2014/05/05

江戸絵画の真髄

東京富士美術館で開催中の開館30周年記念所蔵作品展『江戸絵画の真髄』に行ってきました。

“東京”とはいっても場所は八王子ですから、新宿からでも約1時間。さらにバスで15~20分ほどの所にある美術館。ちょっとした小旅行です。

とはいえ、わざわざ遠くまで行く価値は十分すぎるほどある魅力的な展覧会でした。

東京富士美術館は西洋画のコレクションが充実しているというのはウワサで聞いていましたが、日本画もここまで質の高い作品を有しているとは知りませんでした。もっと早くに訪れておくべきでしたね。

さて、1階のひろーいロビーからエスカレータで上がると、左手には常設展の展示室。常設展は帰りに観るとして、ここは右へ。しばらく進むと企画展の展示スペースがあります。


第Ⅰ章 開花の時 -江戸前期 狩野派、琳派の躍動

最初に登場するのが狩野尚信の「猛虎図」。昨年、出光美術館で開催された『江戸の狩野派』にも出品され、話題になった作品なので覚えている方も多いでしょう。板橋区美術館の『探幽3兄弟展』で観た尚信の虎にも似て黒目がゲバゲバ的に寄っていて、尻尾の動きからして猫のようで少しも猛々しくなく、尚信らしい軽妙洒脱さを感じます。

[右] 狩野尚信 「猛虎図」
[左]  狩野常信 「四季山水図屏風」
江戸時代前期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)

隣には尚信の子・常信の「四季山水図屏風」が。四大家とよばれるだけあり、狩野派のお手本のようなきっちりとした山水図屏風で、金砂子が効果的に使われ、装飾的にもとても美しい作品。振り返ると、初期江戸狩野派とされる「吉野山龍田川図屏風」。春の桜に秋の紅葉、緑の山と金雲の対比も鮮やかで、こちらも美しい。

海北友雪 「源平合戦図屏風」
江戸時代前期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)

となりには、海北友松の子・友雪の「源平合戦図屏風」。父・友松ほどの気魄に欠けると解説にありましたが、非常に丁寧・精緻で見応えのある屏風です。海北友松・友雪親子はもっと注目されていいと思うのですが、同時代の狩野一族や等伯、宗達に隠れてしまいがち。東京国立博物館の『栄西と建仁寺』展がいいきっかけとなり、評価が高まるといいなと思います。

[左] 書:本阿弥光悦、下絵:宗達派 「草花図下絵和漢朗詠集漢詩」
[右] 書:本阿弥光悦、下絵:宗達派 「草花図下絵和漢朗詠集和歌」
江戸時代前期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)

琳派もなかなか。宗達工房による秋草図に本阿弥光悦が漢詩を揮毫した掛軸、宗雪と伝わる四季草花図、いかにも琳派っぽい波濤図など、どれも一級品。

伝・俵屋宗雪 「四季草花図屏風」
江戸時代前期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)

個人的には、洗練されたデザインが光る「武蔵野図屏風」にやられました。たなびく雲と秋草のリズミカルなライン、雲上の富士山と沈む月の対比が素敵です。 近世初期のやまと絵系諸画派に好まれた画題と解説にありましたが、意匠的なセンスは琳派に近いものがあります。サントリー美術館所蔵の同題の屏風も観てますが、こちらの方は金雲の上の山並みがアクセントになっていて、多重奏のような面白さがあり、作者の強い美意識を感じます。

作者不詳 「武蔵野図屏風」
江戸時代前期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)


特集Ⅰ 物語絵の世界

独立したコーナーとして物語絵の屏風や巻物を紹介。源氏物語にまつわる作品が多かったですが、山本元休の「大職冠図屏風」がとても素晴らしい。現存作品数が少なく、伝記不明の絵師ということですが、狩野安信の弟子とされ、法橋にまでなったといいます。相当の絵師だったのでしょう。竜王に奪われた宝珠を藤原鎌足に依頼された海女が取り戻すという話だそうで、非常に丁寧に描かれていて、ドラマティックな面白さがあります。お伽草子ファンにはフクロウ(?)の話の絵巻物「うそ姫の縁起」というのもあり。

山本元休 「大職冠図屏風」
江戸時代前期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)

