2016/06/11

黄金のアフガニスタン

東京国立博物館で開催中の『黄金のアフガニスタン -守りぬかれたシルクロードの秘宝-』を観てまいりました。

ソ連による軍事介入に始まるアフガニスタン紛争と長く続いた内戦、そしてタリバンの台頭とアメリカを中心にした連合軍との武力衝突…。バーミヤンの大仏がタリバンの手で爆破された映像はとてもショッキングでしたし、貴重な文化財が破壊されているというニュースを聞くたびにやるせないというか、やり場のない怒りをずっと感じていました。

そんな状況が続く中で、アフガニスタン国立博物館の館員の手で古代アフガニスタンの文化財が秘密裏に隠されていたことをご存知でしょうか? 本展は奇跡的に難を逃れた古代アフガニスタンの貴重な文化財を展観し、アフガニスタンの文化遺産の復興を支援しようと企画された展覧会。フランスのギメ国立東洋美術館を皮切りに、メトロポリタン美術館、大英博物館など、これまでにすでに世界10ヵ国を巡回してきています。


会場は4つの遺跡からの出土品を中心に構成されています:
第1章 テペ・フロール 先史時代(前2100年~前2000年頃)
第2章 アイ・ハヌム グレコ・バクトリア王国時代(前3世紀~前2世紀)
第3章 ティリヤ・テペ サカ・パルティア時代(前1世紀~1世紀)
第4章 ベグラム クシャーン朝時代(1~3世紀)
第5章 アフガニスタン流出文化財

メソポタミア文明とインダス文明の中継地として栄えたといわれるテペ・フロール、ギリシャ人国家として発展したグレコ・バクトリア王国、古代イランの遊牧民によるパルティア、そして中央アジアからインドにかけて広大な王国を築いたクシャーナ朝。いくつもの文明が栄え、西はギリシャやエジプト、ポンペイ、東は中国までさまざまな文化が交錯していたことが展示品を観ていると良く分かります。

「ヘラクレス立像」
前150年頃 アフガニスタン国立博物館蔵

恥ずかしながらアフガニスタンについてあまり知識がなかったのですが、古代アフガニスタンはギリシャ文化圏だったのですね。アフガニスタン=ギリシャ文化というイメージがなかったので、正直新鮮な驚きでした。ヘラクレスやゼウスの像、勝利の女神ニケといったギリシャ神話の英雄や神の姿、西方由来の文様をいろんなものに観ることができます。

「キュベーレ女神円盤」
前3世紀 アフガニスタン国立博物館蔵

「キュベーレ女神円盤」はギリシャのヘリオスとニケ、アナトリアのキュベーレ(キュベレー)、西アジア風の神官などさまざまな文化の象徴が描かれています。「キュベーレ女神円盤」だけでなく古代アフガニスタンのさまざまな美術品に共通することなのですが、いくつもの文化が融合するのではなく、混在しているというのが面白いですね。支配する民族や国が変わっても他所者の文化を排斥すのではなく受け入れている。

「牡羊像」
1世紀 アフガニスタン国立博物館蔵

ティリヤ・テペ遺跡は王族の墓が盗掘されずに手つかずの状態で発見されていて、埋葬された人が身につけていた装身具や副葬された愛用品なども多く展示されています。遺体のどこにどの装身具があったか、遺体を囲むような線と共に図解されていて、それがいい意味でリアルで、分かりやすく良かったです。非常に精巧に彫金された装身具や彫像など、当時の技術の高さに驚きます。ハート形の耳飾りなんて、恐らくシルフィウムを象ったものなのでしょうが、今あっても全然おかしくないデザインのものなんかもいっぱいあります。

「襟飾」
1世紀 アフガニスタン国立博物館蔵

メソポタミア文明の頃にはガラス製の器があったともいわれていますが、本展でも多くのガラス製のグラスや器があって、手の込んだ模様や色彩豊かな風俗画など、この時代からこんな鮮やかで、表現性の高い絵があったなんて、もう感動ものです。

