2017/02/19

オルセーのナビ派展

三菱一号館美術館で開催中の『オルセーのナビ派展』のブロガー内覧会がありましたので参加してまいりました。

本展は、印象派を中心にしたコレクションで知られるフランスのオルセー美術館の所蔵品約80点で構成された展覧会。ナビ派というと、ポスト印象派や象徴主義の展覧会で作品を目にすることはありますが、単独でここまでしっかり取り上げられるのって恐らく初めてではないでしょうか。

三菱一号館美術館といえば、一昨年に『ヴァロットン展』があって、その前にも『ワシントンナショナルギャラリー展』でボナールやヴュイヤールに1コーナーが設けられてたり、ナビ派と繋がりのある『ルドン展』もやってたりして、ナビ派とは縁の深い美術館。ギャラリートークで三菱一号館美術館の高橋館長がお話されていましたが、ナビ派は海外でも近年再評価されていて、またオルセー美術館のコジュヴァル館長がナビ派に造詣が深く(専門がヴュイヤールとか)、ここ数年一千点単位でナビ派コレクションが増えているといいます。高橋館長はオルセー美術館に在外研究員として赴任していたこともあり、オルセー美術館とは繋がりが深く、今年3月に退任されるというコジュヴァル館長の協力もあって、ナビ派の展覧会としてはトップレベルの内容になったようです。


ポール・セリュジエ 「にわか雨」 1893年

1 ゴーガンの革命

ゴーギャンとナビ派って一瞬結びつかないのですが、ナビ派がポン=タヴェン派の流れを汲むことを考えると、ゴーギャンの影響は計り知れないのでしょう。ここではゴーギャンとともに総合主義を実践したポン=タヴェン派の画家エミール・ベルナールやポール・セリュジエ、モーリス・ドニの初期の作品を展観します。作品は10点も満たないのですが、写実主義の否定や、色や形態の感覚的かつ平面的な描写、輪郭線の強調などが見て取れ、ベルナールやセリュジエらがゴーギャンの指導をどう咀嚼していったかが分かります。

セリュジエの「タリスマン(護符)」はナビ派初期の記念碑的な作品(すいません、写真がピンボケでしたw)。「にわか雨」はゴーギャン以上に平面的で、雨の描写はどこか浮世絵を思わせます。そばにはゴーギャンの言葉も紹介されていました。ドニの「テラスの陽光」はお城の庭園らしいですが、完全に色面のみで構成され、よくこんな大胆な発想ができたなとも思いますし、1890年という時代を考えても、かなり実験的な作品という気がします。ゴーギャンでは2010年の『オルセー美術館展』にも来日した代表作「《黄色いキリスト》のある自画像」が展示されていました。

モーリス・ドニ 「テラスの陽光」 1890年

[写真左] エミール・ベルナール 「収穫」 1888年
[写真右] エミール・ベルナール 「ブルターニュの女性たち」 1888年


2 庭の女性たち

象徴主義はナビ派と密接に結びついていて、ある意味ナビ派の特徴の一つでもあるのですが、女性と自然というテーマは多分に象徴主義的なイメージがあります。ドニがいくつか並んでいて、どれもとても良質な作品で、装飾性が高く、ドニの象徴主義的な傾向がよく出ています。ケル=グザヴィエ・ルーセルの作品なんて唯美主義的なムードもあって、ナビ派という言葉より象徴主義という言葉の方が先に出てくる感じがします。

[写真左] モーリス・ドニ 「10月の宵、若い娘の寝室装飾のためのパネル」 1891年
[写真右] モーリス・ドニ 「9月の宵、若い娘の寝室装飾のためのパネル」 1891年

モーリス・ドニ 「ミューズたち」 1893年

ドニの「ミューズたち」はタイトルの通りに女神なのですが、現代の女性風に描かれているのが面白いですね。優美な女性の曲線とどっしりとした太い幹の直線が様式化された構図にリズムを生み、装飾性を高めているように思います。ドニの代表作「木々の中の行列(緑の木立)」(未出品)と同じ年の作品ということを考えると、その違いも興味深い。