[右] 作者不詳 「源氏物語(車争)図屏風」
江戸時代前期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)


第Ⅱ章 革新の時 -江戸中期 奇想派、文人画家の台頭

バラエティに富んだ江戸中期の作品を紹介。まず見ものは池大雅と妻・池玉瀾の双幅の掛軸で、素人目にはどちらが大雅でどちらが玉瀾か分からないぐらい。ともに見事に大雅風の南画で、素晴らしい。名前を分かってしまった上で言うとすれば、玉瀾の方が線がやや柔らかめか。玉瀾はどこかで観ているなと思ったら、両作とも千葉市美術館の『酒井抱一と江戸琳派の全貌』に出品されていたようです。

[左] 池玉瀾 「辺渓閑遊図」
[右] 池大雅 「渓上高隠図」
江戸時代中期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)

楫取魚彦の三幅の掛軸も印象的。鯉の絵に定評があったということで、いわゆる鯉の滝登りの図なのですが、滝を描かず滝に挑んでいく姿を表現しているのが面白い。左右の梅に雪・梅に月の風情もいい。

楫取魚彦 「月梅図」「鯉登滝図」「雪梅図」
江戸時代中期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)


特集Ⅱ 秘蔵の若冲、蕭白、応挙、呉春の名品、初公開!!

そして、蕭白。蕭白だけで8点もあって、ビックリ。その内7点が初公開のようです。30代前半の作とされる「蝦蟇仙人図」や「南泉斬猫図」、円熟期の精緻な「観瀑図」、そして雄大な構図、謹直な線描の山水画の中にコミカルな舟の描写が楽しい「山水図屏風」と、蕭白の魅力がいっぱい。後期には『蕭白ショック!!』にも出てた「鶴図屏風」が展示されるようです。

[左から] 曽我蕭白 「観瀑図(山水瀧図)」「鍾馗図(鬼神)」
「南泉斬猫図」「山水図」
江戸時代中期 東京富士美術館蔵

若冲は本展のメインヴィジュアルになっている「象図」に加え、得意の「鶏図」と「鶴図」の3点。初公開の「象図」は大胆にデフォルメされた構図が楽しい。背景を黒く塗りつぶしているのも効いています。若冲にほぼ同じ構図で「白象図」というのがありますが、それより時代は後に描かれたものとか。目は「象と鯨図屏風」に似てる気もしますが、こちらの「象図」には牙がない(それとも鼻に隠れてるのが牙か?)。今後若冲の代表作の一つに挙げられる作品になるんだろうなと思います。

伊藤若冲 「象図」
寛政2年(1790年) 東京富士美術館蔵

ほかには応挙、蘆雪、呉春(松村月渓)も初公開。特に呉春の南画が見応えあり。


第Ⅲ章 爛熟の時 -江戸後期 各派の多彩な継承者たち

東京富士美術館所蔵作品の中で特に有名な日本画というと鈴木其一の「風神雷神図襖」。私自身は『大琳派展』、『酒井抱一と江戸琳派の全貌』以来3度目のご対面。宗達・光琳・抱一へと継承されてきた琳派を象徴する画題に其一が挑んだ意欲作で、金地の屏風でなく絹本の襖絵なのが特徴。襖8面にゆったりと描いていて、前3者のような迫力や濃厚さはありませんが、襖であることを考えると、この落ち着いた淡彩の色調と空間的なバランスがちょうどいいのかもしれません。

鈴木其一 「風神雷神図襖」
江戸後期 東京富士美術館蔵

其一ではもうひとつ、「萩月図襖」も展示。こちらは其一らしい気品ある瀟洒な作品で、赤い萩の花と白い萩の花の対比が美しい。ほかに、渕上旭江、円山応挙の子・応瑞、応受の三幅の掛軸といったものもあり。印象的だったのは小田海僊の「梅花双禽図」と松村景文の「草花小禽図屏風」。景文というと、四条派らしい花鳥画をよく観ますが、これは上下に金雲を施し、より華麗で装飾的な作品になっています。

