2017/04/02

奇想の絵師 岩佐又兵衛 山中常盤物語絵巻

2月にリニューアルオープンした熱海のMOA美術館。基本設計とデザイン監修を現代美術家の杉本博司氏が手がけ、その仕上がりが期待以上ということで、美術ファンの間ではすっかり話題ですが、わたしも遅まきながら行ってまいりました。

現在、リニューアルオープン記念第2弾として、岩佐又兵衛の「山中常盤物語絵巻」が全巻公開されています。ちょうど5年前の全巻公開『絢爛豪華 岩佐又兵衛絵巻』にも観に行っているのですが(そのあと2015年にも全巻公開されています)、久しぶりにまた観たくなり(というか、ほとんど義務的に(笑))、新幹線に乗って朝一で熱海まで。

ちょうど昨年の夏、福井県立美術館で待望の『岩佐又兵衛展』を鑑賞し、「山中常盤物語絵巻」の全場面を映像化した羽田澄子監督によるドキュメンタリー映画『山中常盤』を京橋のフィルムセンターで念願叶って観ることができ、今年1月には出光美術館で『岩佐又兵衛と源氏絵』がつづき、又兵衛熱は一向に下がる気配がありません。

又兵衛の古浄瑠璃絵巻の傑作「山中常盤物語絵巻」は牛若伝説の御伽草子をベースにした仇討ち物語。全12巻、全長150mという長大な絵巻で、その緊迫感に満ちたドラマティックな物語、豊かで独創的な表現や細密描写もさることながら、絢爛豪華な装飾性の高さも大きな見どころです。

過去「山中常盤物語絵巻」の全巻展示とされたときも、スペースの関係で全場面展示(つまり絵巻の頭から終わりまで)ではありませんでした。リニューアルされて、よもや「全場面展示か?」と淡い期待を抱いていたのですが、やはりこれだけの絵巻を全て展示できるスペースは作れず、展示スペースの間取りが以前と若干変わっているので正確には分かりませんが、全体のおよそ半分ぐらいの展示になっていました。



「山中常盤物語絵巻」の各巻のストーリーと今回の展示場面をメモ程度にまとめてみました。

伝・岩佐又兵衛 「山中常盤物語絵巻」
江戸時代(17世紀) (以下同)

【第一巻】 奥州・平泉へ下った牛若は藤原秀衡の館で歓迎を受ける。牛若から母・常盤のもとへ文が届き、常盤は狂喜して奥州へ向かおうとする。展示場面は、巻頭の東下りから常盤御前が牛若の行方が分からず心をいためる場面まで。全体の前半分。


【第二巻】 奥州の冬は厳しいため春になるのを待ち、常盤御前が乳母の侍従を従えて東国へ旅立つ。展示場面は、巻後半の日ノ岡峠から大津ノ浦まで。全体の1/4程度。


【第三巻】 美濃の国、山中の宿にたどり着くが、旅の疲れから常盤は重い病の床につく。展示場面は、巻後半、常盤御前の痩せた姿が清水に映る場面から山中の宿に着くも疲れから臥せってしまう場面まで。全体の1/3程度。


【第四巻】 夜半に6人の盗賊が宿に押し入り、常盤と侍従の着ている小袖を剥ぎとり、さらには2人を刺して逃げ去る。展示場面は、6人の盗賊が現れる巻頭から常盤御前が盗賊に襲われ致命傷を負う場面まで。全体の3/4程度。


【第五巻】 瀕死の常盤は宿の主人におのれの身分を打ち明け、息絶える。宿の老夫婦は遺言に従って塚を作り常盤を葬る。母・常盤の夢を見た牛若は奥州から京へ向かうが、途中美濃の山中で塚を見つけ回向する。展示場面は、巻頭から牛若が山中の宿のはずれで塚の高札に「都の上臈ただ二人」とあるのを見て訝る場面まで。全体の半分強。


【第六巻】 牛若の夢枕に常盤の亡霊が現れ、宿の主人に尋ねると、主人は涙ながらに常盤の最期を語る。牛若は盗賊をおびき寄せるため、派手な小袖や黄金の刀を座敷いっぱいに並べる。展示場面は、牛若の枕元に母・常盤が現れる場面から目覚めた牛若が母に何かあったのだろうかと不安に思う場面まで。全体の1/5程度。


【第七巻】 蓑と傘で変装した牛若は山中の宿に大名が宿をとったと触れ回り、宿に戻って敵を待ち構える。展示場面は、巻頭から牛若が山中の宿で仇が寄せ来るのを待つ場面まで。全体の2/3程度。


【第八巻】 宿に大名が泊まり、高価な小袖や黄金の刀があることを知った盗賊は宿を襲い、小童(牛若)に宝物のありかを尋ねる。 展示場面は盗賊が臥している小童を見つけ脅す場面から小童が声を震わせながら宝物のありかを教える場面まで。後半の1/4程度。


【第九巻】 牛若は六人の盗賊を奥の間にやり過ごすと、次々と斬り捨てる。展示場面は、巻頭から牛若が八面六臂の活躍で盗賊を惨殺しまくる場面まで。全体の前半部。


【第十巻】 盗賊を打ち倒した牛若は宿の主人に死骸の始末を命じ、助力に礼を述べて褒賞を約束すると奥州へ旅立つ。展示場面は、宿の主人たちが荒菰で死骸を包む場面から巻末の牛若が常盤の墓に回向する場面まで。