「脚付彩絵杯」
1世紀 アフガニスタン国立博物館蔵

東京国立博物館の通り沿いにある東京藝術大学大学美術館では関連企画展として『素心 バーミヤン大仏天井壁画 ~流出文化財とともに』が開催されています。(トーハクの特別展は撮影NGですが、藝大美術館の方は撮影可能です)

「菩薩とクシャン人供養者」
2~4世紀 カピサにて出土

ここでは内戦の混乱の中、海外に流出し日本で保護されたアフガニスタンの文化財が展示されています(トーハクの展覧会でも一部展示)。主にバーミヤン石窟の仏座像の壁画片や仏陀像の頭部、誕生図、ガラス器など。



トーハクの会場に前3世紀のものとされるゼウス神像の左足が展示されているのですが、その足を基に藝大が同時代の彫刻やコインに刻まれたゼウスを調査し、復元した半身像も展示されています。頭と手を作らなかったのは想像の余地を残すためとか。

「アイハヌム・ゼウス像(想定復元)」
制作:東京藝術大学COI拠点・アートイノベーションセンター

2階の会場の天井には、タリバンによって破壊されたバーミヤン東大仏の天崖を飾っていた「天翔る太陽神」が原寸大で復元されていて、石窟内部を疑似体験できるようになっています。質感とか色彩とか、とても精巧。

「バーミヤン東大仏天井壁画 天翔る太陽神(想定復元)」
制作:東京藝術大学COI拠点・アートイノベーションセンター

会場の壁には石窟から眺めるバーミヤンの風景や逆方向から石窟を眺めた風景の映像が流され、こんな平和な風景が破壊されたのかと、亡くなった人々の命や失われた数々の文化財を思うと胸を抉られるような思いがします。



アフガニスタン国立博物館にはイスラム以前(7世紀以前)の文化財だけでも10万点あったのだそうですが、その内の7割は盗難にあったり破壊されたりしたといわれています。もうこれ以上、貴重な文化財が失われることなく、かつてのアフガニスタンのように穏やかで平和な日々が訪れることを祈るばかりです。


【黄金のアフガニスタン -守りぬかれたシルクロードの秘宝-】
2016年6月19日(日)まで
東京国立博物館・表慶館にて

【素心 バーミヤン大仏天井壁画 ~流出文化財とともに】
2016年6月19日(日)まで
東京藝術大学大学美術館・陳列館にて


月刊目の眼 2016年3月号 (戦禍をこえて 東と西をつなぐ古代美術 特別展「黄金のアフガニスタン ─守りぬかれたシルクロードの秘宝─」)月刊目の眼 2016年3月号 (戦禍をこえて 東と西をつなぐ古代美術 特別展「黄金のアフガニスタン ─守りぬかれたシルクロードの秘宝─」)

2016/06/10

伊東マンショの肖像

東京国立博物館で特別展示されている『特別公開 新発見!天正遣欧使節 伊東マンショの肖像』を観てきました。

2年前にイタリアで発見され、大きなニュースになったので覚えてらっしゃる方も多いでしょう。今回その「伊東マンショの肖像」が日伊国交樹立150年の記念事業の一つとして初公開されています。

いつもは屏風絵や障壁画が展示されている本館7室がその会場。照明もいつもより暗めで、装いもちょっと特別。

描いたのはルネサンス期を代表する画家ティントレットの息子ドメニコ・ティントレット(注文を受けたのはドメニコの父で、有名な方のヤコポ・ティントレットだが、実際に描いたのは息子とされているらしい)。大きな襞襟のついたスペイン風の衣装に身を包み、思った以上に今風のイケメンでした。

伊東マンショは豊後のキリシタン大名大友宗麟の遠縁で、宗麟の名代として天正遣欧使節の一人としてヨーロッパに渡ったわけですが、渡欧したときはまだ13歳ぐらいだったとか。この「伊東マンショの肖像」はローマ教皇に謁見した記念に描かれたもので、15歳ぐらいの頃じゃないかという話です。髭なんか生やして(笑)

