2016/08/01

岩佐又兵衛展

福井県立美術館で開催中の『岩佐又兵衛展』に行ってまいりました。

又兵衛を知って約10年。待ちに待った展覧会です。2004年に千葉市美術館で大規模な『岩佐又兵衛展』があったのですが、その頃はまだ日本画に今ほど関心がなく、その後辻惟雄先生の本で又兵衛に興味を持ち、古本で買い求めた展覧会の図録を眺めながら、またいつか岩佐又兵衛展が行われる日を心待ちにしていました。

又兵衛の人気はここ数年でものすごく高まってると思うのですが、やはり福井という場所が遠いのか、開幕2日目土曜日の昼間でも館内はガラガラ。独占状態といっていいぐらい空いていました。観る側としては快適でいいんですけど。これが東京だったら、こうはいかないでしょうね。

本展は、福井時代の岩佐又兵衛作品を中心に国宝1件、重文9件を含む40件72点(展示替えあり)を展示。内33件が又兵衛、または工房、岩佐派とされる作品。そのほか、又兵衛の日記(道中記)や自筆の書なども出品されています。


序章 岩佐又兵衛現る

最初に展示されているのが又兵衛の最晩年の自画像とされる作品。又兵衛は60歳のとき幕府に招かれ、妻子を福井に残したまま江戸に向かい、結局戻ることなく73歳で江戸で没します。この自画像は体力的に福井へは帰れないと悟った又兵衛が自ら描き、家族のもとへ形見として送ったとされるもの。無精ひげを生やし、やつれた又兵衛の物寂しげな表情が印象的です。

岩佐又兵衛 「岩佐又兵衛画像」(重要文化財)
江戸時代初期(17世紀中頃) MOA美術館蔵


第一章 金谷屏風 流転の名画

今回の展覧会の目玉の一つが又兵衛の傑作、旧金谷屏風の現存全幅が揃うということ。「金谷屏風」は福井の豪商・金屋家に伝わったことからついた通称で、元は六曲一双12図の押絵貼屏風。明治時代に掛幅に改装され、現在2図が行方不明ですが、ほかの10図が約100年ぶりに一堂に会すというわけです。

これまでばらばらと旧金谷屏風の作品は観ていますが、東博所蔵の「虎図」「老子出関図」だけは縁がなかったので、これでようやく全て観ることができました。もう感謝感激です。

[写真右から] 「虎図」 東京国立博物館所蔵
「源氏物語 野々宮図」(重要美術品) 出光美術館所蔵 (8/13から展示)
「龐居士図」(重要美術品) 福井県立美術館所蔵
「老子出関図」 東京国立博物館所蔵
「伊勢物語 烏の子図」(重要美術品) 東京国立博物館所蔵

[写真右から] 「伊勢物語 梓弓図」(重要文化財) 文化庁所蔵
「弄玉仙図」(重要文化財) 摘水軒記念文化振興財団寺島文化会館所蔵
「羅浮仙図」(重要美術品) 個人蔵
「官女観菊図」(重要文化財) 山種美術館所蔵 (8/26から展示)
「雲龍図」  東京国立博物館所蔵

旧金谷屏風は屏風にすると左右の端が「虎図」と「雲龍図」になることが分かっています(その間の並びは諸説あり)。「虎図」の何とも憎めない表情。単眼鏡で覗くとよく分かるのですが、毛の一本一本が気の遠くなるぐらい丹念に描きこまれています。「雲龍図」のこれまた人間臭い目。いかつい龍ではないけれど、造形もバランス良く美しい。

画題は『源氏物語』や『伊勢物語』といった物語から中国の故事まで脈絡なく、水墨もあれば着色もあり、やまと絵ぽいものもあれば漢画風もあり、精緻な表現もあれば没骨や略筆もありとさまざま。面貌は又兵衛作品の特徴といわれる典型的な豊頬長頤。又兵衛の自在で幅広い画技を存分に堪能できます。旧金谷屏風だけでどのぐらい時間を使っただろうというぐらい何度も何度も観ていました。

