2015/06/21

鴨居玲展

東京ステーションギャラリーで開催中の『鴨居玲展』を観てまいりました。

鴨居玲の没後30年を記念しての回顧展。初期から絶筆まで、デッサンを含め約100点の作品が展示されています。東京での展覧会(ギャラリーを除く)は1990年の西武アートフォーラム以来のとのことで、鴨居玲の画業を俯瞰するにはまたとない機会でしょう。

ズシリときます。鴨居玲の作品がどんなものかを知っていても、これだけの数の作品を時系列で追いながら観ていくと、彼の作品世界に入り込んでしまいますし、彼の思いというものも強く伝わってきます。正直、重いですし、直視するのも辛いものがあるのですが、その作品から目が放せなくなります。とても心に響く展覧会でした。


第1章 初期~安井賞受賞まで

鴨居玲は宮本三郎に師事したそうなんですが、その絵は宮本の明るい色調と違って、どんよりとしています。19歳の頃に描いたという自画像は熊谷守一の「蝋燭」に影響を受けたものだといいます。兄の戦死や父の死が重なり、この頃からどこか死を強く意識したところがあったようです。

鴨居玲 「赤い老人」
1963年 石川県立美術館蔵

初期の作品にはシュールレアリスムを思わすところもあったり、毒々しい赤のモノトーンが強烈な「時計」や「赤い老人」といった具象とも抽象ともつかぬものがあったり、歪んだ顔と異様に大きな手が印象的な「インディオの女」といったフランシス・ベーコンみたいな絵があったりと、まだ画風や方向性が定まっていない感じがします。

鴨居玲 「静止した刻」
1968年 東京国立近代美術館蔵

画壇に認められるのは遅かったようで、「静止した刻」で安井賞を受賞したのが41歳のとき。誇張された男たちの表情と沈んだ色や背景がその後の作品を予感させます。


第2章 スペイン・パリ時代

スペイン時代の特徴的な作品を観ていると、リベラやベラスケス、ゴヤといった、強いコントラストと重厚でどこか暗鬱とした画作りと鴨居の相性が良かったんだろうなというのが分かります。どの作品も人間の悲哀や生活の辛苦を感じさせ、時折ユーモラスな作品があっても、その裏にある人生の重さが伝わってくるようです。

鴨居玲 「私の村の酔っ払い」
1973年 笠間日動美術館蔵

酒好きの鴨居は酔っ払いに自分を重ねたのか、酔っ払いをモティーフに何度か描いているようです。陽気な酔っ払いも老人も、皺はまるで模様のように深く、顔は伎楽面か亡霊かというぐらいにグロテスクです。”私の村”と呼ぶほど、その村に親しみ、素朴な人々を愛したそうですが、その絵にはどこか緊張感があり、平和や安らぎといった言葉とは程遠い感じがします。

鴨居玲 「おばあさん」
1973年 石川県立美術館蔵

そんなスペインの強い明暗法に嫌気がさしたとかで、パリに移ります。パリ時代の作品は色数も増え、やや淡い色の調子で描かれますが、基本的に人物は変わらず物悲しげです。

鴨居玲 「風船」
1976年 個人蔵


第3章 神戸時代-一期の夢の終焉

日本に戻ってからは裸婦画にも挑戦したりしたみたいですが、作品として完成したのは展示されていた「ETUDE」だけだったとか。結局、過去の作品の焼き直しのようなものしか描けず、焦燥感に苛まれてしまいます。

鴨居玲 「望郷を歌う(故高英洋に)」
1981年 石川県立美術館蔵

「アリラン」を高らかに歌う女性。客席から見上げるような構図からは舞台の興奮と感動までが伝わってきて、その力強さに圧倒されます。チマチョゴリを着た女性の背景にある祖国や長く複雑な歴史に対する熱い思いまでもが読み取れるようです。

鴨居玲 「1982年 私」
1982年 石川県立美術館蔵

まるで亡霊のように彷徨う老人や裸婦。これまでに鴨居が描いてきた人たちでしょうか。白いキャンバスの前で口を半開きし放心するように座り込む画家は、絵を描けずに苦労する鴨居自身だといいます。この頃の作品はどれも、強い不安感や絶望、心の闇が、曝け出すように描かれています。まるで人間の暗部や醜悪さを自ら一手に引き受け、自分をその象徴として描いているかのように。

鴨居玲 「自画像」
1982年 笠間日動美術館蔵

酔っ払いや皺の深い老人、道化の顔が晩年の鴨居の自画像に重なっていきます。宙に浮遊する教会はまるで鴨居の墓石のようです。髪が乱れ、目が窪み、生気を失っていく顔。この人がやがて死を選ぶことを分かっているだけに見ていてとても辛い。

鴨居玲 「酔って候」
1984年 石川県立美術館蔵

命を絶つ同年に描いた肖像からは顔さえも分離しています。さすがに絶筆の有名な襖絵は出ていませんでしたが、最晩年のどの作品からも鴨居の痛々しいまでの苦しみが伝わってきて、涙が出てきそうになりました。

鴨居玲 「肖像」
1985年 個人蔵


第4章 デッサン

最後はデッサンやパステル画を展示。1枚の絵を描くのに100枚のデッサンをしたというぐらいですから、素描などを観てると素直にこの人は絵が上手いんだなと分かります。ときどき、パステルやガッシュによるカラフルな作品があったりして驚きます。パリ時代には不本意な制作もしたという(生活のためか?)解説もあったので、もしかしたらこうした絵のことを言ってるのかなとも思いましたが、どうでしょう。


暗く、重く、息苦しい絵ばかりなのですが、こんなに引きこまれてしまう作品もそうそうありません。絵を描くとはこんなにも苦しく壮絶なものなのかと思わずにいられなくなる展覧会でした。


【没後30年 鴨居玲 踊り候え】
2015年7月20日まで
東京ステーションギャラリーにて


鴨居玲 死を見つめる男鴨居玲 死を見つめる男

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