水にまつわる神仏や信仰、説話などを表した美術品・工芸品を集めた展覧会。確か何年か前にもサントリー美術館は“水”をテーマにした展覧会をやっていたので、似たような感じかなと思ったのですが、今回はかなり深くツッコんできました。
何よりそのテーマ、見せ方が素晴らしい。展示品が良いのももちろんなのですが、古来からの自然崇拝や日本人の中での精神的な繋がりが作品の背景から見えてくるし、そのため作品の造形がより興味深く感じられます。
ただ単に“水”を表現した美術・工芸的な作品を鑑賞するというのではなく、日本の信仰や宗教を“水”というテーマで捉えるという点でも非常に面白い展覧会になっています。
第1章 水の力
まずは導入部として、日本人がいかに“水”に神秘性を見出し、信仰の対象としていたかを紹介。
会場入ってすぐに展示されているのが弥生時代の銅鐸で、流水の文様が刻まれていることから、水への祈りが太古の昔からあったとされています。本展では弥生時代の流水文が水の流れを意味していると断定していますが、これについては異論もあるようなので何とも言えませんが、どちらにしろ2000年も昔にこうした抽象的な文様があったのですから凄いことです。
「流水文銅鐸」
弥生時代・紀元前1~1世紀 八尾市立歴史民俗資料館蔵
弥生時代・紀元前1~1世紀 八尾市立歴史民俗資料館蔵
よく寺社の縁起に、仏像が川から流れ着いたとか、流れてきた霊木で仏像を造ったとかいう話がありますが、その代表的なものとして奈良・長谷寺の十一面観音像の縮小模刻が出品されています。本尊の十一面観音像は何度か焼失していて、展示されているのは13世紀に快慶が本尊を復刻(現存せず)したときに同じ木材で弟子の長快が造像したものとか。流れるような衣文も美しく、慶派仏師らしい力強くも非常に優美な仏像です。
本展の目玉のひとつが、聖なる山と水を表現したという金剛寺の「日月山水図屛風」。ずっと観たかった作品で、ようやく拝見できました。これが15世紀のやまと絵なのかと俄かに信じがたいぐらいにユニークな屏風で、もしこの絵のことを知らない人に「加山又造の作品だよ」と言ったら信じてもらえるのではないかと思えるほど自由奔放でモダンな魅力に満ちています。琳派誕生前にこれだけ大胆な空間表現と装飾的な工芸的手法が使われていることにも驚きます。類似した作品に出光美術館の「日月四季花鳥図屏風」がありますが、中世やまと絵屏風とはこれほどまでに先鋭的でダイナミックだったのかと思うと興味は尽きません。
「日月山水図屛風」(重要文化財)
室町時代・15~16世紀 金剛寺蔵 (展示は1/11まで)
室町時代・15~16世紀 金剛寺蔵 (展示は1/11まで)
そのほかにも、東大寺二月堂のお水取りで用いられる法具や、湯立神事を描いた絵図など、水にまつわる儀礼や信仰の作例が展示されています。
第2章 水の神仏
ここでは“水”が神格化した姿を紹介しています。“水”の神というと、まず頭に思い浮かぶのが弁才天(弁財天)。もとは「水を持つもの」という意味のヒンドゥー教の女神サラスヴァティーであったといいます。
弁才天像には3タイプあって、8臂(腕が8本)のものと2臂(腕が2本)のもの、そして頭上に蛇神をいだいた宇賀弁才天。本展にも複数の宇賀弁才天が展示されていて、頭に鳥居を乗せているものもあるんですね。弁才天の化身が蛇であることから結びついたようですが、その姿はちょっと異様です。
「弁才天坐像」
鎌倉~南北朝時代・14世紀 MIHO MUSEUM蔵
鎌倉~南北朝時代・14世紀 MIHO MUSEUM蔵
江島(江ノ島)や竹生島、天川、厳島にゆかりの弁才天が紹介されていて、そのうちMIHO MUSEUM所蔵の「弁才天坐像」は江島神社伝来のものとか。こちらも宇賀神を頭に乗せた8臂像ですが、装身具をたくさん身につけていて、かすかに彩色の跡も分かります。昔は色鮮やかな美しいお姿だったのでしょうね。石山寺の「天川弁才天曼荼羅」の蛇頭人身の三面十臂の弁才天の異形さには度肝を抜かれました。
単独の人頭蛇体の異様な宇賀神もありました。会期後半には、みうらじゅんも絶賛した大阪・本山寺の「宇賀神像」が出品されます。これは必見。すでにシルエットだけは展示されています(笑)
「吉野御子守明神像」
鎌倉~南北朝時代・14世紀 大和文華館蔵 (展示は1/11まで)
鎌倉~南北朝時代・14世紀 大和文華館蔵 (展示は1/11まで)
