュ・ブラックの初期作品やヴァロットンも2点あります。『ヴァロットン展』であのデフォルメされたような不思議な風景画に惹かれた人にはオススメかも。そのほか、アングルに学んだという新古典主義の画家エルネスト=アンジュ・デュエズの「海岸での日光浴のひと時」やマキシム・モーフラの点描風の「出港する大西洋の航路」も印象的。

ラウル・デュフィ 「海の祭り、ル・アーヴルへの公式訪問」
1925年頃 ル・アーヴル、アンドレ・マルロー美術館蔵

そしてデュフィ。デュフィは11点あって、いずれもデュフィの故郷ル・アーヴルやサン・タドレスといったノルマンディの風景を描いたもの。デュフィは身体を壊して南フランスで療養しながらも、南仏ではなくノルマンディーの海をイメージして描いていたとか。晩年の「黒い貨物船」シリーズは何か心に強く残るものがあります。

フランス絵画や近代風景画を代表する名画があるわけでなく、著名な画家ばかりが並んでいる展覧会ではありませんが、少し地味ながらも興味深い内容の展覧会でした。



【印象派のふるさと ノルマンディー展 ~近代風景画のはじまり~】
2014年11月9日(日)まで
東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館にて


パリとノルマンディー 印象派を巡る旅ガイドART+PARISパリとノルマンディー 印象派を巡る旅ガイドART+PARIS


セーヌで生まれた印象派の名画 (小学館101ビジュアル新書)セーヌで生まれた印象派の名画 (小学館101ビジュアル新書)

2014/05/27

オランダ・ハーグ派展

損保ジャパン東郷青児美術館で開催中の『オランダ・ハーグ派展』に行ってきました。

“ハーグ派”とは19世紀フランスのバルビゾン派の影響を受け、オランダのハーグを中心に起きた美術運動のひとつ。バルビゾン派の風景画や農民画などの自然主義絵画をオランダ的な風土に置き換えて描いています。

オランダ絵画というと、レンブラントやフェルメールといった17世紀の黄金時代のあとは衰退し、19世紀後半にゴッホが登場するといっても彼の活動の場はフランスで、西洋美術史のメインストリームからは取り残されてしまったとばかり思ってました。

しかし、実は19世紀後半にオランダのハーグを拠点とする“ハーグ派”と呼ばれる運動があり、ゴッホも活動初期はハーグ派の流れを汲み、またモンドリアンも影響を受けていたというと、俄然興味が湧いてきます。本展は、知られざる“ハーグ派”にスポットを当てた日本で初の展覧会だそうです。


第1章 バルビゾン派

まずはハーグ派に影響を与えたフランスのバルビゾン派の作品から。
バルビゾン派を代表するコロー、ミレー、テオドール・ルソー、デュプレ、ドービニーらの作品を中心に展示。ミレーはエッチングやリトグラフが多く、油彩画は「バター作りの女」のみ。ルソー、コローも一点ずつでした。

ジャン=フランソワ・ミレー 「バター作りの女」
1870年 吉野石膏株式会社蔵(山形美術館に寄託)

個人的には、森の中の穏やかな空気感が伝わってくるようなデュプレの「森の中-夏の朝」や、デュプレの弟レオン=ヴィクトル・デュプレの「風景」、ドービニーのエッチングに惹かれました。

ジュール・デュプレ 「森の中-夏の朝」
1840年頃 山梨県立美術館蔵

同時代のオランダを代表する画家ヨンキントの作品もいくつか展示されていました。ヨンキントはハーグ派の先駆者とされる風景画家スヘルフハウトに絵を学んだといいます。「デルフトの眺め」はフェルメールを思い出さずにはいられない作品。ハーグ派の登場を予感させる高い空とオランダ的な光景が美しい。「シャトー・ミーウング」は色彩分割で描かれ、印象派を思わせるところがあります。

ヨハン・バルトルト・ヨンキント 「デルフトの眺め」
1844年 ハーグ市立美術館蔵


第2章 ハーグ派
セクション1: 風景画

つづいてハーグ派。
バルビゾン派が1830~1870年代が活動期なのに対し、ハーグ派は1860~1880年代が活動の中心。ここではいくつかのテーマに分け、ハーグ派の作品や画家を振り返ります。

バルビゾン村の丘陵地の風景やどんよりとした空や光とは異なる、どこまでも広がる平野、空の高さ、明るい光といった開放的な風景が印象的で、これがハーグ派の特徴なのかなと思います。それと、より写実的で、より明るい色彩を意識しているように感じます。また、17世紀オランダの風景画や19世紀前半のイギリスの風景画家コンスタブルあたりの影響も見えなくもありません。

ヴィレム・ルーロフス 「虹」
1875年 ハーグ市立美術館蔵

ここで一番印象に残ったのがルーロフスの作品。雨の上がりかけの、だんだんと陽が射していく様子を描いた「虹」や、水面に映る高い空と草原のコントラストが清々しい「オールデンの5月」、いかにもオランダ的な風車のある田園風景が美しい「アプカウデ近く、風車のある干拓地の風景」とどれも素晴らしい。ルーロフスはハーグ派の初期から活躍する代表的な画家の一人で、画家を志し始めた頃のゴッホにアドバイスをしたというエピソードもあるようです。

