2014/01/03

博物館に初もうで

新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。


さて、新年最初の美術館巡りは、毎年恒例ですが、東京国立博物館の『博物館に初もうで』からスタートいたしました。

初日にあたる昨日は家族ずれや外国人観光客の姿も多く、大勢のお客さんで賑わっていました。

毎年、干支にちなんだ日本画や美術品、また選りすぐりの国宝を展示したり、楽しいイベントもあったりと、話題に事欠きませんが、今年の目玉は長谷川等伯の「松林図屏風」が公開されるということでしょう。トーハク所蔵作品の中でも一、二を争う人気の屏風。昨日も屏風の前には人だかりができていました。


国宝 長谷川等伯 「松林図屏風」
安土桃山時代・16世紀 (1/26まで展示)

等伯の「松林図屏風」は2階国宝室に展示されていますが、本作以外にも2階特別1室・2室の企画展示『博物館に初もうで -午年によせて-』では干支の午が描かれている「伝名和長年像」と「牧馬図屏風」も展示されています。どちらも等伯が信春を名乗っていた頃の若書きの作品で、特に「牧馬図屏風」は馬の調教や騎馬、野生馬など様々な馬が描かれたユニークな屏風です。

重要文化財 長谷川等伯 「伝名和長年像」
安土桃山時代・16世紀 (1/26まで展示)

重要文化財 長谷川等伯 「牧馬図屏風」
安土桃山時代・16世紀 (1/26まで展示)

さて、国宝室のとなり、≪宮廷の美術 平安~室町≫では、こちらも国宝で、現存最古の「十六羅漢像」の16幅の内3幅が展示されています。十六羅漢は日本では10世紀末に信仰が広まったそうで、本作はその最初期の作品。よく見る十六羅漢像は奇異な風貌が特徴的ですが、東博所蔵のこの「十六羅漢像」は古い唐代図像の流れを汲んだもので、平安仏画特有の雰囲気と色彩感があります。

国宝 「十六羅漢像(第十尊者)」
平安時代・11世紀 (2/9まで展示)

国宝 「十六羅漢像(第十二尊者)」
平安時代・11世紀 (2/9まで展示)

国宝 「十六羅漢像(第五尊者)」
平安時代・11世紀 (2/9まで展示)

「十六羅漢像(第五尊者)」のみ特別1室に展示されています。

重要文化財 「二河白道図」
鎌倉時代・13世紀 (2/9まで展示)

会場には1/15から始まる『クリーブランド美術館展』の出展作の関連作品も展示されています。クリーブランド美術館所蔵本とは構図がほぼ同じですが、東博本の方が年代が少し古いようです。

国宝 雪舟等楊 「破墨山水図」
室町時代・明応4年(1495) (1/13まで展示)

≪禅と水墨画 鎌倉~室町≫には雪舟の国宝「破墨山水図」が限定公開されています。墨の濃淡だけで表現した立体感や奥行き、また筆の勢いに雪舟の極めた感が強く感じられます。雪舟76歳のときの作で、絵の上部には雪舟自身による画学の系譜を記した序と京都五山の詩僧による題詩が書かれているそうです。今回は10日程の限定公開ですが、国宝室のスケジュールによれば今年の11月にも公開されるようです。

重要文化財 雪村周継 「鷹山水図屏風」
室町時代・16世紀 (2/9まで展示)

そばには雪村の代表作の一つ「鷹山水図屏風」も。獲物を追う鷹の猛然とした佇まいは、今度の『クリーブランド美術館展』で待望の来日を果たす雪村の傑作「龍虎図屏風」に通じるものがあります。同じ部屋には、室町水墨の代表的な画僧・賢江祥啓の「富嶽図」もありました。

重要文化財 狩野永徳 「許由巣父図」
安土桃山時代・16世紀 (1/13まで展示)

トーハクの中で一番好きな部屋、7室の≪屏風と襖絵 安土桃山~江戸≫には狩野永徳の「許由巣父図」、土佐光起の「源氏物語図屏風(初音・若菜上)」、そして池大雅の国宝「楼閣山水図屏風」が公開されています。「許由巣父図」は永徳らしい画力を強く感じさせる傑作です。

国宝 池大雅 「楼閣山水図屏風」
江戸時代・18世紀 (1/13まで展示)

江戸絵画好き要チェックの8室≪書画の展開 安土桃山~江戸≫には、芦雪の「蝦蟇仙人図」や岡本秋暉の「孔雀図」、住吉如慶の「東照宮縁起絵巻」、立原杏所の「葡萄図」といった作品は見ものだと感じました。また、酒井抱一の「富士越龍図」があって、これは抱一でもあまり見たことのないタッチの作品でなかなか良かったです(写真撮影不可だったため写真なし)。