作品は胸より上のみの肖像画で、比較的小さめなのですが、西洋人を描いたルネサンスの肖像画とは異なる雰囲気というか、やはり馴染みのある東洋風の顔立ちに惹きつけられます。

ドメニコ・ティントレット 「伊東マンショの肖像」
イタリア・1585年 トリヴルツィオ財団蔵

そばには関連資料も展示されています。「三聖人像」は長崎奉行所が押収した品とか。外国人宣教師が日本に持ち込んだのでしょうが、それを当時の日本人教徒が模写したのでしょうか。かなり忠実に模写されています。

[写真右より] 「三聖人像」(重要文化財) ヨーロッパ・16~17世紀
「三聖人像(模写)」(重要文化財) 安土桃山~江戸時代・16~17世紀
東京国立博物館蔵

見ものは17世紀後期にイタリアで描かれ、イタリア人宣教師が所持していたという「聖母像(親指のマリア)」。携行していたというだけあり、作品はかなり小さいのですが、17世紀フィレンツェの宗教画家カルロ・ドルチの聖母像に酷似していることが指摘されています。

「聖母像(親指のマリア)」(重要文化財)
イタリア・17世紀後期 東京国立博物館蔵

すぐそばの国立西洋美術館の常設展では現在、その「聖母像(親指のマリア)」との関係が指摘されているカルロ・ドルチの「悲しみの聖母」が展示されています。美しく清らかな顔立ちも目を見張るのですが、深い青色のマントや背景の後光の描写が素晴らしい。折角なら併せてご覧になられるといいと思いますよ。

カルロ・ドルチ 「悲しみの聖母」
1655年頃 国立西洋美術館蔵


【特別公開「新発見!天正遣欧少年使節 伊東マンショの肖像」】
2016年7月10日(日)まで
東京国立博物館・本館7室にて


天正遣欧使節 (松田毅一著作選集)天正遣欧使節 (松田毅一著作選集)

2016/05/28

美の祝典 Ⅱ 水墨の壮美

出光美術館で開催中の『美の祝典 Ⅱ -水墨の壮美』を観てきました。

出光美術館開館50周年記念展の第2弾。今回のテーマは“水墨画”。出光美術館が誇る水墨画と南画のコレクションの中から選りすぐりの傑作を展観していきます。

『水墨の壮美』の出品数は35点。その内、国宝が1点、重要文化財が11点、重要美術品が5点。ほかにも出品リストや図録には掲載されていない工芸品が数点出品されています。

*** *** ***

まず目に飛び込んでくるのが能阿弥の「四季花鳥図屏風」。マルチな才能に溢れた室町時代の絵師・能阿弥の代表作で、制作年の分かる水墨屏風としては最古だといいます。

右隻には叭々鳥と白鷺と燕、左隻には鴨と鴛鴦と鳩などが描かれ、鳥たちの楽園といった趣き。水墨の妙技と相俟って穏やかで静謐な空間を創り上げています。牧谿作品から多くを引用しているそうで、“牧谿づくし”と解説されていました。

能阿弥 「四季花鳥図屏風」(重要文化財)
応仁3年(1469) 出光美術館蔵

もうね、牧谿、玉澗、能阿弥、等伯へと連なる水墨画の流れが何といっても素晴らしいのです。 牧谿の「平沙落雁図」は京都国立博物館、根津美術館所蔵と同じ「瀟湘八景図」の現存する4幅のうちの一つ。京博、根津のものは過去に拝見していますが、出光所蔵の本作は初見。これが観られるなんて涙ものです。ごくごく薄い墨で夕暮れの大気の微妙な流れを表現していて、群れ立つ雁が得も言われぬ風情を醸し出しています。牧谿では略筆の「叭々鳥図」もいい。

牧谿 「平沙落雁図」(重要文化財)
中国・南宋時代 出光美術館蔵

玉澗もまた味わい深い逸品。墨の濃淡で深山幽谷を表現し、杖を突きつつ山を登る旅人を墨でちょんちょんと加えています。この佇まいが素晴らしい。

ほかに中国画では、徐祚の「漁釣図」がいいですね。細く硬いタッチの線で、大きな葦の下でぼんやりと釣り糸を垂らす漁夫。何を考えてるんだろうと、ついついこちらも想像してしまいます。

