昨年秋に京都の泉屋博古館で開催され大変評判の良かった展覧会の巡回です。三井記念美術館の『東山御物の美』や静嘉堂文庫美術館の『よみがえる仏の美』で「水月観音図」を観て深く感動して以来、個人的にここ数年とても気になっていた高麗仏画。その高麗仏画をまとめて観られるとあり、大変楽しみにしていました。
高麗仏画とはその名のとおり、10世紀から14世紀にかけて朝鮮半島を支配した高麗国で制作された仏教絵のこと。しかし13世紀のモンゴルの高麗侵攻によりそのほとんどが失われたとされ、現存する高麗仏画はモンゴルと和議を結んだ1270年代から高麗が滅亡する14世紀末までの約120年間の作品に限られるといいます。現在確認されている高麗仏画は約160点で、その内の2/3が日本にあるのだそうです。
巡回とはいっても根津美術館での東京展は泉屋博古館の京都展とは出品作、また展示構成も少し違うようです。両方ご覧になられた方の話によると、京都展では仏画の素材や顔料、技法にもポイントが置かれていたようですが(図録を見ると、確かにそのあたりの解説が詳しい)、東京展ではほとんど触れられてなく、高麗仏画から読み解く高麗の仏教の特色、また仏画の図像や表現にフォーカスしている感じがしました。
東京展の構成は以下のとおりです:
写経事業の盛行 -信仰のかたち-
高麗仏画、この50年 -作品の研究と修復-
阿弥陀如来 -図像の表現の特色-
地蔵菩薩 -図様にみる継承と創造-
装飾経 -黄金へのこだわり-
水月観音 -高麗人が求めた慈愛のすがた-
観音菩薩 -高麗人の美意識の諧調-
「阿弥陀如来像」(重要文化財)
朝鮮・高麗時代 1306年 根津美術館蔵
朝鮮・高麗時代 1306年 根津美術館蔵
現存する高麗仏画は阿弥陀如来像、観音菩薩像、地蔵菩薩像が多く、全体の8割近くを占めるといいます。その中で最も多いのが阿弥陀如来像。高麗仏画は日本でいえば鎌倉時代から南北朝時代にかけて、中国でいえば南宋から元の時代で、雰囲気的に鎌倉後期や南北朝時代の仏画に近いものを感じることもありますが、多くはやはり見慣れた日本の仏画とはずいぶん異なり、独特の印象を受けます。
「阿弥陀三尊像」
13~14世紀 法道寺蔵
13~14世紀 法道寺蔵
阿弥陀如来像には独尊像のほかに、観音菩薩・勢至菩薩を脇侍に従える三尊像、阿弥陀如来を八体の菩薩様が取り囲む阿弥陀八大菩薩像があります。また阿弥陀如来が説法印を結んだ説法図と来迎印を結んだ来迎図があり、特に来迎図は蓮池の上に阿弥陀如来が立ち、日本の来迎図とは逆に左を向いているのが特徴。日本の来迎図は左上から阿弥陀如来が降臨するという構図が多いですが、高麗の来迎図に動的な感じはなく、阿弥陀如来が極楽浄土の入口で待っているという印象を受けます。
高麗仏画を観ていて、ずいぶん色がヴィヴィッドだなと思ったのですが、図録によると「他の色と混ぜ合わせることなく、彩度の高い原色のまま使用される」ことが多いのだそうです。また、阿弥陀如来の胸に卍印があったり、右の手のひらに千輻輪相が描かれていたりするのも日本の仏画では見ない気がします。
日本の阿弥陀如来像が浄土三部経(「観無量寿経」「無量寿経」「阿弥陀経」)の説く教えをもとにしているのに対し、高麗仏画では華厳思想と天台思想との結びつきが深く、そのため図像も大きく異なるのだそうです。たとえば阿弥陀三尊の勢至菩薩は日本ではシンプルに合掌してる姿が思い浮かびますが、高麗の勢至菩薩は片手に印璽、片手に火焔宝珠を持っていたりします。
「地蔵菩薩像」(重要文化財)
13~14世紀 円覚寺蔵
13~14世紀 円覚寺蔵
地蔵菩薩も日本とは異なり、頭に頭巾を被っていて、雰囲気がずいぶん違います。地蔵菩薩が頭を頭巾で覆うのは西域伝来の図様だそうで、被巾地蔵とか被幅地蔵と呼ばれるとのことでした。阿弥陀如来や地蔵菩薩の衣にある唐草円文も高麗仏画独特とか。
「水月観音像」(重要文化財)
14世紀 大徳寺蔵
14世紀 大徳寺蔵
徐九方筆 「水月観音像」(重要文化財)
1323年(至治3年・忠粛王10年) 泉屋博古館蔵
1323年(至治3年・忠粛王10年) 泉屋博古館蔵
そして、水月観音像。大円光に包まれ、薄く透けるヴェールをまとい、水辺の岩座に半跏坐する厳かな姿はハッとするほど美しく、感動的ですらあります。流麗な線描、華麗な色彩、豪華な装身具、細緻な金泥文様や繊細なヴェールの表現といった装飾性の高さ。とりわけヴェールの表現は非常に高度で、ヴェールを透かして映る衣の色や模様、微妙な奥行き感は絵師の高い技術力を感じます。
なんといっても水月観音像の傑作として名高い大徳寺の「水月観音像」はあまりの素晴らしさに言葉を失いました。観音様の優美な姿もさることながら足元で拝む善財童子や男女、怪物、サンゴ、頭上の鳥といった描写、岩や波頭の表現など、ほかの作品と比べても非常に手が込んでいます。『東山御物の美』で拝見した伝・呉道子の「水月観音図」と構図や描かれているものが非常に酷似しているのも関係が気になるところです。
水月観音は手に柳の枝を持つか、柳の枝を挿した水瓶が描かれていることから日本では楊柳観音と呼ばれていますが、中国や朝鮮では水月観音というというのだそうです。泉屋博古館本や大徳寺本が基本的な構図のようですが、興味深かったのが浅草寺蔵の「水月観音像」で、水滴型の光背の中に観音様が立っているという、こういう仏画は観たことがありません。
慧虚筆 「水月観音図」
13~14世紀 浅草寺蔵
13~14世紀 浅草寺蔵
そのほか装飾経の美品も複数展示されているのですが、その非常に細密で豪華な見返し絵に驚きます。日本の装飾経の見返し絵とは異なり、余白を残すことなくビッシリと模様を描き込んでいて、これも日本ではまず見ないものだと思います。
京都展に観に行けなかったのが返す返すも悔やまれるのですが、東京では初めての高麗仏画の展覧会として貴重な機会ですし、優品揃いの大変素晴らしい展覧会でした。日本とは異なる美意識をもったユニークな仏画が多く、仏教図像学の面から見てもとても興味深いと思います。
根津美術館の2階のテーマ展示「更紗の魅力」もとても良かったのでオススメです。茶道具の包み布として使われた更紗の特集で、異国情緒感のある唐草文や草花文などの更紗と茶器の組み合わせが不思議にマッチして面白い。隣室の「大師会と根津青山」には伝・牧谿の「猿猴図」が出ていました。すごくかわいいですよ。
【高麗仏画 -香り立つ装飾美-】
2017年3月31日(金)まで
根津美術館にて
月刊目の眼 2016年12月号 (朝鮮半島の知られざる美の伝承 高麗の仏画と李朝の絵画)
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