2015/06/10

江戸の悪

太田記念美術館で開催中の『江戸の悪』展を観てまいりました。

悪の魅力といいますが、「悪」の放つ不思議な魅力に惹かれ、好奇心を抱いたり、時に酔いしれたりするのは昔も今も変わらないようです。時代劇や歌舞伎には多くの「悪」が登場しますが、非情な存在であるにもかかわらず、中には「悪」が主役を食ってしまったり、はたまた「悪」が主役だったりするものも少なくありません。

本展には、そんなさまざまな「悪」の描かれた浮世絵が集められています。盗賊に侠客、実悪に色悪、毒婦に悪婆。実在から架空の人物まで、江戸の人を魅了した「悪」のバラエティーに富んでることといったら。今見ても十分面白いですし、その世界に引き込まれてしまいます。

会場は、<盗賊・侠客・浪人>、<悪の権力者たち>、<悪女と女伊達>、<恋と悪>、<善と悪のはざま>、<悪の妖術使い>といったテーマで分けられています。出品作は約80点。期間中入れ替えはありません。

三代歌川豊国(国貞) 「東海道五十三次之内 京 石川五右衛門」
嘉永5年(1852)

石川五右衛門や鼠小僧の名前は今でもとても有名ですが、こうして浮世絵になった盗賊や悪人たちを見てると、そうした事件や「悪」を取り上げた歌舞伎やそれを描いた浮世絵が、さらに「悪」を魅力的に見せてるんだなということが良く分かります。今のようの娯楽が多くない時代ですから、人々は「悪」の登場を時に待ち望み、非日常的な世界に興味を掻き立てられたり、熱狂したりしたんでしょうね。

三代歌川豊国(国貞) 「東海道四谷怪談」
文久元年(1861)

『東海道四谷怪談』の伊右衛門や『伊勢音頭恋寝刃』の福岡貢、『籠釣瓶花街酔醒』の佐野次郎左衛門、『夏祭浪花鑑』の団七、『隅田川続俤』の法界坊、『助六由縁江戸桜』の助六や髭の意休、『桜姫東文章』の清玄、『伽羅先代萩』の仁木弾正、『仮名手本忠臣蔵』の高師直や斧定久郎・・・。ほとんどの浮世絵は歌舞伎を題材にしたものなので、歌舞伎好きなら尚更楽しめること必至です。

月岡芳年 「英名二十八衆句 福岡貢」
慶応3年(1867)

月岡芳幾 「英名二十八衆句 佐野次郎左衛門」
慶応3年(1867) 

絵師としては歌川豊国や歌川国貞(三代豊国)、歌川広重、歌川国芳など歌川派がさすがに多いですね。早いものでは1800年代の作品もありますが、多くは1850~60年代。こうした「悪」を描いた作品が量産された背景には、もしかしたら不安定な幕末の空気もあるのかもしれません。明治以降の作品も多く、月岡芳年や豊原国周、楊洲周延があります。

三代歌川豊国(国貞) 「近世水滸伝 競力富五郎 中村芝翫」
文九元年(1861)

三代歌川豊国(国貞) 「東都贔屓競 二 清玄 桜姫」
安政5年(1858)

髭の意休のこのカッコよさ!揚巻にしつこく言い寄る嫌な役なのに、こんなに粋な姿に描かれてるなんて。他の作品も同様ですが、「悪」だからといって蔑んで描かれてるわけじゃないんですよね。凄惨な殺しの現場や憎々しい姿、いかにも悪い奴といった感じに描かれていても、どこか惹き付けるものがあります。浮世絵師たちの演出もあるんでしょうが、江戸の人たちがこうした姿を求めていたというのもあるのでしょう。

三代歌川豊国(国貞) 「梨園侠客伝 髭のゐきう」
文九3年(1863)

「悪」は何も男に限った話ではなく、歌舞伎にも毒婦や悪婆、女盗賊、女伊達といった女性の様々な「悪」があります。実際に起きた事件に由来するものも多く、江戸時代のワイドショー的なところもあったんだろうなと思います。『夏祭浪花鑑』の書き換え狂言の女團七や『お染の七役』の土手のお六、『加賀見山再岩藤』の岩藤、『娘道成寺』の清姫など歌舞伎でお馴染みの女性版「悪」が並びます。

三代歌川豊国(国貞) 「梨園侠客伝 女伊達 団七じまのおかち」
安政2年(1855)

歌川国芳 「浅茅原一ツ家之図」
文久3年(1863)

面白かったのが「悪」を横に連ねて総揃いさせた浮世絵で、“切られお富”や“熊坂お長”、“三島おせん”といった女性の悪人を描いた作品(「東都不二勇気の肌」)や、五右衛門や熊坂長範、滝夜叉姫、児雷也といった盗賊や妖術使いなどを描いた作品(「本朝義盗競」)があって、まるで「悪」の見本市。『白浪五人男』や『三人吉三』のような白浪物(盗賊を主人公にした世話物)が人気を集めたことにも通じるかもしれません。

豊原国周 「東都不二勇気の肌」
元治元年(1864)

それぞれの作品には丁寧な解説がついていて、「悪」のレベルが星で表示されています。ちなみに最高ランクの星5つの「悪」は、石川五右衛門と鼠小僧、『四谷怪談』の伊右衛門、『絵本合法衢』の太平次、『勧善懲悪覗機関』の邑井長庵、『妹背山婦女庭訓』の蘇我入鹿、『菅原伝授手習鑑』の藤原時平、浅茅ヶ原の鬼婆。どれも相当な「悪」ですね。

歌川豊国 「菅原伝授手習鑑 (車引)」
寛政8年(1796)

残念なのが、本展には図録がないこと。図録があれば、江戸の悪人図鑑にもなったでしょうに。でも好企画の楽しい展覧会でした。


【江戸の悪】
2015年6月26日(金)まで
太田記念美術館にて


月岡芳年: 血と怪奇の異才絵師 (傑作浮世絵コレクション)月岡芳年: 血と怪奇の異才絵師 (傑作浮世絵コレクション)

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