今年は勝川春章の生誕290年なのだそうで、その記念展が太田記念美術館と出光美術館(『勝川春章と肉筆美人画』)でそれぞれ開かれています。
住み分けもちゃんとされていて、太田記念美術館は錦絵(多色摺り浮世絵版画)、出光美術館は肉筆浮世絵。太田記念美術館の方は2月が前期、3月が後期の2部制で、前後期合わせて約210点というかなりのボリューム。わたしは前期に伺えなかったので、後期展示のみを拝見しました。
勝川春章というと、浮世絵では名の知れた絵師ですし、今までもたびたび彼の作品は目にしていますが、じゃぁその特徴は?と問われても私自身はすぐには口に出てきません。しかし、今年は頭に『初期浮世絵展』を観ていることもあり、本展を観ると、春章あたりから錦絵の流れが一気に加速していくのが分かりますし、そういう意味では春章は初期浮世絵と北斎以降の後期浮世絵を繋ぐ重要な存在なんだなと感じます。
Ⅰ 役者絵-似顔表現の革新
役者絵、相撲絵、武者絵、美人画とあるのですが、春章の役者絵の面白さは格別です。変に誇張せず、写実的に捉えた春章の役者の似顔は、それまで主流だった鳥居派の絵看板的な役者絵とは異なり、より具体的にイメージを喚起します。
勝川春章 「五代目市川団十郎の股野の五郎景久 初代中村里好の白拍子風折
三代目沢村宗十郎の河津の三郎祐安」 天明4年(1784) 太田記念美術館蔵
三代目沢村宗十郎の河津の三郎祐安」 天明4年(1784) 太田記念美術館蔵
役者の表情も真に迫っていて、芝居の雰囲気とか役柄のリアルさがよく出てますし、名場面のスチール写真的な面白さがあります。五代目市川団十郎、初代中村仲蔵、三代目瀬川菊之丞といった当時の人気役者や、いまでも人気の『暫』や『仮名手本忠臣蔵』、『鳴神』などのほか、現在は途絶えた演目も多く、役者の楽屋風景を描いたシリーズがあったりと歌舞伎ファンにはいろいろ興味深いのではないでしょうか。作品数も充実してます。
勝川春章 「東扇 初代中村仲蔵」
安永4、5年~天明初期(1774-82)頃 東京国立博物館蔵
安永4、5年~天明初期(1774-82)頃 東京国立博物館蔵
Ⅱ 美人画
春章は美人画で知られた宮川長春の弟子・春水の門下ということなので、美人画は元々専門なんでしょう。初期(といっても既に40代ですが)は鈴木春信の作風にかなり近いものがあって、あまり個性を感じませんが、安永中頃から独自の様式を確立したといいます。
勝川春章 「六歌仙 文屋康秀」
明和7~8年(1770-71) 東京国立博物館蔵
明和7~8年(1770-71) 東京国立博物館蔵
とはいえ、たとえば春信や歌麿、鳥居清長、鳥文斎栄之といった美人画で有名な同時代の浮世絵師と比べても、美人画といわれて春章の名前がすぐ出てくるかというと、そういうわけではないですし、春章の美人画がとびきり美しいという感じでもありません。蚕織の様子を描いた「かゐこやしなひ草」などを観てると思うのですが、歌麿や清長の美人画が八頭身のモデル系とすれば、春章の美人画はとなりの綺麗なお姉さん系かもしれません。
勝川春章 「福神笑顔くらべ」
安永(1772-81)後期 太田記念美術館蔵
安永(1772-81)後期 太田記念美術館蔵
春章の美人画は年を追うごとに魅力的になってきますし、そういう意味では、晩年の肉筆美人画の方が実力はよく分かるのでしょう。着物柄や文様、ちょっとした細かな表現といったところに対する緻密さ、丁寧さは浮世絵版画でも如何なく発揮されています。
弟子の中では春潮の美人画がいい。春潮は『春画展』でも良かったと記憶していますが、師・春章より垢抜けた美人画が多く、同時代の清長に近い感じがします。
Ⅲ 相撲絵-新ジャンルの開拓
相撲絵は動きに迫力があって、表情や肉体表現のリアルさなど、役者絵に似た面白さがあります。当時は谷風や小野川といった人気力士が出て相撲ブームだったそうで、そうした写実味や臨場感が春章の相撲絵から伝わってきます。春好ら弟子の作品も多く、勝川派が相撲絵を得意としていたことも良く分かります。
勝川春章 「小野川喜三郎 谷風梶之助 行司木村庄之助」
天明3年(1783) 東京国立博物館蔵
天明3年(1783) 東京国立博物館蔵
Ⅳ 武者絵・風景画ほか-多彩な表現領域
武者絵は画業初期から手掛けていたそうですが、作品数は多くないといいます。後の歌川派の武者絵に比べると物足らなさがありますが、国芳の浮世絵によくある三枚続の武者絵なんかも最初に手掛けたのも春章なのだとか。
Ⅴ 春章から写楽・豊国へ-役者絵の隆盛
ここでは勝川派の絵師による役者絵をはじめ、歌川派や写楽の作品が並びます。春章門下の絵師たちは基本的に春章の路線を踏襲しているのですが、豊国の役者絵はより勇壮な感じがあって、独自のカラーを前に押し出してきているのが分かります。勝川派の門人では春英の役者絵が飄逸な味があっていいですね。
東洲斎写楽 「初代市川鰕蔵の竹村定之進」
寛政6年(1794) 太田記念美術館蔵
寛政6年(1794) 太田記念美術館蔵
写楽は「初代市川鰕蔵の竹村定之進」や「三代目瀬川菊之丞の文蔵女房おしづ」といった大首絵の有名作品があって、同時代の役者絵とこうして比べると、個性的というか、別物感があります。当時の主流は勝川派で、大首絵も雲母摺りも先駆けは勝川派だったそうですが、歌川派の登場とともに勝川派は終焉を迎えたといいます。
Ⅵ 春章から北斎へ-勝川派を飛び出した異端児・北斎
最後の章では春章の門人で後に浮世絵を代表する絵師となる北斎を特集。北斎は18歳の頃に弟子入りしてから30代半ばまで春章の下で活動をしています。春章の死を機に勝川派から距離を置き、やがて離脱するのですが、ここでは春章門下で春朗と名乗っていた頃から、北斎時代まで幅広く紹介されています。後年の作品はもう勝川派の面影はありませんが、1800年前後ぐらいまでは役者絵にしても美人画にしても春章ぽいなと感じるところがあります。
勝川春朗(葛飾北斎) 「初代中村仲蔵」
天明3年(1783) 太田記念美術館蔵
天明3年(1783) 太田記念美術館蔵
太田記念美術館と出光美術館は電車一本で移動できますし、チケットの半券を持っていけば割引になる相互割引プランもあるので、この機会に一緒に観られるといいと思いますよ。
【生誕290年記念 勝川春章 -北斎誕生の系譜】
2016年3月27日(日)まで
太田記念美術館にて
もっと知りたい葛飾北斎―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)
ようこそ浮世絵の世界へ 英訳付 (An Introduction to Ukiyo-e, in English and Japanese)
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