2016/08/27

ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち

国立新美術館で開催中の『ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち』を観てまいりました。

イタリア・ルネサンス期の中で、ローマ、フィレンツェとともに一時代を築いたヴェネツィアのルネサンス美術、いわゆるヴェネツィア派にスポットを当てた展覧会です。ヴェネツィア絵画を中心に約2000点の充実したコレクションを誇るヴェネツィアのアカデミア美術館から、ルネサンス期のヴェネツィア絵画ばかり57点が集められています。

ボッティチェリやダ・ヴィンチ、ミケランジェロといったルネサンスを代表する名だたる画家のいるフィレンツェばかりにスポットが当てられ、なかなかヴェネツィアまで目を向けられることが少なかったと思うので、その意味でも本展は好企画ですし、ヴェネツィア派の初期から終焉まで流れを追うことができるのが大変ありがたい。


第1章 ルネサンスの黎明-15世紀の画家たち

フィレンツェで開花したルネサンスはヴェネツィアにも伝播し、ベッリーニ一族とヴィヴァリーニ一族の二大流派が誕生します。ジョヴァンニ・ベッリーニはヴェネツィア派の始祖と呼ばれるヤコポ・ベッリーニの息子。父ヤコポのイコン画とは異なり、遠近法を用いた空間表現や写実性などフィレンツェのルネサンスからの影響や、自然の光の表現や質感など油絵具による革命的な変化を強く感じます。

ジョヴァンニ・ベッリーニ 「聖母子(赤い智天使の聖母)」
1485-90年 アカデミア美術館所蔵

カルパッチョの「聖母マリアのエリサベト訪問」やモローネの「聖母子」のようなルネサンス的な油彩画がある一方で、この時代はまだテンペラも混在しています。クリヴェッリの「聖セバスティアヌス」と「福者ヤコポ・デッラ・マルカ」はいくらか写実化されてますが、まだどこか中世の祭壇画の雰囲気を残します。アントニオ・デ・サリバの「受胎告知の聖母」はアントネッロ・ダ・メッシーナの同題の傑作の模写。本当はオリジナルが観たかった。

カルロ・クリヴェッリ 「聖セバスティアヌス」
1480-90年 アカデミア美術館蔵

アントニオ・デ・サリバ 「受胎告知の聖母」
1480-90年頃  アカデミア美術館蔵


第2章 黄金時代の幕開け-ティツィアーノとその周辺

ここではヴェネツィア派の第二世代ティツィアーノにスポットがあてられています。ティツィアーノは3点。「ヴィーナス」は工房作なのか、身体に比べて顔が小さすぎたり、右腕と左腕のバランスが悪かったり、あまり感心しなかったのですが、「聖母子(アルベルティーニの聖母)」は我が子にやがて訪れる過酷な運命を受け止めているかのような聖母マリアの表情が秀逸です。

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ 「聖母子(アルベルティーニの聖母)」
1560年頃 アカデミア美術館所蔵

晩年の傑作「受胎告知」はサン・サルヴァトール聖堂の祭壇画の一つで4mを超える大作。神秘的ですらあるドラマティックな構図と創造性溢れる自由な表現、そして“色彩の錬金術”と評されたティツィアーノならではの眩惑的な色彩に圧倒されます。ティツィアーノに学んだともいわれるエル・グレコへの影響も感じます。ティツィアーノは来年東京都美術館でも展覧会があるのでそちらも期待大。

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ 「受胎告知」
1563-65年頃 アカデミア美術館所蔵

周辺の画家では、ボルドーネの「眠るヴィーナスとキューピッド」が白眉。ティツィアーノに学ぶもその才能の高さは師ティツィアーノさえ羨んだといわれます。自然風景を大きく取り入れ、横たわるヴィーナスの詩情性と写実的表現もさることながら、いたずらっ子のようなキューピッドの描写がとにかく良い。

ボニファーチョ・ヴェロネーゼの「嬰児虐殺」も目を引きます。イエスの誕生を知ったユダヤ王ヘデロの命令でベツレヘムに生まれた2歳以下の幼児を虐殺するという新約聖書のエピソードを描いたもので、残酷な兵士たちと子どもを必死に守ろうとする母親の形相、その対比、構図が劇的で素晴らしい。

パリス・ボルドーネ 「眠るヴィーナスとキューピッド」
1540-50年頃 アカデミア美術館所蔵

この時代を語る上ではジョルジョーネが外せませんし、解説でもティツィアーノと並べて紹介されているのですが、ジョルジョーネが一つも来てないのはとても残念でした(アカデミア美術館も所蔵してるのに…)。