玉澗 「山市晴嵐図」(重要文化財)
中国・南宋時代末期~元時代初期 出光美術館蔵

等伯は2点あって、「竹鶴図屏風」と「松に鴉・柳に白鷺図屏風」。どちらも牧谿の「観音猿猴図」など牧谿作品を参考にしているといいます。能阿弥の「四季花鳥図屏風」も等伯の「松に鴉・柳に白鷺図屏風」も牧谿に倣ってるからか同じ白鷺を描かれてるのが面白いですね。

奥のスペースには狩野元信の「西湖図屏風」があって、これがまたいい。横へ展開する西湖の風景と垂直の岩山の構図が印象的。近景・中景・遠景を描き分け、まるで真体のお手本のような教科書的な巧さがあります。ほかにも伝周文の詩画軸、雪舟の破墨山水図も見どころ。

長谷川等伯 「松に鴉・柳に白鷺図屏風」
桃山時代 出光美術館蔵

そして本展の目玉である「伴大納言絵巻」。
今回は中巻を展示で、眼目は子どもの喧嘩。一つの場面に、取っ組み合いをする子ども、駆け寄る親、片方の子どもを足蹴りする親、母親に連れてかれる子どもというように喧嘩の様子がまるで4コマ漫画なように描かれています。これは先日観た「信貴山縁起絵巻」の尼公巻にもあった異時同図法という表現方法。活劇のように動きがあって、隅々まで表現にこだわっていて、人々の表情が豊かで素晴らしい。

「伴大納言絵巻(中巻部分)」(国宝)
平安時代 出光美術館蔵

絵巻という括りでは、「北野天神縁起絵巻」の室町時代の模写絵もあるのですが、ここでは同じ天神縁起に由来する「天神縁起尊意参内図屏風」が出色の素晴らしさ。菅原道真の祟りを鎮めるため宮中に向かう僧侶が雷雨で荒れ狂う賀茂川を法力で開いて牛車で急ぎ渡るという場面で、疾走する牛の迫力やスピードを表すため少し楕円に描かれた車輪、荒れ狂う川の様子、人物の的確な線描といった卓越した表現が見られます。2扇に牛車をまとめることで、ダイナミックな動きが生まれて、焦眉の急を要する様子が伝わってきます。

「天神縁起尊意参内図屏風」(重要美術品)
室町時代 出光美術館蔵

南画がまた出光傑作選といった趣き。浦上玉堂の「雙峯挿雲図」や田能村竹田の「梅花書屋図」、富岡鉄斎の扇絵など、これまで出光で観て気に入った作品や印象に残っていた作品も多く、また先日松濤美術館の『頴川美術館の名品』で観て気になっていた山本梅逸や岡田半江の作品もありました。

青木木米は陶磁の茶器がいくつかあって、小振りで品のある白磁の急須や青磁の壺もあれば、海老や蟹、魚などが描かれた赤絵のかわいい煎茶椀もあって、木米の趣味の良さに感心します。「白泥煙霞幽賞涼炉・炉座」は涼炉の中に舞姿の中国の女性がいて、なかなか手の込んだ逸品。

浦上玉堂 「雙峯挿雲図」(重要文化財)
江戸時代 出光美術館蔵

最後には池大雅と与謝蕪村の見事な屏風が並んでいて壮観。大雅の押絵貼の「十二ヵ月離合山水図屏風」は12図それぞれが独立してるようで実は連続した一枚の絵のようになっていて見応えあり。微妙な色合いや濃淡で季節の移り変わりを表しているのも面白い。蕪村の「山水図屏風」はいかにも蕪村らしい勢いと澱みないタッチ、豊かな山々の眺望が愉しめる傑作。

