ユベール・ロベール。お恥ずかしながら、この展覧会で名前を聞くまで知りませんでした。美術館の解説にも「日本ではあまり知られていない…」とありましたが、日本でここまで大々的に紹介されるのも本展が初めてなのだそうです。そりゃぁ、知らないわけです。
ロベールは「廃墟のロベール」として名声を馳せた18世紀フランスを代表する風景画家。庭園デザイナーとしても高名で、ベルサイユ宮殿の庭園の一部も彼の手によるそうです。王室との関係も深く、フランス革命直前のサロン文化の庇護を受けていたこともあり、革命後は一時投獄までされます。時代背景といい、ドラマティックな人生といい、なんか映画になりそうな感じです。
本展は、世界有数のロベール・コレクションを誇るフランスのヴァランス美術館の所蔵品を中心に、ロベールの油彩画と素描(サンギーヌ)、またロベールの周辺の画家の作品など、約130点を展示しています。
展覧会の構成は以下の通りです。
Ⅰ. イタリアと画家たち
Ⅱ. 古代ローマと教皇たちのローマ
Ⅲ. モティーフを求めて
Ⅳ. フランスの情景
Ⅵ. 庭園からアルカディアへ
第Ⅰ章では、ロベールに影響を与えたクロード・ロランの理想的風景画やジョアンナ・パオロ・パニーニの廃墟画など17世紀から18世紀前半のフランスやイタリアの画家の作品を紹介しています。
ユベール・ロベール 「サン・ピエトロ大聖堂の柱廊の開口部の人々」
1764年 ヴァランス美術館蔵
1764年 ヴァランス美術館蔵
ロベールは公爵の侍従の子として生まれ、21歳の時に公爵の息子が大使としてイタリアに赴任した際に随行し、そのまま11年間ローマで暮らします。第Ⅱ章では、イタリアの芸術や風景、特にローマの古代遺跡や教会建築などに触れ、考古学的好奇心を強く刺激されたロベールの初期作品を紹介。パリにはないその文化や歴史に惹かれていった様子がその絵から窺えます。
イタリア時代のロベールはポンペイやナポリなど遠方にも足を運び、古代遺跡や歴史的建造物のスケッチに励んだようです。また遺跡や教会建築だけでなく、景勝地などの風景画にも力を入れるようになります。第Ⅲ章では遺跡や建築物をはじめ、ロベールが好んで取り上げたモティーフの素描や版画等を紹介しています。
ユベール・ロベール 「マルクス・アウレリウス騎馬像」
1762年 ヴァランス美術館蔵
1762年 ヴァランス美術館蔵
恐らく展示作品の半分以上は、サンギーヌと呼ばれる赤チョークで描かれた素描画なのですが、これが素描の域を超えた完成度の高さで、ロベールの確かなデッサン力に驚かされます。サンギーヌというのも耳慣れない画材ですが、酸化鉄を含む土や岩を原料とする赤褐色のチョークで、フランス語の「血液(sang)」にちなんでサンギーヌと呼ばれます。もともとはフレスコ画の下絵を描くために使用されていたそうですが、次第に制作にも広く使われ、その柔らかい質感や暖かみのある色彩が好まれたとのだとか。会場の途中には、そのサンギーヌも展示されています。
ユベール・ロベール 「書斎のジョフラン夫人」
1772年 ヴァランス美術館
1772年 ヴァランス美術館
イタリアでの研鑽を経てフランスに帰国したロベールはパリの王立絵画彫刻アカデミーに入会します。先月発売の『BRUTUS』5/1号の特集「西洋美術総まとめ。」では17~18世紀のフランス美術にもページが割かれており、フランスの画家たちがイタリアに美術留学をしたり、王立絵画彫刻アカデミーが設立された経緯などが載っています。ロベールが登場した背景を知る上でも興味深い内容です。
第Ⅳ章では、帰国したロベールが王室や貴族を顧客に持ち、風景画家として成功を収めた頃の作品を中心に展示しています。ロベールは基本的に新古典主義の部類に入る画家だと思いますが、貴族のために描いた作品にはロココ的な雰囲気のものもあり、それらの作品からはフランス革命前夜の成熟した貴族文化の様子が伝わってきます。
ユベール・ロベール 「凱旋橋」
1782-83年 ヴァランス美術館蔵
1782-83年 ヴァランス美術館蔵
一方で、ロベールが得意とする神殿や歴史的建造物を描いた作品がさらに発展。自由な創意が加わり、独特の空想的風景画を完成させます。第Ⅴ章は「廃墟のロベール」といわれる所以となる数々の作品を紹介。代表作の「古代遺物の発見者たち」では、基となるイタリア時代の素描も展示され、そこから創作をして完成作ができあがるまでの過程も見ることができます。
ユベール・ロベール 「古代遺物の発見者たち」
1765年 ヴァランス美術館蔵
1765年 ヴァランス美術館蔵
ユベール・ロベールのもう一つの顔、それは庭園デザイナー。当時のフランスは風景画のような自然美を重視した風景式庭園(イギリス式庭園)が人気で、ロベールは庭園デザインとしても腕をふるいます。ベルサイユ宮殿の庭園(一部)やマリー=アントワネットのアモー(小村落)などを手掛け、その功績により「国王の庭園デザイナー」の称号を与えられます。また、王室コレクションの管理人となり、ルーヴル宮内にアトリエまで構えたのだとか。しかし、そうした王室との深い繋がりや貴族たちのお抱え絵師的な立場が災いし、フランス革命時には投獄されます。
ユベール・ロベール 「アルカディアの牧人たち」
1789年 ヴァランス美術館蔵
1789年 ヴァランス美術館蔵
最後のコーナーでは、フランス革命前後の作品を中心に、理想郷を求めた晩年の絵画作品や獄中で描いた皿絵が展示されています。「アルカディアの牧人たち」は17世紀フランスを代表する画家ニコラ・プッサンの傑作「アルカディアの羊飼いたち」に着想を得た作品。古代ギリシャの理想郷アルカディアを描いたもので、緑豊かな自然に神殿など建造物が溶け込んだロベールらしい理想的風景画の傑作です。
西洋絵画史に残るような傑作があるわけではなく、またルネサンスや印象派といった日本人好みのする時代の画家ではありませんが、こういう隠れた優れた画家にスポットを当ててくれる目の付けどころの良さは、さすが国立西洋美術館らしいな思いました。
【ユベール・ロベール -時間の庭-】
2012年5月20日(日)まで
国立西洋美術館にて
※本展覧会は下記の美術館に巡回します。
福岡市美術館 2012年6月19日(火)~7月29日(日)
静岡県立美術館 2012年8月9日(木)~9月30日(日)
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