ソール・ライター(1923-2013)といっても、余程の写真ツウじゃないと知らないんじゃないかと思いますが、2006年に出版された写真集をきっかけに近年注目を集め、回顧展というかたちで日本で紹介されるのも今回が初めて。とはいえ、口コミもあって土日はかなりのお客さんで賑わっているようです。
わたし自身もソール・ライターのことを知ったのはつい最近。去年公開され、印象的なカメラワークと色彩感覚が話題になった映画『キャロル』で、監督のトッド・ヘインズがソール・ライターのカラー写真を参考にしたと語ったことから興味を持つようになりました。
ソール・ライターはもともとは画家になりたかった人で、食い扶持を稼ぐためにファッション写真の世界に足を踏み入れたようです。最初はいやいや的なところもあったのか、「ボナールの1枚のデッサンの方が、わたしにとってはより意味がある」と雑誌編集者に語ったともいわれています。しかし本人の思いとは裏腹に、画家としては目が出ず、ファッション写真家として成功を収めます。
展示されている写真は50年代のものが中心。ライターの特色が一番現れているのが50年代ということなのでしょう。写真に関心を持つようになったのは23歳頃からですが、ファッション写真家として注目を集めるのは30代半ばのことなので、遅咲きといっていいかもしれないですね。その後は『ハーパーズ・バザー』や『ヴォーグ』といった一流のファッション写真を手がけ、表紙を飾ったこともしばしばあったようです。
ライターの写真は被写体を正面から捉えるのでなく、ショーウィンドウや鏡に写り込んだ姿だったり、窓越しの表情だったりを撮影したものが多く、ずらした視点に物語を感じますし、そのどこか映像的な瞬間がいつまでも後を引きます。独特のアングル、構図の切り取り方が個人的にもとても好きです。
まるで映画のスチール写真のような雰囲気があって、なるほどトッド・ヘインズの好きなダグラス・サークや50年代の映画、あるいはドーネンの『無分別』やリトヴァクの『さよならをもう一度』のような大人の女性の恋愛映画のテイストがします。“カラー写真のパイオニア”という表現はちょっと言い過ぎという気もしなくありませんが、カラープリントやヌード写真はその親密な雰囲気や覗き見的な構図がまた独特で、ライターが影響を受けたというナビ派のボナールやヴュイヤールを思わせ面白い。ボナールやヴュイヤールの延長線上にある浮世絵などジャポニスムを彷彿とさせるものもあります。
ソール・ライター 「Taxi」 1957年
写真の上から絵具を塗り付けた作品がいくつかあり、写真と絵画の融合を狙ったのかなという印象を受けました。絵画作品は女性のヌードなどかなり私的な好みというか、ライターのファッション写真から少し距離を置いたところもあって、好き嫌いが分かれるかもしれません。光の具合やフレーミングが計算された彼の写真と違い、絵画は即興性を感じたりもします。時代的にか、ウィレム・デ・クーニングのような抽象表現主義の影響が見え隠れするものもあって興味深いです。
会場にライターの愛機ライカと一緒に未現像のフィルムが展示されていたのですが、まだまだ現像されていないフィルムがたくさんあるのだといいます。もしかすると展示されていたフィルムの中にも素晴らしい写真が眠っているかもしれませんし、そう思うと、これからどんな写真が発見されるのか楽しみですね。
図録もサイズ的(A5判)にも手頃で、オススメです。
【ニューヨークが生んだ伝説 写真家 ソール・ライター展】
2017年6月25日(日)まで
Bunkamura ザ・ミュージアムにて
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