長沢芦雪 「蝦蟇仙人図」
江戸時代・18世紀 (1/13まで展示)

岡本秋暉 「孔雀図」
江戸時代・19世紀 (1/13まで展示)

そんな作品の中で、とても印象に残ったのが柴田義董の「鹿図屏風」で、四条派らしい写実性と空間を巧く活かしたすっきりとした構図が見事。どこか近代的な匂いさえします。調べたら、呉春の弟子なんですね。鹿の凛とした表情が素晴らしい。

柴田義董 「鹿図屏風」
江戸時代・18世紀 (1/13まで展示)


≪浮世絵と衣装 江戸(浮世絵)≫では新年に相応しいおめでたい絵柄が多くありました。

葛飾北斎 「宝船の七福神」
江戸時代・19世紀 (1/26まで展示)

北斎の「宝船の七福神」も豪華で楽しげでいいですねぇ。江戸の人々はこうした浮世絵を枕の下に忍ばせ、初夢を見たのでしょうか。豊国の「見立七福神宝船」は花魁や遊女を七福神に見立てたシャレた作品。小槌や釣竿などの特徴で誰が何かが分かります。

歌川豊国 「見立七福神宝船」
江戸時代・18世紀 (1/26まで展示)

お気に入りは鳥文斎栄之の美人画。いいですねぇ。黄摺背色のトーンも美しい。

鳥文斎栄之 「風流五節句・元旦」
江戸時代・18世紀 (1/26まで展示)

現在、2階の高円宮コレクション室では現代の工芸作家による根付が展示されています。魚やウサギといった日本的な根付に混じって、カチカチ山や河童などユニークな根付も。

高木喜峰 「かちかち山」
1995年 (3/23まで展示)

つづいて1階へ。≪金工 江戸時代の金工≫には、『開運!なんでも鑑定団』に登場すると必ず高額の値が付く自在置物が5点も展示されています。中でも、明珍宗察の「龍」は現存最古の自在置物。鱗一枚一枚が精巧に作られ、まるで生き物のような触感と躍動感が伝わってきます。必見です。

明珍宗察 「自在置物 龍」
江戸時代・正徳3年(1713) (2/16まで展示)

明珍宗清 「自在置物 伊勢海老」
江戸時代・18~19世紀 (2/16まで展示)

ほかにも「伊勢海老」「ヘビ」「鯉」など。2階の8室には見事な「鷹」の自在置物もありますのでお見逃しなく。

明珍清春 「自在置物 鷹」
江戸時代・18~19世紀 (2/16まで展示)

なお、1階は15室から19室がリニューアル工事のため閉室。そのため近代日本画の展示はありません。

『博物館に初もうで』の企画自体は1/26までやっていますが、作品によっては1/13までの展示のものもありますので、ご注意を。


【博物館に初もうで】
日程: 2014年1月2日(木) ~ 2014年1月26日(日)
時間: 9:30~17:00(入館は16:30まで)
詳しくは東京国立博物館のウェブサイトでご確認ください。 

2013/12/30

2013年 展覧会ベスト10

早いもので今年もあと2日。というか、最後の一日となりました。
今年もこの一年を振り返り、展覧会ベスト10を出してみました。


1位 『狩野山楽・山雪展』(京都国立博物館)


今年はダントツで『狩野山楽・山雪展』。ここ数年で観た展覧会、特に日本画の美術展の中では最も刺激的な展覧会でした。地方の展覧会には滅多に行かないのですが、今回だけはどうしても行きたくて、うまいこと関西出張のついで(展覧会のついでに仕事?)に観て参りました。一つ観てはアッパーカット、一つ観てはカウンターパンチというように、頭がクラクラするほどどの作品も素晴らしく、そして衝撃的でした。絵を観ている僅か数時間がこんなにも濃密に感じられる体験はそうそうあるものではありません。これだけの作品を集め、展覧会を企画してくれた京博に感謝!