池大雅 「十二ヵ月離合山水図屏風(右隻)」(重要文化財)
明和6年(1769)頃 出光美術館蔵

与謝蕪村 「山水図屏風」(重要文化財)
宝暦13年(1763) 出光美術館蔵

こうした水墨の風情ある作品はあまり混んでる中で観たくないので、日曜日の閉館前の時間に訪問しましたが、今回も幸いに人もまばらで、ほとんど独占状態で観られました。観る方にとっては嬉しいことなのですが、こんな素晴らしい傑作の数々があまり人の目にも触れないのももったいない気がします。


【開館50周年記念 美の祝典 Ⅱ -水墨の壮美】
2016年6月12日(日)まで
出光美術館にて

関連記事:
美の祝典 Ⅰ -やまと絵の四季


池大雅 中国へのあこがれ―文人画入門池大雅 中国へのあこがれ―文人画入門

2016/05/27

團菊祭五月大歌舞伎

『團菊祭五月大歌舞伎』に行って来ました。

去年はちょっと歌舞伎から足が遠のき、歌舞伎座に行くこともあまりなかったのですが、今年に入ってからまたちょろちょろ観てまして、今月は昼も夜も拝見したので、メモ程度に。

昼の部は幕開けて3日目に観劇。
最初は54年ぶりの上演という新歌舞伎の『鵺退治』。すいません、この手の時代狂言はあまり好きでなく…。淡々と物語が進んで、最後に変な化け物が出てきて盛り上がるかと思いきや、どこかゆるく。可でもなく不可でもなく。

つづいて『寺子屋』。期待と不安が入り交じりつつ臨んだ海老蔵の松王丸。先にご覧になった方々の感想を小耳に挟んで、もっと酷いかのと覚悟してたのですが、思ったほど悪くなかったように思います。海老蔵ならこんなものかなと。それより気になったのが松緑の武部源蔵で、なんかテンションが高くて落ち着かない。戸浪役の梅枝も釣られてしまってるように映りました。千代役の菊之助は安定感がハンパない。1人だけ格が違う感じです。

『十六夜清心』は黙阿弥でも有名な話なのに何故かあまりかからないので初めて観ます。清心の役が意外に難しいんだろうかと観ていて思いました。菊之助は芝居が真面目だから、ここが笑っていいところなのかどうか迷ってしまう。そのへん菊五郎や仁左衛門なんて上手かったんでしょうね。まあ観たのが3日目だし、清心は初役なので回を重ねれば、もっと馴染んでくるんでしょう。時蔵の十六夜はいいですね。正に適役。

昼の部最後は『楼門五三桐』。旧・歌舞伎座のさよなら公演と同じ顔合わせ。播磨屋のでっかい五右衛門、音羽屋の清々しい真柴久吉。もう最高です。気持ちよく打ち止め。

そして夜の部。こちらは21日に鑑賞。
まずは菊之助の長男・寺嶋和史くんの初お目見得となる演目『勢獅子音羽花籠』。音羽屋、成田屋の面々以外にも、吉右衛門や彦三郎、左團次、梅玉、時蔵、雀右衛門など豪華。若手も松也と巳之助が獅子舞で華を添え、お祝い気分を盛り上げます。初日の様子をテレビで拝見しましたが、この日も手で顔を隠して、ご挨拶できず。最後に手を振るところは同じで、最早これも芸の内?(笑)

つづいて『三人吉三巴白浪』。菊之助・海老蔵・松緑の花形による大川端。過去に菊之助・愛之助・松緑で通し狂言を観たことがありますが、大川端だけじゃなくて、ちゃんと通しで観たいなと思わせる顔合わせ。きっと見応えあるでしょうね。

『時今也桔梗旗揚』はちょっと苦手な狂言なのですが、「馬盥」がとても良かった。松緑の正にワンマンショー。光秀を思う存分たっぷり演じてて見応えありましたし、ピーンと張り詰めた緊張感が凄かったです。ぐいぐい芝居に引き込まれて、食後の眠気も吹っ飛びました。

