2014/03/09

世紀の日本画 [後期]

東京都美術館で開催中の『世紀の日本画』の後期展示に行ってまいりました。

前期は自分の中では今一つ盛り上がりに欠けたのですが、後期は個人的に観たい作品が固まっていて、どちらかというとこちらの方を期待していたりしました。
 
そうしたこともあってか、実際に後期の満足度は私自身かなり高めでした。前期と後期でどういう分け方にしていたのか、特に基準はないようですが、後期の方が名のある作品も心なしか多く、その分、作品のラインナップが割と充実していたようにも感じます。あくまでもこれは個人の趣味の問題になりますが。

展覧会の概要と前期展示についてはこちらをご参照ください。
世紀の日本画 [前期]


第1章 名作で辿る日本美術院の歩み

ここはやはり狩野芳崖の「悲母観音」。狩野派最後の作品であると同時に近代日本画の夜明けを告げた記念碑的作品です。個人的には2008年の『狩野芳崖展』(東京藝術大学大学美術館)以来の再会。フェノロサに見せられたジョルジョーネの聖母画に感銘を受け、本来は男体である観音を女体に見立て慈悲の神として描いたといいます。衣文は伝統的な仏画の技法でありながら、その色彩や赤子の描写には西洋画の影響を感じさせます。本作は芳崖の絶筆となり、背景は橋本雅邦が手を加えているそうです。

狩野芳崖 「悲母観音」(重要文化財)
明治21年(1888) 東京藝術大学蔵

ここでは大観が2点。会場に入ってすぐのところに展示されてたのが大観初期の傑作「無我」。これはトーハクで何度かお目にかかってます。もう1点が「屈原」。昨年の『横山大観展』(横浜美術館)で短期間だけ公開されているようですが、展示機会がとても少ない作品だと聞きます。第一回院展に出品された記念すべき作品で、東京美術学校を追われた岡倉天心を陰謀により失脚し国を追われた屈原の身に重ねて描いたそうです。無念さを滲ませた険しい表情の中にも決して失わない信念と威厳さが感じられ、大観の深い思いやただならぬ気迫が伝わってきます。

横山大観 「屈原」
明治31年(1898) 厳島神社蔵

そのとなりには雅邦の「龍虎図屏風」が。今回の展示でどうしても見たかった作品のひとつです。これも滅多に公開されない作品で、私も初見。伝統的な龍虎図屏風を近代的な技法とダイナミックな描写で再現していて、実に面白い。劇画調と解説されていましたが、確かに。湧き出でる雲、激しく上がる波の飛沫、走る稲妻。陰影に富んだ立体的表現がまるで3Dのようです。

橋本雅邦 「龍虎図屏風」(重要文化財)
明治28年(1895) 静嘉堂文庫美術館蔵

前期展示での一番のお気に入りは小倉遊亀の「径」だったのですが、後期も小倉遊亀で素敵な作品が出てました。「コーチャンの休日」は越路吹雪をモデルに描いたそうで、寝椅子でくつろぐコーチャンの姿態や表情に“らしさ”が見事に表現されています。わたしの悪い癖が全部出てると語ったいう越路吹雪の言葉が最大の賛辞ではないでしょうか。小倉遊亀というと、東京国立近代美術館や山種美術館にある舞妓を描いた作品ぐらいしか観たことがなかったのですが、今回の展示で一気にファンになりました。

小倉遊亀 「コーチャンの休日」
昭和35年(1960) 東京都現代美術館蔵

そのほか、前期から巻き替え展示となる菱田春草の「四季山水」がこれまた素晴らしいのと、造形的な構図が面白い奥村土牛の「門」も印象的。


第2章 院展再興の時代 大正期の名作

まず目に留まったのが、木村武山の「小春」。武山はもともと歴史画や花鳥画を得意としていて、大正初期には琳派に傾倒したといいます。「小春」はその時代の代表作で、右隻には実がたわわになった柿の木と葉鶏頭やヒマワリ、左隻には粟や竹笹が淡いタッチで描かれ、その壮麗かつ秋らしい落ち着いたトーンの色彩感が素晴らしい。葉っぱが虫に食われていたりして妙にリアルだったりします。

木村武山 「小春」
大正3年(1914) 国立大学法人茨城大学蔵

前期でもとても印象的だった小杉未醒が後期にもありました。19世紀フランスの壁画装飾家シャヴァンヌに影響を受けたというその作品は神話風でもあり異国風でもあり、フレスコ画のような柔らかな独特の色調とシャヴァンヌを思わせる構図が一種癒しのような空間を醸し出しています。

小杉未醒 「山幸彦」
大正6年(1917) 石橋財団石橋美術館蔵

コーナーの最後に展示されていた平櫛田中の彫刻「禾山笑」が傑作。臨済宗の僧侶・西山禾山をモデルにした作品で、豪快に大笑いする僧侶の生き生きした姿が面白い。


第3章 歴史をつなぐ、信仰を尊ぶ

これも今回の展示で最も観たかった作品の一つ、前田青邨の晩年の傑作「知盛幻生」。能や歌舞伎で知られる「船弁慶」の一場面を描いた作品で、青邨の歴史画の集大成と言われています。波の描写は同じ平家物語を題材にした青邨の「大物浦」に似ていますが、焦点はあくまでも船上の落人の怨霊。その姿からは無念さ、哀しさがストレートに伝わってきて、圧倒的な迫力がありました。