ちなみに、旧金谷屏風は8/12まで8幅のみの展示ですが、8/13からは出光美術館所蔵の「源氏物語 野々宮図」が、8/26からは山種美術館所蔵の「官女観菊図」が出品され、会期最後の3日間だけ現存10幅が全て揃います。(「官女観菊図」は山種美術館で現在開催中の『江戸絵画への視線』で公開中です)

そばには所在不明の「源氏物語 花宴図」と「唐人抓耳図」も含め、ほぼ原寸大に再現された屏風が展示されています。昭和初期の古い図版から拡大してるので、少々画像が粗いですが、それでもこうして本来の屏風の姿で観られるのは感慨深いものがあります。


第二章 絵巻 華麗なる色彩と造形

絵巻は「山中常盤物語絵巻」、「上瑠璃(浄瑠璃)物語絵巻」、「堀江物語絵巻」、「小栗判官絵巻」がそれぞれ一巻ずつですが、まるまる展示されていて感動します。各絵巻を代表する巻が出品されているのも嬉しいところです。

2012年にMOA美術館で開催された『絢爛豪華 岩佐又兵衛絵巻』で3つの絵巻(「山中常盤物語絵巻」「上瑠璃物語絵巻」「堀江物語絵巻」)を観たときはその衝撃に打ちのめされましたが、又兵衛の絵巻は何度観ても圧倒されますし、その素晴らしさにはいつも舌を巻きます。

岩佐又兵衛 「堀江物語絵巻」(※写真は部分)
江戸時代初期(17世紀中頃) 京都国立博物館蔵

最初に登場するのが「堀江物語絵巻」。本展ではMOA美術館所蔵の「堀江物語絵巻(堀江巻雙紙)」ではなく、“残欠本”と呼ばれる方の一巻(京博本)が展示されてます。豪族堀江三郎の子・太郎が両親の仇を討つために国師の館へ攻め込むくだりで、首がはねられたり、身体を唐竹割りされたり、かなり血腥い。又兵衛筆として紹介されますが、実際には又兵衛の工房の作だろうといわれています。

次は「小栗判官絵巻」。全15巻、全長約324mで又兵衛絵巻群の中では最長。本展では前期に第10巻、後期に第11巻が展示されます。元は旧岡山藩主・池田家に伝わったものですが、明治天皇がことのほか気に入り、皇室に献上されたといいます。三の丸尚蔵館などでときどき観る機会がありますが、ほかの絵巻に比べてスペクタクル色が強いのも特長。ただ、こうして見比べると線が細く、素人目ですが人物の描写も少し違う感じがします。これも工房作説が有力で、又兵衛研究の第一人者・辻惟雄氏は又兵衛の有能な弟子説を挙げています。

岩佐又兵衛 「山中常盤物語絵巻」(※写真は部分) (重要文化財)
江戸時代初期(17世紀中頃) MOA美術館蔵

そして「山中常盤物語絵巻」。全12巻で、全長約150m。又兵衛の絵巻群の中でも特に傑作とされ、又兵衛自らが筆を振るった唯一の絵巻ともいわれます(後半の巻は工房説あり)。こちらは一番有名な第4巻が出品。義経の母・常盤御前が山賊に無惨に殺害される場面が描かれていて、辻惟雄氏はこれを観た直後、シャケ弁当のシャケの切り身が食べられなかったというのは有名な話。

又兵衛絵巻群は総じて、その濃厚な色彩と徹底した緻密さ、執拗な表現などアクの強さがありますが、本作はその中にあって非常にドラマティックで物語の再現性も高く、ただ残酷で濃厚なだけの絵巻ではないことが分かります。

