今月は昼の部と夜の部ともに鑑賞。
まずは昼の部。
『お江戸みやげ』は芝翫と富十郎のコンビで何度も上演された狂言だそうで、本公演では三津五郎と翫雀がコンビを組んでいます。
結城紬の行商人のお辻とおゆうが江戸土産に芝居見物したところ、お辻が人気役者の阪東栄紫に一目惚れ。栄紫にはお紺という恋人がいて、養母に妾奉公へ出されそうになっているのを知り、初めて惚れた男のために全財産を投げ出して二人を助けるという話です。珍しく女形の三津五郎はいかにも真面目そうな堅物のおばさん。堅実な暮らしをしなければならなかった女性の悲哀も垣間見せる一方、役者にゾッコンになったときのギャップがまた面白い。芸域の幅が広いというか、うまい人だなと思います。少々ふくよかな翫雀は見た目、台詞とも大らかさが出ていて役柄にピッタリ。喜劇的センスもあって、大いに笑わせてもらいました。このコンビは回を重ねて余裕が出てくると、かなり面白味も出てくるんではないかと思います。文字辰の扇雀、栄紫の錦之助も適役。笑って泣けて、いい芝居でした。
次は、『一條大蔵譚』。
源氏方の鬼次郎らが、一條大蔵卿の屋敷に忍び込み、常盤御前が本当に平家方に寝返ったのかその真意を探るというお話。一條大蔵卿に菊五郎、常盤御前に時蔵、お京に菊之助、鬼次郎に團十郎と安心して観ていられる座組。菊五郎の阿呆過ぎず作り過ぎない、いい感じの阿呆さといい、團十郎の大きさといい、菊之助の美しさといい、申し分ありませんでした。去年、今年と團菊祭が大阪なのは寂しい限りですが、名目上は團菊祭といってもいいようなサービス演目という気がします。まるで“歌舞伎座さよなら公演”のような豪華さでした。
昼の部の最後は『封印切』。
飛脚問屋の若旦那忠兵衛と恋仲の遊女梅川を恋敵・八右衛門が身請けするという話が持ち上がったものの、忠兵衛は手付け金が工面できず、懐にあった店の金に手をつけてしまうという話です。一部に藤十郎の台詞が聞きづらいとの声も聞きますが、この日は幸いかぶりつき席だったので、そのへんはあまり気にならなかったのですが、自分としては上方和事に慣れてないので、関西弁のじゃらじゃらしたというか、べたーっとしたというか、(いい意味での)くどさに付いていくのが大変でした(笑)。それでも80歳という年齢を全く感じさせない藤十郎には驚くばかり。これが至芸の域なのかと、ああ観て良かったなと思える芝居でした。
さて、夜の部はまずは『絵本太功記』から「尼ヶ崎閑居の場」。
光秀が信長を討った後、秀吉に滅ぼされるまでを描いた全十三段の芝居の内の十段目。俗に“太十”。その後の光秀の悲劇を予感させる時代物の一幕です。光秀に團十郎、久吉に菊五郎、十次郎に時蔵、初菊に菊之助、皐月に秀太郎、操に魁春、正清に三津五郎と、こちらも昼に劣らず大顔合わせで、気分はまるで團菊祭。観る前は時蔵と菊之助は逆の方がいいのにと思ってましたが、時蔵の若武者の凛々しさ、菊之助の美しさにうっとり。秀太郎と魁春はさすが手堅いものの事の重大さの割に演技が少々淡白な感じがして、團十郎にしてももう少し重厚さが欲しい気がしましたが、最後に菊五郎、三津五郎が登場すると歌舞伎らしい絵になり、それだけで満足した気分になるから不思議です。
次に菊之助と松緑の『男女道成寺』。
菊之助の道成寺は玉三郎との『京鹿子娘二人道成寺』を観ていますが、無表情でどこか妖しげな雰囲気を漂わせていた『二人道成寺』に比べ、今回は表情も柔らかい気がしました。菊之助の色っぽさや艶やかさは申し分なく、松緑の桜子は比較してしまうとかわいそうですが、愛嬌があり、観ていて楽しい道成寺でした。