最後は海老菊の「男女道成寺」。二人の花子で登場する序盤は、流石に菊之助と海老蔵では踊りのレベルが違うというか、海老蔵が滑稽に見えてしまうのですが、それを逆手に取ったその後の展開。とても楽しめました。なんだかんだいって海老蔵は華がありますし、美しい菊之助との「男女道成寺」は正に眼福でした。

2016/05/20

我が名は鶴亭

神戸市立博物館で開催中の『我が名は鶴亭』展を観てまいりました。

鶴亭の作品は過去にも千葉市美術館の『若冲アナザーワールド』やサントリー美術館の『若冲と蕪村』などで拝見していて、いわゆる南蘋派を広めるきっかけを作った絵師として以前から強い関心を持っていました。今回その鶴亭の初の展覧会があるということで、しかも長崎と神戸でしか開催せず、東京まで来ないというので、ゴールデンウィークにいそいそと出かけてきました。

若冲も憧れた絵師として話題ですが、実は若冲より6つ年下。長崎に生まれ、南蘋風著色絵画や黄檗絵画といった長崎派と呼ばれる中国由来の絵画様式を身につけて大阪に乗り込み、南蘋風の花鳥画を京阪の絵師に初めて知らしめ、唐画ブームのきっかけを作った絵師として先を行きます。

全出品数約120点(展示替えあり)で、約2/3が鶴亭の作品。残りは沈南蘋や鶴亭の弟子、また伊藤若冲や池大雅ら同時代の絵師の作品も展示されています。


第1章 我が名は鶴亭!

まずは導入部として、1階の広いロビーに3作品。空を舞う鶴や地上でやすらぐ鶴を六曲一双の大画面に描いた「群鶴図屏風」がいきなり素晴らしい。背景に薄墨を刷き、鶴の白は塗り残しになっていて、のびやかでこなれた筆遣いが悠然とした鶴の姿にピッタリ。このあとどんな作品に出会えるのかと期待が高まります。

鶴亭という名はもちろん画号ですが、その名に因んで鶴の絵を多く手がけたといいます。「竹鶴図」はバランスよく立つ鶴と勢い良く伸びた竹の取り合わせが印象的。よく見ると嘴が羽毛の中に透けていたり、鶴の何ともいえない表情など細部まで手が込んでいます。

鶴亭 「竹鶴図」
宝暦5年(1755) 個人蔵


第2章 鶴亭のエッセンス

ここでは南蘋派の祖・沈南蘋や、鶴亭の師で沈南蘋から直接教えを受けた唯一の日本人絵師・熊斐、また同時代の黄檗僧による黄檗絵画が紹介されています。

蘭渓若芝 「群仙星祭図」
寛文9年(1669) 神戸市立博物館蔵

黄檗絵画ってそんなに馴染みはなかったのですが、濃厚な表現と色彩の道釈人物画、また奇矯な造形美というのが特徴のようです。蘭渓若芝の「群仙星祭図」を観ていると、曽我蕭白の「群仙図屏風」あたりに影響を与えてるんじゃないかと思ったりします。一方で、黄檗絵画は自由な墨戯にも特色があって、濃薄の墨で巧みに描き分けた「海老蟹図」なんて、若冲の水墨の自由さにも通じる気がします。

熊斐 「鯉跳龍門図」
江戸時代・18世紀 長崎歴史文化博物館蔵

沈南蘋と熊斐の作品がちょっと少なかったのが残念ですが、沈南蘋のユニークな「獅子戯児図」や熊斐の濃密華美な「鯉跳龍門図」といった個性的な作品に出会えたのは嬉しい。


第3章 鮮烈!花鳥画ワールド

鶴亭というと南蘋派という固定観念があったのですが、実は鶴亭の作品の中で南蘋風の著色花鳥画は3割ぐらいしかないのだそうです。そのほとんどが吉祥画的なもの。描かれる花木も蘭や薔薇、柘榴、菊、牡丹、海棠といった中国の吉祥画によく出てくるもので、鳥も鳳凰や綬帯鳥(尾長鳥の一種)、黄鳥(コウライウグイス)など想像上の鳥や日本原産ではないものばかり。その点は日本の伝統的な花鳥図とは大きく異なるところです。