松村景文 「草花小禽図屏風」
江戸時代後期 東京富士美術館蔵


特集Ⅲ 南画の系譜

最後は南画。まず谷文晁が三点。「芦月図」は昨年の『ファインバーグ・コレクション展』で一番インパクトを受けた「秋夜名月図」を掛け軸にコンパクトにまとめたようなところがあります。「青緑山水図」はサントリー美術館の『谷文晁展』にも出品されていて、特に強い印象を持った作品。これもここでしたか。ベースは北宋画的ですが、明朝期の中国画や南蘋派などの影響も受けているといいます。

[左から] 谷文晁 「青緑山水図」「渓山訪友図」「芦月図」
江戸時代後期 東京富士美術館蔵

ほかに、椿椿山、山本梅逸と個人的に好きな絵師の作品もあり。特に素晴らしいのが椿椿山の「富貴花鳥図」で、南蘋派らしい華麗な彩色花鳥画ですが、色数を絞っているせいか落ち着いた上品な美しさがあります。

椿椿山 「富貴花鳥図」
弘化5年(1848年) 東京富士美術館蔵


この作品はここにあったんですね、という作品も多く、どの作品も一定水準以上のクオリティ。まさに垂涎のコレクションです。なお、<第Ⅰ章>、<特集Ⅰ>、<第Ⅱ章>のみ前後期で展示替えがありますが、<特集Ⅱ>、<第Ⅲ章>、<特集Ⅲ>は展示替えがありません。

常設展の西洋絵画も充実のコレクション。観に行った日も、ルネサンスから、バロック、ロココ、印象派、そして現代絵画まで85点の作品が展示されていました。もうまるでどこかの国の美術館のコレクション展のような豪華さ。また、同時開催で『明治の着色写真』という写真コレクションの館蔵品展も開かれてます。こちらもお見逃しなく。

ミケーレ・ゴルディジャーニ 「シルクのソファー」
1879年 東京富士美術館蔵

※掲載の写真は撮影可の写真になります。一部撮影不可作品を除き、企画展および所蔵作品展も写真撮影OKとのことです(ただし、フラッシュや、まわりのお客様の迷惑になるシャッター音はNG)。


【開館30周年記念東京富士美術館所蔵 江戸絵画の真髄】
2014年6月29日(日)まで
東京富士美術館にて


もっと知りたい伊藤若冲―生涯と作品 改訂版 (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたい伊藤若冲―生涯と作品 改訂版 (アート・ビギナーズ・コレクション)


もっと知りたい曾我蕭白―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたい曾我蕭白―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)

2014/05/04

ねこ・猫・ネコ展

渋谷区立松涛美術館で開催中の『ねこ・猫・ネコ』展に行ってきました。

わたし自身、ずっと猫を飼っていて、犬より猫派の人間なので、本展も気になっていたのですが、気付いたら前期展示が終了してしまい、慌てて後期展示を観てまいりました。

美術館で絵を観ていると、猫が登場する作品というのは意外と多いもの。犬より多いのではないでしょうか? 日本画によく出てくる虎を描いた作品なども、昔の人は実際に虎なんて見たことがなかったので、「それ、ネコだろww」とツッコミを入れたくなるような絵にも時々出会います。

本展は、そんな絵画や彫刻の題材となった猫を日本美術を中心に紹介する展覧会。猫を描いた作品を観ることで、猫と人間の切っても切れない長い歴史も見えてきます。


序章 猫の誕生

リニューアルされた松涛美術館の地下1階と2階が会場。まず地下1階から。入ってすぐのところに、エジプト王朝時代の猫のブロンズ像が展示されています。エジプトでは猫が神格化(バステト)されていて、お墓からは猫のミイラも発見されているのだといいます。また、この頃から猫の家畜化がはじまったと解説されていました。


第一章 孤高の猫

日本には仏教の伝来とともに猫も入ってきたそうで、仏典などを守るために鼠などの駆除が目的だったようです。

最初に登場するのが、沖縄の二つの「神猫図」で、ネコというよりキツネっぽい。沖縄でも猫は神格化されていたのですね。ここでは黒田清輝の油彩画「花と猫」や夏目漱石が描いた「あかざと黒猫」、奥村土牛や月僊の日本画、橋本平八の猫のブロンズなどが展示されています。

