2014/06/07

非日常からの呼び声

国立西洋美術館で開催中の『非日常からの呼び声』展に行ってきました。

本展は、小説家の平野啓一郎さんがゲストキュレーターとして、コンセプトから、作品選び、配置、そして解説まで書いたという企画展。国立西洋美術館の収蔵品の中から「特に素晴らしいと思うもの、興味を引かれたもの」を選び、「そこから見えてきた全体像に沿って、最終的な取捨選択」を行い、「結果として、浮かび上がってきた」テーマにより構成されています。

同時開催の『ジャック・カロ展』と会場が別なのかと思いきや、『ジャック・カロ展』のつづきの部屋になっています。つまり『非日常からの呼び声』を観るにはまず『ジャック・カロ展』を観てからでないと観られない、言い換えれば『ジャック・カロ展』を観るともれなく『非日常からの呼び声』が観られるというわけです。


Ⅰ. 幻想

最初に登場するのがクリンガーの代表作「行為」。一昨年、西美の版画素描展示室でクリンガーの連作版画が公開され、そのときにも拝見し、面白いなぁと思った作品です。一見ボーリングで女性がピンのように倒れたのかと見える不思議な構図。実は、女性が落とした手袋を取ろうとしています。しかも男性は女性に恋をしてしまうという。

マックス・クリンガー 「『手袋』:行為」
1881年 国立西洋美術館蔵

ここではほかに、何か訴えかけてくるような労働者の表情が強い印象を残すムンクの「雪の中の労働者たち」、パステル調の空を駆けて行く馬車が幻想的なルドンの「アポロンの二輪馬車」など。


Ⅱ. 妄想

妄想、空想の世界。ここで観ておくべきはデューラーの傑作「メレンコリア I」。ジャック・カロの細密な銅版画に驚嘆したばかりなのに、デューラーの驚くべきエングレーヴィングには圧倒されます。まるで鉛筆素描のような緊密で凝縮された線、うつむいた天使や謎の魔法陣など示唆に富んだ描写。平野さんも語っていますが、デューラーは別格だなと感じます。

アルブレヒト・デューラー 「メレンコリア I」
1514年 国立西洋美術館蔵

もうひとつオススメは、15世紀ドイツの画家クラーナハの「聖アントニウスの誘惑」。一瞬よく分からないのですが、聖アントニウスが悪魔たちに空中に引っ張り上げられています。クラーナハというと、有名な「マルティン・ルターの肖像」やベルリン国立美術館展で来日した「ルクレティア」などが浮かびますが、こうした奇想系の作品もあるのですね。

同じ「聖アントニウスの誘惑」ではテニールスの作品も興味深い。こちらはクラーナハやカロの作品ほど奇怪な感じはないのですが、聖アントニウスにグラスを差し出す女性の足元を見ると実は猛禽類のような足でゾッとします。

ルカス・クラーナハ(父) 「聖アントニウスの誘惑」
1506年 国立西洋美術館蔵

ほかにゴヤの晩年の版画連作の一枚「飛翔法」や、ルネサンス期に制作された最も奇抜な主題の版画として知られるというライモンディとアゴスティーノ・ヴェネツィアーノの「魔女の集会(ストレゴッツォ)」なども不気味。


Ⅲ. 死

ここで印象的だったのがドラクロワの「墓に運ばれるキリスト」。キリストの死を描いた絵画はあまたありますが、その亡骸を地下の墓に運ぶ絵というのは初めて観た気がします。棺に埋葬するというパターン化した画題を、地下への、S字に曲がった階段を降りるという動的な構図にすることで、キリストの埋葬がよりドラマティックで悲壮的なものに感じられます。

ウジェーヌ・ドラクロワ 「墓に運ばれるキリスト」
1859年 国立西洋美術館蔵

ほかにデューラ、パルミジャニーノ、ドラクロワの版画作品が並ぶ中、ひと際目を引いたのがアゴスティーノ・ヴェネツィアーノの「死と名声の寓意」。亡者(といっても骸骨ですが)の周りを囲む羽の映えた骸骨や亡霊のような人々。彼らは死の使者なのか。伝統的なキリスト画のパロディという話もあるようです。