締めは、世話物で『権三と助十』。
江戸時代の大岡政談を基にした岡本綺堂原作の新歌舞伎。江戸の長屋を舞台にした世話物です。権三に三津五郎(今月は大活躍)、助十に松緑。脇を時蔵、左團次、亀三郎、秀調、梅枝、市蔵といった手堅い面々が固め、配役の妙を楽しめました。江戸の市井の人情噺にミステリーを織り込んだコメディタッチの作品で、最後はハッピーエンドという打ち出しにはもってこいの芝居でした。
今月は昼も夜も大満足の大歌舞伎でした。
2011/04/27
2011/04/03
三月大歌舞伎
すでに四月になってしまいましたが、先日、「三月大歌舞伎」の昼の部の千龝樂に行ってきました。
三月は中村歌右衛門がこの世を去って10年ということで、その追善狂言と銘打たれています。
まずは菊池寛原作の『恩讐の彼方に』。
大分の耶馬溪という断崖絶壁の渓谷で、多くの人が滑落し命を落としているという話を聞いた僧侶が岩壁を「ノミと槌だけで30年かけて掘り抜いた」という“青の洞門”伝説を基にした作品です。
前半は、主人の愛妾お弓(菊之助)との不義がバレてしまった市九郎(松緑)が主人を殺め、お弓とともに江戸から逃亡。遠く離れた峠で茶店を営みながら、旅人を襲って金品を奪うという生活を繰り返しています。なんといっても菊之助の存在感、悪女ぶりが見もので、市九郎を誑かす様子は見ていてゾクゾクします。『摂州合邦辻』の玉手御前もそうでしたが、こういう色気のある悪女(“女色悪”とでも呼びたいぐらい)をやらせると菊之助は抜群のセンスを発揮する気がします。
後半は、市九郎が良心の苛責から出家し、了海と名を改め、難所の岩壁を掘って道を作ること二十年余、村の人々の協力も得ながら、あとわずかで貫通という頃、亡き主人の息子が敵を探し、了海の前に現れます。後半は打って変わって、岩を掘り続ける了海と彼を慕う村人と、敵を討とうとする主人の息子(染五郎)との人間模様が中心。松緑は演技にも力が入っていて、見応え十分でした。新歌舞伎なので後半は歌舞伎というより少し演劇的ですが、いい芝居でした。
さて、次は歌舞伎の人気演目で、歌右衛門が得意にした『伽羅先代萩』から「御殿」と「床下」。
魁春が政岡を演じるというのが今月の話題でしたが、魁春の政岡は玉三郎の政岡と違って、乳母の温かみというか人情味が伝わってきます。玉三郎は玉三郎で、武家の女の威厳を見せ、さすがに完成されたものがあり、その点、魁春はどこか危なげ(頼りなさげ)で、全体的にも淡白な嫌いはありましたが、しかしその手振り、身振りに子を守る親の情愛と辛さが伝わってくるいい政岡だったと思います。歌右衛門の政岡は観たことがありませんが、歌右衛門の政岡もこういうものだったんだろうなと思いを馳せました。
栄御前を演じた芝翫がいつになく声が小さく元気がないのが気になりましたが、梅玉の八汐、男之助の歌昇、仁木弾正の幸四郎もよく、よい追善狂言だったと思います。
最後は『曽我綉侠御所染』の後半にあたる『御所五郎蔵』。
『三人吉三』や『白浪五人男』『髪結新三』といった歌舞伎の名作を幾つも生んだ河竹黙阿弥の代表作の一つです。侠客・五郎蔵を菊五郎が、傾城・皐月を福助、傾城・逢州を菊之助が、星影土右衛門を吉右衛門と豪華で華やかな配陣。菊五郎の七五調の台詞も歯切れよく、菊之助も『恩讐の彼方に』とは違った魅力を見せ、また福助も菊之助という若きライバルとの共演という中、落ち着いた演技でなかなか良かったと思いました。
歌右衛門追善といいながら成駒屋や高砂屋・加賀屋中心の座組というより、菊五郎劇団の色合いの濃さに、音羽屋の昨今の人気と実力を感じる三月の歌舞伎でした。