黒田清輝 「花と猫」
明治39年(1906) 愛知県美術館蔵


第二章 猫のいる場景

生活の中に溶け込んだ猫の絵を紹介。古くは「春日権現験記絵」(模本)に出てくる猫から、現代の大切なペットとして描かれている猪熊弦一郎のモダンな「三人の娘」などまで、いつの時代も人間のそばにはいつも猫が。丸まった背中から墨を入れ、両耳から煙を出すという仁阿弥道八・作の「黒楽銀彩猫手焙」が面白い。

猪熊弦一郎 「三人の娘」
昭和29年(1954) 横須賀美術館蔵

千種掃雲 「木蔭」
大正11年(1922) 京都国立近代美術館蔵

個人的には千種掃雲の「木蔭」と結城素明の「無花果」の気持ち良さそうに安らぐ猫に和みました。


第三章 眠る猫

猫の語源は「寝る子」ともいいます。ここでは墨でまん丸に猫を描いた与謝蕪村や原在中の子・原在正、近現代では堂本印象や西山翠嶂らの作品、朝倉文夫のブロンズなどが展示されています。河鍋暁斎・暁女親子の「絵手本習作」の軽妙なタッチの猫がまたかわいい。

原在正 「睡猫図」
江戸時代 大阪市立美術館蔵

堂本印象 「母子」
昭和4年(1929) 松岡美術館蔵


第四章 猫と蝶

日本画を観ていると、“猫と蝶”、“猫と牡丹”という組み合わせによく出会います。昔からなんでだろうと思っていたのですが、ようやく謎が解けました。蝶と“長”、猫と“命”はそれぞれ発音が同じため語呂合わせで、古くから長命を願う画題として一緒に描かれてきたのだそうです。中国にはお年寄りを意味する“耄耋(もうてつ)”という言葉があり、“耄”が猫、“耋”が蝶とそれぞれ発音が同じで、やはり好んで描かれたいいます。同じように“猫と牡丹”も豊かになって長生きするという意味があるとか。

椿椿山 「君子長命図」
天保8年(1837) 板橋区立美術館蔵

増山雪斉 「百合に猫図」
江戸時代 三重県立美術館蔵


第五章 猫と鼠

洋の東西を問わず、猫とネズミは格好の題材で、小林清親の有名な木版画や、竹内栖鳳が即興的に描いた軽妙な味わいの「酔興」など、思わず笑ってしまいそうな作品が紹介されています。極めつけはネズミを咥えた瞬間の猫がリアルな朝倉文夫の「よく獲たり」。猫本来の本能を見事に捉えただけでなく、しなやかな筋肉など写実的な表現力が素晴らしい。そしてこのタイトル。獲物を穫ってきた猫を褒める朝倉文夫が目に浮かぶようです。

小林清親 「猫と提灯」
明治10年(1877) 千葉市美術館蔵


第六章 猫と美人

つづいて2階へ。源氏物語の「女三宮」を見立てた浮世絵が3点。いずれも美女の足元に猫がじゃれていて、お決まりの構図なのでしょう。同じ画題を描いた川端玉章の「女三の宮」も四条派らしい丁寧な筆致と清楚な風情がとてもいい。

川端玉章 「女三の宮」
明治時代 東京藝術大学蔵

昭和系な若い美人が猫を抱く長谷川昇の「婦人と猫」、おばあさんが猫を抱える木村荘八の「祖母と子猫」の並びも楽しい。裸婦と猫という組み合わせの作品も3点ほど並んでいて、これも意外性があって面白い。白い洋装の女性と膝の上にのせた黒猫のコントラストが印象的な中村貞以の「猫」も◎。


第七章 中国・朝鮮の猫

最後は日本画に大きな影響を与えた中国・朝鮮の作品を紹介。沈南蘋の「老圃秋容図」、伝・毛益の「蜀葵遊猫図」、卞相璧の「飛雀猫図」と素晴らしい作品があります。白眉は劉埜齢の「斑猫」。劉埜齢は20世紀前半の中国の動物画の大家だそうで、虫か何か飛んでるのか虚空を見つめる猫の表情・描写が秀逸。毛の柔らかな質感も巧みで、獲物を狙う時の尻尾の動きもとてもリアル。

