2019/08/03

松方コレクション展

国立西洋美術館で開催中の『国立西洋美術館開館60周年記念 松方コレクション展』を観てきました。

国立西洋美術館を建設するきっかけにもなり、国立西洋美術館のコレクションの礎になった松方コレクションを一堂に集めた特別展です。コレクションの一部は国立西洋美術館の常設展示で観ることもできますが、あまり展示される機会のない作品や散逸してしまった作品、フランスに残された作品などを含め約160点が展示されています。

松方コレクションは、川崎造船所(現・川崎重工業)の初代社長・松方幸次郎がヨーロッパで買い集めた西洋絵画・彫刻を中心にしたコレクションで、その数実に3000点。現在東京国立博物館に収蔵されている松方がヨーロッパから買い戻した浮世絵コレクションを含めると1万点を超えるともいわれます。

しかし、1927年の世界恐慌の影響で川崎造船所が破綻すると私財提供のため約1000点のコレクションを売却。海外に保管していたコレクションも倉庫の火災により約900点のコレクションが焼失。パリ郊外に疎開させていたコレクションも維持費捻出のため少しずつ売却され、また戦後日本に返還された際も重要度の高い作品はフランスに留め置かれたため、最終的に国立西洋美術館に収蔵された作品は約375点だといいます。


会場の構成は以下のとおりです:
プロローグ
I ロンドン 1916-1918
II 第一次世界大戦と松方コレクション
III 海と船
IV ベネディットとロダン
V パリ 1921-1922
VI ハンセン・コレクションの獲得
VII 北方への旅
VIII 第二次世界大戦と松方コレクション
エピローグ

会場への階段を降りると、今回の展覧会をきっかけに修復されたモネの「睡蓮、柳の反映」のデジタル推定復元図が展示されているので見逃さないように(結構ここを観ずに会場に入っていく人が多い)。あと、「松方コレクションとは何ぞや」的な映像が流れているので、それを観てから会場に入るのをお勧めします。

ジョン・エヴァリエット・ミレイ 「あひるの子」
1889年 国立西洋美術館蔵

《プロローグ》の隣の広い部屋には松方コレクションの最初期の作品が展示されているのですが、展示方法が少し変わっていて、よくある横に一列に並べる展示方法ではなく、作品を縦に並べたりする欧米の美術館やお屋敷のような展示方法で、ちょっと新鮮。日本では珍しい展示風景で、作品によっては見上げる形になりますが、これはこれで良いのでは。

作品は、古くはカルロ・クリヴェッリなど中世の祭壇画もあれば、ルネサンス期の絵画もあったり、ホイッスラーやセガンティーニなど近代の画家やロセッティやミレイなどラファエル前派といって近代の画家の作品もあったりとかなり幅があります。19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍した画家の作品が多いのは松方と親交の深かった画家ブラングインがアドバイザーを務めていたということもあるのでしょう。ただこの時期に購入した作品のほとんどはその後売却され散逸してしまいます。

ジョヴァンニ・セガンティーニ 「羊の毛刈り」
1883-84年 国立西洋美術館蔵

イギリスの軍隊の様子や大砲の製造に関する絵画や銅版画など、西洋絵画のコレクションとは少々趣を異にする作品もあって、松方が渡欧したのは海軍に依頼されてドイツのUボートの設計図を入手することが目的だったというスパイ小説のような話が何となく頭に浮かびます。

時代的に第一次世界大戦の前後ということもあって、軍艦を描いた作品もあったりしたのですが、その中でも興味深かったのがウジェーヌ=ルイ・ジローの「裕仁殿下のル・アーヴル港到着」。皇太子時代の裕仁親王(昭和天皇)が1921年(大正10年)にヨーロッパへ外遊された際の様子を描いた作品だとか。今回展示されている作品には常設展示でよく見かける作品も多いのですが、これはあまり観たことがないような。

シャルル・コッテ 「悲嘆、海の犠牲」
1908-09年 国立西洋美術館蔵

常設であまり観た記憶がないといえば、同じコーナーにあったシャルル・コッテの「悲嘆、海の犠牲」も。タイトルのとおり、海で亡くなった男性を囲んで嘆き悲しむ図ですが、まるでキリストの亡骸を囲む信者たちのようで、大画面に描かれていることもあって強いインパクトを受けました。こんな素晴らしい絵があるんですね。

ピエール=オーギュスト・ルノワール 「帽子の女」
1891年 国立西洋美術館蔵

そして印象派。あらためて松方の印象派コレクションを観ていると、国立西洋美術館の、ひいては日本にある印象派作品の充実ぶりは松方コレクション(散逸して国内の美術館等に所蔵されている作品も含め)によるところがとても大きいのだなと感じます。ルノワールにミレー、マネにドガ、ゴーガンにセザンヌ。そしてモネ、モネ、モネ。松方はモネのアトリエまで訪れ、自宅に大事に飾っていた作品まで譲ってもらったというからたいしたものです。世界を渡り歩く凄腕の実業家にしてみれば、画家と交渉することぐらい朝飯前だったのかもしれません。

クロード・モネ 「睡蓮」
1916年 国立西洋美術館蔵

西美の常設でおなじみのシャヴァンヌの「貧しき漁夫」やモローの「牢獄のサロメ」、クールベの「波」などもあれば、他館で観たことのあるマネの「自画像」(ブリヂストン美術館所蔵)のように実は元は松方コレクションだったという作品もあります。

ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ 「貧しき漁夫」
1887-92年ごろ 国立西洋美術館蔵

本展の見どころの一つは、そうした現在他館にある松方コレクションも集まっているところで、とりわけサンフランシスコ講和条約後にフランスから寄贈返還された際に、重要な作品としてフランスに留め置かれたゴッホやゴーガンなどの作品が‟一時帰国”しているところ。ゴッホの「アルルの寝室」は3つのバージョンがあって、本作は「アルルの寝室」では一番最後に描かれたものとか。もしこの絵が日本にあったら、どんなに素晴らしかったでしょうか。

フィンセント・ファン・ゴッホ 「アルルの寝室」
1889年 オルセー美術館蔵

本展では松方の手紙や資料なども展示するなど、松方コレクションが辿った数奇な運命にも触れ、まるでドキュメンタリーを見てるような感じがしてきます。常設展示ではお馴染みの作品もあれば、こんな作品持ってたのかという作品もあり、あらためて松方コレクションの充実ぶりに驚きますし、これだけの良質な名画が日本にある奇跡に感謝せずにはいられません。


【国立西洋美術館開館60周年記念 松方コレクション展】
2019年9月23日(月・祝)まで
国立西洋美術館にて



幻の五大美術館と明治の実業家たち(祥伝社新書) (祥伝社新書 407)

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