モーリス・ドニ 「鳩のいる屏風」 1893年

ジャポニスムの影響はナビ派の作品に多く指摘されているところですが、ドニの「鳩のいる屏風」は日本の屏風に感化されてるのでしょうし、“日本かぶれ”と揶揄されたボナールの「庭の女性たち」なんて、女性の腰のひねり具合や草花の描写が浮世絵や日本美術をヒントにしているのだろうなと感じます。この作品を観てて、大正ロマンの美人画は西洋の日本趣味作品の逆輸入的な影響もあるんだろうかと思ったりしました。

[写真左から] ピエール・ボナール 「庭の女性たち 白い水玉模様の服を着た女性」
「庭の女性たち 猫と座る女性」「庭の女性たち ショルダー・ケープを着た女性」
庭の女性たち 格子柄の服を着た女性」 1890-91年


3 親密さの詩情

ナビ派のひとつの流れに親密派(アンティミスム)があって、パーソナルな部分に触れてるというか、とてもインティメイトなムードのする作品が多くあります。装飾的な美しさ、かわいらしさとは相入れない、日常の中にある不安や違和感。見てはいけない生活の一断面を覗き見てしまった後ろめたさのような感覚を覚えるのもナビ派の面白さです。

ピエール・ボナール 「ベッドでまどろむ女(ものうげな女)」 1899年

ボナールというと女性のヌードを描いた“浴槽”シリーズがありますが、こんなあからさまな性的イメージを想起させる裸婦画も描いてたのですね。ボナールってもっと明るい色のイメージがあるのですが、色合いも暗めで、淫靡で、どこか退廃的で、世紀末美術のような雰囲気があります。

ヴュイヤールの「エッセル家旧蔵の昼食」も家庭の秘密的な何かが潜んでる感じが伝わってきます。ヴュイヤールの義兄で画家のケル=グザヴィエ・ルーセル一家の食事の風景ということなのですが、夫は浮気をしていて妻の顔をまともに見れないのだとか。目を合わせない夫婦のビミョーな距離感がいたたまれません。

エドゥアール・ヴュイヤール 「エッセル家旧蔵の昼食」 1899年

ヴァロットンも複数作品が出ています。「室内、戸棚を探る青い服の女性」は『ヴァロットン展』でも強く印象に残った作品。何を探してるのが知りませんが、後ろ姿が不気味です。ヴァロットンの木版画シリーズ「アンティミテ」もヴァロットンらしいユニークな作品。独特の冷めた眼差しが後を引きます。

[写真左] フェリックス・ヴァロットン 「髪を整える女性」 1900年
[写真右] フェリックス・ヴァロットン 「室内、戸棚を探る青い服の女性」 1903年


4 心のうちの言葉

肖像画を集めたコーナー。画家の個性がそれぞれ出ていて、ナビ派らしい作品もあれば、正攻法で描いたものもあったりして、表現の追求としての作品と注文肖像画を使い分けていたのかとか、いろいろ興味深いものがあります。

エドゥアール・ヴュイヤール 「八角形の自画像」 1890年頃

ヴュイヤールの「八角形の自画像」は八角形という発想も面白いのですが、色彩の奇抜で大胆な配色が楽しい。本展のメインヴィジュアルにも使われているボナールの「格子柄のブラウス」は手漉き和紙のちぎり絵のようなタッチが印象的。縦長のフレーミングと温かみのある色彩、食卓に目を落とした視線、すごくいい。

[写真左] モーリス・ドニ 「マレーヌ姫のメヌエット」 1891年
[写真右] ピエール・ボナール 「格子柄のブラウス」 1892年

ナビ派の作品は親密な生活空間を描いた作品が多いからか、一緒に暮らす猫や犬が描かれた作品をちらほら見かけます。ボナールには「白い猫」という有名な作品がありますが(しかもオルセーに)、本展には「猫と女性」が出品されていました。こちらも白い猫。ボナールの飼い猫だったのでしょうか。

