2012/05/27

五月花形歌舞伎「椿説弓張月」

新橋演舞場で公演の五月花形歌舞伎の夜の部・通し狂言『椿説弓張月』を観てまいりました。

『椿説弓張月』は、江戸時代の曲亭馬琴の同名原作をベースに歌舞伎用に書き下ろした作品で、三島由紀夫が手がけた6本の新作歌舞伎の内、最後に発表したものだそうです。曲亭馬琴の原案と三島独自の翻案がどのあたりがどうなのかよく分かりませんが、随所に三島っぽさを感じるお芝居でした。この翌年、三島は自決します。

初演は昭和44年で、主役の源為朝を初世松本白鸚、白縫姫と寧王女(ねいわんにょ)を坂東玉三郎が演じています。もともと松本白鸚をイメージして書いた芝居とも言われ、また玉三郎は三島のお気に入りの女形ですから、相当三島の息のかかった芝居だったのでしょう。本公演では為朝を白鸚の孫・市川染五郎、白縫姫と寧王女を中村七之助が演じています。

大河ドラマの『平清盛』でもほぼ同時期に“保元の乱”が描かれ、為朝も強弓の名手として登場していましたが、その“保元の乱”で父・為義(崇徳上皇側)につき、流された大島から物語は始まります。舞台は大島から四国・讃岐、九州・肥後、そして沖縄へと移り、亡霊あり、烏天狗あり、怪魚あり、さらには荒れる海と巨大な舟ありと見どころ満載、歌舞伎のあらゆる技巧を凝らし大スペクタクルの冒険譚です。

染五郎は彼らしい品格と清々しさでもって、誇り高き孤高の武将を演じていました。伝承で知る為朝はどちらかというと、大河ドラマの『平清盛』の為朝(橋本さとし)のような猛々しいイメージなので、染五郎はちょっとどうかなと思っていましたが、武士らしい風格で人としての大きさを出そうと試みようとしていたように思います。七之助も難しい役どころですが、玉三郎から直々に教えを請うたそうで、女だてらに猛者を従える芯の強さと姫の気品と美しさが出ていて非常に良かったと思いました。

そのほか、高間太郎に愛之助、その妻・磯萩に福助、為朝の妻・簓江に芝雀、紀平治太夫に歌六、崇徳上皇の霊と阿公(くまぎみ)の二役に翫雀、生々しい切腹が話題の武藤太に薪車、さらには鷹之資、獅童、松也など、花形歌舞伎らしい豪華な面々(花形でない人もちらほら混じってますが)。染五郎と七之助は平成中村座との掛け持ちで体力的にさぞ大変だったと思います。これも花形だからこその人気と体力あってでしょう。

今回の舞台は初演をできるだけ忠実に再現したそうで、染五郎自身も「テンポや、長さ、言葉などを今の時代に合わせることは必要かもしれない」と語っています。確かに、見せ場が多く展開も激しい割には、もたつくような妙な“間”があったり、せっかくの流れが幕の変わり目で途切れてしまったりと、もう少し改善の余地はあるなと観ていて何度も感じました。テンポが改善され、スピード感が増せば、さらに染五郎らしさも出てくるだろうと思うし、さらに染五郎なりの為朝を作り上げてくれば、もっともっと面白くなることでしょう。

なかなかかからない芝居のようで、今回の上演も10年ぶりとのこと。次はいつ観れるのやらと思いますが、ぜひ染五郎の代表作と呼べるようなエンタテイメントな歌舞伎にしてほしいと思います。それだけのストーリーとキャラクターと見せ場が揃ってるので、このまま“なかなかかからない芝居”にしてしまうのはとてももったいないなとも思いました。


決定版 三島由紀夫全集〈25〉戯曲(5)決定版 三島由紀夫全集〈25〉戯曲(5)

0 件のコメント:

コメントを投稿