アゴスティーノ・ヴェネツィアーノ 「死と名声の寓意」
(ロッソ・フィオレンティーノ原画)
1518年 国立西洋美術館蔵


Ⅳ. エロティシズム

ここではカヴァッリアーノの「ヘラクレスとオンファレ」が面白い。なんでしょ、女性に辱められているようなヘラクレス。リディアの女王オンファレに奴隷として売られたヘラクレスが女装して糸紡ぎをさせられたという神話に基づくものなのだそうです。

ベルナルド・カヴァッリアーノ 「ヘラクレスとオンファレ」
1640年頃 国立西洋美術館蔵

個人的にはモローの「牢獄のサロメ」の美しさにも惹かれました。よく見ると奥ではヨハネが今にも首をはねられようとしていて、サロメは不気味な笑みを浮かべています。その隣にはモローのサロメとは対照的なティツィアーノ工房作の肉づきのいいサロメも展示されてました。

ギュスターヴ・モロー 「牢獄のサロメ」
1873~76年頃 国立西洋美術館蔵

フェルナン・クノップフ 「仮面」
1899年 国立西洋美術館蔵

クノップフの「仮面」もなんとも妖しげ。19世紀末にこうしたフェッティッシュな絵があったのですね。


Ⅴ. 彼方への眼差し

ここでは信仰のもと、天を仰ぎ、祈る姿を描いた作品を集めています。印象的だったのはドーミエの「マグダラのマリア」。大きく体を仰け反らせ祈る姿からは、劇的ともいえる感情の昂ぶりと信仰の強さが伝わってきます。

オノレ・ドーミエ 「マグダラのマリア」
1849~50年頃 国立西洋美術館蔵


Ⅵ. 非日常の宿り

平野啓一郎さん曰く、芸術に何を求めるかは人それぞれだと前置きをしつつ、「日常から連れ出してくれる『呼び声』としての作品」を様々なかたちでこの展覧会では見てきたとし、最後は「日常の中に懐胎された、芸術的なるものに目を凝らし、耳を澄ます作品」を眺めたいと。ここでは日常的な光景の中にある非日常的な瞬間を描いた作品を紹介しています。

ヴィルヘルム・ハンマースホイ 「ピアノを弾く妻イーダのいる室内」
1910年 国立西洋美術館蔵

国内に唯一あるハンマースホイ作品。北欧の柔らかい光と冷たく澄んだ空気、静謐な時間が流れています。生活のワンシーンなのに生活感がない、隣の部屋に妻の後ろ姿が見えるのに声も手も届かない…。確か『ハンマースホイ展』と同じ年ぐらいに購入した作品で、今では西美でも一番人気の高い作品の一枚なんじゃないかと思います。

エドヴァルド・ムンク 「接吻」
1895年 国立西洋美術館蔵

ここではロダンの彫刻「私は美しい」も印象的。ありえない形で抱擁しているのですが、女性を抱きあげる男性の筋肉の美しいこと。タイトルは台座に刻まれたボードレールの詩によるという。抱擁した男女ではもうひとつ、ムンクの「接吻」。ムンクはたびたび接吻する男女(しかも同じポーズ)を描いていますが、本作は最初期の接吻の版画だそうです。ほかに、鬱蒼とした木々の細密な描写と光と闇のコントラストが素晴らしいブレダンの「善きサマリア人」もいい。最後はクールベの「波」。


国立西洋美術館の常設展でときどき見かける作品もあるのに、いつもの展覧会とはまたひと味違うユニークな展覧会でした。 また、別のゲストキュレーターに違った視点で作品を選んでもらうと面白いですね。


【非日常からの呼び声 平野啓一郎が選ぶ西洋美術の名品】
2014年6月15日まで
国立西洋美術館にて


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