ヴィレム・ルーロフス 「ノールデンの5月」
1882年頃 ハーグ市立美術館蔵


セクション2: 大地で働く農民

ミレーの「種をまく人」のエッチングをはじめ、バルビゾン派の影響の濃い農民画が3点ほど。マタイス・マリスの「糸を紡ぐ女」は女性の上半身だけを描いて糸を紡いでる様子は見せず、糸を紡いでるのだろうな思わせる構図が面白い。闇に浮かび上がる女性の姿や写実的な描法にレンブラントあたりのオランダ絵画の伝統を思わせます。


セクション3: 家畜のいる風景

まず、マリス兄弟の一番下ヴィレム・マリスの「水飲み場の仔牛たち」の水面に反射する光の美しさにハッとします。解説にあった“私は牡牛を描かない。むしろ、その光の効果を描いている”というマリスの言葉になるほどと思います。動物画を得意としていたそうで、生き生きした仔牛の姿も巧い。本展にはヤコブ、マタイス、ヴィレムのマリス三兄弟の作品が展示されています。

ヴィレム・マリス 「水飲み場の仔牛たち」
1863年 ハーグ市立美術館蔵


セクション4: 室内と生活

バルビゾン派、特にミレーの描いた田園生活の描写はハーグ派の着想源になったということですが、たとえばブロンメルスの「室内」などはどちらかというと17世紀オランダの風俗画を彷彿とさせます。プロンメルスは当時のオランダで最も評価された画家の一人だということです。

ベルナルデュス・ヨハネス・ブロンメルス 「室内」
1872年 ハーグ市立美術館蔵

個人的に惹かれたのが、イスラエルスの「日曜の朝」と「縫い物をする女」。穏やかな朝の光に包まれる室内、ふと窓の外に見る若い女性。縫い物をする女性の姿から伝わる安らぎや温もり。質素で慎ましい生活の光景からは、静かに流れる日々の営みが伝わってきます。

ヨーゼフ・イスラエルス 「縫い物をする若い女」
1880年頃 ハーグ市立美術館蔵


セクション5: 海景画

風車や広い平地を描いた風景画と共にオランダらしさを感じるのが海景画。一世代前のターナーの描いたイギリスの海と異なり、ハーグ派のオランダの海は穏やかです。ただ、ハーグ派が“灰色派”と呼ばれたという由縁でしょうか、どの空もグレーの雲が立ちこめています。

ヤコブ・マリス 「漁船」
1878年 ハーグ市立美術館蔵

色数を抑えた、グレー系の空と海のトーンと雲の描写が素晴らしいマリスの「漁船」、より明るい色彩で空の高さと雲を表現したスヘルフハウトの「スヘフェニンゲンの浜辺と船」、遠く広がる水平線に見とれてしまうメスダッハの「オランダの海岸沿い」が秀逸。漁で穫れた魚を恵んでもらってるのでしょうか、サデーの「貧しい人たちの運命」にはなにか哀しげな物語があり、農民の姿を真摯に捉えたバルビゾン派の流れを感じます。

フィリップ・サデー 「貧しい人たちの運命」
1901年 ハーグ市立美術館蔵


第3章 フィンセント・ファン・ゴッホとピート・モンドリアン

最後はゴッホとモンドリアンを紹介。ゴッホは初期のオランダ時代に、農民などを描いた暗い色調の作品が多いのは私自身も観て知っていますが、そのルーツにハーグ派があったとは知りませんでした。伝道師の道を閉ざされたゴッホが画家として生きることを模索し始めた場所こそがハーグでした。本展で展示されていた「白い帽子をかぶった農婦の顔」や「ジャガイモを掘る2人の農婦」、また今回展示されていませんが、初期の代表作「ジャガイモを食べる人々」などはハーグ派の影響下にあることがよく分かります。

ゴッホ 「白い帽子をかぶった農婦の顔」
1884-85年 クレラー=ミューラー美術館蔵

世代としては少しズレますが、モンドリアンも叔父がハーグ派の流れを汲む風景画家だそうで、恐らく幼少期はハーグ派の作品に触れながら育ったのでしょう。後年の抽象絵画からは想像できないようなリアリズムな作品があったり、既に印象派やポスト印象派からの影響を受けているとはいえ、風車を描いた作品にはハーグ派に通じるオランダ的風景画特有の空気を感じます。

ピート・モンドリアン 「アムステルダムの東、オーストザイゼの風車」
1907年 ハーグ市立美術館蔵

ピート・モンドリアン 「夕暮れの風車」
1917年 ハーグ市立美術館蔵

モンドリアンの「夕暮れの風車」のカッコよさはなんでしょう。モンドリアンの展示作品は初期作品に限定されていますが、その中でも単純化、抽象化していく過程が見えるようで非常に面白かったです。


ハーグ派は初めて観る画家ばかりでしたが、日本でも人気の高いバルビゾン派に近く、より明るい陽光と自然に溢れ、17世紀オランダ絵画の伝統も感じさせ、日本人の好きな絵ではないかなと思います。


【ゴッホの原点 オランダ・ハーグ派展 -近代自然主義絵画の成立-】
2014年6月29日まで
損保ジャパン東郷青児美術館にて


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「農民画家」ミレーの真実 (NHK出版新書 427)「農民画家」ミレーの真実 (NHK出版新書 427)