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2019/03/10

創作版画の系譜

茅ヶ崎市美術館で開催中の『創作版画の系譜 青春と実験の季節』を観てきました。

明治末から昭和前期にかけての創作版画運動を展観するという企画展。創作版画で知られる山本鼎や石井柏亭、長谷川潔らの初期作品が中心ということもあって、その時代特有のムードや、若き版画家たちの実験や批判精神が伝わってきます。

個人的にこの時代の創作版画は好きなので楽しみにしていました。2月頭まで開催していた『現代版画の可能性』にも行きたかったのですが、結局都合が合わず、創作版画だけとなってしまったのが少し残念。

創作版画は作者自らが描く、彫る、摺るという一連の作業を行い制作した版画のこと。伝統的な浮世絵や、昨年同じ茅ヶ崎市美術館で『小原古邨展』が開催された小原古邨や川瀬巴水などの新版画が、絵師、彫師、摺師と分業で制作されるのとは対照的で、より画家の創意が反映される傾向があります。


会場の構成は以下の通りです:
Ⅰ 山本鼎 芸術としての版画の目覚め
Ⅱ 石井鶴三 創作版画とは何かをめぐって
Ⅲ 『月映』 死と生へのまなざし
Ⅳ 長谷川潔 躍動する生と死
Ⅴ 広がる創作版画

山本鼎 「漁夫」
明治37年(1904) 上田市立美術館蔵

最初に登場するのが山本鼎。早いものは明治20年代の最初期の作品からありますが、それから10年足らずで雑誌『明星』に発表した「漁夫」は彫刻刀の跡も生々しく、褞袍を着て海を見つめる漁師の大きな姿に社会的リアリズムを感じさせます。

フランス留学以降の山本鼎の作品は、一転ヨーロッパの風景など洋画的に。でも、高度な技術を持った専門家たちの分業により、ピクチャレスクな風景をよりピクチャレスクに具現化した新版画とは異なり、たとえ技術は拙くても作家の個性が滲み出ていて、心象風景のように胸の奥まで伝わってくるものがあります。

その中でもやはりひと際目を引くのがメインヴィジュアルにもなった「ブルトンヌ」。物思いに耽るようにうつむく女性の表情も秀逸ですが、海面のかすかな斑の線や敢えて鑿跡を残した空の表情がシンプルな背景に独特のトーンを与え、とても味わい深い作品に仕上がっています。

山本鼎 「ブルトンヌ」
大正9年(1920) 上田市立美術館蔵

山本鼎が石井柏亭や森田恒友ともに創刊した美術文芸雑誌『方寸』も35冊ほど出品されていました。表紙が展示されていましたが、山本、石井、森田のほかにも、坂本繁二郎や小杉未醒、青木繁、平福百穂、浅井忠、黒田清輝、バーナード・リーチなど明治末期を代表する幅広い画家たちの表紙絵が観られて、とても興味深いものがありました。

石井柏亭の弟・鶴三の木版画も印象的でした。イラスト的なものや民藝的なものなど、味のあるタッチが秀逸です。女性が浴槽につかる「温泉」は俯瞰気味の構図が小倉遊亀の「浴女」を思わせますが、鶴三の方が早いんですね。

藤森静雄 「あゆめるもの」

大正期の創作版画といえば、『月映』ですね。東京ステーションギャラリーの『月映展』は今でも語り草になるぐらいに素晴らしい展覧会でした。本展でも『月映』から40点近くが展示されています。恩地孝四郎の作品は東京国立近代美術館などで観る機会はありましたが、『月映』の作品がここまで多く展示されるのは『月映展』以来ではないでしょうか。展示は恩地孝四郎の作品が多いのですが、藤森静雄や田中恭吉も数点出品されています。やはり久しぶりに観る『月映』は素晴らしく、心の奥の奥までじーんと沁みてくるものがあります。

谷中安規 「少年画集2 桜(『版芸術』第13号より)」
昭和8年(1933) 須坂版画美術館蔵

興味深かったのが長谷川潔で、出品作は何れもフランス留学前の初期作品で、後年の銅版画とはかなり画風が異なり、表現主義や象徴主義の影響を感じさせるものもあり、まるでムンクのような作品もありました。

東京国立近代美術館の常設展で観て以来気になっていた谷中安規も10数点ありました。近代都市的な風景と幻想性が一体となったような作風にあらためて感心します。ほかにも、やはりムンク的な永瀬義郎や、貧困や労働などプロレタリア美術的な上野誠、小林朝治や平塚運一など印象的な作品が多くありました。