三月は中村歌右衛門がこの世を去って10年ということで、その追善狂言と銘打たれています。
まずは菊池寛原作の『恩讐の彼方に』。
大分の耶馬溪という断崖絶壁の渓谷で、多くの人が滑落し命を落としているという話を聞いた僧侶が岩壁を「ノミと槌だけで30年かけて掘り抜いた」という“青の洞門”伝説を基にした作品です。
前半は、主人の愛妾お弓(菊之助)との不義がバレてしまった市九郎(松緑)が主人を殺め、お弓とともに江戸から逃亡。遠く離れた峠で茶店を営みながら、旅人を襲って金品を奪うという生活を繰り返しています。なんといっても菊之助の存在感、悪女ぶりが見もので、市九郎を誑かす様子は見ていてゾクゾクします。『摂州合邦辻』の玉手御前もそうでしたが、こういう色気のある悪女(“女色悪”とでも呼びたいぐらい)をやらせると菊之助は抜群のセンスを発揮する気がします。
後半は、市九郎が良心の苛責から出家し、了海と名を改め、難所の岩壁を掘って道を作ること二十年余、村の人々の協力も得ながら、あとわずかで貫通という頃、亡き主人の息子が敵を探し、了海の前に現れます。後半は打って変わって、岩を掘り続ける了海と彼を慕う村人と、敵を討とうとする主人の息子(染五郎)との人間模様が中心。松緑は演技にも力が入っていて、見応え十分でした。新歌舞伎なので後半は歌舞伎というより少し演劇的ですが、いい芝居でした。
さて、次は歌舞伎の人気演目で、歌右衛門が得意にした『伽羅先代萩』から「御殿」と「床下」。
魁春が政岡を演じるというのが今月の話題でしたが、魁春の政岡は玉三郎の政岡と違って、乳母の温かみというか人情味が伝わってきます。玉三郎は玉三郎で、武家の女の威厳を見せ、さすがに完成されたものがあり、その点、魁春はどこか危なげ(頼りなさげ)で、全体的にも淡白な嫌いはありましたが、しかしその手振り、身振りに子を守る親の情愛と辛さが伝わってくるいい政岡だったと思います。歌右衛門の政岡は観たことがありませんが、歌右衛門の政岡もこういうものだったんだろうなと思いを馳せました。
栄御前を演じた芝翫がいつになく声が小さく元気がないのが気になりましたが、梅玉の八汐、男之助の歌昇、仁木弾正の幸四郎もよく、よい追善狂言だったと思います。
最後は『曽我綉侠御所染』の後半にあたる『御所五郎蔵』。
『三人吉三』や『白浪五人男』『髪結新三』といった歌舞伎の名作を幾つも生んだ河竹黙阿弥の代表作の一つです。侠客・五郎蔵を菊五郎が、傾城・皐月を福助、傾城・逢州を菊之助が、星影土右衛門を吉右衛門と豪華で華やかな配陣。菊五郎の七五調の台詞も歯切れよく、菊之助も『恩讐の彼方に』とは違った魅力を見せ、また福助も菊之助という若きライバルとの共演という中、落ち着いた演技でなかなか良かったと思いました。
歌右衛門追善といいながら成駒屋や高砂屋・加賀屋中心の座組というより、菊五郎劇団の色合いの濃さに、音羽屋の昨今の人気と実力を感じる三月の歌舞伎でした。
2011/03/21
岡本太郎展
このたびの東日本大地震により被害を受けられた皆さまに心よりお見舞い申し上げます。皆さまの安全と一日も早い復旧をお祈り申し上げます。
さて、今年、生誕100年を迎えた岡本太郎の回顧展に行ってきました。テレビのニュースなどを見ていると、のんびり映画を観たり、 本を読んだりという気分でもなく、また集中力もなく、 かといって、家でテレビを見ているのもいたたまれず、 とりあえず外に出ようと思いました。