沈南蘋 「老圃秋容図」
雍正9年(1731) 静嘉堂文庫美術館蔵

2階の会場には、現代日本画家の中島千波と畠中光享の猫を描いた新作絵画も公開されています。

どれもたまらなく愛おしいねこ、猫、ネコ。絵を観ている人は誰もが笑顔で、楽しそうなのが印象的でした。猫好きの美術ファンなら必見の展覧会です。


【リニューアル記念特別展 ねこ・猫・ネコ】
2014年5月18日まで
渋谷区立松涛美術館にて

※毎週金曜日、渋谷区民は無料(在住がわかる書類要)。猫割、リピーター割もあります。詳しくは公式ウェブサイトへ。


猫の絵画館 (コロナ・ブックス)猫の絵画館 (コロナ・ブックス)


藤田嗣治画文集 「猫の本」藤田嗣治画文集 「猫の本」

2014/05/03

江戸絵画の19世紀

府中市美術館で開催中の『江戸絵画の19世紀』(後期展示)に行ってきました。

毎年春に行われている<春の江戸絵画まつり>ももう何回になるんでしょうか。春になると今年の府中市美術館はどんな江戸絵画を見せてくれるのだろうと楽しみになってきます。

今年のテーマは“19世紀の江戸絵画”。応挙、若冲、蘆雪、蕭白といった江戸絵画を代表する人気絵師を輩出した18世紀につづく時代。江戸文化が爛熟し、西洋の文化や技術も少しずつ入り、やがて美術を取り巻く環境が激変す明治を迎える時代。浮世絵、文人画、洋風画とさまざまな作品が登場する19世紀の江戸絵画がどんな特色があり、どんな魅力があるのかを探っていきます。



1. 19世紀の造形感覚

江戸中期の奔放で、画期的な江戸絵画の傾向をさらに発展させた、斬新で、分かりやすく、そして古臭さを感じさせない独特の造形感覚をもった作品をいくつかのテーマに分けて紹介しています。

≪精密さと迫真≫では、得意の猿図の筆致が活かされている森狙仙の「狸図」、枯れかけた蓮の葉を太い線で力強く描いた岸駒の「白蓮翡翠図」、華麗な彩色が美しい岡本秋暉の「花鳥図」が秀逸。大久保一丘の西洋画のような肖像画、亜欧堂田善の銅版画も新しい時代を強く感じさせます。

狩野一信 「七福神図」
個人蔵

≪うねりと凄み≫では、「五百羅漢図」で有名な狩野一信の「七福神図」が◎。作りとしては山水画ですが、真ん中に太く大きく伸びた松、左上には日輪と鶴、そして画面のあちらこちらに七福神が集うという縁起のいい作品。狩野芳崖の「月夜山水図」も素晴らしい。室町の水墨画に倣った典型的な構図でありながら、遠くの山を薄くぼかして遠近感を出し、後年の作風を感じさせるところがあります。

狩野芳崖 「月夜山水図」
山口県立美術館蔵

≪ひねる深み≫では狩野一信の「布袋唐子図」、≪構図の新感覚≫では松村呉春の弟子・小田海僊の「少年行之図」、酒井抱一の弟子・池田孤村の「春秋花鳥図」が印象的。面白かったのが古市金峨の「瀑布図」で、縦に長い掛軸のほぼ全面に滝だけを描き、大胆というか、インパクトがあるというか。流れ落ちる滝の大音量が聞こえてきそうです。

古市金峨 「瀑布図」
個人蔵


2. 心のかたちを極める

技巧に走るのではなく、むしろ自由で非技巧的な描き方を尊び、愉しむ、そんな肩の力を抜いた作品を紹介。面白いのは上田公長の「狐の嫁入り図屏風」で、よくある擬人ものなのですが、姿は狐の顔した人間そのもので、脚がリアルに太かったりしてユニーク。

葛飾北斎 「諸国滝廻り 相州大山ろうべんの滝」
中外産業株式会社蔵

ほかに北斎の「諸国滝廻りシリーズ」や浦上玉堂の「山間訪隠図」が印象的。


3. 19世紀の人々の「世界」

≪世界について考える≫では、西洋画の影響かリアルに描こうとするも顔のバランスがちょっと変な山口素絢の「洋美人図」、お百姓さんがまるで西洋人の「水辺村童図」などユニークな作品も。亜欧堂田善の「新訂万国全図」は江戸東京博物館の『大江戸と洛中』で展示されてる同題図と一緒かなと思ったのですが、発行年が府中市美術館所蔵品の方が若干新しいみたい。