【第十一巻】 奥州へ帰った牛若は3年3月の後、十万余騎という大群を率いて都へ上る。展示場面は、奥州・佐藤の館に帰る場面から3年3月後に十万余騎を率いて都へ上る場面まで。巻頭・巻末を除く2/3程度。


【第十二巻】 京へ上る途中、山中の宿で常盤御前の墓前で手厚く回向し、宿の主人と女房に感謝を述べ、土地を与える所領安堵の御判を主人に授け、その恩に報いる。展示場面は、常盤の墓前で盛大に回向する場面から宿の主人と女房に感謝を述べる場面まで。真ん中の1/3程度。



「山中常盤物語絵巻」は俗に“又兵衛風絵巻群”と呼ばれる一連の絵巻の中でも又兵衛自身の関与が最も高い作品と考えられていて、辻惟雄先生は常盤が殺される前半部までは又兵衛の筆とし、後半部は弟子によるものとしています。頬杖をついて我が子を案じる常盤の気品のある顔立ち、柔和な描線は又兵衛自身の筆だが、牛若の夢枕に現れる常盤の亡霊は有能な弟子にバトンタッチされているだろうと。素人目にはよく分かりませんが…。


「山中常盤物語絵巻」というと、やはり有名なのが前半のクライマックス、常盤御前が盗賊に惨殺される場面。戦乱や地獄を描いた絵図や絵巻などにも凄惨な描写は多くありますが、恐らくここまで劇的で、リアルで、心理描写に優れ、刺激的で、惨たらしく、血みどろな描写がされた作品はないのではないでしょうか。


絵巻なので、いくつかの場面で常盤御前が盗賊に抵抗し、斬られ、死にゆく様子がコマ送りのように描かれていて、まるで映画を観ているような、非常に映像的な流れを感じます。


どうしても常盤御前が惨殺される場面に目が行きがちですが、室内の様子を見るだけでも、屏風の壊れ方や転がる桶などから2人の激しい抵抗の跡が分かります。また又兵衛の執拗な表現は直接的に関係ない周囲にまで及んでいて、たとえば常盤が盗賊に衣を剥ぎ取られる場面、刀で刺される場面、瀕死の状態の場面で、常盤とシンクロするように庭の松も激しくうねり、ぐったりと生気を失っていきます。常盤が亡くなる場面では松は消え、薄に変わっています。


常盤御前を庇って刺された侍従はさらに生々しく、力が抜け、息絶えていく様子が極めてリアルに描かれています。その様はまるで九相図。


牛若でさえ時に狂気を感じさせます。絵巻冒頭の東下りの場面の牛若、小童(見えないけど)の振りをし賊を欺く牛若、バッサバッサと母の敵を討つ牛若、盗賊の死骸を荒菰にくるみ、谷底に突き落とす牛若。これで15歳。

 

又兵衛は風俗表現も秀逸。「山中常盤物語絵巻」でもさまざまな場面で、市井の人々の暮らしぶりが実に生き生きと描かれています。その生彩な表現は「舟木本」にも通じます。


人々のこの表情の豊かさ。話し声や息づかいまで聞こえてきそうです。エキセントリックな表現ばかり取り上げられがちですが、又兵衛の群像描写はこの時代の絵師の中では突出しています。


「山中常盤物語絵巻」は越前藩主・松平忠直(徳川家康の孫)が制作に関与しているとされていて、写真だと少し分かりづらいところもあるのですが、実際に見てみると、霞引きから細かな線や装飾描写に至るまで金銀を多用し、非常に贅沢な絵巻であることが分かります。


入念に描かれた小袖の文様や太刀、道具だけでなく、驚くのは人物の輪郭線にまで金を使用していること。


牛若も金銀で飾り立てられてるけど、一番豪華だったのは僧侶の袈裟。


絵巻の見返しも金。料紙の装飾にも贅沢に金銀泥が使われていて、とても美しい。


又兵衛の遊び心か、面白い描写も結構あります。おっぱいをあげる犬の親子がいたり、牛若をもてなす料理を作る上の階では子どもが勉強してたり、碁盤もなんかちょっとオシャレ。


リニューアルに併せて導入された新しい高透過ガラスは非常にクリアーで、細かなディテールもよく分かります。実際、単眼鏡もほとんど使いませんでした。一角にはMOA所蔵の又兵衛の軸物もズラリ。福井の展覧会に出品されなかった「官女図」も出てます。初めて観ましたが、いかにも又兵衛な豊頬長頤でなかなかの傑作です。

[写真左から] 岩佐又兵衛 「自画像」「官女図」「伊勢物語図」
「寂光院図(旧樽屋屏風のうち)」「柿本人麿・紀貫之図」
江戸時代(17世紀)

岩佐又兵衛の有数のコレクションで知られるMOA美術館の又兵衛作品が一挙に観られる贅沢さ。リニューアル記念だからこその絶好の機会です。是非。


【義経伝説全12巻一挙公開 奇想の絵師 岩佐又兵衛 山中常盤物語絵巻】
2017年4月25日(火)まで
MOA美術館にて


岩佐又兵衛作品集―MOA美術館所蔵全作品岩佐又兵衛作品集―MOA美術館所蔵全作品

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