2位 『フランシス・ベーコン展』(東京国立近代美術館)


アートにハマりはじめた高校生の頃、一番好きだったアーティストの一人がフランシス・ベーコン。念願の夢が叶ったような展覧会でした。ベーコンの絵の持つ魔力に圧倒されっぱなしで、都合3回観に行きました。珍しくイベントや講演会にも足を運びました。もうこんな贅沢な展覧会は二度とできないのかなぁ~。


3位 和様の書(東京国立博物館)


最初はほとんど興味がなく、スルーするつもりでいたのですが、評判の良さに足を運んだところ、“和様の書”の魅力にあっという間に引きこまれてしまいました。普段は“書”が展示されていても、読めないし何が書いてあるか分からないので、流して観るのがせいぜいだったのですが、こんなにも日本の文字が美しかったのか、料紙ってなんでこんなに綺麗なんだろうと見とれっぱなし。“書”の魅力、芸術的な価値を教えてくれた展覧会でした。あ~あんな字をスラスラ読めるようになりたい。


4位 上海博物館 中国絵画の至宝(東京国立博物館)

中国絵画のことは正直よく分からないのですが、室町から江戸にかけての水墨画や花鳥画などを観ていると、やはり中国絵画のことを知らなくてはとずーっと思っていて、そうした意味でもとても勉強になった展覧会でした。展示作品はいずれ劣らぬ貴重な作品ばかりで、どれも素晴らしく、なによりトーハクの一般入館料だけでこれだけの作品を鑑賞できたことが拍手ものでした。


5位 清雅なる情景 日本中世の水墨画(根津美術館)

これも同じ意味で、江戸時代の水墨画を観るためにも、日本に水墨画が輸入された頃の作品を観たいと常々思っていて、個人的にはとてもタイムリーな、満足度の高い展覧会でした。日本での水墨画の流れが体系的に展示されていて、とても分かりやすく、勉強になりました。


6位 夏目漱石の美術世界展(東京藝術大学美術館)


夏目漱石の小説は若い頃に読んだきりなので、展覧会でその文学と美術の関係に深く入り込めなかったことが悔やまれたのですが、文学世界の中から美術品を取り出して、リアルなものとして観せてくれたその企画力がとても面白かったです。


7位 竹内栖鳳展(東京国立近代美術館)


竹内栖鳳の作品はよく観ているし、前年も山種美術館で竹内栖鳳展を観てるので、正直新鮮さはなかったのですが、やはり栖鳳の全時代を網羅した物量と東近美の箱の大きさでしょうか。ビロード友禅といった貴重な作品も観られ、見応えのある展覧会でした。“獅子の間”(?)も圧巻でした。


8位 京都-洛中洛外図と障壁画の美(東京国立博物館)

大好きな又兵衛の舟木本をはじめ、洛中洛外図総覧といった感じのとても楽しい展覧会でした。大画面スクリーンでの4K映像や二条城を再現しての展示など見せ方も工夫されていて、新しい美術展のカタチを提示しているようなユニークさも◎でした。


9位 描かれた都 -開封・杭州・京都・江戸-(大倉集古館)

こちらも企画力が光る美術展でした。それぞれの都市を代表する都市景観図を紹介するにとどまらず、中国絵画が日本に与えた影響や過程も知ることができ、とても面白く拝見しました。ウワサの長谷川巴龍にはお口あんぐりでしたが(笑)


10位 アンドレアス・グルスキー展(国立新美術館)


本当は同じ国立新美術館で開催していた『アメリカン・ポップ・アート展』のついで感覚で観た展覧会だったのですが、グルスキーの写真のインパクトには驚きました。写真というよりコンセプチュアル・アートを観ているような。スケールの大きな作品を国立新美術館の天井の高い広い空間で観られたのも良かったんだと思います。


別枠 幸田文展(世田谷文学館)

美術展ではありませんが、個人的に一番好きな作家・幸田文を単独で取り上げた初の展覧会ということで、館内にいた時間でいえば、もしかしたら一番長く観ていたかもしれません。幸田文の作品にまつわる資料や愛用品などが集められ、ファンにはたまらない展覧会でした。




今年観た展覧会を振り返える季節になり、ツイートでは今年は不作だったかなぁ~というような声を耳にし(目にし)、そうかもな~と思って自分が観た展覧会を見直してみると、いやいやどうして、こんなにたくさん素敵な展覧会に今年も行ってるんだとあらためて痛感しました。

ベスト10には漏れましたが、サントリー美術館の『「もののあはれ」と日本の美』や、千葉市美術館の『琳派・若冲と花鳥風月』も日本画好きの自分には満足度の高い展覧会でした。日本民藝館の『つきしま かるかや』もとても印象に残ってます。先日観てきた『下村観山展』も迷ったのですが、後期も観てからと思い、今年は外しました。また、板橋区美術館の『狩野派 SAIKO!』や出光美術館の『江戸の狩野』などで今年は狩野派の面白さにも気づかされた年でもありました。

西洋画でも、ブリヂストン美術館の『カイユボット展』やBunkamura ザ・ミュージアムの『アントニオ・ロペス展』、国立西洋美術館の『ラファエロ展』も最後までベスト10に入れようかどうしようか悩むぐらい良かったです。