ほかに、仏画を極めた荒井寛方らしい「涅槃」、近年のものでは平等院の雲中供養菩薩を描いたという伊藤髟耳の「空点」が素晴らしい。


第4章 花。鳥。そして命を見つめて

もうひとつ、とても観たかったのが、これも青邨の「芥子図屏風」。写真だと色がつぶれて分かりづらいのですが、右隻に白い芥子の花を、左隻には蕾だけを描き、紛れて咲く紅いケシがアクセントになっています。光琳を意識したようなリズミカルなデザイン性と琳派風の軽やかさが心地よい作品です。よく見ると、葉の描写も実にきめ細かく、非常に丁寧に描いているのに気づきます。

前田青邨 「芥子図屏風」
昭和5年(1930) 光ミュージアム蔵

古径の「孔雀」もいい。鮮やかなグリーンに金泥を効果的に配した華やかな色彩とシンプルな構図が孔雀の美しさを一層引き立てています。「孔雀明王」とも評されたそうです。

小林古径 「孔雀」
昭和9年(1934) 永青文庫蔵

前期に続いて小茂田青樹の「虫魚画巻」も展示。鯉に金魚、蜘蛛やドジョウ、灯りに群がる蛾。写実性高く描きつつも神秘的な独特の表現が目を惹きます。そのほか、春夏秋冬の薄に生命の営みを表現したという田渕俊夫の「流転」、菊の花が官能的なほど美しい齋藤満栄の「秋晨」が印象的でした。


第5章 風景の中で

前期の「洛北修学院村」と同じく“群青中毒”だった頃の御舟の「比叡山」が見事。下から見上げたような大きな山容を薄墨と群青の濃淡のみで描くも、尾根の形や木々の様子を丁寧に描き分けることで悠然と聳え立つ山の重厚さと威厳さがリアルに表現されています。

速水御舟 「比叡山」
大正8年(1919) 東京国立博物館蔵

前期と巻き替えの今村紫紅の「熱国之巻」は後半の「熱国之夕」を展示。何度観ても見飽きない、大好きな作品です。まるでここだけ心地よい熱帯の風が吹いているかのよう。

今村紫紅 「熱国之巻 (熱国之夕)」(部分)(重要文化財)
大正3年(1914) 東京国立博物館蔵

“外光水墨派”とも“光と影の魔術師”とも評されたという近藤浩一路の「十三夜」は星のきらめく月夜の描写がユニーク。近年の画家では、草を食む馬とどこか寒々しい風景が印象的な川瀬麿士の「草原」、懐かしい博物館動物園駅を描いた小田野尚之の「くつおと」が個人的に好み。そのほか、平山郁夫のシルクロードシリーズの代表作「絲綢之路天空」や、全長29mという長さに北海道の四季を描き込んだ岩橋英遠「道産子追憶之巻」と見どころのある作品が展示されています。


第6章 幻想の世界

今回の後期展示で、最も強く心に残った作品というと、馬場不二の「松」かもしれません。末期ガンの絶対安静の状態の中、「死んでも描きあげる」と正に命を削って描いた作品だといいます。永徳の巨木表現ばりのダイナミックさと抽象絵画のようなインパクト。堂々たる松の力強さからは溢れんばかりの生命力が伝わってきて、何か胸に来るものがあります。ぜひ実物を観てほしい一枚。

前期展示では近年の作品にあまり感銘を受けなかったのですが、後期はなかなかの力作が揃っています。このコーナーでも、竹林の緑と光の美しさが素晴らしい中島清之の「緑扇」、屏風を大胆に四分割した構図が斬新な守屋多々志の「無明」、豊かで柔らかな色彩が気持ちいい宮北千織の「うたたね」が印象的です。


第7章 人のすがた

やはりさすがの片岡球子。観る者を飽きさせないというか、驚かすというか、ユニークな構成(というより不思議な発想)やヴィヴィッドな色彩に目を留めずにはいられません。一見斬新だけれど、傘を持つ女性の絵の構図や雨の描写などがしっかり浮世絵になっているのがまたニクい。

片岡球子 「面構(歌川国芳)」
昭和52年(1977) 神奈川県立近代美術館蔵

そのほか、美人画で知られる北野恒富の「茶々殿」は、この人こんな風情の絵も描くんだとビックリしました。不勉強ながら、日本美術院の方だったということも知りませんでした。中村貞以のモダンな「シャム猫と青衣の女」も良かったと思います。細川ガラシャ、出雲阿国、樋口一葉ら近世近代の多才な女性を描いた北澤映月の「女人卍」は人選とタイトルが?でしたが、インパクトはありました。


こんな機会でないと観られない作品も多く、近代日本画の名作に触れられるだけでなく、日本画の“今”を知る上でも、きっといい出会いになるのではないでしょうか。会期末は恐らく桜の時期と重なって混雑が予想されるので、早めに行かれるのが良いかと思われます。


【日本芸術院再興100年 特別展 世紀の日本画】
後期: 2014年3月1日(土)~2014年4月1日(火)
東京都美術館にて


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