最後に「上瑠璃物語絵巻」。こちらも全12巻で、全長約130m。本展では牛若丸が上瑠璃姫の寝所を訪れる第4巻を展示。最初から最後まで過剰な描写と派手な極彩色で、どんなに小さな調度品や細部に至るまでバカかと思うぐらい豪華すぎて笑ってしまいます。室内だけでも煩いのに、松の木がまたいちいちうねって、室内に侵入しようかという勢い。

岩佐又兵衛 「上瑠璃物語絵巻」(※写真は部分) (重要文化財)
江戸時代初期(17世紀中頃) MOA美術館蔵

現存する又兵衛作品はほぼ人物画ですが、絵巻に描かれる屏風や襖絵には花鳥画も水墨画もあって、「上瑠璃物語絵巻」にも耕作図や達磨もあったりします。一番興味深いのは朝顔の屏風で、狩野山雪の妙心寺円球院の「朝顔図襖」に似てるなと思ったのですが、よく見ると鈴木其一の「朝顔図屏風」にもかなり近いですね。「上瑠璃物語絵巻」は又兵衛の福井時代(寛永前半)の作ともいわれ、山雪の「朝顔図襖」(1631年)とは時代が前後するのですが、最近では京都時代(慶長年間)の制作の可能性もささやかれていて、そうすると又兵衛の方が早くなるわけです。

又兵衛は父・荒木村重(村重を祖父とする説もあり)の元家臣だった狩野内膳の弟子ともいわれていて、内膳は豊臣家の御用絵師を務めているので、同じ豊臣家と深い繋がりのある狩野山楽とも接点があったことが想像できます。山雪の「朝顔図襖」は山楽と共同制作ですし、共通する狩野派の図様から派生した可能性が高い気がしますが、どうでしょう。

[参考] 狩野山楽/山雪 「朝顔図襖」 ※本展に出品されていません

[参考] 鈴木其一 「朝顔図屏風」 ※本展に出品されていません


第三章 物語・歌仙図 伝統と創造

又兵衛は物語絵や歌仙図も多い。「三十六歌仙図」と「和漢故事説話図」 は前期・後期で半分ずつの展示。こちらは横浜のそごう美術館で開かれた『福井県立美術館所蔵 日本画の革新者たち展』でいくつか観てますが、特に「和漢故事説話図」の細部にわたる表現力、ドラマ性の高さは素晴らしいなと感心します。

岩佐又兵衛 「和漢故事説話図(近藤師経と寺僧の乱闘 )」
江戸時代初期(17世紀中頃) 福井県立美術館蔵

旧金谷屏風と同じくバラバラに軸装されてしまったのが旧樽屋屏風(池田屏風)。下村観山が落札し、その後バラして頒布してしまったとか。もとは八曲一隻の屏風で、8幅中5幅が現存(3幅は所在不明)。その内3幅が本展に出品されます(内「伊勢物語 くたかけ図」のみ8/9~21の展示)。画題は旧金谷屏風と同様に和漢混合ですが、旧樽屋屏風の方が構図や表現に落ち着きがあります。「伊勢物語 梓弓図」は初めて拝見しましたが、旧金谷屏風の同題作では省かれていた室内の女も描かれていて、よく見ると紅潮した頬やほつれ毛まで丁寧に描き、予期せぬ出来事の緊張を見事に表しています。身をよじらせるような木も又兵衛的。

岩佐又兵衛 「伊勢物語 梓弓図(旧樽屋屏風)」(重要美術品)
江戸時代初期(17世紀中頃) 個人蔵

「太平記 本性房振力図」も又兵衛の代表作の一つ。大きさ的には旧樽谷屏風とほぼ同じ。後醍醐天皇が鎌倉幕府倒幕を謀った元弘の乱で、怪力の僧・本性房が大きな岩を谷底の敵軍に投げ落とすという場面が描かれています。筆致が軽く繊細、とても丁寧で、躍動感があり、どこかおかしみもあって秀逸です。