いま、若い人たちの間では岡本太郎が“ブーム”なのだと、展覧会を紹介する雑誌記事で読んだのですが、その真偽はともかく、確かに館内は年輩の方の姿より、圧倒的に若い人たちが多かったようです。
幼い頃、大阪万博へ行った父親がお土産に買って来た“太陽の塔”のミニチュアが家にあって、「芸術は爆発だ!」のCMもよく覚えてる自分なんかは岡本太郎を知る最後のリアル世代だと思うのですが、それでもバラエティ番組に出てたイメージが邪魔をして、岡本太郎を“ちょっと変わった芸術家”ぐらいにしか思ってなかった気がします。でも、この展覧会は、そんな偏見を一瞬で払拭してしまうパワーに溢れていました。岡本太郎が亡くなって15年。彼の芸術家としての姿を再評価する波が本当に来ているんだなと実感します。
さて、会場に入ると、いきなりの岡本太郎ワールドにちょっと面食らいます。生きものとも精霊とも区別のつかない異形の不思議なオブジェ(彫刻)が左右に並び、見学者を出迎えてくれます。
この“プロローグ”の最後に登場するオブジェが両手を前に突き出し、「ノン!(ダメ!)」と拒否しています。このオブジェが象徴するように、この展覧会はさまざまなものを拒否し、対決してきた岡本太郎の芸術家としての生き様を7つの章に分けて紹介しています。
パリでピカソの絵に出会い、大きな衝撃を受け、抽象画でもない、シュールレアリスムでもない、抽象かつ具象という独特の世界を造りだした岡本太郎。戦後、日本の“キレイ”な美術界に反発し、沖縄や東北の民俗に刺激を受け、さらに新しいステージへ上がっていきます。こうして観ていくと、岡本太郎って、常に反発と爆発を繰り返し、それをエネルギーへと換えていくというものすごいパワーを持った人だったんだなと痛感します。
なんで長ネギがあるんだろうかと、絵から意味を見つけようと考えることすら、岡本太郎は拒否します。そんなのはただの野暮。「何だこれは!」でいいんです。
戦争の恐ろしさを伝え、人を愛し、愛を語る。 岡本太郎がもし生きていたら、この大震災をどう描いただろうかと、ふと思いました。
この規模での回顧展は没後初めてなのだそうですが、岡本太郎という芸術家のことを知るためにはこの2倍、3倍の場所が必要だったかもしれません。それほどまでに「もっと観たい」と思わせるものがありました。あらためて岡本太郎のスケールの大きさに圧倒された展覧会でした。
「エピローグ」には岡本太郎のメッセージが壁一面に飾られています。力強いメッセージ、前向きなメッセージ、とても力をもらえます。出口ではもれなく“太郎のことば”がもらえますので、お忘れなく。
【生誕100年 岡本太郎展】
国立近代美術館にて
5/8(日)まで
今日の芸術―時代を創造するものは誰か (光文社知恵の森文庫)
岡本太郎新世紀 (別冊太陽 日本のこころ)
さて、今年、生誕100年を迎えた岡本太郎の回顧展に行ってきました。テレビのニュースなどを見ていると、のんびり映画を観たり、 本を読んだりという気分でもなく、また集中力もなく、 かといって、家でテレビを見ているのもいたたまれず、 とりあえず外に出ようと思いました。
いま、若い人たちの間では岡本太郎が“ブーム”なのだと、展覧会を紹介する雑誌記事で読んだのですが、その真偽はともかく、確かに館内は年輩の方の姿より、圧倒的に若い人たちが多かったようです。