長谷川潔 「女の胸像」
大正3年(1914)頃 横浜美術館蔵

新版画には新版画の良さがありますが、またそれとは異なる自画自刻自摺の味わいと20世紀前半のモダニズムがとてもいいなと思います。


【開館20周年記念-版の美Ⅳ- 創作版画の系譜 青春と実験の季節】
2018年3月24日(日)まで
茅ヶ崎市美術館


版画芸術 159―見て・買って・作って・アートを楽しむ 特集:山本鼎版画芸術 159―見て・買って・作って・アートを楽しむ 特集:山本鼎


谷中安規 モダンとデカダン谷中安規 モダンとデカダン

2018/10/07

小原古邨 -花と鳥のエデン-

茅ヶ崎市美術館で開催中の『原安三郎コレクション 小原古邨展 -花と鳥のエデン-』展を観てきました。

小原古邨は明治後期から昭和初期まで活躍した新版画を代表する版画家。千葉市美術館で2013年に開催された『琳派・若冲と花鳥風月』で観た古邨の花鳥版画が印象に残っていて、今回まとめて古邨の木版画を観る機会があるということで茅ヶ崎まで行ってきました。

茅ヶ崎市美術館は初めて行きましたが、駅からも徒歩10分圏内と近く、閑静な住宅街の公園にあるモダンな佇まいの美術館でした。この日は時間がなく、駅と美術館の往復となりましたが、時間に余裕があれば、海の方まで散歩してもいいでしょうね。

今回の展覧会は、浮世絵コレクターで知られる原安三郎のコレクションを中心にしたもの(古邨の遺族所蔵の作品も一部出品されています)。原安三郎コレクションというと2016年にサントリー美術館で開催された『広重ビビット』が記憶に新しいところ。今回公開される古邨の作品は前後期で230点(前後期で全点入れ替え)。ここまでの規模で古邨の作品が紹介されるのは初めてで、展示作品も全て初公開。摺や保存状態が極めて良いものだけを選んだというだけあり、どれも大変状態が良いのに驚きました。

[写真左から] 小原古邨 「紅梅に鷽」「梅に鶯」
明治後期 中外産業株式会社蔵(原安三郎コレクション) (※展示は10/8まで)

[写真左から] 小原古邨 「雨中の桐に雀」「雨中の柳に小鷺」
明治後期 中外産業株式会社蔵(原安三郎コレクション) (※展示は10/8まで)

会場は、春夏秋冬の季節、また吉祥画などで章立てされ、花鳥や動物などを描いた版画がテーマごとに展示されています。どれもほぼ縦36~38cm×横20cm弱のサイズで、季節を表す草花や鳥、動物、昆虫などが見事な構図の中に収められています。版元が小林清親の版画と同じ大黒屋ということもあって、精緻な版画技術と高度な多色刷りは極めて完成度が高く、これ肉筆じゃないの?と見間違えてしまうほど。繊細な筆触までも再現されています。

[写真左から] 小原古邨 「水連に金魚」「蓮に蛙」
明治後期 中外産業株式会社蔵(原安三郎コレクション) (※展示は10/8まで)

様式的な構図、細緻な表現、落ち着いた美しい色彩、今観ても十分素晴らしいのですが、当時は日本より欧米で高く評価されたようで、作品の多くは海外へ輸出されたといいます。海外から逆輸入の形で日本で再評価されたという点で、やはり日本の抒情的な風景を多く描いた吉田博や川瀬巴水を思い起こさせます。古邨の描く世界は、どこにでもある日本の自然の風景、季節のひとこまであり、今でこそ失われた日本の風情に懐かしさを覚えますが、当時の日本人にとっては綺麗だとは思っても、特別視するようなものではなかったのかもしれません。

[写真左から] 小原古邨 「雪中の梅に緋連雀」「椿に藁雀」
明治後期 中外産業株式会社蔵(原安三郎コレクション) (※展示は10/8まで)

西洋風表現を取り入れいた写実味あふれる鳥や昆虫の描写は渡邊省亭に通じるものがあります。省亭も花鳥画を得意とし、とりわけ鳥の表現に優れていますが、古邨が師事した鈴木華邨も花鳥画に定評があり、また省亭と同じ菊池容斎の門人ということで、技術的に近しいものがあるのかもしれません。



花の美しさはもちろん、小さなと昆虫や蛙、鳥など生き物への慈しみが感じられ、観ていてなんだか優しい気分になります。小さいものまで、極めて細かく描かれているので、正直単眼鏡でも物足らないぐらい。会場に虫眼鏡の貸し出しがあるので、ぜひ借りて拡大して見るといいと思います。




会場には古邨が祥邨、豊邨名義で発表した大判の版画や、歌川広重などの版画も参考展示されています。


古邨は日本画家として東京美術学校で教授をしていたというのですから、肉筆画も相当の腕前だったのでしょう。今回は木版画のみで肉筆はありませんでしたが、いつか古邨の肉筆画も観てみたいなと思います。来年2019年2月~3月には太田記念美術館でも小原古邨展があるそうで、そちらも今から楽しみです。


原安三郎は茅ヶ崎市美術館が位置する高砂緑地にかつて「松籟荘」という南欧風の別荘(老朽化のため1984年に解体)を持っていたそうで、会場には松籟荘の建築模型なども展示されています。


【開館20周年記念 原安三郎コレクショ 小原古邨展 -花と鳥のエデン-】
2018年11月4日まで
茅ヶ崎市美術館にて


小さな命のきらめく瞬間小原古邨の小宇宙(ミクロコスモス)小さな命のきらめく瞬間小原古邨の小宇宙(ミクロコスモス)