岩佐又兵衛 「太平記本性房振力図」
江戸時代初期(17世紀中頃) 東京国立博物館蔵

「柿本人麿図・紀貫之図」はMOA美術館で何度か拝見している作品。酒宴の席で描かれたのではないかといわれる略画的なタッチでありながら、線や表情は実に的確で、ユーモラスでほのぼのとした雰囲気が楽しい。

岩佐又兵衛 「柿本人麿図・紀貫之図」(重要文化財)
江戸時代初期(17世紀中頃) MOA美術館蔵


第四章 風俗図 前人、未だ図せざる所を描く

今回どうしても観たかった作品の一つが「豊国祭礼図屏風」。これがもう筆舌に尽くし難い素晴らしさ。非常に濃密な構成で、ものすごくエネルギッシュ。どれだけ人が描かれているのかというぐらい人が多い。そして筆がまた執拗で細かい。一人一人の表情や仕草は言うまでもなく、御簾の奥にいる人の着物の文様までご丁寧に描いていたりします(単眼鏡必須!)。基本的に構図は狩野内膳の国宝「豊国祭礼図屏風」に拠っています(“タケノコ人間”までいる!)が、生き生きした群像表現や町全体のグルーヴ感はいかにも又兵衛。又兵衛の代表作の「洛中洛外図屏風(舟木本)」(8/6から展示)にも通じるものがあります。

岩佐又兵衛 「豊国祭礼図屏風」(重要文化財)
桃山時代(17世紀中頃) 徳川美術館蔵 (展示は8/7まで)

その隣に展示されていた「花見遊楽図屏風」がまた素晴らしい。又兵衛は浮世絵の祖といわれることがありますが、これまで又兵衛の作品を観ていても正直ピンと来たことがありませんでした。しかし今回この「花見遊楽図屏風」を観て、なるほど浮世又兵衛とはこのことかと初めて実感しました。先の「豊国祭礼図屏風」や「洛中洛外図屏風(舟木本)」からとりわけオシャレな感じの若者や花見の盛り上がりを抜き出したような構成で、その描写はより享楽的です。

目を引くのが左側の橋の上の若い女性の集団で、なんとなくMOA美術館にある「湯女図」を思わせます。同じように若い女性の集団が描かれたものでは『初期浮世絵展』で観た「桜狩遊楽図屏風」も思い出します。「桜狩遊楽図屏風」の対となるもう一隻には若衆の集団が描かれているといいますが、「花見遊楽図屏風」にも女性と対を成すように若い男性たちがいて、その構図の類似性には興味を覚えます。

そばには昨年京博の『桃山時代の狩野派』で初公開され、又兵衛の「花見遊楽図屏風」との関連性が指摘されている狩野孝信の「北野社頭遊楽図屏風」が展示されています。孝信の遊楽図屏風も十分に風俗描写は秀逸なのですが、又兵衛と比べてしまうとやはり優等生的という感じがします。又兵衛の屏風はよりリアルというか、俗っぽいというか、生々しいぐらい生命力に溢れています。

岩佐又兵衛 「花見遊楽図屏風」
江戸時代初期(17世紀中頃) 個人蔵

今回は10数年ぶりのまとまった展覧会ということもあり、個人的にも初めて観る作品もあり、また又兵衛作品をこれだけ一堂に観る機会というのもなかったので非常に満足度の高い展覧会でした。遠くてもわざわざ福井まで行って正解でした。

図録にも書いてありましたが、つくづく思うのは、やはり東京国立博物館あたりで大々的な岩佐又兵衛展をやって欲しいなということ。東博は又兵衛をたくさん所蔵してるし、今回展示されなかった江戸以降の作品も集め、スペースを使って絵巻もずらり並べれば、さぞ壮観だろうなと。2020年は又兵衛の没後370年だそうですよ、トーハクさん。


【福井移住400年記念 岩佐又兵衛展】
2016年8月28日まで
福井県立美術館にて


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