ちなみに、当ブログへのアクセス回数がでいうと、
1位 『フランシス・ベーコン展』
2位 『ラファエロ展』
3位 『夏目漱石の美術世界展』
4位 『ターナー展』
5位 『狩野山楽・山雪展』
6位 『ファインバーグ・コレクション展』
7位 『竹内栖鳳展』
8位 『エル・グレコ展』
9位 『アメリカン・ポップ・アート展』
10位 『川合玉堂展』
の順となりました。

今年もこんなつまらないサイトに足をお運びただきありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。

2013/12/29

川瀬巴水展

千葉市美術館で開催中の『川瀬巴水展』に行ってきました。

大正・昭和を代表する版画家・川瀬巴水。日本各地の美しい、郷愁を誘う風景を数多く描き、“昭和の広重”とも称され、海外でも人気が高いといいます。スティーブ・ジョブズが彼の作品を好んで蒐集していたのだそうで、近年あらためて注目を集めています。本展はその巴水の生誕130年を記念する回顧展で、約600点といわれる巴水の作品の内、半分近い約240点が紹介されています。



第1章 大正7年〜12年(1918〜23) 木版画家としての出発〜関東大震災まで

巴水が画家を志したのは25歳。実は家業を継ぐため画家の道を諦めていたところ、父親が事業を失敗。商才のない長男・巴水ではなく娘婿に家業を譲ったため、晴れて画家を目指したのだとか。しかし、鏑木清方の門を叩くも、修行をするには年を取りすぎているという理由で断られ、一度は洋画への転向も考えるのですが、再度清方を訪れ、ようやく弟子入りを許されます。当初は美人画や風景画を学んでいたといいますが、新版画の魅力に触れ、以降新版画の版元・渡邊庄三郎と組み、木版画家として活動を始めます。

川瀬巴水 「伊香保の夏」
大正8年(1919)

版画の初作という「塩原三部作」は今村紫紅を思わせる縦長の風景画で、まだ山や木々の描写もざっくりとしていて、また同時期の「伊香保の夏」のように憂愁を感じるトーンも目立ちます。巴水作品の特徴の一つである“雨”は早くも最初期の作品から登場。「陸奥蔦温泉」は夜雨の侘しさが絵から伝わってきて秀逸です。

川瀬巴水 旅みやげ第一集「陸奥蔦温泉」
大正8年(1919)

奥羽地方や近畿・四国、越後・越中などを取材し制作した「旅みやげシリーズ」、東京の身近な風景を切り取った「東京十二題」など、巴水の代名詞といえる叙情豊かな連作版画が次々と世に送り出されます。地方の作品はどれも絵になる場景や名所旧跡が描かれ旅情をそそりますが、東京を描いた作品は市井の人々の生活が感じられるような日常的な風景を描いたものが多いのも特徴。旅先で写生をしては東京に戻り版画を制作するという生活を亡くなるまで続けたといいます。

川瀬巴水 東京十二題「大根がし」
大正9年(1920)

川瀬巴水 東京十二題「木場の夕暮」
大正9年(1920)

版元・渡邊庄三郎の版画、俗にいう“渡邊版”は、バレンの跡をわざと残す“ごま摺り”という手法を多用し、そのざらっとした風合いが巴水の版画の大きな特徴なのだとか(橋口五葉はそれが肌に合わなかったのか、渡邊庄三郎とは一度組んだきりだったとか)。「金沢下本多町」は土壁や土道の描写に“ごま摺り”が活かされていて、版画でここまで表現ができるのかと驚かされます。

川瀬巴水 旅みやげ第二集「金沢下本多町」
大正10年(1921)


第2章 大正12年〜昭和20年(1923〜45) 関東大震災後〜戦中まで

大正12年9月1日、関東大震災が起こり、巴水の家も渡邊庄三郎の店も全焼。巴水が清方への入門以来描き溜めていた貴重な写生帖も、渡邊の店にあった巴水の版木や作品も灰と化します。震災後に発表した「東京二十景」は震災後の新旧混在する東京の姿が描かれたものですが、震災前と変わらぬ東京の風景がとりわけ売れたのだそうです。

川瀬巴水 東京二十景「芝増上寺」
大正14年(1925)

川瀬巴水 東京二十景「馬込の月」
大正14年(1925)

その中でも一番人気だったのが「芝増上寺」で3000枚、次が「馬込の月」で2000枚も売れたとありました。江戸を代表する名刹と昔ながらの郊外の風景に人々は在りし日の東京を懐かしんだのでしょうか。増上寺は巴水の生家のすぐそばにあり、彼の作品には幾度となく登場します。