幼い頃、大阪万博へ行った父親がお土産に買って来た“太陽の塔”のミニチュアが家にあって、「芸術は爆発だ!」のCMもよく覚えてる自分なんかは岡本太郎を知る最後のリアル世代だと思うのですが、それでもバラエティ番組に出てたイメージが邪魔をして、岡本太郎を“ちょっと変わった芸術家”ぐらいにしか思ってなかった気がします。でも、この展覧会は、そんな偏見を一瞬で払拭してしまうパワーに溢れていました。岡本太郎が亡くなって15年。彼の芸術家としての姿を再評価する波が本当に来ているんだなと実感します。
さて、会場に入ると、いきなりの岡本太郎ワールドにちょっと面食らいます。生きものとも精霊とも区別のつかない異形の不思議なオブジェ(彫刻)が左右に並び、見学者を出迎えてくれます。
「ノン」
この“プロローグ”の最後に登場するオブジェが両手を前に突き出し、「ノン!(ダメ!)」と拒否しています。このオブジェが象徴するように、この展覧会はさまざまなものを拒否し、対決してきた岡本太郎の芸術家としての生き様を7つの章に分けて紹介しています。
「傷ましき手」
パリでピカソの絵に出会い、大きな衝撃を受け、抽象画でもない、シュールレアリスムでもない、抽象かつ具象という独特の世界を造りだした岡本太郎。戦後、日本の“キレイ”な美術界に反発し、沖縄や東北の民俗に刺激を受け、さらに新しいステージへ上がっていきます。こうして観ていくと、岡本太郎って、常に反発と爆発を繰り返し、それをエネルギーへと換えていくというものすごいパワーを持った人だったんだなと痛感します。
「重工業」
なんで長ネギがあるんだろうかと、絵から意味を見つけようと考えることすら、岡本太郎は拒否します。そんなのはただの野暮。「何だこれは!」でいいんです。
「森の掟」
戦争の恐ろしさを伝え、人を愛し、愛を語る。 岡本太郎がもし生きていたら、この大震災をどう描いただろうかと、ふと思いました。
「燃える人」
「クリマ」
この規模での回顧展は没後初めてなのだそうですが、岡本太郎という芸術家のことを知るためにはこの2倍、3倍の場所が必要だったかもしれません。それほどまでに「もっと観たい」と思わせるものがありました。あらためて岡本太郎のスケールの大きさに圧倒された展覧会でした。
「エピローグ」には岡本太郎のメッセージが壁一面に飾られています。力強いメッセージ、前向きなメッセージ、とても力をもらえます。出口ではもれなく“太郎のことば”がもらえますので、お忘れなく。
【生誕100年 岡本太郎展】
国立近代美術館にて
5/8(日)まで
今日の芸術―時代を創造するものは誰か (光文社知恵の森文庫)
岡本太郎新世紀 (別冊太陽 日本のこころ)2011/03/06
南へ
NODA・MAPの舞台『南へ』を観てきました。
歌舞伎を観るようになってから、歌舞伎での野田秀樹というのは何度か経験しましたが、いわゆる本来のというか、演劇としての野田秀樹の芝居をナマで観たのは実に「夢の遊民社」以来。『小指の思い出』とか『野獣降臨』とか『半神』とか、懐かしい思い出です。
さて、今回の『南へ』は、昨年の『ザ・キャラクター』『表に出ろいっ!』に続き、“信じる”ことをテーマに掲げた三部作の最終章。妻夫木聡と蒼井優という人気俳優を主役にし、しかも2ヶ月公演という長丁場で、すごい力の入れようです。
前のニ作品を観ていませんから、三部作がどうのという話ができませんし、野田秀樹の芝居自体、約20年ぶりぐらいですから(汗)、たいそうなことを書けないのですが、久しぶりに観た野田秀樹の芝居は、“言葉遊び”が鳴りを潜めたようですが、スピード感と台詞量は相変わらず半端ないなと思いました。それにテーマの選び方も野田秀樹“らしい”というか、「この国の歴史は天皇を利用した天皇詐欺の歴史だ」とストレートに言ってしまう批判精神や歴史観の面白さ、納得感は、「野田秀樹の芝居を観て面白かった、満足した」ということと今もセットになっているなと感じました。