鶴亭 「緗梅黄鳥図」
宝暦6年(1756) 個人蔵

精緻な描写と濃厚な色彩。写生的な表現と繊細な輪郭線による花や鳥、墨の濃淡を活かし動きのある木や岩。甘い花の匂いが漂い、楽しそうな鳥のさえずりが聴こえてくるようです。南蘋派は色彩豊かで濃密な花鳥画というイメージがありますが、若冲やたとえば岡本秋暉のような過剰な華美さはありません。どちらかというと筆致は流麗で、色彩は鮮やかだけど派手さはなく、品を感じます。余白を残し余韻を与え、構図にもまとまりがあって、空間の使い方がとても上手いなと思います。びっしりと執拗に描きこむ若冲の花鳥画のような息苦しさはありません。

鶴亭 「蘭石図」
宝暦9年(1759) 個人蔵

蘭を描いた作品がいくつかあって、いずれも蘭(春蘭)の花独特の形と葉の曲線、ユニークな岩の造形が強い印象を残します。自分の勉強不足かもしれませんが、こういう描き方の蘭の絵ってあまり観たことない気がします。

鳥は小禽が多いものの、鷲鷹を描いた作品もあります。武士の間で勇猛な鷲鷹の絵は人気があったようですが、鶴亭の鷲鷹はどちらかというと美しく凛々しい姿が印象的です。これも一種の吉祥画。

鶴亭 「松に白鷹図」
宝暦後期 神戸市立博物館蔵


第4章 墨戯全開

水墨は充実していて、とても面白味を感じます。多くが四君子(蘭竹菊梅)を描いた水墨花木図で、運筆は自由、表現も大胆。筆の力強さや濃淡のリズム、動きがあって、筆墨の情趣を静かに味わうというより、自在な感覚を愉しむといった面白さがあります。

鶴亭 「墨梅図」
宝暦4~8年(1754-58)頃 個人蔵

背景に薄墨を刷き、塗り残しで雪を表現した「雪竹図」は雪のねっとりした感じが若冲を思わせます。「墨梅図」の梅の花なんかも若冲ぽいですよね。このシンクロ感に興味は尽きません。先の花鳥画のコーナーにも芭蕉の絵や、急降下する叭叭鳥とか、こういうの若冲の作品で観たことあるなというものが多くあります。

絵の真ん中に落款を入れていたり、余白に大胆に印章を捺したりしてるのも鶴亭の特徴。鶴亭の強いこだわりを感じるというか、自信の現れという気がします。

鶴亭 「雪梅図」
宝暦5年(1755) 神戸市立博物館蔵


第5章 鶴亭を語るモノ

ここでは画家・鶴亭のもう一つの顔、黄檗僧・海眼浄光、俳諧師・寿米翁としての史料や書簡、俳画を紹介しています。木村蒹葭堂や池大雅との書簡からは親しい交遊関係が窺えます。


第6章 京阪流行る南蘋風/鶴亭風

鎖国だった江戸時代、長崎は海外の情報や文化の発信基地。言ってみれば鶴亭は最先端アートを京阪に持ち込んだ訳で、当時の持て囃されようが想像できます。ここでは鶴亭の弟子や、交流のあった絵師や文化人などの作品が紹介されています。

書・佚山、画・鶴亭 「菊書画押絵貼屏風」
明和7年(1770) 個人蔵

佚山も過去に若冲の展覧会で観る機会がありましたが、今回は絵以外に書もあり、かなり強く惹かれました。書家であり篆刻家であり画家でもあったという佚山。佚山の篆書と鶴亭の水墨の菊を合わせた「菊書画押絵貼屏風」が最高にカッコいい。詩ごとに篆書と隷書の書体を変えた「篆隷唐詩選書巻」も面白いですね。佚山は絵もうまくて、水墨による端正な孔雀と鶴が印象的な「梅竹に孔雀・松菊に鶴図」が若冲的なところもあってなかなか興味深い。

