2012/04/27

四月花形歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」

新橋演舞場で公演の四月花形歌舞伎・通し狂言『仮名手本忠臣蔵』を先日観てまいりました。今月は昼の部のみを観劇。

四月は花形歌舞伎と聞いて、どんな演目をやるのか期待していた分、『仮名手本忠臣蔵』の通しだと知ったときはガックリしたのですが、インタビューなどで出演者たちの意気込みを目にしたり、舞台稽古の様子をテレビで見たりするに連れ、今しかできない花形ならではの『仮名手本忠臣蔵』も楽しみだと思うようになってきました。近い将来、歌舞伎の未来を背負う若手役者らが、恐らく何度となく演じるであろうこの芝居のスタート地点に立ち会えるという意味でも、今月は見ておくべきじゃないかと。

まずはお約束の“口上人形”から。「エッヘン、エッヘン」と咳払いを間に挟みながら、主要役者の名前と役名をつらつら述べます。口上が終わると幕が開くのですが、これも他の狂言とは違い、ゆっくりゆっくりと開き、舞台上には役者さんが微動だにせず立ったまま。竹本に名前を呼ばれて人形に魂が入ったように動き始めるという仕掛けです。これは人形浄瑠璃の名残だそうですが、こういうのを見ると、歌舞伎が江戸時代から綿々と続く伝統芸能なんだなとあらためて感じます。

さて、「大序 鶴ヶ岡社頭兜改めの場」。高師直が桃井若狭之助を苛めたり、塩冶判官の妻・顔世に色目を使ったりする物語の発端です。高師直に松緑、桃井若狭之助に獅童、顔世御前に松也、足利直義に亀寿、そして塩冶判官に菊之助。ここでの主役は何といっても松緑の高師直。「お客様に『師直憎し!』と思っていただかないことには成立しません」と筋書きで本人が語っていましたが、まさに憎々しい師直でした。ただ、これはしょうがないことですが、やはり年齢からくる威厳というか、上役としての存在感や威圧感が出ないと面白くない役なんだなとつくづく感じました。松緑も「若くて勤まる役ではありませんので非常に難しい」と語っているので、そのあたりは十分に自覚しているのでしょうが、ここは年齢を重ねていくのを待つしかないのかもしれません。

つづいて「三段目」は「足利館門前進物の場」と「松の間刃傷の場」 。ここでの見どころは、まず鶴ヶ岡社の場面では虐められる側だった若狭之助(獅童)を、賄賂をもらった師直が平伏して侘び、若狭之助の怒りを抑えるところですが、獅童が若殿の血気盛んさ、直情的なところを巧く演じていたと思います。今にも師直に襲いかからんとする怒りがよく出ていて、若狭之助の感情がビンビンと伝わってきました。所作も丁寧に演じていたのが印象的でした。

そして、師直の虐めの矛先は、若狭之助と入れ替わりで登場する塩冶判官(菊之助)に移るわけですが、菊之助の塩冶判官が非常に見ごたえがありました。師直から言われなき中傷を受け、それでも必死に怒りを抑える姿、そして執拗に繰り返される師直の侮辱に耐えかね、ついに刀に手を伸ばすまでのその緊張感。一つ一つ丁寧に積み重ねていく心理的な葛藤や感情の高ぶりが、等身大のリアルな塩冶判官を見事に創り上げていました。最後は涙をたたえての大熱演。ただ、松緑の“ごっこ”的ないたぶり方と菊之助のシリアスな演技のバランスが取れていなかったのが残念でした。

30分の幕間の後は、「四段目 扇ヶ谷塩冶判官切腹の場」と「表門城明渡しの場」。ここでも菊之助は素晴らしく、粛々と事を進めていく様子に主家取り潰しの無念さがよく現れていたと思います。染五郎の由良之助は少し肩に力が入りすぎている感も無きにしも非ずでしたが、それだけ真剣に取り組んでいる証なんでしょう。幸四郎に指導を仰いでいるところをテレビで見ましたが、幸四郎の由良之助を彷彿とさせるところもありました。ただ、これも若さ故の問題で、年齢からくる風格や落ち着きが伴ってくれば、演技にさらに奥行きと深みが出て、もっと良くなるんだろうと思います。

最後は「道行旅路の花聟」。それまでの熱かった舞台はどこへやら、なんだか冷めた舞台でした。なにしろ勘平とお軽の二人が愛しあってある者同士に見えない。演じる二人から情が伝わってこないのです。恋人というよりまるで親子。歌舞伎の場合、役者の年の差は関係ありません。二人の間に情が通っていれば、恋人にだって見えるのです。福助は何度もお軽を演じているので安定感はうかがえましたが、一方の亀治郎の表情の乏しさが気になりました。心なしか所作もメリハリがなく、亀治郎らしくないと感じたのは気のせいでしょうか? 鷺坂伴内(猿弥)が登場する後半は笑いもあり、それなりに楽しめましたが、退屈な道行きでした。

夜の部は観に行く予定がなかったのですが、昼の部を観たあと、夜の部もチケットを手配しておけばよかったと後悔しました。この花形役者で夜の部も観てみたいと思わせるそんな舞台でした。全体的に力不足や技量不足(経験不足)も感じましたが、若いからこその“熱さ”、チームワーク、歌舞伎を背負っていくという意気込みをヒシヒシと感じるいい忠臣蔵だったと思います。


仮名手本忠臣蔵を読む (歴史と古典)仮名手本忠臣蔵を読む (歴史と古典)

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