≪日本を知ってわくわくする≫では、国芳、広重の浮世絵に交じって展示されてた小泉斐の富士登山の記録画「富岳写真」という珍しい作品も。

菊池容斎 「蒙古襲来之図」
静岡県立美術館蔵

≪歴史を思う≫には復古大和絵の冷泉為恭のほか、明治の歴史画に大きな影響を与えた『前賢故実』で知られる菊池容斎の「蒙古襲来之図」が秀逸。激しい風に煽られる松林や旗や不穏な雲の表現が素晴らしい。


4. 西洋画法をどう使うか

たとえば和洋折衷の秋田蘭画のように既に18世紀から西洋風の作品はありますが、より本格的な西洋画が描かれるようになるのも19世紀の特徴。ここでは≪油絵の斬新さ≫、≪光と陰影 ものの見え方≫、≪遠近法を使って面白い構図を作る≫、≪立体表現の変形≫に分けて作品を紹介しています。

面白かったのが銅版画で知られる亜欧堂田善の油彩画で、なんとエゴマの油などを自製の材料で描いたとありました。国芳や広重、北斎の浮世絵の展示が多かったのですが、小林清親の木版画もあり。桜の枝を大胆に配した高橋由一も印象的でした。

高橋由一 「墨水桜花輝耀の景」
府中市美術館蔵


おわりに 19世紀の絵に遊ぶ

梅逸らしい華麗な花鳥画「花卉草虫図」がまず見事。色鮮やかな美しい花に目がいきがちですが、よく見るとチョウやトンボ、バッタ、カブトムシ、カニまでいて結構賑やかだったりします。金屏風に獅子を岸駒が、虎を長子・岸岱(共に岸岱という説も)が描いた「獅子・虎図屏風」の異様さもインパクト大。墨と金泥だけで描いた其一の珍しい仏画、井伊直弼の御前で即興的に描いたという狩野永岳の「富士山登竜図」も素晴らしい。

山本梅逸 「花卉草虫図」
名古屋市博物館蔵

鈴木其一 「毘沙門天像」
個人蔵

切り口の面白さで飽きさせず、興味深い作品や優品も多いのですが、これスゴッ!という作品は少なく、またあまり知られていない絵師も多くて、全体的にちょっと地味かもしれません。ただ、19世紀の絵師たちの、18世紀の絵師を越えようという意気込みや新しい時代の文化や技術を取り入れる探求心がすごくて、さぞかし面白い時代だったんだろうなということは伝わってきます。19世紀という時代性を知る上で日本画ファンとしてはとても勉強にもなり、楽しい展覧会でした。


【春の江戸絵画まつり 江戸絵画の19世紀】
2014年5月6日(火)まで
府中市美術館にて


かわいい江戸絵画かわいい江戸絵画


江戸百夢 近世図像学の楽しみ (ちくま文庫)江戸百夢 近世図像学の楽しみ (ちくま文庫)

2014/04/28

キトラ古墳壁画


東京国立博物館で開催中の特別展『キトラ古墳壁画』に行ってきました。

予想はしていましたが、すでに初日から大変な混雑のようで、GWがはじまってからは昼間は60分とか70分の行列ができることも。展示会場に入っても壁画に辿り着くまでさらに20~30分かかるといいます。(混雑の状況などの情報はキトラ古墳壁画公式ツイッター(@kitora2014)でツイートされています)

昼間並んで無為に時間を過ごすよりましだと開館の1時間以上前から並びましたが、開館1時間ぐらい前から急激に列が伸び、あっという間の大行列。先頭集団で会場に入れたので人混みを避けゆっくり観ることができましたが、2巡しようと思ったときはもう会場内もかなりの混雑になっていました。閉館前は待ち時間も比較的短いようなので、都合がつくなら閉館前が狙い目かもしれません。

さて、会場に入ると、いきなりの壁画登場!しかもケースなしの剥き出し!と思ったら、複製陶板でした。それでもとても精巧に作られていて、実際の壁画と比べても遜色ありませんし、縦置きなので見やすい。まずはここでキトラ古墳の壁画がどんなものかしっかり観ておきましょう。天井も忘れずに。

そのあと、キトラ古墳からのガラス玉や飾り金具などの出土品や、出土の経緯や保護の様子を収めた映像(というか写真)がモニターで流れていて、そして遂にホンモノの壁画が登場!

