2014/03/05

探幽3兄弟展

板橋区立美術館で開催中の「探幽3兄弟展」に行ってきました。

江戸狩野派を興した狩野探幽には二人の弟、尚信・安信がいて、本展はその3兄弟の画業にスポットを当てた展覧会です。

江戸狩野派というと、永徳の孫で、江戸絵画を代表する絵師・探幽がズバ抜けて有名ですが、弟・尚信、安信も徳川幕府の御用絵師として活躍していたことは意外と知られていないのかもしれません。探幽(鍛冶橋狩野家)、尚信(木挽町狩野家)、安信(中橋狩野家)は狩野派の基礎を築くだけでなく、奥絵師狩野四家(他に浜町狩野家)として江戸画壇の筆頭に君臨し続けます。

昨秋、出光美術館で開催された『江戸の狩野派展』でも、探幽・尚信が取り上げられていましたが、本展は安信も加え、3兄弟に絞って作品を紹介しています。また前後期合わせると作品数も53点と多く、近年の江戸狩野派の再評価に呼応するような企画で、もう一度狩野派の作品とじっくり向き合いたい方には打ってつけの展覧会ではないでしょうか。(展示作品は、前後期でほとんどが入れ替わり、入れ替えのない作品も場面替えなどがあります)


さて、まずは探幽の作品から。

狩野探幽 「雪中梅竹鳥図襖」(重要文化財)
寛永11年(1634年) 名古屋城総合事務所所蔵 [前期展示]

最初に登場するのが、“これぞ探幽様式”という「雪中梅竹鳥図襖」。祖父・永徳の巨木表現とも異なり、形の良い白梅の古木がバランスよく配されています。余白を大胆にとった洗練された構図は探幽の最たる特徴。一番左の襖には尾長鳥が描かれていて、風情も秀逸です。

狩野探幽 「波濤群燕図」
寛文10年(1670年) 常盤山文庫蔵 [前期展示]

出光の『江戸の狩野派展』にも出品されていた「波濤群燕図」にも再会。そのときのブログにも書きましたが、ほんと面白いし、センスが抜群だなぁと思います。ちなみに『江戸の狩野派展』とダブる作品は本作品のみのようです。

狩野探幽 「慈眼大師尊像」
聖衆来迎寺蔵 [前期展示]

「慈眼大師尊像」は徳川幕府の黒衣の宰相として知られる天海の肖像画。天海の死の直前に家光が探幽を呼び描かせたといいます。顔の皺は何度も筆を重ね、瞳には単眼鏡で覗いてやっと分かるぐらいの虹彩を入れるなど非常に丁寧に描かれています。耳たぶが大きいのは探幽の肖像画の特徴なのだとか。もちろん背景の水墨山水画もしっかり探幽様式。

狩野探幽 「群虎図襖」(重要文化財)
南禅寺蔵 [後期展示]

ほかに探幽では、板橋区立美術館蔵の「富士山図」、尚信・安信と共同制作の「文珠・龍・虎図」や「板倉重昌像・鷹図・馬図」が展示されています。後期には重文の「群虎図襖」などが登場します。

つづいて、尚信。
先の『江戸の狩野派展』で、その機知に富んだ表現力に驚き、一番興味を覚えたのが尚信でした。本展でもなかなかの優品が揃っています。

狩野尚信 「富士見西行・大原御幸図屏風」
板橋区立美術館蔵 [前期展示]

「富士見西行・大原御幸図屏風」は右隻に速筆で富士見図を、左隻はより抑揚をつけた筆つきと和様のタッチで大原御幸図を描き、その描写の妙が素晴らしい。富士見図の左下には富士を仰ぎ見る西行が小さく描かれていて、その風情も◎。他に屏風では、中国の四季の田園風景といった趣ですが、濃墨の力強さと古さびた雰囲気がとてもいい「瀟湘八景図屏風」や、古画の伝統にならいつつ探幽様式と独自のアレンジを調合したという「李白観瀑・剡渓訪載図屏風」が印象的。尚信の最も早い作例の一つという二条城・黒書院の「松図襖・壁貼付」も展示されていたのですが、こちらはまだ桃山様式の障壁画の名残があり、思いのほか平凡な感じ。解説パネルには「狩野一族の長老の助力と影響を強く受け、尚信の個性を強く出すことはできなかったよう」とありました。ふむふむ。

狩野尚信 「文珠・荷鵞・蘆雁図」
根津美術館蔵 [前期展示]

「文珠・荷鵞・蘆雁図」は尚信の人物・花鳥図の典型だそうで、その端正な筆致に目が留まります。ほかに「六祖図」や「朝陽図」の人物描写も筆遣いが軽快で表情がいい。口元がへの字に描くのは尚信の人物図の一つの特徴のようです。

尚信は44歳の若さで亡くなり、後に岡倉天心が「尚信にして長生せば、兄に優りしならん」と、彼の早世を惜しんだといいます。

狩野安信 「牡丹図」
個人蔵 [前期展示]

最後に安信。
安信というと、自分自身もそんなに強い印象があるわけでなく、長兄の探幽に冷遇されていたとか、探幽・尚信に劣るとか、そうしたイメージしかありませんでした。なるほど安信は探幽より一回り年下で、また二人の兄が若くして名を馳せ、年少の安信とでは実力の差が歴然としていたのかもしれません。3兄弟が江戸城に招かれ席画を描くように言われた際、探幽に「兄たちが描くのを見ておけ」と命じられ、筆を執らせてもらえなかったというエピソードもあります。

そうしたこともあってか、安信は和漢の古画の研究に熱心で、狩野派の画論『画道要訣』を残していたりします。『画道要訣』では、「質画」(天賦の才による作品)より「学画」(古画の学習に努めた上での作品)を重視し、狩野派の粉本主義を決定づけたともいわれます。そんな安信の作品は、真面目な性格が見て取れるというか、筆遣いにも実直なところがあり、丁寧できっちりとした筆致のものが多いような気がしました。

狩野安信 「人物花鳥画帖」
板橋区立美術館蔵 [期間中場面替えあり]

それでも「牡丹図」の繊細な色彩の表現や質感、「人物花鳥画帖」の軽妙な描写は安信の技量の確かさを感じさせます。室町期の水墨山水画の学習の成果という「四季山水図襖・床貼付」や、人物描写が豊かな「蘭亭曲水図屏風」、淀みのない線描が見事な「豊干・寒山・拾得図」なども印象的です。

狩野安信 「竹虎図屏風」(左隻)
浄福寺蔵 [前期展示]

度肝を抜くのが、会場の最後に展示されていた「竹虎図屏風」。観に行った日は左隻のみの展示でしたが、江戸時代以前の屏風としては日本最大級ということで、その大きさにまず驚かされます。出光で観た尚信の虎もかわいいのが印象的でしたが、安信の虎も愛嬌があり、川面に映った自分の顔を凝視する姿などユーモアがあります。確かに安信の作品には「学画」的なところが見受けられるものもありますが、もっと高く評価されていいのではないかと感じる部分も多々あり、後期展示もじっくり観てみたいと思わせました。


江戸狩野派の発掘と再評価の活動を続けてきた板橋区立美術館が満を持して開催する展覧会だけあり、ちょっと不便な場所ではありますが、バスに揺られて出かける価値のある展覧会です。前期のチケットの半券を提示すると後期展示が半額で鑑賞できるそうです。


【江戸文化シリーズNo.29 探幽3兄弟 ~狩野探幽・尚信・安信~】
前期:2月22日(土)~3月16日(日)
後期:3月18日(火)~3月30日(日)
板橋区立美術館にて


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