「吉野御子守明神像」は吉野水分神社の主祭神・天之水分神(あめのみくまりのかみ)を描いた作品。「水分(みくまり)」から「みこもり」と変化し、もともとは水源を司る神様だったものが育児の神様として信仰されているのだそうです。いかにも神様や仏様といったお姿ではなく、赤子を抱く母親を明神様として祀っているところに逆に人々のリアルな祈りが見えてくるようです。
ほかにも仏教の十二天の一尊・水天の像や、“水”と関係の深い住吉大社にまつわる坐像や絵巻などが展示されています。
第3章 水に祈りて
“水”は五穀豊穣の源であり、その祈りの対象である水神の象徴として古来より龍神が祀られてきました。「善女龍王像」は雨乞い修法の本尊で、善女なのにそのお姿は男性のようです。状態は決して良くありませんが、細く精緻な線描、流麗で丁寧な衣服の表現など、極めて優れた作品だと分かります。よく見ると、裾から龍の尾っぽが見えます。
「善女龍王像」(国宝)
平安時代・久安元年(1145) 金剛峯寺 (展示は1/11まで)
平安時代・久安元年(1145) 金剛峯寺 (展示は1/11まで)
鞘に倶利伽羅龍が巻きついた龍光院の「倶利伽羅龍剣」、倶利伽羅龍が不動明王の象徴であることがよく分かる「倶利迦羅龍剣二童子像」(奈良博蔵)、岩窟に潜む龍神のように彫り表した金剛峯寺の「水神像」など、その見事な造形に唸ってばかり。
「春日龍珠箱」(重要文化財)
南北朝時代・14世紀 奈良国立博物館蔵 (展示は1/11まで)
南北朝時代・14世紀 奈良国立博物館蔵 (展示は1/11まで)
中でもとりわけ素晴らしいのが「春日龍珠箱」。龍神の宝珠を納めたとされる、言わば玉手箱のような箱で、外箱と内箱から成り、その箱に描かれた絵の美しさがまた素晴らしい。外箱は経年の汚れで絵が分かりづらいですが、蓋裏は褪色もなく、3匹の龍と8人の束帯姿の貴族が描かれています。よく見ると貴族の肩の上には龍が乗っていて実は八大龍王なのだと分かります。内箱も側面には文様化された荒波が描かれていて、その素晴らしさには目を見張ります。
第4章 水の理想郷
龍宮伝説が紹介されていて、『浦島太郎』のモデルともいわれる海幸彦と山幸彦の神話を描いた「彦火々出見尊絵巻」や、これも“七夕伝説”の起源とされる「天稚彦物語絵巻」など興味深い作品が並びます。蓬萊山は古くは宮殿を背に乗せた亀だったという話も面白かったですね。楊柳観音(水月観音)を描いた作品や、なぜか巻貝に乗った羅漢様もあったりします。
第5章 水と吉祥
吉祥文様の中に見られる水の表現。たとえば長寿のお祝いによく見られる菊水文様や、古来御神体とされる滝を描いたものなど、日本人の生活を彩ってきた文様に水の造形を見ていきます。
器物や着物なども展示されていますが、やはり目を惹くのが応挙の「青楓瀑布図」。大ぶりな掛軸に堂々と描かれた大きな滝からは迫力ある滝の音が聴こえてきそうです。滝の白さと岩の黒さ、楓の青さが絶妙なバランスで配され、構図としても見事な逸品。題詞は応挙に師事したともいう儒学者の皆川淇園。
円山応挙 「青楓瀑布図」
江戸時代・天明7年(1787) サントリー美術館蔵 (展示は1/11まで)
江戸時代・天明7年(1787) サントリー美術館蔵 (展示は1/11まで)
第6章 水の聖地
最後は水にまつわる寺社や祭礼、町を描いた名所図屏風。「四天王寺住吉大社祭礼図屛風」はその名のとおり四天王寺と住吉大社を描いた六曲一双の屏風で、祭礼や花見、また門前町など江戸初期の名所風俗図屏風ならではの賑わいぶりを見せます。「厳島三保松原図屛風」も左隻に厳島、右隻に三保松原を描き、全裸で泳ぐ人がいたり、酒宴で盛り上がる人がいたり、大名行列があったりと、そこに描かれる人々の様子も楽しい。
人気の絵師の作品が出てるわけでもないので、決してお客さんが入ってる展覧会ではありませんが、わたしのTwitterのTLを見る限り、既にご覧になった方々の評判はすこぶる良いようです。美術品として優品も多いのですが、宇賀神や弁才天、また龍神にまつわる作品など宗教・信仰的な観点からも見るべきものが多く、テーマもしっかりしていて優れた展覧会だと思います。
【水-神秘のかたち】
2016年2月7日(日)まで
(※12月29日(火)~1月1日(金・祝)は休館)
サントリー美術館にて
日本の伝統文様事典 (講談社ことばの新書)
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