肝心の出演陣ですが、蒼井優の巧さが抜きん出ていて、野田秀樹の芝居と相性がいいのか、既に野田秀樹の色に染まっていて、ベテランの舞台俳優・女優と比べても全く遜色なく、素晴らしかったと思います。妻夫木聡は無難に野田秀樹の芝居をこなしていて、まずまず及第点。舞台の上でも爽やかな好青年という感じでした。ほかにも渡辺いっけい、高田聖子、銀粉蝶、藤木孝など、個性ある役者さんが揃ってましたが、その中でも観測員役のチョウソンハという役者さん、恥ずかしながら初めて名前を知りましたが、勢いがあって、とても印象に残りました。
歌舞伎を観るようになってから、歌舞伎での野田秀樹というのは何度か経験しましたが、いわゆる本来のというか、演劇としての野田秀樹の芝居をナマで観たのは実に「夢の遊民社」以来。『小指の思い出』とか『野獣降臨』とか『半神』とか、懐かしい思い出です。
さて、今回の『南へ』は、昨年の『ザ・キャラクター』『表に出ろいっ!』に続き、“信じる”ことをテーマに掲げた三部作の最終章。妻夫木聡と蒼井優という人気俳優を主役にし、しかも2ヶ月公演という長丁場で、すごい力の入れようです。
前のニ作品を観ていませんから、三部作がどうのという話ができませんし、野田秀樹の芝居自体、約20年ぶりぐらいですから(汗)、たいそうなことを書けないのですが、久しぶりに観た野田秀樹の芝居は、“言葉遊び”が鳴りを潜めたようですが、スピード感と台詞量は相変わらず半端ないなと思いました。それにテーマの選び方も野田秀樹“らしい”というか、「この国の歴史は天皇を利用した天皇詐欺の歴史だ」とストレートに言ってしまう批判精神や歴史観の面白さ、納得感は、「野田秀樹の芝居を観て面白かった、満足した」ということと今もセットになっているなと感じました。
肝心の出演陣ですが、蒼井優の巧さが抜きん出ていて、野田秀樹の芝居と相性がいいのか、既に野田秀樹の色に染まっていて、ベテランの舞台俳優・女優と比べても全く遜色なく、素晴らしかったと思います。妻夫木聡は無難に野田秀樹の芝居をこなしていて、まずまず及第点。舞台の上でも爽やかな好青年という感じでした。ほかにも渡辺いっけい、高田聖子、銀粉蝶、藤木孝など、個性ある役者さんが揃ってましたが、その中でも観測員役のチョウソンハという役者さん、恥ずかしながら初めて名前を知りましたが、勢いがあって、とても印象に残りました。
2011/03/02
琳派芸術
出光美術館で開催中の『琳派芸術』に行ってきました。『琳派芸術』は会期を第一部、第二部と分けて開催されており、第一部<煌めく金の世界>は既に終了(1月8日から2月6日まで)、2月11日からは第二部として<転生する美の世界>が始まっています。
第一部では、琳派の始祖と呼ばれる俵屋宗達や本阿弥光悦、そして宗達らの画風を引き継ぎ、琳派たるものものとして造り出していった尾形光琳らの作品を中心に、煌びやかで美麗な琳派の世界を紹介していました。
そして第二部では、今回の展覧会の冠にもつけられている生誕250年の酒井抱一やその高弟・鈴木其一の作品をメインに、さらに宗達や光琳らも加わり、継承されていった琳派の流れ・カタチを追っています。
第一部は、まだ安土桃山の絢爛たる華やかな文化を色濃く残す宗達らの作品が中心ということもあり、華麗かつ豪奢な中にも京の優雅さや美意識を強く感じさせるものになっていましたが、第二部は、江戸文化のなかで磨かれていったモダンで洗練された江戸琳派の新たな創造性というものが伝わってくるような内容だったと思います。琳派の「祖」と「後継」、「京」と「江戸」、「金」と「銀」。第一部と第二部はいろんな意味で対照的な展示になっています。
