すでに四月になってしまいましたが、先日、「三月大歌舞伎」の昼の部の千龝樂に行ってきました。
三月は中村歌右衛門がこの世を去って10年ということで、その追善狂言と銘打たれています。
まずは菊池寛原作の『恩讐の彼方に』。
大分の耶馬溪という断崖絶壁の渓谷で、多くの人が滑落し命を落としているという話を聞いた僧侶が岩壁を「ノミと槌だけで30年かけて掘り抜いた」という“青の洞門”伝説を基にした作品です。
前半は、主人の愛妾お弓(菊之助)との不義がバレてしまった市九郎(松緑)が主人を殺め、お弓とともに江戸から逃亡。遠く離れた峠で茶店を営みながら、旅人を襲って金品を奪うという生活を繰り返しています。なんといっても菊之助の存在感、悪女ぶりが見もので、市九郎を誑かす様子は見ていてゾクゾクします。『摂州合邦辻』の玉手御前もそうでしたが、こういう色気のある悪女(“女色悪”とでも呼びたいぐらい)をやらせると菊之助は抜群のセンスを発揮する気がします。
後半は、市九郎が良心の苛責から出家し、了海と名を改め、難所の岩壁を掘って道を作ること二十年余、村の人々の協力も得ながら、あとわずかで貫通という頃、亡き主人の息子が敵を探し、了海の前に現れます。後半は打って変わって、岩を掘り続ける了海と彼を慕う村人と、敵を討とうとする主人の息子(染五郎)との人間模様が中心。松緑は演技にも力が入っていて、見応え十分でした。新歌舞伎なので後半は歌舞伎というより少し演劇的ですが、いい芝居でした。
さて、次は歌舞伎の人気演目で、歌右衛門が得意にした『伽羅先代萩』から「御殿」と「床下」。
魁春が政岡を演じるというのが今月の話題でしたが、魁春の政岡は玉三郎の政岡と違って、乳母の温かみというか人情味が伝わってきます。玉三郎は玉三郎で、武家の女の威厳を見せ、さすがに完成されたものがあり、その点、魁春はどこか危なげ(頼りなさげ)で、全体的にも淡白な嫌いはありましたが、しかしその手振り、身振りに子を守る親の情愛と辛さが伝わってくるいい政岡だったと思います。歌右衛門の政岡は観たことがありませんが、歌右衛門の政岡もこういうものだったんだろうなと思いを馳せました。
栄御前を演じた芝翫がいつになく声が小さく元気がないのが気になりましたが、梅玉の八汐、男之助の歌昇、仁木弾正の幸四郎もよく、よい追善狂言だったと思います。
最後は『曽我綉侠御所染』の後半にあたる『御所五郎蔵』。
『三人吉三』や『白浪五人男』『髪結新三』といった歌舞伎の名作を幾つも生んだ河竹黙阿弥の代表作の一つです。侠客・五郎蔵を菊五郎が、傾城・皐月を福助、傾城・逢州を菊之助が、星影土右衛門を吉右衛門と豪華で華やかな配陣。菊五郎の七五調の台詞も歯切れよく、菊之助も『恩讐の彼方に』とは違った魅力を見せ、また福助も菊之助という若きライバルとの共演という中、落ち着いた演技でなかなか良かったと思いました。
歌右衛門追善といいながら成駒屋や高砂屋・加賀屋中心の座組というより、菊五郎劇団の色合いの濃さに、音羽屋の昨今の人気と実力を感じる三月の歌舞伎でした。
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