川瀬巴水 旅みやげ第三集「飛騨中山七里」
大正13年(1924)

巴水の作品で、やはり観るべきは昭和初期までの版画で、情景の美しさ、季節感や空気感、人々の日々の営みも生き生きと表現されていて、どれをとっても素晴らしいものがあります。特に雪や雨の描写は版画であることを忘れるぐらい、非常に繊細で、細密で、雪の降る日の静けさや、雨の日の湿潤が伝わって来るかのようです。

川瀬巴水 「社頭の雪(日枝神社)」
昭和6年(1931)

川瀬巴水 東海道風景選集「相州前川の雨」
昭和7年(1932)

「社頭の雪(日枝神社)」や「芝公園の雪」など、雪の積もり具合や質感といった微妙で繊細な描写が秀逸です。雪景色にしても、降り続く雨の表現にしても、これは版画で版木を彫って、それを刷ってるのだと思うと、その細かくて、気の遠くなるような手の込んだ作業にあらためて感心します。

川瀬巴水 日本風景集Ⅱ関西篇「高野山鐘楼」
昭和10年(1935)

川瀬巴水 日本風景集Ⅱ関西篇「京都清水寺」
昭和8年(1933)

会場ではいくつかの作品で試摺や同図柄の水彩画も並べて展示されていました。こうして版画と水彩画と見比べると版画の面白さがよく分かります。バレンの軌跡を残したという摺りによる質感や繊細なグラデーションは水彩画にはない表現で、版画の方が一枚も二枚も上手です。

川瀬巴水 日本風景集東日本篇「松島双子島」
昭和8年(1933)

「The Miyajima Shrine in Snow」は海外からの観光客誘致のポスターために依頼を受けた作品で1万枚が摺られたそうです。しかし、だんだんと日本の雲行きは怪しくなり、やがて戦争が始まると全国を取材で回るのもままならず、写真などをもとに作品を制作することを余儀なくされます。

川瀬巴水 「The Miyajima Shrine in Snow」
昭和10年(1935)


第3章 昭和20年〜昭和32年(1945〜57) 戦後

戦後、日本の版画は進駐軍関係者に人気を集めたといいます。しかし、日本の風景は一変。巴水の求める日本の原風景は姿を消していきます。この頃から、巴水の作品は想い出の中の風景でしかなくなっていきます。

川瀬巴水 「明治神宮菖蒲田」
昭和26年(1951)

巴水の戦後の作品が個人的に苦手な理由の一つは、構図も美しく、色数も増え、細密で議中的水準も高いのだけれど、どこか架空の風景のような、ジブリか何かアニメのセル画のような、実在感が感じられないところにあります。それは時代の空気なのでしょうか。

川瀬巴水 「時雨のあと(京都南禅寺)」
昭和26年(1951)

そんな作品でも、これは素晴らしいと思ったのが「時雨のあと(京都南禅寺)」で、紅葉の微妙なグラデーションも、開いた門から見える風景も、なにより水たまりの透明感の超絶的な表現力。これは巴水だけでなく、版元の職人たちの技術の高さを示す傑作だと思いました。

川瀬巴水 「増上寺の雪」
昭和28年(1953)

戦後の代表作「増上寺の雪」は9枚の版木を使い、42度摺りをした新版画の技術の粋を集めた作品。会場には摺りの過程がパネルで紹介されています。当時の技術のレベルの高さがよく分かります。

「平泉金色堂」は巴水の絶筆。色ざし(戻った校合摺に色指定する作業)を終え、完成を観ることなく巴水は亡くなります。雪に閉ざされ深閑とした木々の奥にある金色堂とお堂に向かう一人の男性。巴水は自分の死期を悟っていたのでしょうか。そんなことを感じさせる作品です。

川瀬巴水 「平泉金色堂」
昭和32年(1957)

同時開催として渡邊版新版画の作品展もあり、そちらも面白く拝見しました。伊東深水や橋口五葉など新版画を代表する作家に混じり、多くの外国人版画家の作品も展示されています。戦前にこんなに外国人版画家がいたとは知りませんでした。それにみんな上手い。とりわけフリッツ・カペラリの版画は大正ロマンを感じさせる垢抜けた画風で、もっと作品を見てみたいと思わせました。


【生誕130年 川瀬巴水展 − 郷愁の日本風景】
2014年1月19日(日)まで
千葉市美術館にて

川瀬巴水作品集川瀬巴水作品集


川瀬巴水木版画集川瀬巴水木版画集


最後の版元 浮世絵再興を夢みた男・渡邊庄三郎最後の版元 浮世絵再興を夢みた男・渡邊庄三郎