第3章 三人の巨匠たち-ティントレット、ヴェロネーゼ、バッサーノ

ティントレットの時代になると、色彩はより艶やかになり、明暗表現は強調され、大胆かつドラマティックな構図が多く目につきます。油彩の技法が確立されたことも大きく、下塗りされたキャンバスを使うようになったのもヴェネツィア派が最初だといいます。その中でもやはりティントレットのダイナミックな構図と表現力はズバ抜けてます。その最たるものが「聖母被昇天」で、ちょっと派手なぐらいの色遣いと情熱的ともいわれる劇的空間、マニエリスム的で独創的な表現は強烈なインパクトがあります。

ヤコボ・ティントレット 「聖母被昇天」
1550年頃 アカデミア美術館所蔵

ヴェロネーゼは、上部に勝利を祈る聖母とローマの守護聖人を描き、下部に激しい海戦の様子を描いた「レバントの海戦の寓意」がユニーク。絵画といえばイコール宗教画という時代に、こういう同時代の戦闘を描いた画があったのを初めて知りました。ヴェロネーゼの工房作の「羊飼いの礼拝」はドラマ性の高い構図の中にも神聖な空気と静かな安らぎを感じる作品。ヤコポ・バッサーノは自然風景を大きく取り入れた「悔悛する聖ヒエロニムスと天上に顕れる聖母子」とちょっとフランドルのブリューゲルを思わす「ノアの方舟への乗船」も印象的でした。

パオロ・ヴェロネーゼ 「レバントの海戦の寓意」
1572-73年頃 アカデミア美術館所蔵

パオロ・ヴェロネーゼの工房 「羊飼いの礼拝」
1592-94年 アカデミア美術館蔵


第4章 ヴェネツィアの肖像画

ヴェネツィア派の肖像画はそれまでの儀式的で型苦しいポーズではなく動きのあるカジュアルな姿勢や情感を特徴としたと解説に書かれていましたが、そこまでカジュアルな感じはしませんでしたが、確かにボッティチェリやダ・ヴィンチ、ラファエロらが描いた肖像画に比べると人間らしさを感じる気もします。ちょっと首を傾げて前を向くリチーニオの「バルツォをかぶった女性の肖像」はその表情と美しい肌が秀逸。服や帽子の黒さと明るい肌のコントラストもいい。

ベルナルディーノ・リチーニオ 「バルツォをかぶった女性の肖像」
1530-40年頃 アカデミア美術館所蔵

ティントレットは肖像画も得意だったそうで、ここでも複数の作品が展示されています。いずれも高級官僚を描いたもので、肖像画の注文も絶えなかったんでしょうね。人物が少しタテに長く、マニエリスム的なのも面白い。ティントレットの肖像画と並んで息子ドメニコの肖像画も展示されています。ドメニコといえば、つい先日トーハクで「伊東マンショの肖像」を観たばかりですが、こうして観ると、父譲りの確かな腕を持っていたことが窺われます。


第5章 ルネサンスの終焉-巨匠たちの後継者

1580年代の終わりから90年代前半にかけて、ティントレット、ヴェロネーゼ、バッサーノというヴェネツィア派を牽引した3人の巨匠が相次いで他界。ここではドメニコ・ティントレットや、ティツィアーノやティントレットの伝統を継承したパルマ・イル・ジョーヴァネ、ティツィアーノ風の官能的な神話画を描いたパドヴァーニなど、ヴェネツィア派の最後を飾る画家たちを紹介しています。

パルマ・イル・ジョーヴァネ 「聖母子と聖ドミニクス、聖ヒュアキントゥス、聖フランチェスコ」
1595年頃 アカデミア美術館所蔵

ここで一際目を引くのが3mを超す大作、パルマ・イル・ジョーヴァネの「聖母子と聖ドミニクス、聖ヒュアキントゥス、聖フランチェスコ」。非常にまとまった構図で、色味のバランス、筆致の確かさ、表現の豊かさ、どれをとっても非の打ち所がありません。

16世紀も末になるとバロックがヴェネツィアにも影響を与えているのが分かります。暗い背景、強い明暗、より動きのある劇的な描写。パドヴァニーノの「オルフェウスとエウリュディケ」はヴェネツィア絵画とバロック絵画の融合と紹介されていましたが、そこには最早ティツィアーノやティントレットらの面影はなく、新しい時代の絵画の萌芽とヴェネツィア絵画の終焉を感じさせます。

パドヴァニーノ 「オルフェウスとエウリュディケ」
1620年頃 アカデミア美術館所蔵

誰もが知っている、というような画家がいるわけではないので、ある程度ルネサンス美術に傾倒した美術ファン向けになるかもしれませんが、これまでヴァネツィア派だけでここまで作品が集まった展覧会はあまりなかったと思うので、その意味でも貴重な機会です。来年はティツィアーノ展もあるので、その予習にもいいかもしれませんね。


【日伊国交樹立150周年特別展 アカデミア美術館所蔵 ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち】
2016年10月10日(月・祝)まで
国立新美術館にて


ヴェネツィア――美の都の一千年 (岩波新書)ヴェネツィア――美の都の一千年 (岩波新書)

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