壁画は切り取られた部分のみ横置きで展示され、北壁の玄武、西壁の白虎、南壁の朱雀、最後に北壁の子・丑・寅(寅のみ複製)の順に並んでいます。四神の玄武・白虎・朱雀は状態も良く、色・線ともにはっきりしています。全体の色味はレプリカの方がクリアーですが、やはり実物は質感が違うし、何より神秘的です。

子・丑は損傷が激しく、微かに線らしきものがあるなと確認できる程度ですが、顔は動物、体は人間という半身半獣の異形の姿が見て取れます。天井に描かれた世界最古級という天文図と四神の内の東壁の青竜は修復の関係で現物は公開されてません(レプリカはあり)が、よくぞこれだけのものを東京まで持って来てくれたなと思います。

時代としては奈良時代末期され、古墳としては終末期のものですが、高松塚古墳と並ぶ貴重な彩色壁画ということで、大陸の影響や高松塚古墳との関連、またそれぞれの絵にどんな意味があるのか、どんな顔料を使っていたのか、そして眠っている人は誰なのか、興味は尽きません。

会場の最後には、キトラ古墳と1キロの距離にある高松塚古墳の複製もあり。今はカビが発生し、劣化してしまったと聞きますが、複製では発掘時の鮮やかな色の壁画を観ることができます。

高松塚古墳の失敗があってのキトラ古墳の保護プロジェクトなのでしょうが、今回の展覧会で興味深かったのが壁画保護の技術の高さ。高松塚古墳の発見がせめて20年遅ければ、あの極彩色の壁画もキトラと同じように保存されたのかなと思ったりもしました。

会場は本館1階入口を入ってすぐの特別5室なので、並んでなければ実際には20分もあれば十分見終えてしまうもの。観ている時間は一瞬かもしれませんが、壁画の価値は時間では計れません。考古学ファンでなくても一度は観ておきたい展覧会です。
(2016年に明日香村に開館予定の国営施設で公開される予定があるそうです)


【特別展 キトラ古墳壁画】
2014年5月18日(日)まで
東京国立博物館・本館特別5室にて


高松塚・キトラ古墳の謎 (歴史文化ライブラリー 306)高松塚・キトラ古墳の謎 (歴史文化ライブラリー 306)


まりこふんの古墳ブックまりこふんの古墳ブック


楽しい古墳案内 (別冊太陽 太陽の地図帖 23)楽しい古墳案内 (別冊太陽 太陽の地図帖 23)

2014/04/20

松林桂月展

練馬区立美術館で開催中の『松林桂月展』に行ってきました。

本展は明治から大正、昭和と活躍した日本画家・松林桂月の没後50年を記念した展覧会。昨年、山口県立美術館、田原市博物館で開かれた展覧会の巡回展になります。

以前、東京国立近代美術館の常設展で目にした「春宵花影図」の素晴らしさに衝撃を受けて以来、桂月はどうしても観たかった画家の一人。大正・昭和の日本画にありがちな近代性に染まらず水墨画を極めた稀有な存在です。

本展は、初公開を含む大作、名品、詩書画など約100点を展示(期間中、一部入れ替えあり)。30年ぶりの回顧展なのだそうです。個人蔵の作品も多く、また代表作が揃い、なかなか見応えのある展覧会でした。


第1章 若き日の桂月 -師・野口幽谷と妻・雪貞- 

日本画家としての頭角を現す明治後期から大正初期にかけての作品を展示。師の野口幽谷や妻で同門の日本画家・松林雪貞の作品も併せて紹介しています。幽谷は椿椿山の弟子で、渡辺華山(椿山は華山の弟子)に傾倒していたこともあり、桂月は花鳥画、南画に才能を示します。