俗に“宗達の作品”と言われるものは、有名な「風神雷神図屏風」しかり、はっきりと“宗達の作品”と断言されるものは少なく、だいたいが“宗達の作品ではないか”と推測されているものなので、恐らく多くの人が「『伝』はたぶん宗達自身の手によるもの、『伊年』は宗達工房のものなのだろう」という理解で観ていると思います。逆に言えば、宗達という人の作品はそんな少々あやふやな定義の上にあるので、「伊年」の印があっても「どこかしらは宗達が筆を取っているのかもしれない」と想像を働かせてしまったりします。それが宗達、あるいは「伊年」印の作品のユニークなところ、面白いところなのかもしれません。
第一部には「伊年」印の「四季草花図屏風」が三点あって、いずれも見事なものではあるのですが、出光美術館所蔵の「四季草花図屏風」は隙間なく四季の草花が描きこまれ、濃密なものであるのに対し、根津美術館所蔵の「四季草花図屏風」(上の写真)は非常に繊細なタッチで、まるでボタニカルアートを観ているようなリアルさがありました。同じ「四季草花図屏風」でも三者三様。絵師の個性やセンスが出ているように思います。もしかしたら、このどれかは宗達が描いたものかもしれません。
琳派というものを今回の展覧会は敢えて二回に分けたわけですが、こうして第一部・第二部と観てみると、同じ琳派的な美意識や感覚だけでも光琳と抱一は違うと感じますし、光琳はやはり“江戸より京”、抱一は“江戸の人”なのだなと思います。どこがと言われると難しいのですが、光琳は宗達の影響が色濃い分、桃山的な華美さやデザインセンスに都人のプライドを垣間見れるし、一方の抱一は光琳の影響を受けていても自分らしさがあって、都会人的な柔軟性が感じられます。“宗達の影響の下にある光琳”、“光琳の影響の下にある抱一”という視点で見せることで、それぞれの“らしさ”が伝わってくる気がしました。
今回の展覧会では鈴木其一の作品も、宗達や光琳、抱一という琳派ビック3に劣らず、大きく取り上げられています。其一好きの自分としてもとても楽しみにしていました。しかし、抱一の清冽な「紅白梅図屏風」を観たあと、其一の黒変した銀屏風を前にし、少々ショックを覚えました。銀地絵の保存の難しさを改めて痛感するとともに、これは抱一と其一の(かつての)評価の違いというものも関係したのだろうかと感じずにいられませんでした。当時から評価の高い抱一の作品は変色しないよう丁寧に扱われ、近年まで決して評価が高いとは言えなかった其一の作品は蔵の奥に仕舞われたまま、そんなことでもあったのでしょうか。いずれにしても美しい銀屏風を観られるというのは幸せなことなんだと思います。
会期後半は混雑必至ですので、どうぞお早めに。
【酒井抱一生誕250年 琳派芸術】
出光美術館にて
3/21(月)まで
第一部では、琳派の始祖と呼ばれる俵屋宗達や本阿弥光悦、そして宗達らの画風を引き継ぎ、琳派たるものものとして造り出していった尾形光琳らの作品を中心に、煌びやかで美麗な琳派の世界を紹介していました。
そして第二部では、今回の展覧会の冠にもつけられている生誕250年の酒井抱一やその高弟・鈴木其一の作品をメインに、さらに宗達や光琳らも加わり、継承されていった琳派の流れ・カタチを追っています。