[写真左] ピエール・ボナール 「猫と女性」 1912年
[写真右] ピエール・ボナール 「ブルジョワ家庭の午後」 1900年


5 子ども時代

ヴュイヤールの「公園」は9つの作品から成り、オルセー美術館には5作品が収蔵されていて、今回はその5点とも展示されています。三菱一号館美術館の空間にとてもマッチしているというか、装飾画的な本来の姿が再現されていて素晴らしいです。オルセーでもこういう展示はできないとか。

[写真左から] エドゥアール・ヴュイヤール 「公園 戯れる少女たち」「公園 質問」
「公園 子守」「公園 会話」「公園 赤い日傘」 1894年

『ヴァロットン展』で話題になった「ボール」も展示されています。

[写真右] フェリックス・ヴァロットン 「ボール」 1899年


6 裏側の世界

英語の章題は“Parallel World”。ナビ派の内的志向は夢や詩の世界と結びつき、時に神秘主義的な作品も創り出したようです。ドニの「プシュケの物語」は装飾壁画のための習作。“プシュケ”というとバーン=ジョーンズを思い出しますが、ドニの“プシュケ”は装飾画らしいカラフルでロマンティックな神話の世界が広がります。

ここには彫刻作品も。“彫刻家のナビ”と呼ばれたというラコンブの作品の前ではナビ派とは何なのかと頭を抱えてしまいました(笑)。でも嫌いじゃないです、こういうの。ランソンの「水浴」もいい。ランソンというと国立西洋美術館にある「ジキタリス」のような色彩感のある装飾性の高い作品を思い浮かべますが、「水浴」はとても神秘主義的というか、オカルトに傾倒したというランソンらしさが出ている作品という感じがします。

[写真右から] モーリス・ドニ 「プシュケの物語 プシュケと出会うアモル」
「プシュケの物語 プシュケの誘拐」「プシュケの物語 プシュケの誘拐(第2バージョン)」
「プシュケの物語 プシュケの好奇心」「プシュケの物語 プシュケの罰」
「プシュケの物語 許しとプシュケの婚礼」 1907年

[写真左から] ジョルジュ・ラコンブ 「存在」 1894-96年
ジョルジュ・ラコンブ 「イシス」 1895年
ポール・ランソン 「水浴」 1906年頃

ポール・セリュジエの妻マルグリットの「谷間の風景 四曲屏風」は、これがナビ派か、というとビミョーな気もしますが、やまと絵屏風の世界観を再現した山や渓流、花木の構成が見事だし、すごく雰囲気があります。やまと絵の屏風ではまず見ないきのこが描かれているのがかわいい。

マルグリット・セリュジエ 「谷間の風景 四曲屛風」 1910年頃

今回の作品の中で一番のお気に入りはヴュイヤールの「ベッドにて」。ヴュイヤールは『ワシントンナショナルギャラリー展』で観た作品がとても良くて、それ以来大好きな画家。単純な線と中間色の淡いトーンでまとめたミニマルな構図と穏やかな寝顔から溢れるやすらぎ感がたまらなくいい。

エドゥアール・ヴュイヤール 「ベッドにて」 1891年

観終わった後に、オルセー美術館の外でナビ派の展覧会を開いたとして、果たしてここまでの作品が揃うだろうか、と思い、実はもう一度足を運びました。ナビ派を代表する作品が集まっているという充実度もさることながら、やはり三菱一号館美術館の空間で観ることで、より印象が深まるのではないかと思います。評判もいいようなので、口コミで広がり、だんだんと混み出すでしょうから、早めに観に行かれるのをお勧めします。


  
『オルセーのナビ派展』の図録は2種類。左側のヴュイヤールの「エッセル家旧蔵の昼食」が表紙の方は数量限定です。


※展示会場内の写真は特別に主催者の許可を得て撮影したものです。


【オルセーのナビ派展: 美の預言者たち -ささやきとざわめき】
2017年5月21日(日)まで
三菱一号館美術館にて


かわいいナビ派かわいいナビ派


ヴュイヤール:ゆらめく装飾画 (「知の再発見」双書166)ヴュイヤール:ゆらめく装飾画 (「知の再発見」双書166)

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