半年かけ3度も描き直したという初期の代表作「怒涛健鵰」、華山の影響を感じさせる強い線描の「桃花双鶴」、四幅の文人画「四季山水」、緑青で表現した山水画「夏木垂陰」あたりが見どころでしょうか。「怒涛健鵰」なんて、若干21歳の作品ですよ。試行錯誤し、師・幽谷の手助けも断ったといいますが、力強い筆遣いに桂月の並外れた技量と強いこだわりが伝わってきます。

松林桂月 「怒涛健鵰」
明治30年(1897年) 個人蔵

妻・雪貞の花鳥画もなかなかの腕前。特に花を描いた作品など描写が実に丁寧で繊細で、華麗というだけでなく、ハッとするような美しさがあります。桂月と雪貞の合作も何点か展示されていました。


第2章 桂月芸術の最高潮 -大正期から戦前まで- 

画風が確立され、充実した作品を発表し続けた大正から戦前までを紹介。水墨画、南画、花鳥画、また詩書画などの力作、意欲作が並びます。

松林桂月 「仙峡聴泉」
昭和4年(1929年) 山口県立美術館 (展示は5/11まで)

「仙峡聴泉」は桂月の山水図のスタイルを決定づけたという大作。力漲る密度の濃い筆つきが見事です。そのほか、大型の掛軸四幅にダイナミックに描いた「四季山水」、木々や藤が絡み合うような濃厚な味わいの「潭上余春」、詩書画にも才能を発揮した「十声詩意」など水墨の優品が並びます。

松林桂月 「秋園」
昭和13年(1938年) 宇部市蔵 (展示は5/11まで)

着色花鳥画の代表作「秋園」は、たらし込みを活かした幹の風合いや紅葉のグラデーションが素晴らしく、琳派風の華やかさの中にも格調の高さを感じます。輪郭線の内側に色を付けた竹と輪郭線を用いず描いた山葡萄の葉の対照が美しい「秋渓山雉」も印象的。

松林桂月 「春宵花影」
昭和14年(1939年) 東京国立近代美術館 (展示は5/11まで)

本展の一押しは、やはり「春宵花影」。朧月夜のほのかな光に照らされた桜の美しさに息を呑みます。ただ美しいだけでなく、どこか幻想的で、何か奥深いものを感じます。優れた写実性を持ちながら、抒情性に富んだ桂月の水墨技術の到達点にして、近代日本画の傑作です。


第3章 孤高の境地 -戦後の桂月- 

戦後の作品には、画面全体からビシビシ伝わってくる水墨画への漲る思いや突き詰めた技巧は少し落ち着いたように見えます。どちらかというと、極めた感というか、達観した感じというか。繰り返し描いたという故郷・萩の長門峡の絵も、大正時代に描いたものと戦後で描いたものでは、伝わってくるものが違います。

松林桂月 「雨後」
昭和30年(1955年) 個人蔵 (展示は5/11まで)

松林桂月 「夜雨」
昭和37年(1962年) 個人蔵

戦後の作品では「雨後」が秀逸。墨の繊細で巧みな筆さばきが素晴らしい。葡萄の一部に胡粉が使われ、微妙な光の加減を表現しています。たなびく霧を墨の溌墨だけで表した「夜雨」、朧月に浮かぶ竹林を描いた「竹林幽愁」も見事。

松林桂月 「香橙」
昭和中期 萩博物館蔵 (展示は5/11まで)

印象的だったのが最晩年の大作「香橙」。墨で濃淡をつけながらも、地の薄い橙色と相俟って全体的に落ち着いた趣の屏風絵です。幹はたらし込みを用い、また橙色の橙と白い花が橙の香りのような清楚な空気感を醸し出しています。最後には絶筆の「夏影山水」が。どこか物寂しげで、この筆が最期かと思うと感慨深いものがあります。


近代日本画が西洋画の影響や近代的な造形に流れ、特に戦後は色絵具の厚塗りが一般的になっていく中、ここまで水墨を極めた日本画家が他にいたでしょうか。巧みな筆さばき、墨の美しさに唸ること必至の展覧会です


【没後五〇年 松林桂月展-水墨を極め、画中に詠う】
2014年6月8日(日)まで
練馬区立美術館にて