鶴亭の弟子では鶴洲がいいですね。師譲りの写生的で精緻な描写と色彩感。花鳥画はより華やかに、水墨は味わい深く、センスの良さを感じます。どの鳥も愛嬌があるのが面白い。

鶴亭 「風竹図」
明和後期 長崎歴史文化博物館蔵

伊藤若冲 「風竹図」
宝暦前期 細見美術館蔵

ここでは鶴亭の作品と若冲の類似の作品を並べて、鶴亭の影響や二人のシンクロ関係を探っています。若冲が表立って活動をする頃には鶴亭は大坂で既に有名だったようですし、若冲の画風形成に影響を与えたのは確実ですが、一方で 鶴亭も気鋭の若冲に刺激を受けてたと思われるところがあるのが面白いですね。 鶴亭と若冲に交流があったという記録はないそうですが、大坂でサロンのような役割を果たした木村蒹葭堂や、若冲とも所縁の深い萬福寺など接点はあるので、与謝蕪村じゃないですが、若冲は鶴亭をどんな風に思っていたのかとても気になります。 

伊藤若冲 「群鶏図障壁画」
天明9年(1789) 京都国立博物館蔵

伏見の海宝寺(黄檗宗)伝来の「群鶏図障壁画」が展示されているのですが、これがかなりレベルの高い仕上がり。晩年の群鶏図の基準作とされているようですね。非常に緻密であり、表現が豊かであり、創造的であり、個人的には今まで観た若冲の群鶏図では一番の傑作だと思います。


第7章 鶴亭の花鳥画(かっちょいいが)

最後に鶴亭の“かっちょいい”花鳥画をもう一度。
メインヴィジュアルに使われている色鮮やかな牡丹の花がこの「牡丹綬帯鳥図」。裏彩色を使っていて、若冲ばりの華麗な色合いを魅せる逸品です。「桐に鳳凰図」の鳳凰もまた独特で印象的。

鶴亭 「牡丹綬帯鳥図」
明和6年(1769) 神戸市立博物館蔵

鶴亭 「桐に鳳凰図」
宝暦3年(1753) 個人蔵

こうして観ると、鶴亭は沈南蘋の孫弟子ということもあるし、その遺伝子が濃いというか、あくまでも南蘋風という枠の中で発展させ、さまざまな表現を試しているように思います。その点、若冲はかなり自由に自分なりの演出を加えていて、中国絵画や南蘋派からの脱却を目指していたんだろうなと感じます。

著色花鳥画ではありませんが、銀地の二曲一双の屏風に水墨で竹・菊・蘭・梅を描いた「四君子図押絵貼屏風」、同じく水墨でさまざまな花木を描いた六曲一双の「花木図押絵貼屏風」が出色。巧みな筆捌きと大胆な構図が素晴らしいですし、これは若冲もかなり嫉妬したんじゃないかと思うようなカッコよさ。鶴亭では最大級という金地の墨絵屏風があって、これがまた見応えがありました。

鶴亭 「墨梅菊図屏風」(右隻)
宝暦7年(1757) 個人蔵

鶴亭は自由で奇抜だけど、若冲のような偏執狂的なところはなく、好みの問題ではありますが、この程良い感じがいいですね。これまで若冲に影響を与えた絵師ぐらいの認知度しかありませんでしたが、江戸絵画の大きなムーブメントとなる南蘋派の、言うなればブレイクのきっかけを作った絵師として今後評価は益々高まる気がします。

各作品に付けられたキャプションがどれも丁寧で、ところどころに花や鳥をクローズアップしたパネルがあって、その意味や取り合わせの面白さを分かりやすく解説しています。学芸員の方々の鶴亭に対する思い入れや愛情がそこかしこに溢れていて、観ているこちらも思わずワクワクしてきます。とても素晴らしい展覧会でした。


【我が名は鶴亭】
2016年5月29日(日)まで
神戸市立博物館にて


聚美 Vol.19 (Gakken Mook)聚美 Vol.19 (Gakken Mook) ※鶴亭の特集記事があります。