第一部は、まだ安土桃山の絢爛たる華やかな文化を色濃く残す宗達らの作品が中心ということもあり、華麗かつ豪奢な中にも京の優雅さや美意識を強く感じさせるものになっていましたが、第二部は、江戸文化のなかで磨かれていったモダンで洗練された江戸琳派の新たな創造性というものが伝わってくるような内容だったと思います。琳派の「祖」と「後継」、「京」と「江戸」、「金」と「銀」。第一部と第二部はいろんな意味で対照的な展示になっています。
伝 俵屋宗達「月に秋草図屏風」 (※第一部に展示)
俗に“宗達の作品”と言われるものは、有名な「風神雷神図屏風」しかり、はっきりと“宗達の作品”と断言されるものは少なく、だいたいが“宗達の作品ではないか”と推測されているものなので、恐らく多くの人が「『伝』はたぶん宗達自身の手によるもの、『伊年』は宗達工房のものなのだろう」という理解で観ていると思います。逆に言えば、宗達という人の作品はそんな少々あやふやな定義の上にあるので、「伊年」の印があっても「どこかしらは宗達が筆を取っているのかもしれない」と想像を働かせてしまったりします。それが宗達、あるいは「伊年」印の作品のユニークなところ、面白いところなのかもしれません。
「伊年」印 「四季草花図屏風」(右隻) (※第一部に展示)
第一部には「伊年」印の「四季草花図屏風」が三点あって、いずれも見事なものではあるのですが、出光美術館所蔵の「四季草花図屏風」は隙間なく四季の草花が描きこまれ、濃密なものであるのに対し、根津美術館所蔵の「四季草花図屏風」(上の写真)は非常に繊細なタッチで、まるでボタニカルアートを観ているようなリアルさがありました。同じ「四季草花図屏風」でも三者三様。絵師の個性やセンスが出ているように思います。もしかしたら、このどれかは宗達が描いたものかもしれません。
伝 尾形光琳 「紅白梅図屏風」(右隻) (※第一部に展示)
琳派というものを今回の展覧会は敢えて二回に分けたわけですが、こうして第一部・第二部と観てみると、同じ琳派的な美意識や感覚だけでも光琳と抱一は違うと感じますし、光琳はやはり“江戸より京”、抱一は“江戸の人”なのだなと思います。どこがと言われると難しいのですが、光琳は宗達の影響が色濃い分、桃山的な華美さやデザインセンスに都人のプライドを垣間見れるし、一方の抱一は光琳の影響を受けていても自分らしさがあって、都会人的な柔軟性が感じられます。“宗達の影響の下にある光琳”、“光琳の影響の下にある抱一”という視点で見せることで、それぞれの“らしさ”が伝わってくる気がしました。
酒井抱一 「紅白梅図屏風」
今回の展覧会では鈴木其一の作品も、宗達や光琳、抱一という琳派ビック3に劣らず、大きく取り上げられています。其一好きの自分としてもとても楽しみにしていました。しかし、抱一の清冽な「紅白梅図屏風」を観たあと、其一の黒変した銀屏風を前にし、少々ショックを覚えました。銀地絵の保存の難しさを改めて痛感するとともに、これは抱一と其一の(かつての)評価の違いというものも関係したのだろうかと感じずにいられませんでした。当時から評価の高い抱一の作品は変色しないよう丁寧に扱われ、近年まで決して評価が高いとは言えなかった其一の作品は蔵の奥に仕舞われたまま、そんなことでもあったのでしょうか。いずれにしても美しい銀屏風を観られるというのは幸せなことなんだと思います。
鈴木其一 「四季花木図屏風」
会期後半は混雑必至ですので、どうぞお早めに。
【酒井抱一生誕250年 琳派芸術】
出